第3話 花嫁衣装
文字数 15,710文字
あいつらはいつまで居座るつもりなのだろうか? と、思い始めて二週間が過ぎた。
コレットはチラシの裏で作った家計簿をつけながらストレスが溜まっている。
「このエンゲル係数の高さ何!」
居候を二人も抱えている上、半プー太郎半日雇い労働者の兄のお陰で生活費の大多数が食費で消えている。食費が家計支出中に占める割合が高いほど生活水準が低いとみなされるのがエンゲル係数のよろしくない例だ。
「経費って……これ、花?」
わずかながら食い込んでいる経費のうち、花代というのが含まれている。
コレットはテーブルの正面を見る。
キラキラキラ…………。
クリスタルをあしらった豪奢な花瓶に赤いバラの花束が生けてある。
「……………………」
食卓用の花は美しくて結構だが、毎日顔ぶれが違うので悲しくなってくる。破棄された花は一体どこに消えているのかも気になる。
バタン
玄関のドアが開いてアイシャが帰ってきた。
「帰りましたぞ」
紙袋一つに、マーガレットの花束を抱えている。
「お帰……お前かーーーーーっ!」
アイシャの持ち物を見るなり叫んだ。
「丁度良かった。今日の領収書だ」
折り畳まれた紙切れを律儀に渡される。
「新鮮な食材を探すのに少し時間が掛かったが、良い物を見つけてきた」
得意げになって話すアイシャにコレットは、
かさ……。
「…………ぶっ!」
鼻血が出て卒倒しそうになった。
領収書は、材料費として『\19,883―』と、花代として『\5,009―』の二枚あった。ちなみに税込みだ。
一日の食事代が花代も含めて、
しめて二万四千八百九十二イエン也。
「何だこの領収書、わあぁ~~っ?」
思わず泣き叫んでしまいたくなる程ありえない一日の食費。
「昨日は三万もしたのに、今日は約二万五千、随分と節約したではないか」
「もっと値段を考えた買い物をしろと言ったはずだ!」
「あなたの言われた通りこれでも健闘したはずなのだが」
「一桁間違った買い物してるだろ? お前」
「それは聞き捨てならない台詞だ」
コレットのお叱りの言葉にむっとするアイシャ。
「言っておくが、野菜や果物は無農薬だし、毎日仕入れる肉や魚に添加物は含まれておらぬ。厳選された品物を見極めてだな」
「ふざけんな! どっから食材仕入れてるか知らないが、金を調達しているあたしの身も考えろよ!」
最近はコレットの稼ぎ(スリ業)で家計が養われている。
それまでソファーで読書をしていたグレコが立ち上がり、二人の間に割って入った。
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
「ガルルルルル」
「シャーーーッ」
睨み合う狼(コレット)と蛇(アイシャ)は魔王の仲裁も、ものともしない。
「お前ら、いがみ合ってないで仲良くしろよ。家族なんだからよ」
無精髭と寝癖だらけの緩んだヒューゴが鼻を穿りつつ、くつろいだ格好で睨み合いを止めさせた。
「働きもしないあんたらに言われたくないわ!」
口から炎が出そうな勢いのコレットとアイシャが同時に、甲斐性無し男二人に叫んだ。
「わかった。僕も何かすればいいんだね」
聞き分けのいいグレコは佇まいを直し、今にも噛み付いてきそうなコレットに言った。
「……御前様」
「アイシャ、手伝ってくれるかい?」
「はい、私に出来る事ならば何なりと」
アイシャは深くうなづき、彼の後に続いた。途中で荷物を台所に置き、出掛けようとするグレコを先導し、玄関のドアを開けた。
「ふう~ん、あいつもようやく働く気になったかあ」
「ほら、兄ちゃんも仕事探して働く」
ぐうたらに昼間からビールを煽っているヒューゴを立たせようとコレットがつま先で蹴りつける。
その夜。
「決して覗かないでいただきたい」
かしこまった口調のアイシャがコレットの部屋を借りる時に言った言葉だ。
今夜一晩だけグレコが部屋を貸して貰いたいとコレットに頼み込んだのだ。なぜコレットが承諾したのかというと、単に気迫に負けたからだ。
「あんの男~……」
部屋を貸す際に、グレコがいつもの無表情を変化させてコレットに抱きついてきたのだ。ヒューゴが目を放している隙に。
照れくさいので離れるように言って聞かせたが、言うことを聞かず、部屋を一晩だけ貸す条件で離れてもらった。ほとんど恐喝されたようなものだ。
「どうしたコレット?」
ヒューゴがキャンパスに絵を描きながら呑気な口調で妹に尋ねた。
「別に」
ぶっきらぼうに答え、自分の部屋の行く末を案じた。
「兄ちゃんもやる気になってきたぞ!インスピレーションがこうバビッとな」
「ほとんど落書きじゃん、それ」
「これが絵画というやつよ、わかってねえな~。やっぱ芸術家といえば絵だよな」
妹の指摘を受けながら描いている絵の題材は「女性」らしい。子供の落書きに毛が生えたような作品の特徴に、無闇に絵の中の女性の乳がでかいのと頭に乗ったカチューシャが目立つ。
「これ、アイシャ?」
「ま、まあな……」
なぜか頬をぽっと赤くするヒューゴ。わかりやすい性格をしている。
「へったくそ」
「仕方ねーだろ、まだデッサンの途中なんだからよお」
兄妹で仲良く会話していると、
カッタン、パッタン……
カッタン、パッタン……
奇妙な音が耳に付いた。
「さっきから気になってたけど何の音だろうね?」
カッタン、パッタン……
カッタン、パッタン……
「さあ?」
カッタン、パッタン……
カッタン、パッタン……
規則的な音に、いつしか眠くなりかけるコレット。
「…………………………………………」
うつらうつらと首を上下に振りながら座っていたソファーの肘掛にもたれ掛ろうとすると、
「イヤァ~ン」
ほんのりピンク色に色づいた声がコレットの部屋から聞こえてきた。
「!」
ヒューゴが真っ先に振り向き、コレットが跳ね起きる。
「イヤア~ン」
またピンク色の声。
コレットの部屋でグレコとアイシャは何をやっているのだろうか?
