第一話 故郷(前編)

文字数 9,685文字

 複合体は20年前、2大強国のガルキアとスプレアの国境に工業都市のニウテラを建設した。とある理由で複合体を含む国家の介入を不可能とした中立都市だ。出入り可能なのはクァンターと呼ぶ巨大人型兵器『マイス』を駆るクァンターと呼ぶ者と追随者、物資搬送を行う複合体の関係者のみとなっている。
 ニウテラの住民は出入りが出来ない為に窮屈な世界に生きざるを得ない。世界の狭さに起因する不満は都市を拡張し続けて埋め合わせた。中央にある行政区域はかつての都市の面影を残して存在している。外郭に住居区域が工業区域と共に円状に発展している。都市の中心を通る川は、濁った水の湖を経由し海に向かっていた。都市の入り口に設置した5キロ平方メートルに渡るターミナルの内部にはクァンターが使用する空を飛ぶ全長100メートルを超える輸送船、フローターが停泊している。
 ターミナルは運んで来る物資の取引場所にもなっていて、衣食住の問題も内部で完結するために周囲一帯が一つの市場として形成している。物資の搬送は格納庫を介する為、一般人の立ち入りが可能な貴重なエリアになっている。
 1人の若者が、1台のフローターからタラップを経由して降りてきた。
 係員が若者の元に集まってきた。フローターはクァンター個人の拠点を兼ねている。立ち入りは許可がない限り出来ない。
「お前、クァンターではないな」係員は若者に尋ねた。
「許可は下りています」
「ウソを言うな」係員は若者に食って掛かった。一般人が立ち入りしやすいので、許可を取った後フローターに入り空き巣を働く者もいる。ターミナル内での犯罪行為は複合体の信頼に関わる為に非常に厳しい。部外者と疑えば誰でも取り囲み、問答無用に追い出す。
 若者は弱気になっていた。理由を話しても通じない空気が重くのしかかってくる。
「俺のフローター前でケンカかよ」一人の男が、取り囲んでいる係員の元に近づいた。若干縮れた黒髪に褐色の肌をし、よれた作業服を着ている。
 係員は一斉に、声がした方を向いた。「誰だ」
「持ち主も分からないのか。お前らこそ新人か」男は眉を潜めた。普通に考えればタラップから堂々と降りてくる時点で了承を取った人間だと分かる。「中を見たいって泣きついたんで、見回りさせてたんだ。文句あるか」
 係員は半透明のカードを取り出し、男の顔と重ねた。カードに読み込み中の表示が現れ、データが次々に映る。名称に『アラン・グレイザル』と表記がある。係員は驚いた。ニウテラをねぐらにしているフリーのクァンターだ。
「黒髪なんだから、すぐ分かるだろ。邪魔だ、さっさと解散しろ」アランは係員を払った。ナルオンでは黒髪は一生の間に一人も会わないのが普通な程に珍しい。かと言って黒髪の人間が差別を受けるケースはない。肌や髪の色が違くとも、人として分かり合えるなら仲間として認める。ナルオンの基本だ。
「すみません、失礼しました」係員達はアランの前から解散した。
 アランは若者に近づいた。「タラップをしまえ」
 若者は振り返らず、手に持っているカードキーのスイッチを入れた。タラップが上がり、フローターの中へ格納した。
「気が済んだか」
 若者は、アランに伝票のカードを挟み込んだカードキーを渡した。目的を達成して満足していた。「すみません、貴重な体験でもったいなくて」
 アランは端末にカードを重ねた。目の前にリストが現れる。内容を確認した。男なら誰でも未知なる乗り物に興味を抱く。悪意のない純粋な願望に応えただけでもめるとは、警備の人間の頭は固い。「満足したならいい。帰っていいぞ」
 若者はアランに頭を下げ、去って行った。
 アランはフローターを眺めた。フローターは他の乗り物より積載量が多く、自衛能力も優れているので輸送の依頼が舞い込んでくる。荷物を運ぶだけで簡単に金が稼げる為、運び屋を本業としているクァンターもいる程だ。
