~ 終章 鬼頭 ~

文字数 6,598文字

洞窟の最深部、封印石の間に至る扉の前に夏芽達は辿り着いた。

夏芽達は三、四メートルはあろうかという分厚い鉄の扉越しに強い霊脈の乱れを感じていた。

「やっと着いたね、月牙。さあ、全てを終わらせに往こう」
「ああ」
<響子ちゃん、先に往ってるよ>

 夏芽は分厚い扉を押し開けた。

 扉を開けると、そこには広大なホール状の空間と、祭壇のような建造物、その祭壇の上に高さ五メートル、幅八メートルはあろうかという巨大な石、封印石が鎮座していた。
その封印石も半分に割れ、オーロラのような光を溢れさせている。
「往こう、月牙。鬼頭が待ってる」
「ああ、これで最後だ」
 夏芽達はお互いに頷き合うと、意を決して祭壇に続く階段を上っていった。
数十段はある階段を上るとまた広いスペースがあり、そこに一人の男が立っていた。
晃が着ていた着流しの着物と同じデザインだが、晃とは対照的に黒い着物だった。

「貴方が鬼頭家の当主、鬼頭総一郎ね?」
「ああ、お前は草薙家の確か夏芽だったか。よく晃を倒してきたな」
低く威厳を感じる声で総一郎は答える。
<凄く大きな霊力を感じる。この人、さっきの神代さんより強い>
「こんなことをもう止める気はないの?」
「ない。夏芽、お前も分かってるはずだ。私を止めるには私を倒すしかないということを」
夏芽の問い掛けに、総一郎は冷たい視線のまま答えた。
「やっぱり話し合いは無理なのね。分かった、罪のない人々をこれ以上苦しめる訳にはいかない」
夏芽はそういうと、両拳を握り締めながら構える。
「晃を倒したお前の力、私が見てやろう」
総一郎はそう言いながら右手に数枚の呪符を取り出した。

「飛燕」
一言いうと、右手の呪符を夏芽に向けて投げ付ける。それらは空中で燕に姿を変え、一斉に夏芽に襲い掛かる。
「式神、それなら」
夏芽は右拳を突き出す、すると野球のボール大の炎の塊が燕に向かって放たれた。
高速で飛んでいる燕は、その炎の塊になすすべなく焼かれていく。
「くらえ」
月牙が猛スピードで総一郎に肉迫し、口から青白い炎の塊を総一郎に放った。
「ふん」
総一郎は片手をかざし、障壁を展開させて月牙の攻撃を防ぐ。
「甘い」
総一郎はそういうと右手から衝撃波を放った。空中にいたため、月牙はそれを回避出来ず、三、四メートルほど後方に吹き飛ばされる。
「グァッ」
「はあああぁっ」
夏芽は足に霊力を蓄め、一気に総一郎との間合いを詰める。
一瞬で総一郎の懐に飛び込んだ夏芽は、右アッパーを総一郎の顎をめがけ繰り出した。
総一郎はそれを僅かに動き、紙一重で躱す。
「まだまだっ」
右アッパーを避けられた夏芽は、ジャンプしたままの姿勢から総一郎の頭部に右のキックを放つ。
「ふっ」
総一郎は片手で夏芽の右足を掴むと、そのまま横に一回転し壁に向かって投げ付ける。
「くうぅっ」
夏芽は投げ飛ばされながらも空中で身体を翻し、壁に着地した。

 夏芽の右拳が光を放ち、夏芽の身体が炎のように紅く輝きだした。
「鳳凰飛翔波」
夏芽が右ストレートを放つと右拳から鳳凰の形をした炎が現われ、総一郎に襲い掛かった。
「ほぅ、それがお前の霊力の象徴か。なら私のも見せよう」
総一郎の身体が、黒いオーラのような光を放ち始める。
「砕け、黒龍」
そう言いながら右手を夏芽に向けると、総一郎の右手から黒い龍が顎を開き、咆吼を上げながら、鳳凰に襲い掛かった。
黒龍は身を捩るように宙を駆け、鳳凰を砕き、夏芽を襲う。
「なっ、くぅっ」
夏芽は右拳を突き出すと、左手で右手を掴む。両腕が紅く光を放ち、夏芽の全身が炎のように紅く輝きだした。
「鳳凰天翔波」
夏芽の両腕から双頭の鳳凰が飛び出し、黒龍と激突し、直後、激しい爆発とともに鳳凰と黒龍は消える。
「なるほど、それで晃を倒したのか」
着地した片膝立ちの夏芽に、総一郎はゆっくり歩み寄ってくる。
「だが、そんなものでは私は倒せん」
夏芽の目の前まで来ると、総一郎は夏芽に向けて右手を構える。
「さらばだ、草薙家の退魔師よ」
黒いオーラが総一郎の身体を包み、右手が黒く輝く。
「夏芽っ」
月牙が総一郎に向かい突進していく。
「そんなに死にたいなら、貴様から殺してやる」
総一郎が標的を月牙に変え、月牙に黒龍を放った瞬間。
「はあああぁっ、鳳凰飛翔波」
夏芽の放った炎の鳳凰が総一郎を襲う。
「貴様っ」
総一郎が咄嗟に炎の鳳凰に対して防御態勢を取ったため、月牙に向けて放った黒龍波は軌道が逸れ、月牙の後方の壁に激突した。
「さっきより威力が上がっている、だと」
左手のみで防御していたが、右手を加え、両腕で炎の鳳凰を防御する。
「まだ、俺もいるぞ」
総一郎の横に立つ月牙の身体が青白く輝く。
「くらえっ」
月牙の口から巨大な青白い炎の塊が放たれ、両腕の塞がった総一郎に襲い掛かる。
「おのれっ」

