第2話

文字数 1,960文字

「そんなわけないでしょう。
 仮にばれてもすべてうまく処理できますから、心配には及びません」
「しかし、……」
「大丈夫ですよ。私たちも面倒は避けたいので、事前にしっかり手を打ちます。
 まず明日、曽倉さんのマイナンバーカードと免許証を手配します。住民票の住所はご自宅で……、続柄は昇さんの子供、つまり葵さんのお兄さんですね。それでいかがですか」
「何言ってるんだ」
「今の更始会ならそれくらい簡単に……。いえ、簡単ではありませんけど、どうにかなります。
 なので、その旨、ご家族の皆さんにもお伝えください。
 あ、この研究所で働いていたという経歴と源泉徴収票なんかも用意しときますね。クレジットカードを作るとか、金融・不動産の契約に役立つはずです」
「ばれたらどうする」
「これは書類の偽造じゃありません。関係機関すべてのデータを大元から書き換えるんですから。
 どうぞご心配なく」
 笑い飛ばす猿田を見て動揺する哲也。
「管理されてる情報そのものを偽物に置き換えるって……。余計悪質だろう」
「国民の利益が守られていればいいんじゃないですか。別に誰が損するわけじゃなし。
 国や自治体の統計自体あてにならないんですから、この程度の修正など……。罪悪感を抱く必要などまったくありません」
「もう結構。やめてくれ。そもそも、俺の存在自体に意味がないんだから……」
「そんなふてくされた態度じゃ事態は良くなりませんよ」
「どの口が言ってんだ」

 立ち上がって猿田のノートパソコンをのぞく哲也。
「画面に映ってるこのパソコン……。これが俺の見ている景色ってわけだな……」
「ええ、そうです。もちろん、スマホやプロジェクターにも送れますけど」
「自慢してんのか?お前、頭おかしいぞ。
 まず、この装置を外すんだろ。……話はそれからだ」
「それはできません。脳神経につないでるんです……。
 摘出の手術なんて危険すぎますよ」
「何だ、それ」
「もともと取り外すことなんて想定してないんです。脳を交換するなら丸ごとですし」
「そうか……。むかつくが、まあ、そうかもしれないな。
 ……だからって、納得できるか?とにかく、何とかしろ」
「そうですね。では、ひとまず機能を停止させます。
 視聴覚情報の送信機もGPSも、リモコンで操作できますから」
「GPS?」
「今さら驚くことですか。そんなの一式セットに決まってるでしょう」
「お前はほんとに人の気持ちがわからないやつだな……」
 猿田を軽くにらんで、思い出したように続ける哲也。
「それから、何とかという装置。幽霊こさえるやつ……。何だっけ」
「思念増幅装置ですか」
「そうだ。まさかとは思うが、もう使ってないだろうな」
「停止させてます。もっとも、勝手に起動することはありますけど」
「ありますけど、ってなんだよ。完全に止めろ。できなきゃ、ぶっ壊せ」
「理論上は問題ないはずなんですが素材か環境か……、何かしらの影響で不具合が発生するんです。
 ただ、もうだいぶ落ち着いてきましたから、間もなく解決すると思います」
「あのな、和江が死んだのはあの機械のせいなんだぞ。お前、それをわかってて言ってんのか。もっと重く受け止めろよ」
「しかし、交通事故防止のために自動車の製造は止めませんよね」
「屁理屈ばかりこねやがって……。よくこの状況を考えてみろ!たまには素直に謝ったらどうなんだ」
「申し訳ありません。もちろん、非は私にあります。
 でも、だからといって研究をやめるわけにはいかないんです」
「それ、反省してる態度じゃないよな」
「これが私なりの誠実さだと……、そうは受け止めていただけませんか」

 1週間後、曽倉家。
 帰宅してリビングの哲也に驚く昇。
「あ、父さん……、無事だったのか」
「おお、昇。心配かけて悪かったな。
 ちょっと相談があってさ……。今来たところだ」
「何やってたんだよ、まったく。1週間も音沙汰なしで……。
 こっちは二人分の葬式やらなにやら、めちゃくちゃ大変だったんだぞ」
「お前、自分の葬式手伝うやつなんて聞いたことあるか?」
「いや、そうじゃなくて、何ひとつ情報残さずに消えたからだよ。
 いろんな手続きのために、ラーメン屋の日田さんとか脱走した病院とか駆け回ってさ……」
「そうか、ああ、確かにそうだな。申し訳ない……。
 実はあのあと、研究所で猿田と……。いやまあ、その話がこれからの相談につながるんだ。ちょっと聞いてくれるか」
「それはかまわないけど……。もう母さんの部屋見た?仏壇用意したから、まだだったら手を合わせてきなよ」
「ああ、ありがとう。それはさっきすませた。思えば、本当に苦労かけたな。
 ところで、もう、みんな心の整理はついたのか……」
「あいにく、それどころじゃなくてね」
「すまん」
「へえ、今日はよく謝るね……。
 はは。俺、着替えてくるわ」
「ふん」
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