第1話

文字数 8,329文字

子どもの頃、僕は学校の夏休みに祖父母の実家へよく泊まりに行っていた。僕が十一歳になる夏、祖父に墓参りにこないかと誘われたので、僕はもちろんと言って出かけた。

「じいちゃん、つかれたよ~。」
「もうちょっとだ、エルマ。」

木漏れ日がコンクリートの道に落ちて揺れている。十歳の僕と祖父は街路樹の続く道を歩いていた。祖父が歩く度に、片方の義足が日に当たって光る。祖父は白い花が入っているバスケットを右手で握っていた。
道をしばらく歩くと、海岸沿い立つ、石造りの小さな教会が見えてくる。この教会には、いつも決まった日に祖父がお参りをしている墓があった。墓石には、アレクシア・ベッカーという名が刻まれている。祖父と僕は墓石の掃除をして、バスケットの花を添えた。祖父は祈りをささげたので、僕もそれをまねした。

「ねえじいちゃん、この人、誰なの?」
「昔の、家族だよ。」

祖父はそれ以上、その人のことを語ることはなかった。家族の誰かは知っているだろうと思い片っ端から訊いてみたが、アレクシア・ベッカーの詳細を知る人はいなかった。おそらく、祖父だけが知っている人なのだろう。それ以降、僕がアレクシア・ベッカーという人を思い出すことはなかった。
大人になった僕は、仕事が忙しいために、ここから遠い実家へ行くことはなくなっていた。ある日、僕が仕事から帰ってきたときに、電話が鳴った。受話器を取ると、出た相手は僕のお母さんだった。内容は、祖父が倒れたとのことだ。僕は急いで支度をして、実家へ飛ぶ。僕が実家に着いた頃には、祖父は亡くなっていた。あまりに急な死だ。家族が葬式の準備をしている中、僕は祖父の書斎のドアをそっと開いた。祖父の書斎は、たくさんの本が積まれている。机の上に、オカリナが置いてあった。祖父がよく演奏していたオカリナの音が鮮明によみがえる。僕は、祖父の演奏するオカリナが大好きだった。とにかく温かく、聞いているだけで癒された。カーテンの開いた窓から、日の光が差し込んだ。その光はちょうど机の横にある古ぼけた本に当たる。僕はなんとなくその本を手にとった。本を開くと、一ページ目の端っこに、手書きの小さな文字で『想い出をここに残す。』の一文があった。祖父の字だ。僕は次のページをめくろうとする。

「エルマ、ちょっときて!」

お母さんに呼ばれてしまった。とてもこの本を読みたい気持ちでいっぱいだが、あとで読もうと元の場所に置いた。僕は別の部屋にいるお母さんのもとへ行く。

「なに?」
「これ、お父さんのアルバム。」
「へぇ…。」

お母さんの周りには何冊かアルバムがあった。

「でも、どれを見ても、お父さんが義足を付ける前の写真が見つからないのよねえ。」
「戦争があったら、写真残る方が珍しいよ。」
「まあ、ね。」

戦時中に、祖父が片足を失くしたということは知っていた。
アルバムを開くと、祖父母の結婚の写真や、お母さんの子どもの頃の写真が並んでいた。中には、見知らぬ何人かの子供たちに囲まれている祖父の姿がある。この子たちは、誰だろう。しばらく、アルバムに見入っていた。ただの写真なのに、見ているうちに時間が過ぎてしまう。
葬式の日、参列者は教会へ集まった。みんな、祖父の眠る棺桶に花を添える。僕も花を置いた。オルガン演奏が教会に鳴り響く。葬式とお通夜を終えて、家族はみんな実家へ戻った。
僕は、シャワーを浴びた後、すぐに書斎へ向かった。電気をつけて、あの本を手に取る。
僕は書斎の椅子に座って、その本を開いた。僕は、祖父、クラウスの字を目で追った。

私は長い間、片足を失くす以前のことは誰にも語らなかった。あまりに、語るには悲惨だからだ。しかし、私と関わった数々の人たちと同じように、私もいずれ消える存在である。私が消えれば、私の記憶の中にある人たちは歴史上から完全に存在を消してしまう。誰にも語らず、私の中の記憶を残すという手段が、筆をとることだった。これは、存在が消えないようにという、私の悪あがきからなる文章の羅列である。