 夏芽達の周囲を爆煙が包んだ。
「どう?」
夏芽は横に歩み寄った月牙に問う。
「まだだ、まだ奴の霊力が消えていない」
夏芽達は、爆煙の向こうからまだ放たれる総一郎の霊気を感じ、戦闘態勢を取った。
「私にここまで攻撃を当てたのはお前達が初めてだ。認めよう、お前達は私が出会った中で最強の敵だ」
傷一つ負っていない総一郎が、爆煙の中から姿を現わした。
「それはどうも」
夏芽はゆっくりと身体を起こすと両拳を構える。
「一切の手加減失く、躊躇せず、全力でかかってこい。私も同じように全力でお前を殺す」
総一郎の身体から、黒いオーラのような光が立ち上る。
「分かった、全力で貴方を倒す」
夏芽が両拳を握り直した。
刹那、総一郎の姿が消え、次の瞬間には夏芽の目の前に現われる。
「つっ」
総一郎の放った回し蹴りを夏芽は両腕で防御したが、踏み留まれず後方に吹き飛ばされた。
それを追うように総一郎の姿が消える。
「くっ」
吹き飛ばされながらも身を捩って着地した夏芽の目の前に総一郎が現われ、黒龍波の構えを取る。
「死ぬ」
「これ以上はやらせん」
月牙が叫びながら夏芽達の間に割り込み、障壁を展開させた。
「砕け、黒龍」
総一郎の右手から放たれた黒龍が、耳を劈くほど大きな雄叫びを上げながら、月牙の展開させた青白い障壁と激しく激突する。
互いの霊力が粒子となり、飛び散っていく。
「ぐおおおおおおぉっ」
月牙はさらに霊力を放出し、障壁を強化させていく。
「鳳凰飛翔波っ」
月牙の展開した障壁の向こうから、夏芽が鳳凰飛翔波を放った。炎の鳳凰が拮抗していた障壁と黒龍を砕き総一郎に襲い掛かる。
「良い攻撃だ、だがっ」
総一郎は左手に霊力を集中させ、衝撃波を放ち炎の鳳凰を撃破した。
直後、障壁を解いた月牙の放った青白い炎の塊が総一郎を襲う。
が、それは総一郎の右手に掻き消された。
「どうした、これで終わりか」
総一郎の放った衝撃波によって、夏芽達は後方に吹き飛ばされた。
「夏芽っ」
「うん、月牙っ」
ほぼ同時に着地した夏芽達は、そのまま総一郎に向かって走りだす。
「鳳凰飛翔波」
「くらえっ」
炎の鳳凰と青白い炎の塊が融合し、青白い炎の鳳凰となった。

「「いけえっ」」
夏芽達の想いを乗せ、鳳凰は疾風の如く総一郎に襲い掛かる。
「そんなものは効かん」
総一郎は左手で障壁を展開させ、鳳凰を防御した。だが、徐々に押され両手で防御した。
「まだ、こんな力があったか」
「はあああぁっ」
夏芽達は攻撃が防御されると、そのまま総一郎との間合いを詰め、接近戦を挑む。
月牙が青白い炎の塊を放つと同時に、夏芽が走りだす。
「さあ、私を倒してみろ」
総一郎は青白い炎の塊を左手で弾き飛ばす、すると夏芽が総一郎の懐に潜り、零距離から鳳凰飛翔波を放った。
「くっ、おおおおぉっ」
鳳凰に押され、総一郎は壁に激突した。

