第六話 断絶(2)

文字数 12,331文字

 ヴァンプは立ち上がり、コンソールを操作した。ニウテラの都市概要と年齢分布、周辺地図とウマポウンチの都市概要が映った。発展しているターミナル近辺と、塀と鉄条網で区切ったスラム街の状況だ。『一番近い都市のウマポウンチは急激すぎる発展の余り、周辺区域にスラムが発生している。今の状況で子供が一気に難民としてなだれ込めば更に悪化する上、準備期間も手続きをとる余裕もない』
 アランはヴァンプの言葉に、心に矢を受けた感覚を覚えた。王の返答は当然だ。いかなる国といえど、難民を受け入れる環境を作れと言えば即嫌がる。国家にとって難民は避けたい、関わりたくない問題だ。
『外交が絡む故、すぐ結論は出せん。検討はする』
 アランはうなづいた。「承知しました。仕事の依頼は検討の上、ミリガンに報告します」
『編成を考慮する故、2週間以内にミリガンに返答しろ』
「はい」アランは頭を下げた。
 衛兵の一人はアランに近づいた。「ご退室を」扉に向かって歩いて行った。
 アランは衛兵に付き添う形で扉に向かった。ドアが開き、アランと衛兵が出て行った。扉が閉まった。
 衛兵達はアクリルガラスを通して、王の前に列を作った。
「クァンターの分際で王に要求を突きつけるとは、とんだ不届き者です」衛兵の一人が声を上げた。
『アランはニウテラに住んでいたクァンターだ。ゆかりのある人を救いたいとのは当然だ』コンソールを操作した。映っているウィンドウが一斉に閉じ、ガルキアへの通信のウィンドウが浮かんだ。
 衛兵は浮かんでいるウィンドウを眺めた。暫く経った。回線がつながり、ウィンドウが開いた。ルイスのバストアップが立派な装飾の壁を背景に映る。
『ガルキアの女王、突然で済まない。至急の通達があり連絡をした』
『宣戦布告ですか』
 ルイスは顔をしかめた。スプレアはラッセルの死を公開すれば手がかりを失ったと判断し、成果物の調査が不可能として撤退すると予想していた。
『市長の記憶は死後も取り出せる。神の棺計画で行ったのと同じくな。解析すれば成果物の回収が現実となる。神の棺計画では本来の使用用途なら誰が使用しても違反ではないが、国家が回収したとなれば目的外の使用もあり得る』
 ルイスは驚いた。記憶を取り出したとしても主観の上に断片なので接合するので時間がかかる。いくら暗号を取り出しても解析できなければ記号でしかない。
『反論はないな』
ルイスの顔が強張った。『私達が成果物を回収するから、阻止の為にスプレアが回収すると。なら貴方達も同じ行為をすると認めているのと同義です。貴方達が目的外に使わないという証拠があるのですか』
『危険な代物を承認なしに使えば、議会は荒れて支持は下がる。私の国を見れば分かろう。次に複合体が我々の尻をたたいている。回収すれば即座に没収だ。勝手をしている君達とは立場が違う』
 ルイスは黙った。反論の余地がない。
『成果物を回収できていない状態で戦闘を行えば民を巻き込む。計画では処分する手はずとなっているが、成果物が完成しテストが完了した場合と前提がある』
 ルイスは眉をひそめた。民を助ける為に保護の名目で占領したのか、本当に成果物を見つける為だけに自分のフィールドとして確保したのか、攻めた理由が理解出来ていないのだ。保護を主導したは議会であり、自分は単に印を押しただけの飾りでしかない。
 ヴァンプはルイスの表情からして状況を察した。自分以上に権限を持つ国家の長でありながら、自分以上に飾りとなっている。下位の人間が利用する駒としての自覚もない。上に就く者としては最悪だ。『分からないなら構わん。お前の国が保護している以上、交戦状態になった場合はガルキアの責任として難民と化した民の処理を押し付ける』
『勝手な要求を』
