第9話
文字数 5,348文字
俺はふとパートナーシップを組んだものの薫さんのことを全然知らないし、彼女のことをもっと知りたいと思うようになった。そして、俺は彼女をとある味噌カツで有名なお店に誘い出し、彼女の過去の話を聞きたいと失礼を承知で頼んだ。すると彼女はすんなりと俺の我儘を受け入れてくれ、味噌カツ定食を食べながら過去の話をし始めた。
「私は生前北の方の田舎に生まれました。もともと病弱で、しょっちゅう病院に入院するような子供でした。そのせいもあり、私は友達もあんまり居なくて寂しい思いをよくしていました。その時は友達が欲しくて欲しくてたまらない状態でした。私は持病で16の時に死んだんですけど、生前、1度だけ退治屋に助けられたことがあるんですよ!私もこの前みたいに、誘拐犯に殺されかけたことがあるんです。その時に武器を持ったお兄さんが誘拐犯を倒してくれたんです。もうそれはヒーローみたいでかっこよかったんです。彼は自身のことを「退治屋」と言っていました。私はそれからもし生まれ変わったら友達がたくさん居る「退治屋」になりたいと思うようになりました。そして、病気で死んでから、運よく「退治屋」に転生できたんです。私は彼の背中を追いかけて、彼のような正義感の強い退治屋を目指してこれまで任務にあたってきました。そして、ある日マキさんという情報屋がいると耳にしました。私はその方にパートナーシップという友達を作る制度があると教えてもらいました。退治屋の世界は生前とは真逆で夢のような世界でした。私は初めて出会った退治屋の方と仲良くなってパートナーシップを組ませていただきました。そこまではよかったんです」
彼女は過去を思い出して涙を流し始めた。そんなに辛かった過去なんだな。彼女は水を一口飲んでひと休憩挟むと、続きを話し始めた。
「最初にパートナーシップを組んだ方はとある任務の途中で私が下手をこいてしまって、大怪我をしてしまったんです。当然、パートナーの方も怪我をします。その方は私と同じく退治屋になりたてだったので、治療費を払えずそのまま亡くなられました。パートナーと一緒に任務をする楽しさを覚えてしまった私は、寂しさに耐えれず、また次のパートナーを探すことにしました。次に出会った方はえくぼが可愛いまだ幼かった退治屋でした。彼女は武器の扱いに慣れておらず、拳銃の弾が急所に当たって亡くなられました。私はその後、任務対象を倒すことができ、一命をとりとめたのですが……私は再びパートナーを失ってしまい、悲しくてたまりませんでした。その時はもう独りで任務をこなしていこうと心に誓ったのですが、この寂しさは呪いのようについてくるんです。そしてまた私はパートナーシップを組んでしまったんです」
「そんなにパートナーの存在って大事なんですか?呪いって思っているのに」
「生前が孤独だった分、余計に固執してしまうみたいです。私は最期まで孤独は嫌なのです。そうして3人目の方とパートナーシップを組んだのですが、私の信念の強さに恐怖感を抱いてしまったみたいで、任務を拒むようになってしまい私一人で任務をしに行くようになりました。そうすると、パートナーの方は魂を相方に食べられ続けて、最後は「鬼」の標的にされて亡くなってしまいました。そして、次にパートナーシップを組んだ方も同じような末路を辿ってしまったんです。そうして私はまた次のパートナーを探しているところに、マキさんから佐々木さんを紹介してもらったんです」
俺は彼女の壮絶な過去に絶句した。彼女がどうして体を張ってまで任務を遂行する理由も分かった。彼女が憧れの人とパートナーシップに固執しすぎているところが、彼女の純粋さを物語っている。それと同時に、彼女はその固執で彼女自身の首を絞めている。俺は彼女の呪縛をどうにかして解いてやりたいと思った。そのためにも俺は強くなって、死なないようにしなきゃいけないな。
彼女とのランチから数日後、俺のスマホに任務の通達が来た。「任務の通達です。カレーハウスサチコにて、任務がございます。取り急ぎそちらへ向かって下さい。任務期限は2021年2月18日です」というものだった。カレーハウスサチコの場所は分かっている。この前俺はこの辺の土地勘をつかむために少し散歩した。その時に、大通りの裏にやけに古ぼけた店が1件あるなと、印象深く覚えていたのだ。
明日くらいに視察に行ってみるかと思った。別にパートナーシップと言えど、任務の時だけ一緒に行動すればいいので、俺は俺で単独行動することもある。カレーは久しく食べていない気がする。因みに俺はドロドロの田舎カレー派だ。みなさんはシャバシャバの都会カレー派?田舎カレー派?
