第4話
文字数 1,538文字
その日はさんざんだった。
遅刻した挙句、仕事でトラブルも発生し残業になってしまった。同僚たちはさっさと切り上げて帰宅していった。一人残されたオフィスで一息ついてコーヒーを飲みながら考えた。
(朝の出来事はなんだったんだろう……前の日に見た夢が現実になるなんて……)
聡太はいつも、オバサンたちにもう少し静かにしてほしいなぁ……と思っていた。多分、いつもの通勤メンバーなら、きっと皆、そう思っていたと思う。静かにして下さい、という勇気はない。人生の大先輩だ。ちゃんと聞いてくれるかもしれないし、何か反論されるかもしれない。朝の貴重なプライベートタイムにトラブルだけは面倒だ。ただ静かに過ごしたいだけなんだ。
残業を終えて、駅のホームで電車を待っていると、中国語を話す二人の若い女性が後ろに並んだ。聡太は朝の悪夢を思い出していた。
(仕事で疲れているのに、ペチャクチャと大声で話すこの二人と一緒に乗るのかーーなんてついていない日なんだ……)
女性たちは、大きなジェスチャーに笑い声も混じって、とても楽しそうだった。車内で二人の様子を見ていたら、気づかれたようで、チラ見されながらも楽しそうなおしゃべりは続いている。
今度は静かにしてほしいーーという気持ちより、何を話しているんだろうーーと気になった。
他の日本人乗客は皆、疲れているようで、それぞれ静かに過ごしている。自分以外には二人の会話を気にしている人はいなさそうだった。だから余計に中国語だけが車内にこだましている感じで聡太は気になってしかたなかった。
すると聡太のスマホに、突然、ONとOFFの表示が現れた。
(まさか……)
聡太がカバンの外ポケットに手を突っ込むと、カサッとビニール袋があたる音がして、掴んだ指先にはあの金色のイヤホンがあった。聡太は袋から取り出し、耳に突っ込み、ONを押した。
すると今度は、彼女たちの話し声が日本語に訳されて耳から飛び込んできた。
「今週末、お母さんがこっちにくるって言うの。一昨日、電話があったの」
「えーっ、ヤバいじゃない。彼と一緒に住んでるんでしょ?どうするの?」
「もちろん、今週中にとりあえず出て行ってもらうわ。男と住んでいるなんて知られたら、連れ戻されちゃうもん。一様、卒業まで真面目に学業に専念してるとこ、見せとかないとね。だから、今日、帰ったら片付け、ちょっと手伝ってよ」
「OK、紹介しちゃったの私だもんね。私にも責任あるわ。帰国なんてことになったら私、ひとりぼっちになっちゃうもん。絶対にこの危機は乗り切らないと……話合わせるから帰ったら打ち合わせしよう……ってかさ、さっきからチラチラこっち見てる人、よく見ると案外、イケメンじゃない?」
「そうかな。でも私の趣味じゃないわ」
「そうね、よく見ると大したことないかも……」
聡太はそこまで聞いて、イヤホンを外した。視線を感じつつ、OFFを押しイヤホンを袋にしまった。
[降りたホームのベンチの下に置いてください]
スマホの指示を確認した。
(俺は相当疲れているなぁ……)
電車を降りるとホームの真ん中辺りにあるベンチに座り、人の波がおさまったのを見計らって、そっとベンチの下にイヤホンの袋を置いた。
今度はエスカレーターの方へ歩きながら、振り返ると、やはりそこにイヤホンはもう無かった。
聡太はマンションに戻ると、コートをハンガーに引っ掛け、すぐにシャワーを浴びた。
雑然とした部屋が妙に居心地が良かった。
いつものビールを飲み干し、何も考えずにベッドに寝転んだ。
聡太は薄れる記憶のなかで思っていた。
(明日からは自分のなかのルールを変えてみよう……明日はちょっと早起きしてみよう……)
聡太の四月一日は終わった。
