(十八)地縛霊

文字数 841文字

「サクラちゃーん」
 哲雄は戸塚駅のホームからダッシュで、柏尾川の桜並木、サクラの木の下へと急いだ。桜並木はもう満開。
 哲雄の声と姿に驚きつつ、サクラは感無量で言葉を失った。
「哲雄くん……」
 ため息のように一言漏らして、小さく手を振り返すのがやっとだった。
 サクラの目の前に到着。息を切らしながらも哲雄は、今にも泣き出しそうなサクラに微笑み掛けた。その服装はもう、黒い詰め襟の学生服ではない。
「ごめんね、サクラちゃん。実は俺……」
 そして哲雄は、中学を卒業し東京に就職したことを、サクラに説明した。
 ビックリしたが、直ぐに納得するサクラ。
「そうだったんだ。わたし、てっきり……」
 サクラは恥ずかしそうに俯き、唇を噛み締めた。淡い桜色の、ぽっちゃりとした唇である。
「だから日曜日しか、会えないんだよ」
 辛そうな哲雄に、サクラはやさしい言葉を掛ける。
「うん。でも大丈夫だよ、哲雄くん」
「ほんと?」
「うん。会える日は少なくなっても、哲雄くんとわたしは、今までとおんなじでしょ?たとえ一日だけしか会えなくなっても、わたし、哲雄くんの顔が見れたら、それだけで充分だから」
「サクラちゃん、ありがとう」
 手に手を取って、見つめ合うふたり。

 しかし哲雄は十六歳。なのにサクラはやっぱり十三歳のままである。身長の差も更に拡がり、どう見ても兄と妹にしか見えない。自分が十三歳の時に初めて会ったそのままのサクラの姿に、哲雄は確信する。
 やっぱりサクラちゃんは、幽霊なのだ。きっと何らかの理由で成仏出来ずに、ずっとこのサクラちゃんの木の下にいるのだ……。もしかすると、この木で首を吊った少女の霊なのかも知れない。
 首吊り!哲雄は両親のことを、思わずにはいられなかった。
 可哀想に。もしそうであるなら……。
 そして哲雄は、心に誓うのだった。
 このままサクラちゃんに付き合い、サクラちゃんが無事成仏出来るよう、サクラちゃんを助けよう。
 それが悲運の両親を慰めることにもなるのではないかと、若き哲雄は一途に祈った。
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