第3話

文字数 22,035文字

 「ササダーノ極秘会議」

 東京都の地下に人知れず建造された、一大施設が立ち並ぶ空間があった。
これらは、近未来に地球の平和を脅かすと推察された危機に立ち向かうために設立された、国家間の枠を超えた平和組織・ササダーノの日本支部が君臨している場所でもあった。
 またこの空間には日本防衛の礎であるササダーノ日本支部だけではなく、衣食住など日常生活を送るうえで欠かせない施設も充実しており、1つの街と言っても何ら支障がないほど、隊員や職員たちの暮らしを快適なものにしていた。
もっとも、地上で生活しているほぼすべての国民たちには、防衛上の機密保持という観点から存在を知られるわけにはいかないので、この空間での情報は外部へ漏らすことは重罪に値し、それはエリート部隊であるマタラッターニの隊員たちでさえも、徹底した守秘義務が厳しく義務付けられているのだった。

 ササダーノ日本支部のビル内の一フロアに、マタラッターニの作戦室がある。
各分野のエキスパートが選抜されたササダーノで職務に励む人間の中でも、さらに優秀な能力を備えている精鋭たちで結成されたエリート部隊、それがマタラッターニである。
 したがって作戦室内にいる隊員たちは誰も皆、自身に与えられし職務に懸命であり、その仕事ぶりにもまた他を寄せ付けるものがないのだった。
 「隊長、そろそろお時間なのでは?」
日本全土や世界中、果ては宇宙空間に至るまでの異変がないかを探知できる、レーダーの数々に目を凝らし監視を続けていた女性隊員・戸島ファル子隊員が、思い出したように口を開いた。
「うむ。」
作戦室の中央に設置されている長方形のデスクで、書類の山に目を通していた風格と貫録を兼ね備えた人物が手を止めて、時刻を確認してから重々し気に答えた。
彼こそがエリート部隊であるマタラッターニをまとめ上げ、最前線で戦いに挑み続ける歴戦の将、山下射阿平隊長(やました しゃあへい)だ。
表舞台の記録に残らないことまで含めると、これまで彼が残してきた功績は数えきれず、日本の治安を守ってきた張本人だと言っても、決して過言ではないという。
もっとも自分の功績や数々の伝説が彼の口から語られることはほとんどなく、共に任務に当たっている部下の隊員たちでさえも、知らないことは多かった。
 山下隊長は確認作業の残っていた書類に高速で目を通し終えると、椅子から立ち上がり1冊の見るからに極秘内容が凝縮された黒いファイルを手に出掛けようとする。
「では、後は頼んだぞ。」
室内にいる隊員たちに聞こえるように言い残し、山下隊長は作戦室を後にしていく。
「いってらっしゃいませ。」
その去り際、戸島隊員が黄色い声で若干あざとさを含んだ見送りの言葉を口にした。
すると、その声に続けと言わんばかりに、室内に隊員たちの声が響き渡っていく。
「いってらっしゃいませーーー!!!!」
先陣を切った佐々木副隊長が大声でがなり立て、織田隊員と本田隊員も輪唱の如く加わっていった。
「しゃあせぇ~!!」
「せぇ~。」
 部下たちの見送りを大変ありがたく感じつつも、扉が開く寸前で立ち止まった山下隊長は室内を振り返り、こう呟いたのだった。
「いや・・・君たち・・・、居酒屋じゃないんだからさ・・・・・。」

 作戦室を出た山下隊長が向かった先は、ビルの最上階のとある1室。
セキュリティーが全体的に厳しいこのビルの中でも、群を抜いて徹底されたフロアの最奥の部屋。
エレベーターを降りてから、まず身分証の提示を求められ、各種スキャン機器での審査をライフルを構えた屈強な数名の警備隊員に見守られながら、山下隊長がたどり着けた部屋だ。
さすがにマタラッターニの隊長なのだから、顔パスとまではいかなくとも、もう少し簡易的にスムーズに立ち入れないものかと、訪れるたびにいつも彼は思っていた。
それでも万に一つ、お偉方に化けた宇宙人が侵入してくる可能性もあるわけで、避けられないことだなと自分に言い聞かせてもいた。
 ドアを開いた山下隊長は3歩ほど入室したところで脚を止め、室内の遠方を真っすぐと見据えて折り目正しいお手本のような敬礼をしてから、口上を述べていった。
「マタラッターニ隊長、山下射阿平、ただ今参りました!!」
 「ご苦労。」
少し距離のある奥の方から、マイクに乗せられて声が届いてくる。
「気楽にしてくれ、まぁかけたまえ。」
別の人物の声がかぶせられてきて、山下隊長は少しばかり恐縮した態度を示しながら答える。
「はっ、失礼いたします。」
促されるまま、彼はとりあえず着席を果たしさりげなく室内の様子を見渡していた。
 ここは、ササダーノ日本支部の会議室だった。
それもただの会議室ではなく、組織のトップである小塚総監を筆頭に上層部の面々のみが出席して行われる会議にのみ使用されるという、特別な部屋であった。
広い室内の中心部のみを贅沢に使用して、出席者たちが着席する席が円を描くように360度連なって設置されている。
円卓と表現するにこれほどまでしっくりくる円形に連なりし座席で、出席者たちが数珠つなぎにぐるりと室内を取り囲んでいるさまは、なかなか壮大でいて物々しく壮観であった。
 山下隊長を取り囲むようにして座っている者たちは、皆それぞれに重責を背負いし責任ある立場の人間たちだ。
年齢も全員山下隊長よりも上で、酸いも甘いも知り尽くした人生経験の豊富さだって上回っている。
彼らの中に入れば、歴戦の勇者たる山下隊長とてまだまだ尻の青い若造なのだと、実際には誰も思ってはいないのだが錯覚させられ、最年少がゆえに気後れしてしまいそうになる彼だった。

