第3話

文字数 8,604文字

「位置についてー」
 レオンが掛け声を上げる。その声に合わせて、アトラスは右足を後ろに下げた。合わせて左腕を前に出す。
「よーい」
 続いてイオンが声を上げた。ここは玄関ホール。アトラスが来てから一週間たったある日の出来事である。
「「ドン!」」
 ふたりの掛け声と共に、アトラスは走り出した。その後ろを小鳥になったイオンが追いかける。
「ここはリビング!」
「正解!」
「ここが……倉庫!」
「正解!」
 閉じられた扉の前に立ち、その部屋が何の部屋か答えていく。一階を制覇し、二階に差し掛かる。
「お嬢様方の部屋!」
「大正解!」
「ここは僕の部屋!」
「当たり前!」
「ひどい!」
 その頃レオンは腕時計を見ていた。アンノウンズ氏のものだ。リビングで偶然見つけて拝借してきた。開始から五分ほどが経とうとしていた。
「そろそろかな……」
「玄関!」
「正解! おめでとうございます! 全問正解!」
「やったぁぁぁぁぁ! 終わったぁぁぁぁぁ」
 玄関ホールに駆け込んできたアトラスは全問正解という言葉を聞いて両手の拳を突き上げ、膝から崩れ落ちた。笑いながら涙も流していた。彼らがしていたのは、部屋当てゲームである。イオンとレオンが企画したもので、屋敷に慣れないアトラスのために行っていたことだ。他の理由としては、ふたりが暇だったからというのもあるが。
「さながら勝利したボクサーのようないでたちだな」
「よほどうれしかったんだよ。この家複雑だもん」
「本当ですよ……なんでこんなに入り組んだ形になってるんです? まるで迷路ですよ」
 全問正解した感動に浸りおわったアトラスが立ち上がってイオンとレオンの元に歩み寄った。アトラスからの問いにイオンとレオンは得意げに答えた。
「そりゃそうだよ」
「だって、この家ミステリーハウスに似せて作ってあるんだ」
「ミステリーハウス?」
 アトラスは彼女らの首を傾げた。その様子を見て、彼女らは口をぽかーんと開けた。
「あれ? ウィンチェスターハウス知らない?」
「ウィンチェスター銃ってあるじゃん」
「なんです? それ」
 アトラスの反応にイオンとレオンは叫びながら勢いよく立ち上がった。
「うわ! うわっ、知らねえの!?」
「みんな知ってるはずなんだけど……」
「なんですか、貴女方だってどこで知ったんですか!」
「そんなんパパと本に決まってるじゃないか!」
「図書館にたくさん本があってそこでたくさん知ったのよ」
「本……」
 ここで、アトラスはあることに気付いた。テストに一切出てこなかった場所があることを。
「図書館の場所、そういえば僕知らないんですけど」
「「ギクゥ」」
「わかりやすっ」
 アトラスの言葉にイオンとレオンがわかりやすくジャンプしたため、アトラスはすぐに彼女らがわざと教えていなかったことに気付いた。
「なんで教えてくれなかったんです?」
「い、いや! そっちこそなんでウィンチェスター銃知らないんだよ!」
「アメリカの古い銃だよ? わかる?」
「アメリカ? って知らない言葉でごまかさないでください!」
 アトラスの言葉を聞いて、イオンとレオンが固まった。それはアトラスにもわかるほどで、本当は図書館がどこなのか知りたいだけなのに、自分が何か失言したのではないかと冷や汗を静かにかいた。
「アメリカ、知らないの?」
「……いいえ、聞いたことありません」
 アトラスはゆっくり首を振った。イオンとレオンは一度お互いの顔を見合わせて、またアトラスの顔を見て、ぷっと吹き出した。
「またまたぁ」
「アトラスくん、もしかして学校通ってなかったの? アメリカとかロシアとか習うでしょうに」
 その言葉にアトラスはムッとした。
「はいはい、どうせ孤児院暮らしで学校なんて通えるはずがないだろうが」
「え、そうなの?」
「そうですよ。僕は元々孤児です。学校は見たことはあるけど、通ったことはないですよ。学がなくて申し訳ないですが」
 アトラスは嫌味ったらしく伝えた。その見たことがない態度にイオンとレオンは顔を見合わせた。お互いに戸惑った表情をしていた。これが、怒らせたということか。
「それに、アメリカとかロシアなんてどこの場所でも一度も聞いたことはありませんよ。お嬢様方の造語ですか?」
 造語? 一瞬、イオンとレオンの心臓が止まった。
「え、待って。どこの場所でも聞いたことないの? 誰か喋ってたりしてるときに聞いたりとか」
「いいえ?」
 その時、時計の鐘の音が鳴った。外は夕暮れの赤に染まっていた。
「あ、ご飯の時間だ。お嬢様方、今日の夕飯は」
「「いらない」」
「もー、食べないと体に悪いで」
「「いらないったらいらない!!」」
 イオンとレオンはそう吐き捨てると、自身の部屋に走って去っていった。アトラスは彼女らの行動に思い悩んだ。さっきの言葉はそれほど知らなきゃいけないものだろうか。でも、それに対して彼女たちはショックを受けていたように見えた。それに、言葉の意味がとても気になる。だが、その前に。
「俺だけでもご飯食べないと明日しんどい気がする」
 アトラスは散々鍛えられた脳みそと足を使ってキッチンに歩いていった。

