第4話 理由

文字数 2,923文字

 自信がない人はみんなと考えが同じだということで一定の安心感を得られると灯君は言った。
「よく芸能人の不祥事とか、ユーチューバーの炎上とかよくあるでしょ? あれって、自分には関係ないのに、なぜか声高に意見を言う人がいて。それって自分の価値観を認めたいんだ。自分はみんなと同じだって。間違えてないって。もちろん日頃の鬱憤を晴らす人もいるけど、みんな自分に自信がないから、他人と同じ評価を見て安心したい」
 私にはよく分からないけれど、そう言う事を言う人が多いのは分かる。
「人間って言葉だけじゃなくて、ほんの少しのアイコンタクト、声色、動作を読み取って、相手を理解してるんだ。例えば、一緒に話してて、退屈してるって言わなくてもあくびをされたら、伝わるだろう。そんな大げさなものじゃない。ちょっとしたしぐさをみんなは感じ取っていた。だって四月だから。不安だから。自分に居場所と自信がないから。新しい生活で、誰と仲良くすべきか、みんないつも以上に緊張していた。そんな中で担任の先生が少しでもぞんざいに扱っていたら? その対象が大人しい女の子だったら? その子が男の子と毎朝登校して来たら? 休み時間ごとに彼が自分のクラスに来ていたら? 悪意を焚きつけるのは簡単で、広がるのは早かった」 
「え?」
 ぞんざいな態度? 気のせいじゃないかと思っていたあれこれ。小さくため息をついた後に私の名前を呼ぶときのトーン、私に配布物を配るように渡された時に目の前で落ちるプリント…、軽い吐息、気のせいだと思いたかったと言うのもあるし、本当に些細なことだった。
「…どう…して?」
「コトちゃんのせいじゃないよ。逆恨みだから」
「逆恨み?」
「たまたま同じ姓だった。ただそれだけ」
「川上?」
「そう。川上さんという人と不倫してる」
 担任が川上さんと言う人と不倫をしている。それだけで?
「そう名前って結構、いろんなものが入るからね。目に入るたびに、煮え切らない男の顔を思い出してるんじゃない? それに…相手にちょうど同じ年の娘がいたりしてね。名簿を見る度にふつふつと沸き上がる想いがあって、コトちゃんを見て、その人の娘だというところまで妄想したりしてね」
「それで…先生のその思いだけで、こんなことに?」
「うーん。まぁ、半分はそうで、半分は違うかな。そういう考えでいると、そういう考えのモノが寄ってくるんだよ。それと自分の想いが同化して、光にもたまたま黒いのがついてて、でもってややこしくなったってわけだけど。光の一つ良い事を言うのなら、本気でコトちゃんを心配してたってこと。コンプレックスは膨らんでいたけど、本当に心配はしてた。それはあいつの本心から」
 それは伝わっていた。
「私なんか…光君と釣り合うって思ってないし…辛くなってきて」
「ほら、それ。完全に呪いがかかってる」と言ってため息をついて、お稲荷を私に渡してくれる。
「ちょっと距離を置こうかなって思ってて」
「とりあえず食べなよ。炭水化物は幸せになるから」と灯君は言って、自分も口にしている。
 近所のお稲荷さんは皮が甘く炊かれていて、中の酢飯とのバランスが最高に美味しかった。
「コトちゃんは可愛いし、コトちゃんじゃないと光は好きにならなかったよ」
「え?」
「本当に好きだから、あいつ、もう幽霊なんか見えないよ」
「どうして?」
「それは分んないけど。それぐらい好きってっ気持ちに振り切ったんじゃないの? そういうところも羨ましいけど。本当はたくさんあいつの方がいろいろ持ってるのにな」と灯君が少しだけ淋しそうな顔をして言った。
「そんなことないよ。灯君だってたくさんいいとこあるよ。光君とは違う優しさあるし、冷静だし」
「そう振舞ってるだけだよ」
「それでも…」
「ありがと」と話を打ち切られた。
「もっといっぱいあるよ? なんだかんだ面倒見いいし」
「ストップ。それ以上言わないで」
 私は不思議に思って灯君の顔を覗き込んだ。
「…だって、もっと」と言いかけた時、目が合った。
 光君とは違う目の色に見える。透明度が高いような気がした。
 灯君も私を見て言った。
「そんなこと言われると好きになるから」
 私は驚いて目を開いてしまった。
「あーかーりー」と言って、ソファーにいたはずの光君がすごい勢いで来た。
 そして私と灯君の間に体を滑り込ませて頭を鷲掴みにしている。
「…ちょっと」と私は後ろから抱き着いて止めたら、動きがすぐに止まった。
「そんな元気があるなら、ご飯食べなよ」と灯君の冷静な声が光君の背中越しに聞こえる。
「コトちゃん…バックハグとか」と光君が呟くから慌てて手を離そうとすると、がっしり掴まれてしまった。
「ご、ご飯食べよ」と手を離そうとするけれど、すごい力で離せない。
「光?」と十子さんの冷たい声を初めて聞いた。
 私はママの方を見たら、心配そうに口に手を当てていた。そして
「光君、コトちゃんはまだ子どもだから…」と訳の分からないことを言っていた。
 光君は手を離して、私も体を離した。
 そして私たち二人は「清い交際しか認めません」と二人のママから言われた。横で知らない顔をして、灯君はまたお稲荷さんを食べていた。

 帰り道、私はママと二人で歩いて帰る。
「コトちゃん、あのね。好きな気持ちがあっても、まだ妊娠は早いから…。えっとそのね。避妊をすればいいってことじゃないの。まずはコトちゃんが自分の夢とか見つけて、あ、ママは夢とかぼんやりしてたけど、えっと、勉強したいこととか、好きな事とかそういうのを…」と必死に話しているけれど、まとまらない。
「ママ…ごめんなさい」
「謝ることじゃないの。全然」と思い切り首を左右に振る。
 ママは本当に可愛い人だ。特に私のことになるとてんぱるようでおかしい。見た目は美人だし、同級生と喋っている時は全然違うのに、私とパパの前では可愛らしい人になる。
「それといじめられてたこと…言えなかったよね。ごめんね」とママは言ってくれた。
「ううん。いじめって思ってなくて。私が…光君と付き合ってるのが目立ったのかなって思ってて」
「ママ、学校に言いに行くからね」と鼻息を荒くして言う。
「え?」
「そう言う事は学校と親がきっちり話し合わないとだめなの」と言った。
「ママ、ごめん。心配かけて」
「コトちゃん。いいの。もっと心配させて。だって本当に大好きなんだから」と言ってぎゅーと抱きしめてくる。
 私の大好きなママだ。血が繋がってなくても、こんなに考えてくれる。
「ママ、私はママにしてあげられることないかな?」
「…ある。あるよ。それはね、元気でいてくれること」とママは言った。
 そんなの普通のことなのに、と思いながら「もっと他にない?」と聞く。
「そうねぇ…。じゃあ、今度の土曜は一緒にケーキを作ってくれる?」
 それも私の楽しみなのに、と思いながら、でも嬉しくて頷いた。
「あ、お月様。綺麗ねぇ」とママが夜空を指さす。
 ママと空を見上げるとなぜか切なくて、優しい気持ちになる。何があっても大丈夫だと思える。温かさに私は小さく息を吐いて、頷いた。

 翌日、学校に行くと担任と女子の半数以上が高熱を理由に休んでいて、下校させられて、即日、学級閉鎖になった。
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