第8話 小説でのお役目は終わったのだけど

文字数 1,169文字

 お役目が終わったら、元の世界に戻れると思っていたのになぁ。なのに、全く戻る気配が無い。朝起きて、まだ小説の世界にいるのを確認しては、がっかりする日々が続いていた。

 やっぱり、先輩の補助とはいえ連日の徹夜はまずかったのか……。
 どうも、会社で倒れたまま意識が戻らなかったみたい。よく覚えてないけど。

 婚約破棄の件は両家の話し合いの結果、とりあえず保留という事になっている。
 世間的には、私達はまだ婚約者同士だ。
 当たり前なのだけど、すぐに結婚という話は無くなった。
 ただ、一度入ってしまったマクレガー領を私が出ていくというのは、色々都合が悪いらしく、このまま離れの屋敷に住むことになってしまっている。

 以前と変わったのは、騎士団の休暇の度にアルフォードがこちらにやって来るようになったことくらい。
 ソフィアが後宮に入ってしまって……というか、あの夜会以降アルフォードの私に対する態度が一変してしまっていた。
 まるで何かの魔法(ゆめ)から覚めたかのように……。

「アイリーン。今日も綺麗だね」
 帰る早々、着替えてすぐに離れにやって来る。
 ここにあるドレスは全て、アルフォードが用意したものだ。
 そして、王都のジェネラル邸のドレスルームの奥にあった派手じゃないドレスも彼が贈ったものだったんだ。だから、あんな事言われたんだわ。
 
「良かったらこれを」
 アルフォードが贈ってくれるのは、私が大好きなロマンス小説。
 最初は、装飾品やドレスを贈ってくれていた。
 だけど、反応が悪いと分かると、どこからか情報を仕入れてきて私好(わたしごの)みの小説を贈ってくれるようになった。

「ありがとう。嬉しいですわ」
 にっこり笑って受け取る。なんだかんだ言っても、発売日は王都が一番早いので即座に買い求めて来てくれると嬉しい。

 さっそく私は椅子に座って、買ってきてくれたばかりの本を読み始めた。
 テーブルをはさんでその前に座り、本を読んでいる私をじっと見つめてくる。

 ……非常に読みづらい。
「何か?」
 思わず私は、顔を上げアルフォードの方を見た。
「いいや。いつになったら、離れではなく本宅のお屋敷の方に移ってくれるのかなと思って」
 穏やかな表情で、アルフォードは言ってくるけど……。

「アルフォード様。妻の役割も何もしなくて良いから、好きなように過ごすがいい。俺からの愛は期待しないで欲しい……でしたっけ?」
 私がにこやかに質問するとアルフォードは慌てたように何か言おうとする。
「そ……それは、だな……」
 その様子がとてもおかしくて、ついくすくすと笑ってしまう。

「わたくしは、その条件の下に、ここにいるのですわ」
 にこやかにそう言って、私はまた贈られたばかりの本を読み始めるのだった。

                                おしまい



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