 「では、そろそろ会議を始めたいと思います。」
銀縁の四角い眼鏡をかけた男、岡本警備課長の一声で会議の始まりが宣言された。
「まず、皆さまのお手元に配られております資料の方に、目を通していただけますか?」
岡本警備課長の言葉通り、確かに各出席者の席には1人ずつ、人数分のファイリングされたプリントが用意されていた。
山下隊長もお偉方たちに倣い、プリントの束を手に取るとぱらぱらとめくりながら目を通していった。
 そこには、4名の女性に関する詳細な記録が綴られていた。
「・・・・・・・・・。」
経歴や生い立ちの異なる4名の女性に関する記述を目にする山下隊長は、即座に脳細胞を稼働させながら思いを巡らせる。
襲撃者から守るべき警護対象か?何かの事件の重要参考人か?
最前線で戦い続けてきた長年の感覚から、あらゆる可能性を模索していく。
が、そんな山下隊長の戦士の習性は、岡本警備課長の次の一言で見事に徒労に終わることとなった。
 「では、これより来年度の女性新入職員の最終選考会を始めます!!」
「はっ?」
浅黒く日焼けした精悍な顔つきが一瞬にしてフルボッコを食らった直後のように、山下隊長の口からぼろぼろと豆鉄砲が零れ落ちていく。
これだけの重鎮、主要メンバーが招集された会議だ、てっきり今後の防衛線戦における戦略を練るのか、極秘作戦に関する概要が説明されたりするものだとばかり思っていた彼は、泡を食いながら我が耳を疑うしかなかった。
けれど聞き間違いだと、何かの間違いだと思いたかったかすかな願望も、またしても居並ぶ重鎮たちによって完膚なきまでに破壊されることとなる。
「イエーーイ!!」
「待ってましたぁーーー!!」
「よっ、大統領!!」
自身を取り囲む至る所から、テンションアゲアゲのおっさんたちの歓声がこれでもかと、木霊してきたのだから。

 ササダーノ日本支部の名だたるお偉方たちを集めての、極めて重要な会議。
それが蓋を開けてみれば、来年度から新たに配属される女性新入職員の最終選考会だったなんて・・・・・・。
選考会議に入る前から、すでに最高責任者である小塚総監はともかくとして、この場にいる山下隊長以外の出席者は全員、テンションマックスのクライマックス状態となっていた。
 日本の平和を最前線で守るマタラッターニの山下隊長は、別にこの面子で行われる会議に初めて呼ばれたわけではない。
それこそ地頭長官や杉琴参謀などとは、日頃より綿密かつ高度な話し合いの場を共にすることはしょっちゅうだったし、今この場にいるすべてのお偉方とも面識だってあり、頻繁に意見を交わしていたりもした。
だが、今回の会議ばかりは、なんか違った。
いや、会議室内に漂い始めた空気から何から、何もかもが自分がこれまでに体験したものとはまったく違うものだと、山下隊長は戸惑いと動揺を隠せなかった。
「(何だ、これは・・・・・?ていうかこのノリ・・・・・、年末の会社の忘年会と、結婚披露宴に集まってどんちゃん騒ぎする親戚たちの集まりと、アイドルの水泳大会を観覧しながら歓声を送っているのとを、合わせて割ったような・・・・・・。)」
まがりなりにも目上の人ばかりの輪の中で、さすがに口に出して言うこともできない山下隊長は、感性のままに脳内で例えてみた自身の比喩表現が的確な表現なのかに少し自信が持てずに、さりとてやはり動揺は止まらなかった。
 「そういえば、山下隊長は今回が初めての参加だったね?」
ヒャッホー、キャッホーと年甲斐もなくやかましく羽目を外しているおっさんたちの喧騒を、小塚総監が1人だけ落ち着き払った威厳に満ちた口調で尋ねてきた。
「・・は・・・はい・・・・。」
総監は我関せず対極的にはしゃぐ重鎮たち、若干引きながら山下隊長は答える。
「何だ、そうだったのか?」
「それは今まで、人生損しておったな。」
正気と普段の平静を取り戻した上官たちが、口々に山下隊長の初参加を知って反応を示してきた。
「・・・はぁ・・・・・・・。」
そんな風に言われたって、山下隊長は彼らが何故ここまで心底選考会議を楽しみに思っているのか、ピンと来るはずもなかった。
「山下隊長、我々はだな、年に1度新たな女性職員を決めるための会議を、総監以下勢揃いして行っているのだ。」
活舌の良い声音で振り返り、享受してくれたのは地頭旻幣(じとう ぶんぺい)長官だった。
「そう・・・だったんですね・・・・・・。」
実に良い声と良い決め顔を作って自らの尊厳を示すようにレクチャーしてくれても、言っていることは求人に対する応募の中から面接を経て、店長なり人事責任者が、採用する新人アルバイトを誰にするのか決めることと大差はなかった。
「(知らなかった・・・・・・・・、私の知らないところで、毎年このような会議が行われていたなんて・・・・・・。)」
 エリート部隊マタラッターニの隊長を任されていても、世の中にはまだまだ自分の知らないことが存在しているものだと、山下隊長は痛感していたのだった。

 「静粛に~!!皆さま、どうぞ静粛に~!!」
会議の進行役である岡本警備課長は、未だざわざわと落ち着きのないお偉方たちに向けて注意を促しているが、言葉とは裏腹にウキウキ感が溢れていて、いまいち説得力に欠ける気がしてならない。
ちなみに現在の会議室内の空気感は、たった1人中立的な立場を遵守して静観している小塚総監と、この会議自体に疑問を感じて戸惑っている山下隊長、司会を仰せつかった以上役割を果たさなければという使命感はあるけれど、本音を言えば皆に交じって一緒にはしゃぎたい岡本警備課長、あとは質の悪い酔っ払いの如きセクハラじみたおっさんたち、といった分布図を形成していた。
 そんな連中を尻目に、山下隊長は早くもげんなりしつつあった。
このような会議に参加するくらいならば、部下である隊員たちとコミュニケーションを取ったり、今後の有益になりそうな作戦行動を話し合ったりする方が、よっぽど実りある時間が過ごせそうだと思いながら・・・・・。

