最終話「あの夜の終わりへ」

文字数 2,409文字

「あっちの川沿いの土手のほうへ行こうよ。
向こう岸の夜景がきれいなんだ」
トカゲがそう言うので、さっそく行ってみることにした。
土手に着くと、ほんとにきれいな夜景が見えて、
僕はやけに感動した。
「ほんと、きれいだ」僕がそう言うと
トカゲは「いいだろう?深夜の夜景は」
なんて言ってきた。
「なんか、あのきれいな夜景を見てると
どこにも帰りたくないような気分になってきたよ」
僕がそう言うとトカゲは
「じゃあ、どこにも帰らなくてもいいじゃないか。
俺と一緒にどこまでもどこまでもずっとこの道を
歩いていこうじゃないか」と言う。
「どこまでもどこまでも、ってまるで
銀河鉄道の夜みたいだね」
「あ、いいじゃん。じゃあさ、
"銀河鉄道の夜ごっこ"を
しようぜ。どっちがカムパネルラになる?」
「きみは幻覚なんだろう?
幻覚のほうがカムパネルラっぽいから
きみがカムパネルラの役をやりなよ」
「そう?じゃ、ムジナがジョバンニ役ね」
「うん、いいよ」
「ジョバンニ!お父さんがラッコの上着を持ってくるよ!
ラッコの上着!ラッコの上着!
ヒャハハハハハハハハハ!!!!!!!!!」
トカゲの笑い方があんまりムカついたので
僕は本気でトカゲをぶん殴った。
「いてえ!ジョバンニはきみみたいに
殴るような乱暴者じゃないぞ、
ジョバンニはもっとおとなしい子だろ?」
「るせえな。あんたの笑い方が癪にさわるんだよ」
「なんだよ、短気なやつ」
「というか、今のはザネリだろ?
カムパネルラじゃないじゃん」
「ちょっときみをからかってみたかったんだよ。
まさか殴るとは思わなくてさ」
「もういい。銀河鉄道の夜ごっこはやめにする」
「そう?まあいいや。きみがやめたいんならやめよっか」
そんな会話をしながら僕たちは土手を歩いていた。
すると、歩いてる道の向こうから2人組みの人影がやって来た。
「きみ、こんな時間に何しているの?」
パトロール中のお巡りさんだった。
「僕・・・散歩しているんです」
「こんな真夜中に?きみ、いくつ?
未成年でしょ?」
「中学2年です」
「中学生がこんな真夜中に歩いてたら危ないでしょ。
家まで送ってあげるからついて来なさい」
僕は猛ダッシュで逃げた。
後ろからお巡りさんの声が聞こえてきたが
無視してずっとずっとずっと走り続けた。
やっとお巡りさんの声が聞こえないところまで
やって来て、僕は一息ついた。
「はあ・・・・・」
「いやー、すっごい走りだったね。韋駄天のようだったよ」
トカゲがのんきにそんなことを言った。
「僕、逃げ足だけは速いんだ」
僕がそう言うとトカゲは
「逃げ足だけ速くても、
褒められたもんじゃないけどね」
なんていやみを言う。
「僕、そろそろ家に帰ろうかな」
「えー、まだいいじゃん。もっと遊ぼうぜ」
「またお巡りさんに見つかったらめんどくさいじゃん」
「いいじゃん、きみ、足が速いんだから
見つかってもまた逃げればいいじゃん」
「・・・きみは、幻覚だから
そんなのんきなことが言えるんだろ」
「そうだよ。幻覚で、何が悪い?」
「悪かないよ、べつに」
「じゃ、いいじゃん。遊ぼう!」
「はあ・・・・」
僕は猛スピードで走ったので
もう体力を使い果たしてしまっていた。
でも幻覚のトカゲはそんなことは
おかまい無しにはしゃいで、
遊ぼう遊ぼうと言ってきた。
まあ、仕方ない。
トカゲが僕の幻覚と言うことは、
トカゲは僕自身の幻影でもあるんだ。
つまり、僕自身も心のどこかでは
もっと遊びたいと思っているということだ。
もうちょっと、つきあってやるか。
「何して遊ぶ?」と僕が聞くと
「死体ごっこ」とトカゲが言った。
「なんだよ、死体ごっこって」
「そこらへんの地面に
寝転がって死体のフリをするのさ」
「なんか、お巡りさんに
誤解されそうな遊びだな」
「いいじゃん、べつに。誤解されても」
「・・・・まあいいや。
じゃ、死体ごっこしようか」
「わーいわーい!」
僕は疲れていたので寝転がるだけの
ラクな遊びなら、まあいいか、と思った。
誤解されたらその時はその時だ。
地面にごろんと寝転がる。
星がぽつり、ぽつり、と見える。
なんだかたよりなげに見える。
外灯はらんらんと生き生きと光り輝いているのに
空の星は今にも消え入りそうにおぼろげだ。
僕はなんだか、切なくなった。
「空の星が消えてしまいそうだ」
僕がぽつりと言うとトカゲは
「きっと、光り続けることに疲れてしまったのさ」
なんて訳知り顔で言った。
「星は、光ることを休むことは
できないんだろうか」
「星が光るのをやめるとしたら、
それは死ぬときだよ」
「・・・・そうか。そうだね」
僕は空の星を眺めながら、そして周りの外灯を眺めながら、
どこにも帰りたくない気分になっていた。
僕に帰りたい場所なんてあるのだろうか。
どこにも、帰りたくない。
どこにだって、帰りたくなんかない。
「ねえ、ムジナ」
「なんだよ」
「どこにも帰りたくないんでしょ」
「帰りたくないよ」
「じゃあ、帰らなければいいよ」
「どうして」
「無理に帰ることなんてないさ。
きみはきみの人生しか歩むことができない」
「・・・・・・・」
そう言われて、
僕はなんて答えていいかわからなかった。
・・・でも、そうかもしれない。
帰りたくないのなら、帰らなければいいかもしれない。
僕は起き上がって歩き出した。
「どこへ行くの?」
「どこへも行かない」
「どうすんの」
「僕は、歩き続ける。どこにも帰らないように、
どこにも行かないように、
どこにもたどり着かないように
歩き続けるんだ」
「俺、お供していいかな?」
「いいよ」
「あは」
僕はきっと、帰らない。
どこにも。
どこにだって。
僕は、歩き続ける。
歩き続けよう。

-End-
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登場人物紹介

名前:ムジナ

主人公の少年。よく幻覚を見る病的な少年である。

名前:トカゲ

主人公の幻覚の少年。よくしゃべる少年である。

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