第4話

文字数 76,391文字

 「織田隊員 胃袋が破れるまで」

 中部地方のとある山中。
今宵満月となった月の光が、静かに降り注いでいる。
それはうさぎが住むとされる月世界から、この地球上へ送られた何かしらのメッセージなのだろうか?
 メルヘンな想像はさておくとして、夜の闇に青白く輝いている真ん丸な月から、一筋の光が光線となって見下ろす大地へと伸びていっていた。
光線を浴びせられ同色に発行している大地のその地中にて、呼応するかのような脈動が今、刻まれ出したのだった。

 東京都の地下に存在する、地球防衛組織ササダーノ日本支部。
 その中心的エリート部隊であるマタラッターニの作戦室では同時刻、確実に異変が起きていることを感知していた。
各種レーダー設備が並ぶ指定席に腰掛けて、神妙な面持ちで注視している戸島ファル子隊員。
基地内に留まっている時は、主にレーダーの監視や各種分析や解読を担当する戸島隊員は、モニター画面をこまめに切り替えては、壁面に設置されているレーダーの感知する範囲を絞り込んでいく。
範囲をどんどん小さく絞り込んでいく過程で、徐々に整った顔立ちが曇っていくようだった。
 「隊長!!」
すぐに振り向いて山下隊長を呼び寄せる彼女の表情が、切迫した状況を物語っていた。
「どうした?」
「これを見てください、隊長。」
隊長たる所以を感じさせる機敏な反応で、山下隊長はすぐに駆け寄ってくる。
「中部地方の山中にて、巨大な生物の反応があります。」
身を乗り出して目視してくる山下隊長に向けて、戸島隊員はレーダーの黄色く点滅している1点を指さしながら報告した。
「うむ、地中に何かがいるようだな・・・・・。」
この場合の「何か」とは、地球に本来生息している既存の生物のことではもちろんなく、人類の脅威になりうる未知の存在のことを指す。
「今のところ眠っているんでしょうか、動き出す気配はまだないようです。」
「うむ。」
山下隊長が思案を巡らせる時に発する「うむ」という口癖が連呼されるということは、それ相応の深刻な事態へと発展する、ある種の予知的な危険信号だ。
 「この影は・・・一体何でしょうか・・・・・?」
「何かしらの巨大生物であることは間違いないだろう。問題は奴さんの正体と、どのような影響を我々に与えるのかということだ。」
正体をはっきりさせたいと逸り気味の戸島隊員の心を落ち着けるように、気を配りながら山下隊長は答えた。
「地球上の生物が突然変異を起こしてしまったのか、はたまた宇宙人によって地球外から運び込まれてきた存在なのか。」
「ですねぇ。」
「いずれにしろ、このまま地中でおとなしく眠っていてくれるのであれば、大きな問題にはならないのだがな。」
 だが、現状未確認な巨大生物の存在が確認された以上、放置しておくわけにはいかない。
山下隊長は早速、隊員たちを招集するのだった。

 時刻は夜も遅かったということで、作戦室にマタラッターニの隊員が全員揃うまで、少しバタバタした感は否めなかった。
最初から室内にて職務を遂行していた山下隊長・戸島隊員・織田隊員はいざ知らず、勤務時間外だった佐々木副隊長と本田隊員がやって来るまでには時間差が生じていた。
 元自衛隊員の根っからのソルジャー佐々木副隊長は、緊急招集の合図が鳴りやむ前にすでに作戦室へとたどり着いていたのだが、本田隊員は対照的にもたついていた。
佐々木副隊長が到着してから5分ほど経った後、ようやく入室してきた本田隊員は、隊員服の着用もままなっていない有様だった。
かろうじて履いたズボンのチャックは全開でベルトも締まり切っておらず、上着だって腕を通すこともなく肩にかけて羽織っているだけに過ぎなかった。
 「遅いぞーー!!本田ぁーーーーー!!」
赤い布を目の前に広げられれば、猪突猛進で突っ込んでいくに違いない佐々木副隊長の叱責がまず響いた。
その大声によって生じた残響音のさざ波は、作戦室内を縦横無尽に反響している。
「すんませ~ん。」
まったく悪びれない飄々とした態度で、1歩ずつ隊列に近付いてくる本田隊員は、ある意味大物なのかもしれない。
 「相変わらずでんなぁ~。」
そしてそんな本田隊員の様子も、ある意味では隊員たちにとっての風物詩的な日常でもあるわけで、非難も称賛もすることなく織田隊員は本心を口に出した。
 はんなりやんわりとした関西人風が吹く草原のような空気を、だが戸島隊員が認めるはずもないのもこれまたいつものこと。
「本田!!だらしなさすぎ!!ちゃんとしろし!!」
ヒステリック全開でつかつかとにじり寄っていった彼女は、ズボンのチャック全開の本田隊員の股間部分のファスナーを、天まで届けと言わんばかりに激しく容赦なく上げていくのだった。
チャックが閉まった後でも込められた力を緩めようとはせずに、本田隊員の股間を潰す勢いで持ち上げながら、ズボンを食いこませ続けている戸島隊員は、サド資質を秘めし女性なのかもしれない。
睾丸を余裕で破壊し尽くしてしまうくらい、力任せに股間を支点・力点・作用点の法則を用いて数センチ足が宙を浮かされて、本田隊員は低血圧の中にも苦悶の表情を浮かべながらレフェリーストップを申し出た。
「ギブギブ!!」
肩を叩かれ訴えられた戸島隊員は気が済んではいないようだったが、とりあえず手を放して開放してやった。
「痛ぇよ、ファル子!!股間が使い物にならなくなるでしょうが!!」
「ふん!!」
今日もツンデレ満載の戸島隊員は、「何か問題でも?」みたいな顔で見下ろしていた。
 「熱いなーーーー!!まったく熱くてたまらんなーーーー!!」
そんな2人のやり取りが、何やら佐々木副隊長の琴線に触れたようだった。
顔を真っ赤に紅潮させて叫ぶ彼は、見ようによってはイチャついている風に捉えられなくもないじゃれ合いに、耐え切れなくなったようだ。
「本田ーー!!戸島ーー!!イチャイチャするのなら他所でやってもらいたいと、小生は思うのだったーーーー!!」
「べ・・別に・・・イチャついてなんかないし・・・・!!」
わかりやすくそっぽを向きながらデレた戸島隊員と、対照的に無関心に否定する本田隊員。
「いや、副隊長。ないわぁ~、その解釈マジでないわぁ~。」
「・・・・・・・・・・。」
本田隊員の無関心さが、人知れず戸島隊員の内心に新たな怒りを生み出したとも知らずに。
「まったく!!まったく!!小生には、まったく女が寄り付かないというのに、けしからんったらない!!」
男所帯での日々を過ごしてきたからなのか、熱血すぎる性格が災いしてか、三十路を過ぎても未だ春が訪れる気配がまったくない佐々木副隊長は、愛しさと切なさとうらやましさでいっぱいになりながら、地団太を踏んでいる。
 今日も今日とて一様に個性的で強烈な、マタラッターニの隊員たちであった。

 「中部地方の山中の地中に、未確認の巨大生物の存在が確認された。」
すったもんだを経て、気を取り直した山下隊長が冷静に話し始めた。
「諸君たちには直ちに現場に赴いて、調査を行ってもらいたい。」
「腕が鳴ります!!何なら掘り起こして、引きずり出してやりましょうか!!」
腕まくりしながら少々物騒な提案をしてくる佐々木副隊長、タカ派で過激派な一面を持つ彼らしい提案だったが、あっさりと山下隊長に否定される。
「いやいや、相変わらず血の気が多いな君は。」
「はっ、失礼いたしました!!」
近付きすぎた隊長に下がるように指示されて、敬礼のポーズを取ったままムーンウォークのように器用に後ずさりしていく佐々木副隊長。
 「佐々木副隊長と本田隊員は、ミヤッサーンで現場まで飛んでくれ。」
「了解であります!!」
「へぇ~い。」
「うん、本田隊員。もうちょっと覇気を出そうな。」
「すんませ~ん。」
山下隊長の毎度の如き注意も、本田隊員にとっては打てど響かぬ太鼓のようだった。
「織田隊員は私と一緒に地上から調査に当たる。」
「了解です~。」
「戸島隊員はここに残り、生物の反応を絶えずチェックしてくれ。」
「わかりました。」
隊員たちに作戦行動の指示を出し終えると、山下隊長は一呼吸置いてから鼓舞するように告げる。
「出動!!」
 各自ヘルメットを手に颯爽と作戦室から飛び出していく、マタラッターニ。
地中に現れた、巨大生物の謎を暴くために。

 ササダーノ日本支部の地下区画、そこには戦闘機や偵察機といった航空機が多数格納されていた。
車体別に万全の整備ができる環境が整っており、その先には滑走路が伸びていた。
 佐々木副隊長を先頭にして、体育の授業時間のような駆け足を促されて、本田隊員が後に続いて姿を現した。
佐々木副隊長の呼吸と同調して、彼が咥えた笛が「ピッピッ!!」と小気味良いリズムを刻んでいる。
1列縦隊で進行してきた隊員服を着た2人組は、目的の場所に到着すると、腰に両手を固定しながら笛を吹いていた佐々木隊長が立ち止まった。
その場でさらに2度3度足踏みと笛を鳴らしてから、最後に「ピーーーッ、ピッ!!」と佐々木副隊長は笛を吹き、全体止まれと相成った。
「小さく前に倣え!!」
腰に両手を当てた状態の佐々木副隊長が宣言すると、すぐ後ろに続いていた本田隊員は両手を控え目に前方へ伸ばした。
「直れ!!」
続けて発せられた号令をもって、ようやく本田隊員は佐々木副隊長の引率から解放されたのだった。
 けれど本田隊員が安堵したのも束の間、ビデオシーバーに搭載されているストップウオッチを停止させたばかりの佐々木副隊長は、ご機嫌斜めの様子でこう吠えた。
「2分56秒もかかってるぞーー!!作戦室からここまで来るのに、2分を切れないとは何事かーー!!」
襲い掛かってくる大声にヘルメットの上から両手を耳元に当てる本田隊員、彼はうんざりとした様子だった。
どうにも彼は軍隊譲りというのか、こういったバリバリの体育会系のノリ、佐々木副隊長の情熱が苦手でならなかった。 
 猪突猛進で勇猛果敢なことは佐々木副隊長の取柄であり美点だが、一方で熱くなりすぎて物事の繊細な機微を見失ってしまいがちなのは、大いなる欠点だった。
そのあたりが、肉体派の有り余る運動能力や体当たりで事件を解決へと導ていく功績に対して、純粋に評価させることを鈍らせている要因なのだろう。
もっと言えば、彼自身が望んでやまない結婚どころか、異性とお近づきになることさえも阻んでしまう原因そのものなのだが、こればかりは近しい人間であってもなかなかに指摘しづらい。

 格納庫へとやって来た佐々木・本田両隊員は、なおも止まらなかった。
正確には逸る気持ちを抑えきれない佐々木副隊長に、半ば無理矢理に急かされた本田隊員が追従していく形なのだが・・・・・・。
 用途に応じた様々な航空機が並ぶ壮観さの中、1機のジェット機のところへ並び立った2人は目もくれることなく乗り込もうとした。
あらかじめ開け放たれていたコックピットに、まず佐々木副隊長が先陣を切って突入してきて、遅れて本田隊員が落ち着いた歩調で乗り込んでくる。
 複座式のコックピット内は右側が操縦席になっている。
今すぐにでも大空を翔る鳥になりたい佐々木副隊長は、迷うことなく操縦席へと座ろうとするが、間一髪のところで本田隊員に断固阻止された。
「副隊長、ここは僕が操縦しますから。」
淡々とした無機質な言葉の中に、しかし強く拒絶する思いを確かに宿しながら、本田隊員は佐々木副隊長の首元を掴んで、反対側の席へと追いやろうとしている。
 本田隊員は知っていたのだ、出動する際には佐々木副隊長に運転や操縦をさせてはならないと。
つい先日のダンディ・コメタニ星人の事件の時だって、トッチチナイの運転を買って出た佐々木副隊長の死のドライビングテクによって、織田隊員は三途の川を渡りかけたことも聞かされていたから、余計に操縦の主導権を譲るわけにはいかなかった。
 しかしソルジャーに1度着いてしまった火が、そう簡単に消えることもなく、佐々木副隊長は屈強なる肉体を用いて抗ってきた。
「何を言うとるのだ、本田ーー!!小生のこの手が光って叫んでいるんだ!!直ちに飛び立てと輝き叫んでいるんだ!!」
「どこの機動戦士ですかい!?」
 すぐに互いの体を掴み合った2人は、取っ組み合いの体勢になっていく。
単純な力比べでは筋力で勝る佐々木副隊長の方にはるかに分がある、が、「死の空中ランデブーなどはごめんだ」というゆるぎなき拒絶の意志が、本田隊員に潜在能力を超えた力を与え、拮抗したままくんずほぐれつ、いい年をした男性2人が揉み合うばかりとなっていった。
絶対に負けられない不毛な戦いがここにはあった。
 そうこうしているうちに持久戦へと発展した操縦席の取り合いは、本田隊員の体力が消耗してきたことで戦局は決しつつあった。
元々体力だけなら底なしの佐々木副隊長にはかなうはずもない本田隊員は、押し合いへし合いしながらもやはり徐々に押されていき、最後は小兵な力士が横綱に払い飛ばされるように、後方の席の方へ追いやられてしまったのだった。
 佐々木副隊長は多少息を荒げながらも疲れた様子もなく、爽やかさの欠片もない暑苦しい笑顔を見せてから、どっかりと操縦席へと腰を下ろした。
ジェット機を起動させるためにいくつかのスイッチや計器を触り、まだ閉じられたままの発進ゲートの方を指さし、「前方よーし!!」などと一丁前である。
 だが本田隊員は知っていたのだ、どんな人間にも何かをやり遂げた瞬間にこそ少なからず隙が生じるということを。
佐々木副隊長がシートベルトに手をかけたちょうどその時、本田隊員はホルスターから専用銃である「マタラッタガン」を抜くと、グリップの柄の部分で見事に背後からの一撃を食らわせたのだった。
重い特殊金属性の鈍器で殴られたことにより、佐々木副隊長はぐったりとなり気を失わせることに成功した。
「・・・まったく・・・手間がかかるぜ・・・・・・。」
そう呟きながらマタラッタガンをしまう本田隊員は、ここだけの話、多少日頃の佐々木副隊長へのうっ憤も込めてお見舞いしてやったのだった。
 意識を失い座席にしなだり掛かっている佐々木副隊長を引きずり下ろし、本田隊員は何食わぬ顔をして操縦席へと座る。
ご自慢の手先の器用さを発揮して、流れるような手つきで発進準備を進めていった。
 「ミヤッサーン」、マタラッターニの隊員たちが使用する高性能ジェット機であり、最高速度はマッハ4を誇る。
1号と2号の2種類が製造されており、ミヤッサーン1号はスマートなデザインで空中戦に特化した機体、ミヤッサーン2号は両翼が丸く巨大な翼になっており、偵察任務や輸送任務に特化した機体である。
ちなみに今回2人が乗り込んだのは、ミヤッサーン2号である。
 「セカンド、ゲート、オープン。」
やけに日本語のカタカナ発音が強いオペレーターの誘導音声に従い、本田隊員が操縦桿を握ったミヤッサーン2号は、順調に加速していき発進ゲートを飛び出していった。
そしてそのまま、夜空の彼方へと消えていったのだった。

 巨大生物が潜伏している山中へ向けて、大空を行くミヤッサーン2号。
その外見からは想像もつかないほど、雲を突き破って疾風の如き速さだ。
操縦桿を握る本田隊員は、空を翔る少女たちを描いたミリタリーもののアニメの主題歌を口ずさみながら、なかなかご機嫌であり快調に目的地を目指し飛んでいった。
左側の座席に座らされた佐々木副隊長は後頭部に鈍痛を覚えながらも、ここ数時間の記憶をなくしていて首を捻っていた。
 本田隊員は内心で、ほくそ笑んでいるのだった。

 一方マタラッターニ専用自動車のトッチチナイで現地へ向かった山下隊長と織田隊員は、日本全国に張り巡らされている地下通路を疾走し、こちらも間もなく到着するところだった。
 地下から抜け出し地上に出た後も、トッチチナイの走行は実に軽やかかつ優美なもので、山下隊長の洗練されたドライビングテクの一端が垣間見えるようであった。
助手席に座っている織田隊員は、本来であれば年上の上司に運転させることは礼節を欠く行為だと理解していたが、どうにも先日の佐々木副隊長による荒々しい運転がひどいトラウマとなっているのか、出発前に酔い止めを服用し、車酔いに効果があるとされる手のツボを押しながら打てる備えはすべて施してまで自分自身との戦いに終始しているため、とても運転を買って出る余裕はなかった。
今日こそは大丈夫、トラウマを乗り越え克服するのだという悲壮感にも似た強い決意をたぎらせ、油断すれば胃から食道を逆流してきそうな酸っぱい胃液を飲み込みながら、満身創痍の脂汗にまみれた織田隊員。
 そんな自分だけの世界に絶賛ダイブ中の織田隊員の事情を断片的に知っている山下隊長は、不必要に言葉をかけたり気を遣わせることがないように気を配って、運転に専念していた。
部下の些細な心情にも配慮ができるとは、山下隊長もなかなかできる男であった。
もっとも肝心の織田隊員はそれどころではないから、隊長の気配りにどこまで気付いているのかは甚だ疑問であり、今も万一の事態に備えてに手にしているエチケット袋を、汗が滲んだ手で破けるくらいに力を込めて握りしめていた。

 中部地方のとある山中。
件の上空へと一足先に到着したミヤッサーン2号が、旋回しながら山下隊長たちの到着を待っていた。
すると陸路を経てきたトッチチナイも程なく到着し、停車した後山下隊長が運転席から降り立ち、助手席側に回り込んでからドアを開けて織田隊員が降りるのを手助けする。
顔面蒼白の織田隊員は、恐れていたゲロを吐いてしまうという最悪の事態は回避することができたようだが、腰は抜け大地を踏みしめる両脚にも力はなく、千鳥足で彷徨うことしかできなかった。
 「大丈夫か、織田?」
弱り果てた姿を目にした山下隊長から心配の声がかけられたが、織田隊員は地べたに座り込んでしまう。
それでも健在を何とかアピールしようと、健気にも彼はサムズアップして応えた。
「だ・・・大丈夫ですわぁ~・・・・。トラウマを何とか乗り越えられたようです~。」
痛々しかった、あまりにも痛々しかった。
けれど、己のトラウマを乗り越え成長した姿を見せようとしてくる織田隊員の姿に、山下隊長は上を向いて目頭を押さえるのだった。

 現場に到着したマタラッターニの隊員たち。
地上には山下隊長と織田隊員が、上空にはミヤッサーン2号の機内にて指令を待つ佐々木副隊長と本田隊員がいる。
そして彼らの足元には、未知なる巨大生物が間違いなく存在しているのだ。
 山下隊長は自身の左手首に装着しているビデオシーバーを開くと、まず上空で待機している2人へと指示を飛ばした。
「君たちには、そのまま上空から地中へ向けてレーザーを照射してスキャンしてほしい。巨大生物の正確な情報を入手することに専念してもらいたい。」
「了解。」
本田隊員からの手短な応答があり、しかし佐々木副隊長がこのやり取りに割って入ってきた。
 「隊長殿!!ここは手っ取り早く、地中にミサイルを撃ち込みましょう!!人類に脅威をもたらす可能性がある存在は、即排除でありますよーーー!!」
あまりにも気合の入った大声が発せられたものだから、ビデオシーバーの収音機能をもってしても音声を拾い切れず、大きくひび割れたノイズとキーンと鼓膜を突き刺す騒音となって返ってくる。
聴覚を攻撃してきた佐々木副隊長の過激派提案に、山下隊長は威厳を込めて断固否定する。
「ダメだ。我々が最優先で行うべきは、地中に潜む生物を様々な角度から分析することだ。」
「しかしであります!!」
「だまらっしゃい!!人類に害を及ばさない存在なのであれば、極力無益な戦闘は控えるべきなの!!わかった!?」
「り・・・了解であります・・・・。」
歴戦の勇者たる山下隊長の迫力に気圧されたのか、上官の命令には絶対というしみついているソルジャーとしての性なのか、いずれにせよ佐々木副隊長は過激な判断をひとまず胸の内に収めて従うようだった。
 「我々は付近一帯の地質や土壌を採取して、巨大生物との因果関係を調べる。」
「・・・・・へ~い・・・・・・。」
荘厳に宣言した山下隊長に返ってきたのは、未だ生まれたての小鹿のような弱々しい織田隊員のかすかな返事だった。

 山下隊長から指示を授かった佐々木・本田両隊員は、上空にて待機させていたジェット機・ミヤッサーン2号のエンジンを再稼働させていく。
操縦桿を握り華麗に機体を操る本田隊員は、緩やかなスピードで巨大生物が潜んでいると推察される地点の真上へと、ぴたりとミヤッサーン2号を停止させた。
 「では・・・始めますか。」
気だるげながら使命を帯びた彼は、コックピット内のボタンを操作しては、隊長の指示通りにレーザーを照射するための準備を滞りなく進めていく。
猪突猛進な肉体言語大好きな佐々木副隊長とは異なり、このような作業は本田隊員にはうってつけといえる。
事実本田隊員の指先は目で追うのが困難なほどに素早く動き、瞬く間に準備を完了させたのだから。
「本田よ、ちょっとでも異常があればすぐに言え!!即座にミサイルをば、撃ち込んでくれる!!」
佐々木副隊長が懲りずに何かのたまっているが、構うことなく本田隊員は地中に向かってレーザーの照射ボタンを押していった。
 赤いレーザー光線は大地をすり抜けていき、地中に存在する巨大生物へと降り注いでスキャニングしていった。
同時にレーザー光線が照射された範囲内のデータが、コックピット内のコンピューターへとすごい速さで送られてきて、情報の収集と分析が自動で行われ続けていく。
対して手慣れた手つきでコクピット内のコンピュータを操作していく本田隊員は、高速で受信した膨大なるデータに後れを取ることもなく、キーボードを打ちながら解析作業に徹していった。
 こうなると佐々木副隊長は完全なる手持無沙汰だった。
強行突入、強行突破、己の肉体を駆使して行うあらゆる戦闘行為ならいざ知らず、アナログ派を自負する彼にはコンピューターを扱うことはできないし、ちまちまとした調べ事も不向きと言わざるを得ないからだ。
「なぁ本田よう・・・・、適当に調査結果をでっち上げて、とっととアタックしてしまおうではないかぁ・・・・・。」
座席に深く腰掛けた佐々木副隊長は、あくびを噛み殺そうともせずに提案というか懇願してきた。
「あのねぇ副隊長、滅多なこと言わないでくだせぇよ。何でもかんでも、戦って解決すればいいってもんじゃないんですよ。」
視線をコンピューターから一切動かさず、手も止めずに本田隊員はこぼした。
 「だってだって!!このままじゃあ、小生は完全に足手まといではないか!!」  
「適材適所ってことでしょうよ。」
「いかーん!!それはいかーん!!」
また始まったよと、ウザくなる気配を如実に感じ取った本田隊員は無視することに決めたのだが、佐々木副隊長の爆発現象は止められなかった。
 「小生は、とにかく活躍しなければならないのだーー!!」
「・・・どうして・・・・?」
よせばいいと頭ではわかっているのに、人情とでも言うべきか聞き返してしまった本田隊員。
「どうしてとな、今どうしてと言ったかーー!?」
「・・・・まぁ・・・・・。」
「決まってるではないかーー!!少しでも名を挙げて、注目されたいの!!周りにちやほやされて、異性にもてまくりたいのーー!!そして1日も早く、小生は結婚したいんです!!」
短く刈り込んだ頭髪を両手でシャッシャッとかきむしりながら、偽りのない本心を堂々と言い放った彼に、本田隊員はやはり呆れた。
そんなどこかの川平さんみたいに結婚願望を語られたって、本田隊員としてはどうすることもできやしない。
 「あぁ・・・・結婚したい・・・・、結婚したいよーーー!!」
ついには泣きじゃくりだした佐々木副隊長、もう面倒くさいったらありゃしなかった。
いっそここから地上目掛けて投下してやろうかと思う、本田隊員だった。