『なら明け渡せ。保護する者の責任を果たさず主張だけを繰り返すな。責任を放棄し明け渡すか、責任を果たし保護を続けるか。答えろ』
 ルイスの表情に陰りが出てきた。『議会にて検討します』
『また議会か、今週中に返答を出せ』ヴァンプは要求を突きつけて回線を切り、玉座から立ち上がった。アランの要求は受け入れ難いが、結論は現時点で確定していない。実際の状況を調べ尽くしていないからだ。契約を確立する条件である以上、約束は守り対処を尽くす。クァンターにとって最も重要なのは信頼だ。『次の公務に入る。清掃班を入れろ』
 衛兵達は頭を下げた。



 スプレアがニウテラへの進軍に必要な兵を募集してから1月が経過した。
 雨季に入った。雨がウマポウンチに降っている。急造の建物とテントが、街から外れた場所に設置したャンプに並んでいた。端にはフローターが集まり、隣のエリアにマイスが並んで置いてある。複数のマイスがフローターの元に向かい、到着した物資を運び出していた。雨が続いているので、調整を兼ねて作業を手伝っていた。
 ハンスもラギメトルに乗り、物資の搬送を手伝っていた。フローターの隣に積んである物資をつかみ、輸送トラックに置く。天候で難儀していた作業だ。
 兵士は輸送トラックに一通りの荷物が乗ったのを確認した。誘導棒を振って指示を出し、マイスに物資を運ぶのを止めた。他の兵士は物資を縄で縛って固定した。作業が完了し、輸送トラックは別のテントに向かって行った。
 ラギメトルは一通りの作業を終え、マイスの置場に向かった。片膝を付いた状態でかがむ。腰の後部が展開し、操縦席が突き出た。
 ハンスは操縦席から降りた。冷たい雨と空気が体温を奪い、体が震える。端末を操作し、操縦席をマイスの内部に格納した。
 傘を持ったルシエラに開いた傘を渡した。「お疲れ、雨なのに大変ね」
 ハンスはルシエラに笑みを見せて傘を受け取り、遠方を見た。次々とフローターが入り込む。依頼を受け、審査を通った雇兵達だ。アランのフローターが雨を通して見える。本当にアランか確認するため、置き場に向かった。
 アランのフローターがエリアに着地し、タラップが降りた。アランは下船した。
 ハンスはアランの姿を確認し、駆け出した。ルシエラもハンスの後に続いた。
 アランがタラップを降り、傘を差して地面に足を付けた。兵士達が取り囲んだ。
「依頼を受けたクァンターですね」兵士の一人が声をかけた。
 アランはカードを取り出し、兵士に渡した。
 兵士はカードを受け取り、端末と重ねた。ターミナルでの検査結果と共に、ミリガンの署名が付いた書類が浮かび上がった。内容を確認してウィンドウを閉じ、片手を出した。「ようこそ、ウマポウンチへ。簡単な説明がありますので来て下さい」
 アランは兵士と握手をした。「一つ質問がある。マイスを下ろすのは明日でいいか」手を離した。
「はい」
「アラン」ハンスは、アランの元に近付くが、兵士達は素早く押さえ込んだ。
「やめろ、友人だ。話位いいだろ」アランは兵士達をなだめた。兵士達はハンスを離した。
 ハンスとルシエラはアランの前に来た。
 アランは二人の方を向いた。「ハンス、依頼を受けたのか」
 ルシエラがハンスの隣に来た。「アリス議員が仕事があるから待てって言ってたのよ」
 アランはアリスの言葉を聞き、一瞬顔をしかめた。複合体が関わっている。ヴァンプの言葉通りだ。
「まだグルパスに乗ってるの」
「動くんだから大丈夫だ。整備もしてるし問題ねえ」
「整備って、ちゃんとした人に任せてるの」
「自分で出来る。人に任せると金がかかって仕方ねえ」
 ルシエラはため息をついた。プロにマイスの整備を任せないとは、ケチにも程がある。
 アランはハンスの肩をたたき、兵士の方を向いた。「案内を頼む」
