第3話

文字数 4,858文字

 …濱谷、無双…

 アタシはこの言葉を噛み締めた。

 まさかアタシの通う高校にアタシと並び立つ美人がいるとは??

 アタシは自宅のベッドに横になって、考える。

 そういえば、最近、高校で、クラスの男連中が一年にすごい美人がいるって騒いでいたような…

 アタシはこの前、2年に進級したばかりで、ホッと一息ついたところだった。

というのも一年の最後に、落第寸前で、追試・補修の連続で、どうにかそれをクリアした上での進級だったからだ。

アタシの頭脳はフル回転、

使い切った(笑)。

その余波で、四月に入ったこの時期も無気力のまま、ボーッとダラダラと日々を過ごす毎日。

とてもじゃないが、通常運転に切り替える余裕はなかった。

だが、あの濱谷あゆみを見て、アタシは今日覚醒した。

通常運転どころか、フルスロットル全開。

いつものアタシに戻った。

まあ、もっとも、ナオの一件もあって、今日覚醒するところだったかもしれん…

…ナオ、思い出すだけでムカつく…

…今度会ったら、思いっきり横っ面を張り倒してやろう…

…それが、アタシの権利だ…

…それがアタシの義務だ…

…アタシはそう固く心に決めた。

タクから連絡があったのは、その夜だった。

スマホに着信があったのをアタシが気付いた。


アタシはタクに電話する。

タクはすぐに電話に出た。

「…清水だけど、さっき電話くれたんだね…今気付いて電話したけど…」

タクは元気がなかった。

「そうか…」

タクは言ったきり、あとの言葉が出てこない。

「…どうしたの、元気ないじゃん…」

アタシは尋ねる。

タクは、いつも元気いっぱいってわけじゃないけど、陽気なキャラだった。

今日はそれがない。

「…最近、色々あってね…」

と、言ったきり、黙りこくる。

「今日、ユウと会ったんだけど、ユウがタクのことを心配してたよ」

と、アタシ。

「…ユウが…」

と、言ったきり、また黙りこくった。

アタシは、

「なにがあったか、知らないけど、そうクヨクヨするなって…生きてれば、いいときもあれば悪いときもあるよ…」

と、タクを元気づける。

だが、タクは、

「…お前はいいな…いつも能天気で明るくて…」

と、返した。

…能天気で、明るくて?…

…それって、バカっことか?…

…タク、テメエ、せっかくひとが励ましてやってるのにその言い草はなんだ…

…許さねえぞ…

「…タク…ちょっと、アンタ、言葉に気をつけな…」

と、アタシは言ってやった。

「場合によっちゃ、アンタを女のコの前で公開処刑してやるよ…そしたら、アンタの人生終わるよ」

と、アタシは警告する。

「…オレの人生? …もう終わってるよ…」
 
タクが元気なく言う。

「…終わってる?…」

これには、アタシも驚いた。

「…終わってるって、タク、アンタ、なにがあったんだ?…」

アタシは尋ねたが、返答はなかった。

「…今日はちょっと勘弁…清水、また電話くれよ…」

と、タクは言うと、一方的に電話を切った。

アタシは動揺する。

…タク…少なくとも、アンタは簡単に人生終わってるなんて、口にする男じゃなかった。

…一体なにがあったんだ?…

…一体なにが?…


そのなにかは後日わかった。

案の定、濱谷あゆみ…彼女が関係していた。


濱谷あゆみ、

 伝説の美少女、

 その美少女が、こともあろうに裏の顔があるとは?

 濱谷あゆみ、

 彼女の最大の魅力はあの目にあるとアタシは見た。

 あの潤んだ瞳で、見られると、アタシですら、なぜかドキドキしてしまう。


 冷静に考えると、彼女がアタシになにかしたわけではないのに、なぜかそう感じてしまう。

 同性である、女のアタシですら、そうなんだから、男にとっては、女神かなにかに魅入られたようになるのは、当然。

 「タクくんは私のことが好きなの?」

 と、濱谷あゆみに、正面切って尋ねられたら、心臓がバクバクして、爆発しそうになるだろう。

 平常心ではいられない。

 タクは濱谷あゆみに言い寄られたのだろうか?

