第2話

文字数 11,091文字


ポイズン
橋本夢の証言



死のことは考えるに及ばない。死は我々が手を貸さなくても我々のことを考えてくれているのだから。   シェンキェーヴィチ



































 第二象【橋本 夢の証言】



























 ―九月三十一日

 橋本夢は、学校を終えた後、必ず立ち寄る本屋があった。

 今日何か新しく出る本があったかな、と思いながら、夢は本屋に入った。

 「あ」

 夢の前には、以前出会った一人の青年が立っていた。

 「入杜さん」

 「あ、夢ちゃん。こんにちは」

 「こんにちは」

 にっこりと微笑んできてくれたのは、入杜冬弥という、別の本屋でバイトをしている男だ。

 この入杜冬弥という男、一見ひ弱そうにも見えるが、格闘技をしているようだ。

 夢は詳しいことを聞いてもさっぱりだが、冬弥はとても楽しそうに話すのだ。

 夢にとって、冬弥は数少ない友達の一人でもあった。

 「何か良い本、ありました?」

 そう尋ねながら、冬弥が持っている本の表紙を見てみる。

 「入杜さん、難しい本も読むんですね」

 冬弥が手にしていたのは、税理士になるための本だった。

 だが、冬弥はそんな心算はさらさらないらしく、単に目に入ったから読んでいたようだ。

 「でも、立ち読みはダメですよ」

 本屋さんが困ります、と付け足せば、冬弥は困ったように笑っていた。

 本屋から出ると、夢は冬弥に送ってもらうことになった。

 そんな帰り道で、冬弥がふと、夢にこう切り出してきた。

 「夢ちゃん、なんだか元気ないね」

 「え?」

 母親にだって言われたことのない言葉に、夢はドクン、と鼓動が高まった。

 優しく、けれど男らしい冬弥に惹かれている。

 「友達と、相変わらず上手くいかなくて」

 何気なくそう言ってみると、冬弥は少し顔を曇らせたが、すぐにまたいつものように柔らかく微笑んだ。

 「夢ちゃんなら、きっと大丈夫。いつか夢ちゃんのことを理解してくれる友達が出来るよ」

 「ふふ。ありがとうございます」

 「俺に出来ることがあったら、何でも言って。協力するからさ」

 「でも私、今は入杜さんがいるから、それだけで充分です」

 「え?」

 夢は、自分がつい言ってしまったことに、ハッとなった。

 恥ずかしくなり、今日は近くの公園までで良いと言って、そそくさと走っていってしまった。

 家に帰った夢は、急いで部屋に帰ると、パソコンを開き、とあるチャットのページを開く。

 最近はみな携帯やスマホでしているようだが、夢はタイピングの方が得意なため、パソコンを使用していた。

 それに、携帯でやっていると、周りの人から変なことを言われるかもしれないからだ。

 【こんばんは。誰かいますか?】

 そう書けば、すぐに返事がきた。

 【こんばんはー!朧がいますよー!】

 【朧さん、こんばんは。ちょっと、相談に乗ってもらってもいいですか?】

 【なになにー?もちろん!私でよければ、なんでも聞くよ!】

 夢は、学校にまともな友達がいない。

 小学校からの幼馴染のような子たちは、マドカ、レイナなどがいるが、最近はあまり話さない。

 チャットの中の、この朧という女性だけが、今の夢にとっては、なんでも言える友達でもあったのだ。

 【実は、さっきまで、この前話した男の人と一緒だったんです】

 【良かったじゃないですかー!で?で?告白なんかしちゃったんですかー?】

 【いえ!ドキドキしちゃって、何も言えないままです・・・】

 【じゃあ、あのことはまだ相談してないんですか?】

 【彼を巻き込むわけにはいきません】

 彼のこととは、もちろん冬弥のことだ。

 【えー!頼んだ方がいいですよー!だって、彼強いって言ってたじゃないですかー!意外と、待ってるかもしれませんよー?】

 最近、夢は不安なことがあった。

 それは、近所で増えているレイプ魔のことだ。