 地上では山下隊長と織田隊員が二手に分かれて、サンプルの採取に躍起になっていた。
降車からしばらく経過したおかげか、織田隊員もずいぶん体調を回復してきているようだ。
 巨大生物の息吹があるその真上の辺り一帯の、土やら植物やら地層を削っては、分析用の試験管へと採取していく。
常識の範囲外の巨大生物が生息しているということは、何かしらの影響が周囲に及んでいる可能性が高いからだ。
 まんべんなく着々と採取していく山下隊長が、織田隊員に声をかけた。
「どうだ、一通り採取できたか?」
「ほい、順調でっせ~。もうちょっとで、たんぽぽのサンプルが100本目に到達するところだす~。」
その言葉通り、草むらにかがみこんで作業に没頭している織田隊員の足元には、たんぽぽが詰め込まれた試験管が山のように積み上げられていた。
 「ちょっとーー!!そんなにいらないよ!!しかもたんぽぽばっかり、そんなに調べてどうするのさーー!!」
「俺、たんぽぽ好きでんねん。」
「知らないよ、そんなことは!!まんべんなく採取するようにって言ったでしょうが!!」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ、あらゆる角度から調査するのが、マタラッターニの鉄則でしょうが!!」
「そらぁ、えろうすんまへん~。」
そう謝罪の意を口にしている間も、織田隊員は試験管の中にたんぽぽを詰め込み続けている。
「だから、たんぽぽはもういいって言ってるでしょうがーー!!」
 まだ朝が来ない夜の山中にて、山下隊長の嘆く声が木霊していったという。

 巨大生物が地中に生息している山中にて、空から地上からあらゆるデータや採集した調査対象を入手したマタラッターニは、ひとまず基地へとそれらを持ち帰り精密なる分析にかけることとなった。
そして万一の事態に備え、現場には織田隊員を待機させ夜明けを迎えていた。

 ササダーノ日本支部内には、多種多様な分野に精通した研究・分析機関が存在している。
近代的で最先端な設備には、極秘裏に集められた各分野の名だたるエキスパートが常駐していて、いついかなる状況下においても速やかに対処できる態勢が整っていた。
 帰投した山下隊長・佐々木副隊長・本田隊員から、収集されたデータやサンプルが早速研究者たちの元に届けられ、早速詳しい分析へと入っていったのだった。
おそらく世界中を見渡してみても、この施設ほどの機器や設備が備わっている機関はないだろうと言うほどに、充実の環境から巨大生物に関する分析結果が導き出されるまで、数時間とかかることはなかった。
 
 マタラッターニの作戦室にて待機していた山下隊長たちが、モニターに映し出された現地の映像やレーダーによる反応に目を向けていると、白衣に身を包んだ1人の中年男性が入室してきた。
 「山下隊長、分析結果が出ました。」
淡々とした口調で資料を手に隊員たちの前にやって来たのは、大塚博士だった。
きれいにセットされた七三分けがトレードマークの彼は、糊のきいた清潔感が漂う白衣を着こなし、見るからに研究者ですという見た目だ。
年齢は山下隊長よりも一回りぐらい上であろうか、相対するマタラッターニの面々にも何ら臆する様子がない。
「お疲れさまでした。」
大塚博士から手渡された紙の資料と映像資料は、山下隊長からすぐに戸島隊員の手に渡り、全員で閲覧できるようにセッティングされていく。
 後ろ手に組みながら胸を張ってのけぞる大塚博士を中心にして、山下隊長以下全員の目がモニターに映し出された分析結果へと釘付けになった。
「まず上空からのレーザー照射によって得られたデータから、地中に潜んでいる巨大生物は全長が56メートル、体重は4万8000トンであることが判明した。」
自分たちが算出した数値に自信を込めて口にする大塚博士とは対照的に、作戦室内にいる隊員たちの間では、わずかなどよめきが起きていた。
「ごっごっごっ、ごじゅごじゅごじゅ・・・!!」
特に驚きを隠せていなかったのは佐々木副隊長で、喉に食べ物が詰まって上手く鳴けないニワトリみたいな、噛み噛みでくぐもった雄叫びを上げそうになっている。
「落ち着きたまえよ、副隊長・・・・。」
本田隊員と戸島隊員にも規格外の生物に対しての動揺が現れる中、さすが山下隊長である。
首を前後に突き出してますますニワトリっぽくなっている佐々木副隊長を、顔色1つ変えずに軽く諭しているのだから。
 「次に巨大生物が潜んでいる地中の周囲の地層の状況から見て、おそらく地中に生息していた爬虫類、トカゲの線が極めて濃厚ですが、突然変異によって巨大化した可能性が高いです。」
「それは付近の環境の汚染などによってですか?それとも地球外の宇宙人などによる、意図的な行為によってですか?」
生物が巨大化した経緯についての山下隊長からの核心を突いた質問に、大塚博士は渋い表情を作ってから続けた。
「周囲の環境汚染の影響を最初に疑ってみたのですが、隊長たちが採取してきた周辺の地層や岩石、草花からは甚大なる環境汚染の数値、並びに生物を変異させてしまうほどの数値は観測できませんでした。したがって・・・・・」
「・・・・・・・・・・。」
言葉を途中で区切り大塚博士が生み出した間が、作戦室内の隊員たちの緊張を増長させていく。
「地球外の何物かからの影響によって変異を遂げたと考えられます。」
「・・・うむ・・・・、とすると・・・・地球侵略を目論んだ宇宙人の仕業だと・・・・?」
「まず十中八九、間違いないでしょうな。」
 山下隊長の見解は瞬く間に肯定され、ある種もっとも最悪な可能性が現実となった。
敵の正体まではさすがに現状ではわからない、けれど侵略宇宙人が地球上の生物を操って侵略計画を企てていることが判明しただけで、大きな収穫があったことは確かだった。
「地球の外側から、件の山中に向けて宇宙線が照射されたためでしょう。生物の成長を飛躍的に向上させる、一種の成長促進光線が使用され、地中にいた爬虫類が想像以上に巨大化してしまったのです。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
山下隊長から沈黙が生まれ、本田隊員と戸島隊員も神妙で複雑な表情を浮かべていた。
 だがそんな重い空気の中で、歓喜の雄叫びが不謹慎にも湧き上がってくる。
「キターーーー!!巨大生物に侵略宇宙人キターーーー!!」
言うまでもなく佐々木副隊長であった。
彼は母校が全国大会出場を決めた瞬間のように、全身で喜びを表現しながら飛び上がっている。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
俄然闘志をみなぎらせ始めた佐々木副隊長に、「空気を読め」と物言わぬ山下隊長・本田隊員・戸島隊員の冷え切った視線が突き刺さっていく。
「・・・・・・・・・・。」
そして彼らだけではなく、大塚博士までもが嫌悪感を露わにしている。
 「隊長殿!!相手にとって不足はござらんですよ!!今すぐ攻撃です、攻撃すべきなんです!!いいんですか!?いいんです!!」
「(だから、お前はどこの川平なんだよ!!)」
本田隊員の心の中で突っ込みと非難が飛んでも、佐々木副隊長はますます勢いづいていく。
「何なら、小生が宇宙へひとっ飛びして、宇宙人を宇宙船もろとも撃墜してきて御覧に入れましょう!!」
本当に言葉通りに飛び出して行ってしまいそうな佐々木副隊長の隊員服の襟首を、山下隊長が目にも留まらぬ速さで掴み、豪快な地獄車をかけてこれを阻止した。
「はうあ!!」
見事に決められた技により、作戦室内の床の上に背中から落ちた佐々木副隊長の、全身を強打したことで生まれたとても乾いた音が実によく鳴り響いた。
これには屈強さが自慢の佐々木副隊長とて無事では済まなかったらしく、背中を中心とした床と接触した箇所に激しいダメージを受け、痛さのあまりぴくぴくと泡を吹きながら、仰向けに失神している。
「・・・・・・・・・・。」
 白目をむいた瀕死の佐々木副隊長はともかくとして、分析結果が出るまでの間、何やらせっせと作業に勤しんでいたらしい本田隊員の方から、山下隊長に向けて言葉が投げかけられた。
「隊長、まぁ万が一巨大生物・・・怪獣と言った方がこの場合適切でしょうか・・・・・、暴れ出したら任せてくだせぇ。」
そう言って、本田隊員は手のひらサイズの筒状の物体を掲げてみせた。
「それは?」
「いえね、待ってる間暇だったもんで、ちょいと作ってみたんですがねぇ。特製の超強力麻酔弾です。」
必要以上な誇張をすることもなく山下隊長に手渡された物体は、隊員たちが装備している専用銃・マタラッタガンに装着可能にカスタマイズされた、強力な麻酔弾が充填されたカートリッジだった。
「さすがだ、本田隊員。相変わらず仕事が早い。」
「いえ。一応人数分用意できてますんで、携帯しておいてくださいな。」
「うむ。」
 本田隊員の手からは、言葉通りに人数分のカートリッジが手渡されていき、隊員たちの武装はいっそう強化されたのだった。
「まぁ、使わずに済むのに越したことはないのだがな。」
ホルスターに入手したばかりのカートリッジを収納しながら、山下隊長は希望的観測を述べていく。
続けて只今床の上に大の字に伸びている佐々木副隊長のホルスターへも、やや強引に押し込むようにカートリッジを収納していった。
 「もう本田、いつもいつもシコシコとくだらないことして!!」
憤慨とも呆れとも取れる物言いで、渋々カートリッジを収納していく戸島隊員。
「お前・・・今、シコシコって言った?くだらないって言った?」
「はぁ!?言ってないし!!」
「ったくよう・・・・、女の子がシコシコだの上下運動だのピストン運動だの言うんじゃありませんよ!!」
「お父さんか!!・・・・最っ低・・・・・・!!」
おちょくりおちょくられ罵り合って、戦意を高揚させるという不可思議な間柄の2人であった。
 
 分析結果と装備を整えた隊員たちを前にして、山下隊長の檄が飛んでいく。
「いいか、諸君。これより非常警戒態勢を発令する。」
まるで出陣を前にした戦国武将のように、意図的に隊員たちが発奮する言葉や言い方を選んで、山下隊長の演説は続いていった。
「地中に潜んでいる怪獣と化した巨大生物、仮にネゴゴロゴンと呼称するが。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
ただ1つ、ネーミングセンスだけは備わってはいない山下隊長であったが・・・・・。
 「今のところ幸いにも目覚めていないネゴゴロゴンだが、覚醒した際にはどのような行動に出るのか予測できない。それにだ、背後にいる宇宙人・・・・そうだな・・・・、仮にハラックェーンと呼称するが・・・・・」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
怪獣に続いて宇宙人まで、即席で名付けた山下隊長には、やはりネーミングセンスが欠落しているようだ・・・・・・。
 「ネゴゴロゴンが地上に姿を現したと仮定して、奴を怪獣化させたハラックェーンが何かしらの行動を取ってくることは容易に想像できる。おそらく、ネゴゴロゴンを意のままに操っては、地球侵略のための兵器とすることだろう。」
自ら名付けたとはいえ、怪獣にしろ宇宙人にしろ、舌を噛みそうな実に言いにくい名前を、すらすらとよく言えるもんだと、山下隊長の発言内容よりも隊員たちは上司の活舌具合の方に感心していた。
 「すでに周辺地域には避難命令を発令してある。地上からは私と戸島隊員、そして現場で待機している織田隊員とで対処する。本田隊員と佐々木副隊長は、ミヤッサーン1号と2号でそれぞれ出動し、上空から警戒に当たってくれ。」
「はい。」
「へ~い。」
「・・・・・・・・・・。」
戸島隊員と本田隊員の返事が続く傍らで、佐々木副隊長はまだ意識を失って横たわったままである。
 「いいか、我々の目的はあくまで人々の安全を守ることが最優先だ。可能な限り戦闘を回避することを肝に銘じて任務に当たってくれ。」
「はい。」
「へ~い。」
「・・・・・・・・・・。」
たった今の山下隊長の発言をもっとも聞かせ肝に銘じさせなければならない人物、佐々木副隊長は白目をむいて聞いてはいないのが皮肉だった。
釈迦に説法、馬の耳に念仏といった例えが脳裏に浮かんでくるが、山下隊長は最後に一言力強く発した。
 「マタラッターニ、出動!!」

 再び航空機が収容されている格納庫にやって来た本田隊員は、未だに意識が戻らずに自立歩行もままならないでくの坊、もとい佐々木副隊長をおんぶして連行してきた。
ミヤッサーンに搭乗し現場に飛び立つ前に、彼にはやらなければならないことがあった。
 隊員服の懐から小瓶を取り出した本田隊員は、ハンカチに中身の液体を滲み込ませてから、一気に佐々木副隊長の鼻を覆ってみせた。
液体を含んだハンカチが完全に佐々木副隊長の鼻をブロックした状態で、嗅覚のすべてが集中するように押さえる手に力を込めていく。
 「ふぐぉ!?むほーーー!!」
それから数秒も経たないうちに、佐々木副隊長の意識は覚醒し、同時に自身の身に降りかかっている異常事態に取り乱していった。
本田隊員に嗅覚の自由を奪われ、全体重もかけられているために全身が取り押さえられている異様な現状。
しかしそんなことよりも彼にとって早急に対処すべきは、嗅覚を刺激してたまらない臭気からの脱出だった。
 「おい、本田ーーー!!くさいくさいくさいくさいーーーー!!貴様ーーー、小生に一体何を嗅がせているのだぁーーーーー!?」
さすがに口まで塞いでしまうと佐々木副隊長の命を奪ってしまうことになるので、呼吸ができるようにしておいたわずかな隙を縫って、拒絶と壮絶なる抗議の声があげられていく。
「ちっ、思ったより早く目覚めちまったか・・・・・。」
苦々し気に呟いた本田隊員には、想定以上に早い意識の覚醒だったようだ。
 目的は果たせたが少し悔しい本田隊員だが、これ以上佐々木副隊長に嫌がらせもとい、気付けを続けることは後々面倒なので、彼の体を開放してやった。
 「うぇっほっ!!げほげほ!!おえぇーーーー!!」 
咳込んでいるのか嘔吐しているのか、いずれにしろ聞くに堪えない佐々木副隊長のえづきに、口笛を吹きながら知らん顔を決め込む本田隊員。
「ほ・・本当に・・・なんの匂いなんだ・・・・・!!小生に・・・・何を盛ったんだ・・・・!?」
「あぁ・・・これですよ。」
佐々木副隊長涙交じりの決死の質問に、本田隊員は先ほどの小瓶を掲げてこともなげに言ってのけた。
「いやね、ササダーノに勤務する全職員のデータをちょいと覗き見しましてね、登録されいるデータから全員分の足の裏の匂いを複製して混ぜてみたんですよ。それが、今副隊長が嗅いだ匂いの正体ってわけです。」
 謎の悪臭の正体知ったり枯れ尾花、佐々木副隊長は顎が外れそうなほどにあんぐりと口を大きく開いて絶句した後、唇をかみ切る勢いでギリギリと歯ぎしりしていた。
「き・・・貴様・・・・・・。」
「そんなことより副隊長、目が覚めたんでしたらとっとと出動しましょうや。」
ヘルメット被り終え背を向けた本田隊員に、佐々木副隊長はすっくと立ち上がってにじり寄っていく。
「本田・・・・本田・・・・・」
「な・・何ですかい・・・・?」
ギラギラした目で見据えられ距離を詰められてきては、少々悪ふざけが過ぎたかとたじろぐ本田隊員だったが、次の瞬間。
「ちょっと!!吐いてきます!!」
 佐々木副隊長は方向をくるりと変えると、全力ダッシュでお手洗いを目指して消えていった。
彼の人並外れた運動能力が勝るのか、猛烈なる吐き気という生理現象が勝ってしまうのか。
「・・・間に合うといいですねぇ・・・・・。」
いずれにしても、本田隊員にとっては他人事だった。

 トイレへと駆け込んだ佐々木副隊長が戻ってきた。
途方もない悪臭によってもたらされた吐き気は、彼の胃の内容物をすべて排出させたらしく、筋肉質で無駄な脂肪分がない佐々木副隊長の顔は、頬がこけてげっそりと豹変した骨の輪郭を浮き立たせている。
「よーーし!!出動だぁーーーー!!」
威勢良く張り上げたお馴染みの大声が、空元気にしか聞こえないのは痛々しく映る。
 「小生がミヤッサーン1号に乗る!!したがって、お前は2号で現場へ向かえ!!」
山下隊長に失神させられた挙句、部下である本田隊員によってゲロを吐かされた佐々木副隊長は、先ほどまでの醜態を帳消しにしようと副隊長としての威厳を示すように、指示を飛ばした。
だが、本田隊員は彼に言われるまでもなく、すでにミヤッサーン2号の操縦席に座っており、とっくにスタンバイを完了させて出動を未だ遅しと退屈そうにしている。
「・・・・・・・・・・。」
佐々木副隊長は威厳を取り戻せなかった、目には涙が溢れてきていた。
 屈強なる肉体は地響きを刻みながら、コックピットへと乗り込んだ。
佐々木副隊長は落ち込んでいる場合ではないと、自衛隊に所属していた頃だって、もっと過酷でつらいことがあったのだからと、涙を隊員服の袖口で乱暴に拭い去って前を向いた。
操縦席のレバーの感触に問題がないか確かめた後、操縦席のスイッチを野太い指で押していき、発進準備を整えていく。
「たぎれ小生の本能よ!!小生が戦わずして、誰が地球を守るというのだ!!」
 ミヤッサーン1号は正常にエンジンを起動させ、発進ゲートへの道のりを進んでいく。
偵察任務などに適した2号とは趣が異なるこのミヤッサーン1号は、いかにも戦闘機然としたスマートで鋭角的なフォルムをしており、根っからのソルジャーである佐々木副隊長にはよく似合う。
「ファースト ゲート オープン」
こてこてのカタカナ英語の発音によるオペレーターの音声が流れ、目の前の発進ゲートの扉が開けられていく。
「よーし!!いざ参る、戦場こそが小生の生きる場所なのだー!!」
「ミヤッサーン1号、発進!!」
発進可能な合図が出され、佐々木副隊長は握っていた操縦桿を満を持して傾けていった。
 ガン!!ギュルルルルル!!ガーン!!
しかし前進も飛翔もすることはなく、何故かその場で円を描くように壮絶にミヤッサーン1号は回転を始めた。
「うおぉぉーーーー!!何だーーーー!!どうしたーーーーー!!」
これには佐々木副隊長も心底意外だったらしく、異常事態発生に整備士たちが血相を変えながら大慌てで集まりだした。
例えるなら地面に立てたバットに額を当てて自ら回転する懐かしの遊びを、音速に迫るくらいの猛スピードで味わうように等しい衝撃、たちまち佐々木副隊長は目を回し三半規管が活動を放棄してしまった。
 そんな格納庫にいる誰も彼もが大騒ぎしている時、ミヤッサーン1号の無線機から本田隊員の声が聞こえてきた。
「あー、あー、何やってるんですかぃ副隊長。人がせっかく、スイッチ1つでオールグリーンに飛び立てるようにセッティングしておいてやったというのに・・・・・。」
「お・・お前かー!!他人が乗る機体に・・・・い・・いらぬ細工をしおったのはーーー!!」
「だって早く現場に向かわなければならないというのにですよ、どっかの誰かさんがゲーゲー吐いちまってるせいで、大幅なタイムロスを強いられちまったわけですからねぇ。その穴埋めのために、待ってる間にいじらせてもらいましたよ。」
「なっ!?」
悪気が感じられないどころか、あまつさえ善意まで押し付けてくる本田隊員の物言いに、回り続けながら佐々木副隊長は悟ったのだった。
「(本田って・・・何気にドSじゃね!?)」と。
 そしてこの後、平衡感覚を完全に失った佐々木副隊長はまたまたトイレへと駆け込むことになり、ミヤッサーン1号・2号が揃って現場に飛び立つまでに、さらに30分以上のタイムロスが生まれたのであった。

 中部地方の山中、ネゴゴロゴンと命名された怪獣が地中に眠る現場に、マタラッターニ専用車・トッチチナイで急行した山下隊長と戸島隊員が到着した。
 運転席から大地に足を踏み入れた山下隊長の表情には自然と険しさが宿り、その変化は助手席から降り立った戸島隊員もまた同じだった。
「隊長~!!」
そんな2人の元へ、ずっとこの場に残って監視を続けていた織田隊員が手を振りながら近付いてくる。
「おう、ごくろうさん。異常はないか?」
「それはもう、見ての通り暇してたところですわ~。」
なるほど、織田隊員の手には暇を持て余し、ついでに覚え始めた空腹を満たすためであろうか、コンビニ袋に大量に入れられた食料が見て取れた。
「もう少し緊張感をもって任務に当たったらどうですか?」
男性隊員にも何ら臆することのない、紅一点の戸島隊員の鋭い指摘が浴びせられる。
「まあまあ、持久戦になりそうだし、目くじらを立てなさんな。」
おとがめなしと言いたげに、山下隊長が生まれそうな不穏な空気をいち早く絶ちきりにかかる。
 辺りには朝日が射しこみ始めていて、日の出はもうすぐそこだ。
山下隊長の言う通り、何事もなければ持久戦にもつれ込むのは必至だ。
 すると静かに朝の訪れを待っていた山中に、遠くの方からジェット機の奏でるエンジン音が聞こえてきた。
雲を割ってこちらに向かってくる2つの機影、ミヤッサーン1号とミヤッサーン2号の到着だった。
同時に地上に立つ山下隊長のビデオシーバーが鳴り、応じた彼に開口一番やかましい謝罪の言葉が届いてくる。
「すみませーん!!隊長殿ーー!!誠にもって、すみませーーん!!」
 聞こえてくる騒音の主は、言うまでもなく佐々木副隊長だった。
「作戦行動は迅速かつ的確に」とは、佐々木副隊長が自衛隊に所属していた頃からのモットーであり、それはマタラッターニの隊員になった今日でも変わることがないらしい。
なのに、いざ非常事態に直面したら出鼻をくじかれる形で、何より優先すべき時間厳守と迅速なる行動を早々に守れなかったことに対する自責の念が、佐々木副隊長の叫びに代弁されていた。
決して責任を逃れたいとか、己の立場を守るための言い訳をしたいとかいうわけではないはず。
 「遅いよ!!どうして陸路を使った我々の方が、先に着いちゃってるの!?どうしてマッハで飛んで来れる君たちの方が、はるかに遅く着くことになるのさ!!」
「ももも、申し訳ありません!!隊長殿ーーー!!」
上官の言葉には絶対に逆らうことのできない佐々木副隊長は、ひたすら平謝りするしか術はなく、操縦桿に額を擦り続けては摩擦熱で発火してしまいそうとなっている。
「私だってねぇ、こんなことは言いたくないのだよ。」
「ははーーーーー!!」
悪代官と家来の下手人みたいな構図が陸と空の間に出来上がり、戸島隊員は気まずそうに目を伏せ、織田隊員は眼前を通り過ぎていった蝶々を必死に追いかけて行っていた。
 「だがな、隊長たるもの、時には嫌われたり反感を買ってしまうことがわかっていても、口やかましく注意せねばならない時があるのだ。それが地球の平和を守る最前線ならばなおさらのこと、ふっ、まったく因果な商売さ・・・・・マタラッターニの隊長なんてものは・・・・・。まぁこんなことは、口が裂けても隊員たちの前では言えないけれどな・・・・・。」
黄昏気味にニヒルな表情を作り、渋さに酔いしれている山下隊長の肩を戸島隊員が遠慮がちに叩いた。
「あの・・・隊長・・・・・、心の声が全部口から出ちゃってますよ・・・・・。」
「!?」
振り返った山下隊長は瞬く間に凍り付いた表情となり、思考がしばらく停止したまま固まってから、みるみる赤い顔になっていった。
そしてついに両手で顔を押さえたままその場にしゃがみ込んだ山下隊長は、まるで乙女のようだった。
「は・・恥ずかしぃ!!」
「・・・・・・・・・・。」
本物のうら若き乙女である戸島隊員は、そんな上司の姿にドン引きだった。

