第8話  同化

文字数 871文字


給仕が僕の肩をゆすっていた。

既に他の客はいなくなっていた。

舞台の中央に座っていた弦楽器の奏者は抱えていた楽器をかたわらに置き立ち上がった。

背は低くもなく高くもなくと言ったところか。

弦楽器の奏者にここはどこで、表の通りにはどのように出たら良いのかと尋ねた。

彼女(彼女と断定した)はなんと僕に分かる言葉でそんな通りは知らないと答えた。

「それでは帰ることは出来ないのか」

と独り言をつぶやくと、

「どこへ帰るつもりなのか」

と不思議そうに言う。

「もちろん、家へです。明日こそは会社にたどり着かねばなりません。」

と答えると、店の者らしい女性と弦楽器の奏者は不思議そうに顔を見合わせた。

僕は急に疲れを感じた。

「ここに泊まれるような所はあるか。」

と尋ねると

「ここに泊まるなり、他に泊まるなり好きにすればよい。」

と答え店の奥に引っ込んだ。

店の者らしい女性が前に立って部屋を案内した、僕の持っている金はここでも通貨として使用できるようだ。

ふとテーブルの文字に目を向けるとさっきまで見たこともなかった文字が当り前の様に読めるのはどうしたことだろう。

弦楽器の演奏者の言葉もただ、僕が理解できるようになっただけだったのか?

すると、僕が話す言葉も変わってしまっているのだろうか?

店の部屋のひとつで目を覚ました。

全体に白っぽく何もない部屋にベッドだけが置いてあり、一つだけある窓の外は向かい側の建物の壁がみえるだけ。

その壁も窓から手を伸ばせば届きそうだ。

朝なのか夕方なのかはわからない。

ただ、向かいの壁のせいもあるのだろうか、薄暗い。

時計は8時20分で止まっている。

部屋を出て階下のホールに降りと既に何人かの客が来ている。

奇妙な器で奇妙な液体を飲みながら話しをしていて一層時間の感覚を失わせる。

ホールを見回しても時計は見当たらない。

客達の腕を見ても時計をしているものはいなさそうだ。

また、可笑しなことに昨日と言っていいのか、眠る前とだけ言うのか、とにかくそれまではまったく理解できない言語で会話している様だったのが、今はなんとなく、断片的ではあるけれども会話の内容がわかる。





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