 今一つ効力の乏しかった岡本警備課長の注意だったが、それでもようやく会議室内は静かになり、重い空気が緊張感を伴って広がっていた。
最高責任者である小塚総監以下、円卓を囲むお偉方の目はぎろりと鋭さを増している。
 「それでは、今回最終選考に残りました4名の候補者たちにつきまして、面接で得られました情報や寸評を基に、1人ずつ順番に説明していきたいと思いますが・・・・・。」
岡本警備課長が切り出した発言に、参加者たちが一斉に隙のない動きで手元の資料をめくっていった。
「うむ、頼む。」
「はい!!」
長官や参謀たちに続き、最後に資料を開き終えた小塚総監が、進行の続行を威厳に満ちて促す。
 「では、最初の候補者でありますが、資料の4ペーシをご覧ください。」
沈黙と緊張感に支配された室内に、紙から発せられた音が重なる。
「(今・・・ペーシって言ったよね・・・・?)」
噛んだだけなのか岡本警備課長特有の発音なのか、山下隊長はいずれにせよ引っ掛かりを覚えてしまい、俄然そっちの方が気になって仕方がなかった。
 「1人目の候補者、長尾歩々(ながお ぽっぽ)、21歳短大生、来春短大を卒業見込みであります。」
 些細なことに気を取られている間に、もう最終選考についての説明が始まってしまっていた。
山下隊長も慌てて岡本警備課長の説明を聞きながら、資料にも目を光らせていく。
 配られた資料には、この度の最終選考にかけられた4名の女性たちの情報が実に満載だった。
氏名や生年月日に現住所などはもちろんのこと、家族構成や出生時から今日に至るまでの学歴や各種経歴がこれでもかと、バストアップと全身を写した数枚の写真を添えられて、事細かに記載されていた。
幼稚園のお遊戯会では何をやったとか、学生時代に属していた係や委員会・部活動、交友関係も友人・知人・異性まで詳細に網羅された情報で、紙面はびっしり埋め尽くされている。
とてもではないが、面接時に聞き出せる情報量をはるかに凌駕して、政府の諜報機関やスパイ、極めて優秀な探偵でも使って調べ上げたとしか思えないレベルである。
視覚と聴覚で情報を頭に入れている山下隊長は内心、「個人情報やプライバシーという言葉はどこに行ったのだろう?」と、背筋が凍りつきそうにもなっていた。
 長尾歩々(ながお ぽっぽ)。
幼少期より快活な性格で明るく朗らかに健やかに育った。
小学生の頃は地元の子供会のバスケットボールチームで活躍し、中学進学と同時に高校を卒業するまでバレーボール部に転身。
男女問わず交友関係は広いことから、コミュニケーション能力はかなり高いものがある。
 「ほほう・・・・、これはなかなか・・・・。」
岡本警備課長が面接担当官からの寸評も含めた彼女の情報が読み上げていき、その声にいち早く杉琴参謀が反応を示した。
五分刈りの頭をさすりながら、好意的な声が杉琴参謀から漏れ出た。
一言でいえば体育会系女子らしい長尾の評判は、上層部のお偉方の間でも上々らしかった。
「ボーイッシュで健康的な感じが、何ともいいですなぁ。」
「ポニーテールであったならば、魅力はさらに5割増しであっただろうに。」
「歩々殿は、ブルマを着用していたのでしょうか?それともスパッツだったのでありましょうか?」
 お偉方の口から出てくる感想は、採用するか否かササダーノの職務に対して適性があるのかどうかよりも、長尾の人となりや容姿に終始しているような気がするのは、気のせいであろうか?
「・・・・・・・・・・。」
山下隊長はただ1人、エロ親父と化した上官たちとは一線を画して、苦虫を噛み潰しながら真面目に耐え、職務への適性の是非を考察していた。
 
 「2人目の候補者、安原灸琵(やすはら きゅうび)、28歳、中学教師。現在は某所の私立中学校にて教壇に立っております。」
「何と、現役の教師だと!?」
岡本警備課長の説明に、過敏に反応を見せた男がいた。
極太の眉毛によく肥えた巨漢を誇る、大田総務部長だ。
デブ特有の万年酸素不足のせいか、鼻息が荒かった彼はより一層呼吸の過剰供給を見せて、デスクに両手をついた勢いに任せて立ち上がっていた。
皆の視線が集まることにも無頓着に、ブヒブヒと鼻息と吐息を荒くしながら興奮しているようであった。
どうやら「女教師」という経歴に、甘美で隠微で卑猥な己が妄想力を激しく掻き立てられ、辛抱たまらんようである。
 安原灸琵(やすはら きゅうび)。
学生時代より高い学力を誇っており、成績優秀で生徒会長を歴任してきた。
海外での留学経験もあり、大学卒業後は教員免許を取得して、本場仕込みの豊富な語学力を生かして中学校の英語教師として活躍していた。
理知的で聡明でありながらも、海外生活の影響なのか意外と大胆な一面も併せ持つ。
 「生徒会長って、無条件でポイント高いですなぁ。」
「物静かなようでいて意外とアクティブという、ギャップのすさまじさよ。」
「タイトなスーツで教壇に立つ、非常に素晴らしいこってす。」
「ブヒイィィーーーーーーー!!!!」
そこまで各自感想が溢れ出す中、ピンク色の妄想力をフル回転させた大田総務部長は、奇声を発しながら卒倒してしまった。
「俺も・・・・蔑むような目を向けられながら・・・・是非とも個人授業を受けてみたい・・・・。」
ぴくぴくと全身を痙攣させながら、大田総務部長は辞世の句を読み上げるようにこぼした。
「やれやれ、大田君の生粋の女教師好きは筋金入りだなぁ。」
地頭長官の大田総務部長評が室内に流れると、お偉方たちから微笑ましいというよりも憐れむような失笑が沸き起こっていった。
 「語学スキルが高いのは、強力な武器であるな・・・・。」
汚い豚野郎が寝転がる床には目もくれず、山下隊長は資料に赤ペンで書き込みをしていくのだった。

 内面から湧き上がってくるパッションを押し殺しながら、岡本警備課長はできる限り淡々と会議の進行と選考対象の女性たちの説明に終始していた。
 「続きまして3人目の候補者、妥間真理子(だま まりこ)、18歳、女子高校生。現在は都内の公立高校に通っております。」
「キターーーー、現役JKキターーーーーー!!」
その瞬間、会議室内は一際ざわめきたち、歓喜の声が多方向からだだ漏れ出した。
平時であれば信頼のおける、尊敬すべき上官たちではあるのだが、もはやこの場においてはとてもその限りではなかった。
山下隊長以外の出席者は皆、40歳以上の年長者であるがゆえに、法や条例に触れてしまう禁忌の存在たるうら若き果実の候補者の出現には、正気を保つのは難しいようである。
「J!!K!!」
「ホイ!!」
「J!!K!!」
「ホイ!!」
システム開発部の責任者である小畑主任が先導して発するJKコールに、お偉方連中は合いの手を入れながら便乗し、さながらアイドルのコンサート会場のようなフィーバーが巻き起こっていく。
 妥間真理子(だま まりこ)。
言わずもがな現役女子高校生の彼女は、先に紹介された2名とはいささか毛色が異なり、褐色の肌が眩しいいわゆる典型的なギャルだった。
取り立てて運動能力や学力に秀でているわけでもなかったが、持ち前のノリと勢いには定評があり、ひとたびこうと決めればどこまでも突き進んでいく、若さとバイタリティーに溢れていた。
敬語が使えないという弱点はあったが、怖いもの知らずでどんな目上の人物にも対等に接することができる点が補って余りある長所だった。
 「(それは、単に厚かましいだけなのではないだろうか?馴れ馴れしいだけなのではないだろうか?)」
周囲の盛り上がりについていけない山下隊長は、またまた口に出しては言えないながらも、心の中で冷静に人物像を分析していた。
 「若いって、素晴らしいっすなぁーー!!」
「肌の張り、髪のつや、何もかもが皆みずみずしい。」
「しかし私といたしましては、ギャルは色黒よりも色白の方が好ましいのでありますが・・・。」
「それはちがーーーう!!違うのですよ!!」
1人の上官のギャルの好みを耳にした瞬間、小畑主任はものすごい剣幕と形相で席から立ち上がったのだった。
「JKは・・・女子高生は・・・・、すべてが尊い、無条件で尊い存在なのですよ!!そこにはギャルであろうとなかろうと、スカートの丈や制服の着こなし方が異なろうとも、問答無用で私たち大人の紳士が敬い、慈しみ、崇め奉る存在なのですよ!!」
「は・・・はぁ・・・・・・。」
「ありきたりな言葉になってしまうかもしれませんが、あえて言おう!!私は女子高生が、大好きだあぁーーーーーーー!!!」
号泣しながら拳を握って熱弁を振るう小畑主任、脂ぎった脂肪の乗り切った体躯が正直言って気持ち悪かったが、こうも堂々と恥ずかしげもなく自分の性癖を晒せるのであればいっそ清々しく、息をのんで聞いていたお偉方にも熱意は確かに届いたのか、感動の共感と共に拍手が降り注いでいった。
 輪に馴染めずに乾いた拍手をおざなりにしながら、山下隊長はもう訳がわからなくなってきていた。
ちなみに彼は、どちらかと言うと女子高生よりも女子大生の方が好きだった。

