序章:喜び無き勝利

文字数 799文字

「何故だっ、マニ⁉」
 私が剣を交えている相手は、実の妹だった……。
 武芸でも学問でも、全てにおいて、私より上だった……。もし彼女が男に生まれていたなら、今頃は、喜んで家督を譲り、私は幼い頃からの夢だった遍歴の騎士となり、気儘な一人旅でもやっていただろう。
「何を言おうと、兄上には、お判りいただけますまい……」
 兜から覗く目には……いつもと同じ、強い意志の光が有った。
 まさか……そ……そんな……馬鹿な……。
 マニは……王女を誘拐した元・王宮付きの女魔導師に……操られている訳ではないのか? 自分の意志で……あの魔女に服従していると言うのか?
 妹の呼吸が、わずかに乱れた隙に、この旅の同志達の様子を見る……。
 誘拐された王女の許婚(いいなづけ)である同盟国の王子と、その従者の騎士は、我が妹の攻撃により負傷していた。
 王子は上腕の内側……従者の騎士は太股……。つまりは、太い動脈の位置……一刻も早く手当しないと失血死の危険性が有る傷だ。
 司祭は治癒魔法で2人の傷を癒している。
 魔導師は何かの魔法を使おうとしているが……。
「おやめ下さい‼ これは、武門の家に生まれた者同士の……」
 私が魔導師に向って、そう叫んだ、次の瞬間、マニの胸に……。
「一対一の正々堂々たる戦いと言われたいのですか?」
 何の感情も感じられぬ不気味な声。
 名前は知らない……。……「影」と云う呼び名を除いては……。
 ヤツは……マニを……私の妹を……背後から弩弓(クロスボウ)で狙撃していた。
「貴方様の妹であろうと……所詮は反逆者。殺す事が出来さえすれば良いのです」
 ヤツの左手が、力尽きようとしているマニの頭を背後から掴み……そして……ヤツが右手に持っている短剣が、鎧のわずかな隙間から、ゆっくりと私の妹の喉笛に突き立てられていく。
「貴様……」
「これで……大の男3人が……女1人に遅れを取った事は誰にも知られずに済みますな……。おや? 何か御不満でも……?」
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