第九話 鋼の子宮に生命を(後編)

文字数 11,151文字

 アランは立体地図を確認した。地下につながる通路のハッチは、現在地から2キロ半の距離にある。マイスの反応はない。
 ラギメトルは転移を繰り返しながらハッチへ向かった。ハッチは広場の奥にある立入禁止区域の中にある。ハッチの上に来る。腰部に搭載しているワイヤー付きのセンサーを脇にある接続部へ飛ばして接続した。ワイヤーを介して通信を行う。
 認証コードがアランの眼前に浮かぶ。コードは1億桁もあり、常に一定の法則で変動する上に制限時間もある。
 アランは出撃する前にテレスからコードをもらっている為、自動で認証出来るのでパス出来た。
 暫く経った。コードの認証が完了し、ハッチが開いた。内部は真下に向かうチューブ状の通路になっていた。
 ラギメトルは開いたポートの中に入り、地下都市へと向かって降下した。本来はフローターを搬入する通路なので、台の類いはない。チューブ状の通路を抜けると、地下都市が広がっていた。
 地下都市は建物や道路が天井からつり下がっていて、至る場所に柱がある。地上のマイスはラギメトルを除いて一機も入っていない。
 ラギメトルは通路を抜け、地下都市に入った。
 ハッチが閉じた。
 アランは立体地図に反応があるのに気づいた。遠方からマイスが駆けつけてきたのだ。信号と動きから正規兵のマイス、モカラだと分かる。ゴールが製薬会社の本部と決まっている以上、振り切るのは不可能だ。ジェイクジブラスで正規兵と交戦したとなれば、ガルキアは製薬会社に圧力をかけてくる。クァンターに責任はないとはいえ、依頼主は圧力で動けなくなったと不満をぶつけて報酬を下げてくる。正当防衛の建前が必要だ。
 ラギメトルは空中で停止した。
 モカラはラギメトルの前で止まった。1機はラギメトルを羽交い締めにした。
『何をしている』モカラのクァンターから通信が入った。『無所属のクァンターか、用がないなら大人しく投降しろ』
「依頼で地下に来た。交戦する気はないから離してくれ」アランは顔をしかめ、手足に力を入れた。頭の固い正規兵が交渉に応じる訳がない。頭の中で隙をついて脱出する策を練る。
『一帯は立入禁止だ。交戦する気がないなら投降しろ』
 アランは舌打ちをした。相手の頭は捕縛と尋問で埋まっている。
 モカラは補助腕を使い、背中のスピアに搭載している小型剣を取り出した。本来の使用目的と外れるが、マイスに突き刺して動きを止める程度は出来る。『投降しないなら止める』小型剣で首の接続パイプを切ろうとした。
 ラギメトルは補助腕を動かし、モカラに背部ユニットの防御障壁の発生装置部分を突きつけた。発生装置から防御障壁が展開する。防御障壁は時空のゆらぎにより、対象外の物質を弾く。同じ出力の防御障壁同士が触れれば相殺するが、背部ユニットから発生する防御障壁は多重に発生する。相殺はモカラ程度では出来ない。縮めたバネを開放する原理でモカラを押し出して両腕を弾く。
 ラギメトルはモカラの頭部に回し蹴りを放ち、次いでもう片方の足で腹部を蹴って地面にたたきつけた。モカラはバランス制御を司る頭部にダメージを受けた為、体勢が立て直せずに市街区域に落ちた。落ちた場所は衝撃で土ぼこりが舞っている。小型剣による破壊を避ける為に抵抗したのだ。正当防衛は成立する。転移して地面の道路に降下した。一旦逃げて追跡をしなければ終わりだ。
 モカラはラギメトルを追い、道路に降下し向かい合った。
 アランはモカラを見て、渋い表情をした。相手は手負いとはいえマイスだ。援軍を呼ばず1機で挑むとは、頭が固いだけではなく判断も出来ないと見える。
 ラギメトルは背部ユニットを展開し、電導刃を補助腕でつかんで正眼に構えた。
 モカラはラギメトルの前に転移した。正面から挑む気だ。スピアを引き、突きの体勢に入る。