「アッハァ~ン」
カッタン、パッタン……
カッタン、パッタン……
快音とピンク色の声がやけに官能的だ。
「な……何が起きてるんだ?」
想像を膨らませるヒューゴが鼻息荒く台所からコップを持ち出してくる。
「……し、知らない、あたし知らない」
カッタン、パッタン……
カッタン、パッタン……
コレットが頬を真っ赤にして首を振る中、快音と声は止まらない。
「イヤァ~ン」
ピンク色の声がまた漏れてくる。
「ふーむ、SMプレイ中らしいな……」
コップで聞き耳を立てているヒューゴ。
「嫌、嫌っ!」
耐え切れない不安と焦燥、微かな嫉妬に苛まれてコレットは激しく首を振り続ける。
カッタン、パッタン……
カッタン、パッタン……
「イヤァ~ン」
ぷち。コレットの焦燥が臨界点に達した。
「あっ、開けるなって言われてるだろ……」
ヒューゴの静止も虚しく、
きぃ……
部屋のドアが薄く開けられる。
カッタン、パッタン……
カッタン、パッタン……
大小の鶴の着ぐるみが部屋の中にいた。
「アッハァ~ン」
片方の小さい方(グレコ)が機を織り、もう片方の大きい方(アイシャ)が悪魔らしき使い魔の黒い羽根を無慈悲にむしっている。
着ぐるみの鶴は何を表現しているのだろう?
「…………」
「チッ、なぁんだ」
ヒューゴが舌打ちをしながらコレットの頭上で部屋の中を覗いていた。
カッタン、パッタン……
カッタン、パッタン……
「何あのナマモノ?」
緊張がほぐれて涙ぐむコレットだが、変な物を見たショックで青ざめている。
カッタン、パッタン……
カッタン、パッタン……
「鶴の恩返しだろ、これ……」
気の抜けた表情のヒューゴが答えた。
「昼間グレコが読んでたんだろうなあ」
ヒューゴが指差す先に、テーブルの隅のほうに「日本昔話」という分厚い子供向けの書物が投げ置いてあった。
「とりあえず、見なかった事にしておいてやれよ」
「うん、何作ってるか知らないけどね」
兄妹はそっとドアを閉めてやった。
別の日。
四六時中、グレコはコレットを見つめ続けていた(正しくは観察していた)。
「じろじろ見るなよ、うっとおしい」
視線に気を悪くしたコレットがグレコの視界を塞ごうと顔を押さえた。
「………………」
グレコは抑えられた体制のまま、黙ってコレットを見つめ続けている。
「そのまま動くな」
メジャーを持ったアイシャがコレットの胸元に後ろから腕を回した。
「ひゃっ!」
「うむ? 小さいな」
目盛りを見て怪訝そうに顔をしかめる。
「何すんだ!」
肘鉄を食らわそうと怒りを露にしたコレットが振り返るが、敵は素早かった。
アイシャは遥か後方に逃げていた。
「御前様、予測したよりは少し細い気が」
「甘いなあ、アイシャは」
悟ったようにグレコが、
「上から」
「わーーーーーーーーーーーーーっ!」
「……だよ」
コレットのスリーサイズを言い当てたが、聞き取ることは不可能だった。
「さすが御前様です」
コレットの妨害もあったのに聞き取れたらしい。
サイズを言い当てられたコレットは涙目で震えている。
「では早速、取り掛からせて貰いましょう」
「うん、頼んだよ」
グレコに頼まれたアイシャはお辞儀すると、腕まくりをして部屋の隅に引っ込んでいった。
気を取り直してコレットは、今日の稼ぎを見つけようと、鉄道の横切る割と大きな街に来ていた。
「……って何で今日は付いて来るんだよ?」
隣でぼうっと突っ立ているグレコは勝手にオプションとして付いて来た。
「たまにはデートでもしようかと思って」
見つめてくる熱い視線にコレットは弱く、すぐ顔がかあっと熱くなった。
「駄目だ、駄目だ! あたしは仕事しに来てるんだ」
ぶん、と大袈裟に首を振るコレットに、
「最近警察に感づかれているみたいだね」
と、言ってグレコが彼女の手を握った。
「や……やめろよ」
コレットの心拍数が急激に上がる。
「こうして手をつないで歩けば怪しまれなくて済むと思うよ」
ぎゅ、と握られた手が暖かく、コレットの張り詰めた神経が解される。
「一人で無理しないで。僕も協力するから」
グレコがコレットを連れて歩く形で先へ進んだ。
「え……? あっ……」
「僕に構わず、仕事に専念していいよ」
振り向かずに彼は言う。
「うん……ありがとう」
照れながら、うつむき加減で、コレットが手を握り返して応えた。
灰色のつなぎを着た女の子と、ブラウスと半ズボンを着た綺麗な顔の男の子のカップルは、遠目から見ると性別が逆転して見えた。