 自分が狙われるなんて思っていないが、それでも、遭遇してしまったらどうしようとか、そんなことを考えてしまうのだ。

 【でも、狙われてるわけじゃないですし】

 【いやいや!女の子はみんな危ないですって!絶対に頼んだほうがいいですって!】

 【そうですかね?じゃあ、今度会ったときにでも、頼んでみます!】

 【ファイトです!何かあったら、私もすぐに助けに行きますよー!】

 【ありがとうございます、朧さん】

 そこで、朧はチャットルームからいなくなってしまった。

 ほんの少しの会話だったが、とても落ち着くことが出来た。

 夢はシャワーを浴びて、ベッドへと横になり、朝を待った。







 翌日になり、偶然にも、また帰り道に冬弥に出会った。

 いつもの本屋から出てきたところで、冬弥の手には何か買ったのか、袋を持っていた。

 声をかければ、にこりと笑ってくれる。

 「昨日は急に行っちゃったから、どうしたかなって心配してたんだよ」

 「すみませんでした」

 「ここら辺、最近変な奴多いからね。無事なら良かったよ」

 冬弥がそんな話をしてきたから、夢は思い切って聞いてみた。

 夢からその話を聞いて、冬弥はもちろん、と言ってくれた。

 「出来る限り、毎日送っていくよ。だいたいこの時間でしょ?」

 「はい。お願いします」

 「ああ、でも」

 もしかしたら、バイトの関係で迎えに来れない日もあるかもしれないと、冬弥はポケットから何かを取り出した。

 それは、折り畳み式のナイフだった。

 「え?い、入杜さん、これ?」

 「これ、持ってるといいよ。本当に刺すわけじゃなくてさ、威嚇程度に。護身用だよ」

 冬弥が言うには、本屋の仕事というのは、段ボールが届くらしく、ガムテープを切ったり、段ボールを折り畳むときにこれを使っていたようだ。

 それならば、冬弥が仕事が出来なくなると言うと、家にあるハサミを持って行くから大丈夫だと言われた。

 恐る恐る、ソレを冬弥から受け取ると、冬弥は夢の手を両手で包んできた。

 「夢ちゃんに何かあったら困るよ。ね、お願い。コレを持っててくれると、俺も助かるんだ」

 冬弥の真っ直ぐな目に見つめられ、夢はコクン、と頷き、ナイフを鞄にしまった。

 家に帰ってから、夢はナイフを少し眺めたあと、チャットを開く。

 【朧さん、いますか?】

 決まった人にしか見られないようにして、特定の朧に送る。

 【はいはいー、いますよー】

 【実は・・・】

 冬弥から護身用にとナイフを貰った事を告げると、最初は朧は反対をした。

 【危ないですよー!返した方がよくないですかー?】

 【でも、彼も心配してくれているんです。出来る限り、毎日迎えに来てくれるって言ってましたし】

 【本当ですかー?んー、まあ、ならいいですかね?でも、最後の最後まで、使っちゃダメですからね!】

 朧からの励ましももらい、夢はそれからしばらくチャットで話しを続けた。

 結局、寝るのは十二時を過ぎてしまった。







 ―一〇月十二日

 「いってきます」

 母親にそう告げて、夢は学校へと向かった。

 学校に行っても、仲の良い友達なんて、一人もいないのに。

 教室に入っても、声をかけることも、かけられることもない。

 夢は窓際の席のため、頬杖をついて空を眺めれば、授業は終わっているのだ。

 早く終わってくれれば、冬弥に会える。

 そして、チャットでは朧が自分の味方になってくれる。

 「入杜さん、お待たせしました」

 「お疲れ様」

 以前、冬弥に家まで送ってくれるように頼んだ。

 それは、夢の近所で起こっている、女性を狙った卑劣な犯罪のせいだ。

 冬弥には申し訳ないと思いつつも、夢はこの二人でいられる時間が何より幸せだった。

 しかし、冬弥のことで知っていることと言えば、名前とバイトをしている、ということくらいだろうか。

 誕生日とか、住んでいるところとか、聞けるものなら聞いてみたいが、夢にはそんな勇気はなかった。

 「なんか、良い匂うするね、夢ちゃん」

