第2話
文字数 6,071文字
濱谷あゆみ、
伝説の美少女。
アタシの聞いた伝説はこうだ。
濱谷あゆみがすき家で、バイトしてたとき、男の行列が彼女目当てに、100人を超えて並んだとか
ローソンで、バイトしたとき、店の売り上げが一日10万あがったとか…
とにかく、ひとを呼べる力があるということだ。
アタシはそれをユウに伝えた。
すると、ユウは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにプッと笑い出した。
…ナ、ナニ…なにがおかしいんだ?…
アタシは当惑する。
「ユウ…アンタ、今アタシがおかしいこと言った?」
アタシの声が尖る。
「…だって、清水…お前の言う伝説って、食べ物のことばかりじゃねえか…すき家にローソン…それにサーティーワンだろ…お前の食欲をそそる物ばかりじゃねえか…」
アタシは唖然とした。
…言われてみれば、まさにその通り…
…否定できない…
「…ということは、お前が客としていって、あのコの人気を目の当たりにしたことがあるってことか…」
アタシは無言。
考えて見る。
…たしかに見たことが、あるような、ないような…
…そんな長い行列を見たことはあったが、その行列の長さに引いて、帰ったことはあった。
「あったかもしれないけど、行列を見たら、アタシは帰ったと思う…」
アタシの答えを聞いて、ユウが笑う。
「…お前らしいな…」
アタシとユウは揃って、サーティーワンの濱谷あゆみを見た。
たしかに美人だ。
しかもカワイイ系も入ってる。
なにより、彼女目当てに行列が出来てる。
しかも、行列に並んでるのは男ばっかり。
「…すげえ…」
アタシは思わず声を上げる。
「…お前も美人だが、お前は大柄で、カッコイイ系…対するあのコは美少女系っていうか、等身大のお人形のようで、とにかくキレイでカワイイ…」
ユウの評価だった。
「…まあ、水着を着れば、文句なくお前の勝ちだけど…」
と、ユウがニヤニヤと言う。
「…ソレ、いやらしいよ…中年オヤジみたいな顔するんじゃねえよ…」
アタシは言ってやった。
大柄なアタシが水着を着れば、たしかにアタシの完勝だろう…
だが、ここはイオンフードコート、
水着で勝負する場所じゃない(笑)。
勝負に持ち込むとすれば、プールかビーチ(海水浴場)、
そこに持ち込めば、アタシの完勝。
完膚なきまでに、相手を叩きのめすことができる。
と、そこまで考えたとき、ユウがニヤニヤとアタシを見ていることに気付いた。
「…なんだよ、なに見てんだよ?…」
「…いや、女は怖いねと思って…」
と、ユウが笑う。
「…怖い? なにが?…」
「今、お前、あのコをライバル視して、どうやったら、あのコに勝てるか、考えていただろ…」
…コイツ、どうしてアタシの考えていたことがわかる?…
アタシは無言で、ユウを見る。
「…バカ…幼稚園の頃から、お前のことを知ってんだ…なに考えてんかぐらいわかるよ…」
ユウがあっけらかんと笑う。
だが、真相は違う。
ユウの通う高校は偏差値65の県内屈指の進学校。
アタシの通う高校とは偏差値が雲泥の差、
そもそもアタシとユウは頭が違う。
その差。
そして、今現在もユウとアタシが交流があるのは、単純に気が合うからに過ぎない。
「…お前は見るからに単純で、わかりやすいから好きだ…性格に裏表もないしな…」
ユウが笑う。
「…ルックスは?…」
「…いいに越したことはないけど、顔で友達選ぶヤツって、普通いないだろ…」
