第22話

文字数 3,893文字

 約5年前。カレンが退治屋になって「賞金稼ぎのカレン様」と呼ばれるようになってきた頃の話。その頃の彼女はただただ悪人を成敗することに快感を覚え、ひたすらに任務をこなしていた。
 そんなある日、彼女はバカンスと任務を楽しむために沖縄に訪れていた。彼女はその時自分がまるでハリウッドスターかのような服装に身を包み浮足立った気持ちで那覇空港に到着した。まずは観光を目一杯楽しんでから任務に手を付けるのが彼女のルーティーンだった。幼いころに命を落としてしまった分、退治屋になってから第2の人生を楽しむというのが彼女のモットーだった。だから彼女はまず海で遊ぶために海沿いのリゾートホテルに足を運んだ。
 リゾートホテルに荷物を置いて、水着に着替えて碧い海で泳ごうとした。やる気満々に準備体操をしていると、視界のど真ん中に手足に鉄球の重りを付け、それをひこずりながら入水していく少年を捉えた。その時彼女は目ん玉が飛び出るかと思ったくらいに衝撃を受けた。
 「いやいやいやいや、ちょっとあんた何やってんのよ!溺れるわよ!」
 「……」
 少年は無表情で彼女の制止を無視した。さすがに彼女の良心の呵責が働いて、その少年の肩を無理やり掴んで入水を阻止させた。
 「あんたバカなの⁉そんなことしたら死ぬわよ!周りの目についていないということはあんた退治屋でしょ?何でそんなことしてんのよ?任務はどうしたの?」
 「……」
 彼女に強制的にその場に座らせられた少年は無表情のまま口を開こうとしなかった。その舐めた態度に彼女はイラついて語気を強めた。
 「何で何にも言わないのよ!せめてうんとかすんとか言いなさいよ!」
 「……すん」
 「ムキー!!!!!!腹立つわねこいつ!あたしを誰だと思ってるのよ!」
 「……うん」
 「うんとすんしか言わないじゃないの!マジ何なの⁉いい?あたしは賞金稼ぎのカレン様なの!崇め奉られるような存在なの!助けてやったのに何なのよその態度は!」
 「……」
 再度無言になった少年。彼女はこのままだと埒が明かないと思ったから返事が「うん」となるように誘導尋問していくことにした。このとき彼女が何故この少年にこんなに固執してしまうのかは分からなかった。
 「んで、あんたは死にたかったの?」
 彼女も少年の目の前で胡坐をかいて座った。
 「……うん」
 意外にも少年は素直に彼女の質問に答えた。
 「嫌なことがあったの?」
 「……うん」
 「いじめられたの?」
 「……」
 「違うのね。じゃあ、何?失恋でもしたの?」
 「……うん、多分……」
 初めて少年が彼女に口をきいてくれた。彼女は彼が少し心を開いてくれたことに喜びを感じた。
 「彼女に振られたの?」
 「……死んだ」
 「誰が?彼女が?」
 「……うん」
 「だから死のうとしたの?」
 「……すん」
 「すんはノーって言う意味じゃないわよ。じゃあ、何で死のうとしたのよ?失恋が原因なんでしょう?」
 「……僕は寿命がないみたいなんだ。だから自分で絶とうとした……」
 「寿命がないから自分で終わらせるつもりだったのね。そんなにその子の後を追いたかったの?」
 寿命がないという点に彼女は引っかかった。これまでに聞いたことのない話だからだ。後で情報屋に尋ねることリストに書いておこうと思った。
 「……うん。彼女はとても綺麗で正義感も武力も強くて何もかもが完璧で僕の憧れだった」
 「何でそんなに完璧な彼女があんたみたいな脆弱そうな男と付き合えたのよ?」
 「僕にも分からない……けど、きっかけはたぶん生前の出来事だったんだと思う……」
 「あんた何かしたの?」
 「トラックにはねられそうになった彼女を助けようとしたんだけど間に合わなくって同時に死んだんだ……だから彼女はお礼を僕に言うためにわざわざ探してくれて、恋をしたって言ってくれた……」
 「ふーん。それで付き合ったんだ」
 正直派手好きの彼女にとってそんなちっぽけな淡い恋愛なんて興味ない話だった。少年は今にも飛ばされてしまいそうなほど薄っぺらいヒョロヒョロな体形で全然彼女の理想のタイプじゃないし。だけど、少年の綺麗な瞳に彼女は少し惹かれていた。
 「……うん。パートナーシップを組んだ……でも彼女は自分の正義に反する任務には手を出さなかった。それで寿命がどんどん縮んで鬼に狩られた……」
 「それであんたは野良になったってことね」
 「……うん。その時鬼が僕に向かって「奇形魂」だって言った……平たく言うと寿命がないんだ……」
 「それで後追いで死のうとしたわけね。バカなの?そんな女よりあたしといたらもっと楽しい思いをさせてあげるわ。死ぬなんてもったいない。あんた、あたしとパートナーシップを組みなさい」
 全然タイプじゃないのに彼女はムキになって彼を引き留めていた。彼女自身の行動に彼女の思考も追いついていなかった。その時は彼女が誰折茂最強で最高な女の子だって言うことを証明したかったと言い訳を自分自身に言い聞かせていた。

