第2話

文字数 52,858文字

 「深夜2時のかくれんぼ」

 大阪府堺市の某所、21世紀に突入してからもうずいぶんの月日が流れたというのに、まるで時の流れが止まっているかのような区画があった。
昭和の香りが色濃く感じられる団地が立ち並ぶ風景が広がっている。
どこかの会社の社宅の群れであろうか、古き良き集合住宅が密集していた。

 この区画の中心には、前述した通り団地の群れが乱立しては、懐かしい存在感を放っていた。
そしてその周囲には、これまた時代を逆行していくような木造家屋の平屋建ての家々が、仕切られた空間内に規則的に灯りをともしている。
 そんな場所に、1人の男が足を踏み入れてしまったことで、奇怪な事件へと発展していくことになるのだが・・・・・・。

 夏の暑い、とても暑い夜のことだった。
怒りに突き動かされた様子で、自転車をこぎ続けている男がいた。
年の頃なら20歳そこそこの、成人にも未成年にも見える若さに溢れている。
「くそ!!くそ、くそ、くそっ!!」
サドルに腰を下ろすこともせず、立ちこぎの体勢を維持したまま、苦々し気に自らの唇をかみ切ってしまいそうな勢いでもって、吐き捨て続けている。
何に対して誰に対しての怒りだというのだろうか、とかく青春の只中にいる若者にはいろいろとあるのだろう。
 「何なんだよ、今日はよう・・・・・。」
一体どこに向かっているというのか、それもこんな夜遅くに、よほど急を要する要件でもあるというのだろうか?
だがそれにしては、この若者の自転車を走らせる操縦具合には、一貫性が感じられない。
よほど長い距離をこいできたのだろう、額や首筋に顔中だけではなく、全身にかいた汗は流れ落ちることをなお止めずに、Tシャツやジーンズへとどんどん吸収されていっていた。
若者が顔を左右に動かせば、汗もまたその動きに合わせて飛び散る始末。
若者が着用しているTシャツにしたってジーンズにしたって、汗を吸い込み続けているせいで重量は何倍にも増していて、とっくに原形をとどめてはおらず、体の各所にことごとく枷となってのしかかってきていた。
自己の行動によって負ってしまった枷が、また輪をかけて腹立たしく思えてきて、若者の苛立ちを増幅させてしまう負の無限ループへと、すっかり陥ってしまっていたのだった。
 「本当によう・・・・今日は何なん?朝からついてないことだらけやないか・・・・・。」
日付ももう変わってしまった深夜の道中で、若者はその日1日の自身に降りかかってきた出来事に思いを巡らせては、やり場のない感情に苛まれていた。
「目覚ましセットしたはずやのに・・・電池切れで鳴らずに大学には大遅刻・・・・・、慌てて登校してみれば登録してある講義が休講、・・・・バイトはバイトで・・・・・、訳のわからん客に因縁付けられるわ店長に怒られるわ・・・・・、ホンマにもう散々やないか!!」
 どうやらこの若者は、不運に見舞われ続けて終わった1日に嫌気がさして、衝動に駆られるままただ闇雲に深夜の街並みを、あてもなく自転車を走らせているだけのようであった。
その証拠に、激しい発汗や下半身を中心に押し寄せてくる筋肉への負担、蓄積されていくばかりの疲労に目もくれずに、自分が住んでいる街から逃げるように自転車をこぐことを止めようとしない。
若者にとっての現実逃避と言うべきか、いささか荒々しい気分転換なのかもしれない。
 しかし、いくら若さゆえの無茶な虚勢を張り続けてみたって、肉体は正直であった。
ある地点を境にして、ペダルをこぐ脚がだんだんと重く感じられてきて、その動きは鈍くなっていくばかりとなった。
おまけにアルバイトを終えたその足でこぎだしてきたために、沸騰していた脳内も数時間の間を挟んだことで、冷静さを取り戻してきていた。
 そうなれば、衝動に任せて取っただけの自身の行動が、途端に薄っぺらく思えてきて、また急に馬鹿馬鹿しくも思えてきてしまうのは、悲しいけれど人情だろう。
若者は数時間ぶりにようやくペダルをこぐ脚を止め、急激に冷めてしまった感情に支配されては、自転車に跨ったまま立ち止まり、しばらくの間目の前に広がる風景を眺めていることしかできなかった。
 若者が見つめる視線の先には、あの団地と平屋が広がる懐かしい香りのする風景があった。

 延々と行っていた有酸素運動を止めてみると、自分でもびっくりするぐらい喉が渇いているのを悟った。
もはや若者には自転車を再びこぎだす運動量も気力も失せていて、力のない足取りで何とか自転車を押して移動していた。
両脚でまともに地面に降り立ったのも、気付けば日付が変わる前の昨日以来のことだった。
小さな2つのペダルに接地していた感覚と、大地を踏みしめる感覚とでは雲泥の差に感じられた。
筋肉痛はすさまじいものがあり、それ以上に厄介なのは膝が笑ってしまって、直立もままならないことだった。
生まれたばかりの馬に等しく、弱々しく震える両脚を叱咤して、深夜の暗闇の中にぼんやりと浮かぶ自動販売機を目指すことだけが、今すべき使命だとでもいうように少しづつ、本当に少しずつ近付いていく。
 やっとのことで到達できた自動販売機は、周囲の風景に違わぬほど年季が入った年代物で、取り扱われている各種飲料も見たこともない物ばかりで占められていた。
だが、頭を悩ませて選ぶ余裕はない若者は、乾いて仕方のない喉を潤せるのであれば何でもいいと、ろくに選びもしないで乱暴に硬貨を投入してすぐにボタンを押した。
ボタンを押してから時間差で、選んだジュースが「ゴトン」と取り出し口に落ちてきた音が、静寂の風景にやたらと木霊していた。
若者は腰をかがめて取り出し口に手を伸ばそうと試みるが、背骨がボキボキとなり激痛が走り顔が歪んだ、1度で取り出すことができずに何度か挑み、ようやくその手にジュースを握れた時には、蒸し暑い外気と時間経過の影響でアルミ缶の表面は水滴まみれとなっており、最適な冷たさとは程遠くぬるくなってしまってもいた。
 自動販売機のすぐ近くにはありがたいことにベンチがあったため、これ幸いと若者は自転車を放置したままジュースを手に、なだれ込むように腰を下ろした。
ぬるくなってしまったとはいえ、乾いた喉に水分が通っていくだけで、かなり潤いを取り戻せた気がしていた。
服は相変わらず大量の汗を吸って濡れたままだったが、肌を伝っていた汗はほとんど乾いてきており、熱気の中時折吹き抜ける夜風によって涼しくさえ感じられた。
激しい長時間にわたる運動に水分補給、汗も引いてくれば若者にとっては、水泳の授業を受けた後のような感覚を味わっていた。
おまけに時刻も真夜中とくれば、眠くならない方がおかしかった。
若者は腰かけていたベンチに横になり、ほんの少しだけ休むつもりで瞳を閉じていったのだった。

 それから1時間も経たないうちに、若者はふいに目を覚まして起き上がった。
だがそれは疲れを癒すのに満足したからでも眠気がなくなったからでも決してなく、何者かの気配が近付いてきたことを察知して、反応したからに過ぎなかった。
 極限に酷使した身体の疲労感はまだ拭いきれておらず、したがって気配を感じて開いた瞼は重かったが、おぼろげに徐々に鮮明になっていく視界の中には、想像していたよりもずっと小さな人影が映ってきた。
着古されてよれよれになったTシャツと、現代では絶滅危惧種になって久しい半ズボン姿で、坊主頭の子供がそこには立っていた。
半ズボンと言っても膝頭を覆うくらいの丈があるハーフパンツに近い短パンではなく、太ももがかなりむき出しになった、昭和の子供たちが履いていた純粋なる半ズボンだった。
寝ぼけ眼で相対している若者でさえ、幼い頃に履いた記憶は皆無な衣服に身を包んだ男の子、見た目から判断するに7~8歳の男の子が、大いに好奇心に駆られた瞳で見下ろしてきていた。
 横たえていた体を無理やりに起こして、椅子に腰かけ直した若者はその子供と視線の高さを合わせてから、口を開いた。
「こんな時間に、何してるの?」
「・・・・・・・・・・。」
発言し終えてから、自分の吐いた言葉に得も言われぬ違和感が若者の脳裏を支配してきていた。
だってそうだろう、時刻はもう深夜2時を回っているのだ。
そんな時間にベンチで眠っていた自分も大概に異質な存在だが、さらに輪をかけて若者に近付いてきたこの子供は、世間一般の常識と照らし合わせてみても異質以外の何物でもない。
「ねぇ、お兄ちゃん。一緒に遊ぼう。」
「え?」
ニコニコしながらかけられた男の子の言葉に、若者は大きく戸惑ってしまう。
「これから僕の友達と一緒に、かくれんぼをするところなんだ。」
「・・・・・・・・・・。」
「だからお兄ちゃんも一緒にかくれんぼしようよ。」
一体何を言っているんだろう、この子は?
夏の真夜中の団地の一帯で、ありえないシチュエーションの誘いを受けている若者は、本当に何を言われているのか理解し難い気持ちだった。
「ね、いいでしょう?みんな待ってるから。」
男の子が指さす団地の入り口付近には、確かに男の子と同じくらいの年齢の子供たちが集まっており、きゃっきゃっとはしゃいでいた。
たった1人の子供でも不自然でならないのに、その数は10人を超えているようで、両の指を折って数えても足りはしない。
 子供たちの遊び場と化している団地は、住民たちが皆寝静まっているのか物音1つしない、だから余計にかくれんぼの開始を今か今かと待ちわびてはしゃぐ、子供たちが奏でる物音が耳をつんざくように反響しているように感じられた。
住宅街の一角で、こんな真夜中に騒ごうものなら、血気盛んな不良と呼ばれる若者たちでさえ、警察に通報されて補導されようもの。
ましてや今、目の前で騒いでいるのは小学生になりたての子供たちばかり、なのに住民たちは誰も注意するために起きてくる気配はまったくなかった。
それ以前に、子供たちの親や家族さえも姿はなく、関心が示される様子がまるでないことを目の当たりにした若者は、違和感をとっくに通り越して恐怖を感じずにはいられなかった。
 霊感はなく、これまでの人生においても心霊現象に遭遇したことはなかった若者だったが、直感的に、本能的にこれは絶対にかかわってはいけない類の存在だと認識した。
「・・・・・・・・・・。」
我が身に迫りし怪奇な危機に、若者は言葉を失ったまま油断すれば抜けてしまいそうになる腰を少しずつ後ずらさせ、不可思議な世界へと誘おうとしてくる子供から、何とか距離を取ってこの場からの離脱を試み始めた。
が、時すでに遅し、誘いに乗ってこないと理解した男の子の瞳が妖しげに光を放ち、離れようとする若者を捉えて離さなくなってしまった。
体の自由が奪われた形となった若者は、自我だけは保とうと抗ってみるが、それに反して子供の瞳から放たれてくる光によって、すぐにかなわなくなってしまう。
「・・・・・・・・・・。」
若者の瞳はすっかり男の子に魅入られてしまい、自我を失っても意識は失うことなく、死人のように立ち上がった。
男の子はその様子を満足気に見取り、団地の入り口へと小さな歩幅で歩きだしていったのだった。
すぐ後ろには、若者が力の抜け落ちた肉体で追従していく。
 この夜以降、若者の姿を見た者はいないと言う。

 ここ数ヶ月余り、失踪する人々が後を絶たないというニュースが、巷を賑わせていた。
失踪した人々には接点はなく、住む場所や生活の基盤を固めていた地域も方々に散らばっていたため、当初は個別の単なる失踪事件という認識で統一されていた。
家出、蒸発、老若男女問わず巻き起こる一連の事件に対して、消失した人間たちの家族や職場関係の人物たちから、立て続けに捜索願が出されていった。
 これを受け、ただちに各都道府県管轄の警察が捜索に乗り出すこととなった。
だがいくら捜査を続けてみても、姿を消した人々には該当するようなこれといった動機も見当たらず、次第に捜索は困難を極めていくこととなった。
初めのうちは少人数での小規模だった捜索部隊は、全国各地で同様の消失事件が相次いでいることに危機感を覚え、人員の大幅な増加と近代的なあらゆる捜査手段を用いての大規模なものへと変わっていった。
 そして2ヶ月以上経ったある日、消失した人々が皆、とある共通する場所を最後に訪れていたことが判明したのだった。
そう、それは昭和の香りがノスタルジーに健在のあの団地一帯を訪れ、程なく姿を消して痕跡は途絶えていたのだと。
早速団地のある街を管轄している警察署を中心として、人員を総動員しての聞き込みが行われ、付近の監視カメラなどの映像を徹底的に調べるなど、人海戦術とサイバー捜査の両面から打てる手をすべて打っての懸命なる日々が始まった。
 けれど、捜査員が聞き込みに訪れた団地の住民たちは、「知らぬ存ぜぬ」の一点張りで、それどころか誰も彼も死んだような目で冷たくあしらうような態度しか見せずに、ろくに情報も得られなかったらしい。
それならば、付近の建物や施設から何か有力な映像が入手できればまだ幸いだったのだが、消失した人々の姿を捉えた映像はいくつも出てきたものの、周囲に不審者などの類の姿はなく、映っていたのはまるで何かに引き寄せられるように団地の方角へと向かっていく人々の姿だけだった。
 捜査開始から3ヶ月を費やしても、それ以上の収穫は得ることができずに、完全に警察における操作は手詰まりとなってしまっったのだった。