「…………………………」
赤い髪の女が彼らを人ごみから見つめていた。
カタタタタタタタ……
真夜中、コレットとヒューゴが寝静まった後を見計らい、グレコがミシンを踏んでいる。
「御前様、もうすぐでございますね」
隣で控えているアイシャが仕上がりを拝見している。
カタタタタタタタ……
グレコが答える代わりにミシンが動く。
光沢のある黒い生地が正確な速さで縫い合わされていく。トワル(生成りの生地を縫い合わせた試作品のようなもの)を元にドレスのドレープが形成される。
「……現役時代の勘が戻られたみたいで私は嬉しく思います」
この時、初めてアイシャが自然な笑みを作った。彼女の微笑を、グレコは一切目にすることは無かったが。
「そう? 僕に創作意欲が湧いてきたのも久しぶりだからね」
今宵はドレスの原型が完成するまで、グレコはミシンに向かったままだった。
「最近真夜中にこそこそと何やってるの?」
真昼間から体を前後に動かして眠りこけそうなグレコに、コレットが尋ねた。
「…………Zzzz」
返事は寝息のみだった。いつもの無表情で目を開けたまま眠っている。
「うわ……目ぇ開いたまま寝てるよ……」
コレットがグレコの寝顔を不気味がっていると、
ごん、と鈍い音がしてアイシャが何も無い壁に激突していた。
「アイシャまで壊れるなんて、凄い物でも作ってるのかよ?」
コレットの頭の中に超巨大合体ロボットが浮かび上がる。
「はっ!」
意識をこちらに戻したグレコが椅子から立ち上がった。
「ヒューゴさんは?」
「いないよ。珍しく仕事に出掛けたけど?」
コレットの言葉にグレコは無言で拳を握り締め、無表情に気合を入れる。
「邪魔がいないからってひそかにガッツポーズ決めるなよ……」
既にコレットはグレコの気持ちに気付いているので、今更慌てる必要は無い。
「御前様、今がチャンスかと思われます」
額をすりむいたアイシャが言った。
「うん、わかってる」
グレコはうなずき、アイシャが持ってきたコレットの帽子だった物を受け取った。
そして、例のごとく、帽子の中から一着の漆黒のドレスを引っ張り出した。
「これ……」
「いつもコンビネゾン(つなぎ)じゃ余りにも僕と釣り合わないでしょう?」
ドレスを片手に抱え、深い色のヴェールと棘を象ったティアラを先にコレットに被せた。
「君のサイズに合わせてデザインしたんだ」
ドレスをコレットの胸元に持ってきて受け取らせる。
「おいっ! 釣り合わないってどーゆー意味だよ?」
受け取ったドレスを持ったまま、服の趣味を指摘されて激怒したコレットがグレコのブラウスの襟を掴んだ。
「冗談。女の子がいつも同じ服なんて、つまらなくて悲しいでしょ」
胸倉を掴まれたグレコは、答えるとそのまま、今度こそ瞼を閉じて眠りこけた。
夕方前、珍しく肉体労働に出ていたヒューゴが汚い作業着姿で帰ると、自宅の前に赤い髪の派手な女が行き倒れていた。
「もしもし、生きてます?」
スラム街に行き倒れは珍しくなく、なぜか行き倒れも稀にある。しかも自宅の前に人が倒れているのだから縁起が悪い。
「う~ん……」
意識はあるみたいで、ヒューゴが抱き起こすと、女は長くて濃い睫毛を震わせて目を覚ました。
「お、大丈夫だな?」
いくら美人だろうが可愛かろうが、スラム街の掟で、敗者(この場合は行き倒れ)に手を貸す事は自分も泥沼に引きずり込まれる羽目になるので、助ける事は自爆行為に値する。
「よし、立てるならさっさとあっち行ってくんな」
強引に女を立ち上がらせ、追い払おうとすると、
「……お腹空いた」
女がヒューゴの胸にもたれかかり、上目遣いで瞳を潤ませた。
「うっ……」
そういった瞳と、女性に密着された免疫の無いヒューゴの心が一瞬で動かされた。
コレットは照れながらも、ドレスを抱えて姿見の前に立った。
雑然とした狭いリビングに、彼女以外は誰もいない。グレコやアイシャは兄の部屋で押し込められて眠っている。
「……………………」
一人で顔を真っ赤にしながら、ドレスを合わせた自分の姿を見つめた。
色調の無い黒い色がどうも気に入らないが、女の幸せ特権を見事にちりばめたロングドレスの形がコレットの心臓の音を高鳴らせる。ドレスにあしらった刺繍は全て宝石のビーズが縫い付けられている。
「綺麗……」
頬を上気させた漆黒の幼い花嫁がガラスの中に映っている。ウェディングドレスが真っ黒なのは、魔王の花嫁の証だからだろうか。
