第4話

文字数 2,124文字

その日、二人は地下道の床に寝そべった。床はひんやりしていて、固い。寝心地は良くないが、しょうがない。クラウスは目を閉じて、眠りについた。

クラウスははっと目を開ける。辺りを見渡すと、中央駅のホームのようだった。クラウスは立ち上がる。誰もいない夜のホームにはいくつもの丸い光が浮いている。丸い光は徐々に人の形に見えてきた。クラウスのすぐ横の線路に汽車が現れる。

「空行きの列車です。みなさんご乗車お願いします。」

駅員がそう言うと、光の玉を持つ人たちは次々と列車に入る。そのうち何人かはクラウスを通り抜けた。

「かあちゃん!かあちゃん!」

クラウスの前に、光の玉を持たない、幼い子供が泣きながらキョロキョロしていた。

「あの子…かなり弱ってるな。」

そう呟いて、駅員は片手に持つ手帳を見ながらクラウスの横を通り過ぎた。駅員はその子の前で立ち止まる。

「君は、えーっと…ミュラー家の子だね。」
「かあちゃんは?かあちゃんに会いたい!そしたら…。」

子供は駅員の裾をぐっとひっぱって涙をポロポロと流している。
駅員は子供の頭にポンッと手を乗せた。

「君のお母さんは空にいるんだ。この列車に入った先のところだよ。」
「ほんと?」

そう言って子供は汽車の方を見た。
扉の先には大人の人たちが子供に優しい表情を浮かべている。子供は少しおびえているようで、駅員の裾をさらに強く握る。既に乗車している人のうち一人が、笑顔で子どもに向かってなにか言葉を発する。
子供の握る手は緩む。子供はうん、と頷いて列車の扉へ入った。

「君は?」

駅員はクラウスの青い目を見た。

「…僕、行けないです。まだ行けないです。」

クラウスは後ろへ引き下がり、ダッと走る。色とりどりに光る玉はクラウスの横を流れていった。改札口を抜け、出口へ飛び出した。息を切らしているクラウスの目の前には、故郷の街があった。あれっ、と思い後ろを向くと、さっきまで中央駅の出口だったはずの場所は故郷の駅になっている。駅から続く道を真っすぐ歩くと、子ども達がきゃいきゃいと走っていった。道には色んな人たちが笑顔で行き交っている。建物は襲撃される前のように、崩れていない。クラウスはその様子を見て、ホッとした。クラウスの足は家に向かう道を行く。
クラウスの家の前まで着いた。家のドアからは光が漏れている。ドアノブに手を伸ばし、そっと引いた。玄関に、父親が立っている。

「パパ!」

クラウスは父親の胸に飛び込んだ。

「クラウス。」
「生きてたんだね。」
「空の国から、一時的に帰ってきてるんだよ。みんなと一緒にね。」

父親の先には、妹のカミラ、母親、祖母がいた。クラウスは玄関を上がろうとしたが、父親に肩を掴まれた。

「どういうことかわかるか?」

クラウスははっとする。

「空の国…空の国ってどこなの?」

父親はしばらく黙ってから、口を開いた。

「今日はお前に言いたいことがあって呼んだんだ。」
「なに?」
「急に一人にして、ごめん。」

父親はクラウスをぎゅっと抱きしめる。

「ううん、みんなは悪くない。あと僕、一人じゃないよ。」
「そうだな。」
「…僕、アレクシアのところに戻らないと。まだ、みんなと一緒に行けないや。」

クラウスは目をそらした。父親はそれを見て頷く。

「クラウス、お前の周りには生きてるたくさんの人がいる。これからも色んな人と会うことになる。俺たちはもういないが、その人達と一緒に生きるんだぞ。いいな。」
「うん。」
「兄ちゃん!」

カミラは玄関のそばまで走ってきた。

「いってらっしゃい!」

それにつづけて、母親と祖母も近くへやってきた。

「クラウス、いってらっしゃい。」
「いってらっしゃい。」

クラウスの青い目はうるんでいる。クラウスはみんなの顔を一人ずつ脳裏に焼き付けるように見た。

「カミラ、おばあちゃん、ママ、パパ。ありがとう。」

クラウスはドアノブを押す。

「あっ、おばあちゃん、オカリナありがとう!」

祖母は驚いた顔をしている。

「いいよ、好きなように使ってくれ。」

クラウスは笑った。

「じゃあ、いってきます!」

ドアを開くと、眩い光がクラウスの目を刺した。


うわぁああああ、という泣き声がクラウスの耳に響く。
クラウスが目を覚まして起き上がると、中央駅の地下道だった。
隣で寝ていたアレクシアもその声に起き上がった。
泣き声の先には、青白い子供が床に寝ているところを他の子供がゆすっては泣いている。

「あの子は死んでるんだ。」

壁によりかかって座っているバルタはそう言った。

「とりわけ小さい子はこの状況に耐えられない。」
「あの子、夜に『かあちゃん!』って叫んでた子かしら。」
「そうなの?」
「そうだな。あの子の声だ。俺も聞いたよ。」

クラウスは、その子供の顔を見るなり、夢で見た子供と重ねた。青白い子供のそばに駅員がやってきて、胸に耳を当てる。

「この子もか…。」

駅員はよいしょとその子を持ち上げた。

「まって、どこに連れてくの?」
「処理しなきゃいけないんだ。ついてこないほうがいいぞ。」

そう言われても、子供は駅員についていく。子供と死んだ子供を抱えた駅員は地下道から出ていった。

「バルタさん、カスパーは?」
「カスパーならもう外で靴磨きしてるよ。」
「ありがとうございます。いこう、アレクシア。」
「うん。」
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