 ~ササダーノ日本支部 マタラッターニ作戦室~
 最先端な素材で構築されている作戦室の扉が自動で左右に開き、続々と鮮やかな青色の隊員服に身を包んだ3名の隊員たちが、迅速に入ってきた。
作戦室内には、中央に大きな長方形のデスクがあり、入り口から向かって1番奥の椅子に腰かけていた山下隊長が、やって来た隊員たちを出迎えるのだった。
そんな山下隊長の目前にまでやって来た隊員たちに加えて、作戦室内のモニターを注視していた女性隊員も揃って、一列に並んでは列の先頭に立った佐々木副隊長が踵を鳴らした後、敬礼のポーズを取った。
「ご苦労さん。」
壮観なる隊列に山下隊長は、とりあえず駆けつけたことへのねぎらいの言葉を忘れない。
「隊長ーーー!!事件でありますかーーーー!?事件なんでしょうーーーー!?事件って言ってよーーーーー!!」
招集されたのっけから誰よりも熱く隊長に食って掛かるように、頬が思わず密着してしまいそうな距離感で食い気味の隊員がいた、佐々木絶琳(ささき ぜつりん)副隊長である。
自衛隊出身である彼は、現場第一主義というか、何を置いてもまず行動しなければ気が済まないソルジャーそのものだった。
「近い、近いよ。相変わらず、暑苦しいな。」
三十路を超えた体育会系な部下と頬が触れそうになり、邪険に振り払いながら山下射阿平(やました しゃあへい)隊長はいなしていた。
「事件だよ、事件なわけなのだが・・・・・、最後のは確認というより副隊長の願望だよね?」
「はっ、申し訳ありません隊長殿!!少々取り乱してしまいました!!」
隊長に諭されたことで、背筋をピンと伸ばしてから佐々木副隊長はそうのたまうが、反省の色はまるで感じられないどこ吹く風といった様子だった。
「諸君、今巷を騒がせている消失事件は知っているな?」
気を取り直した山下隊長が、貫録を込め直して聞いた。
「へい!!」
隊長の問いかけに即座に反応を見せて答えた、織田磨琶菓(おりた まろわか)隊員だったのだが・・・・。
「織田隊員、大変いい返事ではあったが、今噛んだね?」
さすがは歴戦の勇士山下隊長その人である、部下の些細な言動さえも決して見逃しはしない。
「ばれました~?ホンマ、隊長は目ざといでんな~。」
どこか憎めない口調で織田隊員がリアクションを取るその横で、声を殺しながらも反応してしまう隊員がいた。
「おりっさん・・・・、ぷークスクス・・・・・!!」
本田斗弐異(ほんだ とにい)隊員の、どうやらツボに入ったらしかった。
「本田、笑いすぎ!!黙れし!!」
笑いを堪えるのに必死な本田隊員を肩で小突いて、戸島ファル子(としま ふぁるこ)隊員が釘を刺しにかかる。
マタラッターニにおいて、年齢は違えど同期である本田隊員のことが、何かと鼻について仕方がないのか些細な言動さえも見逃せず、ついつい絡んでしまう彼女であった。
 「そろそろ話しを始めてもいいかな?」
整列後の隊員たちのざわつきを一呼吸置いて見守ったのち、満を持して山下隊長は口を開いたのだった。
落ち着きを取り戻した隊員たちも、そんな隊長の様子に気を引き締め直し、口をつぐんで姿勢を正してから話を聞く体勢を整えた。
「実は件の消失事件において、警察の方からマタラッターニに正式に応援要請があった。」
「しかし隊長、それは警察の職務放棄ではないんですかい?」
即座に本田隊員から、出動すべきかどうかの可否を問う声が漏れる。
「俺もそう思いますわぁ~。わざわざ俺たちが出動するほどの案件なんでっか~?」
はんなりとした柔らかさではあるが、織田隊員からも異議を唱える言葉が続く。
「お前らーーーー!!事件の選り好みをするとは何事かーーーー!!」
だが否定的な2人の隊員に対して、佐々木副隊長の一喝が響き渡った、何なら作戦室の頑丈なる防音設備をもすり抜けて、20数階からなるササダーノ日本支部のビル中に響き渡ってさえいた。
「たとえどんなに小さな事件であってもだ、ひとたび我々に助けを求める声があれば、どんなところにでも出向いていき、迅速かつ情熱を傾けて解決に当たるべきではないのかなぁ!!」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
明後日の方角を見だして、鼓膜に突き刺さる副隊長の咆哮をやり過ごさんとする、本田・織田両隊員から賛同を得られなかったことが悔しかったのか、佐々木副隊長は矛先を隊長へとシフトチェンジしてなおも熱く食らいついていく。
「そうでしょう!?そうですよねぇ!?隊長殿、小生、何か間違ったことを申しておりますでしょうかーーー!?」
情熱とは時に感情を激しく爆発させてしまう、事実山下隊長の顔面に盛大に唾を飛ばしながら顔を近付けてまくし立てている佐々木副隊長の目には、涙が溜まりつつあった。
彼だって、男の子だもん、泣いちゃう時だってあるよね・・・・・・。
「あぁ・・・そうだな。うん、まったくもって君の言う通りだ。けれどね・・・・・」
「は?」
「近いよ!!」
山下隊長は自らの顔にかかった唾液を取り出したハンカチで拭いながら、佐々木副隊長の意見に賛同しながらも、最後にややドスの利いた低い声で注意と共にいさめるのだった。
何とか顔を拭き終わり、佐々木副隊長由来の唾液をこれでもかと吸い込んだハンカチをひらひらさせて、山下隊長は戸島隊員に申し訳なさげに声をかける。
「戸島隊員、悪いんだが・・・・このハンカチ・・・クリーニングセンターに出しておいてもらえるか?」
「え!?嫌だぁ~。」
「で・・・ですよね・・・・・・。」
汚物を見るような目で差し出されたハンカチと山下隊長の顔とを交互に見てから、若い女性特有の拒否反応を戸島隊員はすがすがしく見せて断固拒否した。
「・・・・・・・・・・。」
断られて行き場のなくなったハンカチをどうしたものかと逡巡してから、山下隊長は作戦室の隅に設置されているごみ箱に、遠投を試みるしかなかった。
虚空を彷徨ったハンカチは、軽い音を立ててごみ箱の中に着地したのだった。
 「諸君らの言い分ももっともであるが、どうも今回の一連の消失事件は、一般的な捜査では解明できない謎を多く含んでいるのも確かなのだ。」
「では、すぐに出動しましょう!!」
懲りもせずに現場第一主義の佐々木副隊長は、とにかく飛び出していきたくて仕方がないようだった。
「まあ、待て副隊長。」
「了解であります!!」
だが上官の指示には絶対服従な点も佐々木副隊長の取柄なので、右手で敬礼のポーズを作ってはすぐに踏みとどまっている。
「今のところはあくまで蒸発の線が濃厚である、しかし、もしもそれ以外の可能性が考えられるのであればだ。」
「なるほど~、地球外生命体などの侵略者による線ってこともあり得るわけでんな?」
「そうだ。となれば、まさに我々マタラッターニの専門分野である。」
「侵略宇宙人の仕業か・・・・腕が鳴るぜ・・・・・。」
「ちょっと本田!!アンタ絶対楽しんでるだけでしょ!?」
「♪♪~♪♪」
自分たちの出動する必要性を提示して、隊員たちの関心が高まりつつあるその傍らで、本田隊員がこぼした言葉に、またも聞き逃すことなく鋭く小声で絡んでいく戸島隊員の姿があった。
口笛を吹いてごまかしている本田隊員を見据える彼女の目は、いかんともしがたい鋭さを保ったままである。
「では、出動に際し作戦を指示する。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「私は今回の一件、事件のカギは団地そのものが握っていると睨んでいる。そこで佐々木、織田。」
「はい!!」
「は~い!!」
「君たちは団地に直行して、建物の内部や住んでいる住民たちを徹底的に調べてくれ。」
「了解いたしました、隊長殿!!」
「了解です~!!」
山下隊長の指示に、各々の人間性をそのまま具現化した返事を返す、佐々木副隊長と織田隊員。
「続いて、本田。」
「う~い。」
「うん、もうちょっとやる気出そうな、覇気というものが感じられないよ。」
「すんませ~ん。」
低血圧なのか単に勤労意欲に乏しいだけなのか、本田隊員は今一つ歯切れの悪い返答で指示を待つ。
「君は団地一帯の地下に潜り、異常がないか調べてくれ。」
「いいですけどもぉ・・・・、それって服汚れたりしませんか?」
「お・・おう、そりゃあ多少は汚れるかもしれないな。」
「マジですか?」
隊員服が汚れることに難色を示して渋る本田隊員だったが、すぐ隣から容赦のない突っ込みが乱れ飛んでくる。
「あんた何小さなこと言ってんのよ!!いいからやる気出して、任務に当たりなさいよ!!」
と言い放ちながら、本田隊員の左の太ももの裏側に見事なキックを炸裂させて、戸島隊員がいきり立っていた。
「ちょっとファル子氏~。僕に対してだけ当たりが強いよ~!!さながらクラスのガキ大将の取る行動に、何かにつけて注意してくるツンデレ風味の女子の学級代表みたいである暴挙だよ!!」
「別に、あんたになんかデレないわよ!!」
「ふん!!」と不機嫌に視線を外しながら、戸島隊員はプリプリしている。
「戸島隊員は、レーダーの監視を頼む。団地の周囲や宇宙からの反応を、入念に監視してくれたまえ!!」
「了解!!」
一癖も二癖もある隊員たちすべてに、とりあえず作戦行動が伝えられていったのであった。
「では、出動!!」
「はっ!!」
山下隊長の号令に全員揃って答えた隊員たちは、一足早く全力ダッシュでヘルメットを手にして作戦室を出ていった佐々木副隊長に続いて、出動していったのであった。
「よっしゃあああぁぁっぁぁーーーーー!!待ってろよーーーーーーー!!」
「副隊長、うるさいです。そしてウザいです。」

 ~ササダーノ日本支部 地下2階~
 ササダーノ日本支部で使用される専用車両が一様に収納されている、ここは格納庫である。
青く鮮やかな隊員服とヘルメットに、車庫内の黄色い照明が反射している。
勇み足も辞さぬと言った様子で、自分で自分の足を蹴り上げて転んでしまうのではないかというほど前のめりな歩幅の佐々木副隊長に、人生において何事も制限速度を守りましょうと足取りが語っている織田隊員が続いて、格納庫内を移動していく。
 対照的な生き様を如実に表しながら、2人は1台の自動車の前にたどり着いたのだった。
 「マタラッターニ専用車 トッチチナイ」
エリート部隊マタラッターニの隊員のみが使用することを許可された専用車両であり、水陸両用あらゆる地形においての走行や活動が可能な万能性を誇る。
最高速度時速670キロ、有事の際の戦闘にも特化しており、内蔵されているヨネコッコ砲などの武器も強力である。
 黄色と紫色のまだら模様でペイントされているトッチチナイに、早速運転席のドアを開いては率先して佐々木副隊長が乗り込んでいく。
遅れて織田隊員は助手席へと乗り込みながら、「いつも思うことやけど、この車のデザインって大阪のおばちゃんが履いているスパッツに見えてしゃあないなぁ。」と心密かに思うのだった。
 「レッツ、GOーーー!!GOGOGOGOGO-----!!!!」
自分で自分に言い聞かせるように、己を鼓舞しながらエンジンをかけて出立しようとハンドルを握った佐々木副隊長だったが、その出だしでいきなりエンストを起こしてしまって立ち往生のタイムロスを強いられたのだった。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
気まずい沈黙が流れる車内、心なしか織田隊員の虫も殺さぬ優しいまなざしが痛い気がしたが、佐々木副隊長はフルスロットルで颯爽と格納庫から出動していくのであった。

 一方、地下からの調査を命じられた本田隊員は、重い足取りでササダーノ日本支部のさらに地下深くに格納されている一角へとやって来ていた。
立ち止まって見上げる視線の先、見るからに物々しいフォルムが異彩を放っている物体があった。
 「マタラッターニ地底戦車 スワハラノカツアキ」
車両の先端に2本の巨大なドリルが装備された、地底活動時に使用される専用車両である。
地底の暗闇にまったく溶け込むつもりがない、大輪のバラの花束を連想させるそのボディーは真っ赤である。
燃える情熱のバラの赤とでも言いたかったのか、設計者はその情熱を何故もっと別のところに発揮できなかったのだろうか?
最高速度は時速280キロ(地底走行時)を誇る、地底探索・調査、救助活動などに特化したのが、このスワハラノカツアキである。
 操縦席に乗り込んだ本田隊員は、何だかんだと文句を呟きながらも発進させるための準備を整えていく、同乗者にはササダーノ日本支部が誇るメカニックに精通したエキスパートの整備士たちも、同じ車内にて最終的な確認作業に余念がない様子であった。
その中の1人の整備士・松田が、ドライバー片手に厳かに声をかけてくる。
「発進準備、すべて完了いたしました!!」
機械油を浅黒く日焼けした顔中に付着させたまま、はきはきとした口調で合図をくれる。
「お疲れさんで~す。」
対して本田隊員の口からは、いたって軽いノリで汗水たらしてくれた者たちへと、ねぎらいの言葉が返されていった。
第3者が耳にすれば、いささか礼節を欠いた印象を受けてしまいそうになるが、昨日今日の付き合いではない松田には、本田隊員の言葉にちゃんと感謝の意が込められていることがわかっているようであった。
「アイ、ヤー!!」
右手をサムズアップさせてから、松田は他の整備士たちを引き連れて車内から降りていった。
どうやら松田は、整備士たちのチーフ格の立場にある人間のようだ。
 全員が無事に下車したことを確認し終えて、本田隊員が武骨なレバーを握って、操縦席付近のスイッチを順々に押していく。
「発進。」
佐々木副隊長とは真逆に、覇気のない声で号令をかけた本田隊員は、握っていたレバーを手前に引きスワハラノカツアキは重々しくゆっくりと動き始めた。
 格納スペースから離脱したスワハラノカツアキは、ハッチを潜り抜けて今まさに、広大で闇深き地下空間を目的地に向かい走行していく。
2本のドリルをギルギルと回転させながら、目の前に次々に出現してくる岩石を粉砕していきながら走っていくのだった。

 先行して出動した佐々木副隊長と織田隊員は、マタラッターニ専用車トッチチナイを走らせて目的地へと急いでいた。
だが彼らが走っている道は、都市部の交通量の多い一般道でも高速道路とも違う。
 地下に主要施設が集結しているササダーノ及びマタラッターニは、事件現場などへの移動の際も地下に掘られた専用の道路を使用する。
日本全国のどこへでも繋がっているこの専用道路は、彼ら以外に利用する存在は皆無のため、最速で最短に移動することを可能としているのだった。
もちろん日本の地下にそのような道路が存在していることを、普通に日常生活を送っている人々は知る由もない。
 言うなれば地球の平和を守るための、シークレットロードなのだ。
そんな地下の専用道路を、ものすごいスピードでもって、トッチチナイは音速を超えて瞬く間に駆け抜けていくのだった。

 ~大阪府堺市某所 件の団地前~
 古き良き懐かしさと表現すれば1度は訪れてみたくもなるが、さすがに相次いで人間が消失した疑惑のかけられた現場ともなると、そのような感慨は恐怖へとも変わって然るべき。
太陽がさんさんと輝く外出するにはまたとない陽気だと言うのに、団地の周囲には人の姿はほとんどなかった。
まれに人影があるとすれば、それはこの団地に長きに渡って居を構える住人でしかなく、敷地外から足を運んでくるような外部の人間の姿は、まったくなく閑散としている。
 警察が捜査して得られた事件に関する情報は、まだほとんど公表されてはいなかったが、人の口に戸を立てることはできないのか、何かのきっかけで広がったほんの小さな噂は、結果的に周囲の街などを中心に広がったらしく、もはやこの一帯は時代と共に隔絶された閉鎖空間へと化しているのだろうか。