「何でウェディングドレスなんだよ……?」
すぐに正気に戻り、グレコのセンスを疑い始める。ドレスのデザインが良いだけに、勿体ない気もするが、怖い。
「…………あ、これ、もしやあの時の」
更に、ドレスの生地にあのいかがわしい声の使い魔の羽根がふんだんに使われている事まで思い出した。
「こんな物、着れるか」
普段着にも使えない無駄な服が一着増えただけだった。
なぜ、自分にウェディングドレスが与えられたのかはコレットは解らなかった。ただ、グレコのセンスの悪さを残念に思いながら、
ドレスの置き場に困るばかりである。
ガゴン、
急に家のドアが閉まる音がしてコレットの背筋が伸びた。
「おーい、今帰ったぞ」
仕事から帰ってきたはずの兄の腕に、見知らぬ(派手な)女性が絡み付いていた。
「………………!」
コレットに戦慄が走る。まさか自分の兄にガラクタを拾ってくる以外に、女の人を持ち帰る能力が備わっていたとは思っていなかった。
「どうもー、こんにちわー♪」
訛りのある口調で女はコレットに挨拶した。
「その人、誰?」
片思いの相手と一つ屋根の下で暮らしているというのに、他に女の人を連れて帰る兄の神経を疑ってしまう。
「家の前で行き倒れてたんだよ」
決まり悪そうにヒューゴの答えが返ってきた。
「うち、ノエル言いますねん」
関西訛りのある女は喋りながら豪快に昼食の残り物の料理をかっ込んでいる。
「いやあ、よく食うね」
ノエルの豪快な食いっぷりに呆気にとられたヒューゴは苦笑いだ。
「いややわあ、これでも小食なほう言われまんのに」
と、言いつつ、ちゃっかりコレットに「おかわり」と空になった皿を差し出す。
「ここ三日位食べるもんありつけんで野垂れ死ぬとこでしたわ~」
温め直してよそわれた料理をかっ食らうノエルを、コレットはどこかで見た事があるような気がしながら、冷蔵庫から食べる物を取り出した。
「あのう、ノエルさん、ご職業は?」
スラム街に迷い込んだ浮浪者に職を尋ねるのは不毛な気がしたが、話題を作ろうとヒューゴが切り出す。
赤く染めた長い髪と、毛皮のジャケットとショートパンツとロングブーツがパンキッシュでとても派手だが、ノエルは目鼻立ちのはっきりした可愛い顔の部類に入る女の人だ。
「うちか? こー見えてもモデルやねん」
にしては、よく物を食う。それでも、均整の取れた柳のような体は彼女の職業を彷彿とさせる。
「ああ、そうなの……」
圧巻されたヒューゴが萎縮気味にうなづく。
「実はな、うち、人探して旅して歩いてるんよー」
そしてよく喋る。
「失踪した恋人探してるとかよくある話だよなあ」
「正解! さすがあんさんは賢いなあ」
「はあ……」
ヒューゴはノエルに押されまくっていて、他に喋る暇を与えてもらえなくて仕方なく話を聞いてやる事にする。
「残念、うちの兄は馬鹿ですけど」
空いた皿を片付けるコレットが訂正した。
「まま、話の腰を折らんといてや」
ノエルが兄妹には別にどうでもいいような話を続ける。
「うちの恋人が行方不明なんよー。で、最近この街に彼がおるようやて、噂で聞いてな、はるばるここまで来たっちゅーねん。女一人旅で、もー心細うて……」
話の最中で涙腺が決壊したノエルがさめざめと泣き始める。
それぞれ兄妹は嫌な予感がした。
このテの女の話は長い!と。
「あ!ドレス」
ノエルがソファーの上にうっちゃられている漆黒のドレスを見つけ、顔が晴れた。
瞳を宝石にした彼女はドレスを指差して、
「これ、コレットちゃんの?」
「はあまあ……」
「や~ん、着てみた~いい☆」
ドレスに渋い顔でうなずくコレットにぶりっ子でおねだりする。
「……………………」
一回も袖を通していないが、どの道、着る予定も無い。
「……どうぞ」
グレコが自分に好意(?)を寄せて贈って来た物だが、自分には似合わない気がして、あっさりノエルに譲った。
「いいの?」
「どうせあたしには似合わないから」
弾んだ声のノエルと沈み込んだコレットの声。
「あたしの部屋あっちだから、良かったらそこで着替えて」
ドレスは自分の体型に合わせて裁断されてあるから、コレットは彼女に着れる筈は無いと心のどこかで思ってもいる。
「やった! ほな早速」
ノエルはいそいそとコレットの示す部屋にドレスを抱えて引っ込んでいった。
「……おい、今のドレスは何だ? まさか盗んで来たのか?」
怪訝な表情の兄がコレットに耳打ちした。
