第27話

文字数 3,659文字

 「それにしてもこの屋敷って少し不気味じゃないか?」
 「うーん、どの辺が?」
 「ほら例えばさ、他の部屋は不気味なくらい静かだしさ……というか敢えて触れさせてないような気がするんだよ」
 俺と千棘は山下り中にこんな会話をしていた。俺たちに与えられた部屋以外俺たちは実質ほとんどこの屋敷の構成を知らないのだ。
 「まー、そーだけど。それ僕たちに必要ないじゃん」
 千棘はそんなに気にしてない様子で素早く山を下っていく。なんだか腑に落ちない俺だが、一般客の俺が気にしたところでなんのメリットもないし、修行に集中することにした。
 山下りから戻ると、梅さんと桃さんが重傷を負った退治屋を運んでいた。俺は二人の元まで近づいていった。
 「手伝いましょうか?」
 「いえ、これは私達の仕事ですので、お気持ちだけいただいておきます。お二人は修行に戻っていただいて大丈夫です」
 冷徹に梅さんが俺に言い放ち、屋敷へとその退治屋を無表情で運んでいく。俺はモヤモヤしながら素振りをすることにした。
 しばらくすると二人が何事もなかったかのように戻ってきて、俺たちの指導を始めた。
 「どうしたのですか。いつもよりも殺陣の姿勢がなっていません。しっかりとしてください」
 「俺、どうしてもさっきの退治屋のことが気になって……」
 「はぁ……そのことでしたか。うちでは、鬼狩りから逃れてここまで戻ってきた生徒たちを、看病し、看取るということをしています。もちろんこれは合法ではありませんし、見つかってしまったらここも危ういでしょう」
 「そうだったんですね、納得しました」
 「ではあと500回素振りをしたら次の内容に移りましょう」
 「はい!」
 ここの屋敷はなんでもするんだなぁ、なんてこの時の俺は呑気に考えていた。素振りを終えると梅さんは金箔の貼り詰めてある茶飲みに水を入れてやってきた。
 「これから拓也さんには適正テストをしてもらいます」
 「なんの適正テストですか?」
 「血術です。ここの塾では血術という技を習得してもらい、より強い退治屋になってもらうことを目標にしております」
 「血術って何ですか?」
 梅さんは表情ひとつ変えず俺に説明をする。血術とは武器ではなく自身の血液を使って術を出して任務対象を始末することができるというちょっとした裏技みたいなものらしい。そして彼女は説明を終えると俺の右手をパッと握って、いきなり短刀で人差し指に切れ込みを入れた。それから滴る俺の血をさっき持ってきた金箔の器に注いだ。するとみるみるうちに俺の血液が紫色に変化していった。
 「む、紫だ……」
 「この水は特別な井戸水を使用しております。血液が紫色に変化したということは毒属性に適していると言えます。他にも赤の場合火属性、青の場合水属性、緑の場合草属性、黄の場合は光属性、白の場合は風属性、黒の場合は闇属性でございます」
 「へぇー……」
 「ちなみに私は水属性なので出せる技は異なるのですが、血術とはおおよそこのようなものだということをお見せ致しますね」
 そして彼女は自分の指を短刀でピッと切って振りかざした瞬間鋭利な氷柱が長く伸びていた。
 「このように武器がなくても相手に攻撃をすることができたり、武器にエネルギーを乗せて攻撃することも可能なんです。また、パートナーがいる場合術の掛け合わせで更に攻撃力が上昇することができます」
 彼女はポキッと氷柱を折りながら説明してくれた。
 「でも、どうやってそんな技出すんですか?」
 俺が訊くと、彼女は顔を赤らめ口元に着物の袖を当てながら小さな声で一度しか言わないからよく聞いておけと言った。何でそんなに恥ずかしがっているんだろう?
 「頭の中である程度技のイメージを行います。その後、タイミングを見計らって技を出すのですが……その、出すときに大便をする時の感覚と同じように力むのです……」
 「な、なるほど……」
 彼女は小さな声で「あぁ、言ってしまった……」と言いながら俯いて顔をフルフルしていた。人間らしいところもあるじゃん、梅さん。
 「じゃあ、俺やってみますね」
 「あ、はい……コツを掴めばきっと楽に技が出せるようになると思いますので鍛錬してください」
 そう言って梅さんは屋敷に戻っていった。つってもな、ウンコするような感覚でって言っても死んでからウンコなんて行った事もないし、どういう感覚だったっけな。俺は取り敢えず肛門括約筋に力を入れて技のイメージをした。まあ、最初は何も出てこなかった。毒属性って言ったら毒霧とか出せたらかっこいいよな。俺はしばらくウンコ座りをしながら技を出す練習をした。
 日が暮れてきた頃。俺のお尻がムズムズしてきた頃、紫色をしたガスが傷口からシュウーって出てきた。
 「うわっ!出た!やった!」
 嬉しさのあまり大きな声を出してしまった。
 「でもなぁ、ウンコ座りで技を出すヒーローがどこにいるんだよって話だよな。ダサすぎんだろ。立って技出したいなぁ」
 俺は立って技を出す練習をした。一度習得しているから立って技を出すのにはそう時間がかからなかった。それから梅さんと桃さんからご飯の用意ができたと声をかけられた。
 「いただきます」
 俺たちは合掌してご飯を食べ始めた。俺はこの二人が何属性なのか気になってしょうがなかった。
 「なあ、カレンと千棘は何属性とかわかるのか?」
 「あたしは火よ。懐かしいこと聞いてくるわね」
 「僕は草だったよ」
 「みんなバラバラなんだな」
 「え、あんた草なの?一番使い所がない属性じゃない。さすが弱いだけあるわね」
 「何だよ!僕の技だってかっこいいの出せるんだからな!」
 「おいおい、やめろよこんなところでガキみたいな喧嘩なんてさ」
 すぐこの二人は喧嘩する。なんなんだろう、似たもの同士って感じなのにな。俺は話を逸らすために、俺はカレンに話をふった。
 「そういえばカレンは奇形魂じゃないけど人見に行かなくて大丈夫なのか?」
 「誰が任務に行ってないって言ったのよ。時間を見つけては行ってるわよ。たまにしか行けないから魂を補充するサプリメントも飲んでるけど」
 「魂を補充するサプリなんてチートじゃん」
 「そうよ。あたし、金持ちだから」
 「成金ヤロー」
 再度カレンと千棘の喧嘩が始まりそうだったから、俺はどーどーと二人をなだめた。それから俺たちは夕飯を食べ終え、風呂に入り、寝床についた。