翌日、俺は別に腹は減ってないが昼食をとりにカレーハウスサチコへ向かった。俺はシレっと店に入ると店員のおばちゃんが「いらっしゃいませー」と言った。俺の姿が見えるということは、このおばちゃんは今回の任務に関係するということだ。俺は話が聞けるように敢えてカウンター席を選んだ。ここの店は客足が遠く、俺だけが店にいる状態だった。おばちゃんが俺の頼んだカレーを持ってきてくれた時に、さり気なく話しかけてみた。
「この店始めてどれくらいなんですか?」
「そうねぇ、ここに嫁いできたときにはもう店をやっていたからねぇ。ざっと25年以上は続いているよ。昔はそれなりに繁盛してたんだけど今じゃぁこんなにすっからかんになっちまって寂しいねぇ」
「今はおばちゃん1人でやっているんですか?」
「そうね。主人が一昨年亡くなってからは私1人で何とか切り盛りしているよ」
「そうだったんですね……俺はここのカレー、ドロドロしてて美味しいと思いますよ」
「そう言ってくれると嬉しいねぇ。ありがとう」
おばちゃんがそう言って奥に向かおうとしたところで、勢いよく店の扉が開いた。ガラの悪い連中が3人程ぞろぞろと入ってきた。
「相変わらずしけた店してんなぁ。金はまだかよ!早く出せや、オラ!」
「待ってください。お客さんの前でその話は勘弁してください」
「客って言っても1人しか居ねぇじゃねぇか!」
そう言って真ん中の大柄な男が店内の椅子を蹴る。このガラの悪い連中にも俺の姿が見えていた。ということは、こいつらが加害者側か?いや、まだ断定はできない。それにしても居心地はよくないからササっとカレーを食べて俺はその場から離れることにした。
「おばちゃん、ごちそうさまでした。お金、ここに置いておきますね」
俺はそう言ってご飯代と申し訳程度のチップを合わせて払った。おばちゃんは「ありがとう」と言って深くお辞儀をしていた。
俺は薫さんにこの日あったことを翌日話した。薫さんは「うわー、嫌な奴ですね!成敗しなきゃですね!」だなんて意気込んでいた。カレーハウスサチコのカレーは美味しかったし、おばちゃんも話しやすい人柄だったし、薫さんもここに連れてってみようかな。
「薫さんもここでカレー食べてみます?」
「是非とも行ってみたいですね」
そういうことで再びカレーハウスサチコに向かうことにした。その道中、薫さんが誰かを呼び止めた。
「司さん!」
誰だ、司さんって。元彼か何かなのか?退治屋の恋愛事情に関して俺は無知なのだが、彼女は背が高くスタイルの良い男性に話しかけていた。
「司さん、お久しぶりです!私、薫です、覚えてますか?」
「君は確か……誘拐犯に殺されかけていた子じゃないか?死んでしまったのか……」
「はい!あの節はどうもありがとうございました!あれから私、死んじゃって司さんを目指してここまでやってきました!」
どうやらこの司さんという男性は彼女の憧れの退治屋だったらしい。それにしても、よく助けた人のことをいちいち覚えていられるもんだな。きっと司さんは薫さんよりもはるかに任務をこなしてきているだろうに。
「僕なんかそんなに褒められるような退治屋でもないよ……そちらに居るのは薫ちゃんのパートナーかい?」
「はい!彼は佐々木さんです。これからカレーを一緒に食べに行くところだったんです」
「そうか、僕は近藤司だ。よろしく」
彼は俺に手を差し出してきた。俺は「佐々木拓也です。よろしくお願いします……」と戸惑い気味に握手をした。
「そういえば君たちカレーを食べに行くんだっけ?奇遇だね。僕もカレー屋に向かうところだったんだよ」
「もしかしてカレーハウスサチコですか?」
「そうだけど……任務が被ってしまっているのかな?」
「そうかもしれないですね」
任務が被ってしまうことはある。以前もカレンと被ったことがあるしな。だけど、任務をこなさない限り魂をナラクに食べられてしまうから、そう易々と任務を譲るということはできない。例えそれが薫さんの尊敬する退治屋であってもだ。