深い深い眠りに落ちた。
遅刻した挙句、仕事でトラブルも発生し残業になってしまった。同僚たちはさっさと切り上げて帰宅していった。一人残されたオフィスで一息ついてコーヒーを飲みながら考えた。
(朝の出来事はなんだったんだろう……前の日に見た夢が現実になるなんて……)
聡太はいつも、オバサンたちにもう少し静かにしてほしいなぁ……と思っていた。多分、いつもの通勤メンバーなら、きっと皆、そう思っていたと思う。静かにして下さい、という勇気はない。人生の大先輩だ。ちゃんと聞いてくれるかもしれないし、何か反論されるかもしれない。朝の貴重なプライベートタイムにトラブルだけは面倒だ。ただ静かに過ごしたいだけなんだ。
残業を終えて、駅のホームで電車を待っていると、中国語を話す二人の若い女性が後ろに並んだ。聡太は朝の悪夢を思い出していた。
(仕事で疲れているのに、ペチャクチャと大声で話すこの二人と一緒に乗るのかーーなんてついていない日なんだ……)
女性たちは、大きなジェスチャーに笑い声も混じって、とても楽しそうだった。車内で二人の様子を見ていたら、気づかれたようで、チラ見されながらも楽しそうなおしゃべりは続いている。
今度は静かにしてほしいーーという気持ちより、何を話しているんだろうーーと気になった。
他の日本人乗客は皆、疲れているようで、それぞれ静かに過ごしている。自分以外には二人の会話を気にしている人はいなさそうだった。だから余計に中国語だけが車内にこだましている感じで聡太は気になってしかたなかった。
すると聡太のスマホに、突然、ONとOFFの表示が現れた。
(まさか……)
聡太がカバンの外ポケットに手を突っ込むと、カサッとビニール袋があたる音がして、掴んだ指先にはあの金色のイヤホンがあった。聡太は袋から取り出し、耳に突っ込み、ONを押した。
すると今度は、彼女たちの話し声が日本語に訳されて耳から飛び込んできた。
「今週末、お母さんがこっちにくるって言うの。一昨日、電話があったの」
「えーっ、ヤバいじゃない。彼と一緒に住んでるんでしょ?どうするの?」
「もちろん、今週中にとりあえず出て行ってもらうわ。男と住んでいるなんて知られたら、連れ戻されちゃうもん。一様、卒業まで真面目に学業に専念してるとこ、見せとかないとね。だから、今日、帰ったら片付け、ちょっと手伝ってよ」
「OK、紹介しちゃったの私だもんね。私にも責任あるわ。帰国なんてことになったら私、ひとりぼっちになっちゃうもん。絶対にこの危機は乗り切らないと……話合わせるから帰ったら打ち合わせしよう……ってかさ、さっきからチラチラこっち見てる人、よく見ると案外、イケメンじゃない?」
「そうかな。でも私の趣味じゃないわ」
「そうね、よく見ると大したことないかも……」
聡太はそこまで聞いて、イヤホンを外した。視線を感じつつ、OFFを押しイヤホンを袋にしまった。
[降りたホームのベンチの下に置いてください]
スマホの指示を確認した。
(俺は相当疲れているなぁ……)
電車を降りるとホームの真ん中辺りにあるベンチに座り、人の波がおさまったのを見計らって、そっとベンチの下にイヤホンの袋を置いた。
今度はエスカレーターの方へ歩きながら、振り返ると、やはりそこにイヤホンはもう無かった。
聡太はマンションに戻ると、コートをハンガーに引っ掛け、すぐにシャワーを浴びた。
雑然とした部屋が妙に居心地が良かった。
いつものビールを飲み干し、何も考えずにベッドに寝転んだ。
聡太は薄れる記憶のなかで思っていた。
(明日からは自分のなかのルールを変えてみよう……明日はちょっと早起きしてみよう……)
聡太の四月一日は終わった。
深い深い眠りに落ちた。