 その頃、イオンとレオンは既に風呂に入り、寝間着に着替えていた。それぞれのベッドの上で枕を抱きその上に顎を乗せて考えていた。長い沈黙の中、切り出したのはイオンだった。
「この世界ってなんなんだろう」
「……わかんない」
 レオンの言葉にイオンは顔をしかめた。
「だって! アトちゃんアメリカ知らないんだよ!? あの大国を! おかしいって!」
「単にアトラスが聞いたことなかったってだけじゃねえの?」
「でも、部屋の覚えはよかったからそんなことないと思う。それに……」
 イオンが言葉を詰まらせ、レオンがその後を繋げた。
「……外の世界で生きてて『アメリカ』も『ロシア』も聞いたことが無いってことは、この世界ではアメリカとロシアはないんだろ」
「私たち、異世界に来ちゃったのかな?」
「でも、英語通じてるだろ。それはありえない」
「でも、英語通じててアメリカ知らないってそれはどう考えてもおかしいって」
「あーもー埒が明かない!」
 レオンはベッドから飛び降りた。イオンが驚いて見るが、レオンは鋭い目線を投げていた。
「図書館で調べよう」

 翌朝。アトラスが朝食にまたオートミールを作っていると、イオンとレオンがキッチンに入ってきた。
「おはようござい、まー!? なんですか、その隈! ちゃんと寝ました!?」
「「寝れるわけがない」」
 イオンとレオンはゾンビのようにテーブルまで歩いていき、ふたり同時にどかっと椅子に座った。アトラスが朝ごはんの皿をふたつテーブルに置いた。
「もー、あまり夜更かしはしちゃいけませんよ。はい、朝ごはんです」
「あーオートミールだー」
「あーこれだけは変わらない味―」
「変わり映え無くてすみませんね。早く食べちゃいましょ。僕も掃除がありますし、もしあれならまた寝てきてもいいですよ?」
 アトラスは昨日の反省を生かしてイオンとレオンに優しくしてみた。でも、こんな状態になっているふたりを見たのは今回が初めてだった。だから、アトラスは心配になったのだ。その心配を隠せていないアトラスを見て、イオンとレオンは少し嬉しくなった。
「ありがとう、アトちゃん」
「この世界の謎は俺たちが解いてみせるぜ」
 ふたりはそういうと、顔面をオートミールの入った皿に突っ込んだ。アトラスは言わずもがな叫んだ。

 顔を洗って改めて用意したオートミールを食べさせてから、イオンとレオンはまた部屋に戻って眠った。その間に静かに掃除をしている間、アトラスは考えていた。
 あいつらあんなになるまで何してたんだろう。世界の謎を解き明かすってどうやって……。
 アトラスはうーんと唸ったが、答えは出なかった。
 その日の夜、完全復活したイオンとレオンのふたりは夜ごはんである煮込み野菜をガツガツと食べ、メニューには文句を言い(今度は味が質素すぎるとのこと)、部屋に戻っていった。アトラスは皿を洗いながら、あまりふたりと話が出来てないこと、夜ごはんの内容に文句を言われたことを思い出しては心をチクチクさせていた。アトラスだって料理が物凄く得意という訳ではないのだが、あれだけ言われるとどうにか改善したくなる。何か、料理の作り方が書いてあるものがあれば……。
「そうだ、本だ!」
 アトラスが閃いた。レシピが書いてある本を探せば、でもどこにあるのかわからない。また行き詰ったアトラスはうーんと考えると、あることを思い出した。
 一昨日のテスト、図書館だけ教わってない。
「そこか!」
 ガシャン。
 うっかり皿を落として割ってしまい、落ち込みながら破片を拾うアトラスなのだった。破片を拾い皿を洗い終わると、アトラスは寝る前に屋敷の中を見て回った。一応灯りは壁に点々と点いているが、廊下は薄暗い。それでも、目の良いアトラスにとってはその灯りだけで十分だった。だが、開いている扉はどこにもなく、また図書館らしき場所も見当たらず、この日は諦めて部屋に戻って就寝した。