 「さぁ、いよいよ最後の候補者となりましたが・・・・・。」
岡本警備課長がそこまで話したところで、杉琴参謀が挙手しながら割って入ってきた。
「そのことなんだが、最後の候補者は私の推薦であるから、私が説明させてもらおう。」
岡本警備課長と入れ替わる形で、自身の席に備え付けられたマイクの電源を入れてから、杉琴参謀は話し始めた。
「マクレーン、35歳、アメリカ生まれの日本人だ。7年前に日本の国籍を取得している。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「実は彼女はこれまで、少々特殊な経歴を歩んでいてな・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
杉琴参謀の口から語り始められたマクレーンなる女性の説明に、これまでの浮つきっぱなしだった室内の空気が急激に重いものへと変わっていった。
「アメリカ人の両親の間に生まれて間もなく孤児となってしまったマクレーンは、幼き頃よりとある特殊部隊へと入隊し、厳しい訓練を受けながら数々の戦場を潜り抜けてきた。」
「(・・・杉琴参謀・・・・重いよ、急にシリアスすぎるよ・・・・・。)」
山下隊長を筆頭に、その場にいた誰もが一様に、激変してしまった空気に各々の夢物語を打ち砕かれていくような気分を味わっていた。
「10年前のある戦場において、彼女は左肩を痛めてしまってなぁ。そのせいで所属していた部隊を追われ、日本へとやって来たのだ。」
なおも語られていくマクレーンという女性の経歴話、お通夜のように静まり返り口を開く者はいなかった。
「日本国籍を取得後、晴れて日本人として暮らし始めた彼女だったが、物心つく頃よりしみついていた軍人としての資質が、何気ない日常生活を送ることへの足枷となってしまったようでなぁ。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「そんなある日だった、私が仕事終わりにひいきにしているセクキャバに赴き、彼女と出会ったのだ・・・。」
何やら遠い目をしながら昔を懐かしんでいる杉琴参謀だったが、さりげなく自分はセクキャバの常連客であることを告白していた。
「・・・・あっ・・・・、今のはウソウソ!!小粋な場を和ませるための私のギャグだから!!」
失言してしまったことに勘付いた杉琴参謀は、必死にかぶりを振りながら弁明に出た。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
だが、今会議室にいる面々の中に、杉琴参謀に連れられて一緒にセクキャバへと繰り出した人物が数名いることもまた事実なこともあり、弁明の信憑性はほとんどなく、ジトっとした空気は変わることはない。
「と・・・ともかくだな、その彼女とひょんなことから出会った私はだな!!」
杉琴参謀は明らかに動揺していた、「ひょんなこと」の「ひょん」の部分の声がオクターブ上ずり裏返っていたことを、山下隊長が聞き逃すはずはなかった。
 ~割愛~
 結局のところ、元特殊部隊出身のマクレーンと夜の街で出会った杉琴参謀は、その後も店を訪れる度に彼女のことを気にかけるようになっていき、就職先まで世話してやったそうだ。
元ササダーノ日本支部に勤務していた職員が開業した警備会社に入社したマクレーンは、己の能力をいかんなく発揮して完璧な仕事をこなしていき、地位と居場所を手に入れていった。
 ところがついに本格的に宇宙人の襲来や、地球に迫る危機の色合いが濃くなってきたことで、杉琴参謀は今回の面接を受けさせる形で、ササダーノへの転職・いずれはマタラッターニへの入隊までを目論んでねじ込んできたのだということだった。
 本名なのかコードネームなのか、必然性の有無は語られることはないマクレーンという女性。
これまでの3名の候補者たちのプロフィールがやたらと詳細に語られていただけに、多くの部分が明かされていないマクレーンなる女性の、ミステリアスでデンジャラスな香りがことさら強く漂ってきて仕方がなかった。
説明を聞く限りでは、有事の際の貴重な戦力に大いになってくれるであろうと山下隊長は感じていたが、年齢が自分と同い年だということが少し気にはなった。
「もし採用されてマタラッターニに入隊してきたとしたら・・・・、私はどうなるのだろうか・・・・?部下なのに同い年と言うのは、どういう風に接すればいいのだろうか・・・・?」
 まだ採用されるかどうかも決まってはいないというのに、山下隊長はいずれ訪れるかもしれない未来のことを考え始め、頭を悩ませ始めた。
「はっ!!もしかすると、私に代わって隊長待遇でやって来るのでは!?ならば、私は!?平の隊員へと降格!?それとも他の部署への異動!?」
人はひとたびネガティブな発想が芽生えてくると、とめどもなくマイナスな思考の方へと流されてしまいがちになる、それは彼も同様だった。
「異動となると・・・・昇進ならいいけれど・・・・、ひょっとして左遷という名の栄転なんてことになったら!!」
 不意に山下隊長の脳裏には、8歳年下の妻と幼い2人の子供の顔が浮かんできたという。
「四十路目前で窓際行きなんてことになったら、子供たちは悲しみ下手をすれば非行の道へ進んでしまったり。」
想像するだけで恐ろしい光景に、輪をかけて憂うべき最大の要因があった。
「いや、子供たちは何とかなるとは思うが・・・・、問題は妻だ、尋茄(ひろな)だ!!絶対に殺される、捨てられる!!私1人を置いて一家離散、残るものは老後も永遠と続く養育費の支払いのみという・・・・・、世知辛い、世知辛いよーー!!」
 「山下隊長うるさい、着席したまえ。」
心の中だけで呟いていたと思っていた彼の危惧は最初から全部ダダ漏れで、会議の進行を妨げていたようだと注意されて気付いた。
そしていつの間にか、最終選考に残った4名の候補者たちに関する説明は終わっていた。
 
