第3話 奇人の友達、否、知り合い

文字数 2,359文字

黒いコートを大きく翻し、スーツをピシリと着こなす友人が頭を下げた。
緩やかにウエーブのあるセミロングの黒い髪を後ろで1つに結び、無表情な青白い顔が闇の中ポッカリ浮いて、不気味さを醸している。
いつものようにこれ以上無いほど丁寧にお辞儀すると、もじもじ顔色をうかがうように近づいてきた。

「汝、我が友、申し訳ない」

「お前には失望した。お前ならきっと俺の為に育ててくれるだろうと思ったのに。
一体何の……ん??なんだ?この臭い」

犬が、クンクンと鼻を立てる。
ビュンッと黒衣の男の背後に、ムチを伸ばして何かをつかんだ。
男の背にぶら下がっていたそれは、黒い犬の所有する花の女とそっくりの顔をした、宿り蜘蛛だった。
掴んでいる間にも、どんどん見慣れた女の姿に変化している。
擬態しているのだろう。

「なんだこれは、虫では無いか!しかもこれは宿り蜘蛛!こいつは雑食だぞ?!」

「汝、これ、下僕、我が下僕、安心する」

「虫など下僕にするとは正気か?!我らは花を育てているのだぞ?!」

「汝、大丈夫。すでに何度も、何度も、我が血を、注ぎ込んだ。大丈夫」

「余計に信用ならない!貴様はもう向こうの世界に帰れ!」

ギャンギャン怒ってばかりの犬ベルクトに、黒衣の男が顔を動かし、無理矢理ニッコリ笑う。
一瞬で間合いに入ると、そっと抱きしめた。

「汝、我が友、怒るな、一緒に育てよう」

「はあっ??」

「汝、と、一緒に、共同作業、だ、我が友」

「誰がっ!……この、離れろ!なで回すな!匂いを嗅ぐな!股を撫でるな!気持ち悪い!!」

男がますます手に力を入れ、ぐいぐいと引き寄せ犬の胴に足を絡ませる。

「はあはあはあ、汝、友、一緒に、育てよう、育てよう、はあはあ、共同、作業、はあはあ」

なぜか共同作業という言葉に興奮して、息も乱れて舌を出し、長い舌でベロリと犬の鼻先に巻き付け、よだれをボトボト流す。
犬が慌てて立ち上がって逃げ回るが、男は人の形も崩して、ぞるぞると犬と一体化し始めた。

「いやぁ〜!やめろぉ!!やめろ!アルファス!

犯される!犯される!わかった!わかったから!いやぁ〜〜〜!!」





「汝、我が友、共同作業だ」

アルファスと呼ばれた男が、スッと立ってスーツの襟を正し、身体はあさってを向いたままキリリと視線を送り、横からお手と手を出す。
仕方なく、ベルクトがその手にお手した。

「だが忘れるな、この花の権利は俺だ。貴様に一言も出す権利は無い」

「汝、わかっている。お前の物、は、私の物、私の物、は、私だけの物」

「お前に何言っても無駄だが、友となったのは我が一生の不覚であった」

ハッと、男が頬を染めて口に手をやる。
犬が怪訝な顔で顔を背けた。

「なぜここで喜ぶのかわからんが、お前はそう言う奴だからあきらめた。
だから手を離せ」

ぐいぐいと手を引くが、男の手が髪の毛のように変化していて絡まって取れない。
押しては引いてを繰り返していると、やがて男の腹からニュウッと手が出た。
その手に小さな箱を差し出され、パカッと開くと赤い血のような宝石の付いた鋲が入っている。
犬は怪訝な顔でそれを見て、嫌な予感に身を引いた。