「はい」兵士達はアランの前に出て、キャンプ内の建物に案内した。
 プレハブ工法の建物の前に来た。外壁は地面と似た色で塗ってある。アランと兵士達は傘を畳み、中に入った。データの集積すると同時に他の兵士へ伝達する為の機械類が所狭しと置いてある。部屋の中央に椅子とテーブルが置いてあり、男が座っていた。
「アラン・グレイザルをお連れしました」兵士は男に伝達した。
 男は席を立ち、アランに手を差し出した。「君程のクァンターが来てくれるとは、心強いよ」
 アランは握手をした。
 男は手を離した。「来たばかりで済まないが、君が担当する仕事について大まかに説明する」声を上げ、机を軽く突いた。立体映像が机の上に浮かび上がる。スプレアの紋様が現れる。次に作戦の指示内容と、現在地からニウテラまでの地図が映る。地図上に輸送機のアイコンが現れた。輸送機のアイコンはウマポウンチから動き出し、ニウテラの前にあるポイントで停止した。「大まかに言えば雇兵用の輸送機を使い、ニウテラから50キロ圏内のポイントでマイスを降下する。次に状況を見ながら進軍し、10キロ圏内で待機する。数でガルキアに重圧をかけるのが目的だ」
「場所の下ごしらえと補給は」アランは男に尋ねた。
 映像が切り替わり、地図上に降下地点と待機場所、進軍ルートが映った。街道沿いの森林地帯の内、密度の薄い場所が降下地点になっている。ニウテラの前に向かって進軍するルートが浮かび上がった。
「場所は無人機による偵察により的確なポイントを示した。但し相手が先手を取って確保しているか、トラップを張っている可能性がある」
「無人機飛ばして調べたなら、問題ないと見るが」
「斥候を派遣していない以上、確証はない」
 アランは映像に目をやった。輸送機の周辺に、マイスの記号がある。
「俺を斥候に配置するか。隊員は」アランは男に尋ねた。
 男はうなづき、壁に寄りかかっている兵士に目をやった。兵士は奥へと駆けて行った。
「お前を部下に置くなら、見合うだけの経験と太い手綱を持ったクァンターになる」
 兵士と共に、一人のクァンターが男の元に来た。顎から生える白いひげが、痩せこけた輪郭をごまかしている。伸び盛りのひげの割に、茶色が混じった短い白髪をしている。
 アランは見覚えのある顔に驚いた。「オスカー」アランは声を上げた。
 オスカーと呼んだ男はアランに近づいた。「ターミナルで黒髪が来たと聞いたんでな。セドリックの坊やだったか。年を食ったな」
「セドリックと一緒にいたなんて、大分昔だな」
「俺からすれば昨日の話だ」オスカーはアランの肩をたたき、手を差し出した。「経歴を見たぞ、度を超えてやんちゃをしてきたな。誰もお前を指揮したくないとぼやいていたよ」
 アランはオスカーと握手をした。「強かな優等生で売ってんのにな」
「俺もお前も優等生になれない悪ガキのままだ」オスカーは手を離した。
「話があるがいいか」
 オスカーはアランに手を振った。「悪い、実は俺も来たばかりでな。お前が来たと聞いて顔を見に来ただけなんだ。ジェイロンで拾った若い奴を手ほどきをする必要があるから、今は無理だ。明日の朝、雨が止んでいたら会いに来い。朝ならマイスの置き場で待っている。ナンバーは登録しているから確認しろ」端末とカードを取り出して重ね、打ち込んだ。打ち込みを終えると、アランにカードを差し出した。
 アランはカードを受け取った。
 男はアランとオスカーの両方に目をやった。「今から話すのはオフレコだ。上の思惑としては雇兵が勝手に行ったとみなし、責任をなすりつけて逃げ切る気だ。後方を我々が行うのも自分達がフリーのクァンターを制御している、自分達は無関係だとアピールする狙いがある」