 4名の最終選考候補者の説明が終わり、会議室に集められた面々には次なる仕事が待っていた。
いや、むしろここまでは本来の目的の前座に過ぎず、いよいよここから各々がそれぞれに背負った立場や重責を鑑みながら、候補者たちを採用するか否かの話し合いが行われることとなるのだ。
 「諸君たちにもいろいろと思うところがあるだろうが、ここからは1つ腹を割って納得のいくまで話し合って、結論を出そうじゃないか。」
円卓の席上に着席したお偉方たちの中でも、より中心的な位置に座っている小塚総監がまず切り出した。
一般企業の採用・不採用を決めるのとはわけが違う、採用を決定したならばそれ即ち、地球の平和を守るために共に粉骨砕身で戦い抜くという、極めて重要で重い任務を背負った同志を選抜することになるのだ。
山下隊長とて、自らが下す決断が人類の未来をも変えてしまう可能性があると自覚しているから、否が応でも背筋が正される思いになっていた。
 しかし、この後会議は白熱していくことになるものの、いささか論点のずれた異様な方向へと逸れていくことになる。

 「私は何と言いましても、長尾歩々を推したいのであります!!」
「異議なし!!」
「そうだそうだーー!!」
ボーイッシュな体育会系女子である長尾歩々を推薦するのは、先ほどまで会議の進行役に徹していた岡本警備課長。
彼を筆頭に、新橋広報部長、小林第三方面部長が賛同の声を上げていく。
 「若者の無気力さが叫ばれております昨今、彼女のように活力ある人材は喉から手が出るほど欲しいのです!!」
岡本警備課長が長尾派を取り仕切る形で、出席者に向けて採用すべきメリットを叫び始めた。
「まったくもって同感です!!」
新橋広報部長が全面的に支持してみせると、小林第三方面部長もこれに続く。
「採用された暁には若いその肉体に、叶うのならば是非ブルマを着用していただきたい!!」
「それは君の個人的趣味だろうが!!」
「そうだ、公私混同など甚だしいよ君!!」
どさくさ紛れにセクハラ100パーセントの願望を口にした小林第三方面部長に、すぐさま非難の声が浴びせられた。
「ちっ、シット!!」
彼は舌を打ち、己が愛好している趣味への否定に悔しさを滲ませているようだ。
 「いえ、ここは長尾氏ではなく、何といっても安原女史しかいないでしょう!!」
混乱冷めやらぬ中、次なる候補者を推す声が轟く。
声の主は、先ほどの説明時に安原に過剰な反応を示していた大田総務部長だった。
まんまると肥え太った中年男性の大田総務部長は、極太な眉毛を寄せ合いながら唾を飛ばし主張を続ける。
「グローバル化はもはや国際化社会における最低限のステータスでありますぞ!!知性と教養を兼ね備えし彼女こそ、ササダーノにおいて必要な人材です!!」
「で、本音は?」
「現役の女性教師とお近付きになれるなんて、考えただけでもう辛抱たまらんでござるよ!!叶うならば、是非淫靡なる彼女の個人授業を受けたいのでござるよ!!」
地頭長官の誘導尋問にまんまと引っ掛かった大田総務部長は、欲望全開で内に秘めたるエロスへの欲求に忠実に従っていく。
「私も受けてみたい!!」
「是非とも叱っていただきたい!!飴と鞭を駆使して、教え導いてほしい!!」
この会議に女性がいたならばドン引き必至、軽蔑は必然な願望を発して賛同しているのは、根来第一方面部長と安井クレーム対応室長だ。
 「教え導かれたいのであれば、山奥の寺に籠って修行に励んで煩悩を払ってからにしたまえ!!」
「けしからん!!ビジネススーツのタイトなスカートから覗く太ももを拝もうなどとは、実にけしからん!!」
反発する声が上がり、もっともな正論を言い返すお偉方もいれば、自分の性癖を上乗せして異論を唱える者までいた。
「・・・・・・・・・。」
だんだんとカオス化してきた討論会に、山下隊長は自身の家庭の行く末のみを案じて意識を割きつつあった。

 「地球の未来を担うべきは若者たち、しからば断然我々が欲する人材もまた、若者でなければならないのだーー!!」
「うおぉぉーーーーーー!!」
群雄割拠の乱世に割り込んでくるかのように、ひときわ高らかに勝ちどきを挙げて吠えるのは、小畑主任であった。
同好の志たる、森川第二方面部長と原田冠婚葬祭宴会部長の強力な援軍を得て、一大勢力として分け入ってきた。
 「未成年ですよ、未成年であるのですよ!!加えて花も恥じらう女子高生なんでありますよ!!どこに彼女を拒む理由がありましょうかーー!?」
「J・K!!J・K!!」
「J・K!!J・K!!」
どこのジャンヌだよと言いたくなる小畑主任のほとばしる熱き血潮に、森川・原田両名の「JKコール」が後押しを惜しまない。
「しかし、女子高生と言ってもギャルではないか!!」
「そうだそうだ!!」
「女子高生というカテゴリーに、安易に踊らされているだけではないのか!!」
片方が熱くなれば相乗効果として、対立するもう片方も熱くなるのは必至。
「確かに妥間ちゃんはギャルです、それは動かしようのない事実でしょう。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「しかーし!!ギャル、なおのこと最高じゃあありませぬかーー!!」
「えぇ・・・・・・・・・。」
山下隊長には理解不能だった、彼には若い女性にそれなりの魅力は感じるものの、それは世間一般の男性が抱くのと大差のない、些細な関心にしか過ぎなかったからだ。
「よいですかーー!?着崩した制服から覗く胸元、超が付くほど短くカスタマイズされたスカート、おまけにルーズソックスや紺のソックスとが生み出す絶対領域は、何という破壊力とエロさを生み出すのであるのですぞーーー!!」
「(ついにはっきりと、エロさとのたまったよあのおっさん・・・・)」
山下隊長は自分のちょうど半分くらいの年齢の少女の姿をわずかに想像してから、やはりドン引きを隠せなかった。
「個人的には黒ギャルにルーズソックスがマストですな!!」
鼻息荒く力強く言い切った小畑主任は、もう完全に変態街道驀進中であった。
「別に採用したからと言って、高校の制服を着用して職務に当たるわけではないのだぞ!!」
「ならば、個人的に用意した制服をプライベートタイムに着用してもらうだけです!!」
あちらが正論を突き付ければ、当の発言者は変態を誇示して押し返していく、この話し合いを一進一退の議論と呼んでいいものなのか?
 「皆の意見は聞かせてもらった、各自もっともな言い分であったと思う。」
4名中3名を推す主張が繰り広げられている中、落ち着き払った口調で杉琴参謀が静かに参戦してきた。
「だが、ここは今一度慎重に考えてくれたまえ。今の我々に本当に必要な人材とは、一体どういった人物なのかということを・・・・・・。」
お偉方たちを束ねる立場にある参謀の言葉には、他の参加者とは一味違う重みがあった。
「今後、地球を狙った宇宙人たちの暗躍は、より本格化し激しさを増していくことだろう。」
「それは・・・・まぁ・・・・。」
「・・・おっしゃる通りでは・・・・ありますが・・・・・・。」
単に自らの立場と権力によって相手を黙らせるのではなく、一丸となって対処すべき大事についての正論を解くことで、自然と沈黙を生んでいく杉琴参謀の手腕はさすがだった。
「だから・・・だからこそ、マクレーンなんだよ・・・。」
 確かにここまでの3名の候補者たちとは明らかに力量が異なる女性、マクレーン。
何しろ幼少期より特殊部隊の最前線で活動し続けてきた経歴は説得力大で、あらゆる部署に配属されたとしても即戦力として尽力してくれることは想像に難くない。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
会議室内は静まり返り、生まれた沈黙が何よりも雄弁にその認識は正しいと物語っているかのようだった。
 「ふっ、おわかりいただけたかな?」
そこで満を持して勝利を確信したかのように、杉琴参謀は最終確認の意味合いを込めて、出席者たちの総意を取ろうと試みた。
が、そうは問屋が卸さなかった。
「でも、おばさんじゃん。」
現役女子高生の妥間を推す、少女至上主義者の小畑主任が本音をぽろっとこぼしたことが、再び激しい乱世への口火となった。
「そうですよ!!」
「確かに即戦力としては申し分のない人材なんでしょうけれど、将来性という意味では疑問の余地があります!!」
「何!?」
十中八九目前まで勝利を確信していたから、まさかの反論が飛び出したことが心底意外だった杉琴参謀は、力いっぱい振り向いたせいで首を痛めたようであった。
「ぐはぁっ!!」
「大丈夫でありますか、杉琴参謀!?」
急転直下で四面楚歌の様相となってきた杉琴参謀が痛みに悶える中、マクレーンを推す賛同者である真鍋公安部長が取り乱していく。
「大丈夫だ。大丈夫だから、君の方からも言ってやってよ!!」
「はっ、了解いたしました!!」
 しかし時すでに遅し、4つにきれいに分かれた派閥の波は、会議室内において誰を採用するのか、まるで誰が天下を取りに行くのかという勢いで白熱していく一方だった。
 
