第8話

文字数 9,646文字


 10日程前、柳瀬は警察を名乗る男からの電話で変身ネコに餌を与えることは違法となるのでこのまま続ければ罪に問われると忠告されていたのだった。

 法律が改正される前だから名前は明かせないと言うその電話を単なるいたずらとして片付けたかったが、もし本当なら母親捜しに支障をきたすと考えた柳瀬は真相を調べてみる事にした。
 先ず警察に直接問い合わせてみると変身ネコに餌を与えることが違法かどうかは裁判所の見解に依ると言い張り、将来的に法律が変更されるかについてもそれを決めるのは政治家だと繰り返すだけだった。
 柳瀬はその歯切れの悪い受け答えから裏に何かあると疑い、政治家のコネを使って調べてみると変身術の取り締まりを強化する為の法案が提出される事になっていた。

 その内容は変身動物を助ける行為も罰することを含んでいて、法案が可決されればネコ缶配りが違法行為と見なされてしまうかも知れなかった。
 変身動物は死刑に処すという厳しい法律があったものの、殆どの変身動物が捕まらない現状ではその効力は無いに等しかった。
 新しい法律は取り締まり方法を根本から変えることが主な目的のようだが、その取り締まりをより効果的にする為に変身動物を手助けする人間の処罰も含んでいるようだった。

 これまでの取り締まり方法は過去に押収した翻訳機を使い柳瀬が母親を捜すのと同じ手法で行われていたが、他人用の翻訳機では正しい言葉となる筈もなく偶然翻訳される意味不明なものを証拠に逮捕まで至るケースは僅かだった。
 実際に1年間の逮捕動物は多くても14、5匹しかおらずしかも、日本に生息していない分かりやすいものばかりだったからネコに変身した柳瀬の母親が捕まってしまう心配は殆どなかった。

 そんな実効性に欠ける方法ではあったがそれを考え出したのは他でもない警察で、その理由は彼らが取り締まる立場にある一方で事件の被害者を助ける立場でもあるからだった。
 警察は実験の為に誘拐され変身させられてしまった人達が変身動物の中にいる事実を掴んでいて、救わねばならない被害者を死刑に導いてしまうかも知れない取り締まりをやりたがらなかったのだ。
 立場上、違法なものを野放しに出来ない警察は誘拐によって変身させられた者とそうでない者の区別が出来るようになるまでの時間稼ぎとして捕まえられない方法で取り締まりをしていたのだった。

 しかし、富裕層の間で変身することが当り前となった今、その数が逮捕者数を圧倒的に上回るのは誰の目にも明らかで世論の変身動物に対する反感も高まりつつあった。
 それに加え、さらなる食糧事情の悪化が変身術に厳しい意見を持つ政治家達の追い風となり、新たな法律を作ることになったようだ。


「あの黒トラ柄はネコ缶配りを取り締まりと勘違いし、2人に憎しみをぶつけようとしたのだろう」と柳瀬は話した。

「変身させられてしまった動物がいるとわかっていながら、取り締まりを厳しくしようとすることが許せなかったのね…」美沙が呟くように言う。

「政治家は変身が食糧問題に大きな影響を与えていると言うけど僕はそう思わない。だって、本物の動物も変身動物も今は人間の残飯か、それから作る缶詰しか食べてないんだからね。もし、残飯が減れば彼らも自然にその数を減らしていく筈だよ」柳瀬は美沙の反応を見ながらゆっくり話す。
「実際、やなせフーズがどんなに沢山のペットフードを作ったって日本中で生み出される残飯のたった数パーセントを再利用しているに過ぎず、専門家は膨大な量の食べ残しが生み出されてしまう現在の社会システムに不備があり、それこそが食糧問題の原因だと指摘しているよ」そう続けて言った。

 柳瀬は何かを考えるようにした後、
「あの黒トラ柄のネコも様々な場所で残飯を目撃して、わかっているのかも知れない」美沙の顔を見てそう話し、「我々が社会のあり方を大きく変えれば食糧問題は解決できるけど、政治家達はそれによってこれまでの利権構造を崩されては困るんだ。食糧危機の原因を変身動物にしておくことで真の問題点から人々の目を反らし、これまで通りの権益を得ようと考えているに違いない」とキッパリと言い切った。


