第44話 優しい父と気を遣う息子の話【小島父】

文字数 876文字

野球のグランドを整備するときに使われる『トンボ』という道具がある。
スパイクなどで荒れたグランドの土をならすための道具で、形が昆虫のトンボに似ているので、そんな名前で呼ばれているのだろう。
今回は、そんなトンボにまつわる話。

トンボを使ったグランド整備は、試合後や練習後はもちろんのこと、小島が一年の時には昼休みにもやらされていた。
代々使われているのでトンボは傷んでいて、まともな状態の方が少なかった。
秩父農工は県立で部費も少なく、ボールやバットを購入するのが精一杯で、新しいとんぼを買う予算がなかったのだ。

秩父農工のグランドで行われた練習試合を小島の父親が見に来た時のことである。
小島の父親は大工なので、小島が「親父、トンボ作ってくんない?」と軽く言ったところ、「わかった!いいの作ってやる!」と言ってくれた。
1週間もしないうちに父親はトンボを10本作って持ってきてくれた。
部員達や監督にお礼を言われ、小島の父親も嬉しそうだった。
小島が父親の作ったトンボを見ると、素人目にもわかる美しい木目で頑丈そうな作りをしていた。
後で母親に聞いたところ、材料だけで10万円近くするいい木材を使ったらしい。

しかし…
あまりに頑丈に作ったおかげで、これまで使っていたトンボの3倍の重さになっていた。
部員達は最初のうちこそ使っていたけれど、あまりの重さにみんな使わなくなった。
軽いトンボから順に上級生が使っていくので、下級生が使うのは余った小島の父親が作ったトンボだった。
「うわぁ!今日もこのトンボかよ!」
「もうこのトンボは罰ゲームだよなぁ~」
「出た!殺人トンボ!」と、小島の父親が寄贈したことを知らない下級生が言っているのを小島はよく耳にした。

ある日、家で酒を飲んでいた父親が「トシ、トンボは壊れてないか?なんかあったら遠慮なく言えよ」と言った。
小島は「まだ1つも壊れてないよ」と答えた。
父親の横顔がうれしそうだった。
「親父、とんぼ作ってくれてありがとな!みんな喜んで使ってるよ。」
と気を使う息子の姿がそこにはあった。
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