薫さんと司さんは話に夢中になっており、その流れで俺たちは一緒にカレーハウスサチコに向かうことになった。カレーハウスサチコに着いてから、おばちゃんは俺のことを覚えていてくれたみたいで「昨日はごめんねぇ、チップありがとう」と言ってくれた。それから俺たちはおばちゃんと他愛もない話をしながら、カレーを食べた。
カレーハウスサチコを出てから司さんとは別れた。帰り際、薫さんは「おばちゃん、とってもいい人でしたー。カレーも美味しかったですし。後は悪党共を倒さねば!」なんて言っていた。
2月18日期限当日。俺と薫さんは任務開始までおばちゃんたちに怪しまれないように、入り口付近で朝からひっそりと張り込んでいた。するとそこに司さんも来た。
しばらくそこで張り込んでいると正午を回った頃くらいに、この前お金の催促に来たガラの悪い男たち3人が店に入っていった。そして、肩で眠っていたナラクが目を覚まして「ニンムカイシ」と呟いた。俺たちはそれを合図にこっそりと店内に入った。
「おばちゃーん、お金早く返してくれないと、俺たち困るんだよねー」
「この前も言いましたけど2千万という大金は今すぐには返せません!」
「今日までに返せって言っただろーが!」
男が店内の椅子を蹴散らし、ガシャーンと花瓶が倒れて割れた。そして、それを皮切りにして男たちが店内を荒らして回る。彼らは俺たちが見えていてもお構いなしで暴れていた。そんな中、おばちゃんは俺たちの存在に気づいて叫んで懇願していた。
「お客さんの前でそんなことやめてください!」
「じゃあ、早く金出せや!」
「だからそれは待ってください……!」
「いい加減にしろよ!」
リーダーっぽい男がそのおばちゃんに拳を構えた。その瞬間司さんと薫さんは男に向けて武器を構えた。しかし、おばちゃんはすぐ側にあった包丁をとっさに手に取って男に刃を向けた。
「おいおい、金がないから抵抗するつもりか?」
「店を荒らすのはやめてください!主人との思い出がたくさん詰まった店なんです!これ以上荒らすような真似したら、貴方たちを殺します!」
おばちゃんが今回のターゲットだった。俺はおばちゃんに向かって刃を向けなければならなかった。
「佐々木さん!おばちゃんを殺さないでください!」
薫さんは俺に向かって叫んだ。彼女も、任務の全容を把握しているはずだ。このままだとおばちゃんは間違いなく男を刺してしまう。それでも彼女はおばちゃんを殺すなと言うのだ。
「おばちゃん、ごめんなさい。最後に言い残すことは……ないですか」
俺は罪悪感を抱えながらおばちゃんの身柄を拘束し首元に刀を当てた。すると司さんが「佐々木君、止めるんだ!おばちゃんは悪くない!」と叫んだ。確かにおばちゃんは悪者ではないだろう。完全に立場としては弱者だ。だけど、任務の観点でいえば、排除対象はおばちゃんなのだ。だから、俺は2人の制止する声を遮って、刀を握る手に力を込めた。
「おばちゃん、最後に言い残すことは?」
「カレー、美味しいって言ってくれてありがとうね」
その言葉を聞いて、俺はおばちゃんの首をはねた。飛び散る血潮、男たちのわめく声、司さんと薫さんの泣き叫ぶ声がこの空間に充満していた。ナラクはそんなのお構いなしといった風におばちゃんの死体から魂を吸い取る。俺はおばちゃんの死体に手を合わせて、リュックサックの真ん中のチャックを開けた。死体が片づくとナラクは「キュウ」と一声鳴いた。男たちはこの現場から怯えながら逃げ去っていった。「ニンムカンリョウ」とナラクの声が沈黙で満ち満ちた空間に響いた。
司さんと薫さんはおばちゃんが死んだことを受け止めきれずに、泣き崩れていた。その2人からそれぞれの相棒は少しだけ魂を吸い込んでいた。そういうことか。任務をこなせなかったら自分の魂を相棒に少し削られてしまうのか。
泣き崩れる2人を俺は呆然と眺めていると、女の子が1人でこの場へ足を踏み入れた。その子はカレンではなく知らない女の子だったが、一見俺たちと同じ退治屋のように見えた。背中に大きな金棒を担いでいたからそう思った。無表情の彼女は赤い瞳で俺たちをジロジロと見渡して、司さんの目の前に立った。そして、彼女は冷徹な声で彼に宣告をした。
