第14話

文字数 4,766文字

 任務を終え、無事に大分駅で俺たちは廉治・撫子チームと合流でき、新幹線に乗り込んだ。次の目的地は神戸だ。俺は昼の任務で疲れていたから移動中は撫子の如く眠りにつきたかった。そうしたかったのは山々だったのだが、廉治がそう簡単に寝かしてくれはしなかった。とにかくこいつがうるさすぎる。いちいち橋を渡るときにスーツの裾を引っ張っては「佐々木、見ろ、橋だ!」とか、「今日は薫さんと何をしていたんだ⁉」とか、ずーっと喋りかけてくる。撫子はその中でも睡眠を貪っていたのだが。この騒音の中でよく寝られるな、尊敬するぞ、撫子。
 俺たちは新神戸に着くともうすっかり夜だった。新神戸駅付近のビジネスホテルで宿泊の予約を取っておいた。やっと廉治のマシンガントークから解放され、俺はすぐに眠りについた。この日は人生初の運転で疲れていたしな。
 翌日、俺はドアの激しいノック音で目を覚ました。
 「何だよ、こんな朝っぱらから……」
 俺は眠たい目をこすりながらドアを開けた。すると俺の部屋の前で廉治が偉そうに仁王立ちしていた。
 「何か用か……?」
 「おはよう、佐々木。薫さんも一緒に中華街を散策しないかっ⁉」
 朝っぱらからうるさいやつだな。そんなに薫さんとデートしたいなら自分から誘ってしまえばいいじゃないか。そう思うものの眠たくて何も喋る気がしなかった。それに付け込んで廉治はマシンガンの如く喋り始めた。
 「中華街は良いぞ!何たって撫子が目を覚ますんだ。あの、儚く可憐で美しい撫子が!お前も撫子と一緒に中華街を散策したいだろう⁉滅多に見ることはできんぞ、撫子がほほ笑む瞬間は!」
 撫子がほほ笑む姿を想像することはできないし、ちょっと気にはなるが、別に俺撫子のことが好きとか何でもないから。何で廉治の脳内では、勝手に俺が撫子のことを好きになっている設定に変換されているんだよ。と言うか、廉治の声がうるさすぎて頭が痛くなってきたから俺は話を遮るように言った。
 「分かった、分かったから。薫さんも誘って中華街に行くからエントランスで待ってろ」
 「うむ。分かったならよろしい!では、エントランスで待っている!」
 廉治はスキップしながら俺の部屋を後にした。分かりやっす‼薫さんと一緒に中華街を散策できるからウキウキしてるの丸分かり!もう何か見てて清々しいわ。俺はスーツに着替えて(寝るときはホテルにおいてある寝巻を着ている)、薫さんの部屋をノックした。
 「はーい。あ、佐々木さん、おはようございます」
 どうやら彼女も寝起きだったらしく眠たそうに部屋から出てきた。
 「おはようございます。あの、廉治がどうしてもみんなで中華街を散策したいって聞かないんで、あいつの我儘に付き合ってやってくれませんか?」
 「中華街に行くんですね!いいですよー」
 彼女は嬉しそうに申し出を受け入れてくれた。こんな朝早くから廉治の我儘に付き合わせてしまって本当に申し訳ないよ。
 「じゃあ、エントランスで待ってるんで、よろしくお願いします」
 俺はそう言って彼女の部屋を後にした。そして、廉治が待っているエントランスへと向かった。エントランスでは、珍しく撫子も目を覚まして立っていた。程なくして薫さんも「お待たせしました!」と言いながらエントランスまでやって来た。薫さんも普段はスーツ姿なので、今日初めて私服姿の彼女を見た気がする。何か新鮮で少しドキッとした。いや、別に恋心とかじゃないけどさ。