 楕円形のテーブルに360度ぐるりと並べられた椅子に座る会議の出席者たち、その彼らの勢力図は今、4名の最終選考候補者の女性の誰を採用するのかという問題で、きれいに4分割されていた。
まるで分度器で測ったかのように、90度ずつの領土を維持したまま、賛同者たちが各自の「推し女」の領土へといつの間にか自発的に席替えをして集い、熱い議論を飛び交わしていた。
 唯一中立的な立場を取らざるを得ない小塚総監は別として、山下隊長はどこか特定の派閥に属することもできずに、板挟みの宙ぶらりん状態となっていた。
この会議に出席している重鎮たちの中で最年少の山下隊長は、安易にどこかの派閥に与することはいろいろな意味で角が立つこともあり、冷静な思考の持ち主の彼はコーヒーを淹れたり裏方の仕事に徹することを選択し、ひとまず難を逃れるしかなかった。
「早く終わってくれないかなぁ。」
白熱する議論の影響で、お偉方たちの喉は著しい渇きを訴えているため、淹れても淹れてもきりがないコーヒーを足しげく運ぶ傍ら、山下隊長は本音をこぼしてしまう。
 「だいたいねぇ、地球の平和を守る者として、イメージと言うのはとかく大事でしょうがぁーー!!」
「だから、スポーティーでボーイッシュな長尾君を推すと言うのかね!?」
「そうです、そうなんです!!」
「どこの川平だ、君!!」
「他の3名はその点において、若干問題があるように思えるのですよ!!エロスを感じればいいというものではないでしょうがぁーー!!」
「エロくて何が悪い!!」
「開き直ってるんじゃあありませんよ!!」
「優秀で魅力的な人材が、プラスアルファエロいだなんて、最高じゃないか!!」
「淫靡さや妖艶さ、アダルティーを求めるのでしたら、別の業種を立ち上げてはいかがでしょうか!?」
「そういう君だって、ブルマ姿を拝みたいだけではないのかね!?」
「ぐっ・・・・、私はただ、絶滅危惧種になりつつあるブルマという至高の存在の未来を憂いでいるだけであります!!」
「地球の未来を憂いなさいよ!!」
「ブヒィーーー!!ブヒィーーーー!!」
 頑として譲らない各々の主張が飛び交う中、豚がいた。
失礼、汚いその豚は大田総務部長だった。
「知性と教養こそ、組織には何より必要なのでブヒィー!!なればこそ、安原女史なのですよブヒィーー!!」
「ブヒブヒうるさいぞ!!」
「現役の女性教師なんて、お目に掛かれる機会が人生のうちに何度あることでしょうかブヒィー!!」
「それこそ、君の単なる趣味趣向に過ぎないと言うのだよ!!」
「いいえ、そんなことはないでブヒィーー!!安原女史を採用した暁には、彼女と交流のある女教師の方々にも裾野を広げ、ゆくゆくは女教師だらけの部隊を作ってみたいのでブヒィーー!!」
「だから、君の性癖や偏った趣味などどうでもいいのだよ!!」
「そうだ、いかがわしい店にでも通い続けるがいいのだ!!」
「ブヒィーーーー!!!」
私欲にまみれた大田総務部長の未来計画は、多くのお偉方たちによって瞬く間に一蹴されていった。
 だが私欲にまみれた性癖の権化であれば、こちらの派閥も負けてはいなかった。
「J・K!!」
「J・K!!」
そう、妥間ギャルを推進する小畑主任を筆頭にした一派だ。
「女教師なんて所詮、常識の範囲内でしかござらん!!もっと我々はその先の未知なる果実をば、この手に掴まなければならないのでござるよ!!」
「黙れ、ロリコンが!!」
「ロリコンとは聞き捨てなりませぬな!!少女趣味だと言うならばいざ知らず、ロリコンと馬鹿にされては黙っておられませぬぞ!!」
「だいたいな、君たちはさぞかし女子高生を重んじているようだが、彼女たちからしたら脂ぎった中年男性など嫌悪の対象でしかないのだぞ!!」
「それならそれで結構!!蔑まれ罵られてこそ生まれる愛もあるのでござる!!」
「そんなものはまやかしだ!!幻想だ!!」
 雑用をこなすことを買って出た山下隊長は、ひどく頭が痛かった。
「(知らなかった・・・・、これまで敬意をもって接していた上司たちが、揃いも揃ってこうも変態ばかりだったとは・・・・・・。)」
彼は変態の巣窟と化した、本来神聖で厳かであるはずの会議の場が欲望にまみれていく様を目の当たりにして、長年にわたる信頼関係に淀みが生じていくのを感じずにはいられなかった。

