第3話「孤高のミュージシャン」

文字数 894文字

どこからか、音楽が聞こえてきた。
いったい、こんな夜中になぜだろう。
「この近くにストリートミュージシャンがいるんだ」
トカゲは言った。
「ぼく、ちょっと興味あるな」
「そう?じゃあ、行ってみようか」
しばらくてくてくと歩いたところに
深夜の路地裏で、なんだか物悲しい曲を
歌っているミュージシャンがいた。
その人の見た目はホームレスのようで、
薄汚れた服を着ていて肌が浅黒かった。
深夜のせいなのか、ギターの音色が
妙に神秘的に聞こえた。
「こんな深夜に歌っていても、誰も
聞きにはこないでしょう」僕が言うと
「いや、おれは誰にも聞かれなくたって
かまわないんだ。」
「深夜の町でギターを弾いて
歌っていると、なんだか深夜の空気に
溶け込まれるようで、それで好きなんだ」
とそのミュージシャンは答えた。
「ぼくも、深夜の空気が好きだよ」
「おれも、好きだ。大好きなんだ、この空気。」
「深夜はおれを受け入れてくれているように、
そう感じるんだ。」
「だから、深夜はおれにとって
特別な時間であり、特別な空間なんだ」
ミュージシャンはにごった目をしながら
うっとりとしたように語った。
「ぼく、あんたの曲好きだよ」
「ありがとう。でもおれ、独りが好きなんだ。
あんたにそう言ってもらえるのは嬉しいが
なるべくなら独りでいさせてほしいな」
「うん、わかった。じゃあ、バイバイ」
「うん、バイバイ」
僕たちはその場を去った。
あの人はたぶん、音楽を自己表現として
やっているのではない。
音楽を使ってある種の空間を作って
その作った空間に独りで浸りたい、
そういう人なんだと思った。
なんだかロマンチックだと思った。
そういう人が、僕は好きだ。
僕はあの人の音楽が好きだが
でもきっと、あの人は独りで
ある種の空間に独りで浸りたいんだ。
だから、僕がいると迷惑になるだろう。
僕も、独りが、独りだけのナルシスティックな
世界の空間が大好きだから、
あの人の気持ちがよくわかる。
あの人は他者から見ると
妙な人に見えるが、でも僕にとっては
あの人は自己に対してすごく純粋な
人なんだと思った。
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登場人物紹介

名前:ムジナ

主人公の少年。よく幻覚を見る病的な少年である。

名前:トカゲ

主人公の幻覚の少年。よくしゃべる少年である。

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