 ともかく昼下がりの静寂に包まれた団地の敷地内に、しかしものすごい爆音と大量の砂煙を舞い散らせながら、1台の自動車が乱入してきたことでその静けさはぶち壊されたのだった。
団地の敷地内には、片側1車線ずつのそれなりに整備されたコンクリートで舗装された車道が存在しているのだが、国家によって引かれたセンターラインなどクソ食らえと言わんばかりに、ガードレールを両サイドに挟んだ中を縦横無尽に自動車は、荒々しく自由気ままに言い換えれば乱暴極まりない運転技術で、団地の建物目掛けて走ってくる。
 あまりに高速で回転しすぎているタイヤはバーストしてしまわないか、空気抵抗にこれでもかと抗いながら走行してくる自動車を、見ているだけで気が気でなかった。
けたたましく爆音を轟かせてこちらに向かってくる存在に、団地内にいた人々も何事かと方々から顔を覗かせては、入り口付近へと集まって来ていた。
 すると、ちょっとした人垣ができた群衆の目と鼻の先ギリギリに、自動車は不規則に車体を滑らせながらすんでのところで停車したのだった。
いや、停車したというよりは、物理法則を無視してかろうじて停まれたと表現する方がはるかに正しかった。
実際、横づけと表現していいのか躊躇われるように動きを止めた自動車は、車道と歩道とを仕切るための命綱たるガードレールに激突寸前、10センチ手前で停まり熱を帯びた車体からは白い煙がもくもくと立ち上っていて、文字通り危機一髪の有様だった。
 運転席ではハンドルを握ったまま両手が硬直している佐々木副隊長が、顔面蒼白で荒い息を絶やすことなく、こう呟いていた。
「あ・・・あぶねぇ・・・・・・・」
そして体は固まったまま、助手席で失神している織田隊員に向けて、今更ながらの安否確認をしていく。
「お、おい、織田!!大丈夫かーーー!?」
車内に佐々木副隊長の大声が響き渡ると、それに合わせて自動車・トッチチナイがクッション性を発揮して激しく振動していた。
「織田ーーーーーー!!織田ーーーーーーーー!!」
気を失ってぐったりとしていた織田隊員だったが、狭い車内でなおかつこんなに至近距離から大声で叫ばれれば意識も取り戻すというもの。
「・・・・・・・・・・。」
瞼を開きむっくりと起き上がった織田隊員は、思考が徐々に戻ってきたようで、自分があわや殺される寸前だった諸悪の根源たる隣に座る男の方に向き直った。
「織田ーーーーーーー!!織田ーーーーーーーー!!」
「うるせぇーーーー!!じゃかましいぃーーーーーー!!」
「はっ、織田、よかった・・・・・無事だったか!!」
呼びかけに応答があったことに安堵した佐々木副隊長は、目に涙を浮かべて少し感動を覚えているようである。
 だが織田隊員からすれば、そのような感慨はどうでもよかった。
「あんたねぇ!!何ちゅう運転しはりますのんやーー!!」
そう、佐々木副隊長の酷すぎる運転技術を追求することの方が、よっぽど重要だった。
「佐々木さん、あんさんホンマに運転免許持ってはりまんのか!?テレビゲームでかて、なかなかあんな運転できま・・」
だが、そこまで抗議しかけたところで、織田隊員はシートベルトを解除してドアを開いては、脱兎の如くスピードで車外へと降りていった。
 「うげろぼろろろーーーーーー!!おりおろろろろーーーーーー!!」
そして、ガードレールを乗り越えて歩道に足を踏み入れたのと同時に、コンクリートで組まれた塀に向かって盛大にゲロを吐いたのだった。
織田隊員の口からはとめどのない量のゲロがどんどん吐き出されていき、それほど距離がない歩道と自身の足場には凄まじい速さで汚物が溜まっていく。
コンクリート製のブロックを積み上げた塀では、吸水性・耐久性の両面からも、織田隊員の吐き出すゲロを受け止めるのは無理があり、悲鳴を上げて今にも貫かれてしまいそうでさえあった。
重度の車酔いを患っていたのだろう、失っていた意識を取り戻した途端、平衡感覚が戻ってくるのと共に押し寄せてきた強烈な吐き気はなおも勢いが衰えずに、最初は固形物が混じっていた吐しゃ物が、もうすっかりと液体のみに変わり果て胃液を吐き出し続けている織田隊員は、同情を禁じ得ないほどに痛々しく気の毒でならなかった。
 その惨状にドン引きとなっている群衆をかき分けて、運転席を降りてきた佐々木副隊長が介抱すべく、未だゲーゲーやっている織田隊員に近付いていく。
「はっはっはっは!!何だ何だ、織田はやわでいかんなーー!!」
あっけらかんと、体育会系の大雑把な朗らかさを見せながら、織田隊員の背中をさすろうと佐々木副隊長が手を伸ばした時だった。
「おぼぼろろろろぼろぼろーーーー!!おろおろろおろろーーーーーー!!」
何と織田隊員の吐きっぷりを目の当たりにしたことで、見事に佐々木副隊長ももらってしまったようであった。
「えーーーーー!?」
そんな上司の様子を目にした織田隊員は戸惑いと驚きを隠せずに、突っ込もうとしたのだったが、持ち直しつつあった気分がまた悪くなってしまい、胃液を吐き散らすのを再開せざるを得なかった。
 昼下がりの団地の歩道脇の塀に向かって、隊員服に身を包んだ勇敢な戦士が2人並んでゲロを吐いている。
車酔いから始まったその惨劇は、もらいゲロに次ぐもらいゲロという最悪の悪循環となり、輪廻のように小一時間続いていくのだった。

 「一体、何なんですかあんたたちは?」
団地の入り口付近に集結した群衆の中の1人が、正体不明の2人組に意を決して尋ねた。
ちなみに、「2人の男の身分を含めた正体」と、「いきなり自動車で乗り付けてきたと思ったら、小一時間ゲロを吐き続けた人間性への疑問」の複数の意図が含まれた質問だった。
 鮮やかな青い上下の隊員服に身を包んだ男たちのうちの1人が1歩前に出て、団地の住人である群衆に向かって高らかに叫んだ。
「我々はマタラッターニ!!この団地で起きた人間消失事件の調査のためにやって来た!!」
佐々木副隊長は懐疑的な視線を向けてくる群衆に向かってそう告げたのだが、持ち前の声量はずいぶんと控え目であった。
よくよく見てみると、かすかに足元はふらついており、後方から織田隊員に体を支えてもらって何とか立っていた。
「はぁ・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・」
たった一言二言口上を垂れただけで息も絶え絶えの佐々木副隊長、明らかに先ほどまでの激しい嘔吐が尾を引いているようである。
織田隊員と揃って、体内にあるすべての物を排出してしまったのだから無理もない。
互いに支えて支えられ、身を寄せ合うようにして何とか大地を踏みしめている佐々木副隊長と織田隊員は、勇者と呼ぶには程遠い姿を晒して弱っていた。
「織田・・・、調査は・・・・ちょっと休憩してからにしないか・・・・?」
「そ・・・そう・・・しまひょ・・・・・・・。」

 人間消失事件の調査のために団地へとやって来た佐々木副隊長と織田隊員がようやく調査を開始したのは、現場到着からおよそ2時間後だった。
もうその頃には、集まっていた団地の住人たちの姿も消えており、皆興味を失って自室へと戻っていったのだった。
もっともそのうちの半数の人間は、ゲロゲロ吐き続けていた両隊員の姿を目撃してしまったことによる、体調の悪化であることはいささか気の毒でもあった。
 「よーし、織田!!これより団地内の調査を開始する!!」
休憩を挟んだことで本来の元気を取り戻した佐々木副隊長は、気分も新たに陣頭指揮を取り始めた。
「・・・・・・・・・・。」
だが、織田隊員の表情はまだ晴れておらず、心の内面も「今更かよ」という嘆きが混在していたのだったが、口に出すことは止めている。
「俺はこれから団地内の住人に、聞き込みをかけて事件の詳細を探ってみる!!」
「でも、聞き込みはもう警察の方で済ませてあるんとちゃいます?」
「だからこそ、あえて!!より突っ込んだ聞き込みを敢行して、事件解明への手掛かりを何としても俺が掴んでみせる!!」
「さいでっか・・・・・。」
大観衆を前にして演説を行うように、右手の人差し指で上空を差しながら意気揚々と気合みなぎる副隊長。
「織田ーーー!!」
「うるさ!!・・・・聞こえてまんがな、いちいち声をそないに張らんでも・・・・・。」
鼓膜を刺激してきてたまらない佐々木副隊長の大声に両耳を手で覆いながら、織田隊員の口からささやかな抗議の意思が漏れる。
「君は・・・あれ、何してもらおうと思ってたんだっけか?」
「脳筋か!!記憶力ゼロか!!何なんでっか、もう・・・・・。さっきのゲロと一緒に記憶も全部吐き出してしまったんでっか~?」

 ~団地付近の地下空間内~
 ちょうどその同時刻、ササダーノを出発したマタラッターニが誇る地底戦車・スワハラノカツアキは、順調に地底を掘り進んでいき、すでに目的地である団地一帯の手前まで到着していた。
けれど、もう目前に迫ったはずのスワハラノカツアキだったが、あと1歩というところで思いも寄らぬアクシデントに見舞われていた。
 というのも、頑強で武骨な車体を操縦していた本田隊員の握っていたハンドルもレバーも、すべての車内に搭載されている計器が、言うことを聞かなくなってしまったからであった。
故障や何かしらの車体トラブルの線も考えられたので、一通りの点検を行ってみたのだが、出発前に入念かつ完璧な整備をしてくれた整備士たちの仕事ぶりには何の不備もなく、スワハラノカツアキ自体は極めて正常な状態だということが確認できた。
 とすれば、足止めを食らった原因は他にあると、本田隊員はヘルメットに搭載されているライトの光だけを頼りに、どこまでも暗く深い地下空間へと降り立って、究明に当たっていたのだった。
スワハラノカツアキが進めないのは、何らかの外的要因が作用してのものだと睨んだ本田隊員は、目の前にそびえる岩壁で閉じられた巨大な壁を調べ始めた。
元々オタク気質な性格の持ち主であるから、こういった1つの物事に集中して作業することには苦痛を感じない。
本田隊員は地下空洞内とスワハラノカツアキの車内を何度も往復しては、様々なマタラッターニの調査機器を用いて調べ上げていった。
 どれくらいの間調査に当たっていたのだろうか、光が射すことのない悠久の暗闇の空間では、時間の経過を感じる体内時計はどうしても鈍りがちだ。
気が滅入りそうになる閉ざされた空間の中において、だが本田隊員は何か確信めいた手応えを掴んだのか、ヘルメットの左側に備え付けられたワイヤレスマイクを引っ張り出しては、本部との通信を試み始めたのだった。
「あ~こちら本田、こちら本田~。」
感情が読み取りづらい声音で呼びかけた本田隊員のヘルメット内部に、一瞬のノイズが混じってから、黄色くヒステリックな声が聞こえてきた。
「こちらマタラッターニ作戦室。・・・何よ本田、早速職務放棄ってわけ?」
定型句が述べられた後に続いて聞こえてきたのは、相も変わらず容赦のない不機嫌な女性隊員の声だった。
「何だよファル子、そんなにカリカリするなよ~。肌荒れちゃうでござるよ。」
「ほっといてよ、大きなお世話よ!!」
あいさつ代わりにお馴染みの憎まれ口を叩いてやった本田隊員だったが、お茶らけた口調はそこまでと、真剣なトーンになって交信を続けていく。
「ちょっと、隊長と代わってくれ。」
「な・・・何よ・・・もう!!」
数年来の付き合いだからか、通信相手の微妙な変化を肌で感じ取った様子の戸島隊員は、言いくるめられた悔しさを少し見せつつも、要求通りにマイクを譲っていった。
「山下だ。どうした、何があった?」
「隊長、どうやら何者かの妨害が施されているようでしてねぇ・・・・、団地の手前でスワハラノカツアキが立ち往生を食らっちまいました。」
「何!?」
「団地の一帯40メートル手前の位置に現在いるんですがねぇ、どうにもこれ以上先へは進めないようになってますよ。」
「スワハラノカツアキは正常なんだな?」
「ええ、それはもちろん。一通り調べてみましたが、スワハラノカツアキにはどこも異常は見られません。」
「そうか・・・・・、それで何かわかったことはあるのか?」
「まぁ、その辺も抜かりなく・・・・・。」
「本田!もったいぶってないで、さっさと話しなさいよ!!」
言われなくても続けて報告するつもりだった本田隊員の耳に、隊長の隣で報告を聞いていた戸島隊員の甲高くせっついてくる声が割って入ってきた。
マイクから多少なりとも離れた位置にいるはずなのに、これほどの声量が届いてくるとは何ともすさまじいものだと、キーンという残響音がまだ残る自分の聴覚を庇うようにして、本田隊員は耐えるのだった。
本部に戻ったら、絶対に仕返ししてやろうと心に決めて。
 「どうやら団地の位置する周囲に、バリヤーのようなものが張られていますねぇ。」
「何だと?」
本田隊員は、自らの行動によって得られた調査結果から導き出した結論を述べていく。
「僕がいるこんなに地下深くまでバリヤーが張られていることから考えると、おそらく団地一帯の周囲数十メートルを含んで上下に広くバリヤーが伸びているんでしょうねぇ。」
「とすると、上空もか?」
「おそらく。」
「・・・・・・・・・・。」
「隊長、これは地球外の生命体による力が使われているとしか・・・・・。」
「うむ・・・・・・。確かにそれだけのことは、人類の科学力では到底できそうにもないな・・・・・。」
「こいつは、いよいよ本格的に奴らが動き出しているってことじゃありませんか?」
「・・・・・・・・・。よし、わかった。ただちに作戦を立て直す。しばらくの間、君はスワハラノカツアキの車内で待機していてくれ。追って連絡を入れる!!」
「了解。」
通信を終えた本田隊員は、折り返し伝えられる隊長からの指示を待つために、気だるげな足取りでとりあえず車内へと戻っていった。

 マタラッターニの作戦室では、本田隊員との通信を終えたばかりの山下隊長が、眉間に深いしわを刻みながら思案に暮れていた。
 近未来の地球の平和と存亡を死守するために設立されたササダーノ、すでにその時点で地球外からの侵略は可能性の1つとして危惧されており、それがササダーノ内でのエリート部隊マタラッターニが誕生することになったきっかけでもあった。
そして今伝えられた報告が、ササダーノ設立以来初めて現実に直面した、地球外の生命体からの侵略行為の何よりの証だった。
 歴戦の勇者たる山下隊長とて受けたショックは例外ではなく、とうとうXデーが訪れてしまったのだとリアリティーを伴った現実として感じていたのだった。
迎え撃ってやろうではないかという武者震いに高鳴る心と、未知なる敵への緊張によって震わされる心が、山下隊長の表情を強張らせる。
だがそれもわずかな間、山下隊長は冷静な表情へと戻ると、マイクに向かって声を張り上げていくのだった。

 ここで再び、団地の調査に乗り出そうとしていた佐々木副隊長と織田隊員とのやり取りへと、時間は戻る。
 自分は団地の住人たちへの聞き込みに当たることを宣言し、続けて織田隊員の取るべき行動を指示しようとしていた佐々木副隊長の左手首が、明瞭なる着信音と共に発光しだした。
「はい、こちら佐々木であります!!」
左手首を顔の前に持ち上げてから装着している腕時計のような装置を右手で開くと、小さなディスプレイが展開されて、その画面上には本部にいる山下隊長の姿が映し出された。
 「ビデオシーバー」、マタラッターニの隊員が装備しているアイテムであり、手首に装着した腕時計のような形状をしている。
本部や隊員間での通信に主に用いられ、小さな画面には通信相手の映像と音声が映し出される。
 「山下だ。」
「あっ、隊長殿でありますか!!ちょうど今から、団地の調査に取り掛かるところであります!!」
「えっ、今から!?まだ調査始めてなかったの!?」
「はっ!!」
「はっ、じゃないよ!!君たちが本部を出動してから、もう軽く2時間以上経ってるよ!!」
「それがですねぇ・・・・、主に織田隊員がいろいろとやらかしまして・・・・。」
隊長からの正論的突っ込みに対して、バツが悪くなった佐々木副隊長はひとまず織田隊員のせいにすることで、この場を丸く収めようとするつもりらしかった。
「(・・・・・・こいつ・・・・・・・・!!)」
佐々木副隊長の視界から外れた先で、織田隊員がすごい形相で睨んでいたのだけれど・・・。
「それで隊長殿、何かありましたか!?」
「たった今、本田から連絡が入ってな。団地一帯の地下空間に、スワハラノカツアキの侵入を阻止するためのバリヤーが張られているということだ。」
「そんなバリヤー!?」
「・・・・・・・・・・。」
「あの、隊長殿、今のはバカなとバリヤーをかけました、小生の渾身のギャグでありまして!!」
「・・・・・全然上手くないよ。というか、まるでかかっていないし、成立もしていなければギャグとしての体もなしてはいないではないか・・・・・・・。」
至極まっとうな山下隊長の分析と切り返しによって、佐々木副隊長の言い放った戯言は一刀両断の憂き目に遭った。
だが、豪放磊落な佐々木副隊長が、この程度のことで堪えるはずもなかった。
「なーはっはっはっは!!こいつは1本取られましたなーー!!さすが隊長殿でありますーー!!」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
良く言えば実にポジティブで打たれ強い、悪く言えば鈍感で自己中心的とも取れる解釈で笑い飛ばしている佐々木副隊長に、本部の山下隊長と戸島隊員、現場ですぐ近くにいる織田隊員の誰もが白い目をしていて、とても濃く抽出されたブラックコーヒーを一気飲みしてしまった時のような苦い表情に変わってしまっていたのだった。
 「ううん!!ともかくだ、君たちが今いる団地一帯には、宇宙人が介入している可能性が極めて高い。」
咳払いをしてから、自身のメンタルを立て直した山下隊長が、冷静なる口調を取り戻して直面した事態の重大性をとつとつと説いてみせる。
「ついに、長きに渡り予期されていた侵略宇宙人が、初めて我々の前に立ちはだかったことになるのだ。」
「・・・・・・・・・・。」
作戦室の通信用マイクを握り言葉を紡ぐ山下隊長から発せられてくる緊張感が伝播したのか、各種レーダーの前に座っている戸島隊員の喉が渇いてきて、ゴクリと唾を飲み込んでいる。
「本田には地底から、張られているバリヤーの破壊、並びに突破を試みてもらうこととする。」
「では小生たちは!?」
「君たちには団地の調査を行ってもらうことに変わりはないのだが、並行して宇宙人が侵入している形跡も調べてもらうこととする。副隊長は団地内の住人へ、表向きは聞き込みを行いながらも、宇宙人による被害がないか調べるんだ。」
「了解いたしましたーーー!!!」
「織田隊員には、団地の建物を調べ、宇宙人の侵入経路や潜伏場所の特定を行ってくれ。どんな些細なことも見逃すな。」
「了解です~。」
「現時点ではまだ、宇宙人たちに侵略の意思があるのかははっきりとしていない。だが、決して油断ならざる未知なる相手であるのも確かだ。いいか、絶対に油断はするな、くれぐれも慎重に調査に当たってくれ。」