 怪獣ネゴゴロゴンは地中で眠ったまま、まだ目を覚ましてはいなかった。
そしてマタラッターニの隊員たちは5人揃って、ネゴゴロゴンのすぐ頭上で待機したまま、厳戒態勢を取っていた。
 少し離れた平地にミヤッサーン1号&2号のジェット機を着陸させて、本田隊員と佐々木副隊長も、山下隊長らと共に緊張の糸を張り巡らせて監視を怠らない。
とはいえ、いつ現れるかも怪獣次第な状況では、ずっと緊張感を保ち続けた状態では身がもたない。
そこで山下隊長の発案により、交代で休息を取りつつ任務に当たることとなった。
ちなみに今は、戸島隊員と佐々木副隊長と本田隊員が監視の番で、残る山下隊長と織田隊員は停車させているマタラッターニ専用車の、トッチチナイの車内にて休息を取っていた。
 トッチチナイの車内では、運転席に山下隊長、助手席に織田隊員という位置取りで束の間の休息の時を過ごす。
だが心身をリラックスさせて英気を養うそんな瞬間であっても、歴戦の勇者たる山下隊長に隙はなかった。
ハンドルにもたれかかるようにしながらも、その眼光は極めて鋭く、仮にコンマ数秒後に隣に敵が現れたとしても退けてしまうほどに、彼には付け入る隙がなかった。
 「げぷふぅ~。」
だから車内に突然発生した異音にも、山下隊長は瞬時に振り向くと同時に、マタラッタガンを構え引き金に指をかけていた。
敵襲か!?何らかの破壊工作か!?
 「あっ、すんまへぇ~ん。コーラ飲んでたら、思わずゲップが出てしまいましたわぁ~。」
「・・・・・・・・・・。」
虫も殺さぬ無邪気な態度で、織田隊員が異音の正体を自白してきた。
山下隊長は黙ってマタラッタガンをホルスターへとしまい、またフロントガラスの方に視線を戻していった。
「げぷ~!!げぷふふぅ~!!」
「・・・・・・・・・・。」
休憩時間とはいっても、マタラッターニの隊長たるもの決して気を抜いてはならない。
「があぁっ!!げっぷぅ~!!」
「・・・・・・・・・・。」
朝日はすぐに眩しさを増していきながら、もうすぐ大空のてっぺんまで昇り切ろうとしている。
未だ怪獣に、目覚める気配はなし。
 「げぅげぅげぅげぅ!!げぅげぅげぅげぅげげげぅ!!」
「うるせぇーーー!!さっきから君は何をゲップばかりしているのだぁーーー!!」
「ほえ?」
静かな車内に10数分前から聞こえ始めた織田隊員のげっぷの音は、止む気配がないどころかエンドレス・ゲップと成り果て、ついに温厚で人格者だと定評のある山下隊長の堪忍袋の緒が切れた。
「ほえ?じゃないよ!!何ちょっと可愛く小首傾げてるの、さく〇ちゃんか、さく〇ちゃんにでもなったつもりかーー!?」
「何言うてますのん、隊長はん?言うてはる意味がようわかりまへんわぁ~。」
ペットボトルに入ったコーラをほとんど飲み終えた織田隊員は、ヒートアップしていく山下隊長とは反対に、はんなりとどこ吹く風といった感じだ。
「だいたいさぁ、いくらコーラ飲んでるからって、よくもまぁそこまでゲップが出るなぁ続くなぁ!!」
「体質でんねん。」
「意図的としか思えん体質だなぁ!!後半からはリズムを刻んでいる始末じゃないか!!」
「熱いソウルからのビートですわぁ~。」
「じゃかあしい!!」
 トッチチナイの車内にて、ゲップ騒動が繰り広げられている間も、付近一帯に異常はなかった。

 出口の見えそうもない織田隊員が巻き起こしたゲップ騒動は、持ち場の交代時刻を知らせるためのアラームの音によって、強制的に終わりを迎えた。
トッチチナイから降車した山下隊長の顔には、まだ言い足りないというのか消化不良な不満が色濃く浮かんでいた。
だからといって、私情を任務に持ち込むことはあってはならないと、山下隊長は口を真一文字に結んで歩きだした。
 視線の先からは入れ替わるために、佐々木副隊長を先頭に3名の隊員たちがこちらに向かってくるところだ。
「ごくろうさん。とりあえず、少し休んでくれ。」
「了解であります、隊長殿ーー!!」
ウザいぐらいに声を張り上げた佐々木副隊長が敬礼のポーズを取り、本田隊員と戸島隊員はそれぞれ軽く会釈をしながらトッチチナイへと乗り込んでいった。

 3隊員と交代した山下隊長と織田隊員は、お互いに距離を取るようにして離れた岩陰から周囲を見渡して警戒を強める。
双眼鏡を覗き込みながら、遠くの方まで注意を払っている山下隊長。
大きな岩に身を隠すようにしながら、地面を這う蟻の行列を一心不乱に観察している織田隊員。
 昼を過ぎた日中の山間の景色を太陽の光が照り付けてきて、ヘルメットを被っている山下隊長の額から頬へ汗が流れ落ちていく。
一向に目覚める気配のない足の下にいる怪獣は、夜行性なのかもしれない。
となれば、少なくともまだ数時間は猶予があることになるわけだが、山下隊長は言葉にできない嫌な予感を感じられてならなかった。
 そしてその予感は間もなく現実のものとなる、ただし部下の取った悪意のない行動によってなのだが・・・・・・。

 蟻の観察という本末転倒なことに熱中していた織田隊員だったが、その熱も30分も経たないうちに途切れてしまっていた。
彼は今、岩にもたれながら付近を一応監視しているが、1度切れてしまった集中力を再び発揮するのはなかなかに難しいらしく、隊員服の内部に忍ばせておいたスナック菓子の袋を取り出し開封した。
 左手に双眼鏡を持ち、右手で開け広げたスナック菓子の袋に伸ばしては、手から零れ落ちる量の菓子を掴んで口へと運んでいく。
大量の菓子を含んだ口はおたふく風邪のように両側の頬を大きく膨らませ、咀嚼していく織田隊員。
しかしその様子が、常人とは一味も二味も違った。
顎を器用に上下させながら、健康優良児そのものの歯で実に食欲をそそる音を奏でながら噛み砕いていくのだから。
「サクサクサクサクサクサクサクサクサク!!」
人の手によって作られたテレビのCMに使われるSEよりも、よっぽど明瞭かつ爽快なリズム感を伴って奏でられる、織田隊員のサクサク音。
 広大なる山中においてもはるか彼方まで響き渡っていき、かなり離れた位置にいるはずの山下隊長や、トッチチナイの車内にまで無線を使う必要もなく届いていったのだった。
「おい、織田隊員!!休憩を取ったばかりだろう!!」
ゲップ騒動を引きずってか、山下隊長の怒りの声がヘルメットに内蔵されている無線を通して聞こえてきた。
「えっ、・・・サクサクサクサク・・・・、休憩なんてしてまへんで・・・・サクサクサクサク・・・・・、ばっちり監視してまっせ!!」
「ウソをつけ!!明らかにおやつを食べているだろう!!」
「食べてまへサクサクサクサクんてサクサクサクサク」
「スナック菓子サクサクしてるでしょうが!!聞こえてんだよばっちりと、君のサクサク音がなぁ!!」
 その時だった、平和で静かだった大地が激しく鳴動しだしたのは。
震源地はまさにここで、大きな振動に誰も立っていられなかった。
そしてとうとう、怪獣ネゴゴロゴンが地中から巨大な姿を現したのだった。

 中部地方のとある山中に、紛れもない現実として怪獣が出現した。
警戒態勢を敷いていたマタラッターニの想定以上に巨大な怪獣は、事前の分析結果通り一言で表現するなら超巨大なトカゲ、厳密に言えばヤモリそのものであった。
手足には水かきも兼ねた指が見えるし、2本の後ろ脚は跳躍力を備えた非常にばねが利きそうな様子が見て取れる。
両目は外寄りに配置されており、人間よりも左右に広い視野を確保できそうだった。
もちろんこれらはあくまで外見上の特徴であって、単純にこの怪獣がトカゲをそのまま大きくしただけなのかはわからない。
何といっても宇宙人・ハラックェーンによって怪獣化させられたために、どんな能力が新たに付与されているかもわからないからだ。
 巨大ヤモリ、もとい怪獣ネゴゴロゴンは、目覚めたばかりで意識が鮮明ではないのか、とてもゆっくりとした動きで周囲の様子を窺っていた。
マタラッタガンを構えて見上げる山下隊長や、トッチチナイから急ぎ飛び出した佐々木副隊長と本田・戸島両隊員も、ネゴゴロゴンと適切な距離を取っては、各自マタラッタガンに手をかけていった。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・(攻撃じゃ!!今すぐ攻撃、突撃あるのみじゃ!!)・・・・・。」
4名の隊員からの見上げる視線が、ネゴゴロゴンに浴びせられていた。
 そんな気を抜けない隊員たちの元へ、全力に近いダッシュで織田隊員も合流するべく駆けてきた。
だが他の隊員たちとは異なり、その手に握られているのはマタラッタガンではなく、半分ほどまだ残っている食べかけのスナック菓子だった。
 万一ネゴゴロゴンが暴れ出した時のために、岩を盾にするようにして身構える戦士たちの近くに、織田隊員は全力ダッシュからのスライディングを披露して、潜り込んで肩を並べるのだった。
「ふうぅ・・・・・・、いやぁ~とうとう出ましたなぁ~。」
肩で息をしながらしみじみと語る織田隊員は、それでもなおスナック菓子を手放そうとはしなかった。
「ちょっと、織田隊員。いい加減、そのスナック菓子は手放しただどうだろうか?」
厳しい表情を崩さずに、わずかに目線を注ぎながら山下隊長が促す。
「いやや!!」
「いや・・・いややって・・・・。君は・・・今がどういう状況なのかわかっているだろう?」
「そらぁわかってますけど・・・・、それとこれとは話が別ですわ!!食べ物を粗末にするなって教えられて、わい育ってきましたよってに!!」
「うん、いいこと言った、確かにそれはその通りだ。その通りなのだが・・・・。」
返された言葉が人間としては正論であっても、時と場合によりけりでもある。
 山下隊長が困惑の表情を向けてくると、織田隊員は体育座りのような体勢を取り、丸まってかがめた己の胸の中に「誰にも取り上げられてなるものか!!」と、スナック菓子を懸命にしまい込んでしまうのだった。
「・・・誰も取ったりなんかしないよ・・・・。」
山下隊長の呟きはけれど織田隊員に届くことはなく、頑なまでにスナック菓子を死守している。
 ネゴゴロゴンは幸いと言うべきか、眠気に負けたらしくすぐに巨体をうずくまらせて、再び眠りについてしまった。
「で隊長、どうするんです?」
本田隊員から対処法を尋ねられた山下隊長はネゴゴロゴンを見据えたまま、変わらぬ信念を口にした。
「奴がたとえ怪獣になってしまったとしてもだ、元は地球の生物であるトカゲなんだ。暴れたり人類に危害を加えない限りは、できることならこのままそっとしておいてやりたい・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
その隊長の願望にも似た言葉は、図らずも本田隊員・戸島隊員にとっても同意見であったため、彼らは共感するように沈黙を保った。
そうだ、怪獣とはいえ生き物なのだ、無闇に戦う必要などどこにあろうか?
 「甘い!!甘いですぞ、隊長殿ーー!!」
「うるさいうるさい、副隊長!!そんな大声を出したら、せっかく眠った怪獣が目を覚ましてしまうでしょうが!!」
反対意見を表明した佐々木副隊長をいさめるべく制止にかかる山下隊長の注意する声もまた、十分にうるさかった。
「眠っている今がチャンスです!!攻撃しましょう、ただちに!!危険を及ぼす可能性のある芽は、早目に摘むに限るのです!!」
「うわぁ・・・野蛮・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
タカ派で過激派なソルジャー佐々木副隊長の即時攻撃案に、戸島隊員は蔑む目を向け、本田隊員はいつものことさと言いたげに押し黙る。

 「毎度毎度君は、いいか、戦うだけが能じゃないの!!」
「その甘さが命取りになるんですよ!!」
 不毛であり不穏な空気が流れ始めた只中、本田隊員は言い争うマタラッターニのトップ2人にかかわるまいと、煙草を取り出しては紫煙をくゆらせ始めた。
深く肺に吸い込んだ煙を、ゆっくり大きく吐き出すことを繰り返す本田隊員は、案外こうすることで彼は彼なりに気持ちを落ち着かせようとしているのかもしれなかった。
 が、彼のささやかなる一服を拒む者がいた、戸島隊員だ。
「ちょっと本田!!煙かけないでよ!!」
「あ~ん?かかってないだろう?」
「かかってるわよ!!」
「あのな、こっちは周囲に気を使ってちゃんと風向きを読んで吸ってるんだ。」
何気ない行動だと思っていた本田隊員の喫煙行為が、ちゃんと配慮されたうえで行われていたことを聞かされ、戸島隊員はバツが悪くなるも引き下がることもできずに、半ば八つ当たり気味に絡んでいく。
「だ・・だとしてもよ!!隊員服が煙草臭くなっちゃうでしょ!!」
 ああ言えばこう言うと、何かにつけて絡んでくる彼女に少々うんざりした本田隊員は、咥え煙草で小さなスプレー容器を取り出すと、戸島隊員目掛けてこれ見よがしに噴射していくのだった。
「ちょちょっと、何なのよ!?」
「煙草の匂いがつかなけりゃいいんだろ?だから親切に、消臭剤をかけてやってるんだろうが、ファル子よう!!」
「人に向かってかけちゃダメって、注意書きにあるでしょう!!」
「あん?おう悪ぃ悪ぃ、きゃんきゃんうるさい雌犬と間違えたぜ。」
「むきーーーー!!」
こちらはこちらで、やはり言い争いを始める始末で・・・・・。
(消臭スプレーを人や生き物に向けて噴射するのはやめましょう。)

 地上にその姿を現した怪獣ネゴゴロゴンが眠りについたそのすぐそばで、山下隊長と佐々木副隊長が、本田隊員と戸島隊員がそれぞれ言い争いを繰り広げていた。
静かにしていなければ、いつ怪獣が目を覚ましてしまうのかわからない、そのような危険な状況下で我を忘れて取り乱す隊員たちの醜態の中、たった1人だけ静かにしているのは皮肉にも織田隊員だけだった。
 「ほんまに騒がしゅうてかなわんわぁ~。」
はんなりとした口調にマイペースなのは、織田隊員の持ち味と言える。
織田隊員は目の前でいびきをかいて眠っている怪獣を、夏休みの宿題の自由研究に取り組むように、つぶらな瞳でじっと観察していた。
危機感も緊張感も感じられない視線は、動物と触れ合うことを純粋に願う好奇心が圧倒的に勝っている。
「・・・・・・・・。」
自分の両側で巻き起こっている喧騒も何のその、少年のような瞳は大人がすっかりなくしてしまった過ぎ去りし日の憧憬だろうか?
 山下隊長VS佐々木副隊長、本田隊員VS戸島隊員の不毛かつ場違いな言い争いにもひとまず決着がついたようで、隊長命令によって眠っているネゴゴロゴンの監視に徹することで落ち着いた。
「事態を静観する=結末の先延ばし」だという佐々木副隊長の主張も、決してすべてが間違いではなかったが、とりあえず今はこうするほかないのが現状でもあった。
 「(このまま再び地中へと帰り、おとなしくしていてくれればいいのだが)。」
わずかな淡い希望を信じて、山下隊長は唯一の平和的決着を願っていた。
 「サクサクサクサクサクサクサク!!」
何だ、どうした、何が起こった!?
山下隊長以下全員に緊張が走り、マタラッタガンを手に身構える。
けれど怪獣は変わらず眠り続けたままだった。
「・・・・・・・・・・。」
 全員揃って掲げた銃を下ろし、ならば何の音だろうかと各々が出所を求めて首を視線を巡らせていった。
「サクサクサクサクサクサクサクサクサク!!」
謎の音の発生源は、織田隊員だった。
 ジャガイモではなくコーンを加工したらしいスナック菓子を口に放り込んでは、リスが木の実を食するように、器用に上下の歯を立てながらサクサクと音を立てながら、ひたすらに咀嚼している平和的な光景がそこにはあった。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
その光景を目にした山下隊長は呆れ果て、佐々木副隊長は青筋を立てながら憤慨の表情へと変わり、本田隊員はさして無関心、戸島隊員に至っては再び銃口を構えだそうとしていた。
 「織田隊員・・・・いい音立てて食べるな・・・・。」
頭ごなしに叱りつけても良くないと、山下隊長は言葉を選びつつ少しだけ皮肉を込めて言った。
「いやぁ~それほどでもおまへんわぁ~。」
素直に称賛されたと思ったのか、織田隊員のスナック菓子サクサクはなおも続いていった。
「・・・・私の皮肉が・・・・通用しないだと・・・・・!!」
疑うことを知らない純朴なる織田隊員の返しに、山下隊長は劇画調になって固まってしまった。
 「隊長殿、ここは小生が!!」
絶望を感じた表情で固まる山下隊長を制して、佐々木副隊長が前へ出た。
「織田ーー!!貴様、この非常時にスナック菓子をサクサクとは何事かぁーー!!」
この時点で、本田隊員と戸島隊員にはその先の反応が見えてしまったようで、いたたまれない様子で顔を逸らしうつむいていく。
「どないしはりましたんや、副隊長サクサクサクサクサク!!」
「こらーーー!!言ってるそばからサクサクかぁーーーー!?」
自身の行動そのものが問題であることに気付いているのかいないのか、織田隊員はスナック菓子を無償に頬張りながら、1袋分を完食してしまった。
 佐々木副隊長の注意喚起はなおも続く勢いだったが、スナック菓子を食べ終えたのだから火急の事態は去った・・・・・と、誰もが思ったその時だった。
織田隊員は隊員服の内側から、どうやって収納していたのだろうという疑問が浮かぶように、空間法則をまるで無視して新たなスナック菓子の袋を取り出したのだった。
しかも今度の袋は妙に馬鹿でかく、パッケージには「お徳用サイズ」とでかでかと書かれている大容量サイズの物だった。
 これには、隊員たちもさすがに開いた口が塞がらなかった。
「お・・織田・・・・貴様は・・・・貴様って奴はぁーーーーーー!!」
佐々木副隊長なんて、矛に収めざるを得なかった怒りが再燃して吠えてしまった。
 でも織田隊員は気にしない、へっちゃらな子だった。
裏面から豪快に袋を破ってみると、今度はチーズ味のスナック菓子を構うことなく食べ始めたからだ。
「サクサクサクサクサクサクサクサクサク!!」
「だから!!そのサクサクを止めろって言ってるだろうがぁーーー!!!」
 その最中だった、これまでいくら隊員たちが大声を上げようとも目覚めなかった怪獣が目を開いたのは。
ヤモリの形をした大きな2つの目がきょろきょろと動き、スナック菓子をサクサクしている織田隊員の方をしっかりと捉えた。
その眼光の動きは地上に出現した時とは明らかに異なっており、即ち完全なる意識の覚醒を意味していた。
 「ぎゃああぁぁぁーーーーーーー!!」
怪獣ネゴゴロゴンと目が合った織田隊員は、一目散にスナック菓子を小脇に抱えたまま逃走を試みていった。
「くっ、全員ひとまず退避だ!!」
至近距離に迫りくる巨大な怪獣には歯が立つはずもなく、体勢を立て直すためにも山下隊長は隊員たちに後退することを命じた。
「了解!!」
本田隊員と戸島隊員はすぐさま指示に従い、背後の大地を目指して全速力で後退していく。
一方佐々木副隊長は、しばしネゴゴロゴンを睨んだまま忸怩たる思いに苛まれているようだった。
それは彼の根っからのソルジャー気質が、敵を目の前にしてみすみす後退することは許されないという美学なのか哲学なのかもしれない。
 「佐々木副隊長!!何をしている!!ひとまず引くんだ!!」
「・・・り・・・了解で・・・・・あります・・・・!!」
だが信念と同じくらい、人命が尊いことも動かし難い事実なわけで、ましてや上官である山下隊長の命令とあらば従うしかなかった。
佐々木副隊長は大股でガニ股な特徴的な走法で、鍛え上げられた肉体を躍動させすぐに山下隊長たちの元へと合流した。
 ぼっこりと隆起した連なった岩の影に5人は身を隠し、ネゴゴロゴンからもまずは安全圏といえる距離を取っていた。
頭を少しだけ出して、怪獣の様子を窺う隊員たち。
ところがどうしたことだろう、今にも襲い掛かってきそうだったネゴゴロゴンは、またおとなしい姿へと戻っており、その場から動いてきそうもなくなっている。
 山下隊長は判断に困っていた、一瞬だけ凶暴さが垣間見えたかと思えば、今度は極端に憶病なほどにおとなしくなったネゴゴロゴンの生態が読めずに。
そんな隊長の逡巡の最中、本田隊員の口から打開案が提案された。
「隊長、麻酔弾を撃ち込みましょう。」
彼のお手製の麻酔弾をネゴゴロゴンに撃ち込み、眠らせることで急場を凌ごうというアイディアだった。
「・・・それしかないか・・・・。」
 何がきっかけで暴れ出してしまうかもしれない危険性を拭えない現状では、ひとまず動きを封じてしまうことは得策に思えた。
山下隊長は本田隊員の目をしっかりと見てから、大きく頷いた。
「やってみよう。」
「了解。」
短いやり取りだったが、山下隊長の胸には部下に対する確かな信頼が宿っているようだった。
「では、小生が囮となって注意を引くとします!!」
突撃系男子佐々木副隊長は、危険を伴う任務を自ら買って出た。