 その柳瀬は食べ残しを食料とする限り人類の脅威になり得ないという論理的な理由から変身術が問題だとは思っていなかった。
 野良ネコに食料を与えることについても野生動物の数を変えてしまうとは考えておらず、むしろ食糧危機の中ですでに自然な数を保てなくなっている動物を守れるのは人間しかいないと考えていて、危機が続く限りネコ缶配りを続けるつもりだった。

 そんな動物に対する純粋な気持ちと共に始めたネコ缶配りは数年経つと、政府の機関から野生動物保護活動として賛同を得ることになった。
 政府から賛同を得られたのは良かったが、人々から注目されることで裏の目的の母親捜しが見破られてしまうかも知れないと心配になった柳瀬は動物愛からの純粋な餌やり行為に見せる工夫が必要だと考え始めた。
 そして、動物をこよなく愛する人達に手伝って貰う事でボランティア活動らしく見せようと考え、ネコ好きな人達を探す為に自分の会社でポエムを募集する事にしたのだった。


 その事を話の最後に明かした柳瀬は
「美沙さんを騙していて、本当にごめんなさい」そう言って頭を下げたまま、「…でもこれで良かったと、一緒に活動するのが美沙さんで良かったと心から思っています」とその思いを素直に語った。

 自分が騙されていたとは思わない美沙は
「私もそう思ってる…、トモくんじゃなかったら手伝っていなかったわ」その正直さに応えようと精一杯素直な気持ちを伝えたが、そこまで本心をさらけ出す柳瀬の姿を前にしても尚、隆の事だけは絶対に明かせないと思っていた。

 そして、その後も黒トラに会うことはなく毎日が過ぎていった。

   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「タカさんがヘヴンへ行ってからもう半年か…」と、リビングの棚に置かれた電子アルバムを手に取り、そこに映る隆の動画を眺めながら修一が呟いた。

「この半年間、すごく頑張ったわね」由美子が感心しながらそう言って美沙を見つめる。

 美沙は2人を見て、
「ポエムの入賞とネコ缶配りのボランティアであっという間だったわ」と無理に笑って見せた後、「忙しい方が忘れられるし…」と寂しそうに下を向いて言った。

 由美子は悲しみを忘れさせようとして、
「今日はタカさんを偲んで飲もうと、本社からわざわざ航空便でドイツビールを送ってもらったのよ」そう言いながら持参した箱を差し出し、「でも、飲めない美沙はジンジャエールね!」と舌を出してふざけた。

「隆をネタに自分が飲みたいだけじゃない!」美沙も笑顔を取り戻した。

 由美子は黙って見ている修一に、
「修一だって飲みたいでしょ? そうよね!」と声を掛けた後、「でも、良かった。美沙がそうして笑えるようになって…」美沙の両肩に手を置いて泣きそうになる。

「ちょっと待って、泣くのはあなたじゃなくて私の方じゃない?」美沙が冗談っぽく言うと2人は互いの顔を見て本気で笑い、
「私には由美子と修一、そしてチビちゃんもいるから寂しくなんかないわ!」今度は美沙が由美子の肩をポンッと叩いた。

 その言葉に安心した由美子はリビングのソファに勢いよく腰を下ろし、
「今夜は思いっきり飲むわよー! 今日は飲むのがメインだから、料理を作ったりしなくていいからね」と美沙に念を押すと、
「よ~し、僕も飲むぞー」修一も気合を入れるように腕をまくってソファに腰掛け、ビールの箱を勢いよく開けた。

 美沙がネコ缶配りに忙しく、数ヶ月振りに由美子と修一に会った隆はリビングに置かれたキャットタワーの一番高い所からそのやり取りを見ていた。
 
 正確に言えば会っているというより見ているだけなのだが、その隆は心身共にずっと順調で規則正しい毎日を送っていた。
 毎晩、美沙がネコ缶配りに出掛けてしまうとその間に熟睡し、その後はネコの本性みたいなものが出てきたのか朝まで起きている事が多くなった。
 身体はと言えば、どの筋肉も完璧にコントロール出来るようになったお陰で運動性能が格段に上がり、今では助走なしに2メートルくらいは軽くジャンプ出来る。
 精神面でもネコらしくなってきたのか昼間に眠くなってウトウトする生活を以外に心地良く感じ、何もする事がない時間をあまり退屈だと思わなくなっていた。


