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文字数 1,296文字

 珍しく……「影」が疲れたような溜息を付いた。
 文字通り……「影」のように、自分の意見を何も言わず……それどころか自分の感情さえ表に出さなかった男が……。
 だが……良く良く考えれば……それは私も同じだ。
 この、とんでもない事態の「嵐の目」の中に居ながら……何1つ自分の意見など言ってこなかった。
 魔導師と司祭の言い争いの時に……誰かが「何、いい大人が、子供のような意地の張り合いをしてる‼」とブチ切れでもしていれば……この地獄は避けられただろう……。
 だが……この後に及んでも……「こんな旅は、もうやめよう」など一行の誰も言い出す事は無く……我々は旅を続けた。
 いや……例のあの御仁が何度かそう言ったが……旅のリーダーである隣国の王子殿下は……力なく「わかった……後で考える」……そう答えただけだった。
 もちろん……その疲れ切った表情には「考える気力」さえ無い事が読み取れた。
 やがて……一行唯一の硬骨漢であるヴィシュマ殿の顔にも……王子殿下と同じような疲れの表情が浮かんだ。
 我々は……疲れ切った駄馬が荷物を運ぶように、黙々と次の宿場を目指して歩き続けた……。
 その歩みは重い。
 だが……歩き続ける……。
「私の(あるじ)は我が信念のみだ」
 芝居や吟遊詩人の歌に出て来る「遍歴の騎士」のお決まりの台詞だ。
 この旅が始まるまでは……自分も「遍歴の騎士」となってこの台詞を言ってみたい……と思っていた。もう……遠い昔の事のようだ……。子供のような愚かな願い……。同時に……まだ、この世界は素晴しい事が満ちている美しい場所だ、と云う希望を持っていたからこそ抱けた願い……。
 どうやら……その願いは歪んだ形となって叶ったようだ……。
 我々は、今や、我々自身を(あるじ)とする家畜だ……。我々を鞭打ち、前に進めているのは、我々の内なる愚かさや弱さだ……。
 そして、目的地は……判る訳が無い。我々の内なる愚かさや弱さが、我々の主である以上は……。
 次の宿場町に辿り着いたのは……夜中になってからだ……。
 下手をしたら……馬……それも高価な軍馬……に乗っていながら、進む速さは徒歩以下かも知れない。
 この町でも……聖職者達と魔導師達の間の争いが起きていたようで……殺されていたのは……魔導師達……。だが……争いは、もう一段落していようで……。
 我々の一行の魔導師と司祭が……道端に晒されている魔導師達の首を見て……いや……おかしい……動揺しているが……いくらなんでも……。
 2人は馬を降りて……晒されている生首の1つの元に駆け寄り……。
「そ……そんな……」
「い……いかんぞ……すぐに……この町の刑吏に……」
「どうした?」
 王子も2人の様子がおかしい事に気付き……そう声をかけた。
「最善か最悪かの……2つに1つの事態です……。お……おそらくは……最悪の方の……」
「どう云う事だ?」
「この生首は……私の元嫁のモノでございます」
 魔導師は……そう言った。
「ま……待て……。それは……」
「は……はい……我が国の王女殿下の誘拐犯が……ここで殺されているのです……。王女殿下が生きておられたとしても……手掛かりは……途絶えました……」
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