 アランはため息を付いた。雇兵が軍の指示を無視して交戦に入った、とストーリーを作れば軍と雇兵は国民や議会の追求を受けなくなる。雇兵は既に金をもらって解散し、軍も表では指示を破っていないと言い逃れが出来る。「上辺だけなのは、皆知ってるけどな」
 男はアランの言葉に渋い表情をした。
「スプレアはニウテラを奪う気か」オスカーは男に尋ねた。
「複合体がケツに付いてる上、お前らは契約以上の仕事はしない。奪うとなれば君達に任を伝え再契約をする必要がある」
「安心したよ、余計な仕事をしなくて済む」
「お前の所属と仕事の詳細は決まり次第説明する。回線は常に開いておけ」
「詳細が決まってないのか」
「まだ雇兵が来ているんだ、整理が追いつかないんだ」
「了解した、回路は開けておく」アランは端末とカードを取り出して重ね、打ち込んでカードにデータを移すと男にカードを差し出した。
 男はカードを受け取り、アランは部屋を出て行った。
 兵士達はアランの姿を見て眉をひそめた。態度の横柄さに嫌な印象を持っている。
 男は兵士達の表情を見た。露骨に嫌な表情をしている。「大丈夫だ、ほったらしでも仕事はやる」机の上にアランのカードを置いた。アランの身分と共に実績が浮かび上がり、ミリガンの署名が付いた契約書を確認した。
 オスカーは契約書が特殊なのに気付いたが、クァンターとして働く以上関係ないと判断して口に出さなかった。
 男はオスカーの方を向いた。契約書を見ている。「違和感があったか」
「何もない。準備で忙しいんで出ていくよ。アランが来たのを知らせてくれて感謝する」オスカーは部屋を出て行った。
 男は机を軽くたたいた。表示が消えた。「今回は手足れがそろったか、楽に終わるな」



 アランは建物の出入り口で傘を開き、フローターの置き場に足を運んだ、雨の中、兵士達はマイスやクァンターへの物資の搬送を行っている。
「アラン、待ってたんだ」ハンスがアランの元に駆けつけてきた。
 アランは足を止めた。「バイトでもあるのか」
「依頼の報告をしに来たんだ、フローターで話す」
「データの件か。ニモ・モントジュニアスで確認したから大丈夫だ」
「念の為だ。ついでにラギメトルも受け取ったのを知らせとかないとな」ハンスはマイスが置いてある場所に向かった。アランはハンスの後をついて行った。ハンスの誘いを断る理由が浮かばなかった。
 マイスを置くエリアに来た。ナルゲムを中心とした雇兵のマイスが皆、膝を付いた状態で置いてある。
 ハンスはラギメトルの前で立ち止まった。アランも立ち止まり、ラギメトルを見た。大型の黒みがかった紫のフローラルデバイスを持っていて、背部にアランのグルパスと同じ形状の背部ユニットが付いている。
「実物を見るのは初めてだろ」
「ユニットは使いこなせるのか」
 ハンスは眉をひそめた。「訓練とプログラムでフォローしている。基本動作に問題はない」
「基本だけか。実戦では応用が重要だ。使いこなせない武装は重荷になる。徹底して使いこなせよ」アランはラギメトルの背部に周った。背部の補助腕には小型剣を内蔵したスピアを2つ背中に抱える形で装備している。脇には対人、対物用の機関砲を1門を搭載している。腰には発煙筒発射装置が側面に3門ずつ左右で6門付けてあり、腕には照明弾の発射装置を内蔵している。
 ハンスはアランの方を向いた。「なあアラン。ユニットを使いこなすコツはあるか」
「バランスをつかむのに調整場で半年訓練した。次に座学、最後に忍耐だな。鍛錬に王道なんてねえよ」
 ハンスは、アランの言葉に気難しい表情をした。
「俺の場合は試作品だから、全部マニュアルで動かすしかなかった。自動で出来るなら大丈夫だ、経験は時間をかけて積めばいい」
「やってみるよ」ハンスはマイスに背を向け、フローターに向けて歩き出した。
