第3話
文字数 8,328文字
ポイズン
岡島直紀の証言
生まれた以上死なねばならぬ、ということ以外確実なことはなし。 クリティアス
第三象【岡嶋 直紀の証言】
―一〇月四日
「ぎゃはははは!まじ笑えるんですけど!おっさん!」
「おいおい、親父が情けねぇなあ!」
「金もしけてんな。これしか入ってねぇぞ」
「ま、ファミレスで暇つぶしくらいなら出来んじゃね?」
岡嶋直紀は、数人の友人を連れて、頻繁に親父狩りをしていた。
ちょっと太っているような、弱そうな、何も言えないような、そんな年上の男を見つけては、人気のない場所でボコボコにしていた。
何度もこんな行為をしているというのに、直紀は懲役をくらったことはないらしい。
それはどうしてかというと、直紀の父親が、金を払って助けてくれているからだ。
初めて人を傷つけたとき、直紀はもう人生終わったと思っていた。
きっと自分は檻の中に入れられて、一生出て来られないのだと考えていたのだ。
自分に関心などないと思っていた父親が、相手の家に謝りにいくと言ったときは、不本意ながら、嬉しいと感じた。
そして相手が許してくれたと聞いて、良かった、明日謝ろうと思っていたのだ。
だが、学校に行ってみると、ものの見事に無視されるようになってしまった。
どうしてかなんて、分からなかった。
そろそろ進学、という頃に、怪我をさせた相手に謝ろうと思い、あの時は御免と謝った。
すると、思いもよらないことを聞かされる。
「お前の親父が金払ってきたから、うちの両親は許したんだよ。まじでクソだよな」
ああ、必死に謝って、土下座なんかしてくれたのかな、なんて思っていた自分が馬鹿馬鹿しかった。
結局、あの男は金でしか物事を解決出来ない親なのか。
そう思ったら、もう直紀はどうでも良くなってしまったのだ。
自分がどんなに悪いことをしたって、父親は叱ることさえしない。
「おい直紀、この前盗んできたピアス、結構女に評判良いんだよ」
「直紀、また金持ってきてくれよ」
「この間の奴、ちょっと脅しただけで女差し出すなんて、弱っちい野郎だったな」
そう、所詮はみんな、直紀が社長の息子だから付き合っているのだ。
「あ、直紀。俺また女襲いたいんだけどさ、また親父さんの力でもみ消してもらえる?」
「ああ、うちの親父は金は持ってるからな」
「よっしゃ!」
その日は友人たちと分かれて、直紀は一人でフラフラしていた。
特に目的もなく、ただ街を歩いていた。
すると、声をかけられた。
「直紀、何してんだ?」
「あ?ああ、お前か」
それは、結川蔵貴という、同級生だった男だ。
同級生だったと言っても、正直言うと、直紀は覚えていなかった。
というよりも、昔のことなんて、思い出したくもなかった。
結川と出会ったのは、少し前のことだ。
あの時も確か、一人でフラフラと、遊べるような女はいないかと探している時だった。
「あれ?岡嶋?」
「は?お前誰?」
「なんだよ、忘れたのか?俺だよ!結川蔵貴!蔵貴って呼んでくれてたじゃんか」
「そうだっけ?」
「ひでーなー」
そんな感じで、結川の方から声をかけてきたのだ。
特に忙しいわけでもなかった直紀は、結川とファミレスに行った。
まさか懐かしい話でもするのかと思っていた直紀だったが、結川は特にそんな話をしたいわけではなさそうだ。
「まさか岡嶋に会えるなんてな。久しぶりだな。変わってないな、お前」
「悪かったな」
「悪いなんて言ってないだろ。俺もこれといって友達なんていなかったしさ。なんか岡嶋もそんな感じだったじゃん?だから仲良くなれるかなーなんて思ってたんだけどさ」
結川とは、なんだか本音で話し合えるような気がした。
どうしてかと聞かれると、はっきりとしたことは分からないが、もしかしたら、自分に金をせびるようなことをしないからかもしれない。
ファミレスに会計の時も、直紀は自分が払おうとしていたが、結川に自分の分は払うと言われ、驚いてしまった。
ああそうか、俺はあいつらにとって金づるだったんだな、とその時再認識した。