「ううん、グレコが縫ったんだって」
「え? あいつが?」
鶴の恩返し(笑)状態で機を織っていたのは解っていたが、まさかこんな立派なものを作っていた事までは知らなかった。
「奴め……気が早いな……」
ヒューゴもドレスの形を見ただけで勘付いていた。
「きゃ~ん♪ 見て見て~っ」
もうノエルが着替え終わって、はしゃぎながらコレットの部屋から出てきた。
「黒いけどウェディングドレスやで!」
「あ…………」
彼女がモデルである事に後悔した。
コレットより身長があるので、裾が少し足りないが、大人なのに胴の薄さが幸いしてドレスを着こなせている。自分よりもドレスが似合う女性を嫉妬と焦燥感の入り混じった視線を向けてしまう。
レースのヴェールと棘のティアラが魔王の花嫁らしく、ノエルの髪を飾る。
「せやけど、胸がきつうてファスナー上がらへんねん……」
情けない声を出すノエルはヴェールをはずして背中を見せた。イブニングではないので背中まで生地が来てるはずだが、発達した胸のせいで背中の途中でファスナーが止まっている。雪のような肌の肩甲骨が見えた。
「貧乳で悪かったな」
こめかみに青筋を立てたコレットがドレスのファスナーを上げてやる。
「いたたた……胸が潰れる!」
コレットが容赦なくファスナーを上げようとする。
「ごく……っ」
唾を飲み込み、ヒューゴは黙って、ドレスで潰れかけたノエルの胸元を凝視していた。
「やっぱオートクチュールやとサイズ合わへんなあ。うちもこんなやつダーリンに作って貰いたかったわぁ……」
ドレスのスカートの刺繍を見つめたノエルは、行方不明の恋人を思ってまた目に涙を滲ませる。
「彼、マクスウェルちゅー名前の有名なメゾン(店)のオーナー兼デザイナーなんやけど、なんか知らへんか?」
どこかで聞いた事のある名前だ。
「うーん、俺、ブランド詳しくねーからな」
ファッション関係に疎いヒューゴが首を傾げた。
「あたしも……」
引っかかる名前だったが、コレットは知らない振りをする。
「うわあぁぁぁん! みんな知らへんねや!」
やっぱり彼女は子供のように大声で泣き出し始めた。厄介な客を家に入れたヒューゴは後悔しながら耳を塞いだ。
チャ……
ヒューゴの部屋のドアが開き、アイシャが顔を出した。
「何だ? 騒がしいな」
「あ、起きたの?」
居間で暴れて(泣いて)いるノエルを見たアイシャの表情が複雑に歪んだ。
「へえ、あんたでも表情ちゃんとあるんだ」
「……………………」
どんな時でも言葉を絶やさないアイシャが珍しく無言で放心している。
「ごめん、グレコに貰ったドレス、あの人に貸しちゃって……」
そんな彼女に罪悪感を感じたのか、コレットが珍しく謝ると、
「……この様子から察すると夕刻前か」
いつもの無表情に戻る。
「あーっ! アイシャやないのぉ」
アイシャの出現に気がついたノエルの顔が晴れ、大声で騒いだ。知り合いらしい。
「コレット、太陽が沈む前に早く、あの者をこの家から追い出すのだ」
鬼気迫る口調でコレットの両肩を強く掴み、窓の外の景色を確認する。
窓枠のフレームに囲まれた景色は相変わらず、廃墟のビルが周りを占める割合が多くて薄暗くてどんよりとした路地の様子しか見えない。昼夜の判別もちょっと厳しい。
「太陽が沈む前って……?」
「夜になるともう一つの人格が現れるからだ。
昼間は普通の人間だが、夜は」
「何や! かつての同じモデル仲間として引越し先教えんと、水臭いや無いの」
満面の笑みを浮かべるノエルがアイシャの言葉を遮り、再会を喜び近寄ってきた。
「この部屋の中にダーリンもおるんやね?」
半身を起こし、ヒューゴのベッドから寝ぼけた表情のグレコがこちらを見た。
「……ん?……何かあった?」
朱に染まりかけた西日が窓ガラス越しに彼の頭の後ろで後光を射した。太陽はもうすぐ完全に沈んでしまう。
「ダーリーンッ!」
ダダダダダダダダダ
「あ!」
コレットとアイシャの間をノエルがすり抜け、
「会いたかったぁ!」
寝起きのグレコに飛び付いて行った。
グレコは子供の体なので、押し潰される形でベッドに戻される。
「グレコ!」
コレットに再び、嫉妬と焦燥感が襲ってきた。
「わー、あいつ子供の癖にモテモテだな」
ヒューゴが遠巻きで指を銜えながら羨ましがる。
太陽が落ちかけ、紅い光と墨色の影が周りの世界を染めた。
「………………ぐぅ~~~~~~~」
たちまちノエルはグレコを押し倒したまま寝息を立て始めた。
