(八)少年

文字数 381文字

 その年の春、四月初旬。
 例年通り、柏尾川の桜並木は見事に花を咲かせていた。そして例年通り、川沿いを歩く人間たちの目を楽しませていた。サクラも他の桜の木に負けず、それは美しい花を咲かせた。
 或る晴れた日の午後である。そんなサクラの木の下に、ひとりの少年がやって来た。
 少年は足を止め、そこに佇んだ。そしてサクラの花を、眩しそうに見上げたのである。
 少年は真新しい詰め襟の黒い制服に、身を包んでいた。小学校を卒業し中学に入学したばかりで、本年十三歳になる。名を三上哲雄と言った。顔立ちの整った、所謂美少年である。しかしその黒き瞳の奥には、孤独と憂いが宿っていた。
 哲雄は、孤児であった。多額の借金を苦にした両親が、幼い彼をひとり残して、首吊り心中したのである。そのため哲雄は、柏尾川から近い場所にある『戸塚児童ホーム』と言う児童養護施設(孤児院)に身を置いていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み