「あんまり無駄遣いするんじゃねーよ」
「いいんだよ。親父が金持ってるし」
「お前の金じゃねーだろ。そんなに親父が嫌いなら、さっさと自立しちまえばいいんだよ」
そんなこともあり、結川とはなんとなく気兼ねなく話せる。
「今日はどうしたんだよ?」
「直紀こそ。いつも一人だな」
「蔵貴に言われたかねぇっての。お前こそ一人じゃねえか」
「俺は一人が好きなんだよ」
互いの顔を見ながら、思わず笑ってしまった。
その日はまた別の店に入って、一緒にご飯を食べながら、特に変わった会話はしなかった。
ただ平凡な、世間話をしていた。
「直紀、お前本当に大丈夫か?あんまり良い噂聞かねえけど」
結川にそう聞かれると、直紀はぐっと言葉を飲みこんでしまった。
盗みや親父狩り、恐喝にレイプまでしているなんて、こんなところで言えるはずがない。
「うるせえよ。もういいんだよ」
「投げやりだな」
結川は夕方からバイトだか何だかがあるとかで、帰っていった。
また一人になった直紀は、スマホを取り出してチャットルームに入る。
そこでは、主に二人と会話をしていた。
ライという男と、ユーカリという女だ。
実際に会ったことはないが、きっと良い奴らだと思う。
【おー、やっと直紀のご登場だ】
【ほんとだ!直紀くん、やっときた!】
【直紀さまのご登場だ!】
【ユーカリがさ、直紀はまだ来ないのかって、五月蠅かったんだぜ?】
【ちょっとライ!止めてよね!気にしないでね、直紀くん】
【そんなに寂しかったのー?】
【もう!直紀くんまで!】
ライとは結川同様、仲良く話せるくらいに仲が良いと思うし、ユーカリはとても優しくて、直紀はユーカリに惹かれつつあった。
だが、自分が今まで、そして現在、犯罪を犯していることを、二人に打ち明けるべきなのか、それは迷っていた。
素直に話して離れて行ってしまうなら、それでも構わないと思っているが、ユーカリには嫌われたくない。
そんな気持ちの葛藤を繰り返しながら、直紀は今日も二人と他愛の無い話をする。
―一〇月一〇日
「直紀、今日行く?」
「あー?なんだよまたか?」
「いーだろー?彼女に振られて、俺色々溜まってんの!」
「あ、俺も」
いつも直紀の周りにいるのは、こんなどうしようもない奴らばかりだ。
そうとは分かっていながらも振り払えないのは、きっと直紀も同じような人間だからだ。
「どんな子がいい?」
「俺はねー、胸でかい子」
「なんだよそれ」
「お前、男にとって胸はロマンだろうが!マシュマロだぜ!」
「うっわ変態」
なんの話をしているかというと、簡単に言えば、今夜レイプをする女性のタイプを決めているのだ。
そんなくだらない話しか出来ない友人たちは、直紀の父親が無かったことにしてくれることを知っているから、こんなことを話しているのだ。
きっとここでダメだ、なんて否定的な言葉を言おうものなら、みんなして直紀から一気にいなくなってしまうだろう。
それは嫌だった直紀は、繋ぎとめておくためにも、友人たちの我儘を聞くのだ。
「直紀は?どんな女がいい?」
「俺は、腹が出て無けりゃなんでもいいや」
「おいおい、まじかよ!」
「ははははは!うける!」
夜になるまで一緒にいて、駅近くでたむろしながら、目当ての女性を探す。
仕事帰りの女性もいれば、学校の部活帰りの女の子もいる。
大学生も高校生もいて、変な言い方をすれば、選び放題だ。
「あ、あの子は?」
「ちょっとロリコンじゃね?」
「あの子は?」
「胸がちょっと足りない」
「なんだよ、あ、あの子は?」
「線が太い?」
「なんだよさっきから。じゃあお前が決めろよ」
友人たちだけで盛り上がっていて、直紀はスマホをいじっていた。
チャットでライとユーカリと話しをしていたのだ。
そういうしている間に、友人たちはお好みの女性を見つけたらしく、後を追う事にした。
人気の少ない場所を通ったら、一気に襲いかかる作戦のようで、バレないように尾行を続けた。
「お、わき道に入るぞ」
「よし、行け!」
一人の男が、女性の背後から一気に抱きついた。
