第1話

文字数 6,413文字

 21世紀、科学の発達によって人々は平和に暮らしていた。
あらゆる分野のテクノロジーは日々進歩して、ますます我々の暮らしを向上させていくことだろう。
人類同士・国家間で解決すべき問題は数多く存在していようとも、ひとまず地球は今日も広大な宇宙の中で、青く美しく輝いていることを疑う人はまずいない。

 だからこそ、人々はまだ知らなかったのだ。
この地球に、様々な危機が迫ってきていることに・・・・・。


 ~東京都内某所~
 都心の喧騒で賑わう高層ビルが立ち並ぶ日本の中心地、スーツに身を包んだ男たちが行き交っているのが特に目を引く。
企業戦士たるサラリーマンにとって、平日の日中というのはまさに戦の真っ只中にいると言っても過言ではないだろう。
もちろんそれ以外の老若男女とて多く行き交ってはいるが、場所が場所だけに両者の間には漂う緊張感や身にまとっている使命感のせいか、いくばくかの温度差が感じられるのは確かだった。
 そんな群衆の中を、1人の男が背筋を正しつつもきょろきょろと、自分に向けられる視線に注意を払いながら歩いてきた。
ビジネスマンたちに引けを取らず、その男もまたスーツに身を包んでいた。
しばらく人の波の中に溶け込んで進んでいた男だったが、高層ビルが途切れた区画に差し掛かったところで、急に進路を変えては足早に路地裏へと消えていく。
外見だけならそこら中にいるサラリーマンと相違ないのに、鞄を小脇に抱えたままやたらと周囲の様子を気にしているから、いささか異質に映る。
 オフィス街でも路地裏に1歩足を踏み入れれば、頭上に輝いていた太陽の光も途絶えがち、その証拠にアスファルトと建物の壁の間にできた隙間のむき出した土は、いつかに降った雨の水分が完全には乾ききっておらず、まだ湿っているのだった。
 日光が遮断された路地裏、体感温度も往来より数度低く感じて若干肌寒い。
男は周囲への警戒を怠らぬまま、とある地点に設置されているマンホールの前までやって来た。
一見しただけではどこにでもある何の変哲もないマンホールを前にして、けれど男は口をきりりと引き結ぶと、一拍置いてから隣接するコンクリートの壁へと近付いて行った。
その壁には、外壁の傷みとは対照的に、15センチ四方の機器が備え付けられていた。
 ビルの関係者入り口などに設置してある、暗証番号を入力してロックを解除する施錠装置に見える、その物自体にはさして目新しさはないが、問題なのは何故このような人も寄り付かないような路地裏の外壁に設置されているのかということだ。
周囲を見渡してみても、どこかの会社の入り口の1つも確認できない、塗装が所々剥げた古びた建物の柱に、不釣り合いに近代的な装置があるだけの異質感を感じてしまうだけだった。
だが男は改めて周囲に目を光らせて自分に注がれる視線も気配もないことを確認すると、施錠装置に手を伸ばしては、慣れた手つきで暗証番号らしき数字の羅列を手早く入力していった。
入力が済んだ後、男は続けて懐から取り出したカードを機器に接地させると、表面に印字されたバーコードが読み取られていく。
それらの工程が完了すると、機器の最小限のサイズのディスプレイ画面に「OK」の文字が表示され、男は素早くカードを懐にしまっていった。

 数秒後、目前のあのマンホールが変化をきたし始めた。
マンホールの円形をそのままかたどった形で、上空へ向けて2メートルちょっとの光が現れて輝きを放ちだしたのだ。
巨大な光でできた円柱が出現したと言えば、お判りいただけるだろうか?
一般人が目撃すればちょっとしたファンタジー世界でさえあるその光景、けれど男は日常の一コマに過ぎないと言うのだろうか、何のリアクションも示さないままに光の中へと足を踏み入れていった。
光に包まれてスーツの襟を正す男、エメラルドグリーンを淡くした輝きが最高潮に達した次の瞬間、その姿が忽然と消えていった。

