第3話

文字数 1,323文字

 そして今年もまた四月一日がやってきた。昨日、変な夢を見たせいか朝から気分は最悪だったが、気持ちを奮い立たせて、いつも通りの時刻に家を出た。いつものスーツにいつものカバンを肩からかけ、なるべくいつもと変わらない自分を心がけた。
 予想通り、二、三人のフレッシャーズはいたが、これくらいは想定内だ。いつものところに並び、ギリギリ座ることができた。
(フーッ……いいぞ、ここまではいい感じだ……問題は次の駅だな……)
 聡太の予想が正しければ、あの団体のオバサンたちが次の駅で乗ってくる。
 ゆっくりと電車が止まりドアが開いた。
 開いたとたん、オバサンたちが八人、どっと流れ込んできて静かだった車内はやはり、一瞬で賑やかになった。
(うわーっ……予想通り……そうだ、ちょっと待てよ……)
 聡太はカバンの外ポケットに手を突っ込んだ。
(もし、夢が現実になったとするならば、金のイヤホンがあるはず……)
「あった!」
 思わず声を出してしまったが、聡太の声は虚しくオバサンたちの話し声にかき消された。
 指先に何かがあたり、そっと取り出してみるとピカピカに光り輝いた金色のイヤホンだった。
(えっ、マジか……)
 聡太は素早くイヤホンを耳に突っ込んだ。
 すると、今までうるさかった車内が一瞬にして無音になった。何の音も流れていない、全くの無音ーー聡太はびっくりして片方のイヤホンをとってみると、普通にオバサンたちの話し声が聞こえている。でも、イヤホンを突っ込んだ途端、本当に無音になったのだ。そして手にしていたスマホに、ONと表示されていた。下にOFFというボタンもあるので、きっと電車を降りるときはOFFにすればいいのだろう。
 聡太は目を閉じた。
 ドアの開閉の音も走っているレールの音も何も聞こえないので、聡太はあまりの気持ち良さに深い眠りにおちてしまった。

 しばらくして、誰かに足を踏まれて目が覚めた。周りにオバサンたちはいないし、着いた駅のホームをみると、二駅ほど乗り過ごしていた。
 聡太は慌てて電車を降りると、OFFのスイッチボタンを押しイヤホンを外してカバンの外ポケットに入れた。ホームで、職場に遅刻の連絡をしてから、あらためてベンチに座りイヤホンを観察してみた。色は金色で目立つし、形も少し変わっていて、いかにも特別なイヤホンという感じがした。そのとき、ポンとスマホがなり、画面に文字が表示されていた。
[イヤホンを袋に入れベンチの下に置いてください]
(……ハッ?何これ……)
 聡太は戸惑いながらも、入っていた小さな透明な袋に入れ誰も座っていないベンチの下にそっと置いた。
(えっ⁈このまま……置いたまま、立ち去れってことか……⁈……)
 聡太は、誰か行動を見張っている人がいるのではないかと、辺りをキョロキョロ見回した。ラッシュの時間も過ぎ、人はまばらだ。聡太の予想も虚しく、怪しそうな人物は見当たらなかった。
 そして再びベンチの下を覗くと、そこにはもう、イヤホンは影も形も無くなっていた。
(あれ⁈……えっ⁈……)
 電車が到着し、降りてきた人たちに不思議そうな目で見られ、聡太自身が不審人物となっていた。
(夢か?……)
 聡太は腑に落ちないまま会社へ向かうしかなかった。
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