 アランの場合はニウテラと専属で契約していて、警備で駐留している。また月に1度、ニウテラで製造する工業製品をフローターに積み込み隣町で売り払い外貨を稼ぐ。現地で食料や衣料品を含む生活必需品を買い込み、戻って来る物資搬送の仕事も請け負っている。
 ハンスとルシエラがアランの元に来た。二人はアランと旧知の仲だ。ハンスはクァンターを、ルシエラはハンスの専任の整備士だ。
「相当な荷物なんだってな。気をつけろよ」ハンスはアランに声をかけた。
「落ちたら拾っといてくれ」
 ルシエラは笑みを浮かべた。「いじらせてくれる」
「ポンコツだから、俺以外の奴が触ると壊れるんだ」
 ルシエラは苦笑いをした。「ケチね、だから彼女も出来ないのよ」
 アランに向かって、若い女性が駆けつけてきた。顔は紅潮し汗がにじんでいる。
「客が多いな」ハンスは女性を見つめた。
 女性はアランの方を向いた。「ア、アランさんですね」
「落ち着け、深呼吸してから話してくれ」
 若い女性はアランの言葉通りに深呼吸をした。次第に落ち着き、汗も引いてきた。「長が、住居区域のいつもの場所で待っているとの話です」
 アランはため息をついた。毎度とはいえ、公務を投げて食事に呼び出すとはのんきな性格だ。「分かった、すぐ行く」
「おい、輸送は」
「お前が代わりにやるか」
 ハンスは黙り込んだ。
「多少遅れても、隣のウマポウンチは逃げねえよ」アランは笑みを浮かべ、女性の方を向いた。「ラッセルの場所まで案内を頼む」
「分かりました」女性は格納庫を後にした。
 アランは女性の後をついて行った。
 ハンスはアランが出ていくのを見て、伸びをした。「俺達も飯にするか」
「外に出るの」
「いや、中で十分だ」ハンスはルシエラの手を取った。
 ハンスはルシエラと共に、アラン達と異なる出口に向かった。
 アラン達は通用口を通り、ロビーに向かった。クァンター専用の通路だが、利用する者は少ない。生活ならターミナル内で完結出来るし、国家の法の干渉を受けない特権を持つのでトラブルを抱えやすく、わざわざ外に出る意味はない。一方でアランは居住地をニウテラにしている関係から、街に出る方が多い。通用口を通りロビーに出た。
 ロビーは格納庫と異なり、アナウンスがうるさい程に響いている。市場と連携している為、行き交う人々でごった返していた。
 アラン達は人間の波をかき分け、外に出た。冬の冷気が体に襲いかかる。雲が、直方体のビル群にかかる位の高さで広がっている。エタノールで動く6輪のバスがバスターミナルに止まっていた。道路脇に止めている黒い車に向かった。女性がドアに触ると自動で開いた。女性は運転席に座り、アランは後部座席に乗り込んだ。何も言わなくとも目的地が分かっている。街を治めるラッセルは、住居区域の市場にあるレストランの同じ席を指定するからだ。
 ビルの塊が固まる区域を外れ、茶色の建物が集う景色に変わって行く。
 細い路地の前に来た。近辺の治安は悪いが、重役の車や品物は消えない。盗めば即座に警察官や搾取をする組織の手により、命で弁償する目にあう。無秩序も落ちる所まで落ちれば均衡に入る。
 車は道の脇に停まった。2人は車から降りた。自動でロックがかかった。
 食べ物と人の汗の匂いが充満していた。店が道の境界を無視して広がっていて、薄汚れた服を来た男達がカバキーニョやヘコヘコ、クイーカを持ち寄って音楽を奏でている。人々は陽気な音楽に耳を傾けつつ、目的にあった品物を求めさまよい歩く。市場に入る者は皆、時代錯誤な世界に入り込んだ錯覚を覚える。人々の魂に染み込んだ文化は、時代に流れない。
 奥へと進み、カフェテラスの前で足を止めた。派手な柄のコートを着込んだ老人が座っている。
 老人は2人に気づき、笑顔で手を挙げた。「来たか。年寄は先がないんだ、待たせるな」
 アランは老人と対になる形で椅子に座った。テーブルの上にはフェジョンが乗った白飯が2つ乗っている。シュラスコでないだけマシだ。肉は好かない上、一旦頼むと際限なく時間が減っていく。「クァンターはもっと先がない。明日は死んでいるかも知れないからな」