 翌朝、イオンとレオンはまたぐったりした様子でキッチンに現れた。毎朝恒例のオートミールを食べさせ、うっかり落下しそうな頭をなんとか寸前で押さえつけ、全部食べ終わった後、ふたりは崩れ落ちるようにテーブルに突っ伏して寝てしまった。アトラスは静かに皿をシンクに置くと、ふたりを両肩に抱え上げベッドまで連れて行った。ふたりの部屋はダブルベッドになっており、掛け布団がめくれていたのでそのままふたりをベッドに転がし頭の下に枕を入れてあげ布団をかけた。アトラスは両手を腰に当てて一息ついた。
 寝顔はかわいいのに、起きると途端に暴れまくるのは本当にいかがなものか……。
 アトラスは少しため息をついて部屋を出た。
「今日こそは図書館を見つけるぞ!」
 アトラスは小声で奮起した。
 午前中に掃除を終わらせ、昼ごはんの時間になってもやはり出てこないので、昨日の残り物を食べ(確かに味は薄すぎた)、午後はメモを頼りに図書館の場所を割り出そうとした。一度オーナーに教えてもらっているはずなので、その記憶をちゃんと辿ってみる。

『ここの隠し扉を開けると図書室があるんだ』
【銅像の間の壁】メモにはそう書いてあった。

 しかし、それが余計にアトラスを悩ませた。
「銅像ってどれのことぉ……?」
 屋敷内は広い。銅像も数多く展示されていた。そのため、アトラスはしらみつぶしに探してみることにした。メモには【銅像の間の壁】とあるので、銅像が並んでいる間の壁を叩くなり、押すなりして探してみた。こつこつと行っていき、全部終わるころには夕方になっていた。
 見つからなかった。
「もぉ、どこだよぉ、図書館ー! というかなんで『図書館』なの? 『図書室』じゃないの?」
キッチンに戻ってきたアトラスはしゃがみこんだ。唇を噛みしめ、今にも泣きそうな様子だ。
「なんで場所教えてくれないの? オーナーも説明雑だし僕のメモもなんか雑だし、どうしよう……」
「ダーッ! おはようございまーす!」
「おそようございまーす!」
「アトちゃんご飯!」
「すぐご飯!」
「ちょっと待ってください。今から作るから!」
 扉を蹴って入ってきたイオンとレオンに急かされなんとか夜ごはんを作るも、また野菜の煮込み料理になってしまい文句を言われたのであった。
「あ、そうだ。今日は部屋に来なくていいから!」
「運んでくれてありがとうございました」
「いえ、どういたしまして……ってなぜです?」
「超重要な会議があるからだ!」
「資料も探さないとね」
「こら、イオン!」
「ひゃー、ごめん!」
 そんなことを言いつつ食べ終わったふたりは、自分たちの部屋に戻っていった。アトラスはイオンの言葉が気になった。
『資料も探さないとね』
「資料……あるところっていえば、『図書館』だ」

 その夜、アトラスが寝静まっている時間にイオンとレオンは動き出した。ゆっくりと部屋の扉を開け、スルッと間から抜け出る。ゆっくりと扉を閉め、ゆっくりと左側の奥にある階段を下りていく。その様子をアトラスは反対側にある階段から見ていた。彼女らが階段を下りていくところを見て、静かに音を立てず後をつける。階段を下りていき、廊下の反対側までいくと、左に曲がる。アトラスも左に曲がろうとした瞬間に、急いで身を隠した。廊下からは「誰かいた?」「いや、見てないよ」という会話が聞こえてきた。アトラスはバレてしまわないかヒヤヒヤしたが、一安心である。しかし、会話はまだ続いていた。
「周りに誰もいないな」
「いないよ」
「よし、それじゃ」