 アランは後に続いた。
 ハンスは自分のフローターの前に来た。鋭利な輪郭で、上部がマイスや物資を取り出す関係からドーム状になっている。
 アランはフローターを眺めた。「新調したフローターか、住めるのか」
「ルシエラと同じ意見だな。実は快適なんだ」ハンスは端末を取り出して操作した。フローターの脇から、折り畳み式のタラップが展開する。ハンスはタラップを上がり、入り口に来た。アランは後に続いた。
 入り口のドアが開いた。ハンスは傘を折り畳み、中に入った。アランも傘を畳んで中に入った。
 玄関で泥を払い、廊下を通って階下の居住エリアを通ってダイニングに着いた。白を基調としている。ルシエラがキッチンで調理をしていた。
 ルシエラは入ってきた二人に気付いた。「来たんだ」
 アランは頭を下げた。
「席に付けよ」ハンスはテーブルに向かい、席に座った。
 アランはハンスと向かい合う側の席に座った。
 ハンスはテーブルを突く。メニュー画面が浮かび上がった。「マイスの腕の件だ。データはクァンター内で共有する言いつけが出てる。進軍する時に現れる可能性があるからな」メニュー画面に触れ、データを呼び出した。マイスの解析結果が映った。
 アランはデータの図面を見た。輪郭や駆動系はグルパスに似ている。グルパスが古い設計を保ちつつ細かい部品を規格品に置き換えたのに対し、映っているマイスは純粋に精度を上げた印象がある。
「技術屋によると、グルパスを発展した形状だって話だ。心当たりあるか」
「触ってもいないマイスなんて、知ってたら苦労はしねえよ」
 ハンスはアランの言葉にうなった。最初から分かっていれば、解析を依頼する理由はない。
 ルシエラはライスと共に、フェイジョアーダの乗った皿を持ってハンスとアランの元に来て机に置いた。「アラン。ラギメトルが議員の認証が必要なの、何で教えなかったの」
「忘れてた」
 ルシエラはアランの簡素な返事に詰まり、キッチンに戻って自分の分のフェイジョアーダとライスを取って来た。席に座った。
「状況が状況なだけに、仕方ないさ」ハンスはフェイジョアーダを食べ始めた。慣れた食感と味だ。
 アランはフェイジョアーダに手を付けず、机やウィンドウに触れてデータを観察している。報告書には複合体に登録しておらず、グリンゴかスプレア、ガルキアの各勢力が独自に製造した機体と推測していると書いてある。スプレアは複合体に無実を証明する為、ニウテラへの進軍を行っている。グリンゴは古い武装や奪ったマイスで奇襲をかけ、奪うだけの勢力に都市一つを占拠出来る程のマイスを製造出来る技術はない。ガルキアが製造するにしてもグルパスはマイスの基礎が詰まっているが概念が古く、上位互換で開発するメリットは薄い。正式採用した高性能機のモカラを元に開発すれば足りる。但し、古い技術は拡散が容易なので各勢力が独自に解析したと言えば矛盾は少ない。
「各勢力が作ったと言えば通じるし、いいえと言っても通じる。誰が何の為に開発したんだ」
「中にいるクァンターに直接聞くしかねえよ」ハンスはフェイジョアーダを口に含んだまま返事をした。
「中身か」アランはつぶやいた。マイスはクァンターの脳波と筋電位を読み取り、各々の部位に搭載したマイクロコンピュータに割り振って適切な動きを取る仕組みになっている。処理速度を上げても人間が入力した命令を受けてから動くのに変わりはなく、動きはぎこちないままだ。速く動くのは搭乗者の相性の良さに起因する。
 ルシエラはアランがフェイジョアーダに手を付けていないのに気付いた。「ごめん、食べないんだっけ」
 アランはスプーンを手に取った。「すまない、データに夢中になりすぎた」フェイジョアーダとライスをすくって口に入れた。スパイスの濃い味が肉の不快な匂いをかき消している。