 日本の地下、とりわけ首都圏一帯には無数の地下通路が存在することをご存じだろうか?
緊急時の政府要人たちの避難経路だの、軍事施設の名残だの、一説には戦前から存在していただのと、囁かれている都市伝説を挙げれば枚挙に暇がない。
 誕生した生い立ちや存在理由は定かではないものの、そんな地下通路が存在していることだけは確かで、薄暗くけれど広大な通路を男は歩いていた。
大陸同士を結んでいる大型のトンネルと遜色ない規模を誇っている地下通路内は、下水道の中を進んでいくのとはわけが違い、閉鎖空間特有の酸素不足による息苦しさなど皆無で、地下鉄の駅の構内を歩いていくよりもよっぽど快適だとさえ言えるようだった。
 3分ほど歩いたところで、男は1つの区画に突き当たっていた。
目の前に広がるのは無機質な壁のみ、行き止まりにしか見えないその場所で、男はマンホールから侵入した時と同様に、カードを取り出しては頭上に掲げ始めた。
すると赤外線の防犯装置さながらのセンサーの光が何本も出現し、激しく交錯しつつ男の全身と掲げられたカードとをチェックしていく。
実際にはほんの数秒に過ぎなかった男を見定めし審判の瞬間は瞬く間に終わり、代わって入り口も何もなかったはずの壁が、左右に開いていったのだった。
 最先端技術の科学力を結集して取り入れたらしき扉の開閉、だがここが地下空間であるためなのか、どちらかというと洞窟に突入する際の探検隊の一幕に近いように感じられる。
ともかく、男は静かな足取りで1歩ずつ、開かれたその先へと入っていったのだった。

 東京都内の地下、未開の地と言っても過言のない謎だらけの場所。
しかしそこには未来都市かと見紛うほどの、きらびやかで非現実的な空間が存在していた。
さらに驚くのは、目の前に広がる建造物だけではなく、人々が地上と変わらない様子で息づいていることだった。
そんな中を、地上からやって来たあの男は闊歩していく。
対向からやって来る2人組の男たちがその存在に気付き、礼儀正しく腰を折り曲げては挨拶をしていた。
目上の人に対するように敬意をこめられた所作に、男は一定の距離感を保ちながらも威厳に満ちた対応を見せて、ねぎらうようにして肩を叩いてから去っていった。
 男はそのまま居並ぶ建造物の中でも、一際目を引く高く立派なビルへと入っていった。
エレベーターを利用して上階へとたどり着いた男は更衣室へと入室し、迅速な動きで着替えを済ませていった。
先刻までのスーツ姿とは一変、男は青く鮮やかな制服を着こなし、なお一層背筋を正しては折り目正しくなっていった。
この男の名を、山下射阿平という。

 「ササダーノ」
 地球の平和と人々の安全を守るために結成された、独自の組織である。
各大陸で複数の支部に分かれた、特定の国家に属するわけでもなく、既存の軍隊とも一線を画す防衛組織の総称だ。

