【エルダの死】①

文字数 3,797文字

 フィデスの身体に巻き付けられた筒状の物、それは爆弾だった。
「レイチェル、一緒に来て」
 エルダが叫んで飛び出した。
「アリスさん、後は頼みます」
 エルダが振り返った。
 振り向いた顔を見てアリスは不安が過った。
 死ぬつもりだ・・・

 前へ進めばカッセル守備隊を巻き添えにしてしまう。
 フィデス・ステンマルクは爆弾を巻かれたまま地面に蹲った。
「ナンリ、動かないで、ここにいるのよ」
 部下のナンリとともにこの場で死ぬことを選んだ。
 その時、守備隊の陣営から数人が走ってくるのが見えた。
「フィデスさん」
「エルダさん・・・」
 カッセルの城砦を去って以来の再会だ。
 ローズ騎士団に捕らえられ、シュロスで投獄されていた時も、ずっと会いたかったエルダ。
 だが、こんな形で会うことになろうとは・・・
 何という運命なのだ。
「爆発するわ、エルダさんも危ない」
「助けます」
 エルダはフィデスの身体に巻き付いた縄を解こうとした。
 手が震える。頭が混乱する。どこを外せばいいのだ。
「レイチェル、急いで」
 レイチェルも縄を緩めにかかる。
 その間にも、一本、また一本と爆弾の導火線が火花を散らした。
「熱っ」

 守備隊のベルネとスターチはナンリの元へ駆け付けた。宿営地の奥へ回り込んでいたリーナも急を聞きつけて走ってきた。
「待ってろ、ナンリ、すぐに外してやる」
 しかし、縄は厳重に縛られている。
 州都軍務部のスミレ・アルタクインと部下のミユウも二人を助けるために飛び出した。
 月光軍団のフィデスとナンリを使った人間爆弾攻撃。騎士団は何という酷いことをするのだ。
 守備隊の陣営からも数人が駆けてくるのが見えた。爆弾で吹き飛ばされる危険を冒してまで助けに来たのだ。
「エルダさん」とフィデスが叫んだ。
 この女がカッセル守備隊の司令官エルダか・・・
 エルダが月光軍団のフィデスを助けようとしている。もはや、敵も味方もない。スミレはエルダと力を合わせてフィデスの爆弾を外そうとした。
「うっ」
 導火線の火花が熱い。燃え尽きた時が死ぬ時だ。
 スミレは小刀でフィデスを縛っている縄を切り始めた。しかし、身体を縛ってある縄と爆弾を巻き付けた縄が絡み合っている。爆弾の方から先に切断しなければならないのだが無情にも導火線がどんどん短くなっていった。
 落ち着け・・・だが、焦った。

 ローズ騎士団のビビアン・ローラは、ついにカッセル守備隊の司令官エルダを視界にとらえた。
 エルダは無謀にも飛び出してきた。浅はかな司令官だ、どうやっても助けられるわけがないではないか。フィデスと心中でもすればいいのだ。

 ミユウがナンリの身体に巻き付いた縄を切り離した。
「取れましたっ」
 爆弾は六本。爆弾を掴んだまま、どうするか迷った。持って走るか、投げるのか。
「ああ」
 指が痙攣して爆弾から離れなくなった。
 フィデスに括り付けられた爆弾も外れた。しかし、繋いでいた縄が解けて六本がバラバラと落ちた。
「レイチェル!」
 エルダが悲鳴に近い叫び声をあげた。ここはレイチェルの変身能力に賭けるしかない。
 レイチェルの足元には爆弾が六本。一本ずつ投げていては爆発してしまう。投げるのは諦めた。レイチェルは爆弾を掴んでミユウに駆け寄った。
「渡して」
 ミユウが持っていた爆弾を強引に奪い取った。
 もう間に合わない。
 変身だ。
 身体のパワーは足りないが変身するしかなかった。
 レイチェルは十二本の爆弾を抱え込んで身体を丸めた。
 胸元のルーンの星を握りしめる。
 力を・・・与えてください。
 レイチェルが爆弾を抱え込んだ。

「レイチェル・・・ごめん」
 エルダはレイチェルを変身させようとする自分を呪った。
 
 守備隊のレイチェルは他の人を助けるため犠牲になろうとしている。スミレはフィデスを抱きかかえ、エルダの手を掴んで腕の中へ抱きすくめた。
 敵も味方も、誰であっても死なすわけにはいかない。

 ドッ、ズドッーン、
 レイチェルが抱えた十二本の爆弾が一度に爆発した。
 地面が激しく揺れ動き、突風が襲った。辺り一面に黒煙が立ち込めた。
 
 バサッ、バサッ
 黒煙を突き破って黒い鳥が空に舞い上がる。
 宙を舞う黒い鳥。
 それは、月光軍団を襲撃したあの怪物だった。隊長のスワン・フロイジアの命を奪った怪物が出現したのだ。
 しかし、黒い鳥は羽ばたくことをやめ、そのまま落下していく。
 地面に激突するかと思ったが・・・
 そこには爆発の衝撃によってできた地割れが広がっていた。
 バサバサ、ズ、ズドーンッ
 黒い鳥は地面の割れ目に吸い込まれるように地中に消えた。
「見た・・・今のは」
 月光軍団のトリルとマギーが顔を見合わせた。
「あの怪物だった」
「でも、どこから?」
 二人には守備隊のレイチェルが姿を変えたようにしか見えなかった。見間違いでなければ、爆弾を抱えたレイチェルが黒い鳥に変身したのだ。
 
