第2話

文字数 6,071文字

 濱谷あゆみ、

 伝説の美少女。

 アタシの聞いた伝説はこうだ。

 濱谷あゆみがすき家で、バイトしてたとき、男の行列が彼女目当てに、100人を超えて並んだとか

 ローソンで、バイトしたとき、店の売り上げが一日10万あがったとか…

 とにかく、ひとを呼べる力があるということだ。

 アタシはそれをユウに伝えた。


 すると、ユウは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにプッと笑い出した。

 …ナ、ナニ…なにがおかしいんだ?…

 アタシは当惑する。

 「ユウ…アンタ、今アタシがおかしいこと言った?」

 アタシの声が尖る。

 「…だって、清水…お前の言う伝説って、食べ物のことばかりじゃねえか…すき家にローソン…それにサーティーワンだろ…お前の食欲をそそる物ばかりじゃねえか…」

 アタシは唖然とした。

 …言われてみれば、まさにその通り…

 …否定できない…

 「…ということは、お前が客としていって、あのコの人気を目の当たりにしたことがあるってことか…」

 アタシは無言。

 考えて見る。

 …たしかに見たことが、あるような、ないような…

 …そんな長い行列を見たことはあったが、その行列の長さに引いて、帰ったことはあった。

 「あったかもしれないけど、行列を見たら、アタシは帰ったと思う…」

 アタシの答えを聞いて、ユウが笑う。

 「…お前らしいな…」

 アタシとユウは揃って、サーティーワンの濱谷あゆみを見た。

 たしかに美人だ。

 しかもカワイイ系も入ってる。

 なにより、彼女目当てに行列が出来てる。

 しかも、行列に並んでるのは男ばっかり。

 「…すげえ…」

 アタシは思わず声を上げる。

 「…お前も美人だが、お前は大柄で、カッコイイ系…対するあのコは美少女系っていうか、等身大のお人形のようで、とにかくキレイでカワイイ…」

 ユウの評価だった。

 「…まあ、水着を着れば、文句なくお前の勝ちだけど…」

 と、ユウがニヤニヤと言う。

 「…ソレ、いやらしいよ…中年オヤジみたいな顔するんじゃねえよ…」

 アタシは言ってやった。

 大柄なアタシが水着を着れば、たしかにアタシの完勝だろう…

 だが、ここはイオンフードコート、

 水着で勝負する場所じゃない(笑)。

 勝負に持ち込むとすれば、プールかビーチ(海水浴場)、

 そこに持ち込めば、アタシの完勝。

 完膚なきまでに、相手を叩きのめすことができる。

 と、そこまで考えたとき、ユウがニヤニヤとアタシを見ていることに気付いた。

 「…なんだよ、なに見てんだよ?…」

 「…いや、女は怖いねと思って…」

 と、ユウが笑う。

 「…怖い? なにが?…」

 「今、お前、あのコをライバル視して、どうやったら、あのコに勝てるか、考えていただろ…」

 …コイツ、どうしてアタシの考えていたことがわかる?…

 アタシは無言で、ユウを見る。

 「…バカ…幼稚園の頃から、お前のことを知ってんだ…なに考えてんかぐらいわかるよ…」

 ユウがあっけらかんと笑う。

 だが、真相は違う。

 ユウの通う高校は偏差値65の県内屈指の進学校。

 アタシの通う高校とは偏差値が雲泥の差、

 そもそもアタシとユウは頭が違う。

 その差。

 そして、今現在もユウとアタシが交流があるのは、単純に気が合うからに過ぎない。

 「…お前は見るからに単純で、わかりやすいから好きだ…性格に裏表もないしな…」

 ユウが笑う。

 「…ルックスは?…」


 「…いいに越したことはないけど、顔で友達選ぶヤツって、普通いないだろ…」

 まさにその通り。

 アタシがユウと友達でいるのは、ユウもまた性格に裏表がないからだ。

 ユウはいきなり立ち上がった。

 「…なに、どこに行くの?…」

 「…調査対象を間近に見ないとまずいだろ…、お前も来い…」

 アタシも席から立ち上がった。

 サーティーワンの行列にユウといっしょに並ぶ。

 行列は20人ぐらい。

 数えてみると、思ったより少ない。

 それでも、今の季節で、サーティーワンに20人も並ぶのは異常。

 まさに濱谷あゆみ、恐るべしだ。

 10分近く待って、ようやくアタシたちの番がやって来た。

 そして、アタシとユウは濱谷あゆみを間近で見た。

 髪はロングの茶髪。

 しかも巻き髪にしてる。


 色白の肌と茶髪が恐ろしいくらいにマッチング。

 まるで、アニメの中から出て来た美少女そのまま。

 身長も155㎝あるかないか。

 それもまた小柄なお人形のようで、美しい。

 変な話、家に持ち帰って、床の間に飾っておきたい…そんな感じ。

 しかも、正面で見ると、瞳が潤んだようで、同性のアタシの目から見ても、超魅力的。

