第4話 私の彼氏は

文字数 3,028文字

狂った此の世界で僕は君を探す
暗闇に指すあの光が君へと導いてくれるから 僕は真っ直ぐに進んでいける
君と一緒なら 世界が壊れたって怖くない

「ん?何?」
良い気持ちで歌っていると 何か言いたそうにじーっと見詰められている事に気が付き、長い首を傾げて、傍らを歩く少年に目を向けた。
「変な歌だな」
悪気の無い子供の言葉程ぐさっと来る物はない。
「何よ。良いじゃ無い」
「私は歌うのが好きなの!」
ぷーと頬を膨らませ 腕を組 ― 倒れるのでやめておいた。
「もっと歌え」
無愛想にもすたすたと歩いて行くが 嫌いじゃ無いって事で良いのだろうか。
   ふーん。此れがツンデレってやつ?
以前のアル・ルーエンなら ドン引きする程の美辞麗句を取り揃えて褒め称えてくれた。
どちらが良い、と言うのでも無いが
「おい、ネフェルティム」
「腹が減った。飯はまだか」
    ドSとかマジ要らないんだけど
「お前は俺の女なんだから、三度の食事を用意するのは当たり前の事だ」
    亭主関白か!
「夕餉はいつも軽めに済ませてる。ウロ鳥のステーキとサンドイッチ、彩り野菜のスープ、蜂蜜とクリームを載せたバゲ、デザートは ― そうだな、ベリーのタルトが
夕餉のメニューを威丈高に上げ連ねていた少年は ぐうう~と間延びした奇妙な音に振り返り 其の目に、涎を垂らさんばかりに口を開いたドラゴンが映ったのを見て取ると ふいと口を噤んだ。
是れ以上食べ物の話を続けると メニューに載るのは自分になりそうな雰囲気が醸し出されているではないか。
「こ …! 此れくらいにしといてやる!」
怖い、と言う言葉は 何とか喉の奥に押し込んだ。
恐怖心を気取られない様に 餌待ちのドラゴンの視線から目を逸らす為に 空威張りで前に向き直る。
「あのね!此れくらいじゃないっての!自慢のキッチンとかないから!」
此程までに清々しく、荒涼とした風景が目に入らないのだろうか。
パンに似た実をつける木「バゲ」なら探せばあるかも知れないが ― 後は何と言ったか 聞いた事も無い様な名前の鳥と 野菜?畑など此処に来てから一度も見た事がない。抑も目に入るものと言えば深林と岩山ばかりで、街も村っぽいものですら見当たらないと言うのに。
鳥の声一つしない。空を見上げても 帰途につく灰色の雲が足早に流れ 落ちてゆく陽は大地を燃やす炎の様に強烈な赤を放ち あのボンテージ女を思い出して怒りが再燃してくるだけだ。
アル・ルーエンと何らかの因果関係があるのは火を見るよりも明らかであり 此の優男とくれば、口ばかり達者だからこう言う目に遭う。何処に行っても女と見れば良い顔をしてきたのだろう。両者に軽蔑を込めて、ふしっと鼻息を噴き出す。
「食べ物なんか何処にあるって
八つ当たり気味の不機嫌な問いかけは 前方の光景に因って奪われた。
   やっぱり夜はスライムになるんだ
妙な所で感心しながら 暗闇の中にぽつんと佇む青い物体を興味深げに眺める。
マダム … シャドー ? ジョウロ … にかけられた魔法とか言ってたけど
マダム、と言うからには女に違いない。なら アル・ルーエンの此の姿は自業自得と言う事か。心底ガッカリさせられる。
てっきりこう言った ― 昼夜で姿が変わる種族なんだと思っていた。
青い物体は一言も発さない。
   また派手に落ち込んじゃって
目が此方に向いているのに気が付いた。此の姿では前も後ろも無いので分かりづらかったが ボタンの様な黒い目が二つあり、口?らしきものが小さなへの字を形作っている。
青い触手がにょーんと伸びると 自分の手ではない何かを見る目で凝視し 再び視線を此方に戻す。何か物言いたげだったが
「うわあああああーーーーん」
   ええー?!真逆のギャン泣き?!
火が付いた様にぎゃんぎゃん泣き出した。涙?らしきものを振り飛ばし ― スライムって泣くんだ、等と思わず見入ってしまう。 
「アル・ルーエン、ちょっと落ち着いて
駆け寄ろうとして 自分の巨体を把握するのを忘れていた。あ、と思った時には もう前のめりにでーんと倒れ ふぎゃっと猫の様な悲鳴を上げていた。
「いったぁー!もー!」
不毛の大地にしたたか打ち付けた顔面を擦る。
「くううー」
顔面がひりひりする。放した掌に血が付いていない事を願って恐る恐る両手を見る。
目の前に両手があった。柔らかい掌。鉤爪の付いていない五本の指。
「え何 … ?
「此れ 私 … ? ― 私、人間に戻っ … ね、見て!アル・ルーエン!私、人間に
突然の出来事に混乱を来しながらも 沸き起こる歓喜を抑えきれず、興奮気味にまくしたてたが 肝心のアル・ルーエンが人間ではなく 人間に戻った事への喜びを分かち合えそうも無いと即座に理解し、我に返った。アル・ルーエンが其れ処では無い。
「そんな泣かなくたって良いじゃん。スライム か
幾ら慰めるにしても 格好良い、なんて言葉は如何にも噓っぽい。
「か … !
可愛い?其れは無理がある。いや、キモ可愛いと言うのなら ― 子供をあやすなんてやった事も無いのに。
「もう!兎に角泣かないでったら!」
最良の言葉も思い浮かばず、如何したら良いのかも分からず 自身への苛立ちが癇癪となって表われる、と言う結果になった。
   だめだめ!泣いてるのに怒ってどーすんの
慣れ親しんだ自分の体の動き易さに感動すら覚えながら青い物体の傍らに行くと 抱き上げようとして手をこまねいた。
ねばねばとした粘液の塊の様な感触を想像して身震いしたが 意を決して持ち上げる。
スライムはほんのりと温かかった。ぽよんぽよんと弾む様な手触り。正に湯の塊だ。
   湯たんぽ、最高なんだけどー♡
此の世界は寒暖差が大きく 日中の陽気が一転、夜ともなれば星も凍る冷気が降りて来る。
陽が落ちると 余りの寒さに一歩も動けない。
大人のアル・ルーエンスライムは 自身がドラゴンであったので比較は難しいが かなり大きかった様な気がする。其れに引き換え 子供のアル・ルーエンスライムは丁度良い。
抱き枕としては最高だ。
「ん ?
温もりの恩恵に頬摺りしていると 暗がりに小さな二つの光が灯っているのに気が付いた。
此の目は 暗がりでも視界は日中と変わらない。だから 闇の中に灯った光の持ち主が三メートルはあろうかと言う巨体の猿人類、宛ら雪男みたいな生き物である、とはっきり視認出来た。

