第1話 冒険者の街 リノン

文字数 2,362文字

 <冒険者の街>リノンは、近くに魔物が湧き出る地下迷宮、不死の者たちが住まう古城(こじょう)、危険な猛獣が待ち受けるダニラン渓谷(けいこく)などがあり、そこで腕を磨きたい冒険者たちが集うようになって、自然発生的に発展してきた街だ。
 
 計画的に作られた街ではないので、大きくない木造の建物が無秩序に乱立し、ほこりっぽい砂地のうえに雑多な雰囲気の街ができあがっていた。

 いまや、冒険者のための食事や宿、武器などを提供する商人たちだけでなく、さまざまな理由で冒険者たちを雇いたい者たちも集まり、往来には人も多く、活況(かっきょう)を呈していた。街はずれには、荒くれものたちのための闘技場(とうぎじょう)さえ存在する。

 リノンには、いくつかの冒険者組合(ギルド)があり、それぞれが得意とする系統の仕事を冒険者たちに斡旋(あっせん)していた。

 例えば、<赤いサソリ>組合(ギルド)は警備・護衛の任務、<緑の海蛇>組合(ギルド)は地下迷宮の探索任務、<青の蜘蛛>組合(ギルド)は収集家のための任務・泥棒も含む、といったふうである。

 街にやってきたラザラ・ポーリンは、腕試しに<赤いサソリ>組合(ギルド)と、<緑の海蛇>組合(ギルド)の仕事を引き受けてみたが、腕のいい魔法使いである彼女にとっては、簡単で報酬も物足りないものだった。

 自信を得た彼女は、もっと難度が高く、報酬が高い仕事を求めて、情報を集めた。

 そこで彼女は、特別な紹介がないと入れないという上級者向けの<銀の一角獣(いっかくじゅう)組合(ギルド)に、特別な紹介なく乗り込んでみることにした。

 <銀の一角獣>は居酒屋の名前だった。

 酒を飲みに入ること自体は、誰でもできる。けれども、そこで依頼を受けることができるのは、選ばれた者だけだ。

 ポーリンは扉をあけて、薄暗い室内へと入った。

 むっとする空気の中に、香ばしい()し野菜や、揚げじゃがの匂い、そしてかすかな酒の匂いが混ざり合っていた。

 この街の構成と似て、店内のテーブルも無秩序に置かれ、冒険者や街の住人たちが立ち飲みをしていた。店の奥には座れるテーブルもあるようだったが、よく見えない。

 ポーリンのブーツが床を踏みしめると、ミシミシと(きし)んだ音がした。

 立ち飲みの客が何人か、興味深げにポーリンをじろじろ見つめていた。

 ポーリンは魔法使いであるが、魔法使いの者が好んで着るローブは身に着けていなかった。軽装の皮鎧を着て、濃い緑色のマントを羽織っている。魔法使いのローブを身に着けるときにはきれいにまとめることも多いセピア色の髪だが、今はポニーテールにしてくくっているだけだった。魔法使いというよりは、軽装の女戦士のように見える出で立ちである。

 彼女はカウンターの前へ行くと、カウンターに左腕を乗せて身をもたれからせ、「エール酒を一杯」というような気軽さで口を開いた。

「ここの組合で、一番身分の高い者から出ている依頼を受けたい」

 ジョッキに注いでいた酒場の親父は、眼をひんむきながらポーリンを見た。

「・・・酒か、食いものを注文しないなら、出て行ってくれ」

 冷たくむっつりと言う。

 ポーリンは、右手を拳にして、こつこつとカウンターを叩いた。

「一番身分の高い者から出ている依頼を、注文したい」

 それに反応したのは、酒場の親父ではなく、立ち飲みをしている客たちであった。

「おいおい、お嬢ちゃん、正気かい?それよりどうだい、俺と楽しいことしないかい?」

 茶色い髪を短髪にし、口回りに同じ色の髭をたくわえた戦士風の20歳代後半ぐらいの男がそう言って、ポーリンの肩に手を置こうとした。

「私に触るな」

 ポーリンは振り返りもせず、鋭く言った。

 男の動きが一瞬止まる。

「・・・そう言われると、かえってそそるねえ」

 男は薄ら笑いを浮かべながら、いったん止めた手を伸ばし、ポーリンの肩に触れた。

 低く小さな、だが確かな声で短く魔法の呪文を詠唱する。魔法の素人には、とうてい聞き取れない速さであった。

 ポーリンはすっと身を避ける。

 男は、さっきまでポーリンがいた場所にもたれかかるようになり、そのまま床に倒れていびきをかけて眠ってしまった。

 ポーリンに興味を示していた数名の男たちが色めき立つ。

「おい・・・こいつ、魔法使いか?」

 そして、剣を持っているものは剣を抜き、斧を背負っているものは斧を構えた。

 酒場は一瞬にして、殺伐とした戦場のようになった。

 ポーリンは冷ややかなため息をついた。

「・・・酔ってつぶれただけかも。私が魔法を使ったという証拠は、あるの?」

「うるせえ、何にせよ、ここのルールに従わない奴は気にくわねえ」

 斧を構えた背の低い中年の男が不審そうに言う。その隣のオレンジ色の髪の若い男がたしなめるように肩をつかんだ。

「まてまて、こいつ相当な美人だ・・・俺にいい考えがある」

 男は一歩踏み出て、(うやうや)しくお辞儀をした。

「俺は、こうみえても腕のいい戦士で、上級の依頼を受けることもある。俺と、仲間にならねえか?」

 申し出の言葉は丁寧だったが、酔っぱらっているうえに顔が下心みえみえだったので、ポーリンはうんざりしたように軽く手を振った。

「話にならない・・・私が興味があるのは、ここで一番高い依頼よ」

「やっぱり気に食わないねえ」

 初老の僧侶っぽい男が、斧の男に賛同するように横に並んだ。手にはメイスが握られている。

「ここの流儀に、敬意を払ってもらおう」

 ポーリンはカウンターにもたれかかったまま、視線だけを鋭く動かした。敵意を持っているように見える者は六名。彼女から見て、それほど強そうには見えない。彼女にかかれば、赤子の手をひねるようなものだろう。

 ポーリンは(あきら)めるように一つ小さく息をつくと、カウンターから身を離していつでも魔法の呪文を唱えることができる態勢をつくった。

「・・・私の力を示すのが、一番てっとり早いのかしら?」

 そのとき、店の奥の方から太く大きな声が響いた。

「その必要はない」
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