「なんだこれは?鋲?なんで鋲なんか……」

男が青白い肌を赤く染め、長い爪の生えた指で鋲を取ると、犬の首にブスッと、グリグリッと突き刺す。

「ギャンッ!ギャンッ!なんだこれは!なんだこれは?!」

「汝、に、婚約指輪」

「刺してる!刺してるだろ!?拒否だ、拒否!!俺はただの知り合いだ!
なんだ?なんだ?何か呪いが付いてるぞ!身体が重くなった!」

「汝、喜んで、くれて嬉しい」

ポウッと赤くなる。
なんて奴だろう、意味不明もはなはだしい。

「俺は!男と付き合う気は無い」

自分たちに性別は意味が無いと思いながら、チラリと男の胸に目が行く。
男がそれに気がつくと、キュッとウエストが締まり、尻が張り出し胸が膨らんで女の身体に変わった。

「汝、こんな物がいいのか?いいのか?」

男だった女の胸が膨らみ、ボフッと抱きしめられて顔を押し付けられる。
黒い犬は、なんとなく悪い気はしない。

お?フカフカだ、フカフカの胸だ、だが、こいつの胸だ。
うわぁ、でも気持ちいい!
こいつは馬鹿で、思い込みの強い奴で付き合いにくいが、  …………いい

フカフカの胸に包まれながら、ちょっとウフフと思う。
だがどんどん大きくなる胸に包まれながら、今度は押しつぶされそうでバタバタもがいた。

「な、な、ぐああああああ」

気持ちいい!確かに!フカフカの胸は!!だが!!!

「デカッ!……すぎるぅ、ぅ」

限度を超えて、たまらずドロリと溶けて地面に落ちた。

「汝、なぜ逃げる」

「お前は適度な美しさを知れ、俺は付き合い切れん」

「汝、共同、作業は、どうする?」

少し残念そうに、男だった女が胸を小さく戻して逃げる黒いスライムに話しかける。

「花を見つけたら報告しろ!お前は手を出すな!」

スライムが、また犬に変貌して走り去って行く。
女が、下僕に彼を指さした。

「汝、お前の仕事だ」

下僕の蜘蛛が、糸を飛ばす。

「汝、あれに絡むものあれば我に報告せよ。ただし、花には手を出すな」

「ショウチ、ショウチ、我ガ主」

蜘蛛は花の女と瓜二つの姿で、犬のあとを追って走り出す。


「汝、我が唯一の友、我が婚約者、我が愛する者、我が一部、我が所有物。
我の手から逃げること許さぬ、闇の中、どこにいようと探しだし、むつみ合ってくれる。
それが共同作業、人間の言う共同作業。
共に手を携え何かの腹をさばくその日まで、花よ、早く実を付けろ、私の願いを叶えろ」

女の姿のアルファスは、両手を大きく広げてうっとり顔の前で指を組み、赤くほてった頬を乗せる。
何かとてつもなく共同作業を勘違いしたアルファスは、組んだ指に頬ずりすると、熱く冷たい息をふうと吐く。
そして漆黒の空を見上げ、軽くジャンプしてそのまま夜空に溶け込み消えていった。
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登場人物紹介

・黒い犬(ベルクト)

花を育てている。自分の身体は花に食わせた為に決まった形を失い、とりあえず犬の姿をしている。

精神体のようなものなのだが、身体を失っただけで生きている。

真っ黒いスライム状の姿が本来の姿。

・花

美しい女の姿で、男を誘惑して食う。

毎日1人食って花を咲かせ、枯れ落ちて違う場所に現れる。

愛情を持って育てると最後に実を付け、何かいいことがあるらしい。


この花を育てるのは制約が多く、実を付けるのは至難の業だと言われている。

花を咲かせる前に、主は必ず愛の言葉を捧げなければならない。

よってどこに咲くかわからない花を、毎日追う必要がある。

実を付ける時期が近づくほど、花を狙う者が増える。

花は浮気を許さず一途な愛情を求め、制約を破ると呪いの実を落とし災厄が降りかかる。

・黒衣の男(アルファス)

緩やかなウエーブの黒髪に青白い肌、常に黒いスーツとコートを着ている。

美的センスにこだわる美しい顔の青年。ベルクトとは同族。

言葉の頭に必ず「汝」を付ける奇人。ベルクトが唯一の友人。その為、特別な感情を持っている。

真っ直ぐに意味を受け取らず、ねじれて納得するので非常に付き合いにくく友人は皆無だったので、ベルクトを大切にしている。

それを逆手にとって、ベルクトは彼にもう一つの花を託していた。

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