 「え?」

 何の匂いだろうと、夢は自分の身体をクンクン嗅いでみる。

 すると、甘い匂いが漂ってきた。

 「ああ、これ。今日、調理実習があって、パウンドケーキを作ったんですよ」

 「ああ、そうなんだ。だから夢ちゃんから甘い匂いがしたんだね。今度俺にも作ってくれる?」

 「は、はい!」

 向けられたことのない笑みをくれる冬弥に、夢は同じように微笑み返した。

 「あ、クレープ屋さんだ。夢ちゃん、食べよう?」

 「へ?」

 有無を言わさず、夢の腕を引っ張って、冬弥はクレープ屋まで向かい、チョコバナナクレープを二つ買った。

 冬弥は甘党なにか、とても嬉しそうに美味しそうに頬張っていた。

 それを見て、夢も幸せな気分になった。

 「ありがとうございました」

 「いーえ。ちゃんと持ってる?」

 「はい、持ってます」

 まるで合い言葉のように、冬弥に貰ったナイフをちらっと見せると、冬弥は夢の頭を撫でた。

 「ほら、家に入って。見送りなんていいからさ」

 「すみません、ありがとうございます」

 ぺこぺこ頭を下げながら、夢は家には言ってドアスコープから外を覗いてみる。

 すると、手を振ってから、帰って行く冬弥の姿があった。

 まだ母親は帰ってきていないようだが、そんなことよりも、夢はチャットがしたかった。

 部屋に籠ってパソコンを開くと、唯一の話相手の朧に声をかける。

 【朧さん、いますか?】

 【朧はここですよ!どうかしましたか?】

 【今日も無事、送ってもらいました!】

 【きゃー!!!良かったですね!あとは気持ちを伝えるだけですね!】

 そんなガールズトークも、学校では絶対に出来ない。

 朧だから言えることが沢山あり、夢は今の自分の気持ちを想い想いに綴った。

 それに対して、朧はずっと聞いてくれて、楽しい会話をしてくれる。

 朧とのチャットが終わり、小腹が空いて下に下りてみたが、まだ母親は帰ってきていないようだ。

 「遅いな、お母さん」

 昨日の残りのカレーが残っていたから、カレーを温め直して、それを食べた。

 シャワーを浴びてベッドに横になって、冬弥から貰ったナイフを、お守りのように見つめてから寝るのだった。







 ―九月二十七日

 【夢さん夢さん!何か良いことあったんですか?】

 【え?どうしてですか?】

 夢は、生理痛が酷かったため、学校を休んでチャットをしていた。

 薬を飲んでからも痛くて寝込んでいたが、少し効いてきたのか、身体が楽になった。

 気を紛らわせるためにも、チャットをしていたのだ。

 【今日は生理痛が痛くて。学校休んじゃいました】

 【そうだったんですか。大丈夫ですかー?私は痛くならないんですよねー】

 【羨ましいです。こんなに痛くなるなら、男に産まれてきた方がよかったです】

 【そんなこと言わないでくださいよー!男は男できっと大変ですよ!】

 そんな他愛もない会話をしていると、夢はふと、冬弥のことを思い出した。

 学校を休んでしまったから、今日は会えないのか、とショックなことを書き込んでみた。

 【でも今日はあの人に会えなくて、残念です】

 【あ、例の彼のことですね?】

 【はい。出来ることなら、毎日でも会いたいくらいです】

 なんてもったいないことをしてしまったんだと、夢は朧に色々話していた。

 お昼になると、朧は家の手伝いがあるからということで、一旦ルームから出て行った。

 夢もお腹が空いてきたため、下に下りて何か食べ物はないかと探してみる。

 丁度そのとき、母親の希がお昼休憩で帰ってきたようで、鉢合わせしてしまった。

 「夢、身体大丈夫なの?」

 「大丈夫」

 「ちょっと待っててね。今、お昼作るから」

 「別にいい。散歩してくる」

 「夢!」

 学校を休んだということも忘れ、夢は家を勢いよく出てきてしまった。

 玄関に置いてあった家の鍵だけを持って、夢は近所をフラフラ歩いていた。

 きっと警察がいれば、今日学校はどうしたのかと聞かれてしまうだろうが。