 タクもユウと同じくジャニーズ系、

 ルックス最高、

 ただし、ユウほどの頭はない。

 もちろん、頭はアタシよりは上だけど、ルックスはジャニーズだから、女のコからコクられることも慣れっこ、

 っていうか、アタシの知る限り、日常茶飯事だった。

 そのタクが仮に濱谷あゆみにコクられたとしても、奴隷になるだろうか?

 アタシは考える。

 翌日、アタシは学校に行った。


 校門にあの学年主任の小坂の姿があった。

 遅刻を取り締まるのだ。

 小坂は大柄で、ゴツく、学生時代柔道一筋で生きてきた男だ。

 アタシも大柄だが、当然のことながら、男と女の大柄は基準が違う。

 小坂の身長は183㎝はあると噂だ。

 小坂はアタシを見ると、

 「…清水か…相変わらず美人だな…美人に遅刻は似合わないぞ…」

 と、アタシに声をかける。


 小坂も男だな…

 二言目にはアタシのことを美人、美人と言う。

 美人と言われて嬉しくないわけではないが、そういつも、いつも、美人、美人と連呼されると、

「アタシの取り柄は顔だけか!」

と、言いたくなる。

事実、その通りかもしれないが(笑)、 

正直、いい気はしない、

ムカつく。

 
 アタシが校門をくぐった後に、濱谷あゆみが現れた。

 なぜ、アタシより後ろを歩く濱谷あゆみの存在にアタシが気付いたかといえば、

 周囲の空気が変わったからだ。

 なにか周囲がざわめくような、そんな感じがあった。

 まるで、その場に突然アイドルが現れたような…

 アタシは振り返って、背後を見た。

 濱谷あゆみが、歩いていた。

 しかも、まるで後光が射し込んだかのように、

 濱谷あゆみの周辺の空気が、違う。

 校門に立っていた小坂ですら、

 濱谷あゆみの姿に圧倒されていた。

 アタシには、

 気安く、

 「美人だな」

 と、声をかける、

 小坂が、

 まるで、尊いものでも見るかのように、

 無言で、濱谷あゆみを見ている。

 …勝負あった!…

 …やはり、アタシの完敗だ!…

 …アタシは悟った!…

 アタシは教室に入って、バックを置くと、ナオを探しに、教室を出た。

 この向かっ腹を立ったアタシを鎮める相手は、ナオー

 ―アイツしかいない。

 ―アイツの横っ面に2、3発思いっきり張り手をかましてやれば、アタシの気持ちはウソのように落ち着くだろう。


 アタシはナオのいる、教室に向かう。

 ナオのいるはずの教室に入り、

 「…ナオはいる?…」

 と、アタシが教室にいた男に訊くと、

 その男は明らかにビビっていた。

 「…清水、お前、よく今日学校にきたな?…」

 と、その男は呆れたように言う。

 「…どういうことよ?…」

 と、アタシ。

 「…ナオは今日休みだよ…噂じゃ、休学か退学して、もう永遠にこの学校に来ないんじゃないかって…」

 「…なんで?…」

 「…なんでって、お前…昨日あんなことがあっただろ?…普通の神経の持ち主なら、もう一生この学校に顔は出せねえよ…」

 「あんなことって、なに?」

 「お前がナオを公開処刑したことだよ…女にあんなことされちゃ、普通の神経の持ち主なら…」

 「…普通の神経の持ち主なら…」

 アタシの声が尖る。


 男はアタシの顔を見て、

 「まあ、ひと、それぞれだから…」

 とかなんとか言って、アタシから離れようとする。

 「…待ちな…」

 と、アタシはその男の腕を掴んだ。

 「…言いたいことがあるんだったら、最後まで言いな…」

 男はアタシの手を振りほどこうとする。

 「…いや、オレ、急用を思い出しちゃって…」

 と、その男。

 明らかに逃げる態勢に入ってる。