まさにその通り。
アタシがユウと友達でいるのは、ユウもまた性格に裏表がないからだ。
ユウはいきなり立ち上がった。
「…なに、どこに行くの?…」
「…調査対象を間近に見ないとまずいだろ…、お前も来い…」
アタシも席から立ち上がった。
サーティーワンの行列にユウといっしょに並ぶ。
行列は20人ぐらい。
数えてみると、思ったより少ない。
それでも、今の季節で、サーティーワンに20人も並ぶのは異常。
まさに濱谷あゆみ、恐るべしだ。
10分近く待って、ようやくアタシたちの番がやって来た。
そして、アタシとユウは濱谷あゆみを間近で見た。
髪はロングの茶髪。
しかも巻き髪にしてる。
色白の肌と茶髪が恐ろしいくらいにマッチング。
まるで、アニメの中から出て来た美少女そのまま。
身長も155㎝あるかないか。
それもまた小柄なお人形のようで、美しい。
変な話、家に持ち帰って、床の間に飾っておきたい…そんな感じ。
しかも、正面で見ると、瞳が潤んだようで、同性のアタシの目から見ても、超魅力的。
男だったら、一発でノックアウト。
彼女の足元にひれ伏すのは間違いない。
アタシは濱谷あゆみの恐ろしさを間近に見た。
…コイツは思った以上の強敵だ…
…もしかしたら、水着で勝負しても負けるかもしれない…
…一瞬にして、そう直感したアタシは、
濱谷あゆみが、
「…お客様、なにを注文されますか?…」
と、ルックス同様カワイイ声で、聞いてくると、
「…エーッ、アタシ、なににしようかな?…」
と、人差し指を唇につけて、カワイイふりをして、悩んだ。
隣のユウがそんなアタシを見て、目が点になっていた。
…勝負はこれからだ…
…ここは勝負する場じゃない…
…勝負するのは自分に有利なホームグラウンドに限る…
と、そこまで考えたとき、
自分のホームグラウンドがどこだかわからなくなった。
…み、水着…
…そうだ、水着になる場所だ…
…アタシの武器は長身(タッパ)…
…ゆえにアタシのホームグラウンドは長身(タッパ)を生かして水着になれる、プールかビーチ(海水浴場)…
…この長身(タッパ)を生かしたスタイルの良さで、濱谷あゆみをノックアウトだ…
…と、そこまで、考えたとき、
再び、
「お客様、ご注文はなににしますか?」
と、濱谷あゆみが聞いてきた。
アタシは慌てて、
「み、水着…水着になれる場所…」
と、呟いた。
濱谷あゆみが、
「…エッ?」
と、唖然として、アタシを見た。
そのやりとりを見た、ユウがとっさに、
「…スイマセン…今コイツと、今年の夏、どこで泳ぐって、話してたんです…それで…」
と、説明した。
濱谷あゆみは、
「…それで…」
と、呟いて、納得した様子だった。
さすが、偏差値65、
フォローがうまい。
「…フレーバーはバニラでいいです、コーンで…それを二つ…」
ユウが注文する。
アタシとユウは彼女が作ったアイスを持って、再び席に戻った。
「…バカ…妄想してんじゃねえよ…」
ユウがアタシを叱る。
「さすが、秀才…フォローがうまい」
と、アタシはユウを褒める。
「バカ…頭じゃねえよ…幼馴染(おさななじみ)だから、隣でお前がなにを考えてんか、わかってるからだ…勝手に頭の中で、あの女と勝負してんじゃねえよ…」
ユウはアタシを説教する。
…ごもっとも…
…面目ない…
「…しかし、思った以上の美人だな…タクがやられちゃうのも無理ねえよ…」
ユウが感心したように言う。
…たしかに、物凄い美人だ…
…美人のアタシから見ても強敵だ…