 「なぁんだこれ」
 彼女は木に括られて、途中で千切られたようなものを見つけてニヤリと笑った。それからスキップをしながらその先の山道を登っていった。
 「血の匂いがするなぁ。あぁ、いい匂い。ボク血を見るのがだぁい好物なんだぁー。それにあの少年の匂いもする。楽しくなりそうだぁー」
 紺色の長い髪を揺らしながら一歩一歩前に進んでいく彼女は常軌を逸したように興奮していた。
 「赤、失敗してくれてほんっとうにありがとうねぇ」

 「侵入者確認。侵入者確認。速やかに臨戦態勢に入ってください」
 真夜中に女中さんたちが叫びまわって屋敷のみんなに知らせていた。俺は眠たい目を擦りながらスーツに着替え刀を手に持った。
 十数分後、侵入者が屋敷の庭に足を踏み入れた。俺はそいつを見て何でそいつがここにいるんだと唖然としてしまった。
 「ちゃおー。驚いたぁ?驚いたよねぇ?何でって顔しているもんねぇー。ボクもこんなところにこんな立派な屋敷があるなんて知らなかったよぉ。でも心配しないでぇ、ボクは皆殺しにするつもりはないからぁ。粛清対象はこっちだねぇ」
 青鬼は自由奔放に金棒を振り回しながら屋敷の左側の部分をガシャンと破壊した。そこは、数名の重症者が寝ている部屋だった。そこは梅さんと桃さんが管理している部屋じゃないか。
 「ハロハロー。よくここまで生き延びることができたねぇ、ボク褒めちゃう。でもねー、悪しき者には粛清をって言うじゃないかー。キミたちは大人しく粛清されちゃってねー」
 「やめなさい」
 「その者たちは悪くないのです」
 梅さんと桃さんが青鬼の前に立ちはだかった。青鬼は柔らかすぎる笑顔から瞬時冷徹な顔つきになった。
 「あんたたち邪魔」
 その一言で体が硬直する二人。その横を身軽にすり抜けていく青鬼は部屋に入って重傷者全員を「バイバーイ」と言って、金棒で叩き潰していった。
 「あ、ぁ……」
 俺は声も出なかった。術が解けた梅さんが屋敷の中に入っていった。数分後、彼女と共に師匠がやってきた。
 「何故鬼がここにいるのだ」
 桃さんが息を切らせながら庭に登ってきて報告した。
 「結界が破壊されていました……おそらく今日運ばれてきたものが誤って縄を解いてしまったのかと……」
 「そうか。仕方がないな」
 「およよ」
 青鬼は木の上に登って、顔の前で手を丸くして師匠を覗き込んでいた。
 「なぁんだ、面白くなってきたねぇ。おじいちゃん、奇形魂じゃん。老ぼれには興味ないから精々楽しませてくれよぉ」
 青鬼は金棒を師匠に向けて飛び込んできた。
 「師匠ー!!」
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