第2話   通勤

文字数 1,093文字

今朝7時頃、当り前の様に家を出て会社へと向かった。

陽は既に高く中空にあいた真っ白けのあなぼこのようだった。

アスファルトはベトベトと革靴の裏で粘り、汗で濡れた背広は歩く度に舞い上がる埃を吸う。

駅にたどり着く頃には泥人形のようになっているかもしれない。

小学校に行く子供たちの集団がきゃあきゃあと甲高い声を上げて通りすぎる。

「日常性」と言う言葉が頭に浮かぶ。

若い頃は馬鹿にしていた言葉だ。

日常と非日常の境目はメチャメチャ薄い。

薄いというよりもツウツウだといえる。

海外旅行、交通事故、倒産、病気、UFOの目撃。

どれも日常と隣り合せにあった。

狂気と正気が薄い殻の両側で押し合いへし合いしてバランスを取っている。

とっぷりと現実に浸かってどんどん年をとっていく。

当り前の事にムキになっていたかつての自分と中年の分別クサイおッさんになっていく自分を思うと、その滑稽さに思わず笑ってしまう。

直に駅にたどり着く。

駅のすぐそばには開かずの踏切状態にいらいらして踏切の棒を持ち上げて潜っていく人や根気良く待ち続ける人がいる。

線路をまたぐ階段というのはどんなに待たされても駅に用事がない限り上りたくない物のようだ。

駅のホームに汗と体臭、化粧の匂い、口臭などで充満した車両が扉を開く。

そして、そこへ尚、入り切れないはずの量の人々が殺到する。

余計なお世話な事に互いに体を温め合うというむさ苦しい状況を作るために押し込まれる。

毎日のように同じ駅から同じ時間に同じ車両に乗るのは僕に限ったことではない。

一人一人の顔をそんなに関心を持って眺め回した訳ではないから誰が誰なのかは知らない。

凡そ周囲の殆どが話したこともなければ素性もしらない顔見知りの他人と言う訳だ。

時々街で擦れ違って確か良く知っているようなのだけれども。

どうも誰だか思い出せないといったことがある。

そんな時、翌日電車に乗るとその誰かが、この顔見知りの他人の中に混ざってぼんやりと吊革にぶら下がっているという具合だ。

大抵、電車の中では友人でも同乗していない限り車内吊りの広告を見ているか、窓の外でも眺めているなどしているのが普通だ。

他人の顔をジロジロと見たりはしないものだが、それでも中には人の顔をジーッと見てはニタリと笑うものもいるにはいる。

何か意味でもあるのかと思っていると、本人はただ、ボーッとしていて大方エッチな事でも思い出している程度で意識してしまったこっちのほうがバカみたいだ。

このバカみたいな状況を横目で見てニヤニヤしている奴がいて、また、このニヤニヤしている奴を・・・そんな訳ないか。

そうこうしているうちに車両は目的の駅に着いて人々を解放する。



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