 それから、2人はパートナーシップを組み、沖縄をはじめ全国各地を飛び回って遊んで任務をこなして毎日を楽しく過ごしていた。そして、日に日に彼女の中で少年と一緒にいることが当たり前になって、気がついたらかけがえのない存在になっていた。あの日、彼女がムキになって彼を引き留めた理由がなんとなく分かった気がしていた。そんなある日、いつものように任務の通達が来てそれをこなすために指定場所にスタンバっていた。その任務は交通事故からターゲットを守るというものだった。何の偶然かは分からなかったが、その被害対象者が少年の元パートナーとそっくりだった。そして、任務を行う際に少年がフラッシュバックを起こし、パニックに陥ってしまった。
 「さくらっ……」
 おそらく元パートナーの名前を叫んだのだろう。その次の瞬間彼はトラックに突っ込んでいった。その女性は彼に突き飛ばされ、軽い擦り傷ですんだ。だがしかし少年はトラックに轢かれて大怪我を負っている。パートナーシップを組んでいるから痛みは伝わってくる。苦痛に悶えながら彼女は何とか任務を終わらせて救急医療アプリを使った。だけど、少年は敢えて救急医療アプリを使おうとはしなかった。
 「よかった……今度はちゃんと助けることができた……」
 虫の息で彼は嬉しそうにそうつぶやいた。そして、慌てて救急医療アプリを使用しようとしている彼女を制止して言葉を続けた。
 「カレン……君と過ごす日々はとても楽しかったし君が誰よりも強いことはとても分かった……パートナーとしては申し分ない……でもね……やっぱり今日の任務で彼女のことが好きだということを再確認した……これまでありがとう。そして、サヨナラ……」
 そう言って少年は彼女の目の前で、自分の武器のナイフを使って頸部を切断した。
 ぷつん……
 そんな音が彼女の中でした。ああ、完全にパートナーシップの関係が切れたんだと、彼が現世から離れたんだとそう悟った。

 目の前でパートナーを失った辛さは彼女にとって死ぬ時よりも壮絶なものだった。毎日毎日フラッシュバックを起こし嘔吐を繰り返しながら任務を淡々とこなす日々が続いた。こんなに辛い思いをするならばパートナーシップをはなから組まなければよかったと過去の自分の軽率な行動を悔いた。少年のことなんて放っておけばよかったと何度も思った。それからは、2度とパートナーシップを組まないと心に誓い、「賞金稼ぎのカレン様」の仮面を被って任務にあたった。少年が後追い自殺を志願したくなる理由も分からなくはなかったが、ここで自分が後追い自殺をすると自分が馬鹿みたいに思えるからぐっと堪えた。心の傷は時間が癒してくれ、次第に本来のカレンに戻っていった。この出来事を境に彼女の中で「退治屋」を続ける目的も変わっていった。ここにたどり着くまでに数年が経過した。
 そして、偶然広島の地で生意気な新人佐々木拓也に出会った。彼の生意気さには既視感を覚えた。だから彼女は彼のことを少しだけ気にかけていた。次に彼に会った時は正直びっくりした。どういう経緯でそうなったのかは知らないが、「パートナーシップのゾンビ」こと箕輪薫とパートナーシップを契約していた。彼の死が確定したも同然だ。気にかけていたこともあって少しショックだった。そして何よりも彼が箕輪薫を心の底から信頼しているということがうかがえたことに恐怖を覚えた。
 そして、つい先日彼女が情報屋のマキから青鬼が「ゾンビを狩った」という情報を小耳にはさんだ。予想を裏切る形の訃報に嫌な予感がした。青鬼が動くときは決まって奇形魂に近づく時だということは知っている。もし佐々木拓也が奇形魂だとしたら、元パートナーと同じ道をたどってしまうんじゃないかという不安がよぎった。
 「金はいくらでも積む。佐々木拓也の居場所を教えろ」
 彼女はらしくないと分かっていた。それでも、2度とあの惨劇を繰り返してたまるものかと必死にマキにしがみついた。
 「えー、いいんですかー?それでは60億いただきますねー」
 彼女はいやらしい笑みを浮かべていた。だからこいつのことを好きになれないんだと心の中で思ったが事態は一刻を争うのでそんな小競り合いをしている暇なんてなかった。
 「それでいい。早く教えろ」
 「まー、怖いー。いつものキャラはどうしたんですかー?何があったかは知りませんが……佐々木拓也なら喜多方の桜の名所に向かったと「目撃情報」が入っていますよー」
 その情報を聞いてすぐに彼女は荷物を持って尾道から福島に向かった。
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