「腕の差はカバーしきれない。基本は集団での囲い込みになるな」アランはフェイジョアーダを喉に流した。「ガルキアも敵とみなしているなら、共闘になるかも知れない」
「だといいがな」ハンスは適当にうなづいた。
 アラン達は黙り込んだ。雇兵は上の決定が優先だ、自分達が仮説を練っても意味はない。
 黙々と食事が進んだ。ルシエラは席を立ち、食べ終えて空になったアランとハンスの食器を手に取り、キッチンに向かった。
 アランは席を立った。「世話になった。依頼を解決してくれて感謝する」
「明日からは訓練をするのか」
「マイスの登録が終わればな」アランは部屋を出て行った。



 翌日の朝、雨は止んでいた。
 曇天の元、兵士達は雨で鈍っていた動きを開放して物資の搬入や整理を開始した。
 フローターの上部が展開し、グルパスが内部から立ち上がった。フローラルデバイスからベージュの光を放ち、湯船を降りる動きでフローターから地面に足を付ける。周辺にいる兵士やクァンター達は、25年前の最初期のマイスに見入っていた。滑らかな動きでマイスを保管するエリアへ歩いていく。
 アランは操縦席で足に力を入れ、兵士やクァンターを避けながらグルパスを操縦している。「どけよ、ミンチになる気か」兵士達に声を上げ、グルパスをエリア内の空いている箇所に動かした。周辺のマイスは稼働を開始し、物資をため込んでいるエリアや何もない空白地に向かっていく。
 グルパスは指定した位置で膝を付いて座った。フローラルデバイスの光が落ち、腰部の後ろが展開して操縦席が突き出た。アランが操縦席から降りた。整備兵達が集まってきた。
「すみません、チェックをします」
「触るなよ」アランは整備兵に声をかけた。
「無理ですよ。内部の稼働状況を確認しないと承認しません。出撃出来なくなってもいいんですか」
「貴重なマイスに爆弾仕込む奴がいるか」
「なら、見せて下さい」
「断る。強行するなら整備中にフローラルデバイスの出力を上げてやろうか。動くかすぐに分かるぞ」
 整備兵は嫌な表情をした。整備中に出力を上げれば防御障壁で分解してしまう。「何ならいいんですか。繰り返しますが上からの命令なんです」
「メンテナンスの結果なら、俺が調べた結果を出してやる。お前らはサインして上に提出するだけでいい」アランはカードを取り出し、端末と重ねてデータをコピーした。
 長はカードを受け取った。「契約内容次第では、憲兵に対処してもらいます」整備兵の肩を軽くたたき、引き上げた。
 整備兵達は文句を言いながら、長に続いて引き上げた。
 アランは周囲を見回した。端の方にベンデルクトークが並んで置いてあるのを見つけた。隊として確保しているエリアだ。早速、エリアに向かった。
 ベンデルクトーク隊のエリアでは、兵士達が隊の人間と物資の連絡をしていた。オスカーは参加せず、足場の上にいる若い男に整備の指導をしている。
 アランはオスカーの元に来た。「オスカー、おはよう」
 オスカーは作業を止め、アランの方を向いた。「アランか、俺達に用か」
「早速だが昨日の続きだ。ジェイロンで高エネルギー体に遭遇したって話を聞いたが、本当か」
「ジェイロンか」オスカーは作業をしている若者の方を向いた。「席を外すぞ」
 若者はオスカーの方を向いた。若者は肌が黒く、黒い髪の色が分かる程度に伸びた坊主頭をしている。目にはイヤホン付きのゴーグルをしている。会話や文字を読み取り、適切な言葉にする翻訳機だ。「時間は」翻訳機を通して声が出た。
 オスカーは胸に下げている懐中時計を見た。7時を示している。「10分で戻る。先に交渉が終わったら呼んでくれ」
「分かりました」若者は頭を下げた。
 アランは物資を入れる木箱の前に移動しつつ、若者の姿を見て顔をしかめた。自分以外に黒髪がいるとは珍しい。