『『ひらけ、ゴマ!』』

 すると、ゴゴゴと石、いや岩が移動するような音が聞こえてきた。アトラスはひっそりと覗き見ると、ライオンのような銅像が二体あり、片方は口を開け、もう片方は口を閉じていた。それらの銅像の間にぽっかり穴が空いており、その中にイオンとレオンは入っていった。すると、奥から声がした。

『『しまれ、ゴマ!』』

 すると、開いていた穴がどんどん閉じられていくではないか。アトラスは焦った。このままじゃ、ふたりはどこかへ行ってしまう。彼女らを守るのが俺の使命だから。なら、行くしかない! アトラスは穴が閉じる寸前で滑り込んだ。同時に扉も閉まる。アトラスは立ち上がり、周りを見回してみた。中には入れたようだ。外の廊下より真っ暗で壁はごつごつした岩のようだが、ポツポツと灯りも点いていた。ふたりの姿はない。カツン、カツンと音が聞こえた。この下の鉄板は階段になっているらしい。今は下りない方が賢明だ。アトラスは音が鳴り終わるまで待った。
 カツン、カツン、カツン、カツン、コツン。
 音が変わった。同時に走って去っていく音も聞こえた。アトラスは聞こえてしまわないよう、でも急ぎ足で階段を下りていった。そして、下りきって周りを見渡して、その光景の神々しさに目を奪われた。
 周りには本、本、本だらけだった。まるで劇場のような空間の中に、本が数え切れないほど並んでいた。その劇場の上にはぽっかりと穴が空いており、空にある星々が本たちを照らしていた。なんて夢のような空間なのだろう。アトラスは惚けてぼうっと突っ立っていたが、すぐに意識を取り戻し静かに歩いていった。イオンとレオンはどこなのだろう。階段を下りてすぐにダッシュされてしまったものだから、アトラスには場所がわからなかった。そのため、広く開いている真ん中の通路を歩いていくことにした。それにしても色も大きさも様々な本が並べられている。しかし、見たことのない形の文字が並んでいるものも多くあった。アトラスは試しに一冊取り出して本の中身を開いてみた。全て文字だらけで挿絵がない。その文字もミミズのような文字をしていてまるで読めない。その本を戻して、他の棚の本を取り出してみた。そこに書かれている文字はミミズではなかったが、角ばった形だったり丸っこい形だったりで、アトラスが慣れ親しんだ文字ではない。挿絵はあるが、身体を布で巻いたような目の細い人間が多く描かれており、アトラスは混乱して元の場所に戻した。
「なんなんだよ、ここの本はいったい……」
 その時だった。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ見つかんねえ!!」
 図書館内に大きな声が響き渡った。どうやら奥から聞こえてきたようだ。アトラスは声がする地点までゆっくりと歩いていった。