「…普段、お前のような美人を見慣れてるオレが見ても、美人だ…あの女に頼まれたら、断れねえな…」
「…頼まれたら、断れない?…それ、どういうこと?…」
「…言いなりになるってことだよ…」
ユウが断言する。
アタシはサーティーワンで働く濱谷あゆみを見た。
…小柄、色白、清楚、清純…
…そんなフレーズが次々浮かんでくる…
…たしかに、あのコに頼まれたら、男は誰も断れないだろう…
…濱谷あゆみ、恐るべし…
気が付くと、ユウがニヤニヤとアタシの横顔を眺めている。
「…なんだよ…なにニヤニヤひとの顔見てんだよ…」
アタシの声が尖る。
「…いや、ライバル登場だと思ってね…」
「…ライバル登場??…」
「お前も美人だけど、あのコはお前とはタイプが違う美人だ…お前がライバル視するのも無理からぬところだな…」
…ライバル登場か?…
アタシは考える。
そういえば、久しくアタシにライバルと呼べる存在はいなかった。
…アタシの美貌に挑戦するチャレンジャーはどこにもいなかった…
…昔ならライバルを探しに武者修行に出るところ…
コイツはおもしろくなってきた。
アタシが家に帰ると、父が帰っていた。
父の安男は絵に描いたような平凡な男だ。
ただ、とても頭が良く、いつもヒマな時間は本を読んでいる。
「ただいま…」
アタシは言うと、ダイニングに向かう。
「…ユリ、帰ってきたの? ご飯は?…」
と、母。
「これから、食べる」
と、アタシ。
「お風呂はどうするの? ご飯を食べてからにする?」
「先に入る」
アタシは言う。
まるで、会社から帰ってきたサラリーマンの会話みたいで、我ながら笑える。
アタシは風呂に入って、湯船に浸かりながら、考える。
濱谷あゆみ…恐ろしい女だ。
これまで出会った中で、最強の敵かもしれない。
あの可愛さはアタシにはない。
あのコに頼まれれば、どんな男も奴隷になる。
アタシはなにげなく、自分の胸を見た。
16歳で、高校2年のアタシは自分でもこのところ、急速に胸が大きくなったのを感じる。
アタシは湯船から立ち上がる。
身長166㎝、体重5○(下一桁は秘密)、
自分で見ても、アタシは十二分に魅力的だ。
バスト、ヒップと出るところは出て、ウエストは引き締まって、引っ込むところは引っ込んでる。
ナイスバディ、
それに、このルックス、
アタシは最強だ。
清水、無双…
アタシは学校で、そう呼ばれている。
つまり、校内で、並ぶもののない最強の人間だと認められているのだ(この場合、ルックスだけではないと思う)。
…反面、暴走列車とも呼ばれているが(笑)…
これは、ひとたび動き出すと、制御が効かないということ。
カーッと頭に血が上ると、自分でも自分を抑えられない。
突っ走るのみ(笑)。
…そう、今日この日まで、アタシは自分が最強だと信じていた、
あの濱谷あゆみを見るまでは…
あの濱谷あゆみを目の前にすると、急速にこれまで培った自分の自信がウソのように崩れてしまう。
まるで、濱谷あゆみがバイトしているサーティーワンのアイスクリームのように、キレイに溶けてなくなってしまうのだ。
正直、どうしても、濱谷あゆみに勝てる気がしない。
アタシは風呂から、出て、バスタオル一枚をカラダに巻いたまま、しばし考え込んだ。
その姿を見て、母が、
「…年頃の女のコがそんな格好で、いるんじゃありません…早く着替えなさい…」
と、怒鳴る。
アタシ、そっくりの顔の母だが、アタシを見ると、いつも怒っている、
って言うか、小言を言う、
なぜだろう?