 女性はラッセルの隣に就いた。食事に加わる気はなく、純粋に案内を行う任をしているだけだ。
 老人は笑みを浮かべた。「俺なら今すぐ死ぬかもしれんぞ、年を食いすぎたからな」
 アランは年寄の笑みを見つめた。少年の顔つきをしている。褐色の肌から白髪と白ヒゲが伸びている。顔はコロナを放つ太陽だ。老人はラッセルと言い、ニウテラで最も財産と権力を持つ男だ。
「まずは食え」
 アランは備え付きのスプーンでフェジョンを口に運んだ。
 ラッセルは紙切れを置いた。電子データ媒体が当然の状況で、紙を使う理由は2つしかない。機密情報を含んでいるか、使い方が分からない場合だ。「読んでみろ」
 アランは紙を手に取り、内容を読んだ。クァンターに支払うインゴットのレートが納品した物資と共に書いてある。共に上昇している。
「レートは今月に入っても上がっている。きな臭くなってきた。近々戦争でも始める気か」
「国境付近に変化はない。戦争とは無縁だ」
「唐突に起きる可能性もある。店終いならいつでも出来るがな」ラッセルはフェジョンに口に運んだ。
 アランは口の中で砕いたフェジョンを飲み込んだ。「今すぐ閉めるか」
「急に閉めれば店員に迷惑がかかる。家族だっているんだ、閉める時位自分で選ばせろ」
 アランはフェジョンを口にした。最初は乗り気ではないが、食べだすと止まらない。不思議な味だ。
「状況を調べてくれ。ニウテラに入る情報は政府広報程度でな、水面下で何をしているのか分からん。状況によってはすぐ選ぶ必要もある」
「俺にジャーナリストになれと」
 ラッセルは頭を縦に振った。上の人間が明確な返事を出す時は、偽りがない場合だけだ。「ウマポウンチといえど、今いる場所より情報はある。金は現金で払う」
「現金か」アランは眉をひそめた。報酬は国家によって通貨もレートも異なる為。、複合体で生産している貴金属のインゴットで支払う。他の手段で払うというのは、複合体を介さない依頼を意味する。紙を返した。「家賃タダで置いてもらっているんだ、金はいらない」
「欲がない奴だな。大損するぞ」
「一夜で使い果たす程度の金に、誰が興味を持つ」
 ラッセルは大笑いした。
 アランは残りのフェジョンを食べた。量は足りないが、満たしてしまうと眠気が襲い動けなくなる。普段食べる量は半分でも十分だ。
「店は畳むのは俺が決める。但し解体するかは」ラッセルは女性に手を振った。「分かるな」
 女性はラッセルに近づいた。「お前も頼むか」
 電子音が鳴り響いた。
「失礼」アランは胸元のポケットから板状の端末を取り出した。操作用のボタンは一切無い。上部の黒い部分に指を2、3回たたいた。直方体の立体映像が浮かんだ。複合体のロゴだ。
「複合体からか」ラッセルはアランに尋ねた。
「ああ」アランは返事をした。複合体から直に来る連絡は1つしかない。緊急の依頼だ。
「ターミナルに戻って確認を取る」
「戻ってくるか」
「いや、街を出る」
「飯の途中なのに」
「仕事なんて、いい時に来るもんだ」アランは席を外した。
 ラッセルの表情が強張った。一流の男は切り替えが早い。「アランをターミナルまで送ってやれ。俺は行政区で業務に戻る」
 女性はラッセルの言葉を聞き、アランの元に向かった。「ご案内します」
「頼む」
 女性は商店街を率先して歩いて行った。アランは後をついて行った。
 ラッセルは近くにいるボーイを呼んで会計を始めた。
 アランと女性は止めている車のドアを開け、乗り込んだ。
 車は商店街を去り、ターミナルに向かった。ターミナルに着き、アランと女性はロビーで別れた。
 アランは通用口を経由してフローターの搭乗口に来た。周囲を見回した。ハンスとルシエラの姿はない。クァンターから受け取ったリストを確認している少年の姿を確認し、近づいた。
「仕事熱心だな」