 ラギメトルは脚部に搭載している打突機の芯を射出し、地面に突き刺して固定した。同時にわずかにかがんだ。
 モカラは突きを繰り出した。
 ラギメトルは電導刃でモカラのスピアを払う。反動で体が揺らぐが、背中を丸くして腰を落として重心を低く取っている上、補助腕に来る衝撃は背部から脚部に流し、打突機の芯で受け止めて破損を防ぐ。直後に返しの刃で斜めに切りつけた。モカラを肩から腹部にかけて、キレイに切断した。
 モカラはフローラルデバイスの光を失い、上半身と下半身が分離して倒れた。スピアを背部ユニットではなく電導刃で払い、即座に斬る手段が最適だ。
 打突機の芯を戻すべく内部から引っ張るも、芯は動かない。衝撃で曲がったのだ。やむなく両足の打突機を切り離した。固定していた足が自由になった。
 アランは状況を確認した。援軍はいない。避難で正規兵の手が回っていないのだ。立体地図に目をやり、位置を確認した。発信機はビルの深層部を示している。
 ラギメトルは電導刃を背部ユニットに格納した。旋回し、反応がある場所へと飛んだ。
 アランは周辺の地図情報を映し、フローターの置き場を捜索した。深層部へ物資を運ぶにはフローター並の搬入口が必要になる。置き場から遠くなれば遠くなる程、一度に運ぶ量を増やさないと効率が悪くなる。
 製薬会社のビルの裏に回り込んだ。ブロックで構成した広場がある。端にハッチがあるのを見つけた。警備の類いはない。内部ではなく外部のシステムで警備している。
 ラギメトルは腰部からハッチの脇にあるセンサーに向かって、端末が付いたワイヤーを飛ばした。端末はセンサーに刺さった。
 アランはカードの情報を元に、ハッチの認証番号を自動で入力しているのを眺めた。
 暫く経った。エラーコードが現れた。地上と異なるのは当然だ。同じ仕組みを使い回す方がおかしい。転移でハッチの壁をすり抜けてもいいが、転移した先に物体があると融合し動けなくなる。
 ラギメトルは広場の中央に向かって歩き、立ち止まった。フローラルデバイスの出力を落とし、探知用の電子を足の裏から飛ばした。ソナーの原理で反射した電子を読み取っていく。
 解析したデータがアランの眼前に現れた。空洞が下層に向けて直線で構成し重なっている。人工の空間がある証拠だ。
 ラギメトルのフローラルデバイスの光が強まった。かがんで背部ユニットを足の補助腕に接続し、ふくらはぎへ伸ばして防御障壁を展開した。足元に展開する防御障壁が地面とぶつかる。地面は衝撃で吹き飛び、土ぼこりの中から空間が現れた。状況を確認し、空間へ飛び降りた。



 ルイス達は誰も居ない通路を歩いていた。LEDの白く冷たい光が通路を照らしている。窓は一つもなく、四角いチューブの中を歩いている感覚だ。
 立体地図が先頭を歩いているトライトンの前に映っている。最下層の空間まで近づいている。
「避難している人がいるのに人もロボットも居ないなんて、本当に物資の搬送をしているのですか」ルイスはトライトンに尋ねた。
「物資は緊急事態に搬送します」
「ジェイクジブラスが壊滅するかも知れない状況にですか」
「フリーのクァンターと交渉で対処出来る都市一つ程度、ナルオンの消失に比べれば緊急ではないのです」
 ニケは顔をしかめた。「交渉で対処出来るって、ジェイクジブラスが混乱するのは分かっていたしていたのですか」
「無論です」
 ニケはトライトンの返事に驚いた。ルイスを当日に呼べば、巻き込みを受けるのも分かっている。自分達を周囲から隔離する為に呼び出したのだ。「私は人を守る義務があるので、失礼を承知で聞きます。製薬会社はアイラ様を巻き込み、王族を亡き者とするか人質にしてクーデターを起こす気ですか」
 トライトンは鼻で笑った。「半分は正解です」
「半分とは何ですか」ルイスは声を荒げて尋ねた。
「議員の私兵を許した国家に反発する、と言う意味ならです」トライトンは冷ややかな目でルイスを見た。ルイスはトライトンから目を背けた。