アタシは無言で、パジャマを探す。
「…母さん、いいじゃないか? ユリだって、裸でいるわけじゃないんだから…」
本を読んでいた父が、本を読むのを止め、穏やかに母を諭す。
「…お父さんはいつもユリに甘いんだから…」
母はボヤくが、決して父にそれ以上は言わない。
実は母は知っている、
父が、アタシに若い頃の母の姿を見ていることを…
母にとって、
父がアタシを叱ることは、
母を叱ることと、同じ意味。
よって、父がアタシに甘いのは、
母に甘いのと、同じ意味。
バスタオル一枚をまとった、アタシの前に弟のユキオがやって来た。
「姉ちゃん…いつまでそんな格好してるの…みっともない…」
…コイツ、ユキオのヤツ、母さんと同じことを…
しかし、しばし考える。
ユキオは、
今、年頃なのだ…
数年前までは、決して言わなかったことを言う。
要するに、女を意識する年齢になったということ。
それがわかると、
アタシはわざとユキオの前まで行き、
「…どう、お姉ちゃん、カッコイイだろ…」
と、まるで、水着を着ているようにポージングした。
案の定、ユキオが、
「お姉ちゃん、やめて…」
と、顔を真っ赤にして、言う。
調子に乗ったアタシは、バスタオル一枚で、
「ユキオ…お前も将来、お姉ちゃんみたいな、美人でカッコイイ女のコと付き合いたいだろ?…」
と、言ってやった。
が、ユキオは、
速攻で、
「付き合いたくない!」
と、断言する。
その強い口調に、
それまで本を読んでいた父は、本を読むのを止め、
アタシのパジャマを見つけていた母は、探すのを止めて、
ユキオを見た。
「…どうして?…」
と、母。
母が心底、不思議な表情。
ユキオが強い口調で、アタシを拒絶することはいまだかつてなかったからだ。
「…ユリよりも、キレイなコとでも知り合ったの?…」
母が冗談っぽく聞くと、
ユキオが、
「うん」
と、即座に肯定した。
「…ど、どこ、どこで知り合ったの?…」
母が当事者のアタシよりも興味津々で聞く。
無理もない、
アタシのルックスは、
母と、同じ、
アタシよりもキレイということは、
若い頃の母よりもキレイということ。
「どこに、いるんだ、そのコは?」
父までが、興味津々で聞いてくる。
「サーティーワン…イオンの…そこのお姉さん、背は低いけど、すごくキレイ…あんなキレイな人見たの、ボク…初めて…」
ユキオがうっとりとした表情で言う。
途端に母の機嫌が悪くなった。
「…ユキオ…いつまでも、こんなところにいないで、早く勉強しなさい」
母のカミナリがユキオに落ちる。
アタシは考え込んだ。
…濱谷あゆみだ…
…あの女しかいない…
…ユキオのような、中学に入ったばかりの、オトコのコを一瞬で虜(とりこ)にするとは…
濱谷、無双…
天下一の称号を譲るときが来たのかもしれん…
アタシの背筋に悪寒が走った。
伝説の美少女。
アタシの聞いた伝説はこうだ。
濱谷あゆみがすき家で、バイトしてたとき、男の行列が彼女目当てに、100人を超えて並んだとか
ローソンで、バイトしたとき、店の売り上げが一日10万あがったとか…
とにかく、ひとを呼べる力があるということだ。
アタシはそれをユウに伝えた。
すると、ユウは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにプッと笑い出した。
…ナ、ナニ…なにがおかしいんだ?…
アタシは当惑する。
「ユウ…アンタ、今アタシがおかしいこと言った?」
アタシの声が尖る。
「…だって、清水…お前の言う伝説って、食べ物のことばかりじゃねえか…すき家にローソン…それにサーティーワンだろ…お前の食欲をそそる物ばかりじゃねえか…」
アタシは唖然とした。
…言われてみれば、まさにその通り…
…否定できない…
「…ということは、お前が客としていって、あのコの人気を目の当たりにしたことがあるってことか…」
アタシは無言。
考えて見る。
…たしかに見たことが、あるような、ないような…
…そんな長い行列を見たことはあったが、その行列の長さに引いて、帰ったことはあった。
「あったかもしれないけど、行列を見たら、アタシは帰ったと思う…」
アタシの答えを聞いて、ユウが笑う。
「…お前らしいな…」
アタシとユウは揃って、サーティーワンの濱谷あゆみを見た。
たしかに美人だ。
しかもカワイイ系も入ってる。
なにより、彼女目当てに行列が出来てる。