 「諸君、マクレーンのことも忘れてもらっては困るのだよ!!」
沈黙を保っていた杉琴参謀が、ついに我慢しきれずに少々声を荒げて攻め入ってきた。
「三十路は結構!!」
「異議なしであります!!」
「これ以上余計な火種を持ち込まないでいただきたいです!!」
 けれどあれほど足並みが揃っていなかった各派閥なのに、杉琴参謀の推すマクレーンに関してだけは、息ぴったりに満場一致で退けてしまうのだった。
「真鍋君、私は人選を間違ってしまったのだろうか・・・・?」
さすがにショックを受けたらしい杉琴参謀は、賛同者である真鍋公安部長に縋りつくしかできない。
「そんなことはありませんよ。ええ、決してそのようなことはあるはずがないですよ!!」
公安という部署にに準じているからか、顔色一つ変えずにフォローする真鍋公安部長だったが、この会議の席上にてマクレーンの分が悪いことは火を見るよりも明らかであり、それがよりにもよってお偉方の中でもかなりのポストにいる杉琴参謀のごり押し推薦だという事実が、重荷となって彼の肩にのしかかって来ていた。
 「女は年齢だけじゃ推し量れないのにねぇ・・・・、むしろ30過ぎてからこそ味が出てくるというのにねぇ・・・・。」
完全に拗ねてしまった杉琴参謀をこのまま放っておくこともできないし、かといってそちらにばかりかまけていては、ますます敗色の色は濃くなるばかりだ。
 このように、会議室に集結している参加者たちには、何だかんだ言いつつも抱えたもの背負ったものがあり、この場限りの会議と言えども人間模様を確かに描いていた。
 明朗快活ボーイッシュなスポーツ女子長尾を推す一派、教養豊かでどこか色めくものを内包した現役女教師安原を推す一派、ギャルで女子高生であるからこそ未知数の可能性を秘めた妥間を推す一派、特殊部隊に所属していた異色の経歴を持つ謎多き三十路女性マクレーンを推す一派。
各派閥内でも、矢面に立ってリーダー的な役割を担いし者、馬鹿の一つ覚えのようにただただ同調する者、対立候補の揚げ足を取ることに躍起になる者、反論されて落ち込む同志を必死に励まし心配りを欠かさない者、単純に言い争いを繰り広げる様子そのものを楽しんでいる者、さも積極的に会議に参加している体を装いつつも飽きてきている者、どさくさに紛れて自分の掲げし性癖を声高に叫ぶだけの者などなど・・・・。
 
 会議開始から4時間以上が経過していた。
肝心の選考は、各派閥の言い分や主張がエスカレートしていく一方で、話し合いは平行線をたどったままの状態となっている。
 雑用係へと避難した山下隊長は、先ほどから時計を気にする回数が増えていた。
事件さえ起こらなければ、今日は定時に帰ることができ、妻と2人の子供と共に夕食を囲むことができるはずだったのだが、まったく予想もしていなかった会議に当日の朝になって急遽招集されたがために、一家団欒に刻々と危機が迫っていた。
いったん怒らせてしまえば延々と尾を引く妻の性格を思えば、回避できるトラブルは何としても回避したいというのは、彼の偽らざる本音だ。
「・・・・・・・・・・。」
いつの間にか、会議の決定内容よりも妻が鬼化しないかということの方が、よっぽど気掛かりになって久しかった。 
 激しい言葉の応酬、ぶつかり合う信念と信念は、男と男の意地のぶつかり合いだとも言えた。
20名程度の人数しかいない会議室の中であったが、その熱気と迫力はさながらテレビで中継される国会中継にも負けてはいなかった。
 だがいくら議論が白熱したところで、会議である以上選考の結論を出さなくてはならない。
出席者たちとて、平行線をたどり続けている現状に徐々に疲弊してきており、焦りだって芽生えてくる頃合いとなっていた。
何とか終止符を打つために、各々が推す女性を勝たせたいという思惑も錯綜させて、この停滞ムードの窮地に白羽の矢を立てられないものか。
 たどり着いた矛先は1人の人物へと、とうとう向いてしまうことになった。
中立的な立場を保つ小塚総監を除外して、ただ1人だけ己の意見を提示していない者へと。
そう、会議開始から今に至るまで、のらりくらりといずれの派閥の軍門へも下ることなくやり過ごし続けてきた人物、山下隊長だ。
 「山下隊長、君はどう考えているんだね?」
岡本警備課長がパンドラの箱をつついて、気配を可能な限り殺して潜伏していた山下隊長の尻尾をついに捕まえた。
「!?」
背中を丸めて少しでも存在感を小さくしようとしていた山下隊長は、恐れていた瞬間に引きずり込まれたことに体が硬直してしまうのだった。
急激に関節を動かしてしまったがために、軽く鞭打ちの症状を発症しながら、彼は恐る恐る視線を合わせるしかなかった。
「私・・・ですか・・・・?」
できることなら会議が終了するまで、口をつぐんでいたかった山下隊長だったが、年上の上官たちに名指しで指名されてしまっては、さすがにこれ以上隠れ通せない。
「そうだぞ、君は誰を採用したいと考えているんだ!?」
「裏方作業はいいから、もっと積極的に参加しなさいよ!!」
 雑用に徹することでこの会議における自分の役割を見出していた山下隊長にとって、乱れ飛び始めた声がそんな唯一の居場所さえも奪っていき、退路まで断たれてしまった。
「・・・・・・・・・・。」
非常に困ったと、彼の顔は困惑の色に染まっていく。
仮にどこかの派閥を支持すれば、残る派閥からの総攻撃を受けてしまうことは必然だし、何よりも早くマイホームに帰らなければならない山下隊長は、自分の発言1つで戦況がさらに飛躍して悪化していくことは、何としても避けたいのだが・・・・・。
 「君はあれだよな、もちろん長尾君を支持するよな?」
声音は控えめだが、銀縁眼鏡の奥の目が笑っていない岡本警備課長が同意を求めるふりをして強要してきた。
「何を言うかブヒィー!!安原女史だろうブヒィー!!」
愛してやまない女教師たちのハーレム創設を夢見て、大田総務部長はことさらブヒブヒと身を乗り出してきた。
「JKはいいぞ~!!JKは最高でござるぞ~!!」
安っぽい陳腐な催眠術をかけるみたいに重低音で囁いてくる小畑主任。
「のう、山下よう。・・・・マタラッターニの隊長である、山下よう。わかっているだろう、どんな人材が最前線には最も必要なのかを・・・・・。」
どこぞの組長よりもよっぽどドスの利いた修羅場を潜り抜けてきた、杉琴参謀の恫喝もとい誘う声が、山下隊長の心臓を直接鷲掴みにしてくる。
「・・・・・・・・・・。」
「ボーイッシュな長尾君に、ブルマを!!」
「才色兼備な安原女史に、共に個人授業を受けようではないかブヒィー!!」
「清純派にはない魅力的なギャルに、妥間ちゃんに!!今ならルーズソックスを2枚お付けしよう!!」
「マクレーンと言え。マクレーンと言え!!」
 何だかテレビの通販番組みたいなノリの勧誘もあった気がするが、山下隊長には選べるはずもなかった。
「・・・・・・・・・・。」
「長尾!!」
「安原、ブヒィー!!」
「妥間ちゃん!!」
「・・・マクレーン・・・・!!」
4者の距離は適度に空けられているというのに、それぞれが解き放ってくる圧はものすごいものがあり、吹きすさぶ激しい嵐の中に立ち堪えているように、山下隊長を追い詰めていった。
「・・・・・・・・・・。」
室内の酸素濃度は減少し、息苦しさに飛び出したくなる重苦しさ。
「・・・・・・・・・・。」
絶体絶命の山下隊長、がその時、思いも寄らなかった鶴の一声が投げかけられて、戦況は激変することになるのだった。
 