 木箱の上には開いた水のパックと皿が乱雑に置いてあり、地面にはかごがある。中にはまだ手を付けていないパックが入っている。木箱の前に来て肘をついた。
 オスカーはアランの隣に来た。かごの中から水のパックを取り、アランに差し出した。「高エネルギー体との戦闘か」
 アランは水のパックを受け取り、千切って口を開けて飲んだ。「ジェイロンで謎の集団と交戦したと聞いている」
「複合体に報告書を出した」オスカーはパックを千切って開け、口を付けた。
 アランは端末を取り出し、木箱の上に置いた。メニュー画面が浮かび上がった。画面に触れ、複合体の報告書を呼び出して読んだ。
「ルガージ・セイロにも同じ高エネルギー体があったが、突如消滅して行方不明になった。現在捜索中だ」
 オスカーはパックから口を離した。「俺達が遭遇したのと同じだと予測しているか。予想が外れたな、別の存在だと見ていい」
「分かるのか」
「ルガージ・セイロの奴は直に見てはいないが、単機だと聞いている。俺達が交戦したのは玩具同然の機械で隊を編成して調査していた。装備品からグリンゴではないのは分かる。異世界の人間かもな」
 アランはオスカーの言葉に疑念を覚えた。「人間と言ったな、人が乗っていたのか」
 オスカーは顔をしかめた。「密にしとけ」若者の方を向いた。
 アランはオスカーの目線の先を見た。若者がマイスを調べている。「まさか」声を上げた。
「複合体には俺と同じく、素質のあるグリンゴを拾ったと言っている。保護した時は薬と拳で聞き出したかったが、一人しか保護していない以上壊す訳にいかん。幸い翻訳機を介して話が出来るし、大人しくて正直な奴だ。時期がくれば自分から話す」
「奴らの居場所は」
「複数いて、皆一瞬で姿を消した」
「転移先は」
「分からん。別の隊に連絡を取っても、マーカーを使っても駄目だ」
 アランは若者の方を向いた。手がかりを知るのは若者だけだ。かと言って尋問する気はない。今は背中を預ける同業者だ、もめる気はない。「分かった」
「俺は飯を用意してくる」オスカーはフローターの置き場に向かって行った。
 アランは若者が乗っている足場の元に来た。若者は、工具を見ながらつぶやいている。翻訳機は言葉を認識していない。言葉がアランの耳に入ってきた。聞き覚えのある言語だ。「おはよう」若者がつぶやいている日本語で声をかけてみた。
 若者の耳に聞き慣れた日本語が入ってきた。驚き、声がした方を向いた。「日本の人ですか、生きてたんですね」
「何を言っているんだ、あいさつしたんだから返せよ。お前は何者だ」アランはナルオンの言葉で話しかけた。
 若者は頭を下げた。「すみません。自分は園田、園田兼定と言います。東安部のナイロビ師団から転属しました」
 アランは兼定と名乗る若者を観察した。線の割に筋肉質で、普段から鍛えているのはすぐに分かる。肌は黒く自分とは異なる系統の人間で、顔から見て20代前半だ。翻訳機を通して何を言っているか分かるが、理解出来ない固有名詞がある。ナルオンにはナイロビと呼ぶ地はなく、東安部なんて組織はない。
「貴方は日本人なんですよね。もしかして、公式記録にない極秘の先遣艦隊の人ですか」
 アランは渋い表情をした。「質問の答えは意味不明だ」足場に足をかけ、兼定に近づいた。端末とカードを出し、カードを差し出した。「俺はアラン。アラン・グレイザルだ。オスカーと同じ部隊の配属が内定してる。作戦行動中はお前と同僚だ。フォルタジアスに行って登録をしたか」
 兼定はカードを受け取って眺めた。「フォルタジアス、何ですか。北方に来たのは初めてでして分かりません」