しかも、行列に並んでるのは男ばっかり。
「…すげえ…」
アタシは思わず声を上げる。
「…お前も美人だが、お前は大柄で、カッコイイ系…対するあのコは美少女系っていうか、等身大のお人形のようで、とにかくキレイでカワイイ…」
ユウの評価だった。
「…まあ、水着を着れば、文句なくお前の勝ちだけど…」
と、ユウがニヤニヤと言う。
「…ソレ、いやらしいよ…中年オヤジみたいな顔するんじゃねえよ…」
アタシは言ってやった。
大柄なアタシが水着を着れば、たしかにアタシの完勝だろう…
だが、ここはイオンフードコート、
水着で勝負する場所じゃない(笑)。
勝負に持ち込むとすれば、プールかビーチ(海水浴場)、
そこに持ち込めば、アタシの完勝。
完膚なきまでに、相手を叩きのめすことができる。
と、そこまで考えたとき、ユウがニヤニヤとアタシを見ていることに気付いた。
「…なんだよ、なに見てんだよ?…」
「…いや、女は怖いねと思って…」
と、ユウが笑う。
「…怖い? なにが?…」
「今、お前、あのコをライバル視して、どうやったら、あのコに勝てるか、考えていただろ…」
…コイツ、どうしてアタシの考えていたことがわかる?…
アタシは無言で、ユウを見る。
「…バカ…幼稚園の頃から、お前のことを知ってんだ…なに考えてんかぐらいわかるよ…」
ユウがあっけらかんと笑う。
だが、真相は違う。
ユウの通う高校は偏差値65の県内屈指の進学校。
アタシの通う高校とは偏差値が雲泥の差、
そもそもアタシとユウは頭が違う。
その差。
そして、今現在もユウとアタシが交流があるのは、単純に気が合うからに過ぎない。
「…お前は見るからに単純で、わかりやすいから好きだ…性格に裏表もないしな…」
ユウが笑う。
「…ルックスは?…」
「…いいに越したことはないけど、顔で友達選ぶヤツって、普通いないだろ…」
まさにその通り。
アタシがユウと友達でいるのは、ユウもまた性格に裏表がないからだ。
ユウはいきなり立ち上がった。
「…なに、どこに行くの?…」
「…調査対象を間近に見ないとまずいだろ…、お前も来い…」
アタシも席から立ち上がった。
サーティーワンの行列にユウといっしょに並ぶ。
行列は20人ぐらい。
数えてみると、思ったより少ない。
それでも、今の季節で、サーティーワンに20人も並ぶのは異常。
まさに濱谷あゆみ、恐るべしだ。
10分近く待って、ようやくアタシたちの番がやって来た。
そして、アタシとユウは濱谷あゆみを間近で見た。
髪はロングの茶髪。
しかも巻き髪にしてる。
色白の肌と茶髪が恐ろしいくらいにマッチング。
まるで、アニメの中から出て来た美少女そのまま。
身長も155㎝あるかないか。
それもまた小柄なお人形のようで、美しい。
変な話、家に持ち帰って、床の間に飾っておきたい…そんな感じ。
しかも、正面で見ると、瞳が潤んだようで、同性のアタシの目から見ても、超魅力的。
男だったら、一発でノックアウト。
彼女の足元にひれ伏すのは間違いない。
アタシは濱谷あゆみの恐ろしさを間近に見た。
…コイツは思った以上の強敵だ…
…もしかしたら、水着で勝負しても負けるかもしれない…
…一瞬にして、そう直感したアタシは、
濱谷あゆみが、
「…お客様、なにを注文されますか?…」
と、ルックス同様カワイイ声で、聞いてくると、
「…エーッ、アタシ、なににしようかな?…」
と、人差し指を唇につけて、カワイイふりをして、悩んだ。
隣のユウがそんなアタシを見て、目が点になっていた。
…勝負はこれからだ…
…ここは勝負する場じゃない…
…勝負するのは自分に有利なホームグラウンドに限る…
と、そこまで考えたとき、
自分のホームグラウンドがどこだかわからなくなった。
…み、水着…
…そうだ、水着になる場所だ…
…アタシの武器は長身(タッパ)…
…ゆえにアタシのホームグラウンドは長身(タッパ)を生かして水着になれる、プールかビーチ(海水浴場)…
…この長身(タッパ)を生かしたスタイルの良さで、濱谷あゆみをノックアウトだ…
…と、そこまで、考えたとき、
再び、
「お客様、ご注文はなににしますか?」
と、濱谷あゆみが聞いてきた。
アタシは慌てて、
「み、水着…水着になれる場所…」
と、呟いた。
濱谷あゆみが、
「…エッ?」
と、唖然として、アタシを見た。
そのやりとりを見た、ユウがとっさに、
「…スイマセン…今コイツと、今年の夏、どこで泳ぐって、話してたんです…それで…」