 全員集合したところで、廉治が先導を切って中華街に向けて散策を開始することにした。廉治はこれまでにどうやら徹底的に旅行情報誌をチェックしていたようで、やたらとうんちくを語りながら、まず異人館街の通りに出た。異人館は豪勢な作りで何か小さなパーティーでも開けるんじゃないかというような外観をしていた。細い道を歩き、オランダ坂を通り抜けた。しばらく道なりに歩くと北野通りというところに出た(廉治調べによる)。どうやらこの通りの近くに有名な風見鶏の館というものがあるそうだ。何か異人館通りって日本に居ながら海外旅行している気分になるな。俺は少しワクワクしながら周りを見渡しながら歩いていた。そうこうしていると風見鶏の館に到着した。私立大学並みの立派な建物だった。どうやらこの建物が異人館街のシンボル的な存在らしい。そして、廉治のうんちくを右から左へ聞き流しながら北野通りを下り、俺たちは三ノ宮方面に向かう。しばらく下ると東門街という看板が見えてきた。廉治いわくここが神戸の歓楽街らしい。東門街を通ると大きな神社があった。俺たちはここの神社でお参りすることにした。生田神社というこの神社は朱色の鳥居が特徴的だった。これまた廉治情報によると、縁結びに効くらしく、他にも金運や健康運にも良いというパワースポットらしい。俺たちは参拝して、これから少しでも長く生きられるように鈴のついた小さなお守りを買った。生田神社を出ると、高架下の商店街を歩いた。既にここまで結構な距離を歩いたので、撫子は疲れ切ったらしくポケットからアイマスクを取り出した。廉治はそれを瞬時に察知し、撫子をおんぶした。これが兄妹の絆と言うやつか。それからすぐに元町駅に到着した。廉治が言うには、元町駅から南の方角に進むとアーケード街があって、そこの南側に中華街があるというらしい。俺たちは地図アプリを使えないから、道を知っている廉治に大人しくついていく。撫子が寝てから10分くらいで目的地に到着した。
 中華街は多くの観光客で賑わっており、油っこい中華料理の匂いが充満していた。至る所で、何人かよく分からない客引きのお姉さんがカタコトの日本語を喋る声が聞こえる。取り敢えず、撫子のために(廉治調べで)有名な肉まんのお店の行列に並ぶことにした。
 「撫子、起きろ!肉まんだぞ!」
 「肉まんっ……」
 撫子は肉まんというワードを聞いたら、これまで寝ていたのが嘘みたいに覚醒していた。どんだけ好きなんだよ、肉まん。
 「ほえー……有名なだけあって凄い並んでいますねぇ……」
 「そうですね。それにしても結構歩いたし、ここまで色んなところ回ってもうお腹いっぱいな気がしますね」
 「そうですね、沢山歩きましたね!私は楽しかったですよ、神戸散策」
 「少々廉治がうるさかった気がしますけどね……」
 「うるさいとは何だ!失礼な!俺は散策と聞いて色々その場所について説明していただけだっ!」
 廉治のやつ、こんな人ごみの中で聞こえていたのか。薫さんと小さめの声で喋っていたのによく聞こえたな。お前の耳、地獄耳か何かか?
 「肉まん、まだ?」
 撫子は肉まんしか目にないらしく、兄に「早く早く」と無理なお願いをしていた。撫子は蝶よ花よと育てられたのか知らんが、割と我儘っこだった。しばらく並ぶと俺たちの順番が回ってきて、店内に座ることができた。撫子以外は肉まんを3個ずつ頼み、撫子は10個頼んでいた。撫子の体格は小柄な方だ。おいおい、10個なんて量、そんな小さな体のどこに入るんだよ。俺は撫子と言う生態が非常に謎過ぎて、ついつい彼女に注目してしまった。彼女は胃袋が底なし沼なのか、俺たちが肉まんを3個食べる間に、10個をぺろりと平らげていた。驚異的な食欲だな、おい。
 俺たちは肉まんを食べ終えると店を出た。有名なだけあって味はなかなかに乙なものでした。撫子は肉まんを食べることを達成できて満足したのか再び兄の背中で寝始めた。食って寝るだけの生活って何か羨ましいな。
 それから俺たちは廉治が記念写真を撮りたいとかいうので、中華街のなんか変な豚のキャラクターの前で集合写真を撮った。廉治って見た目がいかついくせして性格が乙女なんだよな。何だろこのギャップ、誰にも需要がない気がする。
 「佐々木!薫さんが好きな食べ物は何だっ⁉」
 いや、本人目の前に居るのに何で俺に訊くかな?いい加減、薫さんにちゃんと話しかけてやれよ。薫さんが困っているだろ。