「私は生前北の方の田舎に生まれました。もともと病弱で、しょっちゅう病院に入院するような子供でした。そのせいもあり、私は友達もあんまり居なくて寂しい思いをよくしていました。その時は友達が欲しくて欲しくてたまらない状態でした。私は持病で16の時に死んだんですけど、生前、1度だけ退治屋に助けられたことがあるんですよ!私もこの前みたいに、誘拐犯に殺されかけたことがあるんです。その時に武器を持ったお兄さんが誘拐犯を倒してくれたんです。もうそれはヒーローみたいでかっこよかったんです。彼は自身のことを「退治屋」と言っていました。私はそれからもし生まれ変わったら友達がたくさん居る「退治屋」になりたいと思うようになりました。そして、病気で死んでから、運よく「退治屋」に転生できたんです。私は彼の背中を追いかけて、彼のような正義感の強い退治屋を目指してこれまで任務にあたってきました。そして、ある日マキさんという情報屋がいると耳にしました。私はその方にパートナーシップという友達を作る制度があると教えてもらいました。退治屋の世界は生前とは真逆で夢のような世界でした。私は初めて出会った退治屋の方と仲良くなってパートナーシップを組ませていただきました。そこまではよかったんです」
彼女は過去を思い出して涙を流し始めた。そんなに辛かった過去なんだな。彼女は水を一口飲んでひと休憩挟むと、続きを話し始めた。
「最初にパートナーシップを組んだ方はとある任務の途中で私が下手をこいてしまって、大怪我をしてしまったんです。当然、パートナーの方も怪我をします。その方は私と同じく退治屋になりたてだったので、治療費を払えずそのまま亡くなられました。パートナーと一緒に任務をする楽しさを覚えてしまった私は、寂しさに耐えれず、また次のパートナーを探すことにしました。次に出会った方はえくぼが可愛いまだ幼かった退治屋でした。彼女は武器の扱いに慣れておらず、拳銃の弾が急所に当たって亡くなられました。私はその後、任務対象を倒すことができ、一命をとりとめたのですが……私は再びパートナーを失ってしまい、悲しくてたまりませんでした。その時はもう独りで任務をこなしていこうと心に誓ったのですが、この寂しさは呪いのようについてくるんです。そしてまた私はパートナーシップを組んでしまったんです」
「そんなにパートナーの存在って大事なんですか?呪いって思っているのに」
「生前が孤独だった分、余計に固執してしまうみたいです。私は最期まで孤独は嫌なのです。そうして3人目の方とパートナーシップを組んだのですが、私の信念の強さに恐怖感を抱いてしまったみたいで、任務を拒むようになってしまい私一人で任務をしに行くようになりました。そうすると、パートナーの方は魂を相方に食べられ続けて、最後は「鬼」の標的にされて亡くなってしまいました。そして、次にパートナーシップを組んだ方も同じような末路を辿ってしまったんです。そうして私はまた次のパートナーを探しているところに、マキさんから佐々木さんを紹介してもらったんです」
俺は彼女の壮絶な過去に絶句した。彼女がどうして体を張ってまで任務を遂行する理由も分かった。彼女が憧れの人とパートナーシップに固執しすぎているところが、彼女の純粋さを物語っている。それと同時に、彼女はその固執で彼女自身の首を絞めている。俺は彼女の呪縛をどうにかして解いてやりたいと思った。そのためにも俺は強くなって、死なないようにしなきゃいけないな。
彼女とのランチから数日後、俺のスマホに任務の通達が来た。「任務の通達です。カレーハウスサチコにて、任務がございます。取り急ぎそちらへ向かって下さい。任務期限は2021年2月18日です」というものだった。カレーハウスサチコの場所は分かっている。この前俺はこの辺の土地勘をつかむために少し散歩した。その時に、大通りの裏にやけに古ぼけた店が1件あるなと、印象深く覚えていたのだ。
明日くらいに視察に行ってみるかと思った。別にパートナーシップと言えど、任務の時だけ一緒に行動すればいいので、俺は俺で単独行動することもある。カレーは久しく食べていない気がする。因みに俺はドロドロの田舎カレー派だ。みなさんはシャバシャバの都会カレー派?田舎カレー派?