 その時、ぐう、とお腹が鳴った。

 「お腹空いたなー」

 「何か食べに行く?」

 「行きたいけど、お金持ってきてない、し・・・へ?」

 自分以外の声が聞こえてきて、夢は警察かと思って思わず身体を強張らせる。

 だが、後ろの人物はクスクスと笑って、夢の肩に手を乗せてきた。

 「夢ちゃん、俺だよ」

 「い、入杜さん!どうして・・・」

 「それはこっちの台詞だよ。どうしたの?学校は?」

 「えっと・・・」

 体調不良で休んだが、母親との折り合いが上手くいかず、家を飛び出してきたことを説明した。

 その夢の話を冬弥は信じてくれたようで、ファミレスへと連れて行ってもらった。

 まだお腹が痛いため、夢は何か温かいものを食べたいと、グラタンを頼んだ。

 冬弥はもう食べてきたらしく、飲み物だけを頼んでいた。

 「顔色悪いね。それ食べたら家まで送っていくから。ゆっくり休んでね」

 きっとその頃には、希も仕事に行っているだろうと、夢は大人しく頷いた。

 デザートも食べて良いと言われたが、家に帰って薬を飲みたかったため、頼まずに家まで送ってもらった。

 思った通り、もう希はいなく、夢は冬弥に御礼を言って家に入る。

 「・・・入杜さん」

 薬を飲んでしばらく痛みに耐えていると、少しして楽になってきた。

 【朧さん、まだ戻ってきてないですかね?】

 【今日は体調が悪いので、私も早めに退散しようと思います】

 【また連絡しても良いですか】

 ぱたん、とパソコンを閉じると、夢はシャワーを早めに浴びた。

 冬の間に使っていたホッカイロを探し、それをお腹と背中につけると、ベッドに横になって苦痛に表情を歪める。

 「痛い・・・」







 ―九月二十日

 「気をつけー、礼―」

 帰りの時間も終わり、夢は帰る準備をしていた。

 「ねえ夢、今日カラオケ行かない?」

 声をかけてきたのは、クラスでも人気のある女性たちだった。

 明らかに夢とは性格も見た目も異なる存在に、夢は顔を引き攣らせてしまう。

 「あ、私は、いいや・・・」

 「あっそ」

 「なにあの子、ノリ悪」

 「いーよ、放っとこ」

 幼馴染だなんて、誰も知らないかもしれない。

 小さい頃は良く遊んだが、そのうち、あっちはあっちで自分と合う友達を見つけたようで、夢にはほとんど話しかけてくることはなくなっていた。

 夢もそれで良いと思っていたし、それ以上を求めることもなかった。

 毎日毎日同じことの繰り返しで、夢は学校に限らず、全てが退屈でしかたなかった。

 そんな夢の日課とも言えるのが、学校帰りに本屋に立ち寄ることだった。

 自分だけの世界に浸れる時間が、とても充実しているのだ。

 「(あれ?)」

 いつも夢が立ち寄っている本屋に、この小さな本屋には似合わないような、端正な顔立ちの男がいた。

 その男が気になりながらも、夢は男に背を向けて上の方を眺めていた。

 「(あ、あれ面白そう)」

 背の低い夢は、精一杯背伸びをして、目的の本を手に取ろうとする。

 だが、なかなかとれず、脚立でも借りようかと思っていると、その本を誰かが夢の後ろから手にしてしまった。

 残念だな、と思っていると、夢の前にその本を差し出してきた。

 「?」

 本を見てから、その伸びる腕の方へと顔を動かしていくと、そこには先程の綺麗な顔をしている男の人がいた。

 それに、こうして間近で見ると、男らしくて格好良い。

 「どうぞ?これ、取りたかったんでしょ?」

 「え?ああ、はい。ありがとうございます」

 にこっと笑って、その男の人はレジに向かって何かを買うと、そのまま店を出て行ってしまった。

 夢は急いでその本を買い、男の人の後をついていった。

 「あの!」

 ふわっと振り返ってきた男に、夢は自分の心が奪われたことを確信する。

 「あの、さっきは、ありがとうございました」

 「ああ、気にしなくて良いのに」

 「いえ、あの、欲しかったので、すごく嬉しくて」

 しどろもどろに話すと、男は夢を見て笑いだした。