 おとなしくじっとしたままのネゴゴロゴンの視界に入るように、佐々木副隊長は大げさに身振り手振りを交えながら動き回っていく。
飛び跳ねてみたり、出航していく船上の友人を見送るように肩が脱臼するくらいの激しさで大きく手を振ったりしている、正直ちょっとウザい。
「か!か!怪獣ーー!!ヘイヘイ!!ヘヘイ!!」
ついには踊りだしてしまった佐々木副隊長だったが、微妙にリズムがずれたステップで、ダンスも何だか古臭かった。
 それでもネゴゴロゴンが忙しなく2つの目玉を動かしては、佐々木副隊長に注意を注いでいるようだった。
岩に乗り出した体勢で、銃身を固定した本田隊員は引き金を引くタイミングを計っていた。
「・・・・・・・・・・。」
マタラッターニの隊員として、日頃から射撃の訓練は欠かしていなかった彼だが、怪獣に撃つのは初めてだから慎重にならざるを得ない。
 「どちらさんも・・・まぁ・・頑張ってくださいなぁ~。」
岩を背にあぐらを組んでもたれかかった織田隊員だけが1人お気楽だったが、山下隊長と戸島隊員は緊張感に満ちた表情で、祈るように戦況を見守っていた。
 「3・・・2・・・・1・・・・」
本田隊員がカウントを数えながら、精神を研ぎ澄まして今まさにマタラッタガンの引き金を引こうと指に力を込め始めた。
「サクサクサクサクサクサクサクサクサク!!」
しかし聞こえてきたのは麻酔弾を発射する銃声ではなく、軽快でリズミカルなスナック菓子を噛み砕いていく音色だった。
 するとどうだろう、おとなしくしていたネゴゴロゴンの目が気のせいかもしれないがぎろりと光ったような・・・・・・・。
否、それは気のせいでも何でもなかった。
ネゴゴロゴンの細胞が急速に活性化したというのか、鈍かったそれまでの動きがウソのように獲物を前にしたトカゲとしての本来の素早い動きを見せてきたのだから。
夜の闇の中、照らし出された街灯に群がった蛾にロックオンしたように、トカゲとしての本能なのかはいざ知らず、ネゴゴロゴンの目は気付けば太陽の下の天然児織田隊員を捉えていたのだった。
「ほえ?・・・サクサクサクサクサク!!」
 巨大な黒目玉に見据えられ、織田隊員は素っ頓狂な声を漏らして固まったが、スナック菓子を口に放り込む手は止まらなかった。
止められない止まらない、織田隊員のスナック菓子に対する果てしなき執念。
「織田何をしている!?逃げろーーー!!」
山下隊長の懸命なる叫びを受けて、立ち上がった織田隊員は走り出した。
後方のとにかく離れた場所を目指して、無防備な背中を晒しながら走り続けていく。
 が、覚醒した怪獣も狩猟本能に駆られるかの如く、織田隊員の背中を追いかけて動き出した。
最初は同じ方向を目指して走り出した山下隊長たちだったが、山下隊長が右に曲がったのを合図に本田隊員と戸島隊員は左に進路を変えて、まっすぐ走り続けていく織田隊員とは散り散りになっていった。
ネゴゴロゴンは散っていった他の隊員たちには目もくれずに、何故か織田隊員だけを狙って追いかけていくのだった。
 「何でやぁーー!?何でわいにばっかり付いてくるんやーーー!?」
中部地方の山中にこてこての関西弁での絶叫と悲鳴が木霊して、織田隊員はピンチに陥ってしまった。
「はぁはぁ・・サクサク・・・何でやぁ・・・サクサク・・・・!!」
必死の形相で逃げていく織田隊員は息を切らしながら、給水代わりに時折スナック菓子をサクサク言わせながらなおも逃げる。
今更ながら、どうして彼はここまでスナック菓子が食べたいのだろうか・・・?
 分散して逃げたおかげで、織田隊員以外の全員の安全は確保することができていた。
「・・・・・・・・・・・。」
戸島隊員と同じ方向に逃げることになった本田隊員は、草むらに身を潜めながら何やら思案しているようである。
「男って、ホントいくつになっても子供よね。」
戸島隊員の口からこぼれたその言葉は、生きるか死ぬかの瀬戸際でもスナック菓子を手放そうとせず固執している、織田隊員の逃げっぷりについて言及したものだろう。
 「・・・・・・・・・・。」
大人のいい女のような口調で背伸びをしている戸島隊員は、無反応を決め込む本田隊員に無視されたと勘違いし、ヒステリックに掴みかかっていく。
「ちょっと本田!!何無視してんのよ!!」
「・・・・・・・・・・。」
本田隊員は黙ったまま考え事を続行し、戸島隊員など今は眼中にない様子だった。
「ムキーーーー!!」
自分に関心を持たれないことが、ますます戸島隊員の癇に障って感情を刺激していくことに。
 「・・・そうか・・・・!!」
掴んでいた両手により一層の力を込めて揺さぶりを強化しようとした瞬間、何らかの結論に至ったらしい本田隊員が急に動いたがために、戸島隊員の両手は見事に空を切って体勢を崩していった。
「おや、どうしたんだファル子?そんなはしたない格好してるなよ・・・・。」
本田隊員に振りほどかれたために、戸島隊員はお尻を突き出した形で何とか転倒を免れて耐えていた。
無様な姿を見られた恥ずかしさと、見事なまでにあしらわれた屈辱によって、戸島隊員は紅潮させた顔で恨めしそうに睨んでいた。
「?」
だがそんな彼女の態度も、考え事に夢中になっていた本田隊員には訳がわからないだけで。
「変なファル子。」
一刀両断に吐き捨てられた彼の言葉に、彼女は最高潮の怒りを覚えるのだった。
 ビデオシーバーを操作して、本田隊員は離れてしまった山下隊長へと通信を入れた。
「隊長、もしかしたらなんですけどねぇ・・・・・。」
「何かわかったようだな?」
隊員たちのどんな些細な反応も見逃さない山下隊長は、半ば確信した様子で打開策になるやもしれない報告を促してくる。
 「おりっさんの・・・・織田隊員のスナック菓子をサクサク食べる音に、怪獣は反応しているんじゃないですかねぇ・・・・・・。」
科学的な根拠は何もないからなのか、本田隊員は今一つ確証は持てないといった様子で仮説を述べるのだった。
だがそんな部下の自信の無さに反して、山下隊長の眼光が鋭く光った。
数多の最前線で戦い続けてきた男ならではの、直感めいた感覚からなのだろうか?
「そうかもしれないな。」
「へっ?隊長信じてくれるんですか?」
「うん?どうしてだ?」
「いや・・・だってあくまで僕の主観に過ぎないわけですし・・・・。」
まさかすんなりと肯定されるとは思っていなかったのだろう、本田隊員は自分で進言しておきながら心底意外だったという反応を見せる。
現に傍らで2人の会話に聞き耳を立てている戸島隊員は、「ハッ!!」と鼻で笑っているわけだし。  
 「本田隊員、我々マタラッターニはどんな案件においても、常に科学的な見地から様々な可能性を考慮に入れて任務に当たる。正確なデータや情報は、決してウソをつかないものだ。」
「・・・・・・・・・・。」
「だがな、平和を守るために戦う我々も、守るべき人々も、どちらも人間なのだ。人間には感情がある、もって生まれた五感が備わっている。」
「・・・・・・・・・・。」
「隊長という立場上あまり大きな声では言えないが、時に人間の感情や感覚が最先端の科学力をも凌駕することだって往々にある、私はなぁそう信じているんだよ・・・・。」
危機の真っ只中にいるというのに、ビデオシーバーのディスプレイに映された山下隊長の表情は、どこか穏やかに見えた。
「だから、私は君の感性を信じるよ。」
「・・・・・・・・・・・。」
結果の如何にかかわらず、のしかかってくる責任はすべて自分が背負うという覚悟も込められた山下隊長の言葉に、本田隊員は柄にもなく胸が熱くなるのを感じていた。
「・・・感謝します・・・・」
だから、照れ隠し気味に短く感謝の思いを口にするのが、彼には精一杯だった。
 かすかに背中を震わせている本田隊員の隣で、戸島隊員がこう呟いた。
「・・・ほんっと・・・・男って馬鹿よね・・・・・・。」
山下隊長や本田隊員よりも彼女は若いはずなのに、まるで場末のスナックのママのような口調で、しみじみと口にするのだった。

 怪獣ネゴゴロゴンに追い回され、命からがら山下隊長たちと合流を何とか果たせた織田隊員。
逃走中もスナック菓子を食べ続けた甲斐もあり、新たな1袋を完食し終えた彼の喉はカラカラに乾ききっていた。
「んぐんぐんぐんぐんぐんぐ!!」
戸島隊員から受け取った水を一気に飲み干し、ネゴゴロゴンを巻いた彼らは全員集合しいる。
 それでも危機を完全に回避したわけではないことから、山下隊長を中心に円陣を組み、次なる作戦行動についての話し合いが取り急ぎ行われている。
「では、ただ今より実験を開始したいと思います!!」
先ほど本田隊員に見せた、理想の上司然とした諭すような口調ではなく、3割強3年B組の伝説の先生を取り入れた仕草と物言いで山下隊長は切り出した。
 「本田君、君から説明してくれたまえ。」
おまけに仕切り始めて数秒で、丸投げしている彼は本当に同一人物なのか?
「えぇ・・・・、さっき怪獣が突然目覚めた点・・・・」
「本田隊員!!ネゴゴロゴンだ!!」
「・・・・・・・・・・。」
話し始めた本田隊員の巨大生物への呼称がお気に召さなかったのか、すかさず山下隊長の訂正が入ってくる。
「・・・次に・・・・おりっさんが怪獣に・・・」
「本田隊員!!ネ・ゴ・ゴ・ロ・ゴ・ン!!」
「それに任務の最中なんだから、ちゃんと隊員って言いなさいよ!!」
「・・・・・・・・・・。」
山下隊長はどうしても自身が名付けた怪獣名を呼ばせたいのか、さらに念を押すように再び指摘してくる。
ついでに戸島隊員も便乗して、本田隊員の揚げ足を取ってくるのだった。
 「・・・その・・・ネゴゴロゴンが織田隊員だけを執拗に追いかけていったことから考えるに、奴はスナック菓子を咀嚼する音に反応したのだと思います・・・・。」
そこまで本田隊員が仮説を述べると、山下隊長が髪をかき上げるしぐさをしながら発言権を得る。
「はい、ちゅうーもーく!!そこで、ネゴゴロゴンが本当にスナック菓子の音に反応したのかを、これから確かめてみたいと思います!!」
 山下隊長が提唱した実験とは以下のものだった。
怪獣「ネゴゴロゴン」の前で、大声で注意を集める隊員と、スナック菓子を音を立てながら食べる隊員をそれぞれ配して反応を見る。
中学生の理科の授業でいう対照実験の結果、ネゴゴロゴンがスナック菓子の方にのみ反応を示せば、本田隊員の仮説は正しかったと証明されるのだ。
 そんなわけで、おとなしくじっとしているネゴゴロゴンの眼前に、佐々木副隊長と本田隊員が少し離れて並び立った。
「準備はいいか?」
「はっ、万端であります!!」
「大丈夫です。」
山下隊長の呼びかけに、佐々木副隊長は両手両足を大きく開いて、本田隊員はスナック菓子の袋を開封して、スタンバイOKとなった。
 「では実験!!よーーーーーい、スタ~ト!!」
拡声器を用いた山下隊長は、ベテランの映画監督のようなしわがれた声で合図を送った。
 「おーーーれはーーーーー、ささきーーーーーーぜつりんーーーー!!」
まず先陣を切ったのは佐々木副隊長だった。
広げた手足を目いっぱいに動かしながら、調子っぱずれな即興の歌を大声で歌ってネゴゴロゴンにアピールを始めた。
「・・・・・・・・・・。」
ネゴゴロゴンは、目玉を動かして佐々木副隊長の方を一応見てはいるが、これといった興味は示さずに動く気配はなかった。
 「ぜつはーーーーーーぜったいーーーむてきーーーーー!!りんはーーーー」
無反応なのは寂しすぎると感じたのか、佐々木副隊長はその場で踊り飛び跳ねながらの、全身をこれでもかと使った動きを見せ、声帯が切れてしまうのも厭わずに自作の歌を歌い続けていく。
けれどやはり、ネゴゴロゴンは無関心で微動だにしなかった。
 項垂れてしまった佐々木副隊長と交代して、続いて本田隊員がスナック菓子の袋に右手を突っ込んだ。
手のひらから零れ落ちてしまうくらい大量に菓子を掴んでは、口の中へと運んでいく、ちなみにコーンから作られたソース味のスナック菓子だった。
顎を大きく開閉しては、意識的に歯を立ててスナック菓子を噛み砕いていく。
できる限り音が鳴ることを意識して、本田隊員は無言でスナック菓子を食べ続けていく。
 「・・・・・・・・・・。」
が、ネゴゴロゴンは初めのうちこそ、首を少し傾けて興味のありそうなそぶりを見せたが、すぐに視線を外して興味を失ってしまったのだった。
「・・・・・あれ・・・・・。」
その反応に当てが外れてしまったと、本田隊員は立ち尽くしてしまう。

 おかしい・・・・、本田隊員の脳裏には突き付けられた事実に対して、疑問符が猛烈な早さで浮かんでくるばかりだった。
科学的な根拠はなかったまでも、密かに個人的には確信めいた推察だっただけに、気まずさやバツの悪さもそこそこに、何より衝撃が大きかったと見える。
「・・・・・・・・・・。」
 けれど、落胆するのはまだ早いと、山下隊長が本田隊員の肩を叩いては実験の続行を宣言する。
「もしかすると、スナック菓子を咀嚼する際の音に、違いがあったのかもしれない。」
言われて本田隊員はハッとなる。
そうだ、一口にスナック菓子をサクサク食べる音と言っても、人によって千差万別、それこそ100人いれば100通りにだってなる。
事実織田隊員の奏でていた音と、今しがた本田隊員が奏でた音とでは、専門的な機器を導入して調べるまでもなく、明らかに異なっていたのだから。
 「よし、戸島隊員スナック菓子を食べてみてくれ。」
「は・・はい・・・。」
山下隊長に指名されて進み出た戸島隊員だったが、そのテンションは低かった。
「巨大な怪獣を前にして、何で私はスナック菓子を食べなければならないのだろう?」という根本的な疑問と、単純に複数の男性に注目されながら物を食べるという行為自体にも、女性としての恥じらいがあったから。
 戸島隊員はうつむきがちに、控え目に少量のスナック菓子を手にしてから、そっと小さな口の中へと運んでいった。
スナック菓子を食べていく様子を、異性の同僚や上司にこれでもかと凝視される、羞恥に満ちた罰ゲームでありセクハラだと法廷で戦えるやもしれぬ仕打ちを受け、うさぎのようにもにゅもにゅと戸島隊員は口を動かすしかなかった。
 「おい、ファル子ーー!!全然音が聞こえないぞーーー!!」
「ミス戸島!!ネバーギブアップ!!もっと大きく!!」
日頃の意趣返しのつもりなのか本田隊員からクレームが入ると、佐々木副隊長も無用な叱咤激励を飛ばしてくる。
「・・・本田・・・・、あとで・・・・覚えてなさいよ・・・・・・!!」
少し涙目になりながらもヤジに従って、できるだけ音を立てることを意識して戸島隊員はスナック菓子をサクサクと食べていったが、奮闘虚しくネゴゴロゴンは知らんぷりを決め込むばかりだった。
 計り知れないセクハラ的ダメージを受けた戸島隊員による実験が終わると、満を持して主役登場と意気込んだ佐々木副隊長が前に出てきた。
「よーし副隊長、GO--!!」
山下隊長の号令と共に、佐々木副隊長は開け口を下にしてスナック菓子の袋を宙に放り投げていった。
ある程度の高さにまで達した袋は、やがて引力の影響を受けて落下へと転じて、大量のスナック菓子をばらまいてきた。
 そんな自然法則に大地に立つ佐々木副隊長は大口を開いて、落下してくるスナック菓子を1つも地面に落とすことなく、すべてを一気に口内で受け止めた。
漢と書いて男と読むが如し、佐々木副隊長はワイルドに噛み砕いていくのだった。
まるまる1袋分のスナック菓子の一気食いだったが、かなりの体積を誇っていた菓子は瞬く間に彼の丈夫な歯によって砕かれていき、あっという間に溶けてなくなってしまった。
普段の大声に勝るとも劣らぬ轟音を響かせてすぐ、ちゃんと食べ切ったことをアピールするように、佐々木副隊長は空になった口の中を隊員たちに披露している。
 でもネゴゴロゴンは、これまでの誰に対するよりも無関心を貫き、微動だにしないまま沈黙を貫いているだけだった。

 3人連続で失敗に終わったスナック菓子サクサク実験、隊長である山下隊長はトリを飾るため、4人目の挑戦者として織田隊員が立ち上がった。
すでにこの現場にて、数袋のスナック菓子を平らげている織田隊員は、カロリーの過剰摂取による健康面への悪影響も心配されるが、本人がまだ食べられると言うのだから大丈夫なのだろう。
 コンビニ袋の中に残された数種類のスナック菓子の中から、散々迷った挙句チーズ味の王道的なスナック菓子をチョイスした。
どうやら織田隊員は、スナック菓子の中でもひときわチーズ味を好んで食するようである。
 「ほな、行きますわぁ~。」
京風の若旦那のような相も変らぬはんなりとした口調で告げた織田隊員が、5~6個まとめてスナック菓子を口へと放り込んだ。
ここまでの所作は、他の隊員たちと比較してもさして代わり映えしない。
しかし、織田隊員の本領が発揮されるのはここからだった。
 「サクサクサクサクサクサクサクサクサク!!」
出た!リスのようにネズミのように、総じて小動物であることに変わりなく、上下の歯を器用に小刻みに躍動させながらスナック菓子を食べていく!!
一体どういう風に口を動かしたら、こんなにもいい音が奏でられるのか?
人体の不思議を体現している織田隊員の食べっぷりが、すぐさま大きな成果をもたらすこととなる。
 それまでじっとして無関心だった怪獣ネゴゴロゴンが、織田隊員がサクサク音を奏でだすや否や、目玉が激しく動き首も連動させて反応を示したのだ。
さらに前後の脚の向きを変えて、すべての運動機能が完全に織田隊員のサクサク音にロックオン状態となった。
 ネゴゴロゴンは首を1度天空へまっすぐと伸ばすと、もう辛抱たまらん様子となり、俊敏な巨大すぎる野生生物へと豹変して織田隊員へ襲い掛かっていく。
「いかん!!」
山下隊長はマタラッタガンを発砲して、威嚇射撃をすることで少しでも注意を引こうとする。
「ビンゴーーーー!!」
本田隊員は自らの仮説が間違っていなかったことに安堵するあまりに、歓喜の雄叫びに舞い踊っている。
「言ってる場合じゃないでしょう!!」
ヘルメットの後部を戸島隊員に叩かれ、本田隊員はキャラに似合わずに喜んでしまったことを顧みるのだった。
 
 「怪獣ネゴゴロゴンは、スナック菓子をサクサク食べる音に反応する」
本田隊員が立てた仮説は、紆余曲折を経てまがりなりにも実証された。
ただし、「織田隊員が奏でるサクサク音のみ」に限定されるという、マイナーでマニアックな限られた条件を満たす必要が生じたわけなのだが・・・・・。
 好奇心満点なネゴゴロゴンに追いかけまわされたこと数十分、スナック菓子を食べて摂取したカロリーなど当の昔に消費し切った織田隊員は、汗を拭くための手を動かせないほどに疲れ果てて、大地に仰向けに寝転がっていた。
いわゆる大の字に寝転がってと言う体勢だった。
「もう・・あきまへん・・・・。わし・・・わし・・・動けそうにありまへんわぁ・・・・。」
若干芝居じみているように感じるのは、彼が関西人だからだろうか?
 ともかく、織田隊員の体を張った行動のおかげで、ネゴゴロゴンの生態に関する謎の一端を解明することができた。
「うおぉぉーーーー!!織田ーーーーーーー!!お前の犠牲は、決して無駄にはしないぞぉーーーーーーーー!!!!」
戦場で戦友を失った悲劇のソルジャーと化したらしい佐々木副隊長は、悲しみを嘆くばかりだった。
「おい、副隊長。死んでないよ、織田隊員存命だから!!縁起でもないことを言うもんじゃないよ、まったく。」
猪突猛進で情に脆い佐々木副隊長に、山下隊長は話をややこしくしてくれるなと突っ込みを入れた。
 
 「あぁ・・・なんてこったい!!せっかく怪獣化させたのに、おとなしいったらありゃしやがらんぜぃ!!」
スクリーンに映し出されている地上の映像を前にして、わなわなと震えている怪しい影があった。
震える度にサラサラと黄緑色の毛髪を揺らす、おかっぱ頭のシルエット。
けれど頭部の下に見える部分に、この者が地球人類とはかけ離れた存在であることを嫌でも思い知らされる。
地球人には2本しかない腕が、その倍の4本も生えているからだ。
 液晶の明るさに照らされて、徐々に輪郭が鮮明になっていく影は、ぴったりとしたレオタードのような装束を身に纏った、まごうことなき宇宙人だった。
「おのれ!!お前には、存分に暴れまわって地球上を破壊してもらわないと、困っちゃうの!!」
黄金色の肌をした宇宙人は、地団太を踏みながらおとなしいネゴゴロゴンへの不満を爆発させていく。
「地球は必ず、このわっちがいただくのだ!!」
 山下隊長が名付けた名前をそのまま引用するならば、この者こそ地球侵略を狙って暗躍する宇宙人、ハラックェーンだ。
ハラックェーンは盤上のスイッチへと手を伸ばすと、つまみを右に捻っていった。
「行け!!行くのだ!!そして破壊し尽くせ!!」
 気が付けば空の彼方に宇宙船が姿を現しており、そこから地上のネゴゴロゴン目掛けて、妖艶な色の光が降り注いでいったのだった。

 「隊長、何か来ます!!」
「何!?」
迫りくる異変の気配を察知した本田隊員の警告に、山下隊長が即座に反応した。
「敵か!?敵なのかーー!?」
腕まくりをしながら、佐々木副隊長も頭上を見上げた。
「いえ・・・この反応は・・・・・・、何かしらの光線のようですねぇ・・・・。」
「光線だと!?」
「シット!!敵じゃないのか!!・・・・なぁ~んだ・・・・・。」
「ちょっと副隊長、まったくもって不謹慎な発言だよ今のは!!」
「気を付けてください、8秒後に地上に到達します。」
自作の小型探知装置を見ながら、本田隊員がその場にいる全員に向けて恐怖のカウントダウンを告げていく。
 「来ましたでぇ~!!」
8秒後、ハラックェーンの宇宙船から発せられた光線が、ネゴゴロゴンを標的として地上に降り注いできた。
 「ひえぇぇぇぇぇーーーー!!」
パニックのあまり、じたばたし始めた織田隊員は奇怪なステップを踏み出し、いつしか阿波踊りを踊っているみたいになっている。
「落ち着きたまえ、織田隊員。」
「でもでも~、未知の光線がどないな影響をもたらしよるかぁ~!!」
「この前も説明したが、我々が着用しているマタラッターニの隊員服は、人体に影響を及ぼすあらゆる危険物質からも防御できるように作られているのだ。」
「はっ、そういえば!!」
「そうだぞ、おりっさん。これくらいのことで慌ててはいかんよ~。」
そう言う本田隊員は、ちゃっかりとトッチチナイの車内へと非難しており、備えは万全だった。
「本田!!何自分だけ逃げてんのよ!!」
「ちっちっち、甘いなファル子。」
右手の人差し指を左右に振りながらトッチチナイから降りてきた本田隊員、彼の後からうつむきがちな佐々木副隊長も一緒に降りてきたのだった。
「・・・あんたたち・・・・・。」
「め・・面目ない!!」
普段から何かと強硬派の佐々木副隊長も、きっと怖かったんだね。
 