翌日、俺は別に腹は減ってないが昼食をとりにカレーハウスサチコへ向かった。俺はシレっと店に入ると店員のおばちゃんが「いらっしゃいませー」と言った。俺の姿が見えるということは、このおばちゃんは今回の任務に関係するということだ。俺は話が聞けるように敢えてカウンター席を選んだ。ここの店は客足が遠く、俺だけが店にいる状態だった。おばちゃんが俺の頼んだカレーを持ってきてくれた時に、さり気なく話しかけてみた。
「この店始めてどれくらいなんですか?」
「そうねぇ、ここに嫁いできたときにはもう店をやっていたからねぇ。ざっと25年以上は続いているよ。昔はそれなりに繁盛してたんだけど今じゃぁこんなにすっからかんになっちまって寂しいねぇ」
「今はおばちゃん1人でやっているんですか?」
「そうね。主人が一昨年亡くなってからは私1人で何とか切り盛りしているよ」
「そうだったんですね……俺はここのカレー、ドロドロしてて美味しいと思いますよ」
「そう言ってくれると嬉しいねぇ。ありがとう」
おばちゃんがそう言って奥に向かおうとしたところで、勢いよく店の扉が開いた。ガラの悪い連中が3人程ぞろぞろと入ってきた。
「相変わらずしけた店してんなぁ。金はまだかよ!早く出せや、オラ!」
「待ってください。お客さんの前でその話は勘弁してください」
「客って言っても1人しか居ねぇじゃねぇか!」
そう言って真ん中の大柄な男が店内の椅子を蹴る。このガラの悪い連中にも俺の姿が見えていた。ということは、こいつらが加害者側か?いや、まだ断定はできない。それにしても居心地はよくないからササっとカレーを食べて俺はその場から離れることにした。
「おばちゃん、ごちそうさまでした。お金、ここに置いておきますね」
俺はそう言ってご飯代と申し訳程度のチップを合わせて払った。おばちゃんは「ありがとう」と言って深くお辞儀をしていた。
俺は薫さんにこの日あったことを翌日話した。薫さんは「うわー、嫌な奴ですね!成敗しなきゃですね!」だなんて意気込んでいた。カレーハウスサチコのカレーは美味しかったし、おばちゃんも話しやすい人柄だったし、薫さんもここに連れてってみようかな。
「薫さんもここでカレー食べてみます?」
「是非とも行ってみたいですね」
そういうことで再びカレーハウスサチコに向かうことにした。その道中、薫さんが誰かを呼び止めた。
「司さん!」
誰だ、司さんって。元彼か何かなのか?退治屋の恋愛事情に関して俺は無知なのだが、彼女は背が高くスタイルの良い男性に話しかけていた。
「司さん、お久しぶりです!私、薫です、覚えてますか?」
「君は確か……誘拐犯に殺されかけていた子じゃないか?死んでしまったのか……」
「はい!あの節はどうもありがとうございました!あれから私、死んじゃって司さんを目指してここまでやってきました!」
どうやらこの司さんという男性は彼女の憧れの退治屋だったらしい。それにしても、よく助けた人のことをいちいち覚えていられるもんだな。きっと司さんは薫さんよりもはるかに任務をこなしてきているだろうに。
「僕なんかそんなに褒められるような退治屋でもないよ……そちらに居るのは薫ちゃんのパートナーかい?」
「はい!彼は佐々木さんです。これからカレーを一緒に食べに行くところだったんです」
「そうか、僕は近藤司だ。よろしく」
彼は俺に手を差し出してきた。俺は「佐々木拓也です。よろしくお願いします……」と戸惑い気味に握手をした。
「そういえば君たちカレーを食べに行くんだっけ?奇遇だね。僕もカレー屋に向かうところだったんだよ」
「もしかしてカレーハウスサチコですか?」
「そうだけど……任務が被ってしまっているのかな?」
「そうかもしれないですね」
任務が被ってしまうことはある。以前もカレンと被ったことがあるしな。だけど、任務をこなさない限り魂をナラクに食べられてしまうから、そう易々と任務を譲るということはできない。例えそれが薫さんの尊敬する退治屋であってもだ。
