第1話

文字数 705文字

「いらっしゃいませ。ご注文は?」
ウエイトレスが笑顔でやって来る。
「豚キャベツ定食」
オーダーすると、それは直ぐに運ばれてきた。

ナイフとフォークを握り締める。  
……ああ、この香り。 
タレがジリジリ焦げて鉄板から白い煙が立ち昇っている。
豚ロースは肉厚ジューシーで舌に旨味が絡み付く。
山盛りキャベツの歯ごたえ抜群、シャキシャキ感が堪らない。
有機栽培のパプリカは甘味が濃厚だ。
コクのあるスープとまろやかなピクルスも病み付きになる。
ああ、豚キャベツ定食は僕を裏切らない……

至福のひとときに浸っていると、後ろから肩をド突かれた。
「よう。来るなら誘えよ」
「やあ……よく、わかったな」
ヘルメットをずらすと、同僚のドヤ顔が見えた。
「何頼んだ。イタリアン?フレンチか?」
ドカッと向かいの席に腰を降ろす。
「いや……」
「あ、ここ、こっち」
彼はウエイトレスに手を振った。
「この韓国風カルグクスとタイ風サラダのヤム・ウン・センね。
おまえ、まさか、また豚キャベか?
俺様みたく世界中の味を堪能しなきゃ、勿体ねぇだろうが」
「まあな」
……余計なお世話。あーあ、一日一回の楽しみが台無しだ……
「おっと、煙草、煙草」
暴君は鼻息も荒く胸ポケットを探り、運ばれてきたそれにセットし旨そうに一服した。
「あ、1本やろうか?」と偉そうに言う。
「いや、僕は……」

禁煙家と愛煙家が同席できない時代が、かつては、あったと言う。
煙の代わりに水蒸気を吸い込み、リアルな吸い応えを得られる電子パイポのような感じらしいが、そうまでして、煙草という物を吸う奴の気が知れない。

「食後のコーヒーにするよ」
僕はポケットからコーヒーソフトを取り出し、ヘルメットにダウンロードした。

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