 少年はアランの姿に驚いた。「もう戻ったのですか。夕方までいるのかと」
「シュラスコを頼まなかったからな」アランは笑みを浮かべた。「別の依頼が来たんだ。暫くの間、ニウテラに戻らない。空いた枠にクァンターの補充を頼む」
「依頼ですか。なら、アリアントさんを経由して」少年は周りを見回した。ハンスの姿はない。
「ハンスなら見かけなかった。遊びに行ってるんだろ」
「遊びにって」少年は眉をひそめた。
「異変ならすぐ駆けつけてくる。蒸し返すがクァンターの補充を伝えておいてくれ、いいな」
「アルバイトの自分が、上に掛け合えますかね」
 アランはズボンのポケットから人工革の財布を取り出し、中から半透明のキチン質製のカードと紙幣を1枚出して渡した。複合体のロゴと共にナンバーが、複合体のロゴと共に書き込んである。「特製のカードだ。認証すれば優先で応じる」
 少年は興味深くカードを眺めた。網目に構成した回路が毛細血管の如く透けて見える。
「言っておきます」
「早めに頼む」
「はい」
 アランは自分のフローターの元に向かい、カードキーを押した。タラップが降りてきた。降り切ってから乗り込み、入り口に向かった。タラップはアランが登りきった時、自動で折り畳んだ。
 少年は腰にかけているカード型の無線端末を手に取り、カードを重ねた。鍵穴の就いた壁の立体映像が浮かんだ。鍵が現れ、扉の鍵穴に差し込む。扉は分解して消えた。
『複合体ターミナル、クァンター専用回線です』端末から声が響いた。
「すみません。聞こえますか」
『はい、要件をお話し下さい』事務的な返答が来た。
「ニウテラ専属クァンターのグレイザルさんから、暫く空けるかもしれないので警備の補充を頼むと仰っていました」
『分かりました、伝えておきます』抑揚のない返答が来た。
「ええと」
『ご要件ですか』
「疑問はないのですか」
『いえ、要件は承りました』
 少年は眉を潜めた。余りにも簡単すぎる。「分かりました」
 音声が途絶えた。
 少年は違和感を覚えたが、打ち合わせ通りに演じているだけだと判断した。興味本位で再びカードと無線端末を重ねてみた。反応がない。1度だけ認証出来る使い捨てのカードだ。カードをズボンのポケットに入れ、持ち場に戻った。著名なクァンターからの記念品として保管すると決めた。
 アランはタラップを上がり、フローターの入り口の前に来た。ドアに付いているセンサーが体格や虹彩を読み取った。認証を終え、ドアが開いた。先は暗くなっていた。中に入ると、照明がドアが閉まった。同時に点灯した。ホテルの廊下に似ているが装飾はなく、部屋へのドアが複数ある。歩いて先にある階段を登り、操縦室に向かった。
 コントロールパネルはボタンやレバーはなく、平らになっている。人工知能がほぼコントロールするので、人が介入する部分が少ない。
 アランは端末をコントロールパネルの上に置いた。自動的に認識し、全体が薄暗くなった。青い光を放つ四角柱の立体映像が周辺に伸びる。四角柱の一つに触れた。複合体のロゴが浮かび上がった。複合体が関わる依頼は重大かつ深刻なケースが多い為、外に持ち出す端末では交信出来ない。
 複合体の認証が完了し、直方体が解体した。中からデータが展開する。
 アランはデータを一通り読み、コントロールパネルに手を触れた。データウィンドウが多重に開き、一つ一つの内容を目で追って確認していく。最新のデータを確認した。一つに『ルガージ・セイロにおける高エネルギー体の経過観察』と書いてある。
 ルガージ・セイロは輸送する荷物を下ろす北側の隣町、ウマポウンチより更に北西にある。単純に降ろして戻るか、頭の中で計画を練っていた。
「最新の依頼を」
『展開します。お待ち下さい』女性の機械音声が流れた。クァンターは国家の干渉を受けない為、主義主張に関係なくあらゆる依頼が飛び交う。仕事は複合体経由で手元に来る依頼を確認し、受領した後に報酬を複合体経由で受け取るのが基本となる。
