第2話 花の争奪戦
文字数 2,382文字
数日後……
黒い犬は、その夜も女を捜して海沿いの公園を走っていた。
公園は夜でも明るく雰囲気もいいことから恋人たちの姿も多く、一転、茂みに入ると隠れるように家の無い者がバラックを作り暮らしている。
明暗が強い道を行きながら背後に違和感を感じ、犬は道を外れて人気の無い防風林の中に入る。
木の陰に同化して隠れると、追跡者の影が月明かりの下でチラチラと見えた。
「チッ、見失った」
小さく舌打つ音がして、ゆらゆら黒い影が幽鬼のように木の間を彷徨う。
犬がスッと身を引くと、ビクンと振り向いた。
恐らく、花を狙っているのだ。
犬が口を開け、もやを吐く。
ゆるゆると地面を広がるそれが、影に触れると一瞬で周囲に丸く広がり、結界を作って燃え上がった。
影は四方から火に照らされ、影でなくなり正体を現す。
それは、薄っぺらの黒い一枚の布で、バサリと飛ぶと犬を包み込むように大きく広がる。
犬が大きくそれに向けて口を開け、火の塊をボンッと飛ばした。
ヒュッと避ける布の背後で火はターンして戻り、背後から襲いかかる。
避ける布に追いかける火球の追いかけっこに目もくれず、犬は1本の木に駆けると鋭い爪で木の幹を一撃する。
するとボロボロに穴の空いたトリコロールのストライプのコートを着た白塗りの老人が、ステッキを持つ手を傷つけられ舌を打った。
「チッ、クソッ!犬ごときが!」
操っていた布は火に飲まれ、猿のような老人の下僕が、キイキイ小さな声を上げてカスミとなって消える。
「コソコソ隠れる小物ごときに言われるのは不快!」
がぶりとその手に噛み付くと、すっぽり肘から手が抜けた。
その手がムチ状に広がり、犬の鼻先を口ごとしばる。
その鼻先ごと食うように、犬の口が新たに首から現れ、頭ごと一口で食って、ニュッと元の位置に頭が現れた。
「無駄だよ、小物」
「ヒヒヒヒ!!花を寄こせ!!」
老人が奇妙な笑いを上げて、腕を生やしステッキをクルリと振った。
コートのストライプ模様がばらりとばらけ、クルリとドリル状に絡まり高速で回転する。
ヒューーーーーンッ!!
風を切って回るそれに、老人がステッキで犬を指した。
ドリルはまるで老人に操られる蛇のように、犬に向かって一気にその刃を向ける。
犬は避けもせずそれを頭から受けると、ドロリとスライム状になってその回転に乗った。
「な!なにっ?!馬鹿な!」
犬は一緒に回転しながらドリルを取り込み、自らを巨大な刃に変えて回転を上げ、蛇のように一度地にバウンドして地面をえぐり取ると老人に向かって飛んで行く。
ギュウウウウァァァァァァ!!!
「ひいっ!」
老人が煙に変わって四散して逃げた。
「無駄だ、無駄!小物ぉっ!!」
ドリルは木々をえぐり倒し、そして結界の端へ向かって飛んで行く。
その先で姿を消して見えないはずの老人は、ドリルの中心でニヤリと笑う犬の顔に戦慄して悲鳴も忘れていた。
千々に散った老人の姿の同類を、犬が大きく口を開けてヒュウヒュウと吸い取っていく。
真っ黒なカスミのようなそれをゴクンと飲み込み、ベロリと口を舐めた。
「まあまあか、小物らしくたいした力も無い。おやつ程度だな」
結界を消して、戦ったあとをそのままに、また走り始める。
邪魔が入って探索が遅れたが、相手を食って多少腹がいっぱいになったので落ち着いている。
何度も鼻を立て、風向きが悪いなと首を振った。
女を見つけると、駆け寄ってあたりをグルグル回る。
女の腹へ男の手が飲み込まれ、丁度食事が済んだ所だった。
「あなた、今日は遅かったのね。
もう、ご飯が済んじゃったわ、他の女と会っていたの?」
「違うよ、君の香りに酔っていたんだ。
あまりにかぐわしく、甘い香りに」
歩み寄ると、女が優しく抱きしめる。
その手が犬の毛皮を鷲づかみにして、ぐいぐいと力を増していった。
「いやよ、私以外に目を向けたら呪い殺すわ。
私だけを見て、私だけを愛して」
「もちろんだ、愛しい君、今日も花を見せてくれるかい?」
「ええ、あなたの為に咲くわ。だから見ててね」
「ありがとう、愛しい君」
一歩離れると、女がいつものように身体を丸めて球根になる。
そして芽吹いて葉を伸ばし、両側に大きく開いた。
葉と葉の間につぼみが出来て、見る間に膨らんでいく。
ピュンッ!!