 何か変なことを言ってしまったかと考えていると、男はベンチに座り、夢にも座るよう促した。

 男の隣に座っただけで、夢の心臓はドキドキしてしまって、何を話したら良いのかわからない。

 「さっきの本って、幽霊塔?」

 「え?あ、はい、そうです」

 「一回読んだことあるけど、面白いよ」

 「そうなんですか。今日は何を買われたんですか?」

 「今日はね、母親に頼まれた雑誌」

 それから、男は入杜冬弥という名であること、そして他の本屋でバイトをしていることを教えてもらった。

 夢も自分のことを話して、二人はすっかり意気投合した。

 「もう暗くなってきちゃってね。送って行くよ」

 「大丈夫ですよ。ここから近いですし」

 「でも何かあったら困るよ。送っていきたいな」

 頼まれるような形で送って行くと言われ、夢は送ってもらうことにした。

 母親はまだ帰ってきていないようで、鍵を鞄から取り出した。

 「お母さん、仕事してるの?」

 「はい。お昼に一回帰ってきてるみたいなんですけど、最近では顔も合わせないから、いつ頃帰って来てるのかもわからなくて」

 「そうなんだ。じゃあ、鍵をしっかり閉めておきなよ?」

 「はい、ありがとうございました。おやすみなさい」

 「おやすみ」

 初めて会ったというのに、こんなに会話をしたことがあっただろうか。

 夢は冬弥のことを思い出しながら、その日、チャットを開くのだった。

 【こんばんは】

 【やっほー!やっと来ましたね!】

 【朧さん、こんばんは】

 【もしかして、彼氏とか出来ちゃいました?】

 【違いますよ!実は、本屋さんで素敵な人に出会ったんです】

 惚気話をすると、朧も楽しそうに話しに乗ってくる。

 学校では味わう事の出来ない、楽しい時間は、あっという間に過ぎて行く。

 十二時過ぎまでチャットで話したあと、朧とのチャットを終わりにする。







 ―一〇月一三日

 ピンポーン

 朝から、家の呼び鈴がなった。

 時計を見てみると、まだ六時だったため、夢はどうせ母親が出るだろうと思い、また布団にもぐりこんだ。

 だが、それでも呼び鈴は鳴り続け、さらには、何か叫んでいるのが聞こえた。

 「もー、誰?」

 目を擦りながら、夢はダルそうに階段を下りていき、玄関を開けた。

 「はーい、どちら様?」

 「警察の者です」

 「・・・警察?」

 そこで、夢は母親の希が殺されたことを聞かされた。

 「嘘・・・嘘ですよね?」

 「御愁傷様です」

 「どうして!?誰がお母さんを殺したの!?」

 捜査は調査中としか言えないようで、警察は夢にも話しを聞きたいと言ってきた。

 だが、家に居座られるのも嫌で、警察署へと向かう事にした。

 取り調べ室に入るとき、自分と同じように隣の取り調べ室に入って行く男を見かけた。

 夢は部屋に入ると、目の前にはガタイの良い男がどかっと座った。

 「俺は別所だ。こいつは部下の」

 「遊馬宥夢っす!よろしくっす!」

 「早速だが、昨日の君のお母さんの行動について、教えてくれるかな」

 別所という男にそう聞かれたが、正直、夢にだって分からない。

 「朝から、母とは一度も会っていません。私が学校から帰ってきたときもいなくて、私はそのまま寝てしまいましたし。だから、何も知りません」

 「朝から一度も会ってない?そんなことがあるのか?」

 「しょっちゅうです。母とはあまり話さないですし。何も、知らないんです」

 「お母さんが働いていた場所は?」

 「知りません」

 「仲良くしていた人は?」

 「知りません」

 「じゃあ、昨日の夜、七時半から八時までの間、君はどこで何をしていた?」

 「なんですか、それ。私、疑われてるんですか!?本当に何も知らないんです!私じゃない!」

 「お、落ち着くっす!」

 夢だって、まだ希が殺されたことを受け入れられていないのだ。

 それなのに、まるで自分が犯人のようなことを聞かれ、耳を塞いでしまった。