「はぁはぁ、やっと、入った」
両膝に手を置き、肩で息をする夏芽に月牙が叫ぶ。
「夏芽、後ろだ」
夏芽は後ろを振り替える、スローモーションのように見えた景色の中に、総一郎の姿があった。
「死ね」
総一郎は夏芽の腹部に黒く輝く右手を当てて、黒龍波を放った。
悲鳴一つ上げる間もなく、夏芽は壁に激突する。
「夏芽えぇっ」
月牙が夏芽のもとに走りだす姿を、総一郎は祭壇上で見下ろしながら壁から落下した夏芽に向け、黒く輝く右手を構える。
「止めだ」
 冷淡に言い、総一郎は黒龍波を放った。放たれた黒龍はそれまでの大きさとは違い、数倍近く巨大化し、咆吼を上げながら踊るように夏芽に突進していく。
「うおおおおおおぉっ」
身体中を青白い光で包み、月牙が一瞬で夏芽と黒龍の間に割り込む。割り込むと同時に防御障壁を展開させた。
「やらせはしない、俺の命に代えても、夏芽をこんなところで死なせないっ」
数倍近く巨大化している黒龍を、月牙は同じく大きく展開した防御障壁で受け止める。
障壁に激突した黒龍は狂ったように咆吼を上げ、暴れる。
「…う、ん、…月牙?」
壁から落下し上半身を起こした夏芽が見たのは、二、三メートル目の前で巨大化した黒龍を受け止める月牙の姿だった。
「月牙っ」
「夏芽、気が付いたか。安心しろ、こいつは俺が止める」
月牙は夏芽に振り向きもせず答える。
「でもっ」
「俺は夏芽を護る存在だ、俺を信じろ」
直後、黒龍が膨れ上がるように巨大化し、激しく爆発した。
「うおおおおおおぉっ」
激しい爆発を受け止めるため、月牙も全霊力を放出していく。

 激しい爆音と爆風の後、爆煙の中に夏芽が見たのは全霊力を放出し、身体が子犬ほどの大きさに縮んでしまった月牙の姿だった。

夏芽はゆっくり這うように横たわる月牙に近付き、月牙に触れた。
「……言っただろ、俺を信じろと。あとは頼んだぞ夏芽。俺は暫らく動けそうにない」
「うん。分かった、終わらせる。ここで休んでて」

 ああと答えた月牙に頬笑んで、夏芽はゆっくり立ち上がる。
「大切な人を傷つける貴方に、私は負けない。この世界に住む人々のため、必ず貴方を倒す」
夏芽は両拳を握り締め、祭壇上の総一郎に向かって構える。
「大切な人が住む世界か、いいかよく聞け夏芽。人類は傲慢で、自己の欲望を満たすためだけに生き、弱者を虐げ、利用するだけ利用し、ゴミのように捨てている。私にはそれが許せん。だから私は腐った人類を抹殺し、そんな人類を生み出した世界に復讐することにしたのだ。貴様はそれでもなお私の邪魔をすると言うのか?」
総一郎は祭壇に立ったまま、眼下の夏芽に向けて言った。
「復讐のためだけに世界を壊す必要なんてないはずよ」
夏芽は片膝をついた姿勢のまま総一郎を睨み付けた。
「人類みんながそんな人ばかりじゃない。他人の痛みが分かる優しい人達だって居る。貴方一人のエゴで人類の抹殺なんてさせない」
夏芽の言葉に総一郎は怒りを露にしながら叫ぶ。
「ではなぜあの時私の母を救ってくれなかったのだ。ただ、心臓と身体が弱いだけで隔離し、誰一人として母を助けようとしなかった。一日一日弱りゆく母を、ただ無力感に苛まれながら見ているしかなかった私の気持ちが、貴様にわかるか」
さらに総一郎は続ける。
「私の母が何をしたというのだ。ただ純粋に自分の病気と戦いながら生き、愛した人間との子を自分の命を削りながら産んで育てただけだ。そんな母に対し、この世界が行なってきたことを、何を言われようが私には許せん」
総一郎はそう叫ぶと夏芽に向けて右手をかざし、霊力を溜めていく。
「私の邪魔はさせない」
総一郎の身体から黒いオーラが放たれる。

「黒龍波」
総一郎の右手から現われた黒龍が、その顎を大きく開き夏芽に襲い掛かる。
「やらせない。我紅蓮の炎により闇に還れ」
夏芽の右拳が光を放ち、夏芽の身体が炎のように紅く輝きだした。
「鳳凰飛翔波」
夏芽が右ストレートを放つと右拳から鳳凰の形をした炎が現われ、甲高い鳴き声とともに黒龍と激突する。
「私は、みんなが笑って幸せに暮らせるこの世界を、絶対に壊させはしないっ!はあああああああっ」