薫さんと司さんは話に夢中になっており、その流れで俺たちは一緒にカレーハウスサチコに向かうことになった。カレーハウスサチコに着いてから、おばちゃんは俺のことを覚えていてくれたみたいで「昨日はごめんねぇ、チップありがとう」と言ってくれた。それから俺たちはおばちゃんと他愛もない話をしながら、カレーを食べた。
カレーハウスサチコを出てから司さんとは別れた。帰り際、薫さんは「おばちゃん、とってもいい人でしたー。カレーも美味しかったですし。後は悪党共を倒さねば!」なんて言っていた。
2月18日期限当日。俺と薫さんは任務開始までおばちゃんたちに怪しまれないように、入り口付近で朝からひっそりと張り込んでいた。するとそこに司さんも来た。
しばらくそこで張り込んでいると正午を回った頃くらいに、この前お金の催促に来たガラの悪い男たち3人が店に入っていった。そして、肩で眠っていたナラクが目を覚まして「ニンムカイシ」と呟いた。俺たちはそれを合図にこっそりと店内に入った。
「おばちゃーん、お金早く返してくれないと、俺たち困るんだよねー」
「この前も言いましたけど2千万という大金は今すぐには返せません!」
「今日までに返せって言っただろーが!」
男が店内の椅子を蹴散らし、ガシャーンと花瓶が倒れて割れた。そして、それを皮切りにして男たちが店内を荒らして回る。彼らは俺たちが見えていてもお構いなしで暴れていた。そんな中、おばちゃんは俺たちの存在に気づいて叫んで懇願していた。
「お客さんの前でそんなことやめてください!」
「じゃあ、早く金出せや!」
「だからそれは待ってください……!」
「いい加減にしろよ!」
リーダーっぽい男がそのおばちゃんに拳を構えた。その瞬間司さんと薫さんは男に向けて武器を構えた。しかし、おばちゃんはすぐ側にあった包丁をとっさに手に取って男に刃を向けた。
「おいおい、金がないから抵抗するつもりか?」
「店を荒らすのはやめてください!主人との思い出がたくさん詰まった店なんです!これ以上荒らすような真似したら、貴方たちを殺します!」
おばちゃんが今回のターゲットだった。俺はおばちゃんに向かって刃を向けなければならなかった。
「佐々木さん!おばちゃんを殺さないでください!」
薫さんは俺に向かって叫んだ。彼女も、任務の全容を把握しているはずだ。このままだとおばちゃんは間違いなく男を刺してしまう。それでも彼女はおばちゃんを殺すなと言うのだ。
「おばちゃん、ごめんなさい。最後に言い残すことは……ないですか」
俺は罪悪感を抱えながらおばちゃんの身柄を拘束し首元に刀を当てた。すると司さんが「佐々木君、止めるんだ!おばちゃんは悪くない!」と叫んだ。確かにおばちゃんは悪者ではないだろう。完全に立場としては弱者だ。だけど、任務の観点でいえば、排除対象はおばちゃんなのだ。だから、俺は2人の制止する声を遮って、刀を握る手に力を込めた。
「おばちゃん、最後に言い残すことは?」
「カレー、美味しいって言ってくれてありがとうね」
その言葉を聞いて、俺はおばちゃんの首をはねた。飛び散る血潮、男たちのわめく声、司さんと薫さんの泣き叫ぶ声がこの空間に充満していた。ナラクはそんなのお構いなしといった風におばちゃんの死体から魂を吸い取る。俺はおばちゃんの死体に手を合わせて、リュックサックの真ん中のチャックを開けた。死体が片づくとナラクは「キュウ」と一声鳴いた。男たちはこの現場から怯えながら逃げ去っていった。「ニンムカンリョウ」とナラクの声が沈黙で満ち満ちた空間に響いた。
司さんと薫さんはおばちゃんが死んだことを受け止めきれずに、泣き崩れていた。その2人からそれぞれの相棒は少しだけ魂を吸い込んでいた。そういうことか。任務をこなせなかったら自分の魂を相棒に少し削られてしまうのか。
泣き崩れる2人を俺は呆然と眺めていると、女の子が1人でこの場へ足を踏み入れた。その子はカレンではなく知らない女の子だったが、一見俺たちと同じ退治屋のように見えた。背中に大きな金棒を担いでいたからそう思った。無表情の彼女は赤い瞳で俺たちをジロジロと見渡して、司さんの目の前に立った。そして、彼女は冷徹な声で彼に宣告をした。