 普段は割とあれな佐々木副隊長だが、上官からの的確な指示を受ければ行動は迅速となる。
通信を終えるや否や、織田隊員を伴って団地の内部へと潜入していたのだった。
 考える前に動きたい佐々木副隊長は、織田隊員と別れてからただちに数ある団地の1フロアへとやって来ると、何も迷うことなくインターホンを鳴らしていた。
「・・・はい・・・・?」
スピーカーからは、少し警戒感を滲ませた住人の声が聞こえてくる。
「すみませーん!!ちょっとよろしいですかーー!!」
もはやスピーカーいらずの声量は、十二分すぎるほどに室内へと聞こえているようであった。
数十秒後、ゆっくりと30センチくらい内側から開けられたドアを、佐々木副隊長は腕力に物を言わせて「グイ」と手前に引いて完全に開け放った。
この時点で、来訪者に対する中年女性住人の警戒感と不快感はマックス。
何せはちきれんばかりの筋肉で裂けてしまいそうな隊員服を着た、屈強なる男が自分に向かって爽やかな笑顔を浮かべながら見下ろしてきているのだから。
「何でしょうか?」
くぐもった声で問いかける中年女性だが、言葉とは裏腹に一刻も早く訪ねてきた男性の放つ圧をやり過ごしたいのが見て取れた。
「実はですね!!この団地一帯で姿を消した人たちの調査をしているのですが!!」
「・・・そのことでしたら、この前警察の人にもう・・・お話ししましたが・・・・。」
「そこをですね!!何と言いますかもう少しじっくりと、詳しくお聞かせいただきたい所存でありまして!!」
「・・・・・・・・・・。」
面倒くさいのに捕まってしまったと、中年女性の顔は曇り押し黙ってしまった。
けれどこの質問はあくまでフェイクの意味合いを持つため、佐々木副隊長は中年女性に目を配りながら、2.0の視力をフル活用して室内の様子を覗き込んで異常がないか目をやっていく。
「・・・ちょっと、何ですか?もう帰ってください!!」
だが、その挙動が全然さりげなくなかったがために、すぐに中年女性に気付かれてしまい、大いに反感を買った佐々木副隊長は、体当たりを受けて追い払われてドアを閉められてしまった。
鍵をかけられチェーンまでしっかりと掛けられて、もう私にかかわってくれるなという拒絶の意思表示をされて。
 しかしめげない佐々木副隊長は、団地内の部屋という部屋を訪れては、同様の仕打ちを受けながらも調査を続行していった。

 一方佐々木副隊長とは別の棟にやって来ていた織田隊員は、様々な電波や物質を感知できるマタラッターニご自慢の機器、「カワバタナンデス」を手に数値を測定しながら調査を行っていた。
団地を構成している壁や柱に向けて、少しずつ進みながら本体から伸びた感知棒をあてがっている。
年季の入った鉄筋コンクリートと思われる壁や柱は、経年劣化が激しいようで人体に有害な物質の1つや2つが検知できても、何も不思議ではない感じを受けていた。
 調査に当たった1棟の最上階から開始した調査は、8階建ての半分以上下っても特に異常は見受けられなかった。
開始当初に高まっていた緊張感は徐々に薄れてきていて、思わずあくびをしてしまいそうになった織田隊員だったが、2階の一区画に差し掛かった瞬間、カワバタナンデスが目を疑うような反応を示したのだった。
「ななな、なんや!?どないしたっちゅうねんな!?」
サイレン音が木霊してきて取り乱してしまった織田隊員は、本体へと目線を落としてから計測された数値にまた驚いてしまった。
いくつかあるうちの2つのメーターの針がすごい勢いで傾き、振り切れてしまうほどの異常を訴えていたからだった。
「おいおいおい、やばいでやばいで~!!」
 織田隊員はすぐさま本部へと通信を入れ、隊長の判断を仰ぐことにした。
「山下だ。」
「隊長でっか、こちら織田でおま!!」
「どうした、何かわかったか?」
「そりゃあもう、これはホンマにえらいことでっせ~!!団地内のとある場所から、宇宙線が検出されたんですわ~!!」
人体への影響がないとは言い切れない未知の物質が検出されたことで、報告しながらも織田隊員はひどく動揺していた。
「落ち着け、織田。」
「そない言うたかてでっせ!!」
「君たちが着用しているマタラッターニの隊員服やヘルメットの装備一式は、あらゆる物質から人体を保護できるように設計されているのだから。」
「はっ、そうでしたわ!!」
マタラッターニ内部では当たり前の一般常識として認識されている事実に、目から鱗を落とす如く織田隊員の理解が追いついていく。
「しかし・・・・・・宇宙線か・・・・・。」
 作戦室では、織田隊員を諭した後、思案に暮れる山下隊長の姿があった。

 団地内の部屋を訪れては追い返され続けて早数十件、なおも闘志は衰えていない佐々木副隊長が階段を下りて次のフロアに向かいかけた時、左腕に装着しているビデオシーバーが鳴った。
「こちら佐々木であります!!隊長殿でありますか!?」
「織田隊員が団地の資材から、一定量の宇宙線を検出した。そちらはどうだ?」
「はっ!!小生も、ちいとばかし気になることを掴んだであります!!」
「何だ?」
「それがですね、団地の住人たちが住む部屋なんでありますが、訪ねた部屋のすべての内部が皆、廃墟のようにボロボロでありました!!」
「本当か?」
「はっ!!そこに住む住人たちは一見普通であるのに対しまして、部屋の内部が遠巻きに見ただけでも、もう何年も人間が住んでいないような朽ち果てた感じになっておりました!!」
「・・・・・・・・・・。」
「断じて小生の主観ではござらん!!文字通り、幽霊屋敷のような有様でありました!!」
「いや、別に君の報告を疑っているわけではない。少しぐらい沈黙に耐えられんか?」
「はっ、失礼いたしました!!」

 ~団地近辺の地底~
 マタラッターニが誇る地底戦車・スワハラノカツアキの操縦席で、本田隊員は何やら機械いじりに勤しんでいた。
目的地がもう目の前だというのに、バリヤーのせいで突入がかなわず、隊長からの待機命令によって命令が来るまで待つしかない身であった。
 本来ならモチベーションが下がってしまってもおかしくない状況に置かれているわけだが、暇を潰すこと1人遊びの達人でもある本田隊員は、時間を無駄にすることもなく作業に没頭しているようであった。
幼少期より他人よりもずっと手先は器用だったし、特撮ヒーローのフィギュアを購入すれば数ヶ月をかけて巨大なジオラマを作り上げて自室に飾るなど、凝り性なのもこういう時には大いに役立つのかもしれない。
 「ふうぅ~。」
やがて操縦席にて眼前の機器をいじっていた本田隊員の手が止まり、大きく息を吐き出したところから、どうやら没頭していた作業に一区切りがついたようであった。
「ピーピーピーピー!!」
と、ほぼ同じタイミングで、無線機から呼び出し音が流れだした。
「はい、本田です。」
アナログチックな無線機を右手に取り、本田隊員が応答する。
「山下だ。待たせてすまなかった。」
「いえ。」
待ちわびた山下隊長からの通信だった、地底の閉ざされた空間内でただ1人長時間放置されていた孤独から、わずかばかり解放された思いを感じていた。
「佐々木・織田両隊員の調査によって、団地内に宇宙人が侵入している形跡を発見することができた。」
「そうですか。」
 いよいよもって、本当に現実として地球外生命体たる宇宙人は間近にいるらしい。
「本田、何とかその場から団地の地下に突入することはできないか?」
本部にて通信マイクを握っている山下隊長の危機感が一段階上昇したことを聴覚から感じ取った本田隊員は、ここで不敵な笑みをたたえるのだった。
「できますよ。」
「本当か?」
「実は待機している間に、ちょいとスワハラノカツアキをいじらせてもらいましてね。」
「ほう?」
「搭載されているレーザー光線のエネルギー出力の分子構造を変換しました結果、局地的にごく狭い範囲にならば、数十倍の威力を持ったレーザーを照射することが可能になりました。多分これで、バリヤーを破壊できるでしょうねぇ。」
「そうか、後で整備班からクレームが出そうではあるが、さすがだ本田。早速照射してバリヤーの破壊を行ってくれ。」
「了解。」

 隊長からの了承を得た本田隊員は、凝り固まった体をほぐしつつ、操縦桿を握る手に力を込めていった。
LEDライトの光が眩しく地底に光をもたらしたスワハラノカツアキが、重厚に再稼働を始めバリヤーで防がれた進行方向の前へと相対した。
「スワハラノカツアキレーザー(改)、発射ーーー。」
操縦席内のボタンを押した本田隊員が宣言すると、スワハラノカツアキの2つのドリルの中間地点の発射口から、色彩鮮やかなレーザー光線が岩壁目掛けて照射されていった。
 あらかじめ範囲を絞って照射されたレーザー光線が岸壁にと命中して、あれだけびくともせずに進入を拒んでいた見えない壁を見事に破壊していった。
ちょうどスワハラノカツアキが通り抜けられるぐらいの大きさの進入路ができあがり、これにて難攻不落だった難所は開通された。
「隊長、成功です。」
「よくやったーー!!」
「これより、内部へと突入します。」
車体の先端に固定されている巨大なドリルが鋭く回転を始め、本田隊員の操縦するスワハラノカツアキは、宇宙人が潜みし団地の地下へと突入していくのであった。

 無事に団地の真下に進入することに成功したスワハラノカツアキを走らせること数分、それは突然現れた。
地上からの直線距離にして数百メートルはあるであろうこの地底に、人の形をしたシルエットがゆらりと現出してきて、行く手を阻まんとしてきたのだった。
これにはさすがの本田隊員も少し驚いてしまい、慌てて操縦レバーを手前に引いて急ブレーキをかけるしかなかった。
「何だぁ!?」
 急停車による大幅な摩擦が生じて、大量の砂塵をまき散らしながらも、何とかスワハラノカツアキは謎の影の直前で停車することができた。
本田隊員は額から湧き出た汗を手で拭いながら、大きく息を吐き出してとりあえず安堵していた。
だが息をついてばかりもいられない、本田隊員は目をこすりながら突然出現した影に焦点を合わせていく。
するとぼんやりとしていた影は、刻々と鮮明さを増していきより明確な人の形を模したものへと変わっていった。
「やっほ~!!」
その存在は左手を挙げながら、声高らかにこちらに向けて挨拶してきたのだった。
「・・・・・・・・・・。」
 何なのだろうか、記念すべき宇宙人とのファーストコンタクトだというのに、このがっかり感はと、本田隊員は声には出さずとも思っていた。

  地底の道中で目の前に突然現れた人影、それは宇宙人だった。
何故宇宙人なのか断言できるのかというと、シルエット自体は地球人と変わらぬフォルムを保ってはいるが、ところがどっこいその頭部が巨大ななすびに程近い形をしていたからだった。
人間であれば頭髪が生えた部分に当たる箇所には、これまたなすびのヘタのように縮れた真っ赤な毛髪のような物体がちょこんと乗っかっている。
さらに唇に該当する部分には、エメラルドグリーンの色をした巨大な明太子を2本、上下逆さまにくっつけたように存在を主張していた。
 こんな地底深くにそもそも人類が存在しているわけでもないから、もはや疑う余地もなかったのだが、それ以上の圧倒的なインパクトを誇示して一見するだけで宇宙人以外の何物でもなかった。
 「見つかってしまったばい。」
何故か博多弁のような口調で、第1声を本田隊員に向けて発してきた宇宙人は、まさか人類がここまで到達してこようとは予想できなかったという反応であった。
「・・・・・・・・・・。」
宇宙人が今回の一件に関与していると聞かされた時からコンタクトすることは想定できていたが、「何かが違う」という感想が本田隊員の胸中には湧いてきていた。
きっと彼からすれば、SF映画で描かれているようないかにもな宇宙人らしい宇宙人との遭遇を、無意識のうちに抱いていたからだろう。
 それが現実はどうだ、頭部は我々地球人類とは一線を画する異なったものとはいえ、目の前で見せられるリアクションのいちいちが妙に人間臭いし、翻訳機もなしに日本語もペラペラのようでさえあった。
ここだけの話、せっかく用意していた翻訳機が無駄になったと、本田隊員はちょっとムッとしていたのだった。
ただだらりと垂れ下がった彼の右腕には、ボイスレコーダーに酷似した宇宙人用に開発された翻訳機が、悲しく揺れていたのだ・・・・・・。

 「お初にお目にかかります、おいどんはダンディ・コメタニ星人でおま。」
グロテスクでファンシーな顔面に反して、ファッショナブルでダンディズムな仕草でお辞儀をしてくる宇宙人。
「・・・・・・・・・。」
呆気にとられたままの本田隊員ではあったが、宇宙人が見せる所作からは敵意は感じない気がしていた。
無論、主観による思い込みは、時に取り返しのつかない事態を招く遠因ともなるので、胸に宿った感情をそのまま鵜呑みにすることはできないと、本田隊員は気を引き締め直していく。
「こちらはマタラッターニの本田だ。」
「それはどうもご丁寧に、よろしゅう。」
宇宙人相手に社交辞令といった概念が通用するのか疑わしかったが、とりあえず自分の身分を明かした本田隊員に、ダンディ・コメタニ星人は左手を差し出してきて握手を求めてきた。
「・・・・・・・・・。」
求められるままにこの手を握り返してもいいものか、一瞬判断に迷った本田隊員だったが、友好的に事態が収束できるのであればこれ以上のことはない。
「・・・・よろしく・・・・・・。」
なので躊躇いながらも右手を差し返して、本田隊員は1人の地球人として平和を願い宇宙人との握手に応じてみた。
お互いに握手を交わした状態で、目と目で語り合う沈黙の時間。
やがてそれが途切れたと同時に、解放された自身の右手を見てみると、何だか油ギッシュな感触が残っていたのと、多量の宇宙人のものと思われる手汗がべったりと付着していた。
平然としているようで、宇宙人も宇宙人で緊張していたことが理解できた。
考えてみれば、地球人同士でさえ、初対面の人間と接するのには多大な緊張感が伴うものだ、ましてやそれが人種を超えたどころか惑星間をも超越した初対面ともなれば、リラックスしろと言う方がよっぽど難しいものなのだ。
本田隊員も過度な緊張が少しほぐれて、良好な精神状態へと戻っていっていた。
ただ、脂性気味な残感覚だけはどうにかしてもらいたいと、取り出したハンカチで右手のひらを拭きながら、本田隊員は思うのだった。
 