「…………よいしょっと」
下敷きになっていたグレコが這い出す。
「彼女の人格が交替する前に逃げるんだ!」
ドゴーン
ヒューゴの部屋の壁の一部に大きな穴が穿たれた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 俺の部屋が! 家がぁぁぁぁぁぁぁ!」
男泣きするヒューゴの背中を、
「いいから早く!巻き添えなってしまう」
強い口調、しかし無表情でグレコが引っ張る。
ビュン
グレコとヒューゴを分断するように、鎖の鞭に連結した手錠が伸びてきた。
「キャアアアアアアアアア」
ヒューゴの頭髪が白くなり、ムンクの叫び状態で固まってしまった。
「兄ちゃん!」
「振り返るな! あなたはなるべく遠くの安全な場所に避難するのだ」
アイシャがこの家の破壊人の前に立ち塞がる。腕を腰に当て、仁王立ちで相手を威圧する。
「今回はネジが切れることはあるまい」
「まーたあんたかいな?」
歯を出して「きひっ」と笑うガープがヒューゴのベッドの上でしゃがんでいる。
「でえっ? あいつ男だったのか!」
ガープのドレス姿を見て幻滅するヒューゴ。
「ガープ・ノエルは呪いのお陰で、太陽が沈むとああしてガープ・ハングマンに変身するんだ。しかもたちの悪い事に、ノエルはハングマンの時の記憶が記憶が残らない。ノエルが僕の事好きで追いかけてくるのはいいけど、男のほうになると殺しにかかってくるのが嫌だね」
グレコがヒューゴを引っ張りながら無表情で私情を交えながら説明する。
「……因みにガープは僕らと同じ魔族だ」
「くそう、物騒な奴連れて来ちまった……」
今更後悔してもどうにもならないが、ノエルの女の色気(?)に負けた自分が愚かでしょうがない。
「兄ちゃんのアホ!」
妹が追い討ちをかける。
ばかーん
ヒューゴ作の奇怪な作品類が手錠付きの鞭によって破壊される。
「キャーッ!俺の傑作が」
もう、叫ぶしかなかった。
「俺は機嫌が悪いんや」
ガープは空間からナイフを取り出して決壊を作り上げようとするアイシャの喉を狙った。
「 !」
呪文の詠唱を中断させられたアイシャが飛び退く。
ゴオン!
ヒューゴの部屋と居間を隔てる壁が崩壊した。ガープの刃物には魔力が込められていて、凶悪な破壊力を生む。
「あの女(ノエル)が余計な事するから!」
「この……っ」
反撃にアイシャが光の刃を生み出す。
ガァン!
悪趣味な狸の置物と共に、他の壁が崩壊した。隣の部屋のタンスが半壊した形で前のめりに倒れている。
「わーーーーーっ!」
「ギャーーーーーーッ!あたしの部屋が!」
コレットも兄と同じく叫ぶ。
「何してるの? 早く!」
放心状態の兄妹をグレコが引っ張る。
とっ。
三人が出口にたどり着く直前に、いつの間にかガープが移動してきていた。
「長年人間界におって忘れたんか?」
手にしていたナイフをぺろりと舐めて見せる。
「俺が空間転移のマイスターやって事」
ドゴン!
「御前様!」
爆発と同時にアイシャが叫んだ。
グレコがコレットの手を引き、ヒューゴは単身でガープの斬撃を飛び退けた。
ジャラン……
鎖が動く音がする。
「ヒャハハ! 人質ゲーット!」
脳髄がいかれたような声でガープが笑う。
「うおっ……?」
ヒューゴがガープの手錠に捕まってしまった。右手首に輪がはめられ、長い鎖がそれなりの行動を許すが、持ち主の意思で自由を奪われてしまう。
「兄ちゃん!!」
「コ、コレット…………」
情けない表情で「助けてくれぇ」と妹に訴えている。
「グレコ、アイシャ、何とかしてよ」
コレットが二人に頼むと、
「まずはここから出るのが先!」
と、グレコが答えて玄関脇の壁に手をかざし、一瞬にして外に通じる風穴を開けた。
ガラ……
「あ! おい、ちょ……待っ」
「コレットは僕が守るから安心して」
「兄ちゃんを置き去りにするのかよ?」
「誰かに犠牲になってもらわないとここは切り抜けられない」
ヒューゴの引き止めも虚しく、グレコがコレットを連れて外に飛び出して行った。
「案ずるな、少し目を瞑っておれ」
ごごごごごごごごご……
アイシャが真っ赤に焼けた大剣を呼び出し、構える。焼けた大剣が炎を帯び、爆ぜる音が時折聞こえてくる。
「ぷっ、刃物を扱うガープはんに、剣で勝負やて?」
ガープが噴き出して笑う。
炎の大剣がガープに向かって振り下ろされるが、
「ぎゃああああ! 俺に向けるな!」
ぼぼぼぼぼぼ!
