第8話  安堵の気持ち

文字数 1,630文字

第八話  「安堵の気持ち」


春浅い 冴え渡る青空も いつの間にか西の空に傾き茜色に染まって
いた。

黄昏も迫り、校舎もオレンジ色に包まれる中に、夕日を浴びて眩しく
輝いている一人の女性に突然目が留まった。

「ゆ・ゆ・裕子さ・ん・・・」

一目見て分かった!

肩になびく栗毛色の軽くウェーブのかかった柔らかな髪と二重の少し
ブラウンがかった優しい眼差しのアーモンドアイ、口角が少し上がってて
いつも微笑んでいた上品な顔立ち~

あの頃の美少女そのままの様な、うら若き女性が今そこに佇んでいる。

否、自分と同級生だからオバさんに見えて当たり前なのに”うら若き”
清楚な女性の様に、夕映えに染まり気高く輝いていた。

しかも、白地のブラウスに紺色のブレザーと膝丈くらいのスカートを
履いている、当時の中学生女子たちの着ていたセーラー服そのまんまの様に
見えた、まるであの時の裕子さんだった。

今まで何十年も心の片隅でひっそりと咲き続けていた初恋の人、正しく
”心に咲いた高嶺の花”エーデルワイスそのものであった。

後部座席のリアウィンドウのガラス越しに、夢にまで見て恋慕い続けてきた
初恋の人、裕子さんが今正に目の前に立って居る。

信じられない!あぁ~、やっと巡り合えた、裕子さん!!

ふと見ると、脇で背の高い男子生徒が傍にくっついて並んでいる。

「えっ、ヒョッとして、あの男の子は裕子さんの子ども??」

でもその時、ようやく安堵の気持ちに浸ったような・・・。

今迄、憧れの裕子さんが果たして何処に住んでいるのか?たぶん、
結婚はして子供もいるだろうけど・・・

元気に暮らしているのか?病気などしてないだろうな?

色々な不安や心配も、裕子さんのことを想うたびに、何故か心の片隅に
過ぎっていた。

同級会はおろか同窓生の案内なども中学を卒業してから、今まで何十年も
全く届いた事は無かったから。

裕子さんについて何の情報も消息さえも分からないままだった。
それが今、目の前に裕子さんが男の子と一緒に立って居る。

「良かったあ~~!」

それが正直な気持ちだった。

「ああぁぁぁ~~~~、ゆ、ゆうこさ、ん、、、」

その時また、

「パパぁ~!何見てんのぉー~?誰あの人?」

「えっ、あっ、いや、あの、その・・・」

「ママぁ~、パパったら、後ろの女の人をじ~っと見てるよ」

「ユカぁ~!何変なことを言ってやがる、ば~か!」

「バカって何よ!それパパでしょ、ユカは超アタマ良いんだからね、
 ママ~、お腹空いたよ、コンビニ行ってお握り買ってえ~」

「はいはい、今行くね、何のお握りが食べたいの?」

「ユカはね、鮭のお握りと~、ウーロン茶ね!」

僕は思わず、えっ?ユカ、お前も”鮭のお握り””ウーロン茶”・・・

今日のお昼に裕子さんと校庭のベンチに座って二人で食べたはずだった
お握りとウーロン茶・・・その光景を想い巡らせて涙が滲んできた。

「ゆ、ゆうこさん・・・」

「ねえ、ママ、パパったらまた一人でぶつぶつ言って、あっ、パパの目
 涙ぐんでるよ、やだぁ~、キモ!変なのお~、パパ!」

「うるさいな、ユカ!目にゴミが入ったんだよ、うるさいよ・・・」

「ユカ、パパは時々変なんだから構わないで放っておきなさい!」

「ちぇっ、はぁ~い・・・」


初恋の人って“夢で逢えたら”と、そんな手の届かない存在なんだろう
なって、思ってはいたけど、だけど昼間、校庭でデートしたのは本当に
夢の中だったんだろうか?

否、僕は確かに今日、母校の校庭で本当にデートしたんだ!?
だって、もし夢だったらあんなにも在り在りと目に浮かぶものだろうか?
半信半疑のまま、しばらく頭の中がボケ~っとしているのが自分でも解った。

クルマはコンビニへ向かって走り出しているのに、どこへ進んでいるのかも
よく解らないくらいに・・・。


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