 蒸気機関車が煙を吹いて汽笛を鳴らした。しゅっしゅっしゅという音が徐々に早くなり、汽車は進み始める。駅にいる大勢の人がワーっと歓声をあげる。

「ついに開通だわ!」
「これでこの土地も発展するなあ。」

十一歳のクラウスは石炭をスコップで火床に放り込んでいる。

「いい感じだ、クラウス。」
「うん。」
「よし、バルブをあけるぞ、せーのっ」

クラウスと彼の父は一緒にバルブをねじる。
火床の炎の勢いが強くなった。勢いよく燃える炎を見て、クラウスの青い目は輝いた。
汽車はだいぶ加速した。クラウスが外に顔を出すと、風景は次々にながれていく。遠くに街と海が見える。上にいる鳥の群れが汽車と同じ速度で飛んでいる。

「どうだ、クラウス」
「すごい!」
「こいつがあればどこまでも遠く行ける気がするよな。」
「終点はあるけどね。」
「そうだな。」
「あっ!」

クラウスのかぶっていた帽子が風に吹かれて飛んでしまった。

「あっちゃー。」
「まあ、帽子の一つくらいまた買ってやるさ。」

線路が終わるまで、汽車はどこまでも走り続ける。クラウスの家族は、自国が戦争で手に入れた領地の開拓団としてこの地に来ている。クラウスの父は、この領地の鉄道会社の一員を任されていた。この頃の国は、世界大戦の最中どんどんと勢力をあげており、国民も軍も政府も、自分たちの国が最終的に勝利すると信じていた。
風に乗ったクラウスの帽子は街の教会の前までくるくると飛び、石畳の地面に落ちた。それと同時に、帽子の上に花びらがひらひらと乗る。
この教会の中に、一人、九歳の女の子がいた。ステンドグラスの大きなマリア像に向かって、祈りをささげている。

「家族みんなと一緒にいる時間を、ください、神さま。」

祈り終えた彼女は立ち上がり、教会の重い扉を開けて、外に出た。
少し歩くと、彼女は地面に帽子が落ちていることに気づく。
ひょいっと帽子を拾い、帽子についている花びらをふりはらった。

「だれのだろ。」

帽子の裏側をよくみると、刺繡がほどこされている。

「く、ら、う、す…」

彼女は帽子を持ちながら、どうしよう、といった様子で歩き始めた。
彼女は近くの役所にその帽子をもっていった。

「これ、教会の前におちてたんです。」
「お嬢ちゃん、偉いぞ。ありがと。」
「ううん。あ、それ、クラウスって書いてありました。」
「クラウス…、オッケー。君、名前は?」
「アレクシアです。」

夜になって、クラウスと父親は家に帰ってきた。

「ただいま。」
「ただいまー!」

父親につづけてクラウスも言った。

「おかえり!ママー、兄ちゃんとパパが帰ってきた!」

妹のカミラは台所にいる母親を呼んだ。

「おかえり。あら、クラウス、いつもかぶってる帽子は?」
「あー、それが、なくしちゃってさあ。」
「なくした?」
「汽車に乗ってるとき、帽子が風にとばされちゃったんだよ。」

そう言うクラウスを見て、父親は口を開く。

「まあ、明日役所に行ってみて、それでもなかったら買ってやるよ、クラウス。」
「うん。」

この後、クラウスの家族はみんなが机を囲んで食事をとった。クラウスは、祖母、両親、妹と過ごしていた。食事と入浴を済ませたクラウスは寝間着姿で靴をはき、片手に小さいオカリナを握って庭に出る。夜の庭で座っている祖母のもとへ行った。

「ねぇ、おばあちゃん。オカリナ教えてよ。」
「もう、お前は充分うまいよ。」

そう言って祖母はふふっと笑う。クラウスの祖母は、オカリナを吹くことができる。楽譜も作れるくらいに音楽の知識がある人で、クラウスはよくオカリナや音楽のことを教えてもらっていた。祖母はオカリナを手に取って、演奏し始めた。それに続いてクラウスも自分のオカリナを吹く。祖母のオカリナはクラウスのものに比べて一回り大きく、低い音を発する。二人の音楽は息ぴったりだった。虫の音と草木の揺れる音が、二人の演奏に溶け合う。空に、満天の星が輝いていた。演奏を終えると、祖母はクラウスの方へ顔を向ける。

「このオカリナ、お前にやるよ。」
「え、ほんと?」
「ほら、オカリナは音域が狭いだろ? だから、音域の違うオカリナに持ち代える。すると演奏できる幅がうんと広がるんだよ。」
「へぇ。」