 由美子は宣言した通り本気で飲んだ。

 同じペースで付き合った修一がかなり酔って、
「最近忙しそうだけど、何か大きいプロジェクトでもあるの?」と由美子に訊ねた。

「新しいドローン開発よ、それ以上は言えないけどね」そこまで言ってやめると、「修一こそ、珍しく忙しそうじゃない?」ふざけて返す。

「うちも新しいドローン用の機器とソフトウエア開発だよ、それ以上は言えないけどね」と修一が由美子と同じように言って笑った。

「それ以上言えないけど、って真似しないでよ!」由美子が怒ってそう言うと、
「本当だよ。機密扱いの仕事なんだ」修一が今度は真面目な口調になって答えた。

 美沙は2人の機密の仕事が何故か気になり、
「何よ、言えないとかないでしょ。私達の間で…」とふざけたフリをして言う。

「言ったらクビどころか逮捕されちゃうわ、警察関係の仕事なんだから」由美子が少し困ったように言うと、
「ウチもそうだけど…まさか、同じもの?」修一がそう言って由美子を指差し、「納期が短いのにかなり急がされているとか…」と付け加える。

 由美子が真剣な顔で
「警察から大量に発注があったらしくて、こっちも急がされているわ」言った後、その声を落として「新しい法律の取り締まり用らしいの…」と修一の顔をじっと見た。

 それを聞いて先日、柳瀬が話していたことだと思った美沙はその先を知りたくなって
「そんな大事な仕事に関わるなんて2人とも凄いわ」おだてるように言うと先ず、修一が口を開いた。

「ウチはドローンに取り付けるセンサーと制御ソフトの開発で変身動物の脳に埋め込まれたマイクロコンピューターを特定する為のものなんだ。他に電磁パルス照射装置というのも開発しているけどそっちは違う部署の担当で詳しい内容までは知らない」話し終わるとすぐに由美子を見る。

「2人とも絶対に口外しないでね。…こっちは無音ドローン開発よ…」そう言うと少し間を置き、「つまり、音がしないドローン…」由美子は凄く小さなかすれ声で言った。

 最初は柳瀬の母親捜しに支障が出ると思い聞き出そうとしたが自分達にも危険が及びそうな内容になり、焦った美沙はキャットタワーに目をやるが隆は気持ちよさそうに寝ているだけだった。


 美沙は聞き出せる限りの情報を得ようと、
「無音ドローンって、何だか怖いわね」その話しを続ける。

「うん、元々は軍事用に作られたものなの。それを民生転用する為の開発よ」由美子が話し終えるとすぐに修一が、
「違法な変身動物の取り締まり用なんだから怖くなんかないよ。僕達みたいに罪のない人達の味方だよ」と美沙の意見に反論するように言い、「これからは確実な方法で取り締まるからヘヴン逃れはできなくなる。そして、食料問題も解決に向かうんだ」政治家のような口調になって話し終えた。

「そうね。人類の未来が掛かっていると思って私も頑張るわ」由美子が修一と美沙を見て力強くうなづいた。

「…人々のために、2人とも頑張ってね…」背筋が凍り付くような感じがして、美沙はそう応えるのがやっとだった。


 2人が帰った後、隆と美沙は今夜聞いた事について話していた。
「大丈夫かしら。取り締まりが厳しくなったらどうするの?」隆に泣き付くようにすると、
「2人の話を聞いた限り、新しい取り締まりは野良になって外で暮らす変身動物に対してだ。家の中にいる僕は心配ない」落ち着いた口調でそう言い、「それより、柳瀬さんの捜索が気掛かりだ。あれから黒トラさんには会ってないようだけど、出来るだけ早くお母さんを捜し出さないとならないな」と話して美沙を見詰める。