と、説明した。
濱谷あゆみは、
「…それで…」
と、呟いて、納得した様子だった。
さすが、偏差値65、
フォローがうまい。
「…フレーバーはバニラでいいです、コーンで…それを二つ…」
ユウが注文する。
アタシとユウは彼女が作ったアイスを持って、再び席に戻った。
「…バカ…妄想してんじゃねえよ…」
ユウがアタシを叱る。
「さすが、秀才…フォローがうまい」
と、アタシはユウを褒める。
「バカ…頭じゃねえよ…幼馴染(おさななじみ)だから、隣でお前がなにを考えてんか、わかってるからだ…勝手に頭の中で、あの女と勝負してんじゃねえよ…」
ユウはアタシを説教する。
…ごもっとも…
…面目ない…
「…しかし、思った以上の美人だな…タクがやられちゃうのも無理ねえよ…」
ユウが感心したように言う。
…たしかに、物凄い美人だ…
…美人のアタシから見ても強敵だ…
「…普段、お前のような美人を見慣れてるオレが見ても、美人だ…あの女に頼まれたら、断れねえな…」
「…頼まれたら、断れない?…それ、どういうこと?…」
「…言いなりになるってことだよ…」
ユウが断言する。
アタシはサーティーワンで働く濱谷あゆみを見た。
…小柄、色白、清楚、清純…
…そんなフレーズが次々浮かんでくる…
…たしかに、あのコに頼まれたら、男は誰も断れないだろう…
…濱谷あゆみ、恐るべし…
気が付くと、ユウがニヤニヤとアタシの横顔を眺めている。
「…なんだよ…なにニヤニヤひとの顔見てんだよ…」
アタシの声が尖る。
「…いや、ライバル登場だと思ってね…」
「…ライバル登場??…」
「お前も美人だけど、あのコはお前とはタイプが違う美人だ…お前がライバル視するのも無理からぬところだな…」
…ライバル登場か?…
アタシは考える。
そういえば、久しくアタシにライバルと呼べる存在はいなかった。
…アタシの美貌に挑戦するチャレンジャーはどこにもいなかった…
…昔ならライバルを探しに武者修行に出るところ…
コイツはおもしろくなってきた。
アタシが家に帰ると、父が帰っていた。
父の安男は絵に描いたような平凡な男だ。
ただ、とても頭が良く、いつもヒマな時間は本を読んでいる。
「ただいま…」
アタシは言うと、ダイニングに向かう。
「…ユリ、帰ってきたの? ご飯は?…」
と、母。
「これから、食べる」
と、アタシ。
「お風呂はどうするの? ご飯を食べてからにする?」
「先に入る」
アタシは言う。
まるで、会社から帰ってきたサラリーマンの会話みたいで、我ながら笑える。
アタシは風呂に入って、湯船に浸かりながら、考える。
濱谷あゆみ…恐ろしい女だ。
これまで出会った中で、最強の敵かもしれない。
あの可愛さはアタシにはない。
あのコに頼まれれば、どんな男も奴隷になる。
アタシはなにげなく、自分の胸を見た。
16歳で、高校2年のアタシは自分でもこのところ、急速に胸が大きくなったのを感じる。
アタシは湯船から立ち上がる。
身長166㎝、体重5○(下一桁は秘密)、
自分で見ても、アタシは十二分に魅力的だ。
バスト、ヒップと出るところは出て、ウエストは引き締まって、引っ込むところは引っ込んでる。
ナイスバディ、
それに、このルックス、
アタシは最強だ。
清水、無双…
アタシは学校で、そう呼ばれている。
つまり、校内で、並ぶもののない最強の人間だと認められているのだ(この場合、ルックスだけではないと思う)。
…反面、暴走列車とも呼ばれているが(笑)…
これは、ひとたび動き出すと、制御が効かないということ。
カーッと頭に血が上ると、自分でも自分を抑えられない。
突っ走るのみ(笑)。
…そう、今日この日まで、アタシは自分が最強だと信じていた、
あの濱谷あゆみを見るまでは…
あの濱谷あゆみを目の前にすると、急速にこれまで培った自分の自信がウソのように崩れてしまう。
まるで、濱谷あゆみがバイトしているサーティーワンのアイスクリームのように、キレイに溶けてなくなってしまうのだ。
正直、どうしても、濱谷あゆみに勝てる気がしない。
アタシは風呂から、出て、バスタオル一枚をカラダに巻いたまま、しばし考え込んだ。
その姿を見て、母が、
「…年頃の女のコがそんな格好で、いるんじゃありません…早く着替えなさい…」
と、怒鳴る。
アタシ、そっくりの顔の母だが、アタシを見ると、いつも怒っている、
って言うか、小言を言う、
なぜだろう?