 ニケは素早くルイスの前に出た。予想通り、目の前にいる男は『アイラ・カーペンター』が偽名だと知っている。
「トライトン、いえフェルナンド議員。貴方は女王を暗殺し、議会に権利を移す気ですか」
「知っていましたか、説明の必要がなくなり助かります」ニケがフェルナンドと呼ぶ男は笑い、二人の方を向いた。「女王を消しているなら既にやっています。私は貴方に無知な領域を教えるだけです」付けヒゲを外した。フェルナンド議員の顔だ。
 ルイスの顔が強張った。「無知、ですか」
「はい」フェルナンドは通路を歩いて行った。
 ニケはうなった。フェルナンドの目的が分からない。同行に不安を覚えるが、今すぐ撤退するにしても深層部なので無理だ。従うしかない。
「行きましょう」ルイスはニケに話しかけた。「不測の時にはお願いします」
 ニケはうなづき、フェルナンドの後に続いた。
 通路の突き当たりに来た。天井まで20メートル以上ある。床に至るまで金属で囲った空間だ。ドアが200メートル程奥にある。
 フェルナンドはドアの前まで歩いて行った。
「緊急用物資を運ぶにしては広いですね」
「女王、貴方は光の盾計画の全容を知っていますか」フェルナンドは端末を取り出し、ドアの脇にあるセンサーに重ねた。パスコードがセンサーの上にある液晶に次々と現れる。
「我が国の軍備強化計画です。他国のクァンターによる防衛は、素行の悪さから日に日に民を不安に陥れていると仰っていました。故に生え抜きの兵力による防衛計画を行う決定を下しました」
 フェルナンドはうなづいた。「ご名答です。では誰を生え抜き、誰が指示を出すかは分かりますか」
 センサーはフェルナンドの端末の認証を終えた。ドアが重い音を立てて開いていく。
「ガルキアに籍を置く者を生え抜くではないのですか」
 フェルナンドは笑みを浮かべた。「ガルキア国籍のクァンターが不足しているからこそ、フリーのクァンターに任せているのです。不足分は先にあるシステムで補うのが、議員の計画です」開いたドアの先に向かった。
 ルイスとニケも先に向かった。
 先はギャラリーとの間を多重のアクリルガラスで仕切った空間があった。
 ルイスとニケはカプセルが置いてある光景を見た。円筒を横にして半円に切った形状で、床は段になっている。無数のカプセルが横たわっていて、ロボットが腕に付いているピンをカプセルの脇にあるコネクタに挿して状態を確認している。裸体の男の姿がカプセルの中で眠っているのが透明な窓を通して確認出来る。
「人ですか」
「アッシュ・クローンです」フェルナンドは平然と声に出した。
 ルイスは驚いた。「人間の複製は倫理の問題から禁止しています」
 フェルナンドはカプセルに目をやった。「アッシュ・クローンは一つの細胞から培養し、記憶を埋め込んだ製品です。意思を持たないので人権はなく、工場で作った植物と同じという訳です」
「人を製品にするなんて」
 ニケはカプセルの中で眠っている男の姿を眺めている。「元になっているのは誰ですか」フェルナンドに尋ねた。クローンは複製である以上、元になった存在が必要だ。複製する程の優秀なクァンターと見ていいが、顔つきに見覚えはない。
 フェルナンドはアゴに手を当てた。「異世界から来た、30年前の遺産です」
「30年前」ルイスが声を上げた時、何かに気づいて言葉を止めた。「ベイソン・ニモラダの壊滅ですか」
 フェルナンドはうなづき、アクリルガラスに触れた。メニュー画面がガラスに浮かび上がる。操作を始めた。30年前にベイソン・ニモラダに物体が落下した状況が映り、次いで物体の解析データが映像と共に現れる。マイスに似た人型のロボットで、所々が欠損している。軍の行動内容を含めたデータも合わせて映っている。「落ちた物体は二つで、一つは特異点として現在追跡中です。もう一つは機能停止状態の人型兵器でした」