ヒューゴを盾にされて避けられる。
バチン
繋いでいた鎖を断ち斬ろうと、アイシャはガープに斬りかかる振りをして、剣を振るったようだった。
「あぢぢぢ!」
熱伝導でヒューゴが手錠をはめた手をばたつかせた。
「アホちゃうか? 俺の手錠は簡単に切れへんで!」
あからさまにガープにばれていたので、魔力で鎖の硬度を上げられてしまう。
じゃりん……
「重っ、重……重ーーーーーっ!」
ついでに鎖の太さと重量がヒューゴの右腕にのしかかっていた。
しかも、さっきのアイシャの一撃で室内の家具と壁に火が燃え移っている。
「あーーーーーーーーっ!」
破壊されてどう仕様もない家が、まだ容赦無く破壊され尽くされる恐怖がヒューゴのアイデンティティを貶める。
「あーーーーーーっ。あーーーーーーーーっ」
涙目のヒューゴは変わり果てた家の内部をみて、大声で叫びながら右往左往していた。
「泣くな、男の癖に見苦しい」
アイシャは無表情の仮面の下でうんざりしていた。
「ほら、ヒューゴの好きな下着だ」
「え♪ 下着?」
ヒューゴは一瞬でアイシャの下着姿を想像して晴れた顔を上げた。
「だーーーーっ! 何やこれはー?」
ガープの顔色が髪の毛と同じ真っ赤になる。
「ぼえーーーーー…………………………」
ヒューゴがガープの下着姿を見て、胃の内容物を床にぶちまけた。少ない布地で構成されたレースのブラとTバックのショーツ、ガーターベルトが骨ばってごつごつした男の肉体にまとわり付いている。
レースのヴェールは健在ではためき、怪しさも倍増させている。
「あんな気色悪い生物生み出すな!」
肩で息をするヒューゴがアイシャを怒鳴り散らした。
「そうか?私はてっきり、ヒューゴは筋肉質だからあっち側の人間だと思い、良かれと布に命令したのだがな」
「何で筋肉付いてるだけであっち側なんだ?好きで無駄に筋肉付いてるわけじゃねえ!」
「魔界の住人は筋肉質の三人に一人は同性愛者だったのにな……」
「先入観で物を決めるな!」
会話の隅々で物扱いされたガープがプルプルとセクシー下着のまま震えている。
「ふざけるな!」
ぶち切れたガープは、ありったけの魔力を開放した。
その日、街は一人の男によって壊滅した。
かつてスラムであった廃墟の数々が跡形もなく、残されたのは瓦礫の山と、魔法で壁を作り咄嗟に防御した四人と、街を半径二kmに渡って破壊し尽くした男のみだ。
しかも、その男は女性物の下着姿である。
「俺は他人の冗談は嫌いなんや!」
ガープは爆発で出来たクレーターの中心でですさまじいオーラを放っていた。
「あ……ああああああ……」
アイシャにしがみついているヒューゴは彼女の防御壁に守られながら放心していた。
「ほうら、外れたではないか」
「俺の家が……、住み慣れた街が……」
苦肉の策でヒューゴの鎖はちぎられていたが、代償が余りにも大きすぎる。
「何なの?何あれ? 何それ……?」
グレコと抱き合ったまま震えているコレットはクレーターの中心から目が離せなくなっていた。
「僕の魔力が君のお陰でまた元に戻ったから、僕達は死なずに済んだんだ」
コレットを抱きしめたままグレコが安堵のため息をつく。
「あたしのドレスは?」
何だかんだ言ったってグレコから貰ったドレスが気に入ってたらしい。壊滅した街よりも、ガープが着ていた物に、よりショックを受けていた。
「事情があってあの様な姿に変化(へんげ)しているらしいね」
「………………」
「アイシャの奴,これは新婚初夜に取って置こうと思ったのに………………」
密かにグレコが舌打ちする。
「あんなのをあたしに着せるつもりだったのか? お前は?」
「昔の感覚が戻るかと思って」
「変態」
「……淫魔のサキュバスは喜んで着てたのにな」
「そんなのと一緒にしないでよ!」
「解ってる。ドレスをどうにかしたいんだったね?」
ちょっとはにかんだ表情で、グレコがなぜか微笑む。
「…………あ、そーゆー顔もするんだ」
彼の表情を目の前に、コレットの頬はぽっと桜色に色づく。
「誰かさんのお陰で魔力と一緒に感情も注ぎ込まれたのかもね」
「ばっ馬鹿! そうじゃなくて!」
「はいはい、街ごと家を破壊した奴を何とかするのが先だね」
怒りの余り本性を現そうとするガープの姿を感情のこもらない瞳で見つめる。
ばりっ……ばりばり……
「うがああああああ!」
ガープがうなり声を上げながら肉体を巨大な蝙蝠の姿に変貌させる。当然ながらブラジャー等セクシーなオプションは破壊され、股間に小さなショーツを残すのみだ。