 母親が何をしていたのか、誰と付き合いがあったのか、そんなこと興味なかったし、知ろうともしなかった。

 とりあえず帰してもらえることになったが、帰ったところで、もう誰もいないのだ。

 母親の部屋に入ってみるが、最低限のものしか置いてない、とても質素な感じだ。

 ベッドに横になり、ぼーっとしていると、またチャイムが鳴った。

 またさっきの警察かと思っていたが、チャイムが何度も鳴る為、また夢は玄関を開けにいった。

 「い、入杜さん・・・」

 「ごめんね、急に。ニュース見てさ。夢ちゃん、大丈夫?」

 「い、入杜さん!」

 今まで耐えていたものが、一気に込み上げてきて、夢は思わず冬弥に抱きついてしまった。

 冬弥は夢の背中をポンポンと叩いてくれて、それだけで安心した。

 冬弥を家に入れてお茶を出すと、夢も椅子に座ってお茶を眺める。

 「心配したよ」

 「警察が来て、さっき事情聴取を受けてきたんです。もう、何が何だか分からなくて」

 「無理しなくて良いよ。夢ちゃんも疲れてるだろうから、ゆっくり休むといい」

 「わざわざ、ありがとうございます」

 「いいんだよ。何かあったらすぐに読んで。力になるから」

 冬弥は帰り際、ああそうだ、と言って袋を渡してきた。

 冬弥がスーパーの弁当を買ってきてくれたため、夢はそれを食べようと思ったが、食欲がなかった。

 そんなときの為なのか、ゼリーなどのさっぱりしたものも入っていて、夢はゼリーだけを食べて、寝ることにした。

 学校から連絡が来たようだが、今は誰とも話したくはない。

 これからどうなるんだろうと、夢は一抹の不安を抱えながら、目を瞑る。







 ―九月十三日

 「ねえ、橋本さんってさ、オタクなの?」

 「え、そうなの?」

 「だって、いつもなんか本読んでない?あれってマンガじゃないの?」

 「小説でしょ?」

 「オタクはオタクじゃん。カラオケも買い物も、誘っても全然ダメだし。何が楽しくて生きてるんだろうね、ああいう人って」

 「ちょっとマドカ、あんた幼馴染じゃないの?」

 「だから嫌なのよね。なんか、あいつと関わりがあるってだけで、私まで暗いイメージ持たれちゃうじゃん」

 「確かに。迷惑だよね」

 「てかさ、下の名前、なんだっけ」

 「夢でしょ」

 「夢!?はははは!!マジ!?信じらんない!似合わねー!」

 聞こえていたけど、聞こえないフリをしていた。

 ちょっと何なの、なんて言おうものなら、きっと自分が悪者にされてしまうから。

 何もせず、何も言わず、とにかく一日が過ぎるのをただ待っていた。

 家に帰ったところで、特に何かするわけでもない。

 チャットか本を読むくらいだ。

 母とも上手くはいっていない。

 「夢、ご飯よ」

 「いらない」

 「夢、ちゃんと食べないと倒れちゃうわよ」

 「いらない」

 いつから、こんなに母親と話さなくなったのかはわからない。

 思春期の特徴と言われてしまえばそこまでなのだが、そういうわけではない。

 父親と離婚してしまった頃からだろうか。

 はっきりとは言えないが、きっとそうだ。

 「夢ね、パパみたいに格好良い工場長になるの!」

 父親は、何かの部品を作る工場で働いていた。

 世界でも注目されていたその部品は、とても高く売れたのだ。

 だがある日、雇っていた人が部品を外に持ち出し、勝手に売っていたことが分かった。

 しかも、工場の金を持ち逃げもしていた。

 父親の工場は潰れ、母親は見切りをつけて離婚を切り出した。

 父親好きだった夢は、父親と生活したかったようなのだが、夢を養うだけの貯蓄もなかった父親は、親権を手にすることが出来なかった。

 あれから、父親がどこで何をしているのかは分かっていない。

 もしかしたら、ホームレスになっているかもしれないし、生きているのかも死んでいるのかも、分からない。

 夢はチャットを開き、チャットで仲良くなった人との会話を楽しむ。

 【朧さん、こんにちは】