 すべての始まりは、1960年代に密かに日本で発見された石碑の存在からだった。
太古の昔に埋められたであろうその石碑は、埋まっていた地点の地層から推定された時代とは、明らかに異なる人工物であった。
その後、日本を中心とした各国の優秀なる科学者たちの研究によって、発見された石碑は地球外の物質で構成された物であり、石に刻まれていた内容は、地球人類の誕生からはるか未来までを克明に記した物だということが判明した。
 アカシックレコード、SFやオカルトの世界では一般的なものであり、その星の誕生からなる歴史や、生物がたどる足跡を生い立ちから終末を迎えるはるか未来までが明記された、史実の一覧表みたいなものだ。
オーパーツ(地球外からもたらされたもの)にも分類された、謎の石碑の出現が水面下で人類の歴史を大きく変えることとなった。
 何故なら科学者たちや各方面の専門家たちの尽力でやっと解読されたその中身が、これまで人類がたどってきた歴史をそのままに克明に、寸分違わず書き記されたものだったからだ。
まるで何十億年という地球がたどってきた歴史を、目の前で見てきたように正確に綴られていた内容が、各国の政府に与えた衝撃は計り知れないものとなった。
 だが、生き字引のような地球の歴史書たる内容が伝えたものは、過去完結形だけに留まってはいなかったことが、さらに波紋を呼ぶこととなる。
「数十年後、早ければ半世紀ののちに、この地球にあらゆる危機が迫る」
果たしてそれは、人類間における愚劣な戦争や生存競争の成れの果てだけではないと言うのだから・・・・・・。
 1つは地球の外部、つまるところ宇宙からの侵略の魔の手、もう1つはこれまで人類が犯してきた過ちに対する代償に等しき地球内部からの危機が訪れるのだという。
科学者たちは驚愕した後、具体的な危機の正体を探ろうと躍起になったのだが、肝心要の未来に対する危機の詳細が意図的なのか偶然の産物なのかは定かではないものの、書き記されてはいなかった。
 この事実が、各国政府首脳にとっては石碑の信憑性を一転して懐疑的に思う結果となってしまい、現在となっては忘れ去られつつある記憶の風化へと相成ってしまった。

 けれど、科学者や研究者たちは諦めなかった。
オカルトじみた可能性に盲信しているわけでは決してなく、あくまで科学的・理論的な見地から独自に研究と対策を進めていったのである。
突拍子がなさすぎると各国首脳に一蹴され、研究機関が解体・研究費用も打ち切られてしまってからも、独自で連携を密にとり団結を強めていった。
国家も民族も垣根を越えて、数名の有識者たちが陣頭指揮を執り、地球に迫る危機を回避するための対策が誰も知らないところで着々と進められていった。
すると、そんな彼らの趣旨に賛同し、援助や協力を申し出る要人たちも出てきたのである。
皆一様に純粋に、生まれ育った母星である地球の未来を心から憂い、そこに住まう子孫たち未来を担う地球人たちのためにと。

 21世紀に突入し、文明の発達と進化は目覚ましいものがあった。
人々の暮らしは豊かになり、様々なテクノロジーにも助けられ快適な毎日を送っている事実に、疑いを感じる者は皆無だった。
しかし、危機は確実に、もう目の前にまで迫ってきており、時間はないのだった。
 いつ何時、訪れるかもしれないまだ見ぬ破滅の瞬間のため、立ち上がった勇者たちがいる。
これは、地球の平和を守るために戦い続ける戦士たちの、命を懸けた物語なのである。

 隅々まで清掃が行き届いた近未来的な建物の廊下を通り抜けた先に、重厚なる扉があった。
男は扉の手前までやって来ると、すぐさまセンサーの感知によって自動的に左右に開閉していく。
一呼吸置いてから、男は貫録を伴った足取りで開け放たれた扉を潜り、室内へと入っていった。
 ここまでに至るどこよりも厳重かつ緊張感に満ちた室内からは、いやが応にもさながら戦場の最前線と思わせる空気が伝わってくる。
 「ササダーノ日本支部 マタラッターニ作戦室」
来るべきXデーに備えて、長い年月を費やして人類の科学の粋を結集して設立された防衛組織である近未来連合ササダーノの中でも、選抜されたエリートが集う部隊、それがマタラッターニなのだ。
日本の首都東京の地下に人知れず建造されたこのビルこそが、何を隠そう近未来連合ササダーノ日本支部の本部であり、20数階あるうちの中枢部分がマタラッターニの作戦室なのだった。
 「隊長、おはようございます!!」
「おはようございます!!」
男が入室してきたことを確認した職員たちが、すれ違う足を止めて立ち止まり、皆深々とお辞儀の体勢を取って挨拶している。
「おはよう。」
その一連の所作に対して、男は端的にそれでいて重厚に応えていく。
 山下射阿平(やました しゃあへい)隊長、35歳大阪府出身、隊歴13年。
隊員や職員たちからの信頼は厚く、特に作戦行動における指揮能力には右に出る者はいない。
家族は妻・尋茄(ひろな)27歳、長女・百々藻(ももも)5歳、長男・撤多朗(てつたろう)3歳を養う、妻子持ちの内なる闘志を秘めし歴戦の猛者である。

