第14話

文字数 1,911文字

 夜、曽倉家のリビングルーム。
 テーブルを囲む4人。
 スマホを見つめている昇に話しかける哲也。
「孫だけにこっそり頼んじゃ角が立つと思ってさ……。一応、お前たち夫婦にも立ち会ってもらったというわけだ」
 タッチスクリーンをスワイプしながら画面を目で追っている昇。
「もう、その時点で無理な話って見えてるけどね」
「まあ待て、それは葵に聞いてみないと……。っていうかさ、お前ら、人が話してる時にスマホいじるのはやめろよ。ホント似た者親子だな。
 まともなのは陽子さんだけだ」
 しぶしぶ顔を上げる葵。
「で、私に頼み事って何なの」
「アルバイトだ、アルバイト。
 一日、俺の助手をして日給5万円」
「無理無理。高校生の私でも、善悪の判断くらいできるから」
「なんで悪って決めつけるんだ」
「まともな仕事にそんな金額出すわけないじゃん。もし仮に、怪しい仕事じゃないとしたら、とんでもないリスクがあるってことだよ」
「こういうしっかりしたところは陽子さん似でよかったな」
 くすりと笑う陽子。
「そう言ってもらえると嬉しいんですけど、葵の言う通り、まともなバイトとは思えませんね」
「こいつにしかできない仕事なんだ。それに、人助けでもある」
「よくわからないんですけど……。もうちょっと具体的に説明してもらえますか」
「先週、例の臼尾時計店に強力な思念とやらが観測された。
 まだ今のところ、事件事故は起こってないんだけど、今後トラブルが発生する確率は高い。そりゃもうべらぼうに高い。だから、それを防ぐために、正体を暴かなきゃならないと、こういうわけだ」
「それ、悪霊を憑依させるってことじゃないですか」
「いや別に身体に取り込まなくても、何を言いたがってるか理解さえできれば……」
「葵がそんな器用に立ち回れると思います?」
「さあ……」
 その返事を聞いて、額に手をやる昇。
「さあ、ってさ。そんなところに行かせられるわけないでしょ」
「そう言われるとは思ったよ。思ったけど、これは研究所のためとかじゃなくって、あの臼尾さんが少しでも幸せになれたらっていう……」
 話を遮る葵。
「わかった、わかった。行けばいいんでしょ。で、5万もらえるのね」
「おお、そうか。ありがとう。
 臼尾さん、めちゃめちゃいい人なんだ。会えばわかるって」
「悪いけどその時計屋さんには興味ないから。
 おじいちゃんが困ってるのをほっとけないだけだよ」
 戸惑う陽子。
「いや、でも、そんな理由で安易に首を突っ込んじゃだめでしょ。
 お義父さんだって責任取れないくせに……」
 賛同する昇。
「そうだよ。自分の手に負えなくて力を借りようって人間が、何かあった時、葵を守れるわけがない」
 頭を抱える哲也をかばうように口を開く葵。
「今考えたんだけど……、これは私自身のためなのかもしれない。
 生まれてから今まで苦しんだり楽しんだり、まあ普通にやってきたよ……。
 でも、そんな私が必要とされる時が今だとしたら挑戦すべきだと思うんだ。
 もしかすると、これが私の生まれてきた意味なのかもしれないし」
 それを聞いて取り乱す哲也。
「いや、決めつけちゃだめだぞ、決めつけちゃ……。
 俺なんか七十過ぎたって生きる意味なんか分からなかったんだから。
 それに、絶対お前がやらなきゃいけないってわけでもないんだよ。
 とりあえず行ってみて、これは無理そうだと思ったら、速攻やめて帰ろう。
 な……」

 日曜の昼、臼尾時計店に向かう3人。
 感慨深げにつぶやく日田。
「やっぱりあそこの蕎麦は最高っすね」
 それをからかう葵。
「ラーメン屋さんがお蕎麦を食べるとは」
 むっとする哲也。
「俺たちがラーメンしか食わないと思ったか。
 あの店は値段は張るけど、味だけじゃなくてさ……。伝統とか風格を感じさせる分、満足度が高いんだよ。……おい、お前何やってんだ」
 葵のスマホを取り上げる哲也。
「え、ちょっと」
「お前、今、あの店をSNSに上げようとしてたろ」
「素敵なお店でしたって感想なんだから問題ないでしょ。悪口ならともかく……」
「あそこは知る人ぞ知る高級店なんだよ。お前ごとき女子高生が気軽に情報発信して、ガサツな連中が行き始めたらどうする」
「お店だってお客さんが集まって儲かった方がいいに決まってるじゃない」
「一時的に盛り上がって荒らされるのが最も迷惑なんだよ。
 だったら、来々軒をアップしろ。店主の五郎と肩組んで」
「そんなの私のセンスが疑われるわ……。あ、五郎さんのことじゃなくって、このじじいの発想に文句言ってるんだからね」
 苦笑いしながら歩き続ける日田。
「もう着きますよ。気を引き締めていきましょう」
 スマホを哲也から奪い返してバッグにしまう葵。
「あ……、はい」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み