女性は驚きながらも、男から離れようと、無我夢中で身体を捻じっていた。
だが、すぐに直紀が女性の腕を掴み、見動きが取れにくいようにする。
「や!やめてよ!警察呼ぶわよ!」
「今の状況わかってますかー?呼べるもんなら呼んでみな?」
「誰か!」
女性が大声を出そうとしたので、友人の一人が女性の口を塞いだ。
公衆トイレを見つけ、そこに女性を押しこむと、女性の口に男の服をまきつけて叫べないようにした。
腕も身体の後ろで強く縛ると、女性は酷く怯えた表情をする。
「ひゅー、ぞくぞくするな」
「早く済ませようぜ」
「んーーー!!!」
男たちは自分達の欲求を一方的に済ませると、女性をトイレに置き去りにした。
直紀の父親の力と、女性の写真を取っておくことで、訴えられないようにとの二段構えだった。
「いい女だったなー」
「でもちょっと年上過ぎたな」
「確かに。もっと若い方が良いかも」
ははは、と笑いながら、友人たちは直紀と分かれた。
―九月二十七日
【直紀くんって、背高いの?】
【俺?んー、どうだろう?一応七十六だけど、そこまで高くないかな?】
【えー!そんなにあるのー?いいなー。私なんか五〇だよ?ちょっとは分けて欲しいよー】
【小さくて可愛いじゃん】
【ちょっと、馬鹿にしてる?】
友人たちからの呼びだしもなく、直紀は一人でチャットをしていた。
ルームに入れば、そこにはユーカリがすでにいて、直紀を迎えてくれた。
【ユーカリはいつも何しているの?】
【私?そうだなー、今フリーターで、資格の勉強してるとこ。でも疲れちゃうんだよね。勉強って好きじゃないもん】
【俺も勉強は嫌い。でも偉いじゃん。頑張ってね】
【ありがとう。直紀くんだけだよ、そんなこと言ってくれるの】
きっとふにゃっと笑っているのだろうと、想像しながらチャットをしていると、訪問者が現れた。
【よ!邪魔しちゃったかな?】
【ああ、邪魔だったかな、ライ】
【ひっでえー!折角直紀のために早く来てやったのに!】
【嘘つくな】
【あ、バレた?】
ライも揃って、三人で会話をしていた。
お昼になって、お腹が空いてきた直紀は、お昼を買ってくると言って、一旦チャットを出た。
近くのコンビニに行こうと、財布とスマホと鍵を持って家を出た。
弁当にしようか、サンドイッチにしようか、それとも温かそうなアメリカンドッグにしようかと、悩んでいた。
結局弁当とおにぎりを買ってコンビニを出たところで、結川に遭遇した。
「なんだ、お前この近くなのか?」
「ああ、たまたま通ったんだよ。俺もお前も暇人だな」
父親も母親も仕事に行っているため、直紀は結川を家に呼んだ。
「すげー家だな」
「そうか?広くても面倒だよ」
「何が?」
「掃除とか、守備範囲広がるし」
「ああ、自宅警備員だもんな、お前」
そんな冗談を喋りながら、直紀は買ってきた弁当を食べ終え、飲み物をグビグビ飲み干す。
「俺さ、本当に嫌いなんだよ、親父が」
「なんで?金がありゃあ生きていけんだから、それだけでお前幸せだよ」
「そうかもしれないけどさ、一緒に遊んでもらった記憶もないし、家族で出かけた記憶もない。俺に寄ってくるのは、金目的の奴が多いしさ」
「ふーん。そういうもんか」
「あ、そういや」
何か思い出したように、直紀はバッと身体を起こして二階に上がる。
少し経ってから下りてくると、昔のアルバムを持ってきて広げた。
「これこれ。いやー、蔵貴って思い出せなかったけど、そりゃそうだよな。昔と全然顔違ってるし」
「え?」
直紀が指差した場所に載っている写真の結川は、小さくて顔立ちも日本男児、という風な感じの地味な顔だった。
それが、どうしたことか、久しぶりにあった結川は男前になっているのだ。
「そりゃ気付かねえよ。整形したわけじゃねえよな?」
「馬鹿か。そんなもんに金は払わねえよ」
「だよな。それにしても、本当に変わったよなー。吃驚したよ」
「そんな顔してたんだな。なんか恥ずかしいよ」
ケラケラと笑いながら、直紀と結川はアルバム観賞をした。