 大空に悠然と浮かび飛行しているハラックェーンの宇宙船から光線を浴びせられ、ネゴゴロゴンは様子が一変してしまった。
織田隊員のサクサク音にこそ秘めし能力の一端を垣間見せてはいたが、それ以外は地上に姿を現してからずっとおとなしくしていたネゴゴロゴンは、神経を刺激されたとでもいうのか、苦しそうになっていった。
 「まずいなぁ・・・・、おそらくハラックェーンの仕業なのだろうが・・・・・。」
苦しみ続けている巨体を前に、山下隊長は唇をかみながら唸るしかできない。
ネゴゴロゴンは巨体を折り曲げたり前後の脚を大地にひっかくようにしてもがいており、見ている隊員たちの方が痛々しさに耐えられないくらいだった。
「隊長・・・・、さっきの光線ですが・・・・・、怪じゅ、ネゴゴロゴンの神経系に作用しているようですねぇ・・・・。」
あやうく隊長の注意をまた受ける寸前で慌てて言い直した本田隊員は、ネゴゴロゴンの突然なる変化への考察を述べる。
「ああ。ハラックェーンはネゴゴロゴンを怪獣化させただけでは飽き足らず、意のままに操って暴れさせようとしているのだろう・・・・。」
「では、麻酔弾を撃ち込んでみますか?」
「それしかなさそうだな。」
「御意。」
 山下隊長の許可を得た本田隊員は、満を持して麻酔弾のカートリッジを装着し、マタラッタガンを身構える。
だがネゴゴロゴンがもがき苦しんでいるせいで、なかなか照準が合わせられない。
「おいおい、5秒だけでいいから、おとなしくしててくれないかねぇ・・・・。」
呟きは祈りとなって通じたのか、ネゴゴロゴンは苦しさの中で何とか自分の体を制御しようとかがみ込んだ、撃つならこの瞬間を置いてなし。
 「そいっ。」
本田隊員は素早く引き金を引き、放たれた麻酔弾がネゴゴロゴンのお尻目掛けて一直線に飛んでいく。
「ちょっと、本田!!どうしてお尻なのよ!?」
「あぁん?うるさいファル子だなぁ、お前は。」
「何よ~!?文句あるなら表に出なさいよ!!」
「もう出てるでしょうが。いいか、高熱の時に肛門に座薬然りケツに注射然り、荒ぶって熱を帯びてる時はケツを狙うって、相場が決まってるの。」
「誰が決めたのよ!!そんなの聞いたことないわよ!!」
「当たり前だろう。だってたった今、僕が考えたんだから。」
 そんなやり取りはさておき、本田隊員の放った麻酔弾は見事にネゴゴロゴンの臀部に命中し、ぶすりと突き刺さった銃弾が瞬く間に体内へと浸透していった。
「やりましたな、隊長殿!!小生、確かにこの目で命中を見届けましたぞ!!」
「うむ。」
 本田隊員が自ら調合して作ったこの麻酔弾は超強力だ、個体差はあれどたとえ相手が怪獣であったとしても、遅くとも数分以内には効果が出る代物だ。
事実、麻酔弾を撃ち込まれたネゴゴロゴンは、先刻まで見せていた興奮状態から脱しつつあるようであった。
 「副隊長。」
「はっ!!」
「ネゴゴロゴンが眠りにつき次第、君はミヤッサーンで飛び上空の宇宙船を攻撃だ。」
「いやっほーーい!!待ってましたぁーーーーー!!」
「はしゃぐなはしゃぐな!!」
待望してやまなかった攻撃命令という大義名分のお墨付きをもらった佐々木副隊長は、「我、無双なりけり」と言い出しかねない様子で、感謝を示すためのスキンシップなのだろうか、全身で喜びを表現しながら山下隊長にじゃれついていった。
 「えーーい!!鬱陶しいわねぇーーー!!」
人懐っこい犬のように、尻尾を振ってモフりモフられようとする佐々木副隊長に、山下隊長が地獄車をお見舞いすることでどうにか鎮火させた。

 ところがだった。
麻酔弾が命中し眠りに落ちる寸前だったネゴゴロゴンが、再び暴れ出したのだ。
失いかけた意識は急速に覚醒の一途となり、唯一残されていた自我が湧き上がってくる暴走衝動に抗おうとしているようだったが、どうにも持ちこたえられそうにない。
生物としての本能さえも凌駕してしまおうとしてくる衝動に、意地という表現が当てはまるのかはさておくとしても、蹂躙されてなるまいと必死に抗っているように見えてならなかった。
「ギャギャ・・・ギャアァァ・・・・・・!!」
 唾液なのか体液なのかを口から漏らしつつ、のたうち回っているネゴゴロゴン。
「馬鹿な・・・・麻酔弾が効かなかったというのか・・・・。」
マタラッターニの隊員が驚愕に打ち震える中、頭上の宇宙船からは魔の高笑いが巻き起こっていた。
 「ふわっはっはっはっはぁーーー!!愚かなり地球人類よ!!貴様たちの科学力など、わっちらの前では所詮無力な産物に過ぎぬわ!!」
ハラックェーンが動揺を隠せない隊員たちや、眠れずに苦しんでいるネゴゴロゴンの姿を見下ろしながら、悪意のこもった言葉であざ笑っているのだった。
「行け、行くのだ!!立ち上がり進軍せよ!!地球人の文明など、粉々に破壊しつくしてしまうのだ!!」
 ハラックェーンが世界を掌る神の如く右手を掲げると、地上のネゴゴロゴンの苦しむ動きはぴたりと止まった、だがそれは決して平和的な事態の収束とは言えない変化だった。
ネゴゴロゴンの両方の黒目は赤黒く輝き、内側から溢れ出てくる熱量が湯気を立てて空気中に白さを放っていた。
さらに様子を見守っていた隊員たちに対して、明確なる敵意と攻撃性を露わにしたのだった。

 「何だぁーーー!?一体どうしたというのだぁーーーー!?」
変わり果ててしまったネゴゴロゴンを目の当たりにして、佐々木副隊長は頭で考えることを一切しないままに、思ったことをただただ叫んでいる。
「どうやら・・・、さっきの光線の効果が麻酔弾の効果を上回ったんでしょうねぇ・・・・。」
「つまり、神経を刺激されたことで凶暴性が確立されてしまったということか。」
「えらいことですやん!!」
本田隊員の見解に、山下隊長は冷静な口調で結論にたどり着き、織田隊員は取り乱す。
 「ギャアァアァ!!ギャアァアァ!!」
怪獣にされたとはいえ、元々は地球のどこにでも生息しているトカゲに過ぎなかったネゴゴロゴンは、全身を脈打たせながら面影を感じられない鳴き声を発していた。
もう、数分前までのおとなしいネゴゴロゴンではなくなっていた。
そして前脚を交互に踏み出し始めると、大地を陥没させながら重い巨体で進撃を開始したのだった。
 「隊長!!山を越えた先には、街があります!!」
宇宙人ハラックェーンの謀略によって動き出したネゴゴロゴンが目指す方角には、そこそこの規模を誇る発展した市街地があると言う。
戸島隊員は最悪の事態を想定して、山下隊長へと訴えかけているのだ。
「うむ・・・・・。」
山下隊長は瞳を閉じて瞑想するようにして、重々しく応対する。
「すでに近隣の住民には緊急避難命令を発令しているので、万一このままネゴゴロゴンが市街地に到達したとしても、心配はいらないのだが。」
 そこまで言った後、閉じていた瞳を盛大に見開きながら山下隊長は続けた。
「だからといって、このままみすみすネゴゴロゴンを市街地へ突入させるわけにはいかない!!」
「そうでんなぁ~。人的被害がない言うたかて、街を破壊されたりしたら、後々損害の補填やら賠償やらややこしいですもんなぁ~。」
「うん、そうなんだけどね。織田隊員、いささかぶっちゃけすぎだよ。その辺りは、もうちょっとオブラートに包もうか?」
実際織田隊員の言う通りなのだが、身も蓋もない彼の発言に山下隊長は顔をしかめて苦い顔になっている。
 「・・・・よし、ただ今をもって、我々マタラッターニは全力をもってネゴゴロゴンの進行を阻止する!!」
決意を宿した様子の山下隊長が話し始めるのと同時に、隊員たちは迅速に横1列に整列して聞いていた。
「佐々木副隊長はミヤッサーン1号で、本田隊員はミヤッサーン2号で、それぞれ上空から攻撃を仕掛け、何とか足止めをしてくれ!!」
「了解であります!!」
「はい。」
「織田隊員と戸島隊員は、私と共にトッチチナイで地上から防衛に徹する!!」
「了解です~。」
「はい!!」
 「いいか、何としてもネゴゴロゴンを市街地に入れてはならん!!」
「はい!!」
「しかし、ハラックェーンがさらなる妨害行為を行ってくることも十分に予想できる。各自、細心の注意を払って任務に当たってくれ!!」
「はい!!」
「へい!!」
山下隊長の命令に、4名の隊員たちは声を揃えて答えるのだったが、最後の最後で誰か1人だけ「へい!!」と答えた隊員がいたのは聞き間違いだろうか?
「ねぇ、今誰かへいって言ったよね!?」
「そ・・そんなこと、おまおまおまおまへんがなぁ!!」
犯人は織田隊員のようであった。
 
 魔の覚醒を強いられてしまったネゴゴロゴンは、歩みを止める気配など皆無だった。
頑丈そうな岩が突出していようが、いともたやすく破壊していく圧倒的力を誇示しながら、1歩また1歩と進んでいくだけだ。
 トッチチナイに乗り込んだ山下隊長たち3名の隊員は、小回りの利く車体の利を生かして、山道を先回りするつもりらしかった。
運転席にてハンドルを握る山下隊長は、歴戦の勇者という二つ名に恥じないドライビングテクニックと方向感覚を駆使して、険しい山道をうねりながらもスピードを落とすことなくトッチチナイを走らせていく。
助手席に座り一応ナビゲーションを買って出るつもりだった戸島隊員だが、その必要も無さそうなくらいに。
そして後部座席では、織田隊員がかつてないほどの緊張感に満ちた表情で、エチケット袋を口に当てており、こちらもいつ発射してもとりあえず大丈夫な様子だった。
 さらに上空からは、佐々木副隊長が操縦するミヤッサーン1号が前方に回り込み、後方からは本田隊員が操縦するミヤッサーン2号と共に、進撃を続けるネゴゴロゴンを挟み撃ちにすることにひとまず成功していた。
山下隊長の合図1つで、いつでも対応できるフォーメーションを維持しているのだ。
 「隊長殿!!いつでも発射可能であります!!」
操縦桿を握った佐々木副隊長は、ヘルメットに内蔵されている無線を使用し、興奮気味にGOサインを待っていた。
「逸るな副隊長、十分に包囲した後に一斉に攻撃を仕掛ける。」
 けれどそんな山下隊長の制止も、興奮した佐々木副隊長には届かなかった。
隊長からの言葉が途切れる寸前、コックピット内で虚空を彷徨わせていた彼の右手が、うっかりミサイルの発射ボタンに触れてしまったのだ。
「のわぁっ!?」
「どうした、佐々木ーー!?返事をしろ佐々木ーー!!」
 ハンドルを握りながら山下隊長が叫んだその刹那、高くそびえる山々の一角が、強烈な爆発音を伴って砕け落ちていった。
「あちゃ~、副隊長堪え切れずに撃っちゃったみたいですねぇ・・・・。」
「・・・バカモン・・・・!!」
もうあとわずかトッチチナイを走らせれば、万全なフォーメーションを敷くことができたというのに、いくら訓練や実戦を経験してきた佐々木副隊長といえど、さすがに怪獣が相手だと普段の力量を示すのが難しかったということか・・・・。
しかし「それにしたって、こらえ性がなさすぎるよ副隊長」と思わずにはいられない山下隊長は、困り顔となっている。
 そんな折、後部座席からも堪えられなかった悲痛な声が聞こえてきた。
「わしも・・・もう無理そうですわぁ・・・・・・・」
エチケット袋を口に密着させていた織田隊員の顔色は蒼白を通り越して白より白く、待ったなしはっけよいと言葉をかけることもままならないままに、臨界点を突破した。
「おぼろぼろぼろろろろーーーー!!おろろろろおろろろろぉーーー!!」
途端に車内には酸っぱい匂いが充満し、たっぷり食べたスナック菓子を中心とした胃の内容物を、袋の中にぶちまけていく織田隊員がいる。
 生々しすぎる嘔吐音と匂いに、戸島隊員も口を押さえずにはいられなかった。
「戸島隊員、頼むから君はもらわないでくれよ・・・・。」
ネゴゴロゴンとの決戦を前にして、織田隊員に続いて戸島隊員にまで離脱されては、戦況は苦しくなるばかりだ。
山下隊長の祈るような言葉に、戸島隊員は口を両手で押さえたまま「50:50」、神にでも聞いてくださいと、首を左右に振り続けていた。
果たして戸島隊員は、襲い来る吐き気をもらわずに回避することができるのだろうか?

 車内の内乱を何とか乗り越えて、山下隊長はトッチチナイを当初の作戦予定ポイントまで走らせることに成功した。
だが時すでに遅し、佐々木副隊長の誤射によってその時を待たずに、作戦は1人歩きしてしまっていた。
 しかしこれしきのことでは、山下隊長はへこたれやしない。
伊達に「歴戦の勇者」と周囲の人間に呼ばれているわけではないのだ。
それはネゴゴロゴンがどんどん街に迫っていようとも、早々に作戦行動に誤算が生じてしまっていようとも、顔色を変えずに冷静さを貫いていることが、何よりも雄弁に物語っている。
 実戦においては、まず必ずと言っていいほど想定通りに物事は進まないということを、経験則として山下隊長は身に染みて理解しているからだ。
だからまず、上空で取り乱して編隊を見だし始めている佐々木副隊長に向けて、車を停めた彼は努めて平静を装って通信を試みていった。
 「佐々木副隊長、落ち着きたまえよ。」
「そ・・そうでありますなぁ!!」
無線機越しの会話だから仕方のないことなのだが、相変わらず佐々木副隊長の発する声はとても大きく、どんなに繊細に音声バランスをチューニングしてみても、聞こえてくる声は割れがちだし、ハウリングも伴って聴覚に不快感を与えてくる。
「いいか、まず落ち着いて深呼吸をしてみたまえ。」
「りょ了解であります!!」
トッチチナイの車内には、指示に従って深呼吸を数度行う佐々木副隊長の吐息が聞こえていた。
いい年こいたおっさんの行う深呼吸は、口よりも鼻からの呼吸音が盛大であり、早い話鼻息の荒さが際立っていた。
「ふんごー!!すーー、ふんごーー!!」
これはいびきですか?いいえ、佐々木副隊長の深呼吸です。
 でもその効果はあり、佐々木副隊長の精神状態は落ち着きを取り戻せたようだった。
「取り乱してしまい、大変失礼いたしましたぁーー!!」
「いや、過ぎたことはいい。それよりも、ここからの作戦について指示を出す。」
「はっ、隊長殿!!」
「本田隊員も聞いているな?」
「もちろんでさぁ。」
地上のトッチチナイから、上空を飛行しているミヤッサーン1号の佐々木副隊長とミヤッサーン2号の本田隊員たちに、通信が届いていることを確認した山下隊長が、気を取り直して作戦行動を簡潔に伝達していった。
 「ネゴゴロゴンの市街地への侵入を食い止めるために、地上からは我々が、上空からは君たちが呼吸を合わせて同時に攻撃に打って出る。ただし、ネゴゴロゴンとの直接的な戦闘はあくまで最終手段だということを忘れないでくれ。」
「とおっしゃいますと、一体どういうことなのでありましょうか!?」
「まず最初の作戦として、ネゴゴロゴンの進路上の岩石に、一斉にミサイルを撃ち込んで崩し進路を塞いでしまうのだ。」
 
 ~対ネゴゴロゴン防衛作戦 その1 陸空からミサイルをお見舞いして岩石崩し~
 山下隊長の発案によって、早速マタラッターニの隊員たちは陸から空から待ち構え、最適なタイミングが来るのを今か今かと計っていた。
 「隊長殿!!ミサイルを撃ち込む際の号令ですが、さん・に・いちでいきますか!?それとも、スリー・ツー・ワンでいくでありますか!?」
ネゴゴロゴンが所定のポイントまでやって来るまでのわずかな待機時間に、佐々木副隊長が疑問を投げかけてきた。
「あぁ!?」
「そんなもん、何でもいいんじゃないですかねぇ・・・・・。」
山下隊長は投げ込まれた斜め上を行く質問に絶句し、本田隊員は投げやりに興味を示さない。
「要は、タイミングさえ合えば問題ないわけでしょう。」
「甘い!!甘いぞ、本田ーー!!そのタイミングを合わせるために必要なことじゃないかぁーー!!」
「はぁ。」
 訳の分からないことを言っていたって、一応上司である佐々木副隊長に本田隊員は気圧されてしまう。
「想像してみろ!!いざミサイル撃つ段階になって、自分はてっきりさん・に・いちとカウントされると思っていたのに、実際にはスリー・ツー・ワンなどと英語で、イングリッシュでカウントされてみろ!!意表を突かれてびっくりしちゃった挙句に、手元が狂って思いっきりタイミングがずれてしまったら、どうしてくれると言うのだぁーー!?」
「・・・いや・・・・、どうしてくれるって言われても・・・・。」
「どうだ、すごく重要なことであろう!?」
 確かに呼吸がずれてしまえば作戦が失敗に終わる可能性は多分にあるだろう、それは間違いない、ないんだけれども・・・・・、それと同じくらいやっぱりどうでもいいじゃないかと、本田隊員には思えてならなかった。
なので本田隊員は躊躇することなく、判断を隊長に丸投げもとい、委ねることにするのだった。
「ですって、隊長どうしますか?」
「・・・・・・・・・。」
山下隊長は数秒間沈黙に入った、隊長として作戦を前にした隊員たちの不安な気持ちは、可能な限り排除してやりたいという義務感や責任感によって生まれた沈黙だろう。
 「隊長殿!!どうするんでありますか!?」
「・・・・アン・ドゥ・トルワァで行く・・・・・・!!」
「それは・・・・何と言いましょうか・・・・シルブプレでありますなぁーーー!!」
「・・・・・・・・・・。」

 3分後、ネゴゴロゴンがいよいよ予定のポイントに到達した。
「よし、行くぞ!!アン・ドゥ・・・・・」
「トルワァーーーーーーー!!」
懸念だったカウントダウン問題をクリアした隊員たちは、見事に呼吸を合わせて一斉にミサイルを発射することに成功した。
 地上のトッチチナイから、上空のミヤッサーン1号・2号から発射されたミサイルが、次々と岩石を切り崩していき、凄まじい爆発音と砂煙を立てながらネゴゴロゴンの進路を塞いでいった。
「ギャアァアァ!!」
目の前の岩石が一斉に崩れ落ちてきたことで、ネゴゴロゴンは雄叫びを上げながら土砂を浴びている。
「よし。」
山下隊長の睨んだ通りに事が運び、作戦の成功を確信したその時だった。
 ネゴゴロゴンは自身に降り積もってきた土砂や、前方を塞いだ砕かれた岩石に前脚を振り上げていった。
するとまるで豆腐でも払いのけるような感じで、ごつごつした岩石も何もかもが軽々といともたやすく薙ぎ払われてしまったではないか。
進路を塞げたのもほんの一瞬、市街地へと続く道のりはきれいに開かれて、ネゴゴロゴンは再び進撃を開始していくのだった。
ハラックェーンによって変えられた、凶悪なる瞳をギラギラとさせながら。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」

 ~対ネゴゴロゴン防衛作戦 その2 放電ビリビリ~
 「うん!!よし、次の作戦に入る!!」
咳払いをしてからそう告げた、山下隊長の戦意はまだまだ健在だった。
繰り返すようであるが、実戦において作戦が想定通りに進行する方が少ないことは、彼には十二分にわかっていることだからだ。
ましてや相手は人間ではない、人類にとって未知なる「怪獣」なのだからなおのこと。
 最初の作戦で足止めに失敗してしまったがために、ネゴゴロゴンは確実に市街地へと近付いていた。
そのことは事実として重く受け止めなければならないのだが、地球の平和を守るマタラッターニの隊長としては、可能性がわずかでも残されている限りは最後まで勇猛果敢に向き合わなければならない。
山下隊長は乗車しているトッチチナイを走らせて、山中を行くネゴゴロゴンとの離された距離を埋めていった。
その上空からは、2機のミヤッサーンもぴったりと追従してきており、ネゴゴロゴンを包囲する陣形を再建することに終始していた。
 間もなくネゴゴロゴンを追い越すことに成功した彼らは、回り込んだ状態で待機しながら、手短に次なる作戦行動の指示を交わしていった。
「これより、放電作戦を開始する!!」
「はっ、小生にお任せあれ!!」
「了解。」
「了解です。」
「りょ・・・了解で・・・・す・・・・。」
山下隊長の号令に、4名の隊員たちが気合を込めて返答する。
まぁ、若干1名は息も絶え絶えの状態ではあったが、胃の中身がすっからかんになってげっそりした背中を、戸島隊員にさすってもらうことで戦列を離れずにすんでいた。
 「35メートル先にある2本の杉の木、あそこにネゴゴロゴンが達するのを合図に、一斉に放電を開始する!!」
山下隊長が次に立案した作戦はこうだ。
トッチチナイとミヤッサーン1号・2号から、高圧電流を一気にネゴゴロゴンに放電し、電気ショックによって進行を止めてしまおうという力技だ。
人間であれば感電し、ただちに死に至ってしまうほどの強力な電流を浴びせることで、あわよくば気絶させることができれば大成功と言える。
 そうとは知る由もないネゴゴロゴンは、デッドラインである2本の巨大杉に向けて悠然と進んでくる。
「副隊長、くれぐれもタイミングを見誤るなよ。できるだけ引き付けるんだ。」
「はっ、肝に銘じております!!」
戦意高揚鼻息の荒い佐々木副隊長に向けて、前もって注意を促すことも怠らず山下隊長はその時を待っていた。
 「も・・・もう・・・間もなく・・・でんなぁ・・・・・・。」
トッチチナイの車内での待機を言いつけられていた織田隊員が、開けられた窓から顔を出して言うが、山下隊長はすぐに引っ込めに掛かった。
「いいから!!君はおとなしく横になってなさい!!」
「・・・は・・・・はひぃ・・・・・・。」
言われて抗う気力に欠けている織田隊員は、バタンキュウという死語になった表現が実にふさわしい動きで、座席へと崩れ落ちていった。
 そうしてついに、ネゴゴロゴンが目標物にしていた杉の木の真横に差し掛かった。
「今だ!!放電開始!!」
山下隊長の欠けた号令に反応した隊員たちが、陸から空からそれぞれに超高圧電流をネゴゴロゴン目掛けて放電していった。
「ギャギャギャギャギャギャアァァーーーーー!!」
3方向からの電流の一斉照射を食らったネゴゴロゴンは、大地を激しく鳴動させる悲痛な鳴き声を上げながら、痺れたまま動きが封じられていった。
「よし、このままの隊列を維持しろ、佐々木副隊長、本田隊員!!」
「心得ているであります!!」
「了解。」
上空から放電している佐々木副隊長と本田隊員は、各々が操縦するミヤッサーンを制御しながら命令に従っていく。
 けれどネゴゴロゴンとて、おとなしく電流を受け続けているはずもない。
生物としての生存本能が拒絶を訴えているし、それ以上にネゴゴロゴンを操っているハラックェーンが許すはずもないことだった。
ミヤッサーン1号・2号で上空から死守するために奮闘しているさらにその上から、姿を隠していた宇宙船が出現しては、放電されているネゴゴロゴンに向けて怪しげな光線を放ってくる。
赤・緑・紫と、どれも原色さながらの光線が、複数回に分けられてネゴゴロゴンの頭部に降り注いでくると、放電によって身動きが取れなくなっていた巨体が、徐々に自由を取り戻していったのだった。
 前後4本の脚が活動機能を再開させてくると、ネゴゴロゴンは器用な2足歩行のような体勢で立ち上がり、放電網からの脱出に躍起になり始めた。
まだ完全に脱出を果たせていないと言っても、陸空3点からなる起点に抵抗できるには十分すぎるくらいで。
となると当然、マタラッターニの隊員たちが組んだ隊列にも綻びが生じ始めてしまう。
「くっ、隊長!!エマージェンシー!!」 
「隊長殿!!小生の方も、なかなか苦しくなってきたでありますーー!!」
未だに放電は続けながらも、ネゴゴロゴンが抵抗する度に、その動きに合わせて激しく左右に機体を振られてしまうミヤッサーン1号と2号。
 地上から戦況の悪化を目にしている山下隊長にも、事態の深刻化は手に取るように感じられ、苦虫を噛み潰した表情になっている。
「・・くぅ・・・・・、あと少しなのだがなぁ・・・・・!!」
「ですが隊長、このままでは!!」
「わかっている!!」
戸島隊員の主張は正しい、このまま作戦を続行すれば、ミヤッサーンに搭乗している佐々木副隊長・本田隊員の身に危険が迫るのは明白であり、下手をすれば機体もろとも墜落も避けられないからだ。
 山下隊長は忸怩たる思いを抱え、機上の2人に向けて通信を入れた。
「佐々木!!本田!!ただちに放電を中止して、戦線を離脱せよ!!」
人命が最優先、それは地球の平和を守る側の自分たちだって同じだ。
命を捨てる覚悟を持っている彼らだからと言っても、命の重さは同じでありもっとも尊いものなのだ。
「繰り返す!!今すぐ作戦を中止せよ!!」
上空を見上げながら山下隊長は必死に呼びかけていく。
 「しかしーー!!隊長殿----!!あとひと踏ん張りで、作戦は成功するのでありますよーーー!!!」
ぐらんぐらんと激しく機体を揺らされている真っ只中でも、佐々木副隊長は作戦続行の使命感を訴えてきた。
「いかん!!このままでは墜落してしまうぞ!!」
「しかしぃーーーー!!」
コックピット内に襲い来る振動によって、頬が両側に盛大に引っ張られた不細工な顔になっても、佐々木副隊長は頑なに拒否の姿勢を貫いていく。
「隊長殿ーー!!」
「ダメだ!!」
「しかしぃーーー!!」
「いかん!!」
 互いに譲らない信念のぶつかり合いが繰り広げられていく最中、だがこんな時非常に聞き分けの良い隊員が1人いる。
「いいんですか、わかりました。早速離脱しまぁーす。」
気だるげな声音で2人の通信に割って入ってきたその隊員は、本当にすぐに放電をストップさせると、操縦が困難な状況にも負けることなく、ミヤッサーン2号を軽々と作戦領域から離脱させていき、ネゴゴロゴンから安全圏な距離を瞬く間に取ったのだった。
「本田、貴様ぁーーー!!」
「そう怒鳴りなさんな、副隊長。」
「今頑張らばくていつ頑張るの!!」
「そんなもんは、命あっての物種ですよ。」
 淡々と告げて戦線を離脱していく本田隊員、一見我が身可愛さに敵前逃亡したように誤解されるかもしれないが、今回のような窮地における彼の判断は実は非常に的確で迷いがない。
そのうえ、万一誰かに責められた際には、「だって隊長がそうしろって言ったんだもん。」と、胸を張って言い張れる大義名分が付いてくるとなれば、余計に迷う要素などあるはずがなかった。
「シット!!本田ーー、あとで反省会するからな!!」
遥か彼方に飛び去って行ってしまったミヤッサーン2号を不本意にも見届けた佐々木副隊長1人だけでは、さすがにどれだけ根性論を振りかざしても作戦を続行することは不可能だと悟らされ、悔しさと未練をのぞかせるしかできなかった。
 ミヤッサーン2号に続いて、佐々木副隊長が操縦するミヤッサーン1号も、こうして作戦空域を離脱していったのであった。
「本田ーー!!体育館裏に集合ーー!!」
「えっ、普通に嫌ですけど。」
 
