第2話

文字数 2,741文字

汽笛が響く。クラウスは目を覚ました。
コンテナは、揺れてない。汽車は止まっているようだ。
壁から人の足音や話し声が聴こえる。

「アレクシア、アレクシア、起きて!」

アレクシアはむくっと起き上がる。眠そうだ。

「着いたみたい、天井から出るよ。」
「うん。」

鍵のチャリという音と共にコンテナの扉がガタガタ鳴った。
やばい。二人は急いでリンゴの箱をよじのぼり、天井の蓋を開ける。
先にクラウスが出て、アレクシアに手を差し伸べた。アレクシアはクラウスの手を掴み、よいしょとコンテナの上へのぼった。
コンテナの扉が開くとともに天井の蓋は閉まった。
二人はコンテナの上から下の様子を覗う。駅員のいる反対側へ飛び降り、二人は外に向かって一気に走る。二人は貨物駅が遠くなるまで走り、止まった。ぜぇぜぇと息を切らしている。
目の前には背の高いコンクリートの建物が立ち、道路には多くの人、車やバス、路面電車が行き交っていた。

「ついた!」
「ついたついた!」

そう言って二人は笑った。

「クラウス、どうするの?」
「仕事をする!」
「…どうやって?」
「うーん…。」

「旦那、靴を磨かせてくれよ!」

威勢の良い男の子の声が聴こえた。声のした方を見ると、男の子がスーツ姿の男性の袖を引っ張っている。

「他のシューシャイン(靴磨き)より安いぜ!」
「じゃあ、頼むよ。」

男性は、靴磨き少年の目の前にある小さな木箱に足を乗せた。
靴磨き少年の近くには、ステーティの中央駅を目の前にして他にもたくさんのシューシャインボーイがいた。汽車が着き、駅の出口から多くの人が出てくると、新聞紙を持った子ども達が一斉に駆け寄る。この子ども達は店で買った新聞紙をいくらか高くして売っていた。
故郷の家を失くした人たちが亡霊のように居座っていたのを見てきたクラウスとアレクシアには、その様子が活気づいて見えた。

「ねえ、それで演奏してみたら?」

アレクシアはクラウスの首にかけてあるオカリナを指さした。

「ここなら人がいっぱいいるし。私、呼び込みしてくる!」
「え、アレクシア?」

クラウスが声をかけたときには、アレクシアは通りすがる人たちに駆け寄っていた。

「これからオカリナ少年の演奏が始まります!どうですか?一曲どうですか?」

その声に引かれて何人か立ち止まったとき、アレクシアはこう続けた。

「この曲の舞台は海。むかしむかし、ある海岸で誰もが聞き惚れてしまう歌声が響いていました。しかし、海岸のどこを見ても歌っている人はいません。海岸の近くに住む人たちは…」

アレクシアは曲の説明をしていた。その間、クラウスは演奏する準備をした。

「それでは聞いてください。」

アレクシアは人々の目線がクラウスへ向かうように手振りをした。
クラウスはオカリナを口に咥え、息を吹き込む。
優しい音色がその場に響く。さきほど男性を靴磨きに呼び込みをしていた少年もその音に振り向いた。穏やかに洗い流すような音楽に、それを聴いていた一人はポロリと涙を流していた。クラウスが演奏し終えると、クラウスの周りは拍手の音でいっぱいだ。演奏し始めたときよりも人が増えている。目からぼろぼろ涙を流している一人の女性がクラウスの手を両手でとった。

「ありがとう…。」

クラウスはびっくりして、冷や汗をかいている。

「これ、うちの甥っ子にあげるつもりだったんだけど、ここに来てもいなくてね…。ちょうどあんたくらいだったよ。これをもらってくれ。」

そう言って女性は袋から大きなパンを出した。

「いいんですか?」
「いいよ、うちが持っててもしょうがないし。あと、これも。」

女性はクラウスの手にコインをいくつか落とした。

「こんなに!?」
「今後の生活の足しにしておくれ。うちにはこれくらいしかできないけど。あんたの音楽、癒されたよ、ありがとう。」

そう言って女性はクラウスとアレクシアに手を振った。その様子を見た人たちの何人かは、アレクシアが持つクラウスの帽子に次々とコインを入れた。靴磨き少年は観客の後ろでぴょんぴょん跳ねながら様子をみている。観客が散り散りになり始めると、靴磨き少年ははっとして急いで自分の持ち場に戻った。

「すごいよクラウス!」

クラウスの帽子にはコインが集められている。

「あんなに喜んでくれるなんて…。」

クラウスは未だに驚いている。

「早く隠そう、他の子に見られたらスリにあうかも。」
「そうね。」

二人は小声でやり取りをし、パンとコインをクラウスのリュックにサッとしまった。
道路にある一枚の新聞紙は風にふかれ、二人の目の前に落ちた。
アレクシアはその新聞紙を手に取る。

「…クラウス、これ…。」

クラウスはアレクシアの持つ新聞紙を覗いた。
新聞紙には、二人の故郷の写真が載っていた。「敵国、スワズ鉄道襲撃」の文字が大きくある。しかし、内容はスワズ鉄道に押し寄せた大軍を追い払っただのなんだの、二人の見てきた事実とは違うことが書かれてある。

「こんなの、嘘だ。」

クラウスはこぶしを握っている。アレクシアは新聞紙を裏に返した。
裏面も、戦争を肯定する文ばかりが並べ立てられている。その端っこに、ちょっとした漫画があった。ポップな絵柄のロボット兵がコミカルに動く。おもちゃのロボット兵が道端でボロボロになって捨てられているシーンから始まり、人間がロボット兵を見つけて修理する。ロボット兵は命を吹き返して生き生きと動いては喋る。二人はその漫画を見て笑顔になった。

「これ、面白い!」
「漫画か、しばらく見てなかったな。」
「ねえ、このロボットの曲作ろうよ。」
「曲を、作る?」

クラウスは困惑した。音楽の知識は祖母から教わっていたが、曲を自分で作ったことはなかった。

「やってみてもいいけど…。」

クラウスはふと思いついた。祖母のオカリナがリュックにある。オカリナが二つあれば、表現の幅が広がる。クラウスは首にかけてあるオカリナを外し、アレクシアに差し出す。

「これ持ってて。」

クラウスはリュックから祖母のオカリナの入った入れ物を取り出す。

「それ、何?」
「おばあちゃんのオカリナだよ。」

入れ物をパチッと開けると、陶器製のオカリナが艶やかに光った。

「二人で演奏しよう。」
「えっ、でも私、オカリナ吹けない。」
「教えるよ、すぐできるようになるから。」

クラウスはアレクシアにオカリナの吹き方を教え、新聞紙の余白に鉛筆でコードを書いていった。コードの文字を目の前にしてアレクシアは難しい顔をしている。クラウスはそれを見て笑い、実際にオカリナの穴をふさいで指の動きから教える。アレクシアはクラウスの指を見て真似した。息がぴったりになるまで二人で演奏していくうちに、日が暮れてきた。道に沿って並んでいる街灯はパッと明かりを灯した。空が暗くなるにつれて道行く車や路面電車、建物の明かりがつく。
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