 「・・・あの、ちょっといいかね?」
ササダーノ日本支部のトップ、組織の長たる小塚総監が見るに見かねて口を開いたのだった。
総監という立場上、ここまでほとんど発言することもなく沈黙を貫いていた小塚総監は、山下隊長に迫った危機についに口を開いたのだ。 
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
各派閥の陣頭指揮を執っていた、岡本警備課長、大田総務部長、小畑主任、杉琴参謀も、総監の突然の介入には黙って従うしかない。
座り心地のよさそうな椅子の背もたれに預けていた体をゆっくりと起こしながら、マイクへと向かい合い小塚総監は発言したのだ。
 「・・・あまり白熱するもんだから今まで言い出しづらかったんだけれど・・・・、別に1名しか採用してはいけないとは決まってないんだよ・・・・・・。」
「はっ?」
岡本警備課長は、今更ながらに聞かされた言葉に思わず素で聞き返す。
「ですが、総監。これまでの会議では、議論を重ねました末に、毎回最後に残った1名を採用してきたではありませんか?」
「うん、そうなんだけどね・・・、別にそれ規則でも決まり事でもないから・・・・。」
「そんな馬鹿な!?」
驚く一同の中一際動揺が走った様子の杉琴参謀は、自前の「ササダーノ及びマタラッターニに関する規則」の分厚いガイドブックを開いては、血走った目を走らせていく。
「・・・・・・・・・・。」
「では何故、これまで言ってくださらなかったのですか!?」
憤慨するように岡本警備課長はまくし立てるが、小塚総監は対照的に冷静に答えていく。
「だって、これまでの歴代の上官たちの間でいつの間にか暗黙のルールができちゃってたんだもん。」
「はい~!?」
納得のいかない様子で岡本警備課長は食い下がるが、小塚総監も負けてはいなかった。
「じゃあ逆に問うが、今更言えますか!?どいつもこいつも採用できるのは1名だけだと勝手に解釈して、案の定今日だって各々が天下を取る勢いで白熱した空気と気概が蔓延している中、その流れを無慈悲に遮ってまで言えますか!?私には言えないよ、言えやしないよ!!それとも君なら言えると言うのかね!?」
 何だろう、若干逆切れ気味の小塚総監の発言に、岡本警備課長は言葉を失ってしまった。
「・・・・・・・・・・。」
すると、急ピッチで規則に目を通していた杉琴参謀が感嘆の声を上げた。
「確かに・・・・!!どこにもそのような規則は、明記されておりませんな!!」
「だろう!!」
我が意を射たりとばかりに、小塚総監は立場に見合った壮大なる威厳を取り戻して吠える。
「では・・・この会議の決着は・・・・?」
ここまで劣勢に立たされていた杉琴参謀は、総監の言葉に光明を見出したらしく、希望に満ちた目で問いかけていくのだった。
 「うむ。最終選考にまで残った4名の候補者たちには、皆これといった問題点もないと見える。ならば・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「全員採用でいいのではないだろうか!!いや、むしろそれしかないだろうよ!!」
4つの派閥の緊迫感漂う視線が交錯し1点に集中した直後、小塚総監はやや声を張り気味にして高らかに謳ったのだった。
 最終選考候補者、長尾歩々、安原灸琵、妥間真理子、マクレーン、以上4名全員採用決定。

 4大勢力の均衡状態から一転、小塚総監の鶴の一声によって会議は瞬く間に終息に向かった。
「お疲れさーん!!」
「ごくろうさーん!!」
「いやー、よかったですなぁーー!!」
「本当にめでたいですなぁーー!!」
 あれだけ張りつめていた室内の空気は見事に氷解し、今や会議室は出席者全員によるちょっとしたお祭り状態の打ち上げモードへと変貌を遂げていた。
各派閥に分かれて火花を散らしていたお偉方たちが、派閥の壁を越え肩を組んでは互いの健闘をたたえ合っている。
4名の女性候補者の全員採用が満場一致で決まり、無礼講状態の変なテンションが充満していた。
 そんな雪解けを満足そうに見つめているのは、笑顔を浮かべた小塚総監だった。
大岡裁きならぬ小塚裁きが功を奏して、実にご満悦のようである。
何なら今にも立ち上がって制服から腕を放り出して、「これにて一件落着!!」などと言い出しかねないえびす顔である。
 だがしかし、忘れてはいけないことがあった。
昨日の敵は今日の友となり絆を深めているお偉方たちの只中で、たった1人納得していない男がいることを。
その男は、5時間近く浪費した時間や無駄にすり減らされた神経を鑑みながら、これでもかというほどのしらけた目をして、浮かれ切った絶賛パーリータイム・ナウな連中をぼんやりと見ている。
「・・・一体何だったんでしょうかねぇ、この会議・・・・・。」
山下隊長である、エリート部隊マタラッターニの隊長であり、歴戦の勇者たる彼は疲れ果てた表情で、呪詛を唱えるように呟き続けるばかりだった。
「・・・・何の意味があったんだろうか・・・・・。」

 なお、正式にササダーノ日本支部へと採用された4名の女性たち。
彼女たちの配属先をめぐって、数日後またも招集されたお偉方たちによって彼女たちを取り合うという、血で血を洗う白熱した会議が行われたらしいのだが、それはまた別のお話。
ちなみに山下隊長にも参加要請が下ったらしいが、勤務を口実にして断固出席を拒否したらしい・・・・・。

 
   

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み