 ルイスは浮かび上がっているウィンドウに触れ、詳細を確認した。人型兵器に搭乗していた少年の解析結果だ。記憶の断片が別のウィンドウに解析結果と共に、隣のウィンドウには遺伝子解析の報告が映っている。遺伝子は進化の過程を残す為複雑な形状を持つが、少年の遺伝子はキレイに整理してある。解析や複製も容易に出来るとの内容だ。
 ニケはガラス越しに見える人の入ったカプセルを見て、状況を把握した。少年の遺体から脳を取り出し、記憶を解析した上に塩基レベルにまで分解して複製したのだ。
「神の棺計画は元々、死亡した操縦者の脳から記憶を取り出してクローンに埋め込み成長した時に証言や行動を介して取り出す計画でした」
 アクリルガラスに神の棺計画のあらましと結果が映った。計画の内容は以下の通りだった。
 記憶は自身が経験した主観なので、当人にしか理解出来ない。別人に埋め込んでも、肉体が異なっていれば違和感が出て混乱を引き起こす。鳥を知らない人間が鳥のキグルミを着ても、まともな動きが出来ないのと同じだ。故に記憶を移植したクローンを作り、代謝能力を活性して急激な成長を促した上で取り出す。計画により製造したクローンは『人間レコード』と呼び、人間ではなく記憶のレコードを格納したコンピュータと同じに扱った。
「結果は失敗でした。記憶は無意識に上書きする仕組みでしてね。現在の記憶と混ざってしまい、クローンは人数と同じだけの答えを示したのです。無論、我々に正解は分かりませんから何も分からないままでした。今となっては当然ですが、未知の実験でしたので何も想定していなかったのです」
「計画で複製した人間レコードは今、何をしていますか」ルイスはフェルナンドに尋ねた。
「実験動物は用を果たせば汚染を防ぐ為に処分します。当然、データを取ってから廃棄しました」フェルナンドは簡単に答えた。
「廃棄って、殺したのですか」ニケの体が震えた。
「書類上では例外なく」フェルナンドは表情一つ変えずに答えた。
 ニケの脳裏に幼い頃の父親の記憶が浮かぶ。父親は記憶の中で平然とした表情で自分に拳をたたき込んでいる。痛みと恐怖が感覚で再生する。「人を道具にするなんて、酷すぎます」歯を食いしばり、フェルナンドに殴りかかった。自分の父親も、立場の弱い子供を融通の利く家畜として扱い、都合が悪くなると処分する。目の前に立っている男は、自分にクズの印を押した父親と同じだ。
 フェルナンドはニケの拳を簡単に受け止めた。脳裏の映像が切れ、感覚が現実に戻った。フェルナンドが自分の拳を受けめたのに驚いた。
「私は元軍の人間ですから、格闘の訓練は受けています」フェルナンドは力を緩めた。「人を家畜として扱い、不要となれば処分する。貴方が人を守る立場である以上憤り、力に訴える気持ちは分かりますが私を殴っても何一つ変わりません。貴方の気が済むだけです」
 ニケは我に返った。記憶は亡霊と同じで、当人しか見えず消しても解決するのは自分の心だけだ。フェルナンドの言葉通り、殴っても何も解決せず一時の安心を得るだけだ。「すみません議員、発作が出てしまいました」頭を下げた。
 ルイスは、フェルナンドが自分達を連れてきた目的を悟った。最深部に向かうには、王族の認証が必要だったのだ。なら、連れてきた後に殺せばいい。にも関わらず生かしている理由は何なのか、真意は分からない。
「当時は他に手段もなかったのですから、やむを得ません」フェルナンドはため息を付いた。「人の命を使い捨ての再生装置にするなど、言い訳にもなりません。失敗で良心が芽生えたのですかね。複合体は計画が失敗したのが分かると手のひらを返し、計画に反発し神の棺計画へ軌道修正をしたのです」
 ルイスはクローンの入ったカプセルを見つめた。計画が失敗してもクローンは存在している。光の盾計画の兵力を確保するだけなら、何も少年の記憶を移植したクローンである必要はない。優秀なクァンターと契約すればいいだけだ。「少年のクローンにこだわる理由でもあるのですか」