一時間を過ぎた頃、結川はそろそろ帰ると言って、直紀の家を出て行こうとした。
「あのさ、結川」
「ん?」
「・・・あのさ、一緒に、やらねえ?」
「はあ?何を?」
「だから、その・・・」
言ってしまおうか、けれどもきっと言ったら結川は自分から離れて行く。
口を噤んでしまった直紀だったが、沈黙を破ったのは結川の方だった。
「お前が影でやってる悪さを、か?」
バッと勢いよく顔をあげると、そこいる結川は、ふう、と小さくため息を吐いた。
「詳しく何をやってるかは知らねえけど、俺を誘うな。そんなことで俺はお前と一緒にいるわけじゃねえんだぞ」
「あ、ああ、そうだよな。悪い」
帰るぞ、と言って、結川は帰っていた。
金で友人を作ろうなんて、そんなこと考えてしまった自分が恥ずかしかった。
直紀はアルバムを持って二階に上がると、またチャットを開いた。
【直紀、ユーカリは勉強するっていって、もういなくなったぞ】
【そっか。じゃ、俺も出て行くかな】
【なんでそうなるんだよ!俺の相手もしてくれよ!】
【ライと二人で何を話せってんだよ】
【これまでだって、色々話しをしてきた仲じゃねえか】
【はいはい】
【はいは一回!】
【ライ】
【はいはい?】
―九月十三日
「直紀―、今駅前いんだけどさ。うん、うん、そうそう。すぐ来いよ」
一方的な内容で切られてしまった電話に、直紀は出かけるしかなかった。
折角楽しくチャットをしていたというのに、嘆かわしいことだ。
【ライ、ユーカリ、御免。ちょっと急用できた】
そう告げて、急いで駅前へと走った。
「なんだよ、急に」
荒々しい呼吸を整えながら聞いてみると、今からカラオケに行こうとしているようだ。
きっとだから金を払うのに付き合え、そういうことだろう。
「何歌うー?」
ドリンクバーを頼んで、直紀はオレンジジュースで乾きを潤していく。
こんなことなら、家でチャットしていた方が楽しいだろうが、そんなこと言えない。
ここでスマホを出してチャットをしても良いのだが、きっとそんなことをしたら、スマホを取りあげられるかもしれない。
直紀は大人しく、周りが満足するまでオレンジジュースを飲み続けるのだった。
ちらっとスマホの時間を見ると、もうすっかり夜になっていた。
酒まで飲んでいた友人たちは、駅前でデロンデロンに酔っ払ったまま、立つこともままならない状態だった。
「おい、大丈夫か?」
「だーいじょーぶだって!」
「直紀!タクシー代くれよ!」
「そうだ!そしたら俺ら、無事に帰れるぜ!」
このまま放っておくわけにもいかず、直紀は仕方なく財布から金を出すと、友人たちに渡して、タクシーに乗せた。
後は勝手にやってくれと、直紀はスマホを取り出してチャットルームに行ってみたが、もうライもユーカリもいなかった。
はあ、とため息をついて、家までの道のりを歩いていると、「岡嶋?」と誰かが声をかけてきた。
誰だろうと、後ろを振り返ってみたら、そこには見覚えの無い男がいた。
「は?お前誰?」
「なんだよ、忘れたのか?俺だよ!結川蔵貴!蔵貴って呼んでくれてたじゃんか」
「そうだっけ?」
「ひでーなー」
特に覚えてなどいなかったし、正直言って、こんな奴いたっけ?と思っていた。
だが、向こうは直紀のことを知っているようだったので、とりあえずこの時間に開いてるだろうファミレスへと向かった。
「本当に覚えてないの?」
「ああ。結川蔵貴なんて奇妙な名前にも聞き覚えさえない」
「ひっで。まあ、空気みたいな存在だったからな。俺も」
しょぼん、とした結川は、なんとなく恨めなかった。
「蔵貴って、変な名前だな」
「それ言っちゃうわけ?岡嶋、なんか失言多すぎ」
思いがけない再会に、直紀はホッとしたような、過去を思い出しそうで怖いような、そんな気持ちだった。
だが、結川は昔のことをほじくり返すようなことはなく、金のことも、直紀の父親のことも言わず、気は楽だった。
結川と分かれて家に帰ったのは、もう二時近くのことだった。
こんな時間に帰ったとしても、両親は何も言ってこないため、直紀は自分用の鍵を取り出し、玄関を開けて中に入る。