「どうすれば良いのかしらね。黒トラには会えないし…」美沙が下を向くと、
「ネコ缶配りに集まった他の変身ネコから何か情報を得ようにも翻訳機がなければ話にならないし、取り締まりを恐れて自分がそうだと明かす筈もない…」隆は少し考えてから、「今は黒トラさんだけが頼りだ。とにかく次に会ったら何がなんでも情報をもらわないとね」美沙を励ますように言った。


 次の日、ネコ缶配りで由美子と修一から聞いた事を柳瀬に伝えると、
「僕も知り合いの政治家からその話を聞いたところだよ。でも、センサーと電磁パルスの事は言ってなかったから教えてくれて有難い」と言い、「早く捜し出さないと2度と会えなくなってしまう…」大きく肩を落とした。

「…再会して一緒に暮らせば、…もう捕まる心配はないわ」美沙は項垂れてしまった柳瀬を励まそうとしたがそんな言葉しか見つけられなかった。


 その数日後、変身動物に対する新たな取り締まりは半年後から始めると警察が発表した。
 取り締まりが始まるまでの6ヶ月という時間がとても短く思えた柳瀬と美沙はすっかり落ち込んでしまい、会話も交わさずただ黙々とネコ缶を配っていた。

 警察の発表の影響なのか、集まるネコの数が少なかったせいでいつもより早く最終地点に到着した2人が自動カートからネコ缶を取り出していると、
『やっと思い出したぞ…』突然、黒トラ柄の大きな声が響いて聞こえた。

 ハッとして顔を見合わせた2人の頭の中で、
『ヤナセという名のネコと1度だけ会った…』再びその声が響く。

「どこでそのネコと?」
 柳瀬が辺りを見回し、声の主を探しながら尋ねると突然、自動カートの上にその姿を現した。

 不意を突かれた柳瀬は一瞬、言葉に詰まったがこのチャンスを逃すまいと、
「…詳しく話してください」なんとか声にすると、
『それは12年ぐらい前、俺がネコになりたての頃で初めて変身ネコの集会に行った時のことだ』黒トラ柄のネコはゆっくり話しだした。

『集会はそこに置かれた10台程の翻訳機を変身ネコ達が車座で囲み、1匹ずつ順番に何か話していくというものだった』

『50匹程のネコがいて誰からともなく話しが始まったがただ鳴き声が続くだけでどの翻訳機も言葉は発しなかった。どこからか拾い集めてきた翻訳機ではそうなるのも当然だったがそれは皆も承知だった』
『俺は何故そんなことをするのか不思議に思い、そのまま見ている事にした。すると驚くことにある鳴き声が良くわからない人間の言葉に翻訳されたのだ。皆はその意味不明な言葉を聞いて笑い、中には涙するものもいた…』

『その光景がまるで人間だった頃を懐かしんでいるように見えた俺は超能力を使い、1匹ずつの頭の中を読んでみる事にしたのだ。すると人間だった頃の思い出以外は皆同様に野良になってからの辛い過酷な記憶ばかりだったのだ』

 少し間を置いた後、
『その悲惨な生活を知って俺はネコになったことを凄く後悔したが最後に読み取った1匹の白ネコに救われた。その白ネコはヤナセという名でその頭の中に悲惨さは全くなく、ある男との再会への希望で満ち溢れていたのだ』

 その時の光景を思い出していたのかしばらく何も言わずにいたが、
『…だから思い出す事が出来たのだろう』そう言って2人を見上げた。

「その集会はどこで?」すぐに柳瀬が訊ねると、
『今、俺達がいるこの場所だ』黒トラは答え、
『当時、ここには古い工場があり、集会はその中で行われていた。今は公園に変わってしまったがな』と、辺りをゆっくり見回して、
『俺はその1回しか参加せず、すぐに旅に出てしまったからその後、集会がどうなったかは知らない』と話した。

「他に何か母の手掛かりになるような事を覚えていませんか?」柳瀬が訊くと、
『白ネコは必死で男を捜していた。その為に集会に来ていたようだが理由までは読み取れなかった…』
 その自信に満ちた言葉を少し弱めて話し、
『知っている事は全て話した。だからもう、2度とお前達に会う事はない』
 そう言うと後ろを向いてカートから飛び降り、背中を見せながらゆっくり歩いて闇に消えた。