 男だったら、一発でノックアウト。

 彼女の足元にひれ伏すのは間違いない。

 アタシは濱谷あゆみの恐ろしさを間近に見た。

 …コイツは思った以上の強敵だ…

 …もしかしたら、水着で勝負しても負けるかもしれない…

 …一瞬にして、そう直感したアタシは、

 濱谷あゆみが、

 「…お客様、なにを注文されますか?…」

 と、ルックス同様カワイイ声で、聞いてくると、

 「…エーッ、アタシ、なににしようかな?…」

 と、人差し指を唇につけて、カワイイふりをして、悩んだ。

 隣のユウがそんなアタシを見て、目が点になっていた。

 …勝負はこれからだ…

 …ここは勝負する場じゃない…

 …勝負するのは自分に有利なホームグラウンドに限る…

 と、そこまで考えたとき、

 自分のホームグラウンドがどこだかわからなくなった。

 …み、水着…

 …そうだ、水着になる場所だ…

 …アタシの武器は長身(タッパ)…

 …ゆえにアタシのホームグラウンドは長身(タッパ)を生かして水着になれる、プールかビーチ(海水浴場)…

 …この長身(タッパ)を生かしたスタイルの良さで、濱谷あゆみをノックアウトだ…

 …と、そこまで、考えたとき、

 再び、

 「お客様、ご注文はなににしますか?」

 と、濱谷あゆみが聞いてきた。

 アタシは慌てて、

 「み、水着…水着になれる場所…」

 と、呟いた。

 濱谷あゆみが、

 「…エッ?」

と、唖然として、アタシを見た。

そのやりとりを見た、ユウがとっさに、

「…スイマセン…今コイツと、今年の夏、どこで泳ぐって、話してたんです…それで…」

と、説明した。

濱谷あゆみは、

「…それで…」

と、呟いて、納得した様子だった。

さすが、偏差値65、

フォローがうまい。

「…フレーバーはバニラでいいです、コーンで…それを二つ…」

ユウが注文する。

アタシとユウは彼女が作ったアイスを持って、再び席に戻った。

「…バカ…妄想してんじゃねえよ…」

ユウがアタシを叱る。

 「さすが、秀才…フォローがうまい」

 と、アタシはユウを褒める。

 「バカ…頭じゃねえよ…幼馴染(おさななじみ)だから、隣でお前がなにを考えてんか、わかってるからだ…勝手に頭の中で、あの女と勝負してんじゃねえよ…」

 ユウはアタシを説教する。

 …ごもっとも…

 …面目ない…

 「…しかし、思った以上の美人だな…タクがやられちゃうのも無理ねえよ…」

 ユウが感心したように言う。

 …たしかに、物凄い美人だ…
 
 …美人のアタシから見ても強敵だ…

 「…普段、お前のような美人を見慣れてるオレが見ても、美人だ…あの女に頼まれたら、断れねえな…」

 「…頼まれたら、断れない?…それ、どういうこと?…」

 「…言いなりになるってことだよ…」

 ユウが断言する。

 アタシはサーティーワンで働く濱谷あゆみを見た。

 …小柄、色白、清楚、清純…

 …そんなフレーズが次々浮かんでくる…

 …たしかに、あのコに頼まれたら、男は誰も断れないだろう…

 …濱谷あゆみ、恐るべし…

 気が付くと、ユウがニヤニヤとアタシの横顔を眺めている。

 「…なんだよ…なにニヤニヤひとの顔見てんだよ…」

 アタシの声が尖る。

 「…いや、ライバル登場だと思ってね…」

 「…ライバル登場??…」

 「お前も美人だけど、あのコはお前とはタイプが違う美人だ…お前がライバル視するのも無理からぬところだな…」

 …ライバル登場か?…

 アタシは考える。

 そういえば、久しくアタシにライバルと呼べる存在はいなかった。

 …アタシの美貌に挑戦するチャレンジャーはどこにもいなかった…

 …昔ならライバルを探しに武者修行に出るところ…

 コイツはおもしろくなってきた。


 アタシが家に帰ると、父が帰っていた。

 父の安男は絵に描いたような平凡な男だ。

 ただ、とても頭が良く、いつもヒマな時間は本を読んでいる。

 「ただいま…」

 アタシは言うと、ダイニングに向かう。

 「…ユリ、帰ってきたの? ご飯は?…」

 と、母。

 「これから、食べる」

 と、アタシ。

 「お風呂はどうするの? ご飯を食べてからにする?」

 「先に入る」

 アタシは言う。

 まるで、会社から帰ってきたサラリーマンの会話みたいで、我ながら笑える。

 アタシは風呂に入って、湯船に浸かりながら、考える。

 濱谷あゆみ…恐ろしい女だ。

 これまで出会った中で、最強の敵かもしれない。

 あの可愛さはアタシにはない。

 あのコに頼まれれば、どんな男も奴隷になる。

 アタシはなにげなく、自分の胸を見た。

 16歳で、高校2年のアタシは自分でもこのところ、急速に胸が大きくなったのを感じる。