 「だってさ。薫さん、何かここで食べたいものありますか?」
 「私、エビチリというものを食べてみたいです!」
 「え?薫さん、エビチリ食べたことないの?」
 「はい。体に障るから辛いものは食べちゃダメと言われていたもので……だから、食べてみたいなーって思っています」
 「意外だったわ。3年も退治屋やっていたら、どこかで食べたことあるのかと思ってました」
 「実は生前の癖で、1度も辛いものにチャレンジしたことないんです」
 「へー。まぁ、俺もこうやって誰かと旅行するなんてしたことがないから、廉治はうるさいけど、それなりに楽しんでいるんだよなぁ」
 そう、俺は生前、両親は共働きで高校に行かせるのがやっとのような家庭で育ったもんだから、旅行に行きたいなんて到底言えなかった。ずっと行けなかったから、退治屋に転生してこうやってのんびり観光する時間が好きだったりもする。人それぞれの事情があって当たり前なんてないんだなと改めて感じた。こんなにうるさい廉治にもそれなりに悲しい過去があるはずで、今ここで退治屋やっているのもそのせいだもんな。俺はずっと喋り続けている廉治の横顔を見ながら、そんなことをしみじみと思った。
 「なぁ、廉治はどうして退治屋になったんだ?」
 俺はふと気になっていたことを喋り続ける彼に尋ねた。何かこんなに元気な廉治の過去を気になったりしませんか?
 「どうしたんだ、急にそんなことを訊いてきて!」
 「別に、気になっただけ」
 「俺たちは飛行機の墜落事故で家族全員死んでしまった。案内人とかいうよく分からんやつがそう言っていたからな。家族と離れ離れになりたくなかったから、再会するにはどうすればいいかと尋ねると、「退治屋」になれば会えるかもしれないと言われた。だから、俺は迷わずこの道に進んださ。しばらく独りで任務をこなしていたがある日尾道に腕のいい情報屋が居ると聞いてな、俺はそこに行った。そこはかなりぼったくりの情報屋だったがちゃんと訊いたことには答えてくれた。俺はそこの情報屋に家族はどこにいると尋ねた。その情報屋は、両親は成仏してしまったが妹の撫子は退治屋として生きていると言ってくれた。そして俺は追加料金を払って撫子の居場所を教えてもらい、そこでパートナーシップを組むと死ぬまで一緒だということも教えてもらった。俺はそうして撫子を迎えに行った。それで、やっと今のように2人で退治屋の任務をこなしているのだ」
 彼もまたマキさんに情報を教えてもらった身なのか。マキさんはどこまで情報を持っているのだろうか。そして、彼女は何者なのか俺はそこに後ろ髪を引かれる思いをしていた。そんなことを考えながら俺たち一行はとある中華店に入って休憩することにした。
 中華レストランで薫さんは人生初というか退治屋生初のエビチリを頼んで嬉しそうに「いただきまーす!」と言って食べ始めた。思ったよりも辛かったのか彼女は顔を真っ赤にしていた。
 「お、思っていたより、舌が痺れますね!」
 「中華料理って大抵辛いですからね」
 「佐々木、薫さんは美味しく食べれているのか⁉それとも不味いと言っているのかっ⁉」
 だから、俺じゃなくて本人に直接聞けよ。こいつは俺を薫さんの通訳かなんかだと思っていないか?
 「薫さん、エビチリ美味しいですか?」
 「しょ、少々スパイシーれすが、美味しいれす!」
 「だそうだ」
 「そうか!なら良かったっ!」
 撫子はここまで来るのに相当疲れたのか、はたまた肉まんをたくさん食べれて満足したのか分からないが、いつも以上に気持ちよさそうに寝ていた。
 俺たちはレストランを出るとタクシーを捕まえてホテルまで戻った。なんやかんや騒がしい1日だったが、充実していた気がする。
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