部屋に戻って、シャワーは明日でいいか、と思って眠りに着く。
翌日になって、お昼ちかくにようやく目を覚ました。
下に下りてみると、もうそこには両親はいなかった。
焼いたパンとサラダとジャムが用意してあり、冷たくなったそれらを口にする。
さっさと食べて、食器を洗う事もなくシャワーを浴びると、部屋に戻ってすぐにチャットを始める。
【昨日、同級生だったって奴に会ったけど、正直、覚えてなかった】
【おはー。まじで?向こうは覚えてたの?】
【ああ。アルバムで今確認してるとこ】
【どんな?】
本棚の奥から、埃まみれになったアルバムを開き、結川蔵貴という男を探す。
すると、確かにそこにその名があった。
【いたけど、全然顔違う】
【おはよう。何の話?】
【ユーカリおは。昨日直紀が、元同級生に会ったんだけど、アルバムで確認したら、顔が全然違うんだってさ】
【そうなの?けど、結構違ってる子っているよね。私の同級生だった子も、今全然違うよ。可愛い子だったのに、お相撲さんみたいになってる子いるよ】
【ユーカリ、それ超ウける】
【面白いくらい違うけど、久しぶりに会えて良かった。てか、俺のこと覚えてて逆に吃驚だし】
【まじか】
【でも、良かったね。久しぶりに会うと、嬉しいもんだよね】
【そうか?】
【ライ、お前はちょっと黙ってろ】
【あいよ】
―一〇月二一日
「直紀、最近お前、なんかノリ悪くね?」
「え?んなことねぇだろ?」
「いや、俺も思ってた。なーんか前と違うよな」
「恐喝するときだって、俺達ばっかりやってるし、盗みだってそう」
「そんなことねえって」
「じゃあさ、こうしね?」
一人の男が言うには、直紀が以前よりも悪さを率先してしなくなったことが気に喰わないらしく、それを確かめようとしているのだ。
直紀としては、今までは父親に反発してやっていただけのことで、心の底から愉しんでいたわけではないのだ。
だからといって、きっとこの友人たちは納得してくれないだろう。
そこで、提案されたことが、こうだ。
「今日、女を襲え。それだけだ」
簡単だろ?と付け足され、直紀は拒否することも出来なくなってしまった。
そして夜になり、直紀はターゲットとなってしまう女性を探すことにした。
確かに以前は自ら進んでやっていたかもしれないが、今はそこまで興味はなかった。
だが、断れないのもまた事実。
「(お)」
大人しそうな女性を見つけ、直紀は後をついていくことにした。
女性は本屋に立ち寄ると、しばらく出て来なかった。
別の女性にしても良かったのだが、直紀はその女性を待つことにした。
空が真っ暗になった頃、女性はようやく本屋から出てきた。
女性の後を追っていたところで、女性は人気の少ない公園を通っていく。
「(今だ)」
そう覚悟を決めて、直紀は女性を引っ張った。
当然だが、女性は驚いた顔をしていて、逃げようとじたばた暴れた。
だが、直紀も逃がすわけにも行かず、力付くで女性を掴み、地面に押しつけた。
叫ぶ女性にカッとなり、つい殴ってしまった。
制服を破って女性を襲っていると、突然、背中に痛みを感じた。
「?」
ゆっくりと痛みの元となる場所を摩ってみると、そこからはぬめっとしたものが出てきていた。
暗闇でも、それが血だと分かった。
「ぐはっ・・・」
「ひいっ!」
ナイフと思われるものを引きぬくと、女性は直紀から離れ、今度は正面からナイフを刺してきた。
ああ、これはきっと天罰なのだと思った。
今まで自分がしてきたことに対しての、これが罰なのだと。
遠のく意識の中で、直紀は冷たい風を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
ああ、せめて最期に、ユーカリに一目会いたかったな、なんて。
誰にも届かないそんな気持ちを秘めて、直紀の身体は冷たくなっていった。
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