 岩石を打ち崩しての妨害、高圧電流の放電による足止めと、実行された作戦がことごとく失敗に終わってしまった山下隊長は、思案に暮れていた。
けれど現在進行形で着々と市街地へと近付いているネゴゴロゴンに対して、考えている時間も惜しいのも事実だ。
 トッチチナイの車内にて、ハンドルを握る彼は焦りを禁じ得ない。
そんな隊長の苦悩を知ってか知らずか、これまで後部座席で死線を彷徨っていた織田隊員が、勢いよく跳ね上がってようやくの回復をアピールしてきた。
 「隊長は~ん!!ご心配をかけてしまいましたけど、やっと回復したようですわぁ~!!」
隊員の体調が回復したことは、非常事態の中においても素直に安堵できる朗報だった。
「もう大丈夫なのか?」
「ほい!!いやぁ~ほんまに大変でしたわぁ~!!」
無理を推しての回復アピールなのではないだろうかと、山下隊長は当たり障りのない問いから顔色などを窺ってみたが、どうやら織田隊員の言う通りずいぶんと体調は戻っているようであった。
「当然ですよ、隊長。だって私が、誠心誠意介抱したんですから。」
そう言って割って入ってきたのは戸島隊員だった。 
「そうか・・・、それはご苦労さん。」
「いいえ。」
 山下隊長からねぎらわれると、戸島隊員は隊員として当然のことですと言わんばかりに、凛とした態度を見せていたのだが、その点について織田隊員は不服と言いたげだった。
「介抱ねぇ~、そらぁそうに違いないんでっけど・・・・・、ただ酔い止め薬を飲ませただけでっしゃろ!?」
「いいえ、立派な治療です。」
本田隊員に噛みつく時とはまた違った表情と態度で、戸島隊員は言い切った。
「治療言うたかてあんさん、酔い止めのシロップを延々わしの口の中に強引に流し込んだだけでっしゃろがな!!」
「そうよ、何か問題でも?」
「いやいやいやいや、ないわぁ~。そもそもあの酔い止め薬、車に乗る前に飲むやつちゃいますん~!?」
「そうよ。」
「散々酔い尽くした後に、飲まされたかてやなぁ~!!」
「でも、効いたでしょう?」
「まぁ・・・確かにかなり楽になったんは認めますわぁ!!認めますけどなぁ、それはあんさんに薬を飲まされたからやのうて、しばらく車ん中で横にならせてもろうてたからとちゃうかなぁって、わいは密かに思うてますのんや!!」
「ふぅ・・・・、小さなことにこだわる男ね。どちらにせよ、回復したんだからいいじゃない。」
「・・ぐっ・・・・・・・・・。」
 本田隊員にのみならず、総じて男性隊員には容赦のない戸島隊員であった。
とはいえ、猫の手も借りたい現状において、1人の隊員が戦力として復帰したことは心強いことだった。
そして織田隊員を視界に捉える山下隊長には、あるとっておきの作戦が思いついていたのだった。
 「作戦室、応答せよ。こちら山下、作戦室応答せよ。」
言うが早いか早速山下隊長はトッチチナイを停車させてから、ササダーノ日本支部内にあるマタラッターニの作戦室に向けて通信を入れたのだった。
「こちら作戦室。」
すべてのマタラッターニ隊員が出動しているため、山下隊長の通信を受けたのは不在を預かっている予備隊員であり、ただちに呼びかけに応じた。
「山下だ。大至急、こちらに輸送してもらいたい物がある。」

 現場の山下隊長からの要請を受けたササダーノ日本支部内は、にわかに慌ただしさを増していた。
平常時であれば物資の輸送1つ取っても、手続きや審議を要するために、実行に移されるまでにはある程度の時間を要求される。
だが、今回は明らかな緊急事態であり、超法規的措置に等しい上層部の判断にも後押しされて、連絡が入ってから15分も経たないうちに速やかな運搬作業に入っていったのだった。
 戦闘機や各種任務に特化したジェット機が数多く収容されている格納庫でも、ただちに連携の必要性が通達されて、整備士や部署の垣根を越えての職員が総出となって、作業に従事している。
年長の職員がリーダーシップを取り、チームワーク良く格納庫内へ運ばれてきた荷物を、次々に輸送用のジェット機へと運び込んでいく光景は、なかなか圧巻なものと言えよう。

 一方、現場である最前線のマタラッターニの隊員たちは今、必死に奮戦しており防衛線戦の維持を懸命に死守していた。
 市街地までもう数十メートルまで接近してきたネゴゴロゴンも、彼らの防衛網を突破できるまでには今一歩の決め手に欠いていた。
「死守だ、死守するんだーー!!最後の作戦に向けての準備が整うまで、何としても時間を稼ぎ食い止めるんだーー!!」
共に戦う隊員たちに檄を飛ばしながら、自らもマタラッタガンをネゴゴロゴンに撃ち込んでいく山下隊長。
まったく無駄のない動きで、的確な指示を飛ばしては攻撃を加える手も緩めることはない山下隊長の姿は、歴戦の勇者と誰もが称賛する形容詞に偽りなし。
 「死守ぅーーー!!死守ぅーーーーー!!」
ミヤッサーン1号を操縦する佐々木副隊長は、生き生きとした素敵な暑苦しさで叫びながら、ネゴゴロゴンへミサイルを撃ち込んでいる。
ミサイルの弾道は正確にネゴゴロゴンの体に命中し、火花と爆音のコラボは盛況のようである。
が攻撃が好調ならばネゴゴロゴンもさる者、体中に地上と空中からの同時攻撃を受けながらも、どれも致命的なダメージにはならない頑強さを誇っているからだ。
今の姿は怪獣であっても、元は地球産のトカゲなのだから、こちらも称賛に値する強靭さと生命力と言える。
 「まぁ、実は副隊長の陰で支えている、縁の下の力持ちがいるんだけどねぇ。」
不敵に笑った本田隊員もミヤッサーン2号を操っては、山下隊長たちが攻撃し切れなかった箇所を狙い、ピンポイントで攻撃を加えているのだった。
 一進一退の攻防は続き、膠着状態の様相を呈してきたまさにその時、待望の切り札が運ばれてきた。
「来たか。」
視線をネゴゴロゴンから外さないまま、聴覚だけで聞き分けた山下隊長がにやりと口角を上げた。
 広がる空を高速で突き破るように、巨大な輸送機が2機こちらに向かって飛んでくる。
すれ違った2機のミヤッサーンが戦闘という任務を遂行しているのなら、やって来た2機の輸送機は戦況を打開する切り札を運ぶ任務を遂行している。
輸送機はそのまま連なって、激戦区になっている領域から少し離れた位置に着陸していった。
機体の約8割が物資を詰め込んだコンテナである輸送機は、ジェット機と呼ぶには武骨な印象を抱いてしまうフォルムだ。
そのため着陸に際しても、実際の重量よりも何倍も重々しくゆっくりと大地に接地していくように見えてならない。
 ともあれ無事に着陸に成功した2機の輸送機だったが、これで任務完了ではない。
その証拠に着陸と同時に乗り合わせていた合わせて30名ほどの乗員たちが、機体の右へ左へ駆けまわっていく。
開閉された片方のコンテナ部分からは、急を要するために必要最小限に梱包された物資が顔を覗かせていた。
10個ほど並んでいる長方形のその物体は重そうであり、また何かしらの精密機械のようでもあってか、降ろそうとしている職員たちの手つきも慎重さを欠かせないようである。
 「戸島隊員、ここは私が何とか食い止めているから、君は先ほど私が説明したように配置するよう、あちらで指示に当たってくれ。」
「了解しました。」
注意を引き受けると買って出た山下隊長の言葉に頷いた戸島隊員は、駆け足で輸送機の方向へ急いでいった。
「織田隊員、セッティングが完了するまでは現状を維持しなければならない。戸島隊員が抜けた分、頼むぞ。」
「了解です~。」
ただでさえギリギリの戦力なのに、別途任務で空いた穴を埋めるべく、山下隊長と織田隊員は呼吸を合わせてマタラッタガンを撃ちながら、懸命なる防戦を続けていく。
 
 「お疲れ様です。私がセッティングに関しての配置を支持するので、それに従ってください。」
山下隊長の指示で輸送機前に駆けつけた戸島隊員は、凛とした佇まいを見せながらテキパキと指示を出していった。
運搬作業に当たっている職員たちは全員男性で、エリート部隊マタラッターニの隊員でこそないが、ほとんどが体育会系バリバリの屈強なる連中だ。
年齢だって皆こぞって戸島隊員よりも上の彼らを、的確に動かすことができるのだろうか?
 「ちょっとそこ!!右に13ミリずれてるじゃないの!!」
「順番が逆でしょう!!こっちの方を奥に設置しなさいって言ったでしょう!!」
「ちんたらしないで!!もっと覇気を見せなさい!!」
けれど戸島隊員は平常運行と言うべきか、マタラッターニ内での立ち位置そのままに、勝ち気でストレートな物言いを崩さなかった。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
 罵声に近い叱責を浴びせられた職員たちは皆一様に押し黙り、何か思うところがあるように表情からは感情の色が消えて、動かしていた手足を止めて停止してしまった。
まずい、実にまずい事態だ。
男女の間には、理屈や正論では推し量れない感情が存在しているというのに、年下の異性にああも頭ごなしに罵倒されてしまっては、心中穏やかでいられるはずがない。
ましてやチームワークとスピードが求められる火急のセッティング作業においては、反感を買うことは致命的なのだ。
 「ちょっと!!何立ち止まっているのよ!!誰が休んでいいって言ったのよ!!」
だがそんな複雑な男心など知ったことかと、戸島隊員はさらにきつい言葉を投げつけていった。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
 男性職員たちは死んだような目で互いに顔を見合わせてから、一瞬の静寂を挟んだのち、一斉に蜂起したのだった。
「すみませんでしたぁーーー!!姐さん!!」
音頭を取ったわけでもないのに声は見事にハーモニー、おまけに一糸乱れぬ呼吸で90度腰を折り曲げては、戸島隊員に向かって頭を下げていく職員たちの姿が広がっていた。
「ふん!!わかればいいのよ!!早くやって頂戴!!」
「イエッサー!!」
 その後、職員たちのセッティング作業の効率は数倍跳ね上がり、予想よりもずっと早く機材の設置が完了したのだった。
戸島ファル子隊員24歳、恐ろしい女性である。

 戸島隊員の喝が効いたのか、あっという間に輸送されてきた機材のセッティングは完了し、それらが収納されていたコンテナはすっからかんになっている。
「隊長、セッティングが完了しました。」
ビデオシーバーから報告を入れた戸島隊員に、山下隊長は端的に答えてくれた。
「ご苦労さん。想定以上に早かったな、よくやってくれた。」
「それほどでも。」
彼女からすれば任務の一環として当然のことをしただけに過ぎないと澄ました様子でいるが、内心ではガッツポーズを密かにしていたことは、当人だけが知り得る秘密だ。
 有能なる部下が整えてくれた作戦決行への花道、無駄にしてなるものかと燃える山下隊長は、ネゴゴロゴンに向けて銃撃を続けている織田隊員に声をかけた。
「織田隊員!!いったん攻撃を中止して、こちらに来てくれないか!!」
「了解ですぅ~!!」
 呼ばれた織田隊員は小走りで持ち場を離れ、山下隊長と合流を果たすと新たなる作戦任務を託されるのだった。
まさかそれが、織田隊員にとって一生忘れることのできない、伝説への序章になるとも知らずに・・・・・。

 山下隊長と織田隊員は、職員たちが急ピッチでセッティングした機材の前に居並んでいた。
「いいか、織田隊員。これから行う作戦は、君の活躍が成功のカギを握ることとなる。」
決意を込めた言葉をかけられた織田隊員は、まったく事の重大さも意味も理解できてはいなかったが、とりあえず調子よくはんなりとした口調で答えてみた。
「了解ですわぁ~。あんじょうやりますさかいに~。」
 絶対理解していないなと思いつつも、山下隊長は彼に向けて大きく頷いてから、上空で戦闘を継続している2名の隊員たちにも聞こえるように、ビデオシーバーを駆使して話し始めていった。
 「では、作戦についての説明を始める。コードネームは・・・・・・」
たかが作戦名を告げるだけなのに、山下隊長はタメを作って間を空ける。
「サクサク of ORITAだ!!」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
得意げに自らが考案した作戦名を発表した山下隊長だったが、各自離れた位置で通信している佐々木副隊長・本田隊員・戸島隊員の反応は芳しいものではなく、はっきり言ってものすごく微妙なリアクションだ。
そして彼らの沈黙から一拍遅れて、織田隊員がこてこての関西人風なリアクションで反応していった。
「何ですのん、それは!?」
 織田隊員のこれぞ関西人と言った、大仰な手足を使った表現技法はさておくとして、山下隊長は「サクサク of ORITA」の作戦概要の説明に入っていくのだった。
「基地から大至急取り寄せた音響設備、正確には10台の高性能スピーカーと、どんな小さな音でも拾い音質補正が可能な高性能収音器、これらの装置を用いてある音声を拾った後、ネゴゴロゴンに向けて大音量で放出する。」
「へぇ~。で、そのある音声っていうのは一体何でっか~?」
 実に暢気に質問した織田隊員に対して、山下隊長は待ってましたと言うように眼光鋭く射抜いていった。
「それは・・・・、織田隊員、君がスナック菓子を食べる際に発するサクサク音だぁーーー!!」
その叫びは山間の風景の中、ささやかなやまびことなってしばらくの間反響していた。
 「諸君らも知っての通り、織田隊員が奏でるスナック菓子のサクサク音にのみ、ネゴゴロゴンは異常な反応を見せた。そこでだ・・・・・」
山下隊長はそこで言葉を区切ると、力を込めた右手で織田隊員の肩を掴んでから目を見て続けていく。
「ハラックェーンに現在操られているネゴゴロゴンを、織田隊員のサクサク音で注意を引かせてから市街地とは反対方向に誘導する!!」
「で、その間小生たちはどうしろと!?」
「結論を逸るな佐々木副隊長。」
「はっ、申し訳ないであります!!」
「織田隊員のサクサク音でネゴゴロゴンが進行方向を変えたのを確認してから、そこから先がこの作戦の肝とも言える。」
 山下隊長は爪を隊員服にめり込ませていた右手を織田隊員から離すと、大空を見上げてからなおも続けた。
「今はまた空中に隠れてしまっているが、ネゴゴロゴンが言うことを聞かないとわかれば、必ずハラックェーンの乗った宇宙船がアクションを起こすだろう。その瞬間を逃さずに」
「僕たちが攻撃して撃墜すると・・・・?」
「そうだ。」
途中で作戦の真の目的を理解した本田隊員が会話を遮ると、山下隊長も問いかけに同意の意を示した。
「なるほどーー!!さすが隊長殿であります!!小生、恐れ入ったであります!!」
必要以上に感心している佐々木副隊長は、ミヤッサーン1号のコックピット内でおでこを鬱陶しいくらいに手のひらでぺちぺちと叩いていく。
 「そういうわけで、いいな織田隊員?」
「ほえ?」
「君にはこれから、ひたすらにスナック菓子を食べてもらう!!」
「何やてぇーー!?」
織田隊員がまた関西人丸出しで驚きのけぞる後ろで、残るもう1機の輸送機のコンテナが開き、その中には1人で食べるには何年かかるのかというほどの、ものすごい数のスナック菓子の袋が無限に、隙間なくびっちりと押し込まれているのが見えたのだった。
 「隊長はん!!いくらなんでも・・・それはちょっと・・・・きつぅおまっせ!!」
「大丈夫!!だって君の胃袋の中は、現在空っぽなのだからーー!!」
「それは・・・・確かにそうなんでっけど・・・・・。」
そうだ、そうなのだ。
険しい山中を音速で移動する山下隊長のドライビングテクニックの餌食となった織田隊員は、胃の中に収まっていた内容物をすべて吐き出した直後だ。
だから、平常時よりもその胃の中に食べ物を詰め込めるという発想は単純に正しいとは思う、思えるのだが・・・・それにしたって彼の眼前で全貌が明らかになったスナック菓子の山は、いくらなんでも。
 「無理無理、絶対無理ですわぁ~!!」
織田隊員は顔の前で右手を左右に振りながら、必死に無茶を訴えていくが、山下隊長は心を鬼にしてこう諭した。
「大丈夫だ。許容量を超えたら、また吐いちゃえばいいんだから。作戦が成功するまで、何度だって吐いちゃえばいいんだから。」
「んなアホな!?」
恐れおののく織田隊員に、山下隊長はとても優しい笑顔で、若干のハラスメントを含みつつ平然と言ってのけたのだった。