黒いムチが飛んできて、黒い犬が背中からムチを伸ばし、それをはじいた。
つぼみは茎を伸ばして、大きく膨らむ。
「お前か」
舌打つ犬の視線の先で、黒衣の男が闇夜の空に浮かんでいた。
胸に手を当てお辞儀して、花をのぞき込み首を傾げる。
実が出来る気配は無い。
ニイッと不気味に笑う男に犬がけわしい顔で、背からムチを伸ばし追い払った。
「見るな!不届き者め!貴様の花はどうした!」
返答に困り、視線を泳がせる。
その間に花は大きく開いて、そして一気に枯れていった。
「ああ……まだか、今日も駄目か」
犬がガッカリして、ぴょこんと耳を寝かせる。
黒衣の男が嬉しそうに降りてくると、その両耳をつまんでモフモフの内側を撫でた。
「なにをする!」
黒い犬が、牙を剥く。
だが、パッと手を離し、ひるむこと無くゆっくり首を振った。
「汝、友よ、探した。汝、謝罪する、食われた」
「食われた??なんに??」
「虫。汝、ベルクト、愛する友よ、謝罪する」
犬が、呆れてガクンと口を開ける。
その口に、サッと黒衣の男が手を入れ舌を撫でた。
「ガーーーー!!!ペッペッ!!俺の口に手を入れるな!
だからお前に預けるのは心配だったんだ!!
期待も何も出来ぬ!!」
「汝、ベルクト、唯一の友よ、すまない」
「くそっ!貴重な球根だったのに。
距離を置かねば虫にやられやすいから預けたのに、失敗した。
お前では無く、セーレンに任せればよかった」
「汝、我が友、愛する友、唯一の友、申し訳ない」
大きく手を広げ、胸に手を当て優雅に頭を下げ、上目使いで媚びてくる。
黒い犬ベルクトは、時々しつこく絡んでくる、この奇妙な友人が苦手で実は大嫌いだった。
黒い犬は、その夜も女を捜して海沿いの公園を走っていた。
公園は夜でも明るく雰囲気もいいことから恋人たちの姿も多く、一転、茂みに入ると隠れるように家の無い者がバラックを作り暮らしている。
明暗が強い道を行きながら背後に違和感を感じ、犬は道を外れて人気の無い防風林の中に入る。
木の陰に同化して隠れると、追跡者の影が月明かりの下でチラチラと見えた。
「チッ、見失った」
小さく舌打つ音がして、ゆらゆら黒い影が幽鬼のように木の間を彷徨う。
犬がスッと身を引くと、ビクンと振り向いた。
恐らく、花を狙っているのだ。
犬が口を開け、もやを吐く。
ゆるゆると地面を広がるそれが、影に触れると一瞬で周囲に丸く広がり、結界を作って燃え上がった。
影は四方から火に照らされ、影でなくなり正体を現す。
それは、薄っぺらの黒い一枚の布で、バサリと飛ぶと犬を包み込むように大きく広がる。
犬が大きくそれに向けて口を開け、火の塊をボンッと飛ばした。
ヒュッと避ける布の背後で火はターンして戻り、背後から襲いかかる。
避ける布に追いかける火球の追いかけっこに目もくれず、犬は1本の木に駆けると鋭い爪で木の幹を一撃する。
するとボロボロに穴の空いたトリコロールのストライプのコートを着た白塗りの老人が、ステッキを持つ手を傷つけられ舌を打った。
「チッ、クソッ!犬ごときが!」
操っていた布は火に飲まれ、猿のような老人の下僕が、キイキイ小さな声を上げてカスミとなって消える。
「コソコソ隠れる小物ごときに言われるのは不快!」
がぶりとその手に噛み付くと、すっぽり肘から手が抜けた。
その手がムチ状に広がり、犬の鼻先を口ごとしばる。
その鼻先ごと食うように、犬の口が新たに首から現れ、頭ごと一口で食って、ニュッと元の位置に頭が現れた。
「無駄だよ、小物」
「ヒヒヒヒ!!花を寄こせ!!」
老人が奇妙な笑いを上げて、腕を生やしステッキをクルリと振った。
コートのストライプ模様がばらりとばらけ、クルリとドリル状に絡まり高速で回転する。
ヒューーーーーンッ!!