 フェルナンドはアクリルガラスに映るメニュー画面を操作した。ルイスの前に流れ図が現れた。一つの計画から光の盾計画と神の棺計画に分岐し、計画の大筋が映る。
「マイスはオリジナルの記憶と遺伝データから作る体を基準に照合と補正をかけます。故にオリジナルの記憶を持つアッシュ・クローンとは相性がいいのです」
 光の盾計画の詳細が映った。大量のクローンを製造して下の階にある専用機、ザインガンで防衛する旨の内容だ。貴族は戦場に行かずに済み、平民を外部のクァンターの素行の悪さから開放する。クローンは少年の記憶を埋め込んでいる為、同じく少年の記憶を基礎データとしているマイスとの相性がいい。国民が誰も傷付かない、最強の防衛が成立する。
「貴方も軍に居たんですよね。計画は当初から知っていたなら、何故止めなかったのですか」ニケはフェルナンドに尋ねた。
「計画は議員が軍と組んで極秘に行っていました。私は軍にいた時は表の仕事でしたし、離れてから10年以上も経つので知る機会がなかったのです」
「計画を知った切欠は」ルイスはフェルナンドに尋ねた。
「2年前に先代の王が死没し、編さん機関の招集を受けて調査を行っていた時です」フェルナンドはメニュー画面を操作した。次々と閉じていく。
 ガルキアでは王が死亡した際、王の実績を正確に記録し歴史を紡ぐ為に実績を調査した上で吟味してライブラリーに登録するのが目的に編さん機関を設立する。作業は新聞の死亡記事専門部署と何ら変わらないが、対象が王なので専門機関を立ち上げる必要がある。
「王の実績の内、光の盾計画に関連するマイスとクローンに関して不穏な動きがあると分かりました。計画は神の棺計画として引き継いでいる以上、メリットはほぼないのですが計画は動いていました」フェルナンドはため息をついた。「当時の調査でつかんだのは尻尾だけでして、委員会も王の実績を調べるのが目的でしたから深入りはせず調査を終えました。私や協力者は諦めず、掘り進めていきました。王がナルオンの未来の為に断ち切った計画を何故掘り返すのかとね」
 ルイスはフェルナンドの計画を悟った。調査の結果、ジェイクジブラスの地下に計画の遺産を利用していると判明したのだ。元軍部の人間で表に立っている人間である以上、協力者が居ても容易に立ち入りが出来ないので活動が出来ない。複合体の査察で混乱する時を狙って自分達を呼び出し、利用して地下に向かい破壊工作でもして光の盾計画を潰す気だったのだ。「人を道具の如く製造し、自らの利権を維持する為に使用するとはひどい計画です。最初から言えば、私の口から破棄を決め」
「貴方は理想しか見えていない」フェルナンドはルイスの話を切った。「議員の私兵と言っても、表向きには国防を引き受ける兵だ。誰もが満足する計画を捨てて世界の平和を取れと、現在と自分達の幸福しか見えない人間に説得する気ですか」
 ルイスは眉をひそめた。国民も議員も人間だ、自分達が現在いる環境の好転しか望まない。未来は誰かが作ってくれる、勝手に現れると信じ切っているのだ。盲信の酒が脳の隅々にまで染み込んでしまった人間から酔いを抜き、荒野しかない世界で他人の為に開拓しろと命令は出来ない。女王である以上、国民を酔わせてでも偽物の世界を見せて幸福に導くのが義務だ。
「計画が我々の知らない場所で動いていたのは、無知なままでいる方が有利に働くからです。止める手段は表に」
 フェルナンドが話している時、重い爆発音が響き、衝撃が走った。フェルナンド達はとっさにかがみ衝撃をやり過ごした。
 爆風と共に上方から手負いのラギメトルが降りてきた。チリや破片が次々とカプセルの上に降りかかっている。警報はない。