 暫く経った。画面が切り替わり地図が写った。現在地のニウテラと、北西3000キロメートル先にあるルガージ・セイロを示している。遠くに見えるが不休、かつ全速力での条件なら3日程度で着く。
『複合体より、アラン・グレイザル宛に送信した依頼内容を再生します』
 映像が切り替わり、ルガージ・セイロにあるクレーターと周辺施設の映像が映る。穀倉地帯のジョイアスと工業地帯をつなぐ街だったが30年前、物体が突如落ちた為に壊滅した。複合体の中でも一部の関係者以外は立ち入りが出来ない。『複合体より、貴方宛に依頼が入っています。現在、ルガージ・セイロにあるクレーター中心部にて高エネルギー体の異常が確認されました。現在エネルギーを安定させるべく、処置を施しています。高エネルギー体はナルオンの維持に不可欠です。安定するまで監視をお願いします』音声と共に状況を示すアニメーションが流れている。
 アランは、次々と切り替わる映像と音声で情報を確認した。複合体に直に来る依頼は命令と同義だ。報酬と期間は署名と共に写っている。腕を払い、表示を消した。周辺に展開する青い柱も地面に下がる形で埋めこみ、消えた。全体が明るくなった。端末を手に取り、胸ポケットに入れた。コントロールパネルに軽く触った。映像が眼前のガラスに浮かび上がった。現在地の地図とフローターの運行状況を基本に、内部状況を示すデータが写っている。
「今すぐウマポウンチへ向かってくれ」
『分かりました。起動します』
 音声を認識し、状況を示すウィンドウが映る。発車許可や天候の確認を示しており、随時完了を示す『Feito』に切り替わっていく。
 最後の文字が切り替わると同時に、確認を示すウィンドウが消えた。『発車します』全体が大きく揺れた。フローターが動き出した。アランはよろけたが転倒する程ではない。揺れは一度だけで、体勢を整えた。重量バランスや気圧の類は全て、フローターに搭載している人工知能で調整している。揺れが落ち着いた。
 アランは操縦室を出て、休憩室に向かった。
 休憩室はホテルのスイートルームと変わりない広さで、木材を基調とした家具がうるさくない程度に充実している。中央のテーブルから周辺の状況やニュースのデータが写り、壁にはツル植物がはっている映像が壁紙として貼り付いている。調理が出来るカウンターが奥にある。
 アランはソファに座り、情報を眺めた。全速力なら1、2時間で到着するが急激な加速はソニックブームによる影響から禁止になっている。故に定期バスより速い速度で走るのが基本となる。情報はウマポウンチまで4時間と示した。次第に眠くなってきた。クァンターとして登録してからボランティア同然で警備を受け追ってきた。街が終わり近いのは分かっている。意識が消えていった。



 ガルキアの国境はニウテラから120キロメートル程南にある。空は灰色に覆われ、緑で染まる山々が広がる。道に沿って走るのはフローターと軍の補充用の輸送トラックだけだ。フローターに検問は一切ない。ニウテラが中立都市なので、立ち入りが非常に厳しく向かう人間はほぼいない。
 国境の設備はジャングルを切り開いた山の尾根に展開している。軍事基地と変わりない程の強固な施設だ。ガルキアの軍人が周辺を巡回している。ガルキアの正規兵用マイス、藻からが片膝をついた状態で遠くに見えるニウテラを眺めている。
 マイスとは25年前に複合体が開発した12m前後の兵器で、外見からナルオンの古い言葉で『花』を意味する。全身に組み込んだ板バネで制御し、クァンターと呼ぶ搭乗者が腰の背部にある操縦席から乗り込む。装甲に見える半透明の部分は、キチン質を主成分とするフローラルデバイスと呼ぶユニットだ。外気の水と光をエネルギーに変換する外燃機関と、次元転移と呼ぶ時空の揺らぎを発生する装置が一体化している。随時エネルギーを確保する外燃機関が発展した為、エネルギーを溜め込む技術は廃れ開発してもいない。各部位には補助腕が付いており、武装の携行と物資の運搬が可能となっている。空間に固定する特性を応用した滞空も可能だ。搭乗するクァンターとは、ナルオンの古い言葉で『庭師』を意味する。