クラウスは祖母のオカリナを手に取る。陶器製のつるつるした表面は、さっきまで使っていた祖母の温もりを感じる。

「ありがと、おばあちゃん。これ、大事にする。」

クラウスはこれで二個のオカリナを持つことになった。自分のものである小さいオカリナは持ち運びやすいために肌身離さず持っているクラウスだが、祖母のオカリナは自分の部屋にもっていって大事にしまった。

次の日の朝、クラウスは父親の「行ってきます。」の声で目が覚める。父親は鉄道の仕事に行くようだった。

「パパ。」

クラウスは寝ぼけ眼でふらふらと父親のもとへ歩いていく。

「いってらっしゃい。」
「クラウス。今日は役所に行ってこれるな。」
「うん、まかせといてよ。」
「よし、じゃあ、いってくる。」

父親はクラウスの頭にポンッと手を乗せた。クラウスは嬉しそうだ。
クラウスは、さっそく着替えて役所へと歩いて向かう。
役所のドアを開いて中に入ると、人がたくさんいた。
それはいつものことなのだが、クラウスはなにか違う雰囲気を感じた。

「敵軍が押し寄せてくるって噂されてるらしいな。」
「でも、この国の軍ならすぐ追い返せるわよ。」

なんだか、ざわざわしているなあと思いながら、クラウスは探し物専用の課へ行った。

「すいません、帽子を昨日失くしちゃったんですけど、ここにありますか。」
「なるほど、特徴とか教えてもらえるかな。」
「茶色い帽子で、裏にクラウスっていう刺繍があります。」
「よし、ちょっとまってな。」

受付の人は裏へ回ったので、クラウスはしばらく待った。

「君、これか?」
「それです!」
「そうか! みつかってよかったな。お嬢ちゃんが君の帽子を教会の前で見つけたって持ってきてくれたんだ。」
「そうだったんだ。ありがとうございます!」
「いえいえ。」

クラウスが役所の外を出ようとしたそのとき、役所内に放送が入った。

「スワズ鉄道が敵軍によって爆破されたとの情報が入りました。みなさん、ただちに避難してください。もう一度繰り返します。…」

クラウスも役所の中にいる人もびっくりだ。

「スワズ鉄道…、パパ…!」
「おい、君もここにいたら危ないぞ。鉄道はすぐ近くだ、早く逃げよう。」

隣にいたお兄さんに声をかけられた。クラウスはお兄さんと一緒に外に行って逃げる。
道行く人はみんな大騒ぎで走っていく。

「離れるなよ。」

そう言って、お兄さんはクラウスの手をつかんだ。クラウスの目には、お兄さんの横顔と父親の姿が重なって映る。
後ろからは銃声が聞こえる。クラウスの手は怖さで震えている。
爆弾が次々に投げられては、爆発する。

「どっか、隠れるところはないのか。」

お兄さんはそうつぶやく。
周りは逃げ惑う人々でごった返していた。
人々に押され、クラウスとお兄さんの手がはなれてしまう。

「坊主!」
「兄さん!」
「くそっ…、逃げろ!」

お兄さんはすぐに見えなくなってしまった。
クラウスは、銃声と人々の悲鳴、炎の中、とにかく走る。
クラウスの目からキラキラと何かがこぼれたが、炎の熱さですぐに消えてしまう。

「そこのぼっちゃん、こっちにおいで。」

小さな声のする方に振り向くと、建物と建物の間、狭い道のマンホールからおばさんの顔が出ていた。クラウスはすぐにマンホールへ入った。おばさんは周りの様子をみてから、マンホールの蓋を閉める。

マンホールを下るにつれて、臭いが強くなっていく。クラウスは地下道に降り立った。そこには、多くの人たちが避難していた。ドーンという爆発音とともに地下道が揺れ、天井からパラパラと小さな石が落ちる。大きな音と振動が絶えない。地下道の人たちは、その場でじっとしていた。
しばらくすると、辺りは静かになった。