 アランは降りてきた場所を読み込んだ。機密扱いで黒塗りとなっているがデータベースには存在している。データベースから目をそらし、モニターに映るカプセルに入った人間を見た。自分と似た顔つきと体格をしている。自分がフォルタジアスを出るきっかけになった計画は未だに継続している。次いでアクリルガラス越しにいるフェルナンド達を確認した。
 ニケは恐る恐るアクリルガラスの先をのぞき見た。天井に穴が開いていて、ラギメトルが空中で固定した状態で自分達の方を向いている。
 アランはフローラルデバイスの出力を落とし、量子通信が可能な状態にしてから無線回路の一覧を映した。片っ端から無線回路に割り込んでいき、接続の反応がない回線を切り捨てた。ローカルな回線は傍受出来る範囲が狭い関係から暗号は固定しているので、解析はマイスに搭載しているコンピュータで容易に出来る。暗号の解析は終わり、最深部の通信回線に割り込んで接続した。
 操縦席内の映像がアクリルガラスに映る。フェルナンドは起き上がり、アランの顔を見た。クローンのデータと同じ黒髪だ。
『アラン・グレイザル、フリーのクァンターだ。依頼により女王の救助に来た』
 アランはアクリルガラスを通して見える三人のデータを読み取った。立っている男にはトライトンの名が、かがんでいる二人の少女にはニケとアイラの名前が映っている。女王の名前はなく、関連しているとすればニケが女王直属の近衛兵である点位しかない。発信機の反応の位置はルイスとニケを示している。
「私はフェルナンド議員だ。個人情報は書き換えている。ルイス女王は今、アイラ・カーペンターで、私はトライトンだ」
 アランはフェルナンドのデータを取り出し、照合した。名前はトライトンとなっている。フェルナンドと名乗った男の言葉に偽りはない。緊急の状況で話す言葉は事実に近い。クァンターの経験から分かっている。
『では改めて女王、依頼によりジェイクジブラスより救出に参りました』アランの声が響いた。
 ルイスは恐る恐るアクリルガラスを見た。手負いのラギメトルが宙に浮かんでいる。「上では何が起きているのですか」
『査察団に偽装したクァンターが、防衛側のフリーのクァンターと交戦しています』
「君は査察団に属しているのか」
『両方に属していません。女王を救出する依頼を受けて来ただけです』
「女王を助けて次に何をする」フェルナンドはアランに尋ねた。
『ジェイクジブラスから脱出し、アリス議員の乗っているフローターと落ち合います。依頼は他に受けていません』
「議員か」フェルナンドはラギメトルの状態を確認した。両腕はなく、一方は肩から切断している。補助腕でカバーしている状態だ。両方に属していない以上、両勢力との交戦は必然となる。損傷がひどい状態での戦闘は不利だ。『今搭乗しているマイスで脱出するのか。損傷している状態では不安だ」
『気持ちは分かるが、他に手段がない』アランはフェルナンドの言葉に答えた。
 フェルナンドはアクリルガラスに触れた。メニュー画面から立体地図を展開する。「今立っている場所の下の階にザインガンと呼ぶマイスが転がっている。ガルキアで製造したマイスだから、半分を敵に回さずに済む。アッシュ・クローンの専用機で記憶認証のスロットがないが、仮説が正しければ君でも操縦出来る。私達は降りて操縦席前に向かうから、君も同じ場所に向かってくれ」
『貴方が途中で逃げ出す可能性は』
「私も人間だ、命が惜しい。脱出する手段が他にない以上、君を利用する」
『了解しました、議員』通信が切れ、ラギメトルは周囲に衝撃を出さない為に遅めに下降した。
「女王、コントロールセンターで認証を。次いで下の階へ向かいます」フェルナンドは女王の手をつかもうとした。
 ニケはとっさにフェルナンドの手を払った。
 フェルナンドはルイスに失礼な行為をしたと気づき、目を背けた。
 ルイスはフェルナンドの方を向いた。「何故、私が認証を解く必要があるのですか」