 【こんにちはー!もー、ずっと待ってたんですよー!】

 【すみません。それより今日も聞かせてくださいよ。面白い話!】

 【ふふふ、仕方ありませんねー。今日は、特別!最高の面白い話をしてあげますよ!】

 顔も見えない相手だからこそ、こうして話せることが出来る。

 だからと言って、傷付ける様なことも、言われて嫌なことも書きこまない。

 純粋に、愉しみたいだけだ。

 チャットで出会った朧は、とても気さくで、夢にどんな話しでもしてくれた。

 家族のことも、自分のことも、それが夢には嬉しいことだった。

 【朧さんの話を聞くと、元気になります】

 【本当ですか!?それなら良かったです!】

 自分の中で足りない何かを、朧が埋めてくれるような気がしていたのだ。







 ―一〇月二一日

 昨日、冬弥が言っていた。

 今日は、バイトが遅くなってしまうから、家まで送れないと。

 だから、気をつけて帰るようにと言われていた。

 けれど、夢は実際に自分が狙われるなんて思っていなかったし、今日一日くらいなら、一人でも平気だろうと考えていた。

 母親が亡くなってからも、あの家で一人で住んでいた。

 色々やることも出す書類もあって、それらは警察の方や近所の人が、教えてくれた。

 お金のことなんかは、一切分からないけど、母親が自分に保険をかけていたことを知り、夢は初めてその日泣いた。

 夢が本屋から出るときには、もうすっかり空は暗くなっていた。

 「わ、真っ暗」

 そんなに長い時間いたのかと、夢は足早に家まで帰ることにした。

 そんなとき、後ろから誰かが着いてくる気配を感じた。

 まさか、とも思ったが、もしかしたら冬弥がバイトを終わらせて来てくれたのかもしれないと、夢は思い切って振り返ってみた。

 「!!!!」

 だが、そこにいたのは冬弥ではなく、見知らぬ男だった。

 誰?と考える暇もなく、男は夢の手首を強く掴んで、引っ張って行く。

 「や!やめて!」

 近道をと思って公園を通ったのがいけなかったのか、男は草陰に夢を押し倒した。

 「!!!いや・・・!」

 不気味に笑う男は、夢が着ている制服を破ろうと、手を伸ばした。

 夢は無我夢中で、必死に身体を捻って抵抗を試みるが、夢が暴れたせいで苛立った男は、夢を殴った。

 初めて殴られた痛みに、夢は思わず涙を流してしまう。

 「(助けて助けて!冬弥さん!)」

 心の中で叫んでみても、冬弥が来ることはないのに。

 そんなとき、ふと夢は思い出した。

 恐怖に震える身体をなんとか動かし、鞄に入っている、護身用にと貰ったナイフを取り出すと、夢の身体に触れて卑下た笑みを浮かべる男にバレないよう、ナイフを取り出す。

 知らない男に触れられる恐怖と気持ち悪さに、夢は目を瞑り、ナイフで男を刺した。

 背中をぐっと刺すと、男は動きを止めて、ナイフを夢から奪おうとする。

 男が怯んだすきに、夢は男から離れると、今度は正面から男を刺した。

 初めて感じる、人の肉を貫通する感覚。

 「はあっ・・・はあっ・・・!」

 我に返ると、夢はナイフを地面に落とし、その場で動けないでいた。

 同じように、公園を帰り道にしていた通りすがりの人に見つかり、夢と男は救急車で病院へと運ばれた。

 当然、夢に怪我はなかったが、精神的にはとてもじゃないが、正常とはいえなかった。

 夢の様子をみた女性警官は、夢の背中を摩りながら、励ましていた。

 残念ながら男は死んでしまったようで、夢は後にまた事情聴取をされた。

 「いきなり襲われて、怖くて・・・。護身用に持っていたナイフで、とにかく怖くて、殺そうなんて思ってなかったんです!ただ、怖くて・・・!逃げたくて!」

 「まあ、正当防衛ということでしょうな」

 「大丈夫?少し休みましょうか」

 ナイフを持っていた理由として、本当にただの護身用だと言い続けた。







 《続いてのニュースです》




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