「もう、大丈夫なのか。」
「私、みてくる。」

そう言って地下道の中の一人がマンホールをあける。

「みんな、もう外出ていいみたい。」

地下道の人たちに続いて、クラウスはマンホールの外に出る。
焦げ臭い。道に出ると、クラウスの知っている街とは全く別の風景が広がっていた。
建物はところどころ崩れ、人の死体がごろごろと倒れている。クラウスは思わず目を覆った。
とにかく、家に帰ろう。クラウスはそう思い、道を走る。
家は、石造りのために外観はさほど崩れていない。しかし、中が黒焦げになっていた。クラウスは家の中に入り、がれきをかきわける。
どこを探しても家族の姿が見当たらない。逃げたのだろうか、そうだとしたら、どうか生きていてほしいとクラウスは思った。自分の部屋の跡らしきところでがれきをどかすと、しまっていた祖母のオカリナが出てくる。丈夫な入れ物にしまったので、無事だったようだ。
クラウスは、祖母のオカリナを自分のリュックに入れた。
クラウスは家の前でしばらく座り込んでいた。家族が生きているなら、ここにくるはずだからだ。しかし、何時間経っても家族は来ない。クラウスはおなかが空いてきた。
それに、日がだいぶ傾いてきた。このまま夜になってしまったら、寝る場所が必要になってくる。ふと、クラウスの目の前を、一人の老婆が通る。

「あんた、一人かい?」
「うん、家族を待ってる。」
「そうか。…駅で、炊き出しをしとるよ。一度行ってみたらどうかね。」
「そうなの?」
「ああ。孫がそこにいるんじゃないかって探したんだけどね、結局いなかったよ…。あんたの家族、もしかしたらそこにいるかもしれんよ。」
「わかった。行ってみる。」

クラウスは立ち上がり、駅へと向かった。駅へと続く道の先には、ちょうど夕焼けになりかけの太陽が照っていた。駅前の広場で、人が一列に並んでいるところを見つけた。炊き出しだ。みんな、亡霊のように立って、うつむいていた。クラウスもその列に並び、パンとスープをもらった。レンガ造りの駅の中には、家族や行き場を失ったらしき人々が壁によりかかって座っている通路があった。クラウスは空いているところを見つけ、座ってから炊き出しのものを口にした。
辺りを見渡しても、家族らしき影はない。目の前には革靴やハイヒールがコツコツと音を立てて流れていくだけだ。クラウスは深くため息をついた。

「ねえ、」

声がしたので横をふりむくと、女の子が座ってこちらを向いている。すぐ隣だった。

「その帽子、ひろったの。」

女の子はそう言って自分の顔に人差し指を向ける。
クラウスは驚いている。

「え、ほんと?」
「ほんとほんと。」
「ありがとう! これ、汽車に乗ってたら、飛んでいっちゃったんだよ。」
「そうだったんだ。教会に落ちてたよ。」
「うん、役所のおじさんから聞いたよ。僕、クラウス。よろしく。」

女の子はクスクスと笑った。クラウスは何で笑っているのかわからなかった。

「知ってるよ。」
「えっ。」
「帽子の裏に刺繍してあったもん。私、アレクシア。よろしく。」

二人は握手をする。

「家族が、見当たらないんだ。」
「私も。お父さんは政治家なんだけど、家に帰ってこなくなって。それで、お母さんと二人で暮らしてたんだけど、お母さん、いなくなっちゃった。」
「昨日の、スワズ鉄道のことで?」
「ううん、病気。医者を呼ぶお金も、身寄りもいなかった。だから、ここにいる。」
「そっか。」

「…、それ、なに?」

アレクシアは、クラウスの首にかけてあるオカリナを指差した。

「これ?」
「うん。」
「オカリナっていうやつ、楽器。」
「オカリナ?へぇ、演奏してみてよ。」
「いいよ。」

クラウスはオカリナを手に取り、口に咥える。
オカリナの穏やかな音楽は駅構内に響き渡り、どんよりとした空気を洗うように流れていく。道行く人は、何人か足をとめた。
クラウスの演奏している曲は、この国のとある伝説に基づいている。

昔、まれに夜になると誰もが聴き惚れるような歌声が響く海岸があった。その歌声は船乗りが聴くことに集中しすぎて溺れてしまうというほど美しかったようだ。しかし、誰かが歌っている様子は全くなく、その海岸近くに住む町の人は海の精霊が歌っていると信じていた。
時がたって、いつのまにか海の精霊の歌は聞こえなくなってしまう。科学が発展する中、歌声を幻聴だと思う人が増え、海の精霊は忘れ去られてしまったからだと言われている。