アタシは無言で、パジャマを探す。
「…母さん、いいじゃないか? ユリだって、裸でいるわけじゃないんだから…」
本を読んでいた父が、本を読むのを止め、穏やかに母を諭す。
「…お父さんはいつもユリに甘いんだから…」
母はボヤくが、決して父にそれ以上は言わない。
実は母は知っている、
父が、アタシに若い頃の母の姿を見ていることを…
母にとって、
父がアタシを叱ることは、
母を叱ることと、同じ意味。
よって、父がアタシに甘いのは、
母に甘いのと、同じ意味。
バスタオル一枚をまとった、アタシの前に弟のユキオがやって来た。
「姉ちゃん…いつまでそんな格好してるの…みっともない…」
…コイツ、ユキオのヤツ、母さんと同じことを…
しかし、しばし考える。
ユキオは、
今、年頃なのだ…
数年前までは、決して言わなかったことを言う。
要するに、女を意識する年齢になったということ。
それがわかると、
アタシはわざとユキオの前まで行き、
「…どう、お姉ちゃん、カッコイイだろ…」
と、まるで、水着を着ているようにポージングした。
案の定、ユキオが、
「お姉ちゃん、やめて…」
と、顔を真っ赤にして、言う。
調子に乗ったアタシは、バスタオル一枚で、
「ユキオ…お前も将来、お姉ちゃんみたいな、美人でカッコイイ女のコと付き合いたいだろ?…」
と、言ってやった。
が、ユキオは、
速攻で、
「付き合いたくない!」
と、断言する。
その強い口調に、
それまで本を読んでいた父は、本を読むのを止め、
アタシのパジャマを見つけていた母は、探すのを止めて、
ユキオを見た。
「…どうして?…」
と、母。
母が心底、不思議な表情。
ユキオが強い口調で、アタシを拒絶することはいまだかつてなかったからだ。
「…ユリよりも、キレイなコとでも知り合ったの?…」
母が冗談っぽく聞くと、
ユキオが、
「うん」
と、即座に肯定した。
「…ど、どこ、どこで知り合ったの?…」
母が当事者のアタシよりも興味津々で聞く。
無理もない、
アタシのルックスは、
母と、同じ、
アタシよりもキレイということは、
若い頃の母よりもキレイということ。
「どこに、いるんだ、そのコは?」
父までが、興味津々で聞いてくる。
「サーティーワン…イオンの…そこのお姉さん、背は低いけど、すごくキレイ…あんなキレイな人見たの、ボク…初めて…」
ユキオがうっとりとした表情で言う。
途端に母の機嫌が悪くなった。
「…ユキオ…いつまでも、こんなところにいないで、早く勉強しなさい」
母のカミナリがユキオに落ちる。
アタシは考え込んだ。
…濱谷あゆみだ…
…あの女しかいない…
…ユキオのような、中学に入ったばかりの、オトコのコを一瞬で虜(とりこ)にするとは…
濱谷、無双…
天下一の称号を譲るときが来たのかもしれん…
アタシの背筋に悪寒が走った。