 アランは兼定が失敗作として廃棄処分を受け、さまよっていた状態でオスカーの隊との戦闘に出くわしたと推測した。日本語を介する黒髪のクァンターが自分以外に存在する理由が見当たらない。「日本語って特殊言語を話す奴を日本人と定義するなら、お前の言葉通りだ。上が同系統の合言葉としてインプットしたと見ていい。だから何だ」
 兼定は眉をひそめた。「何だって言われましても」
「日本人だからと言って、今の状況に何も関係ない。下らん誇りに価値なんて無い」
 兼定はうなった。
 アランは兼定の状況を見て、眉をひそめた。兼定が混乱している今の状況では、本題の特異点について質問をしても答えは出ない。オスカーの言葉通り、時間が必要だ。
 兼定はアランに不可解さを覚えた。目の前にいる男は日本語を滑らかに話すが、日本人を知らないと言っている。日本人が今いる世界にいなくとも、日本語を話す以上は誰かに教わっているのは確かだ。本人が知らなくても、日本人はいたと推測出来る。
「兼定、クァンターの経験は」アランは兼定に尋ねた。
「よそ者、いえグリンゴとの交戦が」兼定は気難しい表情をした。「2、3回程です」
「実戦経験があるか、なら進軍も出来るな」
 兼定は周辺を見回した。戦車が1台もなく歩兵の姿もない。「軍が集まっていると聞きましたが、機甲部隊や歩兵はいないんですか」
 アランは機甲部隊の意味が理解出来なかったが、質問自体の意図は理解した。「マイス以外に兵器がないって意味か。マイスが出る以上、他の兵器は不要だ。ナルオン最強の兵器だからな」
「最強なんですか」
 アランはうなづいた。「無敵じゃねえけどな」
 兼定は黙った。
 アランは端末を操作した。マイスのガイドが浮かび上がった。アラン自身が書き足したメモも含んでいる。
 兼定はガイドを見た。視点を読み取った箇所に翻訳がかかり、字幕としてゴーグルの上に日本語となって浮かび上がっていく。内容はマイスの欠点について書いてある。
「読めるか」
 兼定はアランの言葉に眉をひそめた。
 アランはため息を付いた。「防御障壁を起動すれば次元転移の影響で接触回線を除き通信はほぼノイズ混じりになり、データリンクもろくに出来なくなる。故に集団統制ほぼ出来ない。居住空間でもない狭い場所に人が乗る以上、一昼夜をまたぐ持久戦はほぼ不可能だ」アランは書いてある内容を読んだ。
 兼定は脳裏に高原地帯で起きたグリンゴとの戦闘を浮かべた。グリンゴは戦力を分断し、不意を突く戦術を行っていた。
「グリンゴと交戦した経験があるなら分かるだろ」アランは兼定の状態を見た。兼定はガイドに見入っていた。端末を操作し、ウィンドウを閉じた。「端末にガイドがある。目を通しておけ」
 兼定はアランの方を向いた。初めて知った人なのに、妙な親近感を覚えた。「すみません、端末は持っていません」
 アランは渋い表情をした。フォルタジアスに行って登録をしない限り、端末を入手出来ないのに気付いた。「オスカーから話を聞いとけ、俺は戻る」アランは足場を降り、グルパスの置き場へ去って行った。
 暫く経った。オスカーがアランが去っていた方向と逆方向から来た。フェイジョアーダを乗せた盆を持っている。足場の上にアランがいないのに気付いた。「アランは」
「さっき戻りました」
 オスカーは盆に乗ったフェイジョアーダを見た。余ってしまった以上、誰かが余計に食べる必要がある。
 兼定は笑みを浮かべた。「自分が食べます、若いから大丈夫ですよ」
「言ってくれるな」オスカーは木箱の上に置いた。
 アランはグルパスの前に向かい、端末を操作した。操縦席が展開し、搭乗した。各部位を動かして調べ、異常を確認していく。操縦席から降り、端末を操作して必要な部品の発注を行った。
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