 「それで、君はこの団地で一体何をしているんだ?」
敵意はとりあえず感じられず、言葉による意思の疎通も可能とくれば、単刀直入に切り出して事件の解決に当たるべきと本田隊員は質問を始めた。
「実はですばい、この度おいどんたち一族のダンディ・コメタニ星人は、地球へ移住することにしまして。」
「ふんふん。」
「となれば、まずは生活基盤を固めるためにも住まいを探そうと思っておりましたところ、惑星間の物件を取り扱うちゅう、コスイ・オノユウなる宇宙人と知り合いましてな。」
「ふんふん。」
「彼が勧めてくれた地球でのいくつかの物件のうち、この団地が気に入ってしもうてまして、契約してから少し前に引っ越してきたんですばい。」
「う・・・・・・ん?」
突っ込みどころ満載のダンディ・コメタニ星人の証言であるが、とりあえず地球にこの団地にやって来たのは侵略のためではなく、単なる移住だったことは判明した。
「いや~、それにしてもこんな条件のいい格安の物件が手に入るとは、正直思うてませんでしたばい!!なんせ団地一帯丸ごとと、その周辺の地下まで付いてくるなんて、夢のような話でしたばい!!」
目をらんらんと輝かせながら語るダンディ・コメタニ星人は、まるで念願のマイホームを破格の条件で手に入れられたパパのようであった。
 しかし、嬉々として異星での新生活を手に入れたダンディ・コメタニ星人とは裏腹に、本田隊員の表情は冴えない。
そう、彼は確信していたのだ、この宇宙人が騙されているのだと。
コスイ・オノユウなる宇宙人が広大な宇宙においてどのような存在かまでは窺い知ることができないが、どう考えたって胡散臭い匂いがプンプンだと、本田隊員は直感的に悟っていた。

 「・・・・・・ということらしいです。」
マタラッターニの作戦室のモニターには、ダンディ・コメタニ星人から事情を聴き終えたばかりの本田隊員の姿が映し出されており、山下隊長は驚愕の事実を聞かされていた。
「なお、ダンディ・コメタニ星人の証言を信用するのなら、彼らはただ地球に移住してきただけで、侵略する意思もなければ、一連の人間消失事件にも関与していないとのことなんですけど・・・・・・。」
「・・・・ううん・・・・・・・。」
本田隊員から報告された内容は、山下隊長が睨んでいた推理とはいくらかずれたものであった。
「ちょっと、本田!!間違いないんでしょうね?」
宇宙人の言葉はそっくりそのまま信じるに足るものなのか、すぐには判断しかねる山下隊長が頭を悩ますすぐそばで、慣例的にモニター前に割って入ってきた戸島隊員が、相も変わらず厳しく本田隊員に食って掛かっている。
「ファル子~、それは宇宙人に確かめてくれよ。僕は耳にした情報をそのまま伝えただけなんだからよ~。」
「はっ、どうだか!!アンタの耳が節穴だってことも、十分あり得るんだからね!!」
「・・・・・・・・・・。」
どうして彼女は、同僚である本田隊員に対してこうまで突っかかるのか?
黙っていれば結構な美人であるその顔に、不信感を募らせた険しさを露骨に表しては、表情を辛辣な毒々しさに塗り替えて、モニター越しの本田隊員を蔑むように見下してさえいた。
「ファル子、あんまり怒ってばかりいるとさぁ、ますます男もできねぇよ。」
そしてやれやれと嘆息しながら呟かれた本田隊員の一言によって、戸島隊員の感情にはさらに火に油が注がれることとなる。
「!!・・・・余計な・・・・お世話よ・・・・・!!」
彼女の触れてはならない部分に触れてしまったためか、戸島隊員は怒りの衝動に駆られるままに、隊長の許可もなく勝手にモニターのスイッチを切ってしまい、通信が途切れてしまったのだった。
「あの・・・戸島君・・・・、まだ話・・・・・終わってないんだけど・・・・・。」
「ふん!!」
山下隊長の遠慮がちな指摘も、今の戸島隊員には届かないようだった。
女性は不必要に怒らせるべきでは、断じてないのだ。

 山下隊長はただちに作戦室内の受話器を取り、直通電話をかけていった。
「小塚総監、実は・・・・・・」
山下隊長は電話を受けた相手、ササダーノ日本支部のトップ・小塚尭束(こづか たかつか)総監へと、現在までに知り得ているすべての情報を手短にかつ詳細に伝えていった。
 「・・・・そうか、わかった。大至急こちらの方で事実確認を調べたのち、協議してみよう。」
「はっ、お願いいたします。」
受話器を手に、姿の見えない上官へと一礼した後、山下隊長は重い手つきで受話器を戻したのだった。

 エリート部隊・マタラッターニを仕切る山下隊長からの事件に関する報告を受けた、ササダーノ日本支部の小塚総監はすぐさま関係各局への連絡を取るように直属の部下たちに指示を飛ばし、自身は自身で本部内に地頭長官や杉琴参謀といった日本支部のお偉方たちを一堂に招集して、緊急対策会議を開いていった。
加えて世界各地に点在するササダーノの各国支部とも連携を密に取り、議論は白熱し夜を徹して行われていった。 
 並行してササダーノパリ本部から各国の政府首脳やあらゆる諜報機関へと通達が入り、宇宙人ダンディ・コメタニ星人の地球移住計画の真偽も、大至急確認することを求められる事態へと発展していった。
もちろん地球に住まう一般人たちには知られることもなく、水面下でだ。
 そして地球中が人知れず大混乱に陥った一夜が明けた頃、ようやくいくつかの結論が導き出され、最前線で戦うマタラッターニの隊員たちに向けて伝えられる運びとなったのだった。

 上層部の面々が各々の意見を戦わせ、結論が出るまで現場のマタラッターニの隊員たちは待機を強いられていた。
本部を出発してからもう、とうに半日以上が軽く経過していることから、隊員たちの疲労も蓄積されていっていた。
佐々木副隊長、織田隊員と、地底にスワハラノカツアキを停車させたまま顔を出した本田隊員の3名は、団地の敷地内が見渡せる自動販売機近くのベンチへと腰を下ろし、その時を待っていた。
 「副隊長、この間のお見合いパーティーはどうだったんですかい?」
「何やえらい会費を奮発したそうですやん。」
各自自販機で購入したドリンクをちびちびと飲みながら、眠気に負けないように話を弾ませているようであった。
「全滅した!!」
世間話の流れで本田・織田両隊員から聞かれた質問に対して、佐々木副隊長はスクワットをしていた動きを止めて、直立不動の体勢から叫んだ。
「しかも、しかもだぞ!!誰1人として、連絡先すら交換してくれなかったーーー!!!!」
夜明け間近の白みがかった夜空に静寂に包まれた団地の敷地内にて、三十路過ぎの男の悲痛な叫び声が響き渡っていく。
「ちょっとちょっと、声でかいよ。」
「落ち着きなはれや、副隊長はん。」
地雷を踏んでしまったことを後悔するように、本田・織田両隊員が「我が生涯は悔いだらけ」といった悲壮感に包まれたまま虚空を見上げて立ち尽くす、佐々木副隊長を2人がかりでなだめにかかる。
「ねえ、本田よう!!織田よう!!何で小生は、こんなにもモテないのだろうか!?」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
もっともな疑問が口を突いて出た瞬間、2人はかけるべき言葉を見失い、微妙に目を逸らしながら沈黙するしかなかった。
「お前のそのキャラに問題があるんじゃ」とは両名とも思っていても、さすがに面と向かって口にする勇気は持ち合わせていなかった。
 このままでは佐々木副隊長を襲った闇がどんどん膨張していってしまいそうだったが、幸いと言うべきかタイミングよくビデオシーバーが音を立ててくれた。
「ふぁい・・・こちら佐々木・・・・グス・・・・・」
屈強なる体躯に不釣り合いな涙を流しぐずりながらも、ソルジャーの性なのだろう、通信には即座に反応してしまう佐々木副隊長だった。
「山下だ。たった今、結論が下された。」
佐々木副隊長を挟む形で両隣に立った本田隊員と織田隊員も耳を澄ませて、山下隊長からの言葉を聞く。
「まず、ダンディ・コメタニ星人の地球への移住についてだが・・・・・・。関係各所に確認を取った結果、彼の交わしたと言う団地の契約は、根も葉もないまったく信憑性の欠ける虚偽の契約だったことがすぐに判明した。」
「やっぱりな・・・・ということは隊長・・・・」
「うむ、早い話ダンディ・コメタニ星人たちは、コスイ・オノユウに見事に詐欺られたということだ。」
「そりゃあそうでしょうねぇ、そもそも地球上の物件が、地球側の感知しない状況下で、宇宙で売りに出されていることなんてありえないですもの。」
少しでも冷静に考えれば誰にでもわかることだったのだが、やはり本田隊員が直感していた通りに、ダンディ・コメタニ星人は詐欺の被害に遭って、その事実を知らぬまま疑いを持つことすらないまま、数ヶ月前に地球に潜入し目の前の団地で暮らし始めていたのだった。
マタラッターニの面々で唯一、宇宙人であるダンディ・コメタニ星人と直接会話を交わした本田隊員は、そら見たことかと思いながらも、人の好さそうだった彼らの新生活への希望に満ちた目をただ1人だけその目で見てしまってもいたから、少しだけ気の毒にも思えていた。

 「まあ詐欺に遭った件に関してはすぐに結論が出たのだが、問題はもう1つの方だ。」
1時間も経たずにあっさり結論が出たというダンディ・コメタニ星人の宇宙間賃貸問題の真偽、その結論に対しては異議を唱える必要性もなく、皆一様に聞き流す程度に聞いていた。
けれど、今回3隊員が出動する本来の原因でもある人間消失事件に関してのダンディ・コメタニ星人の関与の有無、この判断に関してはまったく真剣みが異なる。
 「各支部のササダーノの上層部も、各国首脳や要人たちも意見が分かれたらしく、結論を1本化することは困難を極めたそうだ。」
ビデオシーバー越しに隊長からの言葉を固唾をのんで待つ隊員たちの、3者3様の表情は緊張感が漂っているのだけは共通していた。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「結論から言おう。ダンディ・コメタニ星人が団地にやって来たことは、地球への移住と考えて間違いないだろう。だが、消えた人々及び地球に対する侵略行為への関与は、否定できるほどの根拠も証拠もないことから、虚言の可能性が往々にある。したがって、君たちにはただちに団地一帯に潜伏しているすべてのダンディ・コメタニ星人の身柄を拘束し、消失した人々の情報を聞き出すために取り調べにかけることになった。万一彼らが抵抗した場合は、やむなく攻撃することも許可する。・・・・ということだ。」
 山下隊長の口から伝えられた言葉の中に、果たしてどの程度隊長の意思が含まれているのかはわからなかった。
だが、すぐそばで突入許可にいきり立っている佐々木副隊長や、銃の点検を始めた織田隊員とは違い、本田隊員の胸にはもやもやとした何とも形容し難い感情が芽生えてきていて、とても抑えられそうにはなかった。
自分自身の目で耳で口で、彼らダンディ・コメタニ星人とコンタクトを取ったからこそわかる、根拠のない直感と切り捨てられれば言い返せる理屈も持ち合わせてはいない。
けれど、それでも、本田隊員は己の感覚を信じて、反論せずにはいられなかった。
 「隊長、ちょっと待ってください。」
いったん通信が途絶えたために、改めて左手首に装着した自身のビデオシーバーを開いて、本田隊員は山下隊長へと進言したのだった。
「もう1度、僕に彼らと話をさせてもらえませんか?」
「何?」
「もちろん地球への不法移住を認めようというのではないです。ただ・・・・、彼らが本当に事件にかかわっているのか、もう1度確認させてくれませんか、話合わせてもらえませんかねぇ?」
「・・・・・・・・・・。」
「そのうえで、人間消失事件と無関係だと証明できれば、何も危害を加えずに穏便に済ませてやってもらえませんかねぇ・・・・・?」
普段は職務に対してやる気を見せることがほとんどない本田隊員の、いつもと違う態度に、決意を込めたような熱意に、山下隊長は押し黙りしばし考え込んだ。
 本田隊員を取り囲むようにしていた佐々木副隊長は、その申し出に対して異を唱えた。
「いや、ここは突入一択!!何なら、団地もろとも総攻撃を仕掛けて吹っ飛ばすべきでしょう!!」
「うわぁ・・・・・・・・。」
人々の平和を守り抜きたいという考えから出たものだとは理解しているが、いささかタカ派じみた過激な副隊長の発言には、織田隊員はドン引きの姿勢を隠せず、ビデオシーバー越しの山下隊長でさえも、「それはないわぁ」という困惑の色を隠せないようであった。
 「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
本部と事件現場、遠く離れた2つの場所で、山下隊長に本田隊員の思いは届くのだろうか?
「・・・・・・・・・・。」
腕を組んだ姿勢を取り、山下隊長は重い沈黙を生じさせていたが、閉じていた瞼を強烈に開くと腹は決まったようであった。
「・・・・・本田・・・・、よく言った・・・・・。」
「では?」
「うむ、君の信じたままにやってみろ。」
「どうも。」
短い返答の中に自身の意を汲んでくれた隊長への感謝の気持ちを込めて、本田隊員は静かに答えた。
「ちょっと待ってくださいよーー!!それは非常に危険であります!!」
その背後からは佐々木副隊長の異議が聞こえてくるが、1度決断したことを翻すつもりは山下隊長にはなかった。
「お黙り、佐々木!!」
何故かおねえ言葉になってしまいつつも、一括して山下隊長は退けていく。
「は、はい!!失礼いたしました!!」
声量では負け知らずでも、迫力では到底及ばなかった佐々木副隊長はその場で背筋を正して敬礼し、反対意見を自分の胸の中へと押し戻していった。
「本田。」
「はい。」
作戦決行を前にして、今一度本田隊員を呼び止めた山下隊長は、諭すようにおおらかに背中を押してくる。
「上の人間には私が説得するから心配するな、すべての責任は私が負う。」
「隊長・・・・・。」
「行け、本田隊員!!」
マタラッターニの隊員となって、初めて山下隊長の懐の深さに触れたような気がした本田隊員は、絶対に作戦を成功してみせると思いながら、普段とは違う折り目正しい敬礼のポーズを取って答えるのだった。
「了解しました!!」

 スワハラノカツアキを停車させたままにしてある、団地の真下へと再び戻ってきた本田隊員。
地上ではもう朝日が十分に昇っている頃だろう、数百メートル真下の地底に潜っただけで別世界へと化してしまった日照権の有無を思いながら、本田隊員は確かな足取りで進んでいく。
程なくして、バリヤーが張られている地点にまでたどり着いた。
幸い進入を妨害するバリヤーには穴を開けてあるので、もう足止めされる心配はなく、本田隊員は地上の建物に入っていくみたいに自然に隔てられし空間の内部へと入っていった。
 「やれやれ・・・・、どうしてこうなっちまったのかねぇ・・・・・。」
現在宇宙人の仮住まいとなっている道中を歩きながら、無意識に彼の口から呟きが漏れた。
自分でも不思議だった、どうして上層部の命令に逆らってまで、自らの考えを意志を貫こうとしたのだろうか?
柄にもないことをしているとは自覚していた、仕事というものに対して過剰にやる気になっている自分に驚いてもいた。
だが、それらを端的に表現できる答えがわからないまま、本田隊員はダンディ・コメタニ星人との対話のための道を進んでいた。
山下隊長に切った啖呵にウソ偽りはない、それは断言できるがどうしてそのような言動に出たのかが、彼の中ではいまいち消化し切れておらず、また理解が追いついてもいなかった。
他人が客観的に見た場合、彼の心情を言い表すことよりも、これから行おうとしている宇宙人との対話から平和的な解決がなされるかの方がよっぽど難易度は高いと言えよう。
しかし、少なくとも最前線に立つ当事者の本田隊員にとっては、一刻も早く心に芽生えて居座っているモヤモヤした感情の答えを導き出す方が、急を要しているのが本音と言えるだろう。
「いずれにしても・・・・らしくない・・・・、実に僕らしくないねぇ・・・・・。」

