第2話

文字数 1,846文字

「王道総理。また勝手に・・・」
 秘書の片田は、眉を八の字にしてふらふらと席についた現日本の総理大臣、王道晴高(おうどうはるたか)に近づいた。
 先ほど日本のどこでもいるいちサラリーマンの煙草のポイ捨てを注意した王道は、ゆったりとした皮のソファに腰をかけながら、そのことを思い返していた。
「嘆かわしいな。片田君」
 片田は、また始まったと思った。長いまつげを一瞬固く結んだ。
「嘆かわしい、ああ、嘆かわしい」
 同じ言葉を繰り返す王道に、片田の赤く塗られた唇の端は自然と下がった。
「どうして、こう、クズが減らない?どうして、ルールを守らない?何のためのルールだろう?どうして、エスカレーターを歩く?どうして、お年寄りに席を譲らない?どうして赤信号を平気で渡るんだ!!」
 がんっ。鈍い音がして、王道の前にある立派なテーブルが震えた。理不尽な暴力だ。
「はあ・・・はああ・・・憎たらしい。注意をすれば自分には関係ないだの、もっと他の奴に注意しろだの、キリがない」
 片田は、王道の幼馴染だ。
 片田は、昔から、王道を隣で見てきた。ずっと見てきた片田が王道を一言で表現するならば、王道は正義感の塊のような男だ。
 それは比喩表現ではなくまぎれもない事実で、現にそれを彼は身をもって証明している。
「あずみ、僕は総理大臣になる。そして、この腐った世界を変えたいんだ」
 夕日の綺麗な思い出の通学路で、片田にはっきりとそう言い切った王道は、小学3年生だった。
 その時の片田の夢ははるみちくんのお嫁さんだった。だから当然、王道少年の言っていることを深くは理解できなかった・。
 だが、王道少年は片田の周りにいる同い年の少年少女たちとは、片田の言葉では上手く表現できないが、何かが違っていた。
 うまれながらに何かを”持って”生まれてきた、そんな王道少年に片田は自然に惹かれたのだった。
 王道少年は、今の年、27歳になるまで何回もけがをした。線路に突き飛ばされたことだってあった。それもこれも、すべて見知らぬ赤の他人に殴られたり、蹴られたり、そういう怪我だった。
 王道は思った。何故自分は絶対に、正しいことをしているはずなのに。
 怒られるのは自分だ。殴られるのはいつも自分だ。おかしいといわれるのはいつも自分だ。こんなのおかしい。こんな理不尽なことがあっていいわけがない。
 王道は、鍛えた。悪に負けないように。スポーツも、勉強も、何でもできた。体つきも成長と共にがっしりしてきた。
「なんだよこのガキ」
 そう手を振り上げてきた10も年上であろう男の手をねじり男を地面に伏せさせた時、王道は自らの成長を感じた。高校生の時だった。
 そして王道は、自分の信じる道を真っすぐ突き進み、ルールを守らない奴には注意し、言っても聞かなければ、暴力で抵抗してきたら力でねじ伏せてきた。
 スーツに隠れているが、体はがちがちの細マッチョになっていた。
「だが、駄目だ」
 王道は、机の上で組んだ手を額に当て俯いた。
「総理大臣になった今でも、悪はなくならない。それどころか、昔より増えている気がする。令和になっても何も変わらない。これからも、悪化こそすれ、よくなっていく希望が見えない・・・ああ、嘆かわしい」
「は、晴高君、前も言ったけど、そういう人は何度言っても変わらないし、何かペナルティでもない限り、また繰り返すよ。」
 片田は、おずおずと王道に意見した。
 もうすぐ会議が始まる時間。早く嘆かわしいタイムを終わらせてほしい。
「全ての人を変えようと思ったら晴高君の力だけじゃ無理だよ」
 王道は、ゆっくりと顔を上げた。
「・・・確かに。私の力だけでは限界があるな」
「う、うん・・・だから」
「私だけでは、日本国民皆を変えることは難しい、限界がある。確かにそうだ。そうだな・・・だが、私は日本を変えたい。どうするべきか・・・ペナルティ・・・」
 顎に親指と人差し指を添えて考える王道は、ふと何かを思いついたように肩を跳ね上げた。
「片田君、ちょっと外に出ていてくれないか」
「え?」
「考えたいんだ」
「何を・・・?」
 王道は、片田をひしと見据えて言った。
「日本の未来だ」
 それはいつも考えて嘆いているでしょうと、片田は言いたかったが、あまりにも真剣な表情と気迫に押され、頷いた。
「13:00の会議までには出てきてね」
「ああ」
 そう言った王道の口には希望を確信した笑みが浮かんでいた。
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