第3話    喫茶店

文字数 731文字

この駅前に会社の送迎バスが着くまでには、まだ幾らか時間がある。

いつものように駅前の喫茶店に入る。

ウェイトレスは僕が何も言い出さないうちに「アイスコーヒーとモーニングサービスですね」と言う。

頭だけを縦に振って返事をして文庫本を鞄から取り出す。

間もなくトーストとコーヒーがやってくる。

店はかなり早い回転で客が入れ替わり賑わっている。

「相席、よろしいですか。」とウェイトレスは僕に尋ねるが、既に女の客は向かいの席に座っている。

彼女はトマトジュースを注文した。

文庫本から目を上げると彼女は失礼にも僕の顔をうさん臭そうにジロジロと眺めている。

僕と視線がぶつかっても一向にひるむ様子はなく相変わらずもの珍しそうに僕の顔を観察している。

これは自意識過剰に違いなくて彼女は僕なんか見ていないのだと思おうとした。

しかし彼女は文庫本に目を落とす僕の顔を覗き込むようにしている。

まるで動物園の猿か宇宙人の様にでも見ているか顔に落書きでもしてあるかのどちらかで明らかに僕を見ているのだと断定せざるを得なかった。

「面白いですか。」と彼女に尋ねる。

彼女は初めびっくりしたような顔をしてそれからにっこり笑った。

つられて顔を弛め愛想笑いをしてしまう。

僕は彼女とどこかであった事がある様な気がしてきた。

ところが彼女は愛想笑いを浮かべている僕を見て急に興味を失ったようだ。

今笑った事が嘘の様な顔をして手元に開いた雑誌に視線を落とした。

あまりにも中途半端な彼女の態度にムッとする。

その上自分が心ならずも浮かべてしまった愛想笑いも恥ずかしく思われた。

それでも気を取り直してそれ以上の追及はせずにまた文庫本の活字に目を這わせた。

送迎バスの来る時間を見計らって文庫本を閉じ目を上げると彼女はもういなかった。




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