 そうこうしているうちに本田隊員の視界には、やはりどう見てもなすび人間にしか見えない宇宙人、ダンディ・コメタニ星人の姿が映り込んできた。
 「よっ、お疲れさんばい!!」
数時間ぶりの再会とはいえ、どうにも気安すぎやしないかと思いつつも、本田隊員も敵意を示すことなく右手を軽く上げて応えてみせる。
異星に潜伏しているというのに、緊張感に乏しいこの宇宙人に、これから残酷な真実を告げなければならないのかと思うと、本田隊員は気が重かった。
 「何やってるんだ?」
とりあえずとりとめのないことから話題を切り出すことにした本田隊員に、ダンディ・コメタニ星人は活力に満ちた声で返してくる。
「もう間もなく、おいどんの一族が総出で地球に引っ越してきますばってん、住居の拡張をばしているとこですたい。」
「(言いづれぇ、実に言いづれぇよ!!)」
こんなに意気揚々と一族揃っての新生活に胸を高鳴らせている相手に、「君たちは詐欺に遭ったんだよ」って、どの面下げて言えばいいのだろうか?
引きこもり生活を送った過去を持つ本田隊員にとっては、対人スキルが足りていないことを自覚しているだけに、余計に今ハードルが高くなってしまった。
「へ・・・へぇ・・・・一族ねぇ・・・・・。ちなみにだけど・・・・どのくらいの数の同胞が移住してくる予定なんだ・・・・・・?」
「そうですなぁ、ざっと12万5千人ほどですばい。」
「(お・・おう・・・・、ちょっとした規模の都市の人口並みじゃないか!!ますます言いづれぇよ。ということはあれか、すでに地球で暮らし始めている連中も含めれば、13万人弱の宇宙人が住む場所をなくすということじゃねぇか!!)」
 ダンディ・コメタニ星人が不動産詐欺に遭ったという事実だけを伝えるのは簡単だ、だがそれは同時に売り払ってしまった母星の住居もすでになく、移住先の地球でさえも住居が存在しないことを突き付けることとなる。
真実を告げた瞬間、一瞬にして13万人規模の宇宙人が、広い宇宙で路頭に迷うことを意味しているのだ。
本田隊員の全身からかつてないほどの脂汗が流れ出し、毛穴は開きっぱなしだ。
日和ってしまいそうだった、いやいっそ日和ってしまえたのならどれだけ楽だっただろうか。
けれど、本田隊員には責任があった、彼の双肩には文字通りの地球の命運が重くのしかかっているのだから、それは決してできない。
「・・・・・・・・・・。」
なので「僕は男なんだから」とか「逃げたら負けだ」などといった、普段の彼であればとても似つかわしくない格言めいた文脈を脳内で再生させて、暗示をかけるようにしながら勇気を奮い立たせていった。
 「実は・・・・、そのことなんだけどね・・・・・」
そうしてやっとの思いで、つたなく途切れがちながらも真実を口にしだしたのだった。
「こちらの方でちょいと調べさせてもらったんだけども・・・・・、君たちがコスイ・オノユウなる宇宙人と交わした契約ね・・・・、どうも・・・・無効らしいよ・・・・・。」
「はへ!?」
その瞬間ダンディ・コメタニ星人の動きは止まり、鼻と口両方に豆を突っ込まれたような詰まった声を上げた。
「ていうかぁ・・・・なんていうかぁ・・・・・・騙されちゃったらしいよ・・・・・・。」
「ふぁふぇ!?」
「だからさぁ・・・・そもそもさぁ・・・・・、地球の物件が宇宙で売りに出されるなんてこと自体・・・・ありえないんだよねぇ・・・・・。少なくとも地球側は一切関知していないことだから・・・コスイ・オノユウなる宇宙人が一方的にでっち上げた契約で・・・・・早い話何の効力も持たないんだ・・・・・・。」
本田隊員がやっとのことで言えた内容を聞き、ダンディ・コメタニ星人はショックがよほど大きかったのだろう、見事なまでに固まっていた。
何なら黒一色の背景に白い文字で「ガーン!!」という描写が浮かび、立体的に表示されて見えてきそうでさえあった。
「ウソやろ!?」
「・・・本当・・・・・。」
「だって・・・頭金に支度金に敷金礼金諸々で、かなりの額の金を払ったでばってん!!」
「・・・それは・・・なんていうか・・・・お気の毒なことだ・・・・・。」
膨大すぎるショックに激しく打ちのめされた後、第2波として失ってしまった財産などの現実的な過失が自らの過ちとして、それはもう大きく重くダンディ・コメタニ星人に圧し掛かってきているようであった。
もう痛々しすぎて、本田隊員はダンディ・コメタニ星人を直視していられない心境だった。
「・・・・ドンマイ・・・・・。」
だからせめて、異星人である者の崩れ落ちた肩を優しく叩くことしかできなかった、財布を開きポケットマネーから1万円札を2枚手渡しながら・・・・・・。

 「そうなんですばいねぇ・・・・おいどんたちは、騙されたんですばいねぇ・・・・。」
胡坐をかいた姿勢で斜め上の虚空を焦点のまるで定まらない目で見ながら、壊れた機械仕掛けのからくり人形みたいに、うわごとを何度も何度もダンディ・コメタニ星人は呟いていた。
真実を伝えることは時に非情なり、いつか山下隊長に言われたような言われなかったような言葉が、本田隊員の胸に突き刺さってきて仕方がなかった。
 だがしかし、肝心なのはここからだ。
本来のマタラッターニの使命である、人間消失事件についての真相究明、並びに消えた人々を無事に連れ帰るために、謎を切り裂く手を止めるのはまだ早かった。
「こんな時にあれなんだけども・・・・・、君たちにはまだ聞かなければならないことがあるんだ・・・・・・。」
「・・・・なんでっか・・・・・?」
もはや何が起きてどうなろうとも構わないと言わんばかりに、ダンディ・コメタニ星人は抜け殻状態でわずかな反応を示してくる。
「この団地で続発している、人間消失事件についてなんだけど・・・・。」
もしも目の前のダンディ・コメタニ星人が犯人であるならば、これほど直球で危険を伴った質問もないだろう。
「・・・あぁ・・・・、そのことでっか・・・・・。」
 遠い目をしていたダンディ・コメタニ星人の瞳(という地球人的概念が適用されるのかどうかはさておき)にほんの少し力と輝きが戻りながら、胡坐をかいていた体勢からおっさんっぽい吐息交じりで立ち上がると、本田隊員の投げかけた疑問を晴らそうとしてきた。
「それはでんなぁ・・・、おいどんたちが引っ越してくる前からずっと住み着いておる、先住民の方々の仕業ですばい・・・・・・。」
「はっ?」
先住民?この宇宙人は確かにそう口にした。
どういうことだろうかと、真意を掴むために本田隊員は己の頭脳に働きかけていく。
単純に、この団地に住んでいる人々のことを差しているのだろうか?
けれど本田隊員には、わざわざ「住民」ではなく「先住民」と表現した、ダンディ・コメタニ星人の語彙力が妙に引っ掛かった。
「つまり・・・・、この団地一帯に住んでいる住民たちの中に、消えた人たちを誘拐した犯人がいると、そういうことかい?」
「ちょっと違うばってん。」
「と言うと?」
「団地の住人たちの仕業であることには変わりないのでんけど・・・・」
そこでいったん言葉を区切って、ダンディ・コメタニ星人は言い淀んだ。
真相を隠したいという沈黙ではなく、どういう風に言葉にすれば正確に伝わるのだろうかと、逡巡しているようなタメに思えた。
「・・・住人たちは皆・・・・、もうとっくの昔に死んでるんですばい・・・・。」
「はいぃ~!?」

 頭上に団地が立ち並んでいるその地底深くで、1人の地球人と1人の宇宙人が、人間消失事件についての質疑応答を交わしている。
この団地を新たな異星での新居にしようと潜伏していた、すべてを知りうる宇宙人・ダンディ・コメタニ星人から語られた事件の真相は、のっけから突拍子もない内容で幕を開けた。
 「団地の住人たちが・・・皆・・・・死んでる・・・・・?」
自分の口から発せられた音声に、にわかには信じがたい感情が付随されて本田隊員は大きく戸惑っていた。
「そうですばい。地球人の概念では・・・死者のことを何と形容しておられますばい?」
「幽霊とか・・・・お化けとかが一般的だけど・・・・・。」
「では、ここではとりあえず幽霊で統一させてもらいますばい。」
「・・・・ああ・・・・・。」
警察などの捜査機関では手に負えなかったためにお呼びがかかった人間たちの連続消失事件、てっきり誘拐の線や自発的な蒸発が妥当な線だろうと考えていたというのに、一転して急にオカルト色の濃いおどろおどろしい装いへとなってきた。
 「おいどんたちもこの団地にやって来て、驚いたんでさぁ。団地内に生きた地球人の姿は1つもなくて、代わりにそこら中に幽霊が存在しては息づいていたんですからばってん。」
「そんな馬鹿な・・・。だって警察が調べた時だって、住人たちから普通に事情を聴いていたって言うし、役所とかに届けられている住人の記録にも、不審な点が見られたなんて報告は皆無だったんだよ・・・・?」
霊感や怪談などのオカルト的要素を、まるで信用していなかった本田隊員には青天の霹靂と言うか、胡散臭く思えてならない事実が、真実としてダンディ・コメタニ星人の口から聞かされてくる。
「そない言うたかてばってん、本当のことなんでっしゃから仕方のないことばってん!!」
「・・・・・・・・・・。」
必死に主張してくるダンディ・コメタニ星人に対し、こちらから質問しておいてなんだけれどと思いながらも、疑わしく感じてしまう本田隊員の目が細くなる。
「そもそもおいどんたちダンディ・コメタニ星人は、宇宙でも有数の霊感?の持ち主なんですよって。そやばってん、生きている人間と同じように死んでいる人間・幽霊の姿が、くっきりはっきりと見えちゃうんですばい!!」
「・・・いや・・・・見えちゃうって言われてもねぇ・・・・・。」
「その証拠に、今もこの空間内には多くの幽霊たちがいるのが、おいどんには見えていまっせ!!」
「本当かよ・・・・・?」
「本当でっせ!!そういうあんたはんにも、しっかりと幽霊が寄り添ってまっせ!!」
「はぁ!?ウソだろう!?」
「ふっふっふっふ、本当ですばい・・・・・。」
「マジかよ・・・本当なのかよ・・・・・、いわゆる守護霊と呼ばれる類の?」
「地球人の表現方法はよくわかりまへんが、多分合ってると思いま!!ほら!!あんたはんの両肩の上に・・・・・」
そこまで威勢よく説明しながら、急にダンディ・コメタニ星人はその先に続く真実を実に言いにくそうな態度を取り始め、あからさまに本田隊員から目を逸らしたのだった。
「・・・・・・・・・・。」
「ちょっと何よ!?言いなさいよ!?」
「・・・・・・・・・・。」
返事がない、よほどたいそうな大物が憑いていらっしゃるようである。
「・・・・霊能力者って、どこに行けば会えるんだろう・・・・・?」
本田隊員は、事件が解決したら何を置いても、霊能力者の元へ見てもらいに行こうと心に決めた。

 「で、団地に巣食っている幽霊たちによって、人々は消されたと?」
「そうばい。消えたとされる人々は、幽霊によって連れて行かれたばってん。ここではない遠い世界へと・・・・・。」
「・・・・神隠しってやつか・・・・・。」
宇宙人の口から告げられた人間消失の真実とは、古の昔よりまことしやかに語り継がれてきた怪現象の代表例、「神隠し」に遭ってしまったということらしい。
「それで、消えた人たちは戻ってこられるのか?」
「さぁ・・・・、それはおいどんにもわかりまへん。おいどんたちはあくまで、幽霊を見ることができるだけですばってん・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
 ここまで聞かされた内容を、本田隊員なりに解釈していった結果、ダンディ・コメタニ星人の発言には一応筋が通ているし、矛盾もない。
それに地球に、この団地に移住するために訪れたことも本当らしい。
では、人間を消したのが彼らだという可能性は?
もしもそうだとするならば、消した理由は自分たちの住処に邪魔だったからという仮説は成り立ちはするが、邪魔なのならばそもそも日本の各地からこの団地に人間たちを集める理由も意味もない。
それにだ、未だ団地内に無数に存在している幽霊たちには手を出していないことも、やはり矛盾が生じてしまう。
とすれば、ダンディ・コメタニ星人の言う通り、彼らがこの団地にやって来たことと、ここに集められた人たちが消えてしまったこととは、切り離して考えるべきだし自然だ。
 本田隊員は自らの結論を踏まえて、ビデオシーバーを操作しながら本部にいる山下隊長への報告を行うことにした。

 「うむ。おそらく君の導き出した結論は、正しいものであろう。」
作戦室内のモニターを凝視して、山下隊長は本田隊員からの通信に同調の意を示している。
だがその表情には、雲行きが大きく変わってしまった事件解決への道のりへの、苦渋の思いが浮かんでいた。
「(おそらく、消えてしまった人々はもう、こちらの世界に戻ってくることはできないだろう・・・・)」
「本田、本当なんだろうな!?適当なこと言ったら、ただじゃ済まさないわよ!!」
「口調がずいぶんと荒れているぞ、ファル子。お前もまがりなりにも女の子なんだからさぁ、もうちょっとおしとやかにすることを心がけてみたらどうだい?」
音響設備の整った作戦室内のスピーカーからは、モニターに映し出された姿と時間差なしに、明瞭かつクリアな本田隊員の声が流れてきて、荒ぶる戸島隊員をなだめていた。
「ふん!!」
だがそっぽを向いてしまった戸島隊員は、その忠告がお気に召さなかったらしい。 
 「戸島君。」
「何よ!?」
作戦行動の転換を図るべくかけた山下隊長の声を、戸島隊員が一刀両断にしてみせる。
「えぇぇぇ~。」
自分に非はまったくないにもかかわらず、同期のいざこざのとばっちりに巻き込まれてしまった格好となった山下隊長は、もう散々。
「あの、あのね・・・・・、団地の管轄の捜査本部に問い合わせてほしいんだけれど・・・・。」
「い・・今、問い合わせるわよ!!」
本田隊員との絡みの延長で、山下隊長にも誤って食って掛かってしまったことにすぐにハッとなった戸島隊員だったが、急に態度を軟化させるのもそれはそれでバツが悪く感じられたため、強気な口調を保ったまま隊長の指示を実行へと移していった。

 連続人間消失事件の捜査本部が設置された管轄下の警察署の1室に、緊急連絡を告げるコール音が鳴り響いた。
「はい、こちら捜査本部。」
火急なる連絡をよこした相手はもちろんマタラッターニの戸島隊員だ、通話に応じたスーツ姿の刑事は責任者へと変わるように指示されて、少し不愛想な様子で室内に大声を張り上げる。
「部長ーー!!マタラッターニから緊急連絡だそうでーす!!」
 呼ばれた刑事部長は、スーツ姿の現場の捜査員たちで占められた室内において、浮いた印象を受ける数少ない警察の制服を着こなした熟年の男性だ。
「はい、刑事部長の藤本です。はい・・・・・はい・・・・、はぁ、団地の住人に関する資料ですか・・・・・・」
 山下隊長が戸島隊員に伝えるように指示した内容は次のようなものだった。
団地に住んでいるとされる住人たちの素性を徹底的に洗い直すこと、役所などの行政機関に提出されている書類関係や各種記録、各世帯全員の生い立ちから現在に至るまで調べられることはどんなことでも、とことん調べ尽くせと。
 自分の子供と同じ年ほどの女性隊員に指示されたことは少々癪に障った刑事部長だったが、どこの国のどの機関にも属さず、独自の権限が認められているササダーノ、そのエリート部隊でもあるマタラッターニからの直接の要請とあらば無下にするわけにもいかず、通話を終えた直後数名の部下を集めては指示を飛ばすしかなかった。

 警察の捜査本部による事件現場の団地に住む住人たちの身元に対する徹底的な調査が開始された。
その間とて、マタラッターニは手をこまねいて待つわけもなかった。
山下隊長の指示により、現場にいる佐々木副隊長と織田隊員は団地の内部への突入が命じられ、直接的コンタクトによっての住人への調査が同時進行されていったのだった。
 人知れず団地内に潜伏し、住人たちと共存していた宇宙人・ダンディ・コメタニ星人の証言、「この団地で生活している住人たちは、すでに全員死亡しており幽霊である」といった仰天すべき裏付けを取るために、2人の隊員は奔走していくのだった。