 ガルキアが重点的に監視を置くのはニウテラが独立した武装組織を結成し、いつ来ても対処可能としている為だ。一方、北側に領を持つスプレアは緩めの警備に留まっている。ニウテラがスプレア領のウマポウンチで取引を行う理由の一つだ。
 周辺を警備している兵士の元に、一人の兵士が近づいて手紙を渡した。基地内では通信は機密保持の為、紙で行っている。
 兵士は手紙の内容を確認した。同時に空から空気を割く音が多重に響く。空を見上げた。無数のフローターが手の届かない位置に浮いている。
「俺達も出るんすか」
「マイスだけで、後詰めは別の国境警備隊が出る。大体、俺達が行っても引き立て役にすらならねえよ」伝達役の兵士は上を向いた。「フリーだな。汚れ役にうってつけか」
 兵士は自分が守っているマイスを見た。ニウテラを見据えている。「警備のマイスは」
「上が選抜したマイスが全てだ。警備のは使わないってよ」
 兵士は渋い表情をした。マイスを見える形で配備するのは抑止力を理由としているので、枠を空ければ隙が出来る。かといって使わなければホコリをかぶってサビついていく。動かない機械は剥製と同じだ。最もらしく着飾っても誰一人怖がりはしない。
「動かせればいいのですが」
「気持ちは分かるが、俺達はクァンターじゃない」伝達役の兵士はフローターが向かう先を見た。ニウテラに向かって雷雲の如く飛んでいく。
 クァンターは国家の影響を受けない代わりに複合体に属し、人権を含めた全ての制約を委ねる。更に以下の職分に属する。一つは国家や豪族と契約を結び、命令により行動する正規兵だ。生活の保証もある上に命の危険が少ない任務を主軸とする。もう一つがフリーで、あらゆる勢力へ多額の報酬と引き換えに戦力を提供する。危険な仕事が多い一方、報酬は多く国家の制約もない。更に依頼の範囲内で発生する損害について、責任を負わなくてもよいので自らの意思で動くのは非常に容易い。多数のクァンターは他人と距離を置く人間が多く扱いにくい上、ナルオン最強の兵器を保有している為に契約金も多大になるので雇用出来る組織や人物に限りがある。専属になるのはクァンター全体の1割程度しかいない。
 兵士はフローターでニウテラに向かっているのは雇兵だと判断した。戦闘では体のいい露払いとして使えるからだ。
 伝達役の兵士は軽く肩に触れた。「ブリーフィングの時間だ、行くぞ」奥に見える兵舎に向かった。
 兵士は後をついて行った。振り返り、改めてニウテラに向かうフローターの群れを確認した。
 30機程のフローターの群れはニウテラまで20キロメートルを切った。上部のハッチが折り紙を開くのに似た動きで開き、マイスが棒立ちで現れた。背部に自身と同等の長さのスピアを2本搭載し、防御用の幅広の小型剣がサヤに入った状態で腰に付いている。フローラルデバイスが作動し、鈍い光を放った。空に向かって浮かび上がると同時に残像を放って消え、直後に10m程先に現れた。次元転移による移動だ。マイスは一瞬だけ近い次元に転移し、すぐ元の次元に戻る。同じ時間軸に同一存在が2つある状態になり、転移元の側がエネルギーの生産能力を失っているので消滅する。同時に発散するエネルギーが時空のブレを発生し残像を構成する。ブレとなった残像は次元に留まる物体が干渉出来ない性質を持つ。残像は防御障壁と呼び、実質マイスの装甲となっている。マイスが装甲を持たない理由だ。無効にするには自分の次元に干渉して相殺する、残像を消し去るか移動する次元ごと吹き飛ばす。もしくはエネルギーを止めるかしか無い。マイスには、マイスでしか立ち向かえないのだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み