風を切って回るそれに、老人がステッキで犬を指した。
ドリルはまるで老人に操られる蛇のように、犬に向かって一気にその刃を向ける。
犬は避けもせずそれを頭から受けると、ドロリとスライム状になってその回転に乗った。
「な!なにっ?!馬鹿な!」
犬は一緒に回転しながらドリルを取り込み、自らを巨大な刃に変えて回転を上げ、蛇のように一度地にバウンドして地面をえぐり取ると老人に向かって飛んで行く。
ギュウウウウァァァァァァ!!!
「ひいっ!」
老人が煙に変わって四散して逃げた。
「無駄だ、無駄!小物ぉっ!!」
ドリルは木々をえぐり倒し、そして結界の端へ向かって飛んで行く。
その先で姿を消して見えないはずの老人は、ドリルの中心でニヤリと笑う犬の顔に戦慄して悲鳴も忘れていた。
千々に散った老人の姿の同類を、犬が大きく口を開けてヒュウヒュウと吸い取っていく。
真っ黒なカスミのようなそれをゴクンと飲み込み、ベロリと口を舐めた。
「まあまあか、小物らしくたいした力も無い。おやつ程度だな」
結界を消して、戦ったあとをそのままに、また走り始める。
邪魔が入って探索が遅れたが、相手を食って多少腹がいっぱいになったので落ち着いている。
何度も鼻を立て、風向きが悪いなと首を振った。
女を見つけると、駆け寄ってあたりをグルグル回る。
女の腹へ男の手が飲み込まれ、丁度食事が済んだ所だった。
「あなた、今日は遅かったのね。
もう、ご飯が済んじゃったわ、他の女と会っていたの?」
「違うよ、君の香りに酔っていたんだ。
あまりにかぐわしく、甘い香りに」
歩み寄ると、女が優しく抱きしめる。
その手が犬の毛皮を鷲づかみにして、ぐいぐいと力を増していった。
「いやよ、私以外に目を向けたら呪い殺すわ。
私だけを見て、私だけを愛して」
「もちろんだ、愛しい君、今日も花を見せてくれるかい?」
「ええ、あなたの為に咲くわ。だから見ててね」
「ありがとう、愛しい君」
一歩離れると、女がいつものように身体を丸めて球根になる。
そして芽吹いて葉を伸ばし、両側に大きく開いた。
葉と葉の間につぼみが出来て、見る間に膨らんでいく。
ピュンッ!!
黒いムチが飛んできて、黒い犬が背中からムチを伸ばし、それをはじいた。
つぼみは茎を伸ばして、大きく膨らむ。
「お前か」
舌打つ犬の視線の先で、黒衣の男が闇夜の空に浮かんでいた。
胸に手を当てお辞儀して、花をのぞき込み首を傾げる。
実が出来る気配は無い。
ニイッと不気味に笑う男に犬がけわしい顔で、背からムチを伸ばし追い払った。
「見るな!不届き者め!貴様の花はどうした!」
返答に困り、視線を泳がせる。
その間に花は大きく開いて、そして一気に枯れていった。
「ああ……まだか、今日も駄目か」
犬がガッカリして、ぴょこんと耳を寝かせる。
黒衣の男が嬉しそうに降りてくると、その両耳をつまんでモフモフの内側を撫でた。
「なにをする!」
黒い犬が、牙を剥く。
だが、パッと手を離し、ひるむこと無くゆっくり首を振った。
「汝、友よ、探した。汝、謝罪する、食われた」
「食われた??なんに??」
「虫。汝、ベルクト、愛する友よ、謝罪する」
犬が、呆れてガクンと口を開ける。
その口に、サッと黒衣の男が手を入れ舌を撫でた。
「ガーーーー!!!ペッペッ!!俺の口に手を入れるな!
だからお前に預けるのは心配だったんだ!!
期待も何も出来ぬ!!」
「汝、ベルクト、唯一の友よ、すまない」
「くそっ!貴重な球根だったのに。
距離を置かねば虫にやられやすいから預けたのに、失敗した。
お前では無く、セーレンに任せればよかった」
「汝、我が友、愛する友、唯一の友、申し訳ない」
大きく手を広げ、胸に手を当て優雅に頭を下げ、上目使いで媚びてくる。
黒い犬ベルクトは、時々しつこく絡んでくる、この奇妙な友人が苦手で実は大嫌いだった。