 数棟ある集合住宅の団地の群れ、そのうちの1つの団地の入り口前に佇む佐々木・織田両隊員は、すっかり明るくなった上空を見上げてから頷き合って、足並みを揃えてはいざ再度の突入を開始した。
 ところが入り口を潜ってすぐに、両隊員は先ほど訪れた際とは様変わりし果てた光景を目の当たりにすることになった。
純昭和の団地特有の、エントランスと呼ぶには手狭に圧迫感を与えてくる、居住者たちの郵便受けの集合体を前に、ひどく錆びた金属の匂いが鼻腔をくすぐって来たからだ。
居並ぶ金属製の各家庭の郵便受けはどれも、赤茶色に錆びていて腐敗の進行が著しかった。
開閉式の取り出し口はほとんどが南京錠の類のカギがかけられてもおらず、必要以上に耳をつんざくように「キーキー」と音を立てながら吹き込んでくる風によって左右に揺れていて、届けらた郵便物を収納して管理する役割を果たしてはいなかった。
「佐々木はん、さっき来た時・・・・こんな風になってましたっけ・・・・?」
「いや、そんなことはなかったぞい!!」
 2人はただならぬ何かを感じてしまったのか、織田隊員の顔からは血の気が引いていて、声を張り上げた佐々木副隊長の足腰はガクブルだった。
 「と・とにかく!!小生たちは任務を全うしなければならない!!」
その言葉は同行する部下である織田隊員を奮い立たせるためのものなのか、はたまた両脚の太ももからふくらはぎにかけての痙攣が止まらない自分自身を叱咤するためのものだったのか、おそらくそのどちらも両方だろう。
「いいい、行くぞ!!」
佐々木副隊長は空元気を満開にして右手を突き上げ、後に続けと促しながらさらに奥へと突入していった。
「・・・かなんわぁ・・・・・。」
背中を丸めた織田隊員はここに置いて行かれるのもつらいと、心なしか副隊長の背中との距離を詰め気味に後に続いていくのだった。

 団地の1階の廊下に差し掛かると、見渡す限り均一の部屋のドアが並ぶ光景が目に入ってくる。
均等かつ均一の間隔で配置された部屋割りはそのままだったが、やはりここにもただならぬ空気が充満しているようで、やって来た2人の隊員たちの顔は歪んでいった。
ドアのすぐ近くの壁には、その部屋に住んでいる住人の名前が書かれた簡易的な表札が添えられており、無人というわけではないらしいのだが、漂う生活感に違和感を覚えてならなかった。
 廊下には各所に、各部屋の住人たちの私物や、子供たちの物であろう三輪車なども散見されるのだが、どうにも劣化の度合いが激しすぎる。
ちょっとやそっとの使用頻度による経年劣化とは大きくかけ離れ、長い年月ほったらかしにされ雨風にさらされ続けた、どちらかと言えば人の干渉がないことによる劣化具合だ。
ドアノブや廊下の至る所に張り巡らされている蜘蛛の巣からも、廃墟の香りがプンプンと匂ってきてならない。
そんな光景の中異質だったのは、住人たちのネームプレートだけが、周囲の物々に比べて黄ばみや日焼けの跡もなく、妙に真新しく目に映ってくることが余計に意味ありげで。
 両隊員は同じフロアで別れ、両端からお互いに部屋のインターホンを鳴らしにかかった。
けれどいくら鳴らしてみても、応答もなければ手応えもなかった。
そしてそれはフロアを変え、果ては団地自体の棟を変えて繰り返してみても同じだった。
 「佐々木はん・・・、これは一体どういうことでっしゃろかぁ・・・・・?」
ほぼすべての部屋を回った後、成果を得られなかった2人は戸惑いに苛まれた胸中で階段を降り切った先の、入り口付近へと仕方なく歩いていた。
「うん、これはあれだな!!団地の住人全員でどこかへ出かけたんだ!!うん、そうに違いなーーい!!」
そんな道中で、1歩先を歩く佐々木副隊長は不可解極まりない事態を結論付けるため、織田隊員の問いかけに声を張り上げた。
「えぇ~、無理がありまへんかぁ・・・・・」
至極もっともな反応を見せる織田隊員は、無理やりの感が否めない佐々木副隊長の独自の見解をやんわりと否定する。
「いや!!そんなことはないぞ!!遠足だ、団地の皆で遠足に行ったのだーー!!」
核家族化が進む昨今、いくら舞台が昭和レトロな団地だからと言って、やっぱり無理がある。
「だーーって・・・・・・、遠足て・・・・・・。」
「遠足でないのなら、潮干狩りでも、紅葉狩りでも、何でもいい!!」
「よくありまえへんて、せめて季節は統一しまへんか!?」
どうやら佐々木副隊長は、いよいよ超常現象絶賛突入濃厚の目の前に突き付けられた事実を頑なに信じたくないのか、そちらの方がよっぽど非現実的だろうという事柄を列挙して、現実逃避を敢行し始めたようだ。
 が、現実はそんなに甘くはない、踏み入れてしまった恐怖は決して彼らを逃してはくれないのだった。
ひとまず今いる棟から出ようと、団地外の景色が視界に入ってくるはずだった。
けれどそんな日常的風景が両隊員の視界に入ってくることはなく、その代わりにと禍々しくおどろおどろしい影がいくつも現れてきた。
影は団地内の床や壁、天井など至る所からあらゆる角度から、無数に出現した。
数秒前まで何もなかった空間に、陽炎が立ち上るように、突如としてむわっと湧き上がって来ては、老若男女様々な姿を形成してきた。
 空間の概念も常識的価値観もすべて無視して、肩を抱き合った織田隊員と佐々木副隊長を中心とするように四方八方をどんどん埋め尽くしていった。
「ひいぃぃーー、あかんあかんて!!これはまずいって!!」
「小生には何も見えん!!何も見えていないぞ!!」
片や素直に間近に迫りくる危機に恐怖しながら、片や強がりを通り越して堂々たる虚言を吐き出しながら、どんどんどんどんどんどんどんどん囲まれていく。
次々と生まれ出てはその数をどんどん増殖させていく人影によって、織田・佐々木両隊員の体の自由が利く範囲は引き換えに狭くなる一方となり、酸素も薄く息苦しくなっていった。
「はぁはぁはぁはぁ・・・・・。」
「すーはーすーはーすーはー・・・・・・・。」
2人は必死に酸素を求め、過呼吸になるのも辞さない勢いで呼吸するしかできなかった。
 その間も人影の発生は留まるところを知らず、増殖の一途をたどっていき、2人がいるフロアだけでは飽き足らず上階にまでどんどん伸びていっている。
人影の無限増殖、テレビゲームのような出来事が、今まさに現在進行形で2人の隊員の目の前で起こっている。
こうなるともう、織田隊員にしても佐々木副隊長にしても、完全なパニック状態だ。
これがおぞましい形相の宇宙人なら、敵対し害を及ばさんとする訓練された屈強な兵士が相手だったらばまだ、2人は取り乱さずに対処することもできただろう。
けれどいくら鍛え抜かれたエリート部隊の隊員たちであっても、この世ならざる者が相手となると勝手が違うし、何より対処の仕方などわかるはずがない。
顎をガタガタと震わして噛み合わない上下の歯をカチカチと打ち鳴らして、織田隊員と佐々木副隊長は、恋人同士よりもずっと密着して抱き合う形となっていった。
 「ぶっせつ・・・・ま~・・・・・か~・・・・・はん・・・・・・」
押し寄せる無数の人影によってぎゅうぎゅうになった中心で、織田隊員は般若心経を唱え始めた。
「おい!!しっかりしろ、織田ーーー!!!!」
観念したかのように急激に悟りを開きだした織田隊員に向けて佐々木副隊長の檄が飛ぶが、彼も彼で余裕がないのが現状だった。
「ゆ・・幽霊たち!!君たちは完全に包囲されている!!無駄な抵抗はやめろーー!!」
幽霊たちの密集度合いで今にも埋もれてしまいそうな佐々木副隊長は、後先考えずに咄嗟に叫んだ。
一応言っておくが、包囲されているのは幽霊である人影たちではなく、完全に自分たちだということをわかっているのだろうか?
 しかし、誰がどう見ても180度的外れで適当な佐々木副隊長の叫びに、人影たちが反応を示し、増殖は止まり蠢きもぴたりと止まったのだった。
「ほえ?」
「ふんが!?」
もう駄目だと思っていた両隊員は、お互いに間抜けな声と共に二酸化炭素を吐き出した。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
わけはまったくわからないけれど、あれだけ押し迫り圧迫してきてならなかった人影は止まり、それどころか徐々に後方へと引いていくようだった。
織田・佐々木両隊員を中心とした空洞の円が大きくなっていっていることが、その証拠だ。
 押しつぶされてしまうのではないかと感じた圧迫から解放されて、体の自由を取り戻した2人は目をきょとんとさせたまま静観していた。
2人の前で起こっている現象はこれまた不可思議そのもので、人影が引いていくのに比例して後方に存在していた影から順番に消えていく。
水が大気中に蒸発していくかのように、人の姿を模していた影から輪郭や体の各所のパーツが曖昧になっていき、最後はただの淡い光になっては空気中に消えてなくなっていく。
 そして文字通り消えていく人影の中から1人の男の子が前に歩み出てきて、両隊員に向けて小さな口を開き何事かを呟いた。
「あ~あ、ばれちゃったね。もっと遊んでいたかったのに、仕方ないね・・・・仕方ない・・・・。」
7~8歳の幼さと坊主頭に半ズボンが特徴的なあの男の子の口調は純粋そのものだった、だからこそ大人である織田隊員と佐々木副隊長の胸には余計に刺さったのかもしれない。
遊び足りないという残念な思い、夕暮れ時に母親に呼びに来られて盛り上がっていた遊びを断念させられて家路についていく、古き良き時代の憧憬が2人の胸にも思い当たる風景があった。
けれどもうおしまい、潮時なんだと悟った男の子は、少し恨めしそうな幼心を覗かせて呟いてから、他の人影と同じように原形をなくして消失していった。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
理論では理屈ではとても説明できない証明のしようもないが、信じ難き超常現象を目の当たりにした両隊員は、この世ならざる者たちとの別れに何を思ったのだろうか・・・・・。

 団地内を埋め尽くしていた無数の人影が1つ残らず消失した後、脱出に成功した織田・佐々木両隊員は、最後にとっておきの光景を目にすることになる。
本来の主たちを失った団地はもう、ただの鉄筋コンクリートの巨大な塊たちの群れに過ぎなくなった。
生者ではなかったというものの、長年の間住処にしていた住人たちの声も生活する鼓動も、もう聞こえてくることは永遠になくなったわけだ。
織田隊員も佐々木副隊長も、すっかり廃墟となってしまった連なる寒々しい団地群を見ているばかりだった。
 「何か、全然別の建物のようになってしまいましたなぁ・・・・・。」
「えっ、そうか!?団地は所詮団地だろう!!」
「・・・・・・・・・・。」
程よく哀愁に浸っていた心情を台無しにする返答に、織田隊員は蹴飛ばしてやりたい気分だった。
 が、次の瞬間、団地や平屋が立ち並んでいる付近一帯に異変が生じ始めた。
それは住人たちが消えていったシーンの再来を思わせるのには十分に酷似しており、廃墟と化した団地も一気に木材の荒廃が進んだ平屋も、次々と淡い光に包まれていったのだ。
今しがた幽霊たちの無限なる消失を見届けてきたばかりの2人は、不思議と恐怖の感情はほとんど湧き上がってくることはなく、絢爛豪華できらびやかなイルミネーションで彩られた人工的な夜景なんかよりも、よっぽど心は惹きつけられ、むしろ幻想的で美しいとさえ思っていた。
「ほあぁ・・・・・・・・・・。」
すっかり魅せられた織田隊員は感嘆の声を漏らしているが、佐々木副隊長は対照的でそのような趣はないらしい。
「そうかなぁ・・・・、小生的には夜の歓楽街のネオンの方が、よっぽど心躍ってしまうんだがなぁ!!がはははははははは!!」
「・・・・・・・・・・。」
 またしてもアンニュイな複雑な男心をざっくりと切り捨てられた織田隊員の、佐々木副隊長を見る目は冷たい。
そんな悲喜こもごもの感情はさておいて、光に包まれし建物は続々とその姿を消していった。
忽然とと表現するにはかなり大掛かりで、けれど物音1つ立てることなく消えていく。
 そしてものの数分も経たないうちに、あれだけ立ち並んでいた団地も平屋も、すべての建物が跡形もなくこの世界から消えていったのだった・・・・・・。
残ったものは広大なコンクリートとアスファルトで舗装された古めかしい見渡す限りの更地と、呆然と一部始終を見届けた織田隊員と佐々木副隊長の姿があるのみだった。

 幽霊住民や団地一帯の消失現象が起こった直後の捜査本部内においても、不可思議な現象の余波が舞い起こっていた。
マタラッターニからの要請を受けて団地の住民たちの調査を行っていた捜査員たち、その彼らの目の前に広げられていた各所から大至急で取り寄せられた膨大なる資料の中から、住民1人1人に関する記述や記録が消えていったという。
「何なんだ・・・・これは・・・・。」
1人の捜査員がいち早く怪現象に気付いたことを皮切りに、あっという間にその波は室内へと伝播していき、口々に捜査員は驚きの反応を漏らしていった。
 21世紀に入り、日々科学を根拠とした捜査手段が導入されている現代警察の根底を否定し、あるいはあざ笑うかのように説明がつかない現象が巻き起こっていく。
人間あまりに驚きすぎるとかえって大きなリアクションを示さないという行動学を体現して、凍り付いたように固まる捜査員たち。
現場となった団地一帯で直に目撃した、マタラッターニの2人の隊員には及ばないまでも、彼らが受けたショックはそれなりに大きいことだっただろう。
 身動きもろくに取れない捜査員たちの目の前で、資料から住民に関するすべての記述も記録も消え去ってしまった。
その様はまるで白昼夢のように、真っ白なページの単なる紙の束と化した資料の意味をなさない紙片が、室内に散乱している。
ただ室内一面を、真っ白な世界へと・・・・・・・・・。

 「・・・・そうか、とりあえずいったん本部に帰投してくれ。ご苦労さん・・・・。」
マタラッターニの作戦室にて、捜査本部と佐々木副隊長からの奇妙なる顛末を立て続けに聞かされた山下隊長は、少し疲労の混じった声で部下に命じていた。
「・・・・・・・・・・。」
精鋭たる信頼のおける部下たちの労をねぎらいつつも、手放しでは喜べない一連の事件の推移に達成感よりも疲労感の方がはるかに色濃かった。
「・・・・結局・・・・消えた人々の行方は不明のままか・・・・・・。」
その呟きこそが、今回の事件の結末を何よりも端的に表していた。