 「隊長ーー!!事件はないんですかーーー!?」
「近い、近い!!暑苦しいよ副隊長!!」
隊長の出勤早々顔を見るなり暑苦しく、もとい堪え切れずせっついてきた見るからに体育会系でがっちりとした体つきの男がいた。
「す、すみませんでしたーーーー!!」
「いや、わかればいいから・・・・・。」
「はっ、汗が!!誰か、誰かーー!!制汗スプレー持ってきてーー!!スタッフーー!!」
 佐々木絶琳(ささき ぜつりん)副隊長、33歳神奈川県出身、隊歴8年。
元自衛隊員の経歴を持つ、武闘派であり熱血漢の根っからのソルジャー、自他ともに認める極度の汗っかきである。
独身、三十路を過ぎたことで結婚願望は募るばかりであった。

 「隊長~、おはようさんです~!!」
「おう。」
「なんだか無性に麩菓子が食べたくなってきたんで、買ってきてもよろしいでっしゃろか~?」
「・・・・1本だけだぞ・・・・・。」
「へ~い。」
 織田磨琶菓(おりた まろわか)隊員、26歳奈良県出身、隊歴7年。
高校卒業後ササダーノに一般職員として就職し、精鋭部隊たるマタラッターニの隊員にまで上り詰めた叩き上げである。
はんなりとした物腰の柔らかい関西弁がトレードマーク、ムードメーカー的存在でもある。
独身、両親からは実家の工務店を継いでほしいと懇願されているらしい。

 「おい、本田はどうした?」
「それが・・・・、まだ出勤していないようであります・・・・・。」
「くっ、また徹夜でアニメ鑑賞か・・・・・・。」
苛立たし気に山下隊長が吐き捨てたのとほぼ同時に、作戦室の扉が開いて1人の男が入ってきた。
「すんませ~ん、伏線が気になったんで改めて1話から見直してたら、結局2クール分全話一気見して寝過ごしちゃいました~。」
言葉とは裏腹に、まったく悪びれる様子も見せずに気だるげに遅刻してきた隊員に向かって、山下隊長の檄が飛ぶ。
「本田、ちょっとは反省しようか!!嘘でもいいから、もう少し申し訳なさそうに入ってこようか!!」
「短気は損気ですよ、隊長。」
 本田斗弐異(ほんだ とにい)隊員、28歳埼玉県出身、隊歴3年。
高校中退後程なく引きこもり生活に突入したが、おかげで二次元を中心としたオタク文化にすっかり造詣が深くなり、その界隈では名の知れた人物であった。
どういう経緯があったのかは定かではないが、ササダーノ日本支部の総監にヘッドハンティングされ、中途採用という形で入隊を果たした謎多き隊員である。
独身、ただしそれは一般社会的な概念であって、複数の次元を超越した彼女とハーレムを築いて暮らしているという。

 「ファル子~、コーヒー淹れてくれ。」
「うるさい、本田!!アンタなんかに、絶対コーヒーなんて淹れてやらないんだからね!!」
本田隊員の言葉に、必要以上に噛みついた返答をよこしてプリプリと怒る1人の女性隊員がいた。
 戸島ファル子(としま ふぁるこ)隊員、24歳北海道出身、隊歴3年。
マタラッターニ隊員たちの中の、唯一の紅一点。
年齢は自分よりも上だが同期の本田隊員とは、何かにつけていがみ合っている。
本部の通信担当のオペレーターで、暗号解読の技術は各国の諜報機関も真っ青だ。

 以上彼ら5人が、地球の平和を人知れず日夜守っている防衛チーム、「マタラッターニ」の勇敢なる戦士たちである。
地球は今、確実に終末の危機を迎えていた。
 だが、マタラッターニがある限り、人類は必ずやこの危機を乗り越えていくことだろう。
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