「キレたらしいな」
アイシャは平然とした顔で炎の剣を担いだ姿勢でつぶやいた。
「オメーが余計な事言うから……」
ヒューゴが小さな子供のようにアイシャの陰に隠れて小刻みに震えている。
頭部に一対の角を生やしたガープが吼えた。
「ルシファー貴様、いい加減、俺と戦わんかい!」
怒りの矛先がアイシャではなく、主人のグレコに向いているのが彼らしい。
「…………」
「魔力隠しはったてな、さっきのでよう解ったわ」
スラム街が崩壊する際に、グレコが防護壁を生み出した所を目の当たりにしているのもガープの怒りの要因の一つだ。
「ばれた?」
「ばれとるわ! 本体に戻った俺様に不足はあらへんやろ」
バサッ
巨大な粘膜の翼を羽ばたかせ、ガープは濃い藍の大空を上昇する。暗黒の雲がかなたに輝く明星を覆い隠す。昇りかけた月がしゃれこうべのような薄気味の悪い光を放ち、巨大な悪魔を照らす。
「でも、この前までは本当に魔力が無かったんだ」
ちゅ……
勝手にコレットの唇を奪う。
「こ、こら!」
「もう少し力を貰ってもいい?」
「ん…………っ」
コレットは答える暇も与えられず、されるがまま、グレコに魔力を与えてしまう。
「恋人と最後の挨拶は済んだか?」
「ああ、最後とは限らないけどね」
グレコはゆっくりとコレットから離れ、ガープにうなずいた。
「え? グレコ……?」
コレットは少し変化したグレコの姿に目を疑った。
少年の面影を残しながら、大人の色香が漂ってきそうな美丈夫に成長している。だいぶ身長が伸び、肩幅も発達して男性らしい体格に変化していた。声も子供の高い声から大人の男の声に変わっている。
「……その服、やっぱり幻滅する」
衣服は変わらず、ブラウスと半ズボンだが、ブラウスに無理が生じて壊れてしまっている。半ズボンなんかピチピチでマニアにはたまらないが、一般人には目を覆いたくなるようないかがわしさだ。
「わはははははははははははは!」
グレコの情けない姿を見てヒューゴが爆笑した。
「……………。確かに、窮屈ではあるね」
自分の姿を見たグレコは、納得して魔法で服を変化させた。漆黒のマントに包まれた王侯貴族のような豪奢な服に。
「なに、その服……?」
「テーマは黒衣の王子様かな?」
真顔で答えるグレコ。
「アイシャ、炎の剣を」
「はい」
アイシャは主人に従い、持っていた剣を差し出した。
グレコが剣を持った姿は魔王に見えなくはない。
「それでこそ七つの大罪(サタン)の称号に相応しい衣装やな。倒し甲斐あるわあ」
ガープは口元を歪ませて「ぎぎっ」と笑った。
「魔力が大幅に弱まっとる今がチャンスってわけや!」
巨体を大きく旋回させてグレコに体当たりしようと急降下する。
「それはどうかね?」
ふわ……
グレコは地を蹴り、ガープに向かって飛んだ。
「僕の罪、『傲慢』は君のような下賤の者に背負える筈なんて無いよ」
天から降下してくるガープの心臓を正確に刺し貫いた。
「唯一残った称号がこいつで運が悪かったねえ……」
剣を引き戻したグレコは、人の悪そうな笑みでガープの胴を蹴って抉れた地面に墜落させた。
「残念だ。ガープ」
ド……ン……
ガープの巨躯は地響きを起こして、陥没した大地を更に抉った。
「ぜえ……ぜえ……」
いつの間にかグレコの姿はいつもの子供の体に戻っていた。思ったより魔力の消耗が激しかったのか、呼吸が荒く、疲れきっている。
「御前様、なにもあの様なお姿にならずともガープを撃退できたのでは?」
アイシャがグレコの体を支え、ハンカチで彼の額の汗をぬぐう。
「………………」
返事は荒い息遣いだけだった。
「何で止めさせなかったんだよ?」
怪訝な表情のヒューゴが訊ねる。
「あれが本体ではないからな」
代わりにアイシャが答えた。
「ごめん、元々はあたしがガープにドレスを貸したりしたから……」
コレットが泣きそうな表情で謝る。
そこでヒューゴは「うっ」と呻った。災厄の原因を生み出したのは彼だ。家の前に行き倒れているノエルを連れて帰らなければこんな結果に終わらなかったかも知れない。密かに話題に上らないように祈っている。
「……いいんだ。ドレスはまた作れるから」
グレコは泣きそうな表情のコレットに微笑みかけた。
「にしても! 家はどうすんだよお?」
コレットは住む家が無くなってしまった事に嘆いていた。
To Be Continued