 
 10日後。
関西近郊のとある草原にて、マタラッターニの山下隊長以下すべての隊員が勢揃いしていた。
彼らに相対している存在も確認できた、件のダンディ・コメタニ星人である。
 見つめ合っている両者の間には一定の距離感があるが、そこに敵意はなく概ね穏やかな空気が広がりを見せていた。
横1列に隊列を維持していたマタラッターニ陣営の中から、山下隊長が1歩前へ出た。
つられるようにして反対側のダンディ・コメタニ星人もまた歩み寄り、両者の距離感は少し縮まった。
だがそれでもまだ、両者の間には確かな距離があった。
これが現在の地球人と宇宙人の距離を図らずも表しているのかもしれない、近付きつつはあるけれど、決して手に手を取って寄り添い触れ合えるほどの距離感にあらずというように。
 「いろいろ世話になったばってん。」
団地の一件では本当にいろいろあった、宇宙規模の詐欺被害に遭ったダンディ・コメタニ星人だったが、今はどこか晴れやかな表情をして感謝の言葉を述べてきた。
当初地球のあの団地に引っ越してきて異星での新生活を始めるはずだった彼らは、今日地球を絶って母星であるダンディ・コメタニ星に帰ることになった。
「どうかご無事で。」
ダンディ・コメタニ星人が差し出した手を、山下隊長が握り返して固く握手をした。
がっちりと手を握り合った瞬間、思いのほかダンディ・コメタニ星人の手のひらが脂ぎっていてぬめっていたからか、山下隊長の表情は複雑なものに変わったが・・・・。
傍から見れば星々の垣根を超えた素晴らしき友情のシンボルとして、祭り上げられ讃えられもすることだろう。
心温まるその光景を見守っている隊員たちも、一様に微笑まし気にしている。
 だがそんな中、1人だけ憂鬱に表情を曇らせている本田隊員の姿があった。
マタラッターニの隊員たちの中で、唯一ダンディ・コメタニ星人と多くの時間を過ごし言葉を交わした、彼の心は重く苦い味がするようであった。
「・・・・・・・・・・。」
一見すると大団円を迎えての母星への帰還、しかし彼らダンディ・コメタニ星人を待っている未来は、財産を騙し取られて住む場所も失った居場所のない母星に帰るしかないという消去法だ。
確かに日本各地を震撼させた連続人間消失事件への関与の疑いは晴れた、だがそんなことは慰め程度にもなりはしないと本田隊員には思えてならなかった。
 真に惑星間を超えての握手を交わすのならば、いっそのことこの地球で彼らのことを受け入れ、共存共生していけてこそなのではないのか?
理想論でもロマンチストでもなく、どうして極めて単純かつ明快な結論にたどり着けないのかと、ササダーノ・パリ本部や各国のお偉方が下した結論に対して、本田隊員は妙にやるせなく若干の苛立ちも覚えていた。
だから、隊員たちの中でただ1人、こんなにも憂鬱な色に彼の表情は陰るのだった。
 「ほな、さよならですばい!!」
山下隊長に向かい合っていたリーダー格のダンディ・コメタニ星人が告げると、体を透明化させ周囲の風景に溶け込んでいた、共に地球へとやって来ていた家族のダンディ・コメタニ星人たちが別れ間際に一斉に姿を見せた。
その数ざっと100人近く、可視化された宇宙船へと乗り込んでいった。
自らの体長を縮小させ船に収まるようにしながら、続々と乗り込んでいく。
 やがて全員が宇宙船内に乗り込んだことを確認すると、リーダー格のダンディ・コメタニ星人も一呼吸置いて、ゆっくりと階段を上っていく。
最後の1段と船体への境目で、気のせいだろうかほんの少しだけ本田隊員の方を見た気がする。
その視線にどんな思いが込められていたのかはわからないが、この先の未来への不安と憂いを含んだ悲しみに満ちているように、少なくとも本田隊員の目には映っていた。
 「さいならです~!!」
「達者でな!!バンザーイ!!バンザーイ!!」
大きく左右に手を振る織田隊員や、結婚披露宴みたいなノリで万歳三唱をしている佐々木副隊長たちに見送られ、ダンディ・コメタニ星人の宇宙船は浮上していき、機体が安定すると加速してすぐに空の彼方へと飛び去って行ってしまった。
 しかし本田隊員は最後まで、笑ってダンディ・コメタニ星人との別れをすることはできなかった・・・・・・・・。

 「よし、では本部に帰るか!!」
ダンディ・コメタニ星人の一団が無事に地球を後にしていったのを見送り終えると、山下隊長が先陣を切って隊員たちに告げた。
「ほ~い。」
「了解であります!!」
付近に停車させてあるトッチチナイに乗るために、山下隊長を先頭に隊員たちが続いていく。
皆、一仕事終えた達成感と開放感を胸に抱きながら、足取りは軽やかだった。
「・・・・・・・・・・。」
本田隊員もそれに続くのが、何となく嫌だった。
できることなら別行動をとって、1人で本部へ帰りたい心境だった。
「本田!!早く歩けし!!」
けれど一向に歩み始める気配がない様子に気付いたのか、背後から鳩尾の辺りを戸島隊員に蹴り上げられてしまい、歩かざるを得なくなってしまう。
 「痛ぇよ、ファル子!!だからお前・・・もうちょっとおしとやかにしろよな・・・・・。」
「はぁ!?余計なお世話だし!!アンタに言われる筋合いないし!!」
戸島隊員に無理やり急かされて、ともかく本田隊員も隊員たちの輪の中に向かっていくのだった。

 マタラッターニの本部が収容されているササダーノ日本支部、日本の首都東京の地下深くに一台地下都市を築いているその中でも、中心にそびえ立ちシンボル的な存在でもある高層ビルである。
 そのササダーノ日本支部ビルの各フロアには各々の専門部署が配備されていて、地球の平和を人知れず守っているエキスパートたちが集いし、まさに砦である。
職務に励む職員たちには居住スペースも与えられており、それはマタラッターニの隊員たちも例外ではなく、あるフロアの一区画に隊員ごとの1人部屋が完備されていた。
 
 勤務時間を終えた本田隊員は、隊員章をかざしセキュリティーのためのロックを解除して、今日も今日とて激務に明け暮れた1日を終えて、戻ってきたのだった。
部屋に入るなり隊員服の上着を脱いでTシャツ姿になった彼は、ハンガーにかけることもなくベッドの上に脱いだばかりの上着を放り投げていった。
 人間消失事件とダンディ・コメタニ星人の一件から、もう1週間が経とうとしていた。
だが、すでに次なる危機に備えて心身共に切り替えて職務に邁進する他の隊員たちとは異なり、明らかに本田隊員はあの事件を引きずったままだった。
もちろんかといって日々の職務に支障をきたしているわけではなかった、ただどうにも彼の心が晴れないだけだった。
 アニメや特撮作品のフィギュアで占拠されたデスクに腰を下ろし、自前のパソコンを起動させて椅子の背もたれにもたれかかりながら、本田隊員は掃除の手間を惜しみがちな天井をぼんやりと意味もなく見上げている。
瞼を閉じてみても開いたままでいても、浮かんでくるのはあの事件のフラッシュバックばかり。
いい加減に気持ちを切り替えなければと、彼は自分でもうんざりしていた。
なので立ち上がったパソコンの画面上を開いてみたり、手の届く範囲に飾っているフィギュアを時折手にしたりしてみるのだが・・・・・・・。
 どうやっても忘れられそうもない、気分転換もうまくできそうにない自覚をより強めてしまうだけで、本田隊員は手につかない作業をすべて放棄して、ベッドの上にうつ伏せにダイブするしかなかった。
しばらく布団の感触を肌で感じていたが、息苦しくなってきたのでくるりと体を反転させて、仰向けの体勢へと変えてみた。
するとまたしても、視界に移り込んでくるのは天井と、その光景に上書きしてくる記憶のフラッシュバックだった。
「ふうぅぅ・・・・・・。」
大の字になって大きく息を吐き出した本田隊員は、どうせ遮断できないのならばと、無理に蓋をしようとしていた自身の記憶回路を逆に思い切り開いてやった。
そして自分以外誰もいないプライベート空間たる自室にて、彼の感情が噴き出し響き始めていくのだった。
 何が事件は無事解決だ、何1つ解決などしなかったではないか・・・・・・。
全国各地からあの団地に呼び寄せられ姿を消した人々は、結局未だに誰も戻ってきてはいなかった。
一連の騒動は消えた団地を根城にしていた幽霊たちの仕業だということまでは判明したが、さりとて神隠しのように連れ去られ消失した人々がどこへ消えてしまったのか、居所もメカニズムも解明には至らなかった。
 本田隊員は霊魂だとか心霊現象に対して懐疑的な思考を持っていたが、今回の事件によって真っ向からへし折られたばかりでなく、為す術がなかった自分が何よりショックが大きく、マタラッターニを含めた自分たちの無力さを思い知ってしまった。
 今も消失した人々を助け出すための警察による捜査本部自体は解散していなかったが、迷宮入りが確定的になったことを受け、その規模も人員も大幅に削減されるということだから、はっきり言って望みは限りなく絶たれたと言っていい。
絶望的になってしまった人々の救出と奪還、ダンディ・コメタニ星人の話では、この世ならざるまったくの別世界へと連れて行かれたということだった。
死後の世界・霊界・魔界にはたまた異世界か、下手をすれば次元さえも異なった世界へと誘われたのかもしれない。
きっといつの日かマタラッターニの科学力の進歩で、それらの世界へと行ける日が遠からず訪れることだろう。
だが、残念ながら今はまだ行く術がない、それに尽きるというわけだ。

 ベッドに敷かれた敷布団の弾力と自らの体重がせめぎ合うことしばらく、この感触と一体化してしまうのも悪くはないかと思っていた本田隊員だったが、抗って体を起こし立ち上がった。
そのまま一直線にデスクへと戻っていくと、1番上の引き出しを開けた。
引き開けられたその中には、腕時計や古い記念硬貨などが垣間見え、どうやらこの段には小物を中心とした貴重品が収納されているようだ。
 彼は子供がおもちゃ箱の中からお目当てのおもちゃを探し当てるように、ごそごそと漁っては埋没していた中から紙箱を掴んだ。
本田隊員の手にした箱は、未開封のままの煙草だった。
けれど喫煙者が単に一服するためだという雰囲気ではなく、何か思うところがあるように彼は封を開けることなく、躊躇いが表情には浮かんでいるようであった。
だがしばし悩んだ後、未開封の新品にしては少々痛みと色落ちが見られる箱のパッケージを紐解いていった彼は、同じ引き出しからライターも取り出し、部屋を出ていった。
 
 相変わらず浮かない顔をした本田隊員は、ビルのテラスへとやって来ていた。
室外ではあるものの見上げてみても青空も夜空も見ることはできない、星の光も届くことのないここが東京の地下だからだ。
もっとも太陽光が届かない代わりに、ササダーノの科学力を結集して備え付けられた人口の光によって明るさは十分に保たれていて、風情に欠ける点を除けばここで生活する人々には不便はなかった。
 テラスの柵にもたれかかって階下を行き交う人々の様子を目にしながら、本田隊員は先ほど封を開いた箱から煙草を1本取り出して口に咥えると、ライターで着火させていった。
深呼吸をするように深く息を吸い込む要領で煙も一緒に吸い込んだ本田隊員は、体内に取り込んだ煙草の味を噛みしめながら目を閉じている。
そして一気に二酸化炭素と共に吐き出すと、煙は白い塊となって空気中に漂う。
「久しぶりだねぇ・・・・、本当に久しぶりに吸ったよ・・・・・。」
 そう、本田隊員は喫煙者であったが、3年前にマタラッターニに入隊したのを機に、煙草を吸うのを今日まで止めていたのだった。
分煙化への流れが著しい昨今と言っても、ササダーノに勤務する人間もマタラッターニの隊員たちにも、禁煙を義務付けられてはいなかったのだが、何となく彼は煙草を吸う気にはなれなったらしい。
でも今日は、無性に煙草が吸いたくなって、ついに自ら課していた禁を破った。
それ故今味わっている煙草は3年以上前に買ったまま手つかずでしまわれていたもので、湿気ていないか心配もしたが、とりあえず吸えている。
厳密に言えば賞味期限が怪しいこの煙草の風味は格段に劣るのかもしれないが、その分3年間のブランクが彼にはあったので、そこまでの味の違いは感じないようであった。
 本田隊員はそのまま1本まるまる煙草を吸い終えるまで、苦い顔を崩すことなく煙をふかし続けた、どうせならこのまま煙と一緒に何もかも吹き飛ばせたらいいのにと・・・・。
 携帯灰皿へと吸殻を忍ばせてから、彼はまた思考の闇へと引きずりこまれていく。
人間消失事件の未解決は無念であり消化不良なのも確かだ、だけど人間の力が及びもしない存在によってもたらされた怪奇現象なのだと思えば、現金だけれどいくらか割り切ることはできる。
 しかし・・・・・、同時進行で発生していた宇宙人、ダンディ・コメタニ星人の場合はどうだろうか?
彼らに地球を侵略する意思がなかったことは証明できた、だが結局のところ彼らは地球を追われるしかなかった。
 無許可での地球への侵入、コスイ・オノユウなる宇宙人から不動産詐欺に遭ったなど、ダンディ・コメタニ星人にも落ち度はあった。
けれどそういった行動を取ったのは、純粋に家族たちと共に異星での新たな穏やかな生活を送ることだけだったのに。
後から聞いた話では、上層部からの彼らの退去命令に対して山下隊長は抗議をしてくれたという。
「宇宙人との共存・共生」を何とかできないものかと、粘り強く小塚総監たちに嘆願してくれたことはわずかな救いに思えた。
 しかし、そんな小さな希望は簡単に消し去られ、ダンディ・コメタニ星人は地球を追われるように宇宙へ放り出された。
「・・・・・・・・・・。」
非情にインパクトのある顔をしてはいたが、不快な感情は一切ないままに、本田隊員の記憶に鮮明に刻まれていた。
もちろんあのような短い時間言葉を交わしたりコミュニケーションを取っただけで、友好的な関係を築けたと思えるほど、本田隊員はおめでたくはなかった。
ただ、彼の胸の中に今も去来してやまない感情は何なのか?
「もうちょっと・・・・何かこう・・・うまいやりようがあったよねぇ・・・・・・。」
 自分という人間が誰かに対して何かをしてあげられる、そんな風に思うことはある種の人間の傲慢であり奢りだと、彼はずっと思いながら生きてきた。
無意識に音声となって発せられてしまった呟きは、そういう意味では本田隊員が自分で自分を心底否定してしまう言葉だと、理解はしていた。
 今頃はもう、とっくに母星にたどり着いていることだろう。
でも・・・でも・・・、あのダンディ・コメタニ星人にはもう財産もなければ、住む家もないのだ。
裸一貫でなんて、口で言うのは簡単だし、ひどく無責任だ。
彼らはこれから、価値観も環境もあらゆるものがこの地球とは大きく異なるであろう遠い宇宙の1つの星で、それでも生きていかなければならないのだ。
彼らには耐えがたくも逆らえない数々の困難が待ち受けていることだろうは、少し考えれば誰にだってわかりそうなものなのに・・・・・。

 我々地球人がこれから宇宙へ進歩の矛先を向けるのならば、絶対に避けられない異星間での友好的関係の構築。
今回の一件では、単にその問題を先延ばしにしたに過ぎない、お粗末とさえ言える決着の仕方だった。
 本田隊員の心は少し冷静さを取り戻しはしたものの、なおもやるせなく虚しい感情に支配されているのは変わらずだ。
久しぶりに煙草を吸ってみたら、封じ込めていた喫煙衝動が再燃したらしい彼は、2本目の煙草を取り出し火をつけた。
閉鎖された空を見上げて煙をくゆらせる本田隊員、彼の地球の平和を守る日々もまだまだ終わりではない。
 「何、黄昏てんのよーー!!」
物思いにふけっていた本田隊員に突如鋭さを内包した声が突き刺さると、同時に冷たく肌がかじかむ温度の水が盛大に浴びせかけられた。
何事かと声のする方へ顔を向けると、バケツを空にしてヒステリックな戸島隊員の姿が見えた。
いつものようにまた本田隊員に絡んできた彼女は、何故このような行動に出たのだろうか?
怒鳴られる理由も、ましてやバケツいっぱいの水をかけられる理由も皆目見当がつかなかった本田隊員だったが、瞬間的に1つの可能性に思い当たった。
 本田隊員はプリプリ怒っている戸島隊員の方に近付いていき、耳元でこう囁いた。
「何だぁ~、心配してくれたのか~?いいとこあるじゃん、ファル子~。」
報復の意味も込めて、少々おちょくるように言ってみた彼の言葉に、戸島隊員は顔を真っ赤にしてまた怒鳴るのだった。
「・・・べ・・・別に・・・、アンタの心配なんかしてないんだからね・・・・!!」
びしっと右手の人差し指を突き付けてから、逃げるようにビルの中へと走っていった。
 真偽はともかくとして、すっかりびしょ濡れになった本田隊員の溜飲はいくらか下がり、彼女が置いていった空のバケツを拾い上げると、自室へと戻っていく。
「とりあえず・・・風呂だな・・・・・。いや、あえてこのまま風邪をひいて、2~3日寝込んでアニメ三昧と洒落込もうか・・・・・・。」
などと悪知恵を働かせながら、エリート部隊・マタラッターニの隊員の1日が終わっていくのだった。
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