「女王以外に認証出来ない仕組みにしました。でなければとっくに地上に向けて動き、今いるマイスを排除しています」フェルナンドは、アクリルガラス越しにクローンのカプセルとザインガンの姿を眺めた。
「ジェイクジブラスが戦場になっているのに動かせないなんて、使えない兵器ですね」
「議員の都合で動かなくしたんです。せめてもの抵抗です」フェルナンドは奥へと歩いて行った。
 ルイスは眉をひそめた。国防を目的としているのに、防衛に使えなくするのが抵抗か。
「行きましょう」ニケはルイスの手を取った。
 ルイスはうなづき、ニケと共にフェルナンドの後を付いて行った。
 コントロールセンターは通路から階段を降りた先にあり、金属製のドアで区切っている。
 フェルナンドはドアの脇にあるセンサーと端末を重ねた。コードが流れ照合を行う。認証が完了し、ドアが開いた。
 コントロールセンターは壁が透明なアクリルガラス張りで構成している。制御盤と椅子が奥のアクリルガラス製の透明な壁に並んで置いてある。フェルナンド達が入るとセンサーが反応し、電灯がついた。同時に、制御盤の上に情報を示すウィンドウが一面に展開した。
 フェルナンドはルイスの前に来た。「マイスの初期認証を解除して下さい」
 ルイスは制御盤の前に来て見回した。メニュー画面が浮かんでいて、何が何につながっているのか分からない。
 ニケがルイスの隣に来た。
「分かりますか」ルイスはニケに尋ねた。
「制御盤自体は軍が使っていたのと似ています」ニケは制御盤の平たい部分に手を付いた。キーボードが浮かび上がった。キーボードをたたいて操作を始めた。メニュー画面から操作ガイダンスと入っていく。
 フェルナンドはルイスと異なる場所の制御盤で操作を始めた。アッシュ・クローンやザインガンの詳細なデータが現れる。カードをスロットに入れてコピーを目論むも、認証出来ていないのでガードが起動して動かない。
 ニケの眼前に認証画面が浮かぶ。「女王、画面に入りました。認証をお願いします」
 ルイスは認証画面を見た。制御盤の上にはザインガンの管理状況と認証を行うエリアが映っている。ルイスはエリア内に手のひらを当てた。ルイスの静脈を読み取り、認証画面が切り替わる。次々とウィンドウが現れ、ザインガンとハッチ、関連するデータのロックを次々と解除していく。
 フェルナンドはガードが消えたのを確認し、データをカードにコピーした。コピーは一度しか出来ないが問題はない。状況を示すダイアログが現れた。
 ニケはキーボードをたたき、ザインガンの1機に火を入れる手続きをしている。手続きの詳細は分からなくても、ガイダンスに従っていけば火が入る仕組みになっている。
 1機の回路がつながり、フローラルデバイスが起動した。起動可能になるまで10分程度かかる。
「ナンバー14番のマイス、通信強化型を起動しました。停止状態からアイドリングに入るまで10分かかります」ニケはフェルナンドに向けて声を上げた。
 フェルナンドはデータのコピー状況を見ていた。
「何をしているのですか、議員」ニケはフェルナンドに近づいた。直前にデータのコピーが終わり、ウィンドウの表示が消えていく。
「気にしないでくれ、軽い調整だ」フェルナンドはスロットに手をかざした。センサーが認証し、カードが抜き出ると回収して透かして見た。カードにコピーしたデータのサムネイルが映っている。僅かな笑みを浮かべて胸ポケットに入れた。
 ルイスはフェルナンドに近づいた。「場所は」
 フェルナンドは腕時計型の端末を操作した。立体地図が映り、ザインガンを格納しているエリアが映った。アッシュ・クローンを保管しているエリアの真下だ。「案内します」コントロールセンターを出て行った。ニケとルイスは後に続いた。
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