第1話 新生活

文字数 1,952文字

 中学入学早々、私はやらかしたらしい。名前の順で並んでいる机の前後、岡田さんも木村さんも無視して話しかけてくれない。ため息をついて、休憩時間なのに仕方なく本を取り出す。すると教室の扉が開いて
「コトちゃん」と眩しい笑顔で光君が入ってくる。
「中崎君?」とみんなが色めき立つほどのイケメンだ。
「隣のクラスで嬉しい。本当は同じが良かったけれど」と臆面もなく私の机に来て言う。
(隣のクラスでもこれだから、同じクラスになったらどうなるんだろう?)と私は震えてしまう。
「寒い?」
 私はなるべく話をしないように首を横に振る。
「あ、ごめん。…トイレ行ってくるね」と私は席を立って、光君を置き去りにした。
 教室を出る時
「川上さんって何様?」という声が聞こえた。
 小学生の頃は分からなかった。でも少し一部の女子から距離を置かれている気はしていた。でも別に気にしてなかったけれど、中学校に入ると、毎日、光君が家まで迎えに来てくれる。だから一緒に登校するのだけれど、それがどうやら目立ってしまったようで、女子生徒の敵だと認定されてしまった。
 光君は気が付かないようだから、何も言えなくて、せめて帰りは一人で素早く帰ることにしている。クラブ活動も入っていないし、光君も入らないつもりみたいで、隣のクラスが早く終わったら、廊下で待ってくれている。
「困ったな」と私はトイレで思わず呟いた。
 やっぱり、光君にちゃんと話をしてこれからは少し距離を置いてもらうことにした方がいいのかもしれない、と覚悟を決めた。

 昼休みになって、私は一人でお弁当を広げる。私のママは料理が得意だ。一緒に作ったり料理を教えてくれたりしている。血が繋がっていないのに、ものすごく大切にしてくれている。そんなママのお弁当を見たら、胸が苦しくなった。
 昨日の夜も
「明日のお弁当、好きなもの入れてあげるね」と言ってくれた。
 私が元気がないのを気づいているのだろう。でも私も心配させたくなくて言えないままだった。
 手間のかかる手作りコロッケと卵焼き、ゴーヤチャンプルーとプチトマトと鮭ご飯…。どれも大好きなものばかりなのに、箸が進まない。蓋を閉じようと思ったら、教室のドアが開いて、頬をいっぱいに膨らませた光君が来た。
 みんなが注目している中、私の席の横に来る。頬に食べ物を頬張っているみたいで、何もしゃべらずに横にしゃがんだ。
「…光君? どうしたの?」と聞いてみるけれど、首を横に振る。
 すると後から隣の担任の先生が光君を連れ戻しに来た。
「こら。全部食べてからって言ってるだろう。口の中もきちんと飲み込んでからにしなさい」
 慌てて飲み込もうとするから
「先生、危険です」と私は席を立った。
 このまま無理して飲み込んだら窒息してしまう。
「…とりあえず、飲み込まなくていいから、教室に戻りなさい」と光君は連れて行かれる。
「ゆっくり飲み込んで」と私は思わず声を掛けたら、両手で丸を作ってくれた。
 ほっとして、お弁当の蓋を閉じた。そのまま家で食べることにしようと片付けていると、今度は隣の担任が私たちの担任を呼び出し、光君は私のお弁当と私の手を掴んで廊下に出る。
「光君?」
「中庭で食べていいって」
「え?」
「仲間外れされてるんだろ?」
「あ、あのね」
「コトちゃんが可愛いからってやること幼稚だよなぁ。だから毎回、休み時間に行ってるし、今日だって一緒にご飯食べたいと思ってたんだけど、担任が自分のクラスで食べなさいって言うから、全部口に放り込んで…」
 だから頬が膨らんでいたのか…と私は納得した。でも光君は私が可愛いからなんて誤解している。私の容姿はむしろ「ブス」と評価されているのに。
「あのね」
「お弁当、開けて食べよう。俺、一口で食べたから食べた気がしなくてさ。コトちゃんのお母さんのお弁当少し分けてよ」
 そう言う気遣いはできるのに、どうして自分がイケメンだという自覚はないのだろうと光君をじっと見ると、顔を赤くして、お弁当を取り上げた。
「コトちゃん、今日は一緒に帰って欲しいんだけど」
「え…。あ…でも」
「灯が家に来いって言ってたから」
「灯君が? 何だろう」
「だから来て欲しいんだけど」
「分かった」
 光君と双子の灯君は中高一貫の進学校に通っているので、全然会うこともなくなっていた。光君がお弁当を開けて、私にコロッケを差し出してくれる。
「ちょっと恥ずかしいから、自分で食べたい」
「俺、食べさせたいんだけど」
 そんなことされたら私の明日はどんなことになるんだろう。
 光君に結局言えないまま、私はお弁当を取り上げて、口に入れた。ママの作ってくれたおいしいコロッケはやっぱり心が温かくなって、ちょっと泣きたくなる。
「コトちゃん。可愛い」
 隣の空気を読まないイケメンを少しだけ恨ましく思った。
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