 「…言えって、言ってんだよ…」

 アタシは怒鳴る。

 アタシの声に教室中の男女がアタシたちを振り返って見た。

 アタシの耳に、

 「…また、清水かよ?…」

 とか、

 「…ほんと、懲りないヤツだな…」

 とか、

 言う声が聞こえたが、

 アタシはまったく気にしない。

 なぜって、

 アタシはアタシだからだ。

 「…言いな…」

 と、アタシ。

 男は子供が駄々をこねるように、首を横に振って、アタシから、逃げ出そうとする。

 「…許してくれ…清水…オレ、まだこの学校をやめたくないんだ…だから…」

 「学校をやめたくない? …それが、どうしてアタシと関係があるんだ? アタシがお前になにかしたのか?」

 「頼む…清水…許してくれ!」

 男の顔が泣き顔になる。

 「ケッ、どいつもこいつもチンケな男だぜ…」

 アタシはその男の腕を離してやった。

 「…お前の肝っ玉が太過ぎるんだよ…恥知らずっていうか…こんな女に関わって、いい迷惑だよ…」

 男はアタシから去り際に小さく呟く。

 「…なにが、いい迷惑だ!…」

 アタシはその男の背中に思いっきり蹴りを入れてやった。

 男は見事に顔から、床に着地。

 意識を失った。

 噂によると、その男はその後、学校こそやめなかったが、女は怖いとかなんとか言って、二度と女に興味を示さなかったという。

 新宿二丁目に人生の光明を見出して、そこで働いているといい、

 今では立派なゲイとして生きているらしい。

 アタシに関わった人間は、

人生が終わる、

という噂がたち、


清水ユリの新たなる伝説(汚点)がまたひとつ加わった。

だが、アタシに言わせれば、

人生が終わった、

 のではなく、

 肝っ玉が小さすぎるのだ!

 たかだが、女に蹴りを入れられたぐらいで、女を恐れて、ゲイに走ってどうする?

 恋人でも奥さんでも、ケンカになれば、それぐらいするぞと言いたい。

 要するに、

 アタシが、

 恥知らずじゃなく、

 アタシに関わった男たちが、

 小さ過ぎるのだ!

 これが答えだ!

 アタシはそう信じる、

 心の底から、そう、信じる、

 いや、信じたい、

 信じてください…


 …だんだん、声が小さくなる。

 つまり、そういうことだ。

 アタシが新たなる伝説を作った、その日、

 濱谷あゆみもまた、

 アタシに負けじと新たなる伝説を作った。

 それは自分の信者を増やしたということだ。

 お前は新興宗教の教祖かと言いたいが、濱谷あゆみのいる教室に、男が鈴なりになって、列を作って見に行っていた。

 …あれが、濱谷あゆみか!…

 …もの凄く、美人だな、しかもカワイイ…

 男たちの視線が声になって、周囲に響いたという噂だ。

 つまり、濱谷あゆみを見た男たちは無言だったのだが、心の声が至る所に響いていた。

 まさに濱谷あゆみ、恐るべし!

 伝説を作る女だ。

 アタシはそれを聞いたとき、

 真っ先に、

 露店を出すべきだった、

 と、悔やんだ。

 濱谷目当てに、それだけの男が来るんだったら、ホットドッグでも売って小銭を稼げばいい、

 つまり、商売になる、

 チェ、惜しいことをした。

 みすみす、チャンスを逃した。

 こうなったら、濱谷あゆみを連れて、どこかに行き、見物料でも取ろうか?

 美人が見れるぞと言えば、男たちは鈴なりになって、やって来るだろう。

 商売、商売(笑)、

 アタシが半ば真剣に濱谷あゆみを使って、
ひと稼ぎしようともくろんでいたときに、

 アレが起こった。

        
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