 最後の希望ともう言うべき大いなる作戦の準備はすべて整った。
10台のスピーカーや収音マイクなどの、各種機材の最終的な微調整も帯同してきたエンジニアの手によって完璧にチューニングされており、死角は見当たらない。
そうした多くのササダーノに所属する人間たちの汗と涙の結晶の収音マイクの前に、1人だけ引き気味で作戦の実行前から戦意喪失感が半端ない織田隊員が座らされていた。
あぐらをかいた体勢でマイクに向かう彼の傍らには、いつ吐き気を催しても対応できるように、洗面器が天高く重ねて積み上げられている。
 「アーユーレディー、諸君ーー!?」
ついに時は来たれりと、山下隊長が作戦に参加するすべてのメンバーに最後の確認を取り始めた。
もっとも、仮にいざここで「NO」と言ったところで、今更止められはしないだろうが。
「イエアァーーーーー!!」
不可逆な流れが出来上がったことも影響しているのであろう、「サクサク of ORITA」にかかわることになったマタラッターニの隊員や職員たちに、奇妙だけれども確かな一体感が芽生えており、山下隊長の掛け声に対して妙な盛り上がりを帯びたコール&レスポンスが、そこら中から湧き上がってきた。
 「Let's・・・・・・アクション!!」
そして今ここに、黄色いメガホンを手にした山下隊長の大号令がかかり、「サクサク of ORITA」が開始されたのだった。
メガホンに口を当てて声を張り上げる山下隊長は、ハンチを被せれば映画監督そのものといった風格と、何よりも情熱に溢れている。
 「はい、織田隊員!!スナック菓子を食べてーー!!」
隊員一同、職員たち全員の視線が釘付けとなった監視下で、何が悲しくてスナック菓子を食べなければならないのだろう?
目の前に山のように積まれた物ばかりではなく、輸送機のコンテナにもぎゅうぎゅうに突っ込まれて運ばれてきた、無限ループのスナック菓子。
織田隊員はとりあえず、目の前の山から1つ控え目に手にしたのだが、すぐさまギャラリーからダメ出しを食らうこととなる。
「何を弱気なぁーー!!」
「一気に3つ4つずつはいきなさいよう!!」
自分が織田隊員の立場だったらということはおそらく考えていないだろう、やけにノリノリで無責任な声援とヤジが入り混じって聞こえてきた。
 仕方なく織田隊員は初めからクライマックス、やむなくもう2袋スナック菓子を追加して、合わせて3つの袋の裏側を縦に引き裂いて、開封するしかなかった。
「(わいは一体何をして、こんな目に遭わなければならないのや?)」
無言のまま両手にそれぞれいっぱいにスナック菓子を掴んでは、やけくそに口に放り込んで咀嚼していく。
「サクサクサクサクサク!!サクサクサクサクサク!!」
 心の中で求められる行動に疑問を抱きつつも、上下の歯を器用に使って口内のスナック菓子を噛み砕いていく。
織田隊員の奏でしサクサク音は、やはりさすがだった。
この地球上で、これほどまでに美しいサクサク音を奏でられる人類が、果たしてどれだけ存在するというのか?
否、並び立てる者などまず存在しないだろう。
 それほどまでに、織田隊員の口から発せられていくサクサク音のハーモニーは絶妙に美しい音色で、耳にする者の心を和ませるヒーリング効果でもありそうだった。
そんな美しき旋律を高性能の収音マイクが取りこぼすことなく拾い上げると、より高音質なサクサク音へと加工されて、10台のスピーカーからタイムラグもなく流れていく。
大音量となったサクサク音は、山々に反射してはやまびこまで呼び起こし、中部地方の山中はサクサクパーティー会場状態になっていた。
 大空の元、あっちからサクサク、こっちでもサクサク。
山下隊長を筆頭に、平和への願いが込められたサクサク音は、市街地へ向けて進撃していたネゴゴロゴンにまで届いていった。
「ギャウウーン?」
 地球侵略を狙う宇宙人・ハラックェーンによって操られているせいで、ネゴゴロゴンの意識は侵略者の管理下にある。
なので市街地への侵攻を命じられているネゴゴロゴンが、ハラックェーンの命令に本来抗えるはずはない。
だが、織田隊員によってスナック菓子のサクサク音が奏でられた瞬間からその様子は変わり、進撃の脚を止めて音の鳴る方へと首を向けては、明らかに関心を示していた。
 「よしよし、いいぞ。」
山下隊長の読み通りに、ハラックェーンの管理下においても、ネゴゴロゴンの本能は健在だったことが、晴れてここに証明されたのだった。
 最初は立ち止まった位置から、織田隊員の方向をじっと見据えて様子を窺っているだけだったネゴゴロゴンだが、次第に小刻みに震え出した。
「織田隊員!!ネゴゴロゴンがこっちを見ているぞ!!」
「ほえ、サクサクサクサクサク!!じゃあ、ちょっとペースをサクサクサクサクサク!!落としてもよろしいでっかサクサクサクサクサク!!」
「何を言っているんだ!!ここでサクサクを止めたら、元の木阿弥でしょうが!!」
 胃袋を着実に埋め尽くしていくスナック菓子を体感している織田隊員は、ペースダウンを申し出るが、山下隊長によってその願いはあっさりと却下されてしまった。
「そうだそうだ!!」
「もっと食えーー!!」
「ミスター織田、ネバーギブアップ!!」
山下隊長の棄却に便乗するように、外野の職員からはほぼヤジと思える声援が降りかかってくる。
「うぷ!!・・・・サクサクサクサクサク!!げぷぷぅ!!サクサクサクサクサク!!」
 無責任な声援は時として、当人にとっては大きなプレッシャー以外の何物でもない。
事実スナック菓子を食べ続けることを止めはしないが、少し前からゲップが止まらなくなってきている織田隊員には、食道を逆流する感覚が刻々と大きくなってきていた。
まだまだ許してもらえそうにないことは理解している織田隊員、目の前のスナック菓子の山も、コンテナに満載のスナック菓子の在庫も、一向に減らせられる気がしなかった。
それでも、取り掛かっている目先の袋が空になると、少しだけだが気持ちが軽くなる。
 「うぷっ!!・・・・ふぅ・・・・・・・。」
けれど、1つの袋が空になっても、わんこそばの要領で織田隊員の近くに陣取っている職員たちがバケツリレーの要領で、ご丁寧にも新たな袋を開封して間髪入れずに手渡してくるではないか。
「どうぞ。」
どや顔で、俺って親切でいい奴だろうとでも言いたげな視線がやけに腹立たしい、織田隊員にとってまったく望まざる気遣いだった。
「うぷっ!!ううぅぅ・・・・・・・・!!」
 間もなく、織田隊員の手は硬直しすっくとその場に立ち上がった。
「どうした、織田?」
「隊長はん・・・・・、1回吐いてきてもよろしいでっしゃろか!!」
織田隊員は山下隊長の返事を待たず、両手で口を押えては、ゲロコーナーなる実に不本意な一角まで走っていき、用意された洗面器に食べたばかりのスナック菓子をものすごい速さで吐き出していったのだった・・・・・・。
  
 結局洗面器6杯分のゲロを吐いた織田隊員は、顔面蒼白になりながらも持ち場へと戻ってきた。
体を張ったアクションによって、ネゴゴロゴンの注意はこちらに向いてきているのは確かだった。
市街地から進路を変えさせて誘導するという作戦、「サクサク of ORITA」はまずまず順調な滑り出しを見せたと言えよう。
 だがまだまだ序の口に過ぎないと捉えている山下隊長は、ここで手を緩めるはずもなかった。
死地から戻ってきたばかりの織田隊員に目を向けた彼は、職員たちとのアイコンタクトによって、次なるスナック菓子の袋を気前よく10袋ほど開封させてから差し出させていた。
チーズ味にソース味といった王道な味に加えて、変わり種としてはとんこつ味にドリアン味といったフレーバーまで取り揃えて選り取り見取り、織田隊員よ一生分のスナック菓子を食してごらんという、ささやかな気遣いを添えて。
 けれど織田隊員にとっては、もはや味がどうとか飽きがどうとか言っていられる場合ではなかった。
胃の中身をすべて吐き出して多少はすっきりしたと言っても、そんなものはほんの気休めに過ぎなかったからだ。
気持ちの悪いムカムカとした感覚が拭いきれない胃腸状態で、再びスナック菓子を食べなければならないと考えるだけで、酸っぱい胃酸が口の中に広がってきそうだった。
 「はい織田隊員!!スナック菓子を手に取って~!!」
「・・・・・・・・・・。」
数時間は横になってから、胃腸の回復具合を見極めながら水やおかゆ辺りから徐々に食事を再開させたいと切に願う織田隊員なのだが、事は緊急事態、まして地球の平和を左右してしまう今の状況が許してはくれない。
山下隊長の指示が被害妄想なのだろうか、お気楽なトーンに聞こえてしまうのは追い込まれている証拠なのか?
「食べますがな~、食べまんがなぁーー!!」
 地球の平和よりも自身の胃袋の方が心配なことは胸に秘めて、恨めし気な視線で破睨みな織田隊員が、意を決したというよりは自暴自棄になってスナック菓子を口に放り込んでいった。
「サクサクサクサクサク!!・・うぷ!!サクサクサクサクサク!!・・・うぷぷぅ!!」
 戦場で戦う者たちには、皆それぞれに抱えた思いがあるものだ。
命懸けで最前線に出て行く者、家族や愛する人々のためを守るために奮戦する者、祖国や母星のために戦う者、100人いれば100通りの人間ドラマが存在することだろう。
 では、織田隊員の場合はどうだろうか?
もちろんマタラッターニの隊員として地球の平和を防衛するという大命題を背負っているのは間違いない、だからこそ彼は己の胃袋が限界を突破しようと、与えられた任務に向き合っているのだ。
しかし・・・しかし・・・・・、自分にしかできないと山下隊長や他の隊員、作戦に携わったすべての職員の期待を背負った任務が、「サクサクと良い音を立てながらスナック菓子を食べ続けること」って・・・・・・。
情けないとまでは思わないが、少なくとも織田磨琶菓(おりた まろわか)という人間の、存在意義は見失いそうになってくるし、寄せられている信頼にも不信感というか疑問は感じずにはいられない、織田隊員だった。
 「サクサクサクサクサク!!サクサクサクサクサク!!」
自問自答が浮かんできては消え、葛藤の波が押し寄せては苛まれても、織田隊員は一心不乱にスナック菓子を次々とサクサクしていった。
その音は高性能な収音マイクによって一片も取りこぼされることもなく、時間差もなしにただちに10台のスピーカーから流されていく。
音響設備や精密機器に特化したエキスパートな職員たちによってセッティングされたスピーカーはどれも、反響や空気中を伝う周波数まですべてが完璧に計算し尽くされた配置で居並び、その結果織田隊員が奏でしサクサク音にノイズが混じることなどありえなかった。
 「ギャウウー!!ギャウーン!!」
そしてサクサク音はネゴゴロゴンの本能に訴えかけ、ついに辛抱ができなくなった怪獣は音のする方を目指して巨大な脚を動かし始めたのだった。
1歩1歩の歩幅は十数メートル、ネゴゴロゴンが織田隊員やスピーカーが設置されている場所へと歩んでくる。
「来たぞ来たぞ、来たぞーー!!」
してやったりと山下隊長の表情がわずかに緩み、その感情は共に見守っていた職員たちにも伝播していった。
「イエヤァーーー!!」
「ブラボーー!!」
「ハラショーーー!!」
客観的に状況を鑑みれば、巨大な怪獣がどんどん自分たちの元に近付いて来ているのに、日本人離れしたリアクションで喜びを表現している職員たちは異様に映る。
なおこの時点で、織田隊員は2度目のゲロを吐いていたことを付け加えておこう。

 「もう少しだ、織田隊員!!よーい、アクショショフォフォ!!」
メガホン片手にさらなるサクサク音を求める山下隊長、その号令は映画監督っぽい原形は留まっておらず、後半部分は何て言ったのか聞き取れなかった。
 一方未だスナック菓子サクサク地獄から抜け出せずにいる織田隊員だったが、2度も吐いたことで耐性ができてきているようでもあった。
口に含んだ瞬間にすぐさま訪れる拒絶感や、相変わらず食道から胃にかけての焼けただれたむかつきから引き起こされる吐き気も健在ではあったが、吐けば吐くほどショックは和らいできているのを彼は感じていた。
単に感覚が麻痺して、鈍感になっただけかもしれないが。
 「サクサクサクサクサク!!」
「ギャウウーン!!」
「サクサクサクサクサク!!」
「ギャウギャウーーン!!」
空っぽになったばかりの胃がすぐにスナック菓子で埋め尽くされていく中、ネゴゴロゴンはもうずいぶんと市街地から離れていた。
「サクサク of ORITA」第1段階は、まず成功と言っていいだろう。

 あと数メートルで目論み通り市街地に侵入し、今頃は多くのビルや建物を破壊していたはずだったネゴゴロゴンの姿が、そこにはなかった。
「うぅぅ~!!一体どうなってるんだはぁーー!?」
空と同化した宇宙船の中から、高みの見物を決め込んでいた宇宙人・ハラックェーンは、大いに憤慨し悔しさを露わにしていた。
 だが悔しがってばかりではない、かといって侵略計画が失敗に終わったと割り切って、すんなり地球を後にしてくれるほど物分かりの良い生易しいハラックェーンでもなかった。
「おのれ!!猪口才なる地球人め!!」
ハラックェーンは船内の計器をいじり、先ほどよりも何倍も強力な光線をネゴゴロゴンに向けて放ったのだった。
 何度目かの原色禍々しい光線が降ってくる、正気を取り戻しつつあったネゴゴロゴンに、それは無情にも浴びせられていったのだった。
「ギャウウゥーーン!!ギャギャ、ギャウウゥゥーーーン!!」
支配欲に駆られたハラックェーンの取った行動は、ネゴゴロゴンにとっては間違いなく災いなのだろうが、山下隊長にとっては想定していた通りに取られたものだったため、幸いと言えるものだった。
 つまるところ、ハラックェーンを叩き潰しネゴゴロゴンを呪縛から解き放てる、この好機を待っていたのだ。
そして立ち上がる、頼りになる仲間たちと共に。
 「山下だ。ミヤッサーン1号・2号応答せよ。」
ビデオシーバーのディスプレイを開いた山下隊長は、上空で待機していた佐々木副隊長と本田隊員に、攻撃決行の指示を飛ばしていった。
「こちらミヤッサーン1号、佐々木であります!!」
「はい、2号の本田です。」
「今ネゴゴロゴンに向けて放たれている光線をたどるんだ、そこにハラックェーンの宇宙船が隠れている!!」
「了解であります!!」
「了解。」
 ハラックェーンの宇宙船は保護色のような性質を用いて、空中に同化している。
けれどそこから発射されている光線が可視できる以上、発射元に宇宙船が存在していることは極めてシンプルで成り立つ理屈だ。
「よーし、行くぞ!!後に続けぃ、本田ーー!!」
ミヤッサーン1号とミヤッサーン2号は、急ぎ進路を決め飛び立っていった。

 見えない宇宙船の中でネゴゴロゴンを再度意のままに操るために、光線を放ち続けているハラックェーンは気付いていなかった。
自分の意に反して動くネゴゴロゴンのことがよっぽど癇に障ったのか、侵略作戦を妨害してくる地球人たちに腹を立てているのか、その胸中は推し量ることはできないまでも、とにかく夢中になりすぎていた。
ゆえに気が付いた時には、大きく後れを取ることになった。
 もっとも宇宙船内に装備されているいくつものマシーンは、ずいぶんと前から宇宙船に接近してくる敵機の存在を探知して必死に警戒を呼び掛けていたのだが、使いこなすべき主が冷静さを欠いていては宝の持ち腐れにしかならない。
 
 必要最小限に抑えられたジェット音が雲を切り裂き、ミヤッサーン2機は光線の発信源にあとわずかまで接近していた。
先行して飛び出したミヤッサーン1号から少し離れた位置で、ミヤッサーン2号はスピードを落として、操縦している本田隊員は周囲を警戒していた。
「・・・・・・・・・・。」
目を細めて、光線の発信源を冷静に追いかけては、宇宙船が存在しているであろう空間に目星をつけていた。
本田隊員は潜伏予想空間一帯に向けて、コックピット内のコンピューターを巧みに操作していき、具体的な宇宙船の質量から空間に影響を及ぼす範囲までをも、探知装置から得られてきたデータを基に高速ではじき出していっている。
 「ファイヤー!!ファイヤファイヤー!!」
後方の本田隊員が科学力を用いるのならば、1歩先行く佐々木副隊長は物理攻撃あるのみ。
操縦桿を握りながら、細かい範囲に限らず大まかに狙いをつけて、レーザー光線を発射し続けている。
「ファイヤー!!ファイヤファイヤ、ファイヤーー!!」
嬉々としてレーザー光線を雨あられと次々発射していく佐々木副隊長は、闘争心の塊と言うべき叫びに乗せて実に勇ましい。
 佐々木副隊長が発射したレーザー光線に、時折ミサイルも織り交ぜて攻撃の手を緩めないが、如何せん見えない宇宙船が相手とくれば手応えもなければ、命中している様子もなかった。
これだけ撃って命中しなければ、並のメンタルの持ち主であれば落ち込んだり、作戦からの撤退などのネガティブな行動に走るかもしれない。
 しかし佐々木副隊長は違った、だって彼は根っからのソルジャーなのだから。
守るべき場所も人もいる中で、撤退の命令も下されていない只中で、さらに撃破すべき敵が目の前にいて、どうして後ろ向きな思考や行動を取れるのか。
「ファイヤーー!!ファファファファファイヤーー!!」
だから佐々木副隊長は撃ち続ける、レーザーやミサイルに平和を守る使命感を込めて。
 そんな彼の熱意は、後方から援護に入ろうとしている本田隊員にまで、しっかりと伝わっていた。
戦況を見極めながら決定打に出るタイミングを計っている本田隊員は、感心と少しだけだが尊敬の念を佐々木副隊長に抱いているのだった。
「・・・まぁ・・・・、それはそれとしてね・・・・、いくら何でも・・・・・攻撃外しすぎだと思うけどねぇ・・・・・・。」
佐々木副隊長にとってレーザー光線を放つのは、実弾射撃とはどうも勝手が違うようであった。

 2機のミヤッサーンが近付いてくる気配もジェット音も聞き逃し、いつの間にかレーザー光線やミサイル攻撃の狙い撃ちに遭ってしまったハラックェーンは、はっきり言って動揺していた。
地上のネゴゴロゴンが悶え苦しんでいるところを見ると、光線の発射はかろうじて継続しているのは執念のなせる業。
「おのれぃ!!早く言うことを聞かんかぁーーー!!」
 もしかしたらこの瞬間のハラックェーンは、至上命題である地球侵略など忘れているのかもしれず、目の前の事態を何とかすることにしか意識が働いていないのではないか?
言うことを聞かずに暴れようとするペットに困惑しているだけの、地球人と何ら変わらないとさえ感じてしまう宇宙人、それが今のハラックェーンなのかもしれない。
「おのれぃ!!おのれぃ!!おのれぃ!!」
ネゴゴロゴンに向けた光線は、最大出力となっており、宇宙船が悲鳴を上げてしまわないのか心配な様相となっていた。

 ネゴゴロゴンは大地を踏みしめ悶え苦しみ、動きや咆哮に合わせて木々は枝を揺らめかせ、地響きにも似た振動が続いていた。
「ギャウウゥゥーーーン!!ギャギャギャ、ギャウウゥゥーーン!!」
山下隊長にとっては想定内の事態の推移かもしれないが、当事者中の当事者であるネゴゴロゴンや、作戦に参加して巻き沿いを食らっている形の職員たちにとっては、たまったものじゃない状況だった。
手近な木の幹を掴んだり地面に這いつくばる姿勢を取ったりしながら、職員たちはもうずいぶんと鳴りやまない大地の鳴動と振動や風圧に懸命に耐えている。
 頭上の宇宙船からは光線が降り注ぎ続き、この状態がさらに続けばせっかく正気に戻しつつあったネゴゴロゴンの意識が、また乗っ取られてしまうことになる。
山下隊長は皆の惨状を目の当たりにしながらも道半ばの志を完遂させるべく、魂の演説を開始したのだった。
 「諸君、面を上げい!!」
何故か時代劇調のセリフ回しで切り出された言葉に、全員の視線が集まっていく。
山下隊長はわざと大げさなくらいな身振りを交えて、少しだけ待っていた。
全員分の視線が自分に集まるまでの時間を稼ぎ、ほどなくそれがかなったと注がれてきた気配で感じ取って、言葉を続けていった。
「諸君らの尽力によって、ここまでの作戦は順調に遂行された。侵略者のハラックェーンも、かなり弱ってきていると見える。」
この男の発する言葉には、どうしてだろう人の心を惹きつける不思議な力がある。
「だが、しかーーし!!ここで終わってはダメなのだぁ!!我々はまだ、何も成し遂げてはいないのだから!!」
 自然災害をも巻き込んで降りかかってきた現状に耐えることばかりに必死になっていた面々、その誰もの表情がハッとしたものに変わり、自分たちが背負った使命の重さを思い出させていった。
職員たちは無言のまま続々と立ち上がっては、離れていた持ち場へと戻っていく。
彼らの様子を満足気に頼もし気に見つめながら、山下隊長は直属の部下である織田隊員さえも奮起させていくのだった。
 「さあ織田隊員立ち上がれ!!君のその胃袋が破れるまで、スナック菓子を再び食べ続けるのだぁーー!!」
「ええぇぇぇぇ・・・・・・・・・。」

 暴風や地響きによって崩壊気味だった音響機材が、奮起した職員たちの手によって瞬く間に元の状態へとセッティングされていき、作戦の続行が可能となった。
なぎ倒されていたスピーカーも収音マイクも、派手に転がっていた見た目よりは損傷もほとんどなく、取り立てて故障している様子もなかったのは幸いだった。
専門のエンジニアによって抜群で絶妙な配置も完了し、織田隊員の真ん前に設置された収音マイクに、電源が入ったことを知らせる赤いランプが今灯った。
 ちなみに織田隊員は、収音マイクを前にして背筋をまっすぐ伸ばして正座をしている。
別に足を崩すことを禁じられてなどいない、推察するに皆が繋いだ作戦に挑むにあたっての、彼なりの誠意とでもいうのだろうか?
「ふぅ・・・・・・、大丈夫や大丈夫・・・・。わいはまだまだ食べられるよってに・・・。」
 「では、織田隊員!!スナック菓子を持てい!!」
すっかりどこかのお奉行が板についた山下隊長が、織田隊員にスナック菓子を手に取るように促していく。
「よーーーーーーーーい、アシャシャシャショシャア!!」
もはや「アクション」と言っているらしい掛け声は意味不明で、音声だけを聞かされたら誰も何と言っているのか正解できないレベルだった。
 「サクサクサクサクサク!!サクサクサクサクサク!!」
だが山下隊長が何と言っていようとも、覚悟を決めた織田隊員はもう止まることはないだろう。
「サクサクサクサクサク!!」
織田隊員の心は、完全に無になりつつあった。
邪念や雑念は振り払われ、あれほど苦しかった腹部の膨満感も、吐き気を催して仕方がなかったスナック菓子に含まれた油分に対する拒絶感も、何もかもを感じなくなっていたという。
「サクサクサクサクサク!!サクサクサクサクサク!!」
その光景を見た職員からは、織田隊員の姿が小リスやハムスターに見えたという。
 上顎と下顎を人知を超えたしなやかな動きで開閉し、上下の歯を器用に立てて1番良い音が立つように噛み砕いていく織田隊員が奏でしハーモニー、最新鋭で高性能な音響設備が余すことなく拾い上げて、苦しんでいるネゴゴロゴンへと届けられていった。

 上空の宇宙船からは自我を消失させる光線を直接的に頭部を中心とした体に受け、地上からは支配からの解放を目的としたスナック菓子のサクサク音を聴覚から受けているネゴゴロゴン、侵略宇宙人と地球防衛のための隊員たちの、1歩も引けない戦いはまさに正念場となっていた。
神経系統を激しく刺激してくるハラックェーンが放つ光線によって、破壊衝動や暴力的欲求を引き出されそうになっているネゴゴロゴンが、地球生まれの生物としての本能と自我を保てるのかで、地球の未来が変わるといっても過言ではない。
 「サクサクサクサクサク!!サクサクサクサクサク!!」
吹っ切れた感のある織田隊員はこれまで以上にスナック菓子をサクサクと食べ続けている、満腹中枢が麻痺してしまっているのではないかというくらいに、尋常じゃない量の菓子が胃袋を埋め尽くしていっている。
 この作戦においては、織田隊員頼りなのは否めない現実として、山下隊長や参加している職員たちは見守ることしかできない歯痒さもある。
「(織田隊員、何とか踏ん張ってくれ。無事に作戦が成功したら、私が上に掛け合って危険手当を多めに勝ち取ってみせるからな。)」
とりわけ山下隊長の眼光は鋭く、地上と空中を何度も何度も行ったり来たりさせて視線を彷徨わせていた。
 「ギャウギャウギャギャギャウゥゥーーン!!」
前脚で頭部を押さえながら苦悶に脈打ち、巨体を揺らしているネゴゴロゴン。
「サクサクサクサクサク!!サクサクサクサクサク!!」
チーズ味から始まり、めんたい味コンソメ味サワークリームオニオン味を経て、またチーズ味へと舞い戻るヘビーローテーションでも、織田隊員はくじけない、スナック菓子をサクサク食べることを止めない。
 するとどうだろう、初めのうちこそ出力を最大にしたハラックェーンの光線の威力の方が大きく押されていた戦況が、織田隊員の不健康への道まっしぐらな暴食行為によって徐々に押し返していき、ついに劣勢から優勢へと形勢は逆転していったのだった。
邪悪に赤黒く変色していたネゴゴロゴンの両目も、正常なる黒目へと戻っていき、不自然に膨張してはちきれんばかりだった体の各所も収まりを見せていっているではないか。
「おおう!!隊長、ネゴゴロゴンが元に戻っていきますよ!!」
「織田イエヤァ!!BANZAーI!!」
 口々に職員たちからは絶望からの生還と、織田隊員へ向けての称賛の言葉が発せられてくる。
「うむ。」
そして山下隊長も大きくしっかりと頷いてから、明らかに眼光の鋭さが確信へと変わっていくのが見て取れた。
 「ギャアギャアァアァーーーーーーーーーー!!」
そうしてネゴゴロゴンが、今までよりもひときわ大きく吠えた。
けれどその咆哮は、これまでの自我を乗っ取られそうになるのに耐える苦しみに満ちたものとは異なる、言うなればハラックェーンの仕掛けてきた呪縛からの真なる解放が叶ったことを意味するものだった。
 「バババババ、バッカなぁーーー!?光線の威力から逃れただとぅーーー!?」
ハラックェーンは、眼下で目の当たりにした事実が信じられないと、これまでの人生観をすべてぶち壊されたような感覚に襲われていた。