この物語をもとにした曲だった。
クラウスが演奏し終えると、周りの人たちが拍手をした。

「すごいじゃん、それ!」

一連の流れを隣で見ていたアレクシアは少し興奮気味だ。

「これ、祖母から教えてもらったんだ。」

クラウスはそれから、オカリナのこと、この曲の歴史、自分の家族のこと、駅まで来た経緯をアレクシアに語った。夜になると、駅員が通路に座っている人たちに毛布を渡してくれた。
二人はその毛布にくるまり、一夜を明かす。

駅の中の通路は、数日間で家や家族を失くした人たちが大勢入ってきた。横になるスペースがなくなっていき、混雑した列車内のような状況になっていた。外に出て戻ってきたら、寝場所がなくなるほどだ。地面は、排泄物だの吐しゃ物だの、ごみ箱をひっくり返したかのように汚く、臭いもすごい。
さすがにここまで人数が増えると炊き出しが追い付かない。アレクシアとクラウスがせっかく手に入れた食糧は、もらったらすぐ他の子どもに盗られる始末だ。
しょうがないので二人は外に出て空き缶を持ち、公園で「ご飯をください。」と物乞いをしていた。

「私、他のところいきたいなあ。」

アレクシアがそうこぼした。
クラウスは少し考える。ここよりもずっと食糧があって、仕事があるところといえば、思いつく場所があった。この国の首都、ステーティだ。ステーティには何回か父親が連れて行ってくれた記憶があった。

「アレクシア、ステーティ行こう!」
「ステーティ?うん、いいかも。いいけど…どうやって行くの?」
「うーん、汽車、しかないよね。」
「切符買うお金がないってことは、貨物列車ね。」
「へ?貨物? なんで?」
「忍び込める汽車といえば、それじゃんね。」
「ああー、なるほど。」

クラウスは大きく頷いてから、アレクシアと目を合わせた。二人ともニシシと笑う。
クラウスは、貨物列車に乗り込める場所を知っていた。シャッツ号の貨物駅だ。シャッツ号はここからステーティの駅を行き来する貨物列車で有名だった。クラウスとアレクシアはすぐに貨物駅へ向かった。貨物駅の入口付近で二人は木陰に隠れ、守衛の様子をみている。

「あの守衛に見つからないようにするには…。」

クラウスがそうつぶやくと、アレクシアはトントンとクラウスの肩を叩く。

「あれに乗り込もう。」

アレクシアは、貨物駅へ荷物を運ぶ大きな馬車を指さして言った。がたがたと揺れる車輪は砂埃を巻き上げている。
二人は馬車の荷台に忍び込み、守衛に見えないよう荷物の陰に隠れた。
馬車は貨物駅の門を通り抜ける。
貨物駅にはたくさんの木箱が積まれている。
クラウスはアレクシアの方を向いて「降りよう。」の合図をした。
アレクシアはそれを見て頷く。
二人は馬車の荷台から降り、木箱の積んである裏へ回った。
木箱の陰に隠れて列車の近くまで来た二人は、人がいなくなったすきを見計らって列車に乗り込んだ。
二人が乗り込んだ木製のコンテナには木箱に布がかぶせてある。二人はその布を被った。
どんどん荷物は積まれていき、コンテナ内がいっぱいになるとコンテナの扉はしまり、鍵を閉める音が聞こえた。

「やった!」

二人は静かに歓声をあげた。
しばらくすると汽笛がなり、コンテナはがたがたと揺れ出す。
ふと、アレクシアは積まれてある木箱の中身を覗く。

「ねえクラウス、この木箱、リンゴが入ってる。」
「これは食料になるや。」

二人は積まれてある木箱からリンゴを取り出して、かじった。

「おいしい!こんな新鮮なもの食べたの久しぶり。」

アレクシアの言う通り、木箱に入ったリンゴは新鮮でみずみずしく、配給のパンに慣れた二人の体を潤す。
クラウスは積んである木箱をよじのぼり、コンテナの天井にある蓋を開けた。
海が見える。その向こうには、自分たちが住んでいた街が見える。クラウスは遠くなっていく街を曇った表情で見つめた。
クラウスの顔にぽつりと雫が当たる。雨だ。雨はサーッと辺りを濡らしていく。
クラウスは急いで蓋を閉めた。
アレクシアのほうをみると、リンゴをもぐもぐと口に含んでいる。
雨とリンゴの混じった匂いがコンテナの中に充満していた。
ここからステーティまでは九時間だ。何時間も暗い中電車に揺られるのはなかなか退屈で、二人はいつのまにやら寝てしまった。
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