第20話 大奥大出世すごろく

文字数 1,228文字

 しばらくして、甚之助さんは回復した。

五月晴れの午後。

甚之助さんが、「竹橋御殿」を訪れた。

「どうぞ、お入りくだされ」

 あたしは、甚之助さんを出迎えると、

庭が見渡せる客間へ案内した。

「先日は、ありがとうございました」

 甚之助さんが座るなり、お見舞いのお礼を告げた。

「その後、いかがですか? 」

 あたしが訊ねた。

「おかげさまで、元気になりました」

 甚之助さんが神妙な面持ちで言った。

「よろしければ、御庭へ出ませんか? 」

 あたしから誘った。

いつもとは違う雰囲気から逃げるためもあるが、

何よりも、庭の隅に咲く満開の紫陽花を

甚之助さんに見てもらいたかったからだ。

「これはめずらしい」

 甚之助さんが、感心したように言った。

「竹橋御殿」に引っ越して以来、

庭に花を咲かせることが趣味となった。

新種の紫陽花に気づくとは、さすがは、甚之助さんだと思った。

ふいに、甚之助さんが何か言いたそうにあたしの方を向いた。

「そろそろ、戻りましょう」

 あたしがそう言うと、

甚之助さんが「はい」と言った。

2人の間に、なぜか、気まずい雰囲気がただよった。

縁側に腰かけると、女中がお茶を運んできた。

「冷めないうちにどうぞ」

 あたしは、甚之助さんの横顔を見ると告げた。

「ところで、夏様」

 甚之助さんが、あたしの方をふり向いた。

「もしや、先日の御返事ですか? 」

 あたしは思わず言った。

甚之助さんがわざわざ、

「竹橋御殿」まで足を運んだのは、

お見舞いのお礼だけでないとわかっていた。

ついに来たかと思った。

「あの。あたしはもう若くありません! 」

 気づくと、あたしは、

わけもわからないことを口走っていた。

「夏様。それがしとて同じです。

たとえ、短い間だとしても、あなたといたいんです」

 甚之助さんがいつになく、真剣な顔で告げた。

「あの。もう少しだけ、お時間をいただけませんか? 」

 あたしはなぜか、返事を保留してしまった。

甚之助さんが帰った後、

あたしは、甚之助さんからいただいた手土産をひろげた。

それは、笹の葉に包まれた菓子だった。

笹の葉をめくるとでてきたのは、琥珀羹だった。

琥珀羹は、陽の光りに照らされて

きらきらと輝いていた。

ふと、窓の外を眺めた時、

垣根の合間に、甚之助さんの姿が見えた。

なんだか、元気がないように見えた。

その時、あたしの心の中で何かがはじけた。

「夏様。どちらへ? 」

 あたしは、女中の言葉を背中に受けると

急いで、屋敷の外へ飛び出した。

すでに、甚之助さんの姿ははるか遠くに見えた。

「甚之助さん! 」

 あたしは、少し離れた場所からさけんだ。

甚之助さんは足を止めたにも関わらず、

なぜか、背を向けたままだった。

「あたしと夫婦になってくだされ! 」

 あたしがそうさけぶと、

ようやく、甚之助さんがふり向いた。

それから数週間後、あたしたちは結婚した。

結婚するまでは、長くかかったものの、

決まってからは、とんとん拍子に話がまとまった。

「大奥大出世すごろく」にはない。

前代未聞な展開に、誰もが驚いた。











 














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