第4話

文字数 3,157文字

「王道総理は、マイクロチップの義務化を提案しました。ですが、日本の人口に対し、マイクロチップは圧倒的に足りないという理由で反対されました。反対したのは、その時の政治家、伊藤順二(いとうじゅんじ)他、8名程です。のちにこの8名はマイクロチップで死にます」
「どういうことですか?」
 思わず夕凪が聞くと、
「新生児以外で、日本国民にマイクロチップを埋め込むことに反対されるのであれば、まずは、日本を良い方向に導いていく先導者である、政治家にマイクロチップを埋め込むことはどうかと、王道総理が提案したからです」
 夕凪は、息を飲んだ。
 最初に正義政策を提案し、可決に導いた時と全くやり方が同じだからだ。
 夕凪は王道総理一人、対国民で、まるでチェスをしているようだと感じた。向こうがこうくるなら、どうすればいいか、相手が唸る手は何か。
 王道総理は常に相手が動きづらい手を読んで、考え、駒を進め、追い詰めていく。
 そして、王道総理の置いてほしい場所に身を置かざる終えなくなる。
「政治家たちは、その提案に賛成しました。反対するということは、自分自身がルールを破る可能性がある人間だということを証明することになるということに加え、犯罪を犯すかもしれないという不安があるという事が露見してしまうからです」
 それで、その政策に反対していた8人の政治家が見事に死んだというのだから、王道総理の正義政策は、皮肉なことに、日本をよくしようと引っ張っていこうとする政治家たちの中にユダがいたということの証明になってしまった。
「そして、先ほど話した8人の政治家がまもなく死にました。それを受けて、更に王道総理は考えました。日本の上に立つ者の中にこんなに『悪』が紛れていた。これからの王道総理の理想とする日本では、未来栄光、こんなことは絶対にあってはいけないと」
 その政治家たちも、新生児の脳にマイクロチップを埋め込む、正義政策には賛成したはずだ。なのに、自分たちがいざ、そういう立場になると反対し始めた。
 そんな汚い大人が政治家をやっていたということが暴けただけでも、よかったんじゃないかと夕凪は感じた。
「日本は、深刻な少子高齢化の問題を抱えていました。ですから、全ての日本人にマイクロチップを埋め込むことはできませんでした。故に、王道総理は、これから日本を生きていく、日本を背負っていくことになる若い世代から徐々にマイクロチップを配布していくことを考えました」
 王道総理は、悪い日本の状況を知っていて、更にそんな日本に生きている、若い世代に種を植えることを考えたらしい。夕凪は、大きく息を吸い込んで口でゆっくりと吐いた。
「ルールを守らない大人を見てきて、なおかつ、自分たちもそんな大人を見てきている。犯罪の当たり前な日本で生きてきたのに、突然マイクロチップが脳に埋め込まれたら、その当たり前のことを自然にしたら、自分が死ぬ。うっかりは死に直結する・・・その時の子供たちはどんな気持ちだったんだろう」
 常に死と隣り合わせの感覚だったんだろうか。と、早口でまくしたてるように言った後、夕凪は深く考え込んだ。
「マイクロチップの普及により、日本は犯罪が徐々に減っていきました。ルールを守る人も増えてきて、日本は清く正しい平和な国へと変わっていったのです」
 先生の授業は一区切りがついた。
「何か、質問はありますか?」
 先生は、授業が一区切りつくと必ず夕凪にそう質問する。
 そういう場合は、質問を考える時間を3分もらえる。
 3分経ったら、指の数で質問したい質問の数を示しつつ挙手する。
「はい」
「夕凪さん、質問は、2つですね」
「はい、今は全く見かけないのでわからないのですが、電流が脳に流れて死んだ人間はどうなるのですか?」
 先生は、夕凪の質問にいつものようにニコニコとした表情で答えた。
「そんなことを今、知りたがるとは意外でした。でも、いいでしょう。犯罪を行った人間はその時点で死にます。死んだ人間は、死んだ人間を遺族の元へ帰さなくてはなりません。道端に人が倒れていると他の人が迷惑ですからね」
 倒れている人間、電流によって死んだ人間というのはいうなればルールを破ったか、犯罪を犯したかのどちらかを行った人間という事が確定している。だから、そんな人間が倒れているという事に対して、先生は「迷惑」という表現を使ったのだろう、と夕凪は理解した。
「そういう人間を片付ける人が、元はホームレスをやっていた人たちです。国で新たに「正掃屋」という職業ができました。ホームレスである彼らに仕事を与え、賃金はしっかり支払い、徐々に「正掃屋」は、世にある当たり前の職業になっていったのです」
 その片づけられた人間たちはどうなったんだろう、と夕凪は疑問に思ったけれど、考えないようにした。
「最後に、先生」
「はい」
「片田、あざみ。知っていますか?」
「・・・・・・」
「王道総理の長年の秘書だったのに、最終的には「総理殺し」の大犯罪者になった、片田あざみですよ」
「・・・・・・・」
「60歳になった王道総理は、誕生日に日本を回っているとき、「人殺し!」と愚かなデモ隊に糾弾されました。その際に、王道総理は「自分に逆らう考えを持つ人間も、マイクロチップで殺す対象にしよう」と提案しました」
「・・・・・」
「それを受けて、王道総理に長年連れ添ってきた秘書、片田あざみは反対しました。今まで王道総理に反対することなんて一切なかった一番信用してきた片田あざみが、初めて自分の意見に反対したんです。王道総理はそれは驚いたことでしょう」
「・・・・・」
「そして、片田あざみは王道総理に言われた。「片田君は、私を裏切るのか?」と、「もしかして、悪に脳を犯されてしまったんじゃないか」と。王道総理は、片田あざみが自分の味方だという確信が欲しかった。だから、「王道晴高に逆らうものは死ぬ」というマイクロチップを、片田あざみに埋め込むことを強行した。王道総理は、相手の本心をマイクロチップなしじゃ班普段できないようになっていた」
「・・・・」
「試作品のマイクロチップを埋め込まれる1日前、片田あざみは、王道総理を殺害し、自殺した」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ねえ、先生。いや、王道先生」
「どこで、それ、をしった?」
「ヒッ・・・!!」
 その時の先生の表情は、見たことのないくらい恐ろしいものだった。
 一瞬で背筋が凍りつくような、夕凪に明確な殺意を持っている顔だった。目は、真っ暗な闇に包まれ、大きく見開かれている。俺は、膝の上でがたがた震える手を握りしめた。
***
【王道晴高は、変わってしまった。日本をよくしようとする導者になるはずだった。でも、晴高は、あまりに変わらない日本に、力で日本を変えようとする支配者になってしまった。教師型AI「road」のいう事を聞いてはダメ。それは、晴高が監修している。晴高自身なの】
「せ、せんせい・・・?」
 言うんじゃなかった。こんなに恐ろしい思いをするのであれば。
「いっ・・・!」
 突然、脳に鋭い痛みが走り、俺は机にどさりと倒れた。
「ん・・・むにゃ?」
 夕凪は重い瞼を開け、目をこする。あれ、いつから、どれくらい寝ていたんだろう。首を傾げ、タブレットに映る先生を見て一気に目が覚める。
「居眠りしてすみませんでした!!」
「おはよう、夕凪君。大丈夫、今は休憩中だよ」
 妙に頭がすっきりしている。
「そうですか。よかったあ」
 ほっと胸をなでおろす。先生は、いつもの笑顔で微笑んだ。
「さあ、午後の授業を始めようか」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み