「ぎゃーーーーーー!!!怖い!!」

足は意向を汲んで並外れた瞬発力を見せ、回れ右をして猛烈な速さで駆け出した。
   何あれー!マジ怖いんだけど!
   ?!
   待って待って
   何か 私の事、怖いとか言わなかった?
一瞬、視界に入っただけだったが 雪男の表情は璃夢の心を反映したかの様に恐怖に満ちていた様な ― おまけに 異口同音で叫んだ気がする。
   でも、私もうドラゴンじゃないのに ― 
一体何が怖いと言うのか。足を緩めず ちらと振り返った目に映ったのは
「怖ーーー!!!」
追い掛けてくる凶悪な雪男の姿ではなく スカートからはみ出し、自身に付き従う従順な房の付いた長い尾だった。
目眩を起こしそうになりながらも ワンピースタイプの制服で良かった、と言う思いが脳裏を過ぎった。

   何? 私、めっちゃ二次元キャラしてる?
   まぁいっか 異世界なんだから
   アバターだと思えば

そう思いながらも、自分の顔がどうなっているのか 不吉な想像ばかりが膨らんで気分が悪くなってきた。

   ドラゴンの方がマシ、とか言わないでよね


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

歌手志望女子高生・禰屋川璃夢(ねやがわりむ)ことドラゴン娘ネフェルティム

昼は優男、夜はスライム アル・ルーエン

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み