 柳瀬は去っていく黒トラ柄のネコに声を掛けようと口を開いたが言葉が見つからず、その姿が闇に紛れて見えなくなるまでただ黙って見送った。
 そしてその間、頭の中では遠い記憶が蘇りたった今ここで起こった事がまるで定められた運命のように思えた。



 柳瀬が最初にネコ缶配りをしたのは母親の自宅に程近いこの場所だったがその後、徐々に場所を増えて遠くへ行くようになると順路の都合上、ここは3番目の場所となった。

 ある冬の夜、ネコ缶を配りに出掛けた柳瀬はいくら頑張っても手掛かりすら掴めない状況に疲れ、ベンチの1つに力なく腰掛けた。
 そして、母親はもう生きてないかも知れないという弱気な想いが頭をよぎり始めた時、草むらから1匹の茶トラ柄のネコが現れ、鳴きながら近づいてきた。
 翻訳機のスイッチを入れそれが母親ではない事を確認した柳瀬は腹が空いているのだと思い、ネコ缶を1つ開けて地面に置くがそれには目もくれずにベンチに上がって鳴いている。
 まるで何かを訴えているようなネコを不思議に思いながら再び腰掛けるとおもむろにその膝に乗り、満足げな顔で鳴き止んだ。

 そのまま心地良さそうに寝てしまった茶トラ柄の温もりが、まるで母親に再会した時のものに思えてくると柳瀬はふと、ここが初めてネコ缶配りをした公園だという事を思い出した。

 ベンチに腰掛けて始めた頃のことを色々思い出している内にその時の希望に満ちていた感覚が蘇り、ここからまだ細い糸が繋がっていると思えるようになった柳瀬が「他のネコ達が待っているからもう行くよ」と声を掛けると茶トラ柄のネコは静かに膝を降り、ゆっくり歩いて去っていった。
 再び前に進む気力をそのネコから得られた柳瀬はそれ以来この場所をネコ缶配りの最終地点とし、茶トラ柄との不思議な出会いを忘れないようにしてきたのだった。


 今日の黒トラ柄の後姿は茶トラ柄の記憶を鮮明に蘇らせ、あの時のネコは黒トラ柄の分身であの時感じた細い糸は今日という日に繋がっていたのだと柳瀬に思わせたのだった。

「白ネコと言ってたな…。母は白ネコなんだ」と柳瀬は静かに呟いた。

「やっと手掛かりが掴めたから、どうやって捜せばイイか考えましょ!」励ますように柳瀬の背中をそっと叩いて、「明日から気合を入れてやるわよー」あまり時間がないという現実が頭をよぎったが、美沙はそれを隠すように元気よく言った。



「一体どうやって捜せばいいのかしら?」美沙はその困った顔を隆に向けた。

「手掛かりはお母さんが白ネコだという事だけか…」書斎の椅子で黒トラ柄のネコの話を聞いた隆はそう言って言葉に詰まり、「取り締まりが厳しくなる前になんとか捜し出さないと…」と目を瞑った。

「うーん…」そう言いながら美沙も同じように目を閉じて腕を組む。

「…柳瀬さんの思い出から、何処を捜すかヒントを得るしかないな…」暫くして、目を開いた隆が少し残念そうに言った。

「私もそう思う。明日、トモくんから色々訊き出してくるわ」美沙が言い、「どんな事を訊いたら良いのかしら…」と頭をかしげて再び考え込んだ。

「子供の頃、遊んでもらった場所や2人でよく出掛けた場所とか…。でも、今はネコになっているんだからその姿でも行かれるところだね」隆が色々想像しながらそう言い、「何がヒントになるか分からないから、行方不明になるまでの思い出を沢山聞いておいた方がイイよ」と美沙に念を押した。


