第1話 気が付けば小説の中に

文字数 1,446文字

 最近、異世界転生物の小説が流行っていて、私も例外無くハマって読んでいた一人。
 うん、ハマっていたんだけどね。
 自分がその小説の中の登場人物になりたいとは、欠片も思っていなかったわ。


「俺からの愛を期待しないで欲しい」

 見覚えがある。背が高く少し茶色がかった金髪の男、アルフォード・フォン・マクレガー。伯爵の嫡男。小説の挿絵通りのイケメンだ。
「無論、妻の役割も何もしなくて良いから、好きなように過ごすがいい」
 呆然としている間にアルフォードはそう言って、私の目の前から去って行った。
 そして後ろに控えていた侍女に部屋へ案内されていた。

 で? なんで私はこの小説の中に入ってるの?
 決算前で忙しかったとはいえ、新人の仕事なんて先輩の補助だけだし、過労死するほどの仕事でも無かったと思うけど。

 先ほどのセリフを言われるのは、ヒロインのソフィア・フォン・ラングレー男爵令嬢では無く。いわゆる悪役令嬢アイリーン・フォン・ジェネラル侯爵令嬢だよね。


 私は領地の屋敷の中の一室では無く、離れのお屋敷を丸々あてがわれている。
 侍女たちから着替えさせてもらっている間、ずっと鏡を見ていたけれど、やっぱりアイリーンに間違いないみたい。『ジェネラル家特有の黒髪。光の加減で濃い緑にもみえる』と、小説に書いてあった通りの髪をしているし。

 この小説は乙女ゲームを元に書かれWeb分割で掲載されたものが、まとまり次第書籍化されていったものだ。
 小説の名前は『シンデレラストーリー異世界で~なんたらかんたら』いやこれ全部言えたらすごいと思う。

 異世界物だけど世界観は近世欧州くらいの庶民と貴族の身分差が緩くなってきた時代、前世の事を思い出し、癒しの力を授かったヒロインの恋物語。
 乙女ゲームの方は王太子殿下ルート、第二王子殿下ルート、騎士ルート、逆ハーレムルートがあった。ちなみに癒しの力は騎士ルートでは出て来ない。
 乙女ゲームの方はプレイしてないのでわからないけど、小説の方ではそうだった。
 アイリーンが悪役令嬢なのは騎士ルートと逆ハーレムルートだけど、どっちの小説なんだろう?

「アイリーン様。お召し替えが終わりました」
 おっと、あまりの事に思わず小説を思い返してしまったわ。
「どうもありがとう。素敵な部屋着ね」
 小説の物と違った落ち着いた感じの部屋着を見てニッコリ笑ってそういうと、侍女の方もニッコリ笑って返してくれる。
「こちらのクローゼットの中のお召し物は全て旦那様が用意したものですわ」
「あら……そうなの?」
 意外だわ。
 まぁ、小説の中のアイリーンはクローゼットにあるような大人しいドレスでは満足せずに、新しいドレスを作りまくっていたという印象なんだけど。

「お茶を入れてくれるかしら」
「かしこまりました」
 侍女の内の一人が礼を執り、お茶の支度の為に退出していった。
 私は取り敢えず近くの椅子に座る。お茶の支度をしに出て行った侍女以外の者たちは、私の着替えの後片付けやテーブルの上を整えていた。

 私が行動しなければ……アイリーンの役目は始まらないはず。
 小説では、王都に戻ろうとしているアルフォードの所に押し掛けて一緒の馬車に乗り込もうとしているし。

 よくよく考えるとタフだよね。アイリーンは。
 あんなこと言われても、気にせずぐいぐいとアルフォードに迫って行って。

 小説のキャラに思い入れは無いはずなんだけどな。
 気が付いたら涙がハラハラと零れている。なんだろう、他にも考えないといけない事が山積みのはずなのに……。
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