 夏芽はさらに霊力を放出し続ける。
「うおおおおおおおっ」
総一郎も霊力を放出していく。
両者の放つ攻撃は丁度中間で激しくぶつかり合い拮抗していた。
「なに、私が押されている」
しかし、その拮抗が徐々に傾き始める。総一郎が徐々に夏芽に押され始めた。
<夏芽、私もいるわ>
霊力を最大に放出し続ける夏芽の耳に聞き覚えのある声が響いた。
夏芽が声に気付くと同時に夏芽の後ろからすうっと銃を持つ腕が伸びた。
「響子ちゃん!」
夏芽の横に響子が立っていた。
<夏芽、負けるな>
響子の放つ霊力の弾丸が夏芽の鳳凰天翔波の後押しをした。
響子の後押しを受けて、鳳凰天翔波が一気に総一郎に迫っていく。

 視線だけ響子に戻すと、そこにはもう響子の姿はなかった。
「うわああああっ」
絶叫に近い叫び声をあげながら霊力をさらに解放すると、夏芽の背中に紅く燃え盛る炎の鳳凰の翼が現われた。
同時に鳳凰天翔波は三倍近い大きさに倍増し三つ首の鳳凰となった。
三つ首の鳳凰は黒龍を飲み込み、甲高い鳴き声をあげながら総一郎に襲い掛かる。
「ふっ」
眼前に迫る鳳凰を前に、総一郎が一瞬微笑んだように見えた。
激しい爆発と爆風が辺りを襲う。

「はあ、はあ、はあ。響子ちゃん、勝ったよ」
背中の炎の翼を広げたまま、夏芽は上を向いて涙を流した。
鳳凰天翔波の爆発したあとの爆煙が晴れたあとに、横たわる総一郎の姿があった。
総一郎は夏芽の放った鳳凰天翔波の直撃を受け、右腕と下半身を焼失していた。
そんな総一郎の近くに夏芽が駆け寄る。
「……ごぷっ。どうやらお前の想いの方が強かったようだな」
総一郎の両目はすでに光を失いつつあった。
「なんで最後に手を抜いたの?」
たが、総一郎は答えない。夏芽の両目からは知らず知らずのうちに涙が溢れていた。
「……母様………今……往………く…………よ……」
総一郎はそう言うと静かに息を引き取った。
夏芽の横に霊力を使い果たし、子犬ほどまで小さくなってしまった月牙が歩み寄った。
「夏芽、封印石を元に戻すんだ」
「うん、響子ちゃんと約束したし、みんなを早く助けなきゃね」

 夏芽は涙を拭うと封印石の前に歩み寄った。
縦に割れた封印石の間からは薄緑色のオーロラのような光が沸きだしている。
夏芽が封印石の前に立ち両手を前に突き出すと、光が夏芽を包み込んだ。
同時に洞窟内を強烈な光が広がっていく。

「テレビを御覧の皆さん、朗報です。突如日本を襲った謎の大地震がおさまりました。地震はおさまりました」

霊脈の暴走が停止し、各地で起きていた異常がすべておさまり、人々はそれぞれに無事を喜びあった。


―――――風間神社跡―――――

 数か月前の夏芽とクリフォードの戦いの後、風間神社は更地にされ、今では小さな庵と一つの墓石が置いてあった。
そんな墓石の前に一人の少女と小さな狼が黙祷を捧げていた。
少女の両手にはひどい怪我でも負ったのか、包帯が幾重にも巻かれていた。
「響子ちゃん、全部終わったよ。お母さん、お父さんと仲良くね。また必ずくるよ」
少女はそっと目を開けた。
「次は優也さんの所だね」

―――――支倉家跡地―――――

 葛木町から車で一時間ほどいった山間の小さな町、原西町の山林の奥、支倉家の屋敷跡地に支倉家の墓があった。
「優也さん、全て終わりました。どうか安らかに眠ってください」
少女はそっと黙祷を捧げた。
「月牙、もう一ヶ所いいかな?」


―――――某所―――――

 山間の人が入らない場所に、墓石すら置かれていない墓があった。

恐らくここに眠る者が誰かを知っているのは今墓前に居る少女と、少女の横に座る蒼い毛並みの小さな狼だけだろう。
「また来たよ。母親には会えた?神代さんにも謝りなさいよ。貴方の唯一の親友だったんだから」
そう呟くと少女は線香を上げ、両手を合わせ黙祷を捧げる。
「また今度くるよ」

少女はそう言い残すと墓をあとにした。

ふいに風が吹き、少女は薄茶色の長い髪を押さえた。
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