 次の日、朝一番に約束を取り付けた美沙はその思い出を訊き出す為に柳瀬のいる社長室へ出向いた。

「トモくんのお母さんはどこで働いていたの?」「良く遊んで貰った場所は?」質問形式で訊ね、柳瀬の答えを電子メモ帳に文字として残していく。

「そうそう、両親がどこで出会ったのか知ってる?」美沙が思いついたようにして訊くと、
「あ、そうだ! あの場所だよ!」柳瀬が突然、大きな声で叫ぶように言った。

「え、どこ? どこなの?」その声に少し驚きながら急かす美沙に、
「ネコ缶配りを初めてやった場所! つまり、今の最終地点だ。あそこで出会ったと聞いたよ」そう言ってから「黒トラ柄のネコが言っていたように、あの公園は工場とその隣に立つ研究所の跡地なんだ…。母がその工場で働き、父は隣の研究所に勤めていたと1度だけ聞いたことがある」と続けた。

「2人はあそこで出会ったに違いない…」柳瀬は感慨深げに美沙を見つめ、
「でも、なぜこれまで母は現れてくれないのか。近くにいるならハーモニカの音が聞こえてるはずだけど…」と腕を組んで黙った。

「ネコの言葉が話せたら、あの辺りのネコに訊けるのに…」美沙がそう呟くと、
「言葉が話せたとしても皆、警戒して姿を見せなくなるかも知れない。そうなったら変身ネコに出会う事すら難しくなってしまう…」と柳瀬が強化される取り締まりを悲観して嘆いた。


 さらに2時間程話した後、ネコ缶配りで再び会う約束をして自宅に戻り、柳瀬から聞いた事について話し終えた美沙は
「あの公園で両親が出会ったと分かってもね…、行き詰まったわ。黒トラに会ったところまでは良かったのに…」と書斎で悔しそうに言った。

 もうこれしかないと思った隆はその方法を美沙に話す事にした。

「お母さんの捜索方法についてずっと考えていたんだけど、僕がその公園に行って捜すしかないと思う」静かにそう言ってから、「ネコの集まる場所にネコの僕なら入れるし、変身した者同士なら相手も隠れずに姿を見せてくれるだろう。すぐにお母さんを捜し出すのは無理かもしれないけど、確実な情報を変身ネコ達から得られるかも知れない」と話した。

 それを聞いた美沙は目を丸くしながら、
「なに言ってるの! そんな危険な事をしちゃダメよ!」と怒って隆を睨む。

「でも、他に良い方法が見つからないしあまり時間もない。僕はもうネコの運動能力を身に付けたから危険な事はないさ。心配は要らないよ」隆は軽く言い、「でも、柳瀬さんに変身した事を打ち明けないとならない…」と美沙の目を見詰めて黙った。

 ネコになって以来、危険への対処の仕方が徐々に動物的になって悩むより行動しようという考え方に変化していた隆は困っているのか怒っているのかわからない顔で何も言わない美沙に
「美沙が捜索を手助けしてあげたいと本気で思うなら、僕も覚悟を決める」と力強く言った。

「……………」

 何も答えられずに困り果て、泣きそうな顔になってしまった美沙をしばらく見守っていた隆が、
「自分達の安全だけを考えて何もせずに生きるより、多少の危険を冒しても誰かを助ける方が生き甲斐のある人生になると僕はそう思うよ」落ち着いた口調で語りかけると、
「…隆が本当に危険じゃないと言うなら…」美沙は迷いながら隆の顔を見て言い、「…でも、絶対に危険な所に行かないでね」と念押しする。

「じゃあ入念に計画して、それでも危険だと思う事はやめよう」隆がそう言うと美沙はようやく安心した表情を見せた。

「それで、僕の事を柳瀬さんにはどうやって話そうか?」早速、事を進めようと思った隆が聞くと、
「今夜ネコ缶配りの帰りに話すわ…」美沙は自信なさげに言う。

 それを聞いた隆はこれまで誰にも明かさなかった変身について話すのはかなりの勇気が必要で柳瀬の反応によってはややこしいことにもなり兼ねないと気付いた。

「僕が直接話した方がイイかな? 柳瀬さんにありのままを見てもらえば話が早いし、その方が安心してもらえるだろうから」困った表情のままで下を向き、何も言わない美沙を気遣って言うと、
「じゃあ、今夜来てもらう事にしましょ!」すぐに顔を上げ、ホットしたように答えた。
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