 何歩歩いたことだろう。いつまで経っても辿り着けない。この地下の図書館はアトラスが想像していたよりも広かった。周りを見渡すと、数多くの本が天井近いところまで棚に収納されていて、よく落下しないなとアトラスは感心していた。それに、棚を進むごとに書かれている文字が変化していって、馴染みのある文字に出会っても読めない文章になってきたりと多様化しているのが目に見えてわかり、それがアトラスの知的好奇心を煽るが一旦それを無視して歩き続ける。すると、徐々に話し声が聞こえるようになってきた。イオンとレオンの声だ。アトラスはふたりが手を伸ばしている棚の後ろ側に入り込み背を向けて隠れた。ストン、パラララ、ストン、ストン、パラララ、ストン、と本を出してはめくり、本棚に戻す動作がふたり分繰り返されていた。その内、レオンの脱力した声が図書館内に響いた。
「だ~めだ、全然出てこねえ」
「一旦休憩にしようよ、レオン」
「いや! 私はまだやれる! イオンは休んでて」
「ううん、レオンがやるなら私もやる」
「ん」
 その会話を最後にまたふたりは本調べを再開した。一体何を探しているのだろうか。世界の謎というものだろうか。果たして本を読んで見つかるのだろうか。アトラスにはなんとなくだが、不可能に思えた。百聞は一見に如かず。実際にこの屋敷の外を出て調べた方がわかるんじゃないかと思いながら前を向いたとき、ある言葉が目に入った。
『料理の作り方』
 アトラスは目を見開いた。読める! アトラスはふたりに気付かれないようにそっと本を取り出し、ペラペラとめくった。少し古めかしい書き方がされているが、これは間違いなくレシピ本だった。アトラスは感激して本を抱きしめた。これで食周りを改善できる。さっそくアトラスは最初の料理のページをめくり、メモを取り始めた。途中文面が古すぎて何が書いてあるのかわからない部分があるが、写真も載っているのでそこで補完できた。一つ目のメニューが終わると、そのまま二つ目のメニューを、三つ目、四つ目ときて、ふと顔を上げた。そういえば、やけに静かだな。人の気配がしたので、左側を見るとそこには仁王立ちしたイオンとレオンがいた。
「「なーにーしーてーるーのー」」
「いや、それは、その」
 アトラスは本とメモを後ろ手に隠したが、レオンが近寄ってその二つを奪取した。アトラスが少し嘆いたが関係ない。レオンは本の内容を見て、ニヤニヤ笑った。
「これ探すために勝手に忍び込んだんだ~」
「勉強家だね、アトちゃん」
「違うだろイオン! 勝手にここに入っちゃいけないんだ~」
「いや、こちらも悪かったですけども、貴女方も夜更かしはダメですからね」
「そりゃそうだけど……今はそれどころじゃないの!」
 アトラスはため息をつきながらしゃがみ込んでイオンとレオンの視線に合わせた。
「何か調べたいことがあるなら別にここに来ても構いません。でも、黙って行動して結果お体に触ったらお父様が心配になります。それに僕も貴女方が心配なんですよ。最近ちゃんとした時間にご飯食べてないじゃないですか。だから、夜更かしはやめましょう? 僕も何かあれば手伝いますから」
 イオンとレオンはばつが悪そうな表情をしたが、ごめんなさいと頭を下げてきたのでアトラスはそれで良しとした。
「ところで調べてるのって」
「この世界のこと!」
「ここにある本には国のこととか書いてあるのにこの世界のことなにも書いてないの!」
 彼女らの言葉を受けて、アトラスはある仮説を出した。
「ここにある本って、昔のだから書いてない……ってことはないですか?」
「昔のことだから?」
「書いてない……そうだよ! 最新の本で調べなきゃ、レオン!」
「そういうことか! ありがと、アトラス!」
 ちょっと考えれば気づけたのでは? とは言わずにアトラスはお礼の言葉を受け取った。その時、イオンはあることに気付いた。
「今って西暦何年?」
 アトラスはまたポカンとしてしまった。イオンとレオンはまた変なことを言ってしまったのかと思い、ふたりで顔を見合わせ戸惑った。アトラスは一瞬外れた意識をすぐに取り戻し、茫然としたことを謝った。
「ご、ごめんなさい! その『西暦』っていうのも聞いたことがなくて……」
「「え、『西暦』じゃないの!? じゃあ、今は何年!?」」
「『新暦』一〇六〇年……だったかと」
 その答え方に、イオンとレオンは脱力した。
「おいおい人間よー、今年の年くらい覚えとけよ」
「すみません……うっかり忘れちゃうんですぅ」
「でも『新暦』なのね。『新暦』を使う前って何て呼んでたかわかる?」
「それもちょっと……あ、でも」
 アトラスは思い出したのか、両手をパンと合わせた。
「学校なら教えてくれるかも」
「学校!」
「あるんだ!」
「はい、この坂の麓にある町にあるんです。今度行ってみますか?」
 イオンとレオンは戸惑った。行きたい。行きたいが……。
「ここを出るのはちょっと……」
「パパに出ちゃダメって言われてるし……」
「出ちゃだめって……」
「「うん……」」
 イオンとレオンは服を握り締めて下を向いた。アトラスは静かに息を吐いて立ち上がった。
「僕が直談判してきます。まずは家の外に出れるようにしましょう! 雪が溶けたら恐らく草原が広がってると思いますし!」
 ね? とアトラスはふたりを見た。イオンとレオンはしばらく俯いたままだったが、ふたりで顔を見合わせた。
 これも世界を知るためだから。
 うん、自分たちを知るためだから!
 ふたりは顔を上げた。そこには決意の目が光っていた。
「「うん! 私たち外出てみる!」」
 その顔を見て、ほっと胸を撫で下ろしたアトラスだった。
「そうだ、図書館は昼にだけ使ってください。夜はダメです」
「「なーんーでー!!」」
「いやだから、夜更かしはダメだってさっき言ったでしょ!」


END
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