 アタシは湯船から立ち上がる。

 身長166㎝、体重5○(下一桁は秘密)、

 自分で見ても、アタシは十二分に魅力的だ。

 バスト、ヒップと出るところは出て、ウエストは引き締まって、引っ込むところは引っ込んでる。

 ナイスバディ、

 それに、このルックス、

 アタシは最強だ。

 清水、無双…

 アタシは学校で、そう呼ばれている。

 つまり、校内で、並ぶもののない最強の人間だと認められているのだ(この場合、ルックスだけではないと思う)。

 …反面、暴走列車とも呼ばれているが(笑)…

 これは、ひとたび動き出すと、制御が効かないということ。

 カーッと頭に血が上ると、自分でも自分を抑えられない。

 突っ走るのみ(笑)。

 …そう、今日この日まで、アタシは自分が最強だと信じていた、

 あの濱谷あゆみを見るまでは…

 あの濱谷あゆみを目の前にすると、急速にこれまで培った自分の自信がウソのように崩れてしまう。

 まるで、濱谷あゆみがバイトしているサーティーワンのアイスクリームのように、キレイに溶けてなくなってしまうのだ。

 正直、どうしても、濱谷あゆみに勝てる気がしない。

 アタシは風呂から、出て、バスタオル一枚をカラダに巻いたまま、しばし考え込んだ。

 その姿を見て、母が、


 「…年頃の女のコがそんな格好で、いるんじゃありません…早く着替えなさい…」

 と、怒鳴る。

 アタシ、そっくりの顔の母だが、アタシを見ると、いつも怒っている、

 って言うか、小言を言う、

 なぜだろう?

 アタシは無言で、パジャマを探す。

 「…母さん、いいじゃないか? ユリだって、裸でいるわけじゃないんだから…」

 本を読んでいた父が、本を読むのを止め、穏やかに母を諭す。

 「…お父さんはいつもユリに甘いんだから…」

 母はボヤくが、決して父にそれ以上は言わない。

 実は母は知っている、

 父が、アタシに若い頃の母の姿を見ていることを…

 母にとって、

 父がアタシを叱ることは、

 母を叱ることと、同じ意味。

 よって、父がアタシに甘いのは、

 母に甘いのと、同じ意味。

 バスタオル一枚をまとった、アタシの前に弟のユキオがやって来た。

 「姉ちゃん…いつまでそんな格好してるの…みっともない…」

 …コイツ、ユキオのヤツ、母さんと同じことを…

 しかし、しばし考える。

 ユキオは、

 今、年頃なのだ…

 数年前までは、決して言わなかったことを言う。

 要するに、女を意識する年齢になったということ。

 それがわかると、

 アタシはわざとユキオの前まで行き、

 「…どう、お姉ちゃん、カッコイイだろ…」

 と、まるで、水着を着ているようにポージングした。

 案の定、ユキオが、

 「お姉ちゃん、やめて…」

 
と、顔を真っ赤にして、言う。

 調子に乗ったアタシは、バスタオル一枚で、

 「ユキオ…お前も将来、お姉ちゃんみたいな、美人でカッコイイ女のコと付き合いたいだろ?…」

 と、言ってやった。

 が、ユキオは、

 速攻で、

 「付き合いたくない!」

 と、断言する。

 その強い口調に、

 それまで本を読んでいた父は、本を読むのを止め、

 アタシのパジャマを見つけていた母は、探すのを止めて、

 ユキオを見た。

 「…どうして?…」

 と、母。

 母が心底、不思議な表情。

 ユキオが強い口調で、アタシを拒絶することはいまだかつてなかったからだ。

 「…ユリよりも、キレイなコとでも知り合ったの?…」

 母が冗談っぽく聞くと、

 ユキオが、

 「うん」

 と、即座に肯定した。

 「…ど、どこ、どこで知り合ったの?…」

 母が当事者のアタシよりも興味津々で聞く。

 無理もない、

 アタシのルックスは、

 母と、同じ、

 アタシよりもキレイということは、

 若い頃の母よりもキレイということ。

 「どこに、いるんだ、そのコは?」

 父までが、興味津々で聞いてくる。

 「サーティーワン…イオンの…そこのお姉さん、背は低いけど、すごくキレイ…あんなキレイな人見たの、ボク…初めて…」

 ユキオがうっとりとした表情で言う。

 途端に母の機嫌が悪くなった。

 「…ユキオ…いつまでも、こんなところにいないで、早く勉強しなさい」

 母のカミナリがユキオに落ちる。

 アタシは考え込んだ。

 …濱谷あゆみだ…

 …あの女しかいない…

 …ユキオのような、中学に入ったばかりの、オトコのコを一瞬で虜(とりこ)にするとは…

 濱谷、無双…

 天下一の称号を譲るときが来たのかもしれん…

 アタシの背筋に悪寒が走った。

       


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