 呪縛から解放されたネゴゴロゴンは、おとなしい本来の姿に戻っていた。
大きささえ除けば、どこにでもいるトカゲそのもので、四肢を大地に踏ん張らせてゆっくりと歩きだした。
目指すべきはスナック菓子のサクサク音が鳴る方、つまるところ織田隊員たちがいる場所だ。
 「総員、ただちにスピーカーの電源を切るんだ!!」
「はっ!!」
山下隊長の大号令でエンジニアたちが急ピッチで、サクサク音が流れているスピーカーの電源を切っていく。
市街地と山中とを結ぶ林道にて、しばらくの間鳴り響いていた大音響はぱたりと途絶え、途端に静かな自然の息吹が耳朶を打ってくるようになった。
 その変化と同時に、ネゴゴロゴンも織田隊員たちの元への歩みを止めて、少しばかり疲れた様子でゆっくりと大地に体を落としていく。
「ふうぅぅぅ・・・・・・・、終わったでぇ・・・・・終わりましたでぇ・・・・・・。」
地上にいる誰よりも安心したのは、他ならぬ織田隊員だった。
彼は立ち上がったまま脱力して、背骨が抜かれたみたいにふにゃふにゃとなって崩れ落ちていった。
腰が抜けて上半身だけはまだ、直立姿勢を保っていたけれど長くは続かなかった。
 「織田ーーー!!」
仰向けに乱暴に寝転がる体勢となった織田隊員へ、山下隊長が走り駆け寄っていく。
力の抜けきった全身で、唯一腹だけはフグのようにまん丸に出っ張ったシルエットの織田隊員を抱き起しながら、山下隊長は今回の作戦における最大の功労者を必死の形相で讃えていくのだ。
「織田ーー!!しっかりしろ、織田ーーー!!」
「あぁ・・・・隊長はんでっかぁ・・・・・?」
 蚊の鳴くような声で呼び掛けに答えた織田隊員の目はトロンとしており、力尽きる寸前だった。
「・・・わい・・・・もう食えまへん・・・・・。・・・・一生分のスナック菓子を・・・・食った気分ですわぁ・・・・・・・。」
「もういい、もういいんだ織田!!もう・・・食べなくてもいいんだ!!」
普段は冷静沈着な山下隊長も、この時ばかりは肩が震え嗚咽が混じっていた。
「あとは・・・・頼んます・・・・・・。」
そう言い終えた直後、織田隊員の体から力が抜けて瞳も閉じられてしまった。
「お・・・織田ぁ・・・・・、織田ーーーーーーーー!!」
 穏やかな風が吹き抜けて木々を揺らす中、1人の戦士が眠りについた。
「あの、隊長。」
悲しみに暮れる山下隊長の背後から近付いてくる気配、何とも言えない表情の戸島隊員が声をかけてきた。
「・・・何だ・・・・・?」
「今回の作戦で1つ思ったんですけど・・・・・・、」
「・・・・・・・・・・。」
「わざわざ実際にスナック菓子を食べさせなくても、音声を録音してから再生して流せばよかったんじゃ?」
「・・・・・・・・・・。」
 その瞬間、織田隊員を抱きかかえたまま振り返っている、山下隊長の戸島隊員を見る顔が凍り付いた。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
両者の間に流れる沈黙も冷たく、空気が気温が氷点下まで下がっていくのは必然だった。
山下隊長は黙ったまま、織田隊員を優しく地面の上に寝かせてから、戸島隊員へと正対していく。
 「そうだよなぁーーーーーー!!言われてみれば、まったくもってその通りだよなぁーーーーーーー!!!」
素手ででこぼこした地面を激しく叩き続けながら、山下隊長は叫ばずにはいられなかった。
「・・・・・・・・・・。」
言いにくかったことをやっと言えた戸島隊員は、悔恨に打たれている山下隊長を呆れたように見下ろしていた。
「かあぁぁぁーーーーー、何でそんな単純なことに気が付かなかったのだろうか、この私ってば!!歴戦の勇者の名が泣いて仕方ないわぁーー!!号泣必至だわぁーーーーー!!!」
 整地されていない固い土質の地面を叩き続けている手のひらは、裂傷と殴打を繰り返したことで血まみれとなっていた。
「極みだわぁーーーー、痛恨の極みだわぁーーーーーー!!我、痛恨をここに極めれりの何たる体たらくぅーーーーーーーーー!!!」
「・・・・・・・・・・。」
 終わり良ければすべて良し、結果オーライだから許されるかもしれないが、山下隊長の悔いる思いと自身に対する失望の念は隠せるはずもなかった。
さらにいい加減地面を叩くのを止めたらと戸島隊員が止めに入ろうとした時、追い打ちをかける悲劇が襲い掛かっていくこととなる。
「あれ?何か急に地面が湿ってきたというか・・・・・?」
先ほどまでの手のひらを打つ乾いた固い土の感触とは違う、水分を含んだ柔らかで生暖かい感触が伝わってきたのだ。
「温泉でも掘り当てちゃったかしら?」
と、おめでたいことを考えていた山下隊長だったが、それにしては手のひらから伝わってくる感触は、妙にドロドロしていて不純物が多く混ざりすぎている気がする。
 そして間もなく、最悪の真実に山下隊長は気付いてしまった。
「うわあぁぁぁーーーーーーー!!織田隊員が寝ゲロを吐きよったぁーーーーーーーー!!」
そう、その謎の感触の正体は、山下隊長のすぐ近くで横たわり眠ってしまった織田隊員の胃袋が許容できなかった固形の混ざりし液体、早い話が寝ゲロだったのだ。
「うわあぁぁぁーーーばっちぃーーーーー!!酸っぺぇーーーーーーーーー!!」
 己が手にべったりと付着してしまった織田隊員の寝ゲロを払おうと、山下隊長はその場でルンバのような謎のステップを踏みしめるのだった。
「・・・・・・・・・・。」
戸島隊員はただただ呆れ、「転職しようかしら?」と本気で考えもしたらしい。

 その頃、上空の宇宙船内には躍起になっていたネゴゴロゴンの操縦が失敗に終わった宇宙人の姿があった。
熱中しすぎていたからこそ、結果を見届けた後の落胆からくる体温の急落は激しかった。
沸騰して燃えたぎっていた血が一気に冷めていく、合わせてモチベーションの低下はそれ以上に大きかった。
項垂れて肩を落としている後ろ姿は、中年男性の悲哀に近いものがあり、とても地球を侵略するために息巻いてやって来た宇宙人には見えない。
 「ウソでしょうぅぅ~。地球人にここまでの科学力と知恵があるだなんてようぅ~。」
地球の平和を守るために最前線で戦ったマタラッターニや、彼らを支えて共に戦った多くのササダーノ日本支部の面々の前に、侵略作戦を砕かれた宇宙人・ハラックェーン。
 おそらく地球を侵略するにあたって、何の妨害もなく無条件で手に入れられるなどとは思っていなかっただろう。
ハラックェーンの母星の科学力が地球と比較してどれほどの差があるのかはわからない、が、事実として地球人の科学力と行動力の前に敗れ去ったのだから、ショックも大きかろう。
地球の生物を怪獣化させて意のままに操って、地球侵略の傭兵として破壊の限りを尽くさせて、我が物にするはずだったのだ。
なのに・・・・、敗れた、地球人の科学と知恵と勇気の前に。
まぁ正確には、織田隊員の尋常ならざるスナック菓子の食べっぷりだけに屈した感は否めないのだけれど・・・・・・・。
 「・・・・もう・・・・きゃえろうかなぁ・・・・・・。」
尻尾を巻いて帰ることは憂鬱だが、これ以上の侵略行為は難しいとハラックェーンが呟いた瞬間、宇宙船に外部からの攻撃が命中した衝撃が駆け巡ってきた。
 忘れていたかもしれないが、織田隊員のスナック菓子サクサク作戦のクライマックスから並行して、ミヤッサーン1号による攻撃は開始されていたのだ。
ミヤッサーン1号を操縦する佐々木副隊長の放つレーザー光線が、すべて外れ倒していたものだから、攻撃を受けている自覚に乏しかった。
しかし、ここに来て1度レーザー光線が宇宙船へと命中したことで風向きは大きく変わり、次々とマタラッターニの攻撃は直撃していくこととなっていった。

 ミヤッサーン1号のコックピットでは、勇猛果敢の1つ覚えでレーザー光線を撃ち続けていく佐々木副隊長が戦鬼と化していた。
「ふはははははは!!当たる、当たるぞーーーー!!小生の攻撃が当たってゆくぞーーーーー!!」
間髪入れずに相手に反撃する隙さえ与えずに、立て続けに発射ボタンを押していく佐々木副隊長。
だが、先ほどまでてんで命中しなかった攻撃が、どうして当たるようになったのだろうか?
 答えはミヤッサーン1号から距離を取った後方に浮かんでいる、ミヤッサーン2号にあった。
ミヤッサーン2号を操縦している本田隊員は、先行していち早く攻撃へと打って出た佐々木副隊長とは違い、攻撃開始直後からずっと下準備に取り掛かっていた。
別に佐々木副隊長の射撃の腕を信用していないわけではない、けれど負けられない戦いだからこそ、可能な限り出来得る準備を怠る気にはなれなかったのだ。
決して、佐々木副隊長の射撃の腕を信用していないわけではない、多分、おそらく。
 そんなわけで本田隊員は、最初のうちは地上のネゴゴロゴンにハラックェーンが放ち続けていた光線の様子や、佐々木副隊長の外した弾道などから、実態を空に同化させている宇宙船の規模や周囲への干渉度合いなど、ありとあらゆるより正確なデータを収集していた。
その作業と並行して、ミヤッサーン1号に搭載されているレーザー光線と相反する物質を導き出し、自らが乗るミヤッサーン2号のレーザー光線の成分をいじってもいた。
 地上では織田隊員の胃袋を犠牲にした作戦が敢行されており、紆余曲折を経たが山下隊長の計算通りに、ネゴゴロゴンの沈静化に成功していた。
時間稼ぎにしては十分すぎる奮闘だったと、彼は空の彼方にて思っていた。
 「よし、じゃあそろそろこちらも始めるかねぇ。」
そうして気だるげな言葉とは裏腹に、綿密に整えられたハラックェーンの宇宙船攻撃作戦は、本当の意味で開始されていったのだった。
 「ファイヤーー!!ファイヤファイヤファイヤファファイヤァーーーー!!」
本田隊員が秘密裏に動いていたことなど知る由もない佐々木副隊長は、レーザー光線を発射する掛け声にはどうかという叫びでもって、宇宙船目掛けて撃ち続けている。
放たれたレーザー光線はどれも皆明後日の方向に飛んでゆくというのに、どういうわけか突然不自然に曲がると、軌道を変えて宇宙線に命中していった。
科学や物理法則の概念も超えて、直角よりもさらに急角度にレーザー光線は軌道を変えたりして、続々と宇宙船の各所に外れることなく命中していくではないか。
 「ちょっと副隊長・・・・、ピッチが速すぎるぜ・・・・・・。」
1発1発の間隔が極端に短い佐々木副隊長の攻撃に、本田隊員は苦笑いを浮かべながら必死にタイミングを合わせていく。
実は本田隊員は、佐々木副隊長の放ったレーザー光線の軌道に、反発する物質を込めて調合したレーザー光線をぶつけていたのだった。
相反する物質同士がぶつかると、反発して跳ね返る性質を利用して、本田隊員は佐々木副隊長の放つレーザー光線の軌道や攻撃対象となる宇宙船の位置を素早く計算して、1発ずつ的確にミヤッサーン2号から反物質のレーザー光線を放つという神業を披露していたのだ。
 「ドーン!!」「バァーーン!!」
突然レーザー光線の命中率が0から100%になったからくりは、そういうわけだった。
いつの時代もどこの組織でも、上司を立てなければならない部下はつらいものだ。
 「副隊長。本部に帰ったら、同人誌の1冊でも奢ってもらいますよ。」
ハラックェーンの宇宙船にレーザー光線が命中する度、本田隊員は本田隊員でしたたかに、タダでは転ばないという野望を口にしている。
 そんな腹黒い彼の前方の空で今、また1発レーザー光線が直撃し、ハラックェーンの宇宙船に致命的となるとどめの一撃が炸裂したのだった。

 「ドーン!!」「ズドーン!!」「ドドーーン!!」
宇宙船にレーザー光線が命中する度に、船内には激しい揺れと耳を塞がずにはいられない大音量が鳴り響き、機体が徐々に損傷していく。
「くぅぅぅ・・・・・、ウソやろ、負けちゃうのかなぁ・・・・・・・。」
広い宇宙船内に1人だけの侵略宇宙人に、侵略作戦の失敗という信じたくない現実が目前に迫っているのを、ようやく肌で感じたからこその呟きが漏れ出る。
 しかし、ネゴゴロゴンの主導権を奪還することに躍起になっていた行動が仇となり、過ちとなりて侵略宇宙人・ハラックェーンに、もうどうすることもできない変えることの叶わない未来を引き連れてきた。
「ドゴドゴゥゥーーン!!」
ミヤッサーン1号とミヤッサーン2号の連携によって放たれたレーザー光線が、宇宙船を貫通しひときわ大きな破壊音を奏でたのだった。
と同時に、機体の自由が利かなくなり制御不能のまま、重力の影響をもろに受けだした。
 「地球人に負けたわけじゃああらせん!!こちらの作戦が至らなかっただけなのだぁ!!」
敗北決定の現実にせめてもの負け惜しみなのだろうか、戦国武将が散り際に残す辞世の句に似た言葉を吐いたのを最後に、ハラックェーンは宇宙船もろとも山中へと急速に落下していった。
雄大なる大地に大きな衝撃と爆発による破壊をもたらし、撃墜された宇宙船は木っ端微塵の残骸へと変わり果ててしまっていた。

 侵略宇宙人・ハラックェーンを撃墜したことで、一連の事件は終息を見ることとなった。
ハラックェーンによって巨大化させられ怪獣と化してしまったネゴゴロゴンの身柄は、ササダーノ日本支部が責任をもって保護・管理することで落ち着いた。
怪獣を殺さずに生かしたまま保護することに、各国の首脳や国民の一部からは批判的な意見も続出したのだが、ササダーノ日本支部の小塚総監を中心とした上層部が奔走したおかげで沈静化することができた。
 ~関東近郊のとある山岳地帯~
 「ギャウギャギャギャウゥゥーーーン!!」
今ネゴゴロゴンは何も不自由なく、自然の中で命の雄叫びを上げている。
もちろんその周囲は、厳重な柵で覆われているし、周辺住民に危害が及ぶことのないように万全な体制を敷かれた保護下ではあるが、地球の生物として生を謳歌していられる。
 すでにササダーノ内では、化学班と生物班の優秀なる科学者たちがタッグを組んで、巨大化してしまっているネゴゴロゴンの細胞を縮小化させて、元のトカゲのサイズに戻すための研究が水面下で始まっているそうだ。
 なお余談になるのだが、一時的にネゴゴロゴンの保護区となった一帯は私有地だった。
何でもこの土地の持ち主と小塚総監が昔からの顔馴染みだそうで、二つ返事で土地を提供してくれたらしい。

 だが、何とか地球の平和を脅かした事件が解決した裏に、気がかりなこともあった。
それは、墜落した宇宙船の残骸の中から、ハラックェーンの遺体をとうとう見付けられなかったことだ。
もちろんミヤッサーン1号と2号による激しい攻撃を船体に受け、相当な衝撃で山中へと墜落したのだから、爆発の際に一片の細胞も残さずに消失したことだって考えられる。
 けれどハラックェーン星(山下隊長による勝手な命名)の物質で構成された宇宙船の残骸が、むごたらしくも完全に消え失せることはなく残っていることが、妙に不安な気持ちを駆り立ててくるようだった。
地球の科学力とは似て非なる文明の結晶だからそう思わせるのか、ハラックェーンの存在の欠片すら発見できない現状に拍車をかけて、素直に危機は去ったと言い切れなくしていた。
 その辺りの事情を懸念して、山下隊長は事件解決後も自ら長官へと進言して、ササダーノが誇る諜報機関に、念のため消えたハラックェーンへの捜索と警戒が水面下で継続されることになった。

 ~マタラッターニ作戦室~
 あれから数日が経過した、ササダーノ日本支部内のマタラッターニの作戦室では、山下隊長以下隊員全員が出揃っていた。
 各種レーダーを注視している戸島隊員と共に、山下隊長は油断なく目を凝らしている。
作戦室の中央に配備されているデスクには、本田隊員・織田隊員・佐々木副隊長が腰掛けており、各々が職務に励んでいた。
本田隊員は何やら小さな機器を手にして黙々と内職作業に没頭して、佐々木副隊長は苦手分野である書類の作成に睡魔と戦いながら取り組んでいる。
 そんな隊員たちの間で、圧倒的な存在感と言うべきか異彩を放っている隊員がいた。
先日のネゴゴロゴン・ハラックェーン戦で大活躍をした、織田磨琶菓(おりた まろわか)隊員だ。
といっても、異彩を放っている理由は戦果によって得た、勲章や実績などではなかった。
26歳のまだまだ若者の隊員の元へ、山下隊長が近付いて来て大変言い辛そうにしながらも、意を決して声を掛けた。
 「織田隊員・・・・・、その・・・・太った?」
作戦室内にいた隊員誰もがあの日以来、思っていても気を遣って言えなかった事実を、責任者という立場から、ついに山下隊長は突き付けたのだった。
「えぇ~?そうでっかぁ~?」
周囲の緊張をよそに、織田隊員は案外ケロリとした感じの口調で反応した。
「うん。・・・その・・・・・まぁ・・・・・あれだ・・・・・、そこまで気にする必要も無いと思うんだけどね・・・・・、気持ち・・・そう気持ち、ちょっと太ったんじゃないかなぁって思うんだ、うん。」
 作戦を指示した張本人である手前、山下隊長はいつになく遠慮がちに控え目に指摘するのが精一杯だった。
「そうかいなぁ~?」
ピンと来ていない様子の織田隊員、すかさず他の隊員たちが山下隊長を3人がかりで室内の隅へと引っ張り込んで距離を開けた。
 そして口々に山下隊長へ、不満をぶつけていくのだった。
「ちょっと隊長!!何ですか、今の弱腰な指摘は!?」
口火を切った戸島隊員が、山下隊長の顔に急接近しながら生ぬるいと攻め立てる。
「いやでもね、私が命令した結果ちょっと太らせてしまったわけだし、なかなか強くは言えないよぅ。」
「はあぁーーーーーっ!!」
戸島隊員はこれ見よがしに溜息を吐いてから、山下隊長から離れていった。
 「本田隊員、君には私の気持ちがわかるだろう?」
急激に部下からの信頼を失うことが怖くて、すがるように山下隊長は訊ねる相手を変えた。
「いや、しかし隊長。明らかにおりっさん、太りましたよねぇ?」
「まあその・・・多少な。」
「いやいやいやいや!!おりっさんが座っている椅子、重さに耐えかねて今にも壊れてしまいそうですよぅ。」
「じゃあ・・・あれだ、椅子の脚をすぐに補強しよう。」
「それにですよ。おりっさん、何もしなくて座っているだけなのに、鼻息やら呼吸がやたらうるさいったらないんですけど!!隣に力士が座っているみたいですよ!!」
「じゃじゃあ、この際相撲部を設立しようではないか!!」
「何よりおりっさん、口に出した言葉のすべてに半濁点が付いているように聞こえてならないんですよーー!!」
「・・・・・・・・・・。」
本田隊員もがっかりした感じで、山下隊長から離れていった。
 こうなると最後の希望は同じ管理職である、佐々木副隊長だ。
「佐々木副隊長・・・・・」
が、名前を呼んだ直後に、一刀両断な反応を食らうことになる。
「隊長殿!!小生は、非常に失望した!!」
肩を怒らせながら、佐々木副隊長までも山下隊長から離れていった。
 四面楚歌となった山下隊長は途方に暮れ、隊員たちは皆去り行くばかり・・・・。
そのようなリーダーならではの悲劇に、入れ替わるようにして織田隊員がやって来た。
のっしのっしと実に重たい足取りで、遠くから近付いてくるだけで得も言われぬ異種独特の圧を放ちながら、鼻息だか何だかわからない荒々しい耳障りな呼吸と共にやって来た。
「隊長はん、何やようわかりまへんけど、ドンマイですわぁ~。」
 骨や血管がまるで浮き出ていない丸っこい手で山下隊長の肩を叩くと、それだけであり得ないくらいの体重がかけられてくるみたいで。
悲壮感に満ちた顔で振り返れば、丸まると肥え太った100キロを軽く超えた織田隊員の、パンパンの顔があった。
なるほど本田隊員の言った通り、織田隊員の発する言語は、すべての文字が「ぱ行」に聞こえるほどに聞き取りづらいというか聞き苦しかった。
「うん。織田隊員、明日からしばらくの間、通常勤務から外れてダイエットしようか。」
 もともとは痩せ形でひょろりとした体形をしていた織田隊員は、数日前の作戦時にスナック菓子を食べすぎてしまったおかげで体質が変わってしまったらしく、ほぼ倍の体重へと太り果ててしまっていたのだった。
地球の平和を守り抜いた最大の功労者という名誉と引き換えに、彼が再び元の体型に戻るまでは、内外問わずあらゆる人間からデブ認定をされることだろう。
勇者になるための代償が、健康診断での異常数値のオンパレードになろうとは、なかなか笑えない話である。

 まだ見ぬ脅威から地球の平和を守るため、ササダーノとマタラッターニの命懸けの戦いはこれから先も続いてゆくだろう。
 「隊長、受付に大量の荷物が届いているそうです。」
「どこからの物だ?」
「それがですね・・・・・。」
 ササダーノ日本支部の受付から、作戦室へと入った通信に戸島隊員が口ごもる。
「大手お菓子メーカー各社から、織田隊員宛にスナック菓子が数十キロ届いたそうです。」
「何ーー!?」
「何でも先日の織田隊員のスナック菓子の食べっぷりに感銘を受けたお菓子メーカーが、こぞってスナック菓子を寄贈したいとのことで、大量に送られてきたそうです。」
「・・・・・・・・・・。」
 一気に重い空気と化したマタラッターニの作戦室の中で、ただ1人目を輝かせて歓喜のリアクションを取る者がいた、言うまでもないおデブちゃんと化した織田隊員である。
「えっ、お菓子!?やったぁーーーーー!!」
しかし山下隊長は戸島隊員に、冷酷に一言言い放つ。
「すぐに返品処理するんだ。」
「了解です。」
 絵にかいたような事務的なやり取りのそばで、織田隊員からブーイングが聞こえてくる。
「何でですのん!?わい、喜んでいただきますのんに!!」
「黙らっしゃい!!何故なら君は今、とてつもなくデブっているからだーー!!まず、さっさと減量に励みなさいよ!!」
「そんな殺生なぁ~。」
「ダメったらダメ!!メーなの!!」
 デブは地球上で最強の生物だと、誰かが言ったとか言わなかったとか。
ともかく、体調や自身のコンディションを管理することもマタラッターニの隊員としては必須なのだと、山下隊長は心を鬼にして今日も厳しく叫ぶのだった。

  
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