 土煙が収まった。
 そこには守備隊のベルネや月光軍団のナンリたちが倒れていた。スターチとリーナは重なり合って倒れ、ミユウのメイド服はビリビリに破れていた。
 十二本の爆弾が爆発した破壊力ではね飛ばされ、誰も起き上がることができない。
 レイチェルの姿はどこにもなかった。
 レイチェルが爆弾を抱えて蹲った辺りの地面は大きく割れて、ぽっかりと穴が開いていた。月光軍団のフィデス、カッセル守備隊のエルダ、そして、その場にいた全員を守るためレイチェルは犠牲になったのだ。
 月光軍団のフィデスは爆風の衝撃ではね飛ばされた。
 あちこちが痛み、服には血が滲んでいる。すぐ側に東部州都軍務部のスミレが倒れていた。
 スミレが覆い被さってきた直後に爆発したのだった。盾になって守ってくれたおかげでフィデスは直撃を回避できた。しかし、爆弾を抱いたレイチェルがいた場所は陥没し深く地面が割れていた。レイチェルは命と引き換えに自分たちを守ってくれたのだ。
「エルダさんは・・・どこ」
 エルダは数メートル先で仰向けに倒れていた。
 フィデスは地面を這って進み、エルダの身体を揺すった。エルダは戦闘服が破れ肩や脚が剥き出しになり髪が焦げている。
「しっかりして、エルダさん」
「あ・・・ああ」
 エルダがうっすらと目を開けた。
「あ、あ・・・?」

 ローズ騎士団のビビアン・ローラは高笑いをした。
 人間爆弾攻撃で月光軍団のフィデスだけでなく、カッセル守備隊のエルダをはじめ、州都のスミレまでも吹き飛ばすことができた。エルダは一人の隊員に爆弾を抱えさせたのだった。そのせいで爆発の威力が削がれたものの、近くにいた守備隊は誰もが倒れ込んだまま立ち上がることができない。
 爆弾を抱えろとは、バカな命令を出したものだ。司令官の頭の程度が知れる。その隊員は爆発によって粉々になって地割れの中に消え失せた。今更ながら爆弾の威力を見せつけられた。
 今こそ、総攻撃をかけて守備隊に最後の止めを刺す時だった。
 ところが、ここでいささか作戦に狂いが生じた。功を焦った月光軍団のミレイとコーリアスがローラを差し置いて突撃したのだ。コーリアスは守備隊のエルダには拭いきれない恨みがある。戦場で鞭打ちにされた屈辱を晴らし、隊長のスワンの仇を取る機会が到来したと意気込んだ。
「覚悟しろ」
 コーリアスがエルダに襲いかかった。
 ビビアン・ローラは黙ってこれを見逃すわけにはいかなくなった。月光軍団のコーリアスに手柄を与えてはならない、守備隊のエルダの命を奪うのは自分の役目である。
 ローラはエルダの元へ小走りに向かった。
「そこをどきなさい」
 月光軍団のミレイとコーリアスを遠ざけ、
「お前が司令官か」
 エルダを見下ろした。
「う・・・」
 エルダは顔をもたげた。
「バロンギア帝国、ローズ騎士団副団長ローラである。見ての通り我々の勝ちだ」
 ローラはエルダの髪を掴んだ。
「司令官に止めを刺してやろう」
 エルダの頬に一発、平手打ちを叩き込んだ。
 ビシッ
「あうっ」
 左右の頬を三発、四発と叩く。エルダはそのたびに呻いていたが六発目で反応がなくなった。
 ローラは倒れたエルダの顎を蹴り上げた。
 ガツン
「ぐ、げっ」
 エルダはのけ反って吹っ飛び、後頭部を地面に激しく打ち付けた。フィデスの所にまで、ゴツンという音が聞こえるほどだった。
「死んじゃうっ」
 フィデスが金切り声を上げた。
「敵だぞ。コイツを助けたいのか。フィデス、やっぱりお前は裏切り者なんだな」
 ローラはエルダの顔を靴底で踏みにじった。
「そんなことだから月光軍団は負けたんだ。私が仇を取ってやるのさ、ありがたいと思いなさい。コイツを殺したら次はお前を始末するからな」
「ひどい」
 フィデスは両手で顔を覆った。ローラは本気で殺そうとしている。危険を承知で自分を救ってくれたエルダ。その窮地を黙って見ていることしかできないのか。
「ここは堪えてください」
 スミレがフィデスを制止した。
 ルーラントのカッセル守備隊は敵である。ローズ騎士団が守備隊の司令官を倒そうとするのは当たり前の行為だ。それは正しい。戦場ではそれは正しいことだ。しかし、自分たちを殺そうとしたのは同胞のローズ騎士団だった。敵であるエルダはフィデスを助け、守備隊のレイチェルは自らを犠牲にして全員を守ってくれたではないか。カッセル守備隊は